Bhavasamler
吻
ntisittra
解 説
お よ び
和
訳
袴
谷
憲
昭
はじ
め
に
か つ て筆 者は , 唯 識 思 想 史の 流れ に お い て ,
Bodhisattvabhtimi
(BBh
)所 引
の1
偈
に 注 目 した こ と が あっ た1) 。 本 稿は , こ の1
偈
を含 むBhavasaqzkrantistitra
(r
生存の転移 とい う経』,BhSS
)全体
を考察
の対象
とし て, い さ さ か 検 討を加 えて み よ う とす る もの で あ る。 まず,BhSS
の 思想 史上 に おけ る意義
を 明らか にす るた め , 必 要 事 項を選
ん で 解 説を施 し, 次に ,BhSS
全 体を チ ベ ヅ ト訳を底
本に和 訳
し,註記
と共
に 提 示す
る こ とに し たい 。しか るに , か か る 目的を もっ た 本
稿
が , 最も あ る ま じ き研 究態
度 の 上 に乗 っ て筆
を進め ね ば な ら ぬ 事 情に ある こ とを こ こ で 白状 し て お きた い 。 誠に筆
者 の怠慢
とい うべ きで あろ うが ,本 稿
を草
する直
前
まで ,BBh
の 問題 箇所
をWogihara
本で し か見
て い なか っ た筆 者
は ,参考
まで にDutt
本を開
い て み て愕
然 と し た 。BhSS
の サ ソ ス ク リッ ト原 典が ,A
.Sastri
に よっ て 既 に校
訂 出版
され てい る ら し く, 脚 註 は極 く当 然 の こ とと し て その 校 訂 本 を 指示 し てい た か らで ある Z) 。調
べ た結 果, それは ノ
burnal
ofOrienta
l
Research
,
Madras
(V
−4
)誌
上 に 公けに さ れ た もの で , 公刊
の年
は雑誌
の巻 数
か らみ て1931
年
の こ と ら しい 3) 。か な り以 前 の , し か も原 典に
関
す る先 人の業 績
を参
照 しない など, 全 く言語
道 断の 所業
で ある か ら, 本稿
を草 する こ とは , そ の 雑 誌入 手まで 当 然断念
す べ きは1
) 拙 稿 「唯 識説に お け る法 と法 性 」『駒 大仏 教学部論集』 第5
号 (1974
), p ,13
,註57
.2)
Bodhis
αttvabhtitni ed . by N . Dutt , TSWS , Vol .VII
,1966 , p .32
, n3
.3
)S
.Hanayama
,BibliograPhy
onBnddhismJ
1961
, P.647
,No
.11590
の 記 事に よ る。た だし, 同 じ雑誌に発表さ れ た
A
.Sastri
の 他の論文の記事 (Nos .11588
−9
)に 較べる と甚だ簡略なの で , あるい は実際に 参 照 し た上で の 記載で は ないか も し れ な い 。
BhSS
の 校訂と翻訳を扱っ た もの で ある らしい との判断は , こ の 些細な記事に よ る もの で ある。
(
14
)Bhavasamlera
−ntisu−tra (袴谷 )ず
の もの であ
ろ う。 し か る に ,敢
えて そ うしな か っ た の は 次の 理 由に よ る。 日本 の 斯 学会
に おい て , こ の 雑誌の , 少な く と も当 該 の 号は極め て 入手困難で 4) , と て も近 々 入 手 し うる とい っ た性質
の もの で は な い こ と。 ま た ,Dutt
が脚 註
に お い て ,BhSS
の 末 尾 を意味
す る引
用に つき
,校 訂
本第
5
頁 を指 示 してい る こ と よ り,巻
頭に さ し て詳 しい 解 説 が付
され て い る とは考
え られぬ 5) こ と 。 以上 の 理 由 で , 解 説を 主 とす る本稿
が , 当該
雑 誌入手 後 も全 く無意
味に な る わ けで は ある ま い と考え , 無謀
を承 知の上 で , 敢 えて 鉄面 皮 の 振舞
に 及ぶ次第
で ある。 勿 論 , か く言 っ た か らとて , 入 手の努 力
を怠
るつ もりは な く, 入手で き次
第,誤 りがあれ ぽ 即 刻訂
正す る機 会
を も ちた い と思 っ てい る。解
説原
典
と訳本
BhSS
の サ ン ス ク リッ ト原 典は 公 刊されて はい るもの の , 上 記の ご とく
,現在
の筆者
に は見
る機
会
が恵
ま れ て い ない 。直
ちに参 照 し うる訳 本は ・ 漢 訳3
本, チ ベ ッ ト訳1
本 の , 計4
本で あるが , 大 略は 互い に ほ ぼ 一致 する6) 。以 下に , そ れ ら訳 本の
題 名
と訳
者名
を列 挙 し て お く。漢
訳1
)仏説大方 等 修 多羅 王経,
後
魏菩提流支 (
Bodhiruci
)訳, 大 正 ,No
.575
,Vo1
・14
,948c
−949
a2
) 仏 説 転 有 経, 元 魏仏 陀扇 多 (Buddhasiinta)訳,大正 ,
No
.576
,Vol
.14
,949a
−c
3
)
仏 説 大乗 流転
諸有
経 , 唐義 浄 , 大正 ,
No
.577
,Vol
.14
,949c
−950b
チ ベ ッ ト訳
4
)hphags
pa
Srid
pa
h
Pho
ba
shesbya
ba
theg
pa
chenpob
i
mdo ,Jinamitra
,DanaSila
,Ye
Ses
sde 訳,P
. ed .,No
.892
,Tshu
,185a8
−
187a1
:D
. ed .,
No
.226
,Dsa
,175a6
−177as
漢 訳 者 中,
菩
提 流 支, 仏 陀 扇 多は ほ ぼ 同時 代 の 人で あ り, 共に中
国に 唯 識系
の 経論
を伝
え た翻 訳者
である7) こ とは ,BhSS
の系統
を知
る上で も注 目して お い て4
)国会図書館 と東 大 印哲で調べ た が , 前者に こ の雑誌は な く,後者に もこ の 巻を含む 古い年次の もの は所 蔵さ れて い ない 。
5
)も し後半に長 文の解説 もし くは 註 記が 含ま れて い る な ら話は 別で あ る。
6
) 細部の 相違に つ いて は , 末 尾和 訳の 註 記を参 照の こ と。 特に 註69
, 72を見 よ。7
) 前 者は508
年, 後老は525年に洛陽に至 る。 年 代に つ い て は ,平 川 彰 『イ ソ ド ・中国 ・日 本仏 教通 史』p .
79
の 記述に よる。 なお , 両者の 中国翻訳 史 上に お ける 役割に つ い て も 同頁を参 照さ れ たい 。 一301
冖一BhaVasaPtkrantisu
−tra (袴谷)(15 ) よい 事
実
で ある。 義 浄は ,周知 の ご と く,イ ソ ドへ 留 学 しr
南海
寄 帰 内法伝
』 を 著わ し, 根 本説一 切有 部 律を将 来 し た 人 と して 著 名で あるが ,彼とて 唯 識経 論 の 伝 来に 無 縁の 人で は な い 8)。チベ ッ ト訳 に お い て も・
特
にYe
§es sde は唯識
系経 論
の伝
訳を本務
と し て い た の で は ない か と思わ れ る節
が ある9〕 が , そ の 問題
は さて お き, こ こで はBhSS
チ ベ ッ ト訳 の colophOn を注 目す るに 止 め た い 。 そ れ は次 の よ うな 興味
深い記録
を認め て い る。rGya 9・ ・ 9),
i
mlehanP
・D
・i
… mi t・a 伽 /Da
n・
9i
1・dan
/Shu chen gyi・1
・tstsha
ba
ban
de
Ye
6es
sdesbsg
アur ‘訪 shus te/shαd
gsar
chadfeyis
尠如bcos
naS gtan
la
Phab
Pa
//イ ソ ドの学 者
Jinamitra
と Dana §ila と, 大 校 閲翻訳官 ・沙 門Ye
i es sde とに ょ って翻 訳 ・校閲され, また欽定 新 訳語に よっ て も, 訂正され確認 された もの 。
こ の colophon に よ る と ,
BhSS
は, 欽 定
新
訳 語 (skadgSar
chad )が制定
さ れた
814
年
以 前に , 既 にYe
§es sde らに よ っ て 訳 出され てい た こ とに な る。 それは チ ベ
ッ トの 訳経 事 業が開 始 さ れ て 問 もない 時 期に 当る と思 われ るの で,
BhSS
は , 訳経 上 早 くか ら重
視
さ れ て い たの で あろ う。 ま た ,
BhSS
は チ ベ ヅ ト最
古のIDan
4
加 ア ma 目録 に も,ク
Phags
Pa
Srid
加妙
んoba
の 題 名で 記 載 さ れ てい るt°)
。 本 目録 の 成立 は ,
812
年 とも824
年 と もい わ れ て い る11)が,後
者 の説
に8
)『掌中 論』『成 唯 識 宝生論』『観 所 縁 論 釈』な ど
Dignaga
,Dhartnapala
の 伝 訳 が あ る。9
)拙稿 「
Sahs
rgJ ,asgtSO
bohi
rgya cherbgrel
Pa
一解 説お よび和訳 」『駒 大仏教学
部研 究 紀要』 第 35 号 (
1977
)特に p .8
,註32
参照の こ と。 なお , 同 p.1
,註2
でShah
を未 詳 とし た こ とに つ ぎ
, 山 口 瑞 鳳先 生 よ り
Shah
は 舅の shah でYe
ges
sde が外威 sNa nam 氏 出身で ある こ と と 矛盾す る もの で は ない との 御 教 示を 得た。 一ヒ1亅1大峻
「エ セ イデの 仏教綱要
書」 『仏 教 学 研究』第
32
−33
号 (1977
), p ,22
の 記述は shah とsna nam を対 立 する もの と みて お ら れ る よ うで ある 。 「舅の 三 家 (shah
gsum
)」と して の pNa nam に つ い て は , 山口 瑞 鳳 「「吐 蕃 」 の 国号 と 「羊同 」の 位置一
1
『東洋 学報』第
58
巻3
−4
号 (1977
), p .57
参 照。10 )
S
,Yoshimura
,‘‘
The
Denkar
・Ma
,An
Oldest
Catalogue
of the
Tibetan
Buddhist
Canons
”(芳村 『イ ソ ド大 乗仏 教 思 想研究』所収 ), p ,
21
,No
,223
.11)
812
年説はG
.Tucci
,Mimor
Buddhist
Texts
, Pt . II,p
,48
.824
年 説は 芳村上掲 書,pp .
113
−114
.最近 , 山口瑞 鳳先 生は, 駒沢 大学大学院の チ ベ ッ ト仏教史の講 義 (今年,6
月24
日)におい て ,Tucci
説 を否定, 芳村博士 と は別な論 証に よっ て , 824 年説を支持され た 。 その 講 義を 拝聴す る機会に 恵ま れた筆者は , この説に従いた い が, 先 生
の 論文が 公 け に される まで は , 白説で ない が ゆ えに , 決 定 的に 一方を採用するこ とは
礼儀上 差 控 え るべ きと思 う。 従 っ て 以下 暫 定 的 な記述 と なる。 一
300
一(16)
.
BhaVaSamplera
’ntistitra (袴谷) よれ ば, 目録 記 載の 折 に は,BhSS
は既に 欽定親
訳 語に よっ て訂正 確 認 されて い たは ずで ある。 上記の colophon で は , 誰に よ っ て 訂正 さ れ確 認 された か は , 必 ず しも 明確で は ない が , 欽定
新 訳語
の選
定に か か わ っ た熟 練
の 翻 訳 官 (mlehaSPar
chudPa
) と し て常
に筆
頭に 列せ られ るYe
§es sde 12)が ,自らBhSS
チ ベ ッ ト訳 の訂
正 確 認に立合っ た に せ よ, しない に せ よ ,IDan
dhar
ma 目録
の 成 立が824
年だ とすれ ば , 彼が 中心的に 活躍 した 年 代は814
年
以 前 の 方へ よ り多
く傾む くで あろ う。 しか し, 先の colophon が , そ の 訂正確 認と同時に ,現
チ ベ ッ ト大蔵
経 どお りに付
さ れ てい た もの か ど うか は今
の とこ ろ 明 確に 追 認 す る術 を もた な い ・3)。Bu
stOn の 目録 を検
す る も,BhSS
は70
シ ュ ロ ク (Su
log
)か らな るYe
Ses
sde の 訳 と し か 記 述され て お らず, 欽定
新 訳語
に よ っ て訂
正確 認 さ れた との 記述
は含
まな い 14)。 ただし,Bu
ston の分
類で は ・ こ のBhSS
が ・ 三 転 法 輪(
hkltor
lo
rimPa
gsum
)中の 最 後, 勝 義 決択
の転 法輪
(d・ndam
rnam
Par
fresPabi
hlehor
IO
bskor
bahi
bleah
)の も とに , 種 々 の大乗
経 典 (thegPa
chenPohi
md ・ sde snatshogs
) と し て列 挙
されて い る15)こ とに は ,BhSS
の 系流
上充 分 注意
を払 っ て お く価値
が ある で あろ う。結 偈 第
2
偈BhSS
は , 行 為 (karman )の 連 続が い か に して 可 能かを説
く経
で あ るが, その趣 旨を説 く散 文箇
所 を結ん で , さ らに7
偈
が述べ られる 。 こ の 散 文 箇 所と結
偈との 関 係は, 一見
するに 必 ず しも密
接な関 係 を もっ た もの とは 思わ れ な い が ,BBh
に引
か れる1
偈は , こ の 結 偈 中の 第2
偈
に 当 る。 ま た , こ の第
2
偈
が極め て 重要
な意 義
を もっ たで あろ うこ とは , 他の論書
に おける引
用 も, こ の 第2
偈
に 集 中 し てい る こ とか らも窺い 知 るこ と がで きる。 以下 に , こ の第2
偈引
用の軌跡
を辿 っ て み よ う。12
)“
lo
’3δ
ba
mkhasPar
chudpa
Dsia na se na (=Ye6es
sde )dah
■■_.la
sogspas
th・
g
・P
・ ・舵 ・鰄 〜・吻 ・カゐ・hi
・rgya g・ ・ 翩1
・sb
・d
・kyi
・ん・〃 ・ か・8y 鰐
妣 ・・…”・
sGra sb冫・or,
P
.ed
.JNo
,5833
.歯o,2a2
ff
, お よびBu
ston ,Ches
hby
”h
,Satapitaka
,
Vol
.64
,f
.8916
(Ya
,130a6
)ff
に 同 じ記述が み ら れる。13
) た だ し, 次の よ う な事例は ある。 後註55で指 摘 するよ う に , 同 じ くll
)andkar
ma目録に 記載さ れ る
Ye
ges sde の訳経BhSS
とPPSS
とで は , そ の間に 訳風の 相違がみ られ る 。 こ の原 因を, 前 者が欽 定 新訳語に よ っ て改め ら れ たこ とに 求め う る な ら
前 者の colophon は か な り信 頼度 が高ま る で あろ う。
14
) ・S
。id
P
・bPh
・b
・hi
・md ・S
・・1
・9
伽 …Y
・9
・・ sdψ∫ゐ8y・ 若 ”B
・ ・t・n,前掲書・f
.9364
(Ya ,152b り.3009u
log
で 1bampo
と数える 。15)
第三転 法輪に 属す ものは , Bu ston , 前 掲 書, f.
9242
(Ya
,146b2
)ff.種 々 の大 乗 経典とし て
SNS
,LAS
な ど と共に挙 げ られて い る(f
.927 )こ とに 注意。BhavaSaPtkrdintisu
−tra (袴谷、 (17
) まず
,BBh
に お い て は, 次の よ うな箇
所で 引 用が な され る16)
。
aptagamato ’
pi nirabhi1 巨
pya
−svabhavak sarva −dharma veditavyah /yath6ktarp bhaga ・vata evam ev 直rtha 町1 gathabhigitena paridipayat毳
BhavasarpkraMntisu
−tre /yena
yena hi n2mn 且 vai yo yodharmo
’bhilapyate
/na sa sarp vidyate tatra dharmatparp s薮
h
三dharmata
//iti
/kathafi
capunar
iyaip
gatha etam evartharp
paridipyati /
rUpfidi ・samjfiakasya
dharmasya
yad rttpamity
evam 豆di n巨ma /yena rUpamity
evam ・袞dina nEmna te rUpadi ・sarpjfiaka
dharm
盃 abhilapyante ’nuvyavahriyante rapamiti
v亘 vedan6ti v巨 vistarepayavan nirv am
iti
va/
tatr“na ca rUpadi ・sa 【pjfiak且 dharmAb svaya 卑 rfip 盒dy −Atmakalp /na ca te$u tad−anyo rUpady ・豆tmako
dharlno
vidya 亡e/ya punas te§arp rUpidi ・samjfiak 互n颪ipdharm 如 a甲 nirabhil 百pyenarthen avidyam 盃nat 互 sai 頭 paramArthatah svabhava −
dharmata
veditavy 盃 /
すべ て の 存 在 が言 語表 現を越えた 性 質の もの で ある とい うこ と を , 信頼 すべ き聖 典に
よ っ て も, 知 るべ きで ある。 世尊は , 以上 と同じ意 味を, 偈の 朗詠 171 に よっ て 明示 しよ
うとし て , 『生 存の 転 移 とい う経』(
BhSS
)に お いて , 次の よ うに お っ しゃ っ た 。実に , そ れ ぞれの 名称に よっ て , そ れ ぞれの存在が言語表現され るが, 補 註*
それ は, そこ に は存 在 し ない 。 それ こそが諸 存 在の あるがま まの 姿で ある 。
と。 また , こ の 偈は,どの よ うに して ,この 同じ意味を明示 し て い る の か 。 物 体な ど と命 名 される存在に は , なん で あれ , 〔それは〕 物 体で ある, な ど とい うよ うな 名称が ある が,その , 〔そ れ は〕物体で ある ,な ど とい う名称に よ っ て , 〔そ れは〕 物体 だ とか , ある い は 感 覚だ とか , ない し詳細に ,涅槃だ とい うに い た るまで の IB} , そ れ らの , 物 体な ど と 命 名され る諸 存 在が,言 語表 現 さ れ, 言 葉に発せ ら れ る。 し か し,そ こ に お い て ,物体な
どと命 名さ れ る諸存 在は , それ 自体で , 物 体な ど を本 質 とする もの で は ない 。 ま た ,そ れ
ら 〔諸 存 在〕に お い て , 物 体な ど を本 質 とする存在が, そ れ とは 別に 存在す るの で もな い 。 さ らに ,そ れ らの , 物 体な ど と命名さ れ る諸 存 在は , 言 語 表現を 超 え た意味に よれ ば,存在 し て い る もの で ある19)が , ま さに その こ とこそ が , 真 実の あ り方 とし て ,本質 的 な あるが ま まの 姿で ある と知 るべ きで あ る。
16 )
BBh
,Wog
量hara ed ., p .48
, Il,9
−22 ;Dutt ed ., p .32
,1
.23
− p .33
,1.9
: 曇無讖訳 , 大正,
No
.1581
,30
巻,894c
−895a
: 求 那跋 摩訳 ,大 正,
No
.1582, 同, 970a −b :玄 奘訳,大正,
No
.1579 ,同 ,489a
二Tib
.,P
. ed .,No
.5538
,Shi
,32a6
−b3
.な お, こ の 箇 所は 既に ,山口益 『仏教に お ける無 と有 との 対論』, p .
512
で論 じられて い るの で 参照の こと。17)
BHSD
, abhiglta の項参 照 。 gathfibhigitaはdvarpdva
の 場 合と tatpuru $a の場 合と があるが,こ こ で は
Tib
.“tshigs sesδ
ead
Pahi
db)’afts ”に よ り後 者で 解 す 。18
) 物 体 (ritpa )ない し涅槃 (nirvarpa ) に つ い て の 内容は , 拙稿 「弥 勒 請 問 章 和 訳」r
駒大 仏 教 学 部 論集』 第 6 号 (1675
), 特に p .4
, 註 13で 述べ た よ うに , 物 体 (rapa )ない し仏法 (
buddha
−dharma )の 記述が参 考に されるべ きで あろ う。 19) 上 掲 拙 稿 ,p .10
,分 節 (26 )参 照。 一298
一(18)
Bhavasanzlerdntistitra
(袴谷)引
用か ら知 られ る よ うに ,B
一劭 の こ の段 は , 前 段 の 理 証 (yukti )に よる論述
を受け て ,同 じ主題を経 証 (agama )に よ っ て述べ よ う とす る箇
所 で あ る か ら, こ のBhSS
の 結 偈 第2
偈 の 引用 は極め て重 要な意 義
を も つ 。BBh
に 対 するSagaramegha
の 註 釈は こ の 段を次
の よ うに説
明 す る20) 。こ の よ うに , まず理 証に よっ て, すべ て の存 在が言語 表 現を越え た 性質の も の で ある
(sarva ・dharma nirabhilapya ・svabhavab ) こ と を 成 立 し た の で , 〔次に そ れ を〕 経証に よ
っ て も成立 し ょ ら と欲 し て ,偈の意 味に よ っ て説示 するため に , 「実に , そ れ ぞ れ の 名
称に よっ て (yena yena
hh
巨m 癜 vai )」 な どと 〔い うの で あ る。その〕 うち, 「そ れ ぞ れの もの に よっ て (yena yena )」 とい うの は ,そ れ ぞ れ の言 語 表現 (abhilapa ) に よ っ て ,
とい うこ と。 「それぞれの 存 在 (yo yo dharmab )」 とい うの は ,他に よ る性質 (paratantra・
svabhava )で ある。 「言語表現される (abhilapyate )
21]」 とい うの は
, 仮構され る (pari・
kalpyate ) こ とで あ る。 「そ れは (sah )」 とい うの は, 仮構さ れ た 性 質 (parika1Pita
−
svabhava )で ある。 「そこ に は (tatra)」 とい うの は, 他}こ よ る性質に お い て 〔とい うこ
とで , そこ に おい て〕は,
〔仮構された性 質が〕 存 在す る こ と はない の で ある 22) 。
ま さに ,
BBh
の意
図す
る経証
の役割
を充 分に 説明 しきっ た 註 釈 とい う べ きで あろ う。 確立 さ れ た唯 識
思想
の体
系に おい て は , 仮構
された性質
(parikalpita −sva−bhtiva
) が他に よ る性質
(paratantra−svabh5va )trC
}t 存 在
しない とい うこ と (= na sasa 【pvidyate tatra), そ の こ と が
完
成 した性質
(parini$panna ・svabhava )に ほ か な らない 23)か らで
あ
る。註釈
は充 分に その意 味
を汲
ん で い る と思わ れる が , そ れは 逆に 唯 識の 立 場か らの読み込み 過 剰 を示 す もの なの で あ ろ うか 。事 実, 他 の 論 書に お け る こ の 偈の 引 用は , そ れ が単に 唯 識 派の 経 証た る に 止 ま らず,
中観派
に とっ て も経証
とな り うる こ と を示 して い る。 こ の偈は ,Bhtivavi
−20
) P .ed
,No
.5548
, Ri,83b3
−5.註釈者
S
霤aranlegha は ,Taran
盃亡ha
,C
加 3 妙ヅ3婉・Schiefner
ed . pp .
166
−167
: 寺本和訳,pp
.295
−297
に よれば,Kri
sroh lde btsan と 同時 代と され る ,イ ソ ド西方 Cakrayudha 王 の時 代の 人 とし て 記述さ れ , 「菩 薩地の 註 訳が非 常に
有名 (
Byah
s如 縁 876JPa
ni grags chebo )」 と あ る。 こ の 記 述のみ に よれば8
世紀 の 人 とい うこ とに な る。21
) 以上の “yo yo dharmo ’
bhilapyate”
は,“
chos rnams
gafi
dah
” と “gahbrjod
Pa
” に 分けて註 釈 さ れ て い るの で ,前は “ yo dharmab ”,後 1ま “yo ’bhilapyate
” と な っ て い たの か も し れ ない が,訳の意 味が通 りやすい よ うに 変 えてみ た。22
)以下 註 釈が続 くが, 第
1
偈お よ び第3
偈に も言 及 がな さ れ るの で , 和訳 中の 註記89 に て これ を訳 す。23
)MS
,II
,§4
, “」,ohs su
grub
Pahi
mtshan ftid8ah
she nα/gah
gshan
gyi
dbah
gimtshanhid
de
fiid
la
don
gyi mtshanfiid
de
gtan
medPa
faiddo
//
”・T
ガ ηz訂 々δ,v.21cd
‘‘
ni蕁pannas tasya (=paratantrasya )
pOrvepa (= parikalpitena)sad 亘 rahiata ”.
Bhavasa7
?zkrantistitra (袴谷) (19
) veka (,Bhavya
)のTarka7
’
vald (
Tl
)お よ びKamala
§ila
のTattvasaqzgraha
・Panjikd
(TSP ) に 引 用され るが , い ずれ の 場 合も 自らの 立 場を論 証
す る た めに 用い られ てい る 。 前 者に つ い て は , 既 に 山 口益 博士 よっ て詳細
な論
及 がな されて い る24)の で ・ こ こで は 先に み たSagaramegha
の註
釈 との 比較
を なす
に 必要 な箇
所の み を紹
介 す るに 止め たい 。「25)
実に, そ れぞれ の名称に よ っ て (yena yena hi narnna vai )」 とは個 別 ・一般 相
(sva ・samanya ・1akSarpa)
e
こ つ い て表 現 する種 々 な る名 称と文 字 と を性 質 とするもの に よっ て , とい うこ と。 「そ れ ぞ れの 存在が 言語 表 現 される (yo
yo
dharmo
’bhilapyate
)」とは , 物 体な ど言 語表 現 され るべ ぎ もの の言 葉に よる表 現。 「そ れは , そこ に は存在し な
い (na sa sarpvidyate tatra)」 とい うの は, その存 在に お い て ,名 称と して の , その言
語表現 (abhilapa )が存 在 し ない こ とで ある。 なぜな ら, 諸存在は , 文 字を離れ た 性質
の もの (
yi
ge
medPabi
カObo
fiid
)だか らである 。 (中略 )26) 「そ れ こそ が , 諸存在の
ある が ま まの 姿で ある (dharm 鋤百!p sa
hi
dharmata
)」 とい うの は , その言語表 現を超え た もの こ そ, 諸存在の 真実の あ り方 (param 且rtha ) に ほ か な らない 二 と。 日常の あ り
方に お い て は (samv ;titab ), 識 別せ ん がた め に 名称を 設定 し, 符牒を使用 し, また そ れ
らに ょ っ て , その 本質 (svabhava ) の 区別に 従い ,「こ れは 牛で あ るが, 馬で も 人で も ない 」 な ど と了解 する 。 その 本質こ そ ,牛 とい う対象 (go ・vi $aya )に ほ か な ら ない の で
ある。 (中略) そ れ ゆ え, 対象 (artha =vi$aya )は , あ ら ゆ る様 相に お い て , 名 称の欠 除
し た もの (nama −Sitnyatva)で ある か ら, そ れに よっ て , 事物 (vastu )の 本 質が 言語表
現 しえ ない とい うこ と は,我 々 〔唯識 ・中 観〕両派に お い て も, 共通 した こ とで ある 。
以 上 の
引
用を踏
ま え て,唯識
派に 立つSagaramegha
と中観
派に 立 つBhava
. viveka との , 同 じ偈に対
す る解 釈 の 相 違を検 討
して み た い 。Bhavaviveka
も認 め て い る よ うに, vastu が nirabhiltipya で ある こ とは 両 派 に共通
して い る 。 とこ ろ が , 唯 識派 に と っ て は , vastu =
dharma
はparatantra
−svabh 五va であ り , 認 識 主 体 (vijfiEna ) こ そ その 性 格を有 す る もの で あ る が , さ らに 「そ の認識
主体 は , 縁 起 し た もの で あるがゆ えに ,実体
と して存 在
する (dravyato
’ sti) と認
め る べ き もの 」27)で あ る 。 一・ 方 , 中 観派 に とっ て は , その よ うな「認 識主体は , 認識客
体
同様
, 日常
の あ り方に おい て こ そ (samvrtita eva )存 在 し うる もの で あっ て, 真実
の あ り方
とし て (paramiirthatah )存在
す る もの で は な い 」。 vastu =dharma
は ,24) 山 口益前掲 書 , pp .
511
−517
参照 。25
) P .ed ., No .5256 , Dsa, 244a1 −b2.26
) こ の 中 略箇 所は ,本 稿 註43
の下 に 引用 する。27
)TVBh
・S
・L6vi
ed ・J P ・16・L16 , “vijfianarp punab
pratltyasamutpannatvad
dravyato
,
stity abhyupeya 卑 /,,,
(
20
)Bhavasa
ηtkrantisntra
(袴谷)7
ア
が こ の箇
所 の直
前に い う よ うに28),
真実
な らざる もの (yaitdag
Pa
min , abhit ・tatva)で あ り, しか も真
実
で ない か らこ そ ,外 的対象
(bal
・yartha)と し て , 日常の あ り方に おい て 成立す る, い わ ば通 常 の 「事物 (chose )」 である
。 し か し, 唯
識 派に とっ て は ・ そ の vastu =
dharma
は 同じ く真 実な らざる もの で あ りな が ら ,認 識 主 体そ の もの (abhitta −parikalpa = vi垣ana)で あ
っ て 29) , そ れは
実
体 とし て存 在 す る (dravyato
’ sti), い わ ぽ空 間に 並 置 さ れ ない 一種 の精 神的
「実在
(rdalite )」 で あ る。 こ こ に , vastu =dharma
に 対 す る両 派の ニ ュ ア ン ス の 相 違が窺え る よ うに思
わ れ る。 こ の 相違
は ・na sa sarpvidyatetatra
の解 釈に も自ず と現わ れ て く る。 い ずれ の 立 場に ぜ よ・ こ の 句 がparamartha
の観点
か ら言われてい る こ とに疑点
は ない であろ うが , 唯識
派に と っ て は , 空 間に 並 置 され ない精 神 的
実 在は あ くま で も実 体 と して存在
し, そ の 「実 在 (vastu )」 に 対 し (ニ tatra), 空 間化 され外
在化さ れ る言
語
の 及ばぬ点 をdharma4aip
dharmata
= nirabhilapya とい うわ けで ある。 し か る に ・中 観 派に と っ て は ・ sarPV ;ti と して 認め られる空
間
化され外在
化 され た 「事 物 (vastu =
dharma
=b
盃liyartha
)」 は , い か なる もの で あ れparamartha
とし て は
常
に 言 語を離れた もの で ある こ と (yige
medpahi
itobo
itid
二 nirabhilapya =nihsvabhava )を
直
ちに意 味
し て い る。 こ れに応
じて ,偈 中
のtatra
の 意 味 も唯 識 派に 比べ て か な り稀薄
に な っ て い る よ うに 思 わ れ る。 こ の よ うなBhEvaviveka
の 立場は , 日常の あ り方に お い て 外 的 対 象 (bahyar
亡ha
) を認め る点で , イ ン ド仏
教 思 想史
一E
で はB
亘hyarthavadin
と呼称
さ れ る30) 。 ノこ の
Bhavaviveka
と立場を異に する とい わ れ るSantirakSita
の弟
子,Kama
.la
§ila
も,TSP
に お い て こ の 同 じ偈
に 言及 するSl ) 。 偈は , 「言語 対 象
の考 察
(§abdartha ・parik$a)」 を 主題と す る第
16
章に引 用 され るが,序 章
に おい て も第
16
章
の 要 旨を述 るなか で ,次の よ うに やは り同偈
が 引 用 され てい る。32)た と え諸特質 (upadhi ) が 存 在 しない と し て も , 相互に排 除 し あ う
(
itaretara
一28
) 山口益前 掲 書, p .508
参 照。29 )
MAVBh
・Nagao
ed ・・P ・
19
・IL
19−20 ,‘‘abh 面taparikalpahparatantrah
svabh 亘va 毎”
.
30
) 山口 ・野 沢 『世 親唯識の 原典解明』,P ,155
に お ける Vinitadeva の 「有外境論者」 の 説明 を見よ。 31)こ の 偈が
BhSS
の もの である こ とはTSP
の最初の校 訂者E
.Krishnamacharya
も ,英 訳者
G
.Jha
も 気 づい て い ない よ うで ある。 最近の校訂 者S
』 . Sastri も同様で あるが,
LAS
,Saga
亡hakam
,500
偈の ご と く扱っ て い る。32
)Tattvasahgraha
げAc6rya
S
槭 剛α7α姆’α with theComme
〃 ary ‘Pa
毎iikd
’of
Shr
ゴKamalshila
ed .by
S
.D
.Sastri
,Varanasi
,1968
, p .15 ,U
.5
−−15
:Tib
.,P
. ed .,No
.5765
,He
,172b5 − 173a3 .なお , 序章は , 渡辺 照宏 「摂真実論 序 章の 翻 訳研 究」『東 洋 学 研 究』第
2
号 (1967
), pp .15
−27
で和 訳 紹 介 されて い るの で参照 さ れ た い。 特に p.18
. 一 295 一B
加 呶 3ση踊短 漉 3醗7α (袴谷 ) (21
)vyavrtta )事 物 (vastu )が視覚の媒 介をえて (
darSana
・dvarayata
), 外 在的 性質の もの(
bah
}r atva )と し て執着されて 分別 (vikalpa )があ り, そ こ に映濛 (pratibimba)33)を本 質 とする言 語対 象 (
Sabdartha
)が存在 する。 しか し, こ の場合, 諸 言語の 及ぶ 領 域は ,真実の あ り方と して (param 盃rthata 阜) あるの で は ない 。 それはすぺ て の 分別を 越え
た もの だか らで ある34) 。 (中略 ) 言 語対象は , た と え仮託された形 象の もの (samaropi ・
takatatva )で あ っ て も, 漸 次に (
pararpparyerpa
) 事 物と結合 した もの であ る か ら , そ〔の事物〕を 理 解す る た めの 原因 とは なる の で ある。 そ れ ゆ え, その よ うな事物は , そ
れ ら 〔言語〕の 能力に よ っ て , 明 白に さ れ るはずの もの で あ る か ら , 〔そ こ に 〕欺 瞞
(vipralambha )は あ り え ない 。 この 点に 関し て救護者 (Tayin ) は次の よ うに 説か れ た 。 (以下
BhSS
結 偈第2
偈35)の 引用に つ き省略 ) 以上 が, 「言 語対象の 考察」の 内容である。こ の
引
用 末 尾で も指
示さ れ て い るTS
,第
16
章
の869
偈 3s) に対 し,TSP
は次 の よ うに註
釈 して 再び 同 じ偈を 引 用 す る。37,全 く同 じこ と を , 経 証に よっ て示 そ う として 38), 「そ れ ぞ れの (yasya yasya )」 な
ど (869
偈
) と言 う。 「そ れぞ れ の 対 象 (yo yo vi §ayab )」 とは , 個 別 相 ・一般 相(svalakSapa −samanya ) な どで ある。 「それこそあるがま まの姿で ある (sa hi dharmata )」
とは ,その 本 性 (prakrti )で あっ て , 諸 事 物 (vastfindm )の 本質 (svabhava )は , すべ
て の 言葉の限界 (vak −patha )を越えた もの であるJ とい う意味である39)。 ち ょ う ど次の よ うに説か れてい る ごとし。 (以上
BhSS
結 偈 第2
偈40)の 引用 に つ き省略 )以 上 の
TSP
二箇
所 の 引 用の み か ら ,Kanlala
§ila
が ,BhSS
結 偈 第2
偈
を ど う解
釈 し た か を決 定 す る こ とは 困難
で あろ う。 少な く とも,SantarakSita
,Kama
−lagila
の 著作
の 内実
に疎
い筆者
は , こ の 点に関
して 即 断を下 すべ き状
況に は い な い 。 従 っ て 極め て 印象 的な臆 測に な るが ,先のBhavaviveka
と多 少 異な る と思33
) 渡 辺 上 掲 論文, p .23, 註 14指 摘の ご と く, Tib . “ gzugsbrkan
” に従い pratibandha を pratibimba と改め る。 34 ) 「しか し_」以下 こ こまで はTib
.に従っ て 訳し た。35
)BBh
所引の もの とほ とん ど同じで ある が ,“ na sa salpvidyate ” が“n含sau salpvidyate ” と な っ て お り,下線箇所の み が 異 る。36
)‘‘
yasya yasya
hi
Sabdasya yo yo vi$aya ucyate /sa sa sa 卑vidyate naiva vast 亘n互単 s巨
hi
dharmat
亘 //”37
)S
.D
.Sastri
ed ., p .339
, IL 19−23
:Tib
. op . cit.,388
a8−b2
.38 )
“ salpspandayan ” なる も
Tib
.“bstan
pa
”に よ り sarPdargayan と読む 。39
) “iti yavat ” とある も
Tib
.“skes
bya
dahi
tha tshiggo
” にょ
りity
arthab と読むQ
40) こ の 場 合は , 前註
35
の 場合と異 りBBh
所 引の もの と全 く同 じ。 し か る に校訂 者は前 者に 対 し ては
L
・4S
を指示 し たに か か わ らず, 後者で は典 拠不明と して い る 。
(
22
)Bhavasai22krdntistitra
(袴谷) わ れ る点 を指 摘 す る こ と に し た い 。 言 語 対 象は , 真 実の あ り方か らすれ ば言 語 の及
ぶ領
域で は ない と否定
されて い るが ,恐
らく日常
のあ
り方
か らは, 事物
を 理解
す る た め の 原 因 とし て肯
定
さ れ て い る 。 し か も, その場
合の言 語 対 象
は ,Bha
vaViveka とは異 な り, 単な る外
的 対象
で はな く, 映像
を本質
と す る も の (pratibimbfitmaka )あるい は仮 託された形 象 (samiirvpitakiit ,a) として認 識
主体
の側
(vikalpa ) を介 して 把 握 されてい る よ うに 思われる。 勿 論Sagaramegha
の よ う に , こ の偈
に 対 す る純 唯 識
的解 釈
は認
め られ な い が , か な りの 程 度に 唯識派
の 立 ノ場 を取 込 んだ 内容で は あ る。 これは ,
Santarak
§ita
−Kamal
§ila
の 系統 を引
く,BhSS
の訳
者Ye
Ses
sde が, そ の著
作ITa
baki
褫 夕α4
Par
で述
ぺ る記 述とほ ぼ合
致
す る で あろ う41) 。以上 で , 勘
SS
結偈第
2
偈
を巡 る引
用の 軌 跡を辿
っ て み た 。 か な り早い 時 期にBBh
で引用 さ れ , そ れ が 唯 識 派 の 系 統で解 釈 さ れ た の は当
然 の こ と と し て, 他方
, その 同じ偈が中
観 派の経
証 として も用い られて い た わ けで あるが , そ の い ず れ の 場合 も,究 極的
に は nirabhilapya を論 証i
す る点
で一致
し て い る。 し か るに ,中 観 派で も,
BhEvaviveka
,Kamala
§ila
と立場 を異にす るCandrakirti
はMadh
−yamahavatdrabhasya
(MABh
)に おい て , 同 じBhSS
の 散文箇
所 をか な り長 文 にわ た っ て引
用 し, しか も唯識派
論難
の た め の 経証
と して い る42)。 し か し, こ の点
はBhSS
結 偈 第2
偈
に は 直 接 関 連 しない の で , 次 項 に お い て触
れ る こ と と し た い 。成 立 と系 統
極め て 短い 経
典
な が ら, 上述 し た よ うに , か な り重 要な場 面で 経証
の役割
を演
じて きたBhSS
は , い つ , い か なる系
統の 人に よっ て生
み 出 され た もの で あろ うか 。勿論 成立年 代の 決め 手は漢訳 に ある。 成立 の 下限は , 先 に み た
BhSS
結 偈 第2
偈を引
用 す るBBh
の最
古の漢
訳, 『菩薩
地持
経 』か ら推 測 しえ よ う。同
経41
) 前掲拙稿,p
,2
, 註3
参照。 た だ しTKh
に つ い て は ,Pelliot
tib.No
,814
が ぜ ひ と も参 照されね ぽ な ら ない 。 こ のNo
.814
に 基づ い た 成果が 上 山前掲論 文である 。 筆 者 は , 別途に , 原田覚 氏か らNo
.814
に 関 する報 告を受 けて い た の で近 々 別 な角 度か らこ の 文献を検討し て み た い と思っ て い る。
Santarak
$ita に 関す る記述は , 上山前掲 論 文, p .40 参 照。42
)M
・4Bh
,Tib
・,Poussin
ed.,P
.127
.L
17
−P .129
,1
.17
, 小川 一乗 『空 性 思想 の研究』,1976
,pp
.137 − 138 は ,Jay
…inanda , Tsoh kha pa の註釈を参照して い るの で, こ の引用に 関する
Candrakiri
系 統の立 場を知 る上で 極め て有 意 義で ある 。 た だ し, 遣 憾な がら, こ の 箇 所に つ い て は誤 訳が 目立つ の で , 拙 訳の註記で それを指摘し たい 。
Bhavasampkra
−ntisditra (袴谷 ) (23
) に は次 の よ うに ある。 今 当 説 ,如 仏世尊 『趣 有 契経 』説 偈 顕 示。如 以種種名
用 説 種種法
此 亦 無 有 彼
是 法法如是 『趣
有
契 経 』はBhSS
の 原 題に 一致 し,引
用偈
も恐
ら く同 じ原文で あっ た ろ う と思
われる。 こ の漢
訳 者, 曇 無 讖 (Dharmak
ミema )は ,412
年 姑 蔵に 入 っ た と伝 え られ てい る。 こ の点
よ りBBh
は400
年
こ ろに は既に 成立 し て お り,実
際著
わ さ れ た の は 更に50
年
ほ ど遡 り うる と推定 され る43) 。筆
者は交 通機
関の発達
して い な い古 代
の 聖典
の 伝来
が , 今 日的 感 覚 を基 準に 必 ず しもか な りの 年 月を要
し た とは 考 える もの で は ない が , そ こ に引
か れ るBhSS
であ れ ば , 恐 ら く350
年 こ ろに は成立 して い た の で は ない か と推測 す る。た だ し, こ の 推 測に は 問 題が ない わ けで は ない 。
偈
の 引 用を根 拠に , 散文箇
所 を含
むBhSS
全 体の 成立 を 推 測する か らに は , 当 初か ら両箇
所が 一体
の もの で あ っ た とい う前 提に 立 っ てい る わ けであ
るが , その 前 提は直
ち に首 肯
され るもの で はな い 。現
に ,曇
無 讖に お くれ る こ と十数
年,424
年 広
州 に至 っ た求 那
跋摩
(Gu
ロaVarman )の 漢 訳 『菩 薩善
戒経
』で は 同 じ箇
所が次の よ うに な っ て い る。 是 故 大乗経中 説 偈 一法有 多 名 実 法 中則 無 不失 法 性 故 流布於世 間こ こ で は , た だ 一般 的に 大 乗
経
とい われ るの み で ,BhSS
が具 体的
に指
示 され て い な い 。 し か も, 引 用の 偈 も, 直ち にBhSS
結偈
第2
偈 と同じだ と は 想定
し 難い で あろ う。 文 脈上 は確か に 対 応 す る箇
所で ある か ら, 内 容的
に検討
す れ ぽ, 一見
一致
しない ご とき偈
もむ しろ巧み に , その 趣 旨を伝えて い る とみ うる。 しか し, その ス タ イル は む しろ中観
的で あ ると さえ 思わ れ る。 先に 問題の 偈 に関
す るBhavaviveka
のTl
の解
釈をみ た が , そ こ で 省 略 し た箇 所は 次の ご と くで あ る。44)か く して , 対象に 関 して , 種々 の 音声 (9abda )や語釈 (nirukti )に よ っ て , た だ 一
つ の 事物 (vastu )に 対 し て 多 様に 言語 表 現さ れ る こ と, 例え ば, 水に対 し て, paniya ,
ap , s. ali la, nira な ど と表 現 される ご と くで ある が, その 場合に , もしそれ が 一つ の 音声
に ょっ て 言 語表 現 された もの を本質とする もの で ある な ら ば , それに対 し て他の音 声は
起 こ ら ない で あろ うし,それ ら種々 の 音声に よっ て 言 語表現 されるこ とも不 可 能と な ろ うが, 事実は そ うで は な い 。
そ れ ゆ え, こ の
Tl
で は ,真 実の あ り方 と し て (pram …漁 ataり), 言語表
現 され た 43) 宇 井 伯 寿 『印 度 哲 学 研究』第一, p .406
参 照 。 44 )P
.ed .,No
.5256
,Dsa
,244a3
− 5. 一292
一一(
24
)B
加 抛 ∫αη3勉 δ漉 ε醒7σ (袴谷) とお りの 事 物は 存 在 しない こ と が 意 図 されてい る の であ
る。 ま さに 「一 法有
多 名, 実 法 中 則 無」 であ る。 そ してそ の無
自性 空の ゆ えに , 日常
の あ り方
と し て (sarpvrtitah )の 言 語 活動
が成立する。 「不失
法性 故, 流布
於 世 間」 で ある。 従 っ て 『菩 薩善戒経
』の こ の偈
の 理解
は, む し ろBhavaviveka
に近
い とさ え い え よ う。 果 し て , こ の偈
の 引 用に 引 き続 く箇 所も, 先に 紹 介 し たBBh
とは力
点の お き方
が異な っ て お り, 中 観 的色彩
が強い 45) 。如色 乃 至 涅 槃則有多名, 色無 自性, 無自性者則 無多名。 :有多名者名為流 布。
こ の よ うな 観 点か ら
考
える な らば, こ の 偈 に対
す るBh5vaviveka
の よ うな 理 解は , 恐 らく底 流 としては ,求 那
跋摩
に 先立 つ こ と数 半 世 紀 前か らあ りえ た で あ ろ うと思わ れ る。 か か る底流 の 中で , こ の 問題の偈
を 含む経
典群
が成
立 し た の では ある まい か 。
BhfivaViveka
もKamala
§ila
も求 那 跋 摩 同 様, 具 体的
な経 名を挙
げない 。 必ず
しも本偈
を含
む経典
がは じめ か らBhSS
と して 成 立し て い た と 考 える必要
もない で あろ う。 現に ,BhSS
の 散 文箇 所
と結偈箇
所 とを 比 較 す る と, 一 見 し ただ けで は同 じ趣 旨を述
べ て い る とは了解
し難い の で ある 。 恐 らく, 両 箇 所は , そ れ ぞ れ別な系
統に おい て 育まれた もの で あろ う。 そ れ が, 曇 無 讖に 先 立つ こ と半世紀
ほ ど前
に, 現 行 の よ うに 一つ に結
合 したBhSS
と して成立 し て い た 。 し か も, そ の 時 期に はBhSS
と して単
一化 して し ま っ た形態
の もの の み み があっ た わ けで は な い の で , 求 那 跋摩
の 伝 え るよ うに ,た だ一般的
に大 乗経 とい う呼称
も行われた の で は ある まい か 。で は ,
結
偈箇
所に み られ るよ うな趣 旨
を育
んだ系統
とは , い か な るもの た ち で あっ た ろ うか。 これは全 く推 測 の域
を 出 ない が , 恐 ら く,あ
たか もP7
α痂
砂 δ一 ramitd (PP
)に ,い わ ゆ るByams
shUSkyi
leha
(BShL
) な る章
を加え て い っ たよ うなグ ル ープ46)が , 結
偈
の ご と き一連
の偈
の 製 作 者で はなか っ た ろ うか。 す な
わ ち
PP
にSa7
?zdhinirmocanasidra (Sl
>s
)的
趣 旨を盛 り込 も う とし た もの た ち で ある 。 か か る推
測 の上 で ,結 偈
第2
偈に 対す るBBh
の 解 釈 と,BShL
とを 比較 す る な らば , rUpa ない し nirvapa (buddha −dharma ) と vastu との 関 係, さ ら に それ らすべ て が nirabhilapya だ とい う問 題の 取 り上 げ
方
は , 両者に お い て全45
) 以上,Bhavaviveka
を引き合に 出 し た か ら, 中 観的 とい うだ け 『 で あっ て , むし ろ般 若 経的とい うべ きか もしれない 。 46) 拙稿 「弥勒請 問章和 訳」『駒 大 仏論 集』第6
号, pp .ユ ー21
, お よび “A
Consideration
on tlie
B
冫・amssus
kyi
le
轟ec from thehistorical
point of view ”,JJBS
, XXIV −1
, pp .
20
−30
参照の こ と。
BhaVasaPtkra
−ntisfitra (袴谷) (25) く類
似 し てい る と思わ れる で あろ う47)。 さ らに , これ まで 問 題 と し て きた
結 偈第
2
偈は ,Lahkdvatarasditra
(LAS
),第
3
章
第82
偈, お よ びSagAthakam
第500
頌 と酷 似 し て い る。
参 考
ま で にそ れ を引
用 す るの で , 比較
され た い48)
。
49)na
hi
yo yenabhavena
kalpyamat
)o nadr
§yatena ta甲 nasty eva gantavya 甲
dharm
的 am evadhar
nata/
/82
//
na hi yo yena bh五vena
kalpyamano
na lakSyate /na tan nasty avagantavya 甲
dharma
項 m e爭a dharmata //
500
//BhSS
がBShL
,SNS
,LAS
三老
に 比べ て成立 が先で あっ た か後
で あっ たか は ,俄
に 決 定 し難い で あろ う。 現 行 の ごと き形 態か らみ れ ば , 恐 らく350
年
こ ろ に 成 立 して い た思われる前
者が後
三者 よ りも先で あっ た とい うべ きか 。 しか し, 現行
の 形態
に 至 る まで に は それ ぞれ が そ れ ぞ れの 成 立史
をも
っ た で あろ うか ら, ある部
分は 同 じグ ル ー プ に お い て成 立が重な り合 っ て い たか も しれ ない 。さ て ,
BhSS
の 散 文箇
所が結 偈 とは別 に 成 立 し て い た とす れば , 一体
そ れは ど うい う系統
に属
して い たで あ ろ うか 。 こ こ で ,BhSS
の 大 半が ,PitaPutras
− am 罐gamastitra
(ppss
) の 一節
と ほぼ 一致 する こ とに 注 目 して お きた い 。 こ のPPSS
は か な り長 文に わ た っ てSiksdsamuccaya
(SS
) セご引用 され, し か も問
題 の箇 所
が こ の 中に含
まれて い る た め そ の サ ン ス ク リッ ト原 文を知る こ と が で き る5°) 。 本来
な ら , こ の 原 文を用い てBhSS
の そ れ と比 較 すべき
で ある が , 冒頭
に 述べ た よ うに ,筆
者 は , 今, 肝心 のBhSS
の サ ン ス ク リ ヅ ト原 典 を参照
する こ と がで きない 。 従っ て こ こ で は , 両 者の チ ベ ッ ト訳に よ っ て 比較
を試
み たい 。47
) 前註18
で 指 摘 し た こ とに つ い てB
・Bh
とBShL
と を比 較 された い 。48
) 前註31
で 触れた ご と く,TSP
の校 訂 者Sastri
がTSP
所 引の 偈を ,こ の 偈 に トレース し た程 両 者は 似か よ っ て い る。 し か し, 内容的な面か らは ,
LAS
,III
−78
(Nanjio
ed
.、 p.187
)“
sU 亡re stttre vikalp6kta 甲 sa町〕
jf
薀・n亘mantare りa ca/
abhidh …ina・vinirlnukta 甲 abhidheyam ma
lak
$yate //” とBhSS
結 偈第 1 偈との 方が より類 似 し合て い る 。
BhSS
結偈を作っ た グル ープ とLAS
を作っ た グル ープ とは なんらか の意味で重な り合 うか も知れない 。 本 稿 註
90
の 箇所の和 訳 参照の こ と。 49)L
・4S
,Nanjio
ed ., 前者は p .190
, 後者は p .327 . 50)SS
,C
. Bendall ed ., p.244 ,1.11
− p .256
,1.3
. BhSS と一致す る部 分は , p .252 , 1.2
− p .253
,L14
で あ る。 なお , こ の 箇 所に 相 当する漢訳は , 那連 提 耶 舎 訳 『大宝積経』第
73
, 大 正,No
・310
・11
巻 P ・417
b
−c : 日称 等 訳r
父 子 合 集経』, 大 正 ,Ne
・ 320 , 同・ 966 a・Tib ・・ P ・ed ・・ No ・760
−16
,Shi
,153b3
−154b3
.訳 者はBhSS
の場 合と全 く同 じく,