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戦後作文教材の史的考察  小山玄夫・佐藤茂共著

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戦後作文教材の史的考察  小山玄夫・佐藤茂共著

『学年別作文読本』の意義一

大 内 善一

(1983年10月29日受理)

は じ め に

教科書の中に作文教材が一応それらしい形で登場したのは戦後のことである。それまでは,作文教材 と言えば,もっぱら現場教師め選択に委ねられていたのである。明治期から昭和戦前期まで,作文教材 として使用されていたものは,主に「文範」「文章作法書」「文話」「児童文・詩集」などや,昭和期 に入ってから月刊で学年別に刊行された「鑑賞文選」「綴方読本」などの類である。これらについては,

いずれも作文教材史としての側面からその史的展開を是非とも考察していく必要がある。殊に,明治期 の「文範・作法書」から発展した大正期における「児童への文話」の類や昭和期の「鑑賞文選」「綴方 読本」の類は,一応子供たちに直接与える読み物形式をとっていて,昭和戦後期に数多く出版された

「作文読本」の類と同じく,子供のための作文学習書,教師のための作文指導書としての機能を持って いたのである。

かって教科書作文教材としてはほとんど見るべきもののなかった時代に使用されていたこれらの「文 話」「作文読本」などの再検討は,教科書作文教材の役割・意義を考察し,さらに,広く教科書以外の

ところに教材を求めていく上で,今後の重要な課題の一つであると思われる。

そこで,本稿では,昭和25年から順次出版された小山玄夫・佐藤茂共著r学年別作文読本』(rさくぶ ん一年生』〜r作文六年生』,r作文中学一年生』〜r作文中学三年生』全九巻昭和25年3月〜26年

4月 泰光堂刊)を取り上げ,その構成。内容上の特質を分析し,作文教材史における意義について考      、ゴ

察を加えてみたい。

なお,昭和25年頃は,戦後の作文教育復興の時期に当っており,相ついで児童文・詩集や作文教育書 が刊行されている。いわゆる「作文読本」の類としては,泰光堂版以外に,以下のようなものが出版さ れている。

・ 丸山林平著r作文一二年生』r作文三四年生』r作文五六年生』全三巻 昭和24年3月〜25年2 月 雁書房刊  ・ 日本綴方の会編r模範小学生作文集初級編』r同上級編』昭和25年9月

r模範中学生作文集』昭和25年11月 全三巻 第一出版刊  ・ 児童文学者協会編r小学生作文 読本』各学年ごと全六巻 r中学生作文読本』上・下二巻昭和26年7月 河出書房刊

これらの「作文読本」は,それぞれ特色があるが,ここでは,作文学習書・指導書として最も機能的

な構成を取っていると思われる小山玄夫・佐藤茂共著r学年別作文読本』にしぼって考察を加えていく      }

ことにする。

(2)

      茨城大学教育学部教育研究所紀要16号(1984)

Q

1.構成上の特質

r学年別作文読本』全九巻は,各巻共A5版,二百頁内外の分量で,美しい装丁の表紙,紙質や印刷,

カツト,スペースなどの関係から全体として明るい感じで親しみやすいものとなっている。日本図書館 協会・中央児童福祉審議会。児童文学者協会・学校図書館協議会からの推薦を得て,版を重ねること十 版に及んでいる。

さて,ここでr作文読本』の構成上の特質について考察していくにあたって,これら一連の「作文読 本」の類が数多く刊行された背景について概略ふれておこう。

戦後の作文教育は,石森延男氏や八木橋雄次郎氏を中心に結成された「作文の会」(昭23・9・14結成)

から発刊された月刊児童向雑誌r作文』(昭23・4創刊)による作文教育振興のための活動などによって 実質的な展開を始動していた。こうした動きの中には,作文教育をして戦後の新教育の中核的存在たら しめようとする意気込みがあった。それは,民主的社会人の育成を目指す新教育が児童生徒の自主性・

自発性を重んじ,自己表現能力に培う方向を打ち出していたことと無関係ではない。国語科教育におい ても,第六期国定国語教科書が,まず表現を重んじて話し方や作文に関する教材を多く取り入れていた こともその現れである。η昭和22年版国語科学習指導要領でも,指導内容として,〈読むこと〉に先ん じて〈話すこと〉とくつづること(作文)〉とを掲げている。そしてまた,作文教育には,何よりも戦前 からの綴り方教育という伝統があった。この綴り方教育の伝統は,戦後,新しく設置された社会科が担

っていくものであるという認識が一部一戦前に生活綴り方教師と言われた人々の多くが戦後社会科に なだれ込んでいったという事実は,このことを物語っている一にはあった。しかし,国語科教育にお いては,話すことの教育と共に表現教育としての作文教育重視の方向がいち早く認識されていたのであ る。「作文の会」を中心とする作文教育振興のための活動は,このような戦後的状況の中から胚胎した のであった。

ところが,この「作文の会」発行の雑誌r作文』は,昭和23年頃から始まる児童向大衆娯楽雑誌の相 つぐ発刊によって,他の良心的・文化的な児童雑誌一r少年少女の広場』(昭25・3廃刊)r少年少女』

(昭26・12廃刊)など一と共に苦境に追い込まれ,昭和25年6月号をもって休刊(昭和28年7月号から復 刊する)の止むなきに至っている。そして,これをもって「作文の会」の活動も休止状態に入るのであ る。しかし,この頃はすでに,全国各地で児童生徒作文集の発行が増加の「途をたどり,一デ方で,生活 綴り方復興への気運も高まりを見せてきていたため,作文教育への一般の関心も日増しに高まってきて

いたのであった。こうした状況の中で新たに本格的な児童生徒向けの作文学習書が待望され,各種「作 文読本」の刊行をみることになったのである。

ところで,このr学年別作文読本』全九巻の著者であった佐藤茂氏(当時,成渓学園教諭),小山玄 夫氏(当時,日本女子大附小教諭)には,それぞれ,戦後の作文教育実践書としては最も早い時期に刊 行されたr作文指導の出発』(昭23・10牧書房),r生活教育の作文指導』(昭24・9 西荻書店)の著 書がある。両氏とも戦前からのすぐれた綴り方教師であり,戦後も「作文の会」によって作文教育振興 のための活動の一翼を担っていた実践人である。両氏の実践が戦前の綴り方教育の伝統である生活教育 としての綴り方教育を基底において,さらに,戦後の経験主義的思潮のもとにおける社会的要求に基づ いた,広い視野に立つものであることは,前記著書における実践が示しているところである。そして,

こうしたいき方がこの作文読本にも周到に配慮されていることは言うまでもない。

では,次に,この作文読本の構成上の特質について見ていくことにしよう。

(3)

まず,各巻を通じての構成上の特質として,小学校編については,各学年共学期ごとに,作文の題材,

作文例,ジャンル別学習例などが配列されていることがあげられる。題材例,ジャンル(=文章形態)

共に広く日常生活から取材された日誌,感想文,手紙,メモ,読後感などの作文,社会科の見学,記録 の整理,理科の観察・発見の報告などに基づいた考察の作文,さらに壁新聞,学校・学級新聞の作り方,

詩・童話・脚本・短歌。俳句などの創作的な作文の書き方といった,幅広い面に及んでいる。

構成上の特質をr作文六年生』の目次によって具体的に見てみよう。

(第一学期)

一、べえごま(詩) 一さくらの花・ローラー運転・ぐみ・べえごま・木もれ日・しその実・か にと汽車・詩の見かた,書きかた

二、修学旅行一遠足のおやつ・修学旅行・修学旅行記

三、麦かり(生活文) 一働く(麦かり・はなどり。台どころの手伝い)・手伝いの作文を書こ う・問題(ペンじく・図書委員)

四、放送局見学記一放送局見学記・見学記の書き方

五、夏休み一夏休みの詩集(じゅんびたいそう・水泳・あじ)。夏のおたより(先生へ・友だ ちへ)・はがきの書きかた・夏休みの日記・夏の研究(ことわざ集め)・研究記録のまとめかた

・二百字作文(夏休み研究作品発表会の感想)

(第二学期)

六、学校新聞一学校新聞の作りかた・ももの会新聞

七、赤い羽根(生活文) 一秋をさがす・共同募金・社会的な題材・晩秋の朝・生活をじっと見 つめて

八、日 記一三人の日記・こしをすえて日記を書こう・十月八日・十一月十一日・十二月十三

@日

縺A映画,読書の感想一原子ばくだん(映画)・「狼少年」 (読書)・「仏陀の戦争」を読ん で(読書)・「少女」 (えんぴつ対談)

(第三学期)     ・

十、おとうさんへ(手紙) 一お礼の手紙・おとうさんへの手紙・手紙の書きかた         一

±、本はどこに(劇) 一劇の脚本・本はどこに(放送劇脚本)

圭、巣立ち(卒業文集)一個人文集・学級文集(巣立ち)・文集の作りかた・文集のなかみ

(写真・よせがき・巣立つ一声・先生のことば・思い出・私たちの足あと)・春の詩(P3〜9)

この目次からも日常生活,学習生活のあらゆる場面にわたって題材が求められ,幅広いジャンルの作 文学習が求められていることがわかる。なお,ゴチック体の項目では,作文学習のための指導内容がそ れそれの題材,ジャンルに応じて述べられている。いわゆる「文話」に当る部分である。全体的特色と しては,①学期別の生活単元的構成を取っていること,②カリキュラム的構成を取っていること であ る。なお,ここで一つ注目しておくべき点がある。それは,「麦かり」とか「はなどり」C馬や牛にす きをひかせて田をおこすとき,たずなを持ってついていくこと)などの家事労働を題材とした,いわゆ

●  ●  ●

る生活文が取り上げられている点である。ここには,町や村それぞれの地域の特性を配慮した,作文学 習指導のあり方がうかがえる。こうした方向は,さらに,「七、赤い羽根(生活文)」のところでは,「社 会的な題材」にまで広く目を向けていくべきであるという指導文となって一層明らかにされている。要 するに,作文学習において,子供の生活現実を重視し,広く社会的な問題にも目を向けさせていこうと

(4)

4      茨城大学教育学部教育研究所紀要16号(1984)

していることの一つの現れであると理解できる。

ところで,r作文中学○年生』の方の構成は,どのようになっているであろうか。中学校編について も,二年生のものを除いては,全体として学期別のカリキュラム的単元構成を取っている点など,ほぼ 小学校編と同じ傾向を持っている。ただ,中学校編で特に注目すべき面としては,小学校編がほとんど 生活単元的構成となっているのに比して,「文のまちがい」(あて字,誤字・かなつかい・送りがな)と か,「文を書く順序」(文のたね・文の組みたて・文を書く),「推すか敲くか(推敲)」(推敲記述上の約 束・内容の推敲),「創作の書きかた」(主題・構想・表現)といった,いわゆる基本的な「表記指導」や 文章制作過程の取材・構想・叙述・推考という段階での「文章表現活動の指導」などの単元が設定され ていることである。

要するに,小学校編では,題材のとらえ方を学ばせ,ものの見方や考え方を広げて,表現意欲を高め たり,さまざまなジャンルの特質を学ばせて,書く生活を広げる指導を中心とした単元構成となってい るのに対して,中学校編では,これらの単元に加えて,「表記指導」や「文章制作過程の指導」のための 単元が設定されているのである。小学校段階では,どちらかと言えば,生活教育としての作文指導に重 点が置かれていて,中学校段階では,これに「文章表現指導」としてのより専門的な面が加味されてく

るという構成を取っていると言えよう。

また,中学校編には,題材として,より社会的な広がりを持ったものを求める傾向が現れている。例 えば,r作文中学二年生』をみると,「仕事の作文」として,「村の中学生」の作文例に,「たきぎ取り」

「ぼくは働く」といった,「町の中学生」の作文には見られないような題材の作文が範例として取り上 げられている。当時,復興しつつあった生活綴り方の代表的作文・詩(生活詩と言われたもの)一江 口江一作「母の死とその後」(後に,無着成恭編r山びこ学校』昭26・3青銅社刊 所収)や大関松三郎 作「山いも」(さがわ・みちお編著r山芋』昭26・2百合出版刊 所収)一などが範例として掲載され ていることも注目される。

その他に注目すべき点としては,詩・短歌・俳句・戯曲・創作などの文芸的作文(=創作的作文)が小 学校編よりも幾分比重をかけられてきていること,また,「文集の作り方」(r作文中学一年生』)がかな

りのスペースを割いて取り上げられていることなどを指摘することができる。

このように,構成面からは,全体として学年ごとの発達段階に即して,学期別の生活単元的構成とし てカリキュラム的に編成されていて,極めて実際的で使い易いものとなっている。ジャンルの取り上げ 方,範例,指導文(=文話)の取り上げ方も各学年ごとに偏りなく,無理のないものとなっている。しか し,「表記指導」や「文章制作過程の指導」といった文章表現指導の基本的な面が小学校編において系統 的に設定されていない点などは,戦後的作文教育のあり方として以後の課題とすべき問題点であったと 言えよう。

2.内容上の特質

次に,主な指導項目に即してこの作文読本の内容上の特質をその作文教材としての働き(=価値・性 格)の面から考察していってみよう。

まず,r作文四年生』の中の範例文とその指導文について見てみよう。「町の子,村の子(生活の文)」

という項目で,「手っだい」という,次のような範例文が引用されている。

「もうすこし,ひろおうか。」

(5)

「いいから,こっちをはこべよ。」

O  O  O  O  O  O    O  O  O  O  O  O  O    O  O    O  O  O  O  ◎  O O

また,つるのついたさつまをはこぶ。どしんとおく。またかけてくる。もう,一つできている。

O O O O O O O   O O O O O O O O O   O O O O O O   O O O O O O O O O   、 N \       \ 」  〜、       、〜、

ワた持っていく。なかなかいそがしい。そのあいだに,ざるにもひろいこむ。畑の半分は,あらま

\\〜、〜、〜、〜、\

し私の足あとだ。

セイちゃんたちがなわずりをおわって,こっちへくる。おとうさんがいった。

「セイキチ,おまえもしばれよ。子どもふたりにはこばせるから。」

それから弟がつるのないさつま,私がつるのあるのをはこんだ。おとうさんのをはこんでいると,

セイちゃんのが二つできる。ふたりがしばるのをかわりばんこにはこぶ。セイちゃんのは,とても 重い。

「セイちゃんのは重いよう。」

「ばかいうな。おとうさんのより,おれのほうが小さいそ。」

●  ●  ●  ●      ●  ●  ●  ●  ●

弟はざるにいっぱいいれて,うんしょうんしょといって,ひっぱっている。ときどき,ことこと馬

o  ●  ●  ●  ●  ●

が音をたてる。

やっとおえて,その畑を,セイちゃんと弟で,なわずりをはじめた。それができると,父とセイ ちゃんで,麦をまくところを浅くさくった。そのあいだ,私と弟はあそんでいた。

O  O  O  O  O  O     O  O  O  O  O  O  O  O  O  O  O  O  O  O  O  O  O

さくったあとに,こんどは麦をまくのだ。おとうさんが,こしにつけたざるからこやしをつかん

O  O    O  O O  O  O  O O O  o  o  o  o o  o o  o o  o    o  o  o  o  o  o o  o  o  o  o o  o  o  o  o       o  o  o o  o  o

ナは,三十センチぐらいずつおいてまいていく。その上にセイちゃんが麦のたねをひねりながらま

O    O  O  O  O  O  O  O  O  O  O  o    o  o o  o  o  o  o  o

く。弟がそれに土をかぶせる。その上を私がふむ。おとうさんがうねのはじっこでとまると,つぎ つぎくっついて,四人が一かたまりになる。

● . ●   ● ● ● ・ . ・ ● . ● ●      \ Σ ㌧ \ \   」 1L 、 、       」Σ」      」〜、ゴーン   ,ゴーンとかねがなった。あれはねんぶつ堂の四時だ。前を見ると,山の上に入道雲がも

ミ猷由都そ凄茄≧肱鋪綾ぷ届福鹸勧を緒._...(以下略)………

(r作文四年生』 P.104〜106)

これは,村の子供の作文例である。この例文の後に,ほぼ一ページにわたる指導文が付いている。。

。。 の付いている部分は,「はたらいているようすがこまかに書けているところ」を示し,」\」印の 部分は,「目がよくはたらいて」いるところ,また,… 印の部分は,「耳のよくはたらいて」いるとこ

ろを示している。このようにして,目や耳をよく働かせて,物事を細かに見聞きし,様子を詳しく描く ことを目指させようとしているのである。いわゆる精叙の指導を目指しているわけである。指導文の中●  ●

の次の一文は,そのことを端的に表している。

進んで勉強や仕事をする子ども。仕事にたいしてもよく注意して,したり,見たりする子ども。

文に書くときは,その一つ一つをこまかに思い出す子ども。そういう子どもが,このようなよい作 文の書ける子どもになるのです。(P.109)

この一文は,精叙の指導を通して生活態度の指導をも目指していることを示してもいる。

また,この作文読本では,学年が上にいくに従って題材の広がりを持たせようと配慮されている。

r作文六年生』の中の「社会的な題材」という指導文には以下のように述べられている。

「いなごとり」「日曜日」「野球」などという作文は,ひとりか,せいぜい数人の生活から題材を       ,

とっています。「夜」「おかあさん」は,うちのこと。「遠足」「運動会」は学校のこと。

六年生は,もっと広い世の中のことも作文に書きましよう。「右側通行」「町を歩いて」「電車の 中」「停電」「新聞」「青物市場」「防火演習」「読書週間」「このごろの雑誌」一こういう社会科で 勉強するようなことにまで,作文の題材を広げていくことが大せつです。

(6)

6       茨城大学教育学部教育研究所紀要16号(1984)

「共同募金」の作文は,たったふたりでしたことを書いたにすぎません。けれども,そのしたこ との目あては,「野球」や「遠足」とはちがいます。こまっている人たちをすくうという「赤い羽根 の運動」です。そして,していることは広い社会的な仕事です。こういう社会的な問題を題材にし た作文をどしどし書いてほしいと思います。(P.112)

ここには,作文の題材を狭い個人生活から広い社会生活の面にまで広げ,社会生活の意識から取り上 げていくべきことが強調されているのである。こうした考え方は,中学校編になると一層明らかにされ ている。r作文中学二年生』の中の「六、私の意見」という項目では,「法隆寺が焼けた」という二っ の意見文を掲げ,その後に続く指導文(=文話)の中で以下のように述べている。

まず,こういう大きな社会的な事件を問題にしたということについて考えてみましよう。法隆寺 の火事という事件は,あなたがた中学生とは直接関係のない,いわばおとなの社会の問題かもしれ ません。が,そういう問題について,原因,結果,社会的損害の事実を知り,自分の感想や考えを 整理することは,ものごとを社会的に見たり,考えたりする習慣と力をのばしてくれるものです。

それが,「私たちは社会人としてどのような生きかたをしたらよいか。」ということをいっも考え,

実行していくりっぱな人間を作る上にどれだけ役立つか知れません。(P.91)

このように,社会的な題材に取材することの意義が明らかにされているのである。

さて,内容上の特質としては,以上に見てきたような面の他にも構成上の特質のところでもふれたよ うに,文集作成上の方法などに豊かな実践に裏づけられたすぐれた指導内容が盛られているのだが,こ こでは述べ尽くせないので省略する。また,これも先に述べておいたことであるが,r作文中学二年生』

においては,「応「文章制作過程」についての指導項目が立てられていて,16ページにわたって指導内 容が述べられている点も再度確認しておく必要があろう。ちなみに,戦後の作文教育の中で取材・構想・

叙述・推考といった文章制作過程の個々の段階における指導内容について本格的な検討が始められるの は,昭和30年代に入ってからである3}

3.r学年別作文読本』に現れた作文教育観

教材観は,教育観によって大きく左右される。この作文読本の場合でもこれまで見てきた構成・内容 上の特質に著者小山玄夫・佐藤茂両氏の作文教育観が明確に現れてきている。

小山・佐藤両氏の作文教育観は,既に見てきた範例文の取り上げ方・扱い方,文話,全体の生活単元 的構成,幅広い題材とジャンルなどに端的に示されているのだが,この点について少し深く考察してみ

よう。まず,小学校編には各巻共「学年別『乍文」企画のことば」3)が巻頭に掲げられていてそこに次 のような一文が見える。

作文の力は,日常生活になくてはならないたいせっな技術です。日記をつけ,手紙一本したため るにも作文の力が必要です。社会科の研究を整理し,理科の記録をとるにしても作文の力が働かな ければなりません。また,ものを正しく見る目,ものごとを深く考える心をゆたかに養ってくれる ものも作文の力であります。(P.1)

このように述べて,「単にじようずな文だけでなく,正確に書く力,実生活に役立てて使う力」を養っ ていくことを目指した旨が記されている。こうした内容から,この作文読本が昭和22年版国語科学習指 導要領で示された実用主義的な作文の方向を一応受けていることは明らかである。しかし,その題材の 広さや範文例の扱い方から見れば,この作文読本の内実は,単に実用主義的,言語技術主義的作文を目

(7)

指すものでなかったことは明らかである。ここでは,作文の実用性・伝達性の機能を重んじると同時に,

作文によって物事を見る目を正しくし,感じる心を豊かにし,考え方を深めて,子供の生活の向上を図 ろうとする方向が明確に提示されているのである。文芸的・実用的・科学的な作文がほぼ均等な配分で 取り上げられ,題材は,学年の発達段階に即して個人生活から次第に社会生活の面にまで広げられてお

り,社会的な意識から問題を深く見つめていくべきことが求められているのである。

この作文読本の基底にある精神は,r作文中学三年生』の「はじめのことば」に端的に示されている。

どんな小さなことがらの中にも,そのものにふくまれている深い意味や,価値をみとめる。いつ も静かな,すんだ目で,ものを正しく見,正しく考える。そして正しく行動する。いつも自分らし       、  、  、  、  、 ュ,強く逞しく生きていく。その毎日の生活をそのまま文章に書きあらわしていこう。書きあらわ

、  、  、  、  、  rb 「b    、  、  、  、  、  、  、  、  、  、  、  、  、  、  、  、     、  、  、  、  、  「」  、  、  、  、  「」 、  、  、

キことによって,きっとその生活は一層自信づけられ,一層深まっていくにちがいない。だから平 凡なことでもいい。ありふれたことでもいい。とるにたらない小さなことがらでもいい。それをそ のまま書きあらわしてみよう。文章にしてみよう。書くことによって必ず喜びが増し,人生への希 望が増していくであろう。作文はそのようなふしぎな力を持っているものである。だから作支を燦

、  、  、  、  、  rb 、  、  、  r■  、  、  、  r」  、  、  、  、  、    、  、  、  「b  、  、  、  、  、  、  、  、  、  、  、  「b 、  、  、  、  、  、  、

ュ研究することは人間を深めることであり,生活をほりさげることでもあるとまでいわれている。

(P.1)(圏点は筆者。)

このように述べて,「作文の勉強はわたしたちの毎日の生活の全体の中にまたがってある大切な姓 勉強の一つなのである」とまで言い切っているのである。ここには,物事の価値を正しく判断し,正し

く行動していく力に培おうとする生活教育としての作文教育観が如実に示されていると言えよう。

おわりに一 r学年別作文読本』の意義一

以上見てきたところによって,r学年別作文読本』の意義について整理しておこう。

まず第一に,この作文読本は,作文学習書ないしは作文指導書としての機能を極めてゆき届いた形で 持っていたということである。それは,全巻を通しての学期ごとの構成,また,内容面では文芸的作文,

実用的作文,科学的作文の均衡のとれた配列,これらの範例文に付された有効適切な指導文などに現れ ている。

第二には,構成,内容の両面にわたって,子供の生活の広さ,生活の構え,生活の反省,生活の姿な       、 ヌが浮き彫りにされるような工夫がなされているということである。つまり,生活の勉強のたあの「生

、  、  「ら

?ヌ本」的な機能をも有しているということである。しかも,ここで配慮されている生活教育的な面は,

あくまでも自分の目や耳や心を十分に働かせて,生活のありのままを細かに叙写することを通して自ら の生活を向上させていくという方向を取っている。それは,必ずしも,生活綴り方教育が主張するとこ ろの「社会意識の観念」を強くひき出そうとする方向にまでは至っていない。しかし,「町の作文,村 の作文」などの項目に見られるように,子供の生活現実の場という条件が考慮されていて,そこには,

作文学習を通して子供自身の生活認識を高め,広く生活形成・人間形成に培っていこうとする教育観が 貫かれているとみることができるのである。しかも,こうした方向は,一方で十分とは言えないまでも 国語科作文指導の中心的任務である文章表現指導を基底に据えて,正確でわかりやすい文章を書く力の 育成を目指しつつ,もう一方では,国語科の枠を出てさまざまな生活の場面で作文学習を進めていこう

とする作文教育観に基づいて打ち出されているのである。

このように見てくると,r学年別作文読本』に現れた作文教育観には,戦前の生活綴り方教育の目指し

(8)

8       茨城大学教育学部教育研究所紀要16号(1984)

てきた方向一つまり,生活現実重視の方向,社会意識の観念を強くひき出す方向4Lをも一部に含み つつ,さらに広い立場からの戦前綴り方教育の伝統を受けて,これらに戦後的な実用主義的方向を加味

していこうとする意図が含まれていると見ることができようぎしかし,こうしたいき方を生活綴り方教 育の立場の人がみれば,「生活をたいへん尊重はしているが,「生活のきびしい探求」としての生活綴方 派ではない」ωという批判めいた言辞が加えられることになる.この種の罷餓は,やがて麺化す る作文・生活綴り方教育論争においてより鮮明にされていくのであるが,少くともこの作文読本に現れ た作文教育観の中にその対立点を解消していく方向がすでに示されているとも理解できるのである。し かし・この点についての考察は, 生活指導か表現指導か,,をめぐる作文・生活綴り方教育論争以降,

昭和30年代における作文教育界の動向に準じてなされなければならないものである。とはいえ,この作 文読本は,作文教育界にあって長く活用されている。今,手元にあるこれらの作文読本のうち,r作文 中学一年生』r同二年生』は,昭和39年1月発行となっている。かなり長い期間にわたって版を重ねて いたのである。以後,今日に至るまでこの作文読本を上回る充実した内容のものを管見では目にするこ とができないのである。

1)第六期国定国語教科書に澄ける作文教材については,拙稿「国語科作文教材論」(『茨城大学教育学部教育研究所 紀要』第15号 1983 p.15)参照。

2) 咋文の会」の機関誌『作文教育』では,昭和30年代に入って阪材指導に関する実際的研究」(昭和30年7月号)

「構想の指導についての実際的研究」(昭和30年8・9月合併号)などの特集が始めて取り上げられ,[日本作文の会」

の機関誌『作文と教育』では,「取材(題材)指導をどのようにしたらよいか」(昭和33年2月号),「構想の指導を どのようにしたらよいか」(昭和33年3月号),「記述指導をどのようにしたらよいか」(昭和33年5月号)などの特 集が取り上げられている。

3)この作文読本の企画は・「新日本作文研究会」(委員名として,泉節二,小山玄夫,佐藤茂,飛田多喜雄,山下正 雄の五氏が列記されている)によって行われた旨が巻頭のことばに記されている。しかし,実際の執筆担当は全て 小山玄夫・佐藤茂の両氏によっている。

4)戦前の生活綴り方運動の中で,こうした方向が強く打ち出されたのは,小砂丘忠義を中心とする『綴方生活』第 二次同人宜言(1930年9月)以降であるというのが定説となっている。そして,こうしたいき方は,この『綴方生 活』という雑誌によった生活綴り方教師や北方教育運動に携わった教師たちの中に深く浸透していった。しかし,

実際の生活綴り方運動の中では,より複雑にさまざまな立場の人々の主張があったということが少しずつ明らかに されてきている。(例えば,佐々井秀緒著『生活綴方生成史』1981.8 あゆみ出版)

5)こうしたいき方は,例えば,佐藤茂氏の「ことばには自己表現の機能と用件を伝達する機能とがある」(朝日新聞 1951年6月9日付「用件を正確に表現する力『つyり方時代』への一つの批判」)といった考え方から出てきてい るものと言えよう。

6)馬場正男「こどものための作文の本」(『実践国語』1951年8月号 旦56)

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 この論文の構成は次のようになっている。第2章では銅酸化物超伝導体に対する今までの研

 学部生の頃、教育実習で当時東京で唯一手話を幼児期から用いていたろう学校に配

以上の基準を仮に想定し得るが︑おそらくこの基準によっても︑小売市場事件は合憲と考えることができよう︒

 学部生の頃、教育実習で当時東京で唯一手話を幼児期から用いていたろう学校に配

大村 その場合に、なぜ成り立たなくなったのか ということ、つまりあの図式でいうと基本的には S1 という 場

北区らしさという文言は、私も少し気になったところで、特に住民の方にとっての北