2.国際交流センターの活動
2.1 報告
地域住民と留学生の協働による地域文化保存の試み
平田 未季
要 旨
本稿では,秋田大学「地(知)の拠点整備事業」(大学COC事業)の一環として,2014 年度から2015年度にかけて秋田県潟上市豊川地区(以下,豊川地区)で行った文化誌作成 プロジェクトワークについて報告する。このプロジェクトワークは,地区唯一の豊川小学 校が閉校された同地区で,小学校跡地を活用し地域活動の活性化を図ることを目的として いる。2014年度は,旧豊川小学校の関係者にインタビューをし,同小学校が豊川地区にお いて「世代を超えた交流の拠点」であり「地域文化継承の拠点」ともなっていたことを明 らかにした。この結果を踏まえ,2015年度はプロジェクトワークを通してかつて小学校が 果たしていた「地域文化継承」という役割を担うべく,豊川油田をテーマとした文化誌を 作成した。本稿では活動の概要を紹介するとともに,地域住民からのコメントに基づきプ ロジェクトワークの成果を検証する。
【キーワード】:プロジェクトワーク,地域活性化,地域文化の継承,文化誌,秋田県潟 上市豊川地区
1.活動の背景
筆者は2014度から2015年度にかけて,秋田大学教養基礎科目「日本社会入門II」において,
豊川地区の歴史・文化・人の物語を伝える文化誌を作成 するというプロジェクトワークを行った。プロジェクト ワーク実施の背景については平田(2015a)で詳述した が,本節で再度概略を述べる。このプロジェクトは,秋 田大学「地(知)の拠点整備事業」(大学COC事業)の 一環として行われたものであり,同事業の助成を受けて いる。同事業では,秋田大学が連携する自治体と協議し 5つの課題を選定している。本プロジェクトは,そのう ちの1つである潟上市から要請された課題,「豊川小学校 跡地を活用した,地域住民の心のよりどころとなる多目 的交流施設等による地域活動の活性化」に取り組むため 実施された。
潟上市がこの課題を提示した背景には,近年の豊川地
秋田市 潟上市
豊川地区
地域住民と留学生の協働による地域文化保存の試み
平田 未季
要旨
本稿では,秋田大学「地(知)の拠点整備事業」(大学
COC事業)の一環として,
2014年 度から
2015年度にかけて秋田県潟上市豊川地区(以下,豊川地区)で行った文化誌作成プロ ジェクトワークについて報告する。このプロジェクトワークは,地区唯一の豊川小学校が閉校 された同地区で,小学校跡地を活用し地域活動の活性化を図ることを目的としている。
2014年度は,旧豊川小学校の関係者にインタビューをし,同小学校が豊川地区において「世代を超 えた交流の拠点」であり「地域文化継承の拠点」ともなっていたことを明らかにした。この結 果を踏まえ,
2015年度はプロジェクトワークを通してかつて小学校が果たしていた「地域文化 継承」という役割を担うべく,豊川油田をテーマとした文化誌を作成した。本稿では活動の概 要を紹介するとともに,地域住民からのコメントに基づきプロジェクトワークの成果を検証す る。
【キーワード】:プロジェクトワーク,地域活性化,地域文化の継承,文化誌,秋田県潟上市豊
川地区
1.活動の背景
筆者は
2014度から
2015年度にかけて,秋田大学教養基礎科目「日本社会入門
II」におい て,豊川地区の歴史・文化・人の物語を伝える文化誌を作成するというプロジェクトワークを 行った。プロジェクトワーク実施の背景については平田(
2015a)で詳述したが,本節で再度 概略を述べる。このプロジェクトは,秋田大学「地(知)の拠点整備事業」(大学
COC事業)
の一環として行われたものであり,同事業の助成を受けている。同事業では,秋田大学が連携 する自治体と協議し
5つの課題を選定している。本プロジェクトは,そのうちの
1つである潟 上市から要請された課題, 「豊川小学校跡地を活用した,地域住民の心のよりどころとなる多目 的交流施設等による地域活動の活性化」に取り組むため実施
された。
潟上市がこの課題を提示した背景には,近年の豊川地区の 過疎化,高齢化がある。豊川地区は,もとは豊川村という独 立した自治体であり,農聖・石川理紀之助の活躍,豊川油田 の発見・開発等,独自の歴史,地域文化を有していた。しか し,主産業の
1つであった油田の操業停止,周辺地域との数 度の合併により人口が流出し,
2012年に地区唯一の小学校で あった豊川小学校が閉校され,隣接する大久保地区の大久保 小学校(現大豊小学校)に統合された(平田
2015a: 21-22)。
しかし現在でも豊川住民の自治意識は高く,石川理紀之助 ゆかりの地で里山保全や環境教育を実践する「草木谷を守る 会」や油田関連施設の保存・歴史の継承を目指す「豊川油田
図 1 秋田県地図
図1 秋田県地図
区の過疎化,高齢化がある。豊川地区は,もとは豊川村という独立した自治体であり,農聖・
石川理紀之助の活躍,豊川油田の発見・開発等,独自の歴史,地域文化を有していた。し かし,主産業の1つであった油田の操業停止,周辺地域との数度の合併により人口が流出し,
2012年に地区唯一の小学校であった豊川小学校が閉校され,隣接する大久保地区の大久保 小学校(現大豊小学校)に統合された(平田 2015a: 21-22)。
しかし現在でも豊川住民の自治意識は高く,石川理紀之助ゆかりの地で里山保全や環境 教育を実践する「草木谷を守る会」や油田関連施設の保存・歴史の継承を目指す「豊川油 田の歴史を伝える会」等,地域文化の継承と地域の活性化を目指す団体が地区内外で活動 を行っている。さらに,秋田県で最も初期に結成された住民組織の1つである「豊川コミュ ニティ推進協議会」は,住民同士の交流や地域振興を目的とする行事を定期的に開催して いる。同協議会は,地域コミュニティの中心であった豊川小学校の閉校とその後の校舎取 り壊しの決定に危機感を覚え,潟上市に小学校に代わる施設の建設を訴えた。秋田大学を アドバイザーとし,市と住民が協議を重ねた結果,地区の新たな活動の拠点として,2014 年に,豊川小学校跡地に潟上市多目的交流施設(通称:豊川コミュニティセンター,以下 豊川コミュニティセンターと呼ぶ)が建てられた。
この施設の設置に伴い,潟上市は秋田大学に前述の課題を提案した。本プロジェクトは この豊川コミュニティセンターを拠点として,住民と学生が共同で地域活性化に寄与しう る活動を行うことを目的としている。次節では,2014年度と2015年度のプロジェクトワー クの概要について述べる。
2.授業の概要
本プロジェクトワークは2014年度と2015年度の第2期(10月~2月)に秋田大学の教養基 礎科目である「日本社会入門II」において実施された。この授業は,留学生及び日本人学 部生が受講可能である。授業では,潟上市が提案した「豊川小学校跡地を活用した,地域 住民の心のよりどころとなる多目的交流施設等による地域活動の活性化」を目的とするプ ロジェクトワークを実施し,それを通して学生が以下の3点を達成することを目標とした。
(1)「日本社会入門II」の目標
a. 潟上市豊川地区でのフィールドワークを通して,秋田の地域社会の歴史や現状に触 れる。
b. 豊川油田の歴史,文化,人の物語を伝える冊子を作り,県内外に豊川地区を広報する。
c. 豊川住民,留学生,日本人学生の三者で共同作業をすることで,異文化を持つ人達 とコミュニケーションする能力を向上させる。
(1a)に関しては,秋田大学に留学する学生のニーズが背景にある。秋田大学に所属す る留学生には,以前より,秋田の地域文化,地域社会について学びたい,秋田の人達と触 れ合いたいというニーズがあったため,本活動を通してその機会を提供しようと考えた。
(1b)で述べた冊子の発行は,活動成果を具体的な成果物としてまとめそれを地区内外 に配布することで豊川地区の広報につなげると同時に,プロジェクトの参加者に達成感を
持ってもらうことを目指している。デザインによる地域活性化活動に取り組む株式会社
「D&DEPARTMENT PROJECT」1)は,地元の個性・魅力の再発見という明確な意識を 持ち,それを編集やデザイン等のクオリティにこだわることで表現するタウン誌を「文化 誌」と定義して,それらを集め展示・販売を行っている。本プロジェクトは,受講者の視 点から「再発見」された豊川地区のイメージを地区内外に効果的に広報できるよう,また 参加者が活動成果から達成感を得て今後もプロジェクトに関わり続ける動機づけを得るこ とができるよう,「編集やデザイン等のクオリティにこだわる」文化誌を作成することを 目指し,冊子の編集を,デザインを通した地域活性化活動に関わる東京在住の編集者・清 田隆之氏,デザインをウチカワデザイン代表である内川拓也氏に依頼している2)。
最後に(1c)に関して,「日本社会入門II」には,同講義を受講している留学生,日本人学生,
留学生の言語面の補助を行うサポーターの日本人学生が参加している。彼らは常に7名か ら10名程のグループで活動を行う。さらに,活動の過程では,大学内の学生だけでなく,
普段の生活で接する機会のない豊川地区住民やデザイナー・編集者とコミュニケーション をとり,協働しながら文化誌作成という課題に取り組まなければならない。様々な文化的 背景を持つ者と共同型プロジェクトを行うことで,参加者が異文化接触を体験し,そのよ うな状況下でのコミュニケーション能力及び問題解決能力を向上させることも本プロジェ クトの大きな目標の1つである。
「日本社会入門II」の各年度の開講期間及び参加者の概要は以下の通りである。
表1 授業概要
2014年度 2015年度
期間 2014年10月~2015年2月 2015年10月~2016年2月 授業回数 大学内での講義・作業 90分×7回,
豊川地区でのフィールドワーク4回
大学内での講義・作業 90分×7回,
豊川地区でのフィールドワーク3回 受講者 留学生33名(内,中国17名,モン
ゴル4名,ルーマニア3名,イスラ エル2名,韓国2名,台湾2名,ケニ ア1名,ポーランド1名,マレーシ ア1名)
留学生43名(内,中国21名,韓国 12名,台湾4名,ルーマニア2名,ミャ ンマー1名,フィリピン1名,カザ フスタン1名,モンゴル1名),日本 人学生1名
サポーター 日本人学生14名 日本人学生8名
次節では,初年度の活動成果を振り返り,豊川地区において小学校が果たしていた役割 について考察する。
1)「D&DEPARTMENT PROJECT」とは,デザインを通して日本のものづくりや観光を再発見し広く紹介する株式会社で あり,そのコンセプトのもと,渋谷ヒカリエ8階で,デザインを通して47都道府県を紹介するMUSEUM,ショップ,食 堂からなる「d47」を企画・運営している。「d47」の “d” は “design” を,“47” は「47都道府県」を指している。2014年の 3月から6月にかけ,同MUSEUMにおいて,地域のタウン誌を集めた「文化誌が街の意識を変える展」が行われた(平田 2015a: 23)。
2)成果物のクオリティを上げることは,教育効果の面からもその重要性が指摘されている。松尾知明氏(国立教育政策研究 所)は,アクティブラーニングの効果を上げるために,「(学習活動の)結果として生み出されるパフォーマンス課題」で あるパンフレット等は,学生が「実際の活用をイメージできるようリアルでオーセンティックにする必要がある」ことを 指摘している(「多文化交流科目へのコメント―カリキュラムマネジメントの視点から―」北海道大学多文化交流科目シ ンポジウム,2015.2.22,配布資料より)。
3.2014年度の活動成果
1節で述べた通り,本プロジェクトは,潟上市から要請された課題である「豊川小学校 跡地を活用した,地域住民の心のよりどころとなる多目的交流施設等による地域活動の活 性化」を目的としている。この目的を達成するためには,まず豊川地区において小学校が どのような役割を果たしていたのかを知る必要がある。そこで,プロジェクトの初年度で ある2014年度は旧豊川小学校の元教師,元生徒8名に対し,豊川小学校での思い出や豊川 での生活についてインタビューを行った。受講者である留学生は,教員が選定したインタ ビュイーの中からインタビューしたい相手を選び,それに基づき5名から6名のグループ6 つに分けられた。各受講者の日本語レベルは初級から上級まで様々であるが,全ての参加 者が言語の壁を感じることなく活動に参加できるよう,各グループに2人ずつ日本人学生 もしくは英語を母語とする潟上市のALT(外国語指導助手)を配置し,インタビューの 補助を行ってもらった。各グループは事前の講義の中で,インタビュー経験が豊富な編集 者のアドバイスを受けながら3),以下のインタビューテーマを設定した。
表2 2014年度のインタビュー相手とインタビューのテーマ
グループ インタビュイー テ ー マ
A 元教師G 40代女性 豊川の人達のspirit
B 元生徒H 30代男性 我が故郷,豊川―豊川の過去,現在,未来―
C 元生徒I,J 10代女性2名 女子高校生の生活から見える豊川の現状 D 元生徒K,L 10代男性2名 豊川の子ども達の生活
E 元生徒M 30代女性 豊川にUターンした若い女性の豊川に対する感想 F 元生徒N 60代男性 農家の知恵―豊川の農業―
以上のテーマに基づいてインタビューを行った結果,特に最近まで小学校に関わってい た元教師G及び10代のインタビュイー達は小学校の印象的な思い出として学年や学内外の 壁を超えた交流を挙げた。この点をもとに,平田(2015a,b)は,旧豊川小学校は豊川 において,「世代を超えた交流の拠点」であり,その結果,同小学校が「地域文化継承の 拠点」ともなっていたと考察した。以下,3.1節,3.2節で,それぞれの点に関わるインタビュー の一部を引用する4)。
3.1 世代を超えた交流の拠点
旧豊川小学校の元教師であったGは,かつての小学校の様子を知りたいという留学生の 質問に対し,同小学校を「1つの大きな家族みたいな学校」と表した。
3)2014年度はインタビュー前に清田隆之氏,内川拓也氏にデザインを通した地域活性化の活動事例と,インタビューの仕方 について講義を行っていただき,その中で各グループにインタビュイーへの質問内容のアドバイスを行っていただいた。
2015年度は事前講義を行わなかったため,メールを通して各グループにインタビュー内容に関するアドバイスを送ってい ただいた。
4)以下,インタビュアーである留学生は「学生1, 2…」,サポーターである日本人学生及びALTは「サポーター」と表す。なお,
下線部,括弧内は筆者による。
(1)元教師40代女性G「1つの大きな家族みたいな小学校」
学生1 でも私は,先生が小学校に就職するとき,あの小学校の様子を知りたい。教えて いただけませんか。
G じゃあ私が豊川で教えていた7年間の様子でいいですか。
学生1 はい。
G 分かりました。じゃあ話します。子どもが少なくて,全校で100人以下でした。
だんだん少なくなっていきました。70人,60人,50人ていうふうに少なくなって いって。でも子ども達は,一人一人とっても元気で明るくて,なんかパワーがあ りました。1年生から6年生まで,みんな友達。家族みたいな感じ。学校が一つの 大きな家族みたいな小学校でした。だから今来たIさんとJさんが6年生だったん ですね,最高学年。そのときに,Kさん達は2年生か3年生で。でもとっても仲良 くて,休み時間はみんなが一緒に遊ぶ学校でした。分かってますかね。
学生1 クラスはいくつありますか。
G 一つです。ひと学年一つ。
生徒数が少なくひと学年に1つしかクラスがないことで,旧豊川小学校では学年間,さ らに教師・生徒間の壁を超えた交流が行われていた。元生徒で現在高校生のI,J,そして 現在中学生のK,Lもまた,同小学校の思い出としてこの学校の中の交流の深さを挙げて いる。
(2)元生徒10代男性K,L「みんなで一緒に遊んでた」
学生2 前の学校と今の学校比べて,どちらが好きですか。
K どっちだろう。どっちだろうな。
学生3 どっちもいい?
K 今は友達がたくさんいて面白いけど,豊川小学校のときは少ないけどみんなで一 緒に遊んでたから。
(学生間で中国語による話し合い,質問をサポーターに伝える)
サポーター じゃあさ,小学校4年生のとき閉校になっちゃったんだよね。閉校になるっ て言われたときに,自分転校することになるなっていうのも分かるじゃん。で,
うれしいなって思ったか,嫌だなって思ったか。そのときはどうだった?
K 嫌だと思いました。
サポーター 嫌だと思った。
L 嫌だと思いました。
(3)元生徒10代女性I,J「全校が仲いい」
サポーター 豊川(小学校)を他の人達に勧めるとしたらどういうふうに勧める?
I やっぱ全校が仲いいっていうのが何よりもの特徴。
J 何もないけどね。
I ないけどね。
J ないけどね。
学生4 住んでもらう人にですか。
I すごい心が穏やかになります。
このような学年及び生徒と教師という立場の違いを超えた交流に親しんでいた元生徒I は,現在通う秋田市の高校に入った時,その雰囲気の違いに驚いたと話した。
(4)元生徒10代女性I,J「先生との距離」
I で,豊川小も冬になればツリー。豊川小学校のときもツリー,小学校の前にやっ て,ピカピカ光ってたよ。
J ピカピカ光って。
I 光ってたよね。
J 木に。木に付けて。
I 秋になれば落ち葉のロードを先生達が作ってくれたり。先生達がすごいいい先生 でした。
サポーター 先生ともやっぱ仲良かった。
I 仲良かった。高校とかに入れば,だからなんか先生との距離っていうのあるじゃ ないですか。それがびっくりしました。結構中学校とか小学校って,なんか本当 友達みたいに普通に話してたから,高校に入ったら先生との距離があってびっく りしました。
さらに,この立場の違いを超えた交流は学内のみならず,地域全体に広がっていた。元 生徒I,Jは,旧豊川小学校は行事が非常に多かったと話し,その行事は常に生徒や生徒の 父母のみならず地域の人達全体が参加していたと語った。
(5)元生徒10代女性I,J「地域の人達も一緒に」
I あと球技大会とか縄跳び大会とか,水泳大会とかね。
J 何でも大会にした。
I イベントが多かったね。
サポーター 地区の運動会とかあった?
I もう学校と一緒で,地区も。行事っていえばほとんど地区もなんだよね。収穫感 謝祭も地域のみんな来るし,学習発表会にしてもみんな来るしみたいな。全部も う地域と混ざって。
サポーター 運動会は。
I 本当地域も。
J 地域の人達も一緒に走って。
I なんか地域で分かれて。
J 地域ごとのグループに分かれて競う。
I 大人も競ってきたよね。ムカデ競争したり,大人達が。
このように,生徒の家族だけでなく地域全体が小学校の参観日や行事に積極的に参加し ていたことについて,元教師Gは以下のように述べる。
(6)元教師40代女性G「学校のために何かしてあげたい」
学生5 (豊川の子どもは様々な世代の大人と接する機会が多かったというGの話に対し て)この問題,聞きたいです。
(サポーターが英語で他の学生に通訳)
G そうですね。豊川のこの地域において,豊川小学校はとっても重要な役割を果た していたと思います。小学校のために自分は何かやってあげようという大人の方 とか地域の方がたくさんいてくださって,その張り合いを持ってくれていたのか なと思います。
学生6 もう1回説明,ちょっと難しい説明って言いましたから,もう1回説明することが できますか。
G はい。
学生6 もう1回,ごめんなさい。
G 人々の心の支えになっていたのかなと思います。自分が卒業した学校がある,自 分の子どもが通った学校があるっていうことで,なんかこう集いの場っていうの かな。あそこに学校があって,学校があるからなんかこう。学校のためになんか してあげたいなっていう気持ちも芽生えるだろうし,そんな感じかなと思うんで すけどもね。
明治9年に創立された旧豊川小学校5)は秋田県の中でも最も古い小学校の1つであり,
豊川地区のほぼ全ての住民が生徒として,また生徒の家族として,その人生の中で一度は 関わった経験を持つ場所であった。たとえ現在自分の子どもが通っていなくても住民は小 学校を自らに関わる場所として捉え「小学校のいろんな行事に,おうちの人とか地域の人 がたくさん協力してくれ」(元教師G)たため,生徒たちは豊川地区を「どこの子だって,
親の名前言えばすぐ通じるみんな大きい知り合いみたいな感じ」(元生徒I)と感じていた。
これらの元教師,元生徒の話からは,同小学校が豊川地区で「世代を超えた交流の拠点」
として機能しており,地区の歴史の連続性を象徴する場所であったことが窺われる。
その小学校が閉校されたことについて,現役の子育て世代である30代男性Hはむしろ肯 定的な意見を持っていたが((7)),特に高齢の世代の住民は大きな衝撃を受けていた((8))。
(7)元生徒30代男性H「逆に子ども達は楽になった」
学生7 子どもが3人いるという話を伺っておりますが,今は何歳ですか。
H 3歳と5歳と7歳です。
学生7 ここの小学校が最近なくなっていると聞いていますが,子どもをどこの学校に通
5)創立時は「槻木小学校」。明治22年に「豊川小学校」と改称。
わせることになるのでしょうか。
H ちょっと行った大久保っていう所にあるんですけど,大豊小学校。(地図を指さ して)ここか。ここか。ここかな。ここですね,ここ。ここです。
学生8 なんかこういうことで不便なところありますか。
H 逆に子ども達は楽になったんじゃないの?
学生8 本当ですか。
H ここにあったときは全員歩いて通ってたんで。今はスクールバスで行くんで。親 としても安心ではあります。
(8)元生徒60代男性N「これないと中心なくなっちゃって」
学生9 豊川の小学校の生活はどうでしたか。
N 小学校?
学生9 はい。
N 小学校のときは,ここの前の学校は,私のおじさんが造ったの。私が小学校のと きに。それでこの前小学校ガタガタなくなっちゃった。とても悲しい。
(中略)
学生10 Nさんにとって豊川はどのような地域ですか。
N この建物,これ造らないつもりだったの,この建物。コミュニティー。
学生10 センター。
サポーター 小学校を壊すだけだった。
N あとこれやらないつもり。でも昔からそこにあったから。小さいの,古いの。で も何としてもこの地区で一つないと,みんな集まるのができないから。ますます 人居なくなるということで,皆さん何とか造ってくださいということでこれ造っ たの。これあるから皆さん来てもらって,豊川地区とか学んでもらえてうれしい なって感じ。これないとどこで集まる。集まる所ない。(中略)
学生10 つまりこの建物は,今の豊川の中心みたいな。そのような存在です。
N そうなの。これないと中心なくなっちゃって,みんなぱらぱらっとなっちゃって。
あとだんだんだんだんみんな出ていくの。
学生10 それは一番悲しいというか,よくないということですね。
N 小学校もないし。
子育て世代にあるHが通学の利便性や生徒数の多い学校で多くの子どもと触れ合えると いう利点を挙げ,旧豊川小学校の閉校・統合を肯定的に捉えているのに対し,60代のNは 地域の「交流の拠点」が失われたことを嘆き,豊川の地区としてのまとまりがなくなるこ とを危惧している。ここから,かつて小学校という場を通して培われてきた豊川というコ ミュニティへの帰属意識や世代間の連続性が既に失われ始めていることが窺える。第1節 で述べた通り,本プロジェクトが使用している豊川コミュニティセンターは,小学校閉校 とその後の校舎取り壊しが決定した後,「豊川コミュニティ推進協議会」の働きかけによ り地区の新たな活動の拠点としてその跡地に建設されたものである。(8)に見られるよう
に,Nは,この豊川コミュニティセンターが,かつて小学校が果たしていた地区の交流の 拠点としての機能を果たすことを強く希望している。
3.2 地域文化継承の拠点
「世代を超えた交流の拠点」であった旧豊川小学校は,その交流の中で,上の世代から 下の世代へと豊川地区の歴史や地域文化を継承してく拠点でもあった。1節で述べたよう に,豊川地区は,農村経済の復興に取り組み秋田県内外で広く知られている農聖・石川理 紀之助の存在や,大正から昭和にかけて栄えた豊川油田等,独自の歴史・文化を有してい る。石川理紀之助ゆかりの地で里山保全や環境教育を実践する「草木谷を守る会」は,小 学校の生徒を対象に,田んぼの作業を体験させる「田んぼの学校」や,石川理紀之助の精 神を伝える活動を定期的に行ってきた。
(9)元生徒10代男性K,L 「小学校5年生の時に米作り」
学生11 二人は,農業を体験することがありますか?
K ああなんか小学5年生の時に米作りをしたことがあります。
L 同じです。
サポーター ちなみになんか親戚の農家の方がたとえばいて,そのお手伝いをしていると かいうのは?あんまりない?
K ないです。
L ない。
K その米作りしたとこ,さっき,なんだっけ,「草木谷を守る会」だっけ?そこでした。
サポーター あー。なるほど。なんか小学校でやってた,
K ああ,そうですね。
サポーター なるほどね。
(10)元生徒10代女性I,J「すごいと思いました」
サポーター (石川理紀之助について1人の留学生が彼と同じように農村で学校を開きたい と言ったことに対し)なんか,その人がやったことに対する感想,彼女はそうい うの建ててみたい,夜の夜間の学校を造るということに興味があるから,そのやっ たことに対して彼女たちの感想,どう思うかっていうことを知りたい。
I 感想。
サポーター どう思うかみたいな。
I この人がやったことに?
学生12 この人がやったことに対する自分が思うこと。
学生13 石川さんについての自分の感想。
J すごいこの人が確か誰よりも一番早く起きて,起こしてるんですよね。だから人 に言う前に自分が最初にお手本のようにして,自分から行動してやっていること がすごいと思いました。毎日かかさず朝早くに起きてやったりしてて,なんかサ ボることなくやっていたので,すごいと思いました。
旧豊川小学校では,その教育課程の中に「農聖石川理紀之助翁に学ぶ郷土学習の推進」
や「里山,油田跡等の地域の自然を生かした総合的な学習の推進」が含まれており,理紀 之助の教えや豊川油田を中心とする地域文化を継承していくことが同小学校の教育におけ る大きな目的の1つになっていた。「草木谷を守る会」による「田んぼの学校」や石川理紀 之助の教えを伝える活動は,旧豊川小学校閉校後も潟上市内外の小学生を対象として続け られているが,それは課外活動という扱いになっている。「草木谷を守る会」と並び,豊 川油田関連施設を中心とする豊川の歴史継承を目指している「豊川油田の歴史を伝える会」
は,小学校の閉校に伴う地域文化の断絶に強い危機感を持ち,同会会報で数度に渡り,住 民に向け警鐘を鳴らしている。
(11)会報における旧豊川小学校閉校に関する記述
「…平成24年3月で豊川地区のコミュニティーの要の一つである豊川小学校が廃校とな り,在校生は大久保地区にある大久保小学校に移る事になりました。(中略)
地域における小学校の存在は若い世代から高齢者世代までの交流の場であり,文化継承の 基地であると考えられます。その世代間の交流の場が豊川小学校の廃校の後に,どのよう な形に組み立てられていくのか気がかりなところです。新しく出来上がる交流の場が地域 の世代間の交流と文化の継承のみならず,地域外(市外や県外)の人々とも交流が出来る 文化的な発信基地として,内容が充実し,独自性のある複合的文化基地としての交流の場 の完成を願ってやみません。」
(「豊川・石油の里」会報No.8,「豊川をヨイショする会」6)2012年1月15日発行)
「一昨年,豊川地域の拠点であった「豊川小学校」が廃校になりました。地域文化を踏 襲する若い継承者の育成が不透明なままでは「豊川の文化」崩壊の道を歩んでいるとしか 思えません。今後,豊川地域の歴史・文化の拠点づくりはどのようになるのか不安である。」
(「豊川・石油の里」会報No.10,「豊川をヨイショする会」2013年2月15日発行)
3.3 まとめ
以上,本節では,主に2014年度のインタビュー結果をもとに,豊川地区において同小学 校は,生徒と保護者のみならず地区全体の住民が集う「世代を超えた交流の拠点」である と同時に「地域文化継承の拠点」でもあり,特に高齢の住民にとって過疎化が進む豊川地 区で暮らし続ける「精神的な支え」になっていたこと,その小学校が閉校されたことに対 し,特に高齢の世代の住民が強い危機意識を持っていることを示した。
先述の通り,本プロジェクトの目的は「豊川小学校跡地を活用した,地域住民の心のよ りどころとなる多目的交流施設等による地域活動の活性化」であり,小学校が地区で果た していた役割を多少なりとも担うことにある。2節で述べたように,当初,本プロジェク トは活動成果をまとめた文化誌を通じて豊川地区を広報することを目的としていた。しか
6)2005年に結成。2013年度より「豊川油田の歴史を伝える会」として改めて活動を開始。
し,小学校閉校に伴う「地域文化継承」の危機とそれに対し一部の住民が強い不安を感じ ているという現状を重視し,2015年度は,文化誌の作成過程及び文化誌そのものを通して 地区内の「地域文化継承」に寄与することを第一の目的とすることにした。そのために,
2014年度に,活動に協力してくださった豊川地区住民21名に,豊川の歴史・文化の中で取 り上げてほしいトピックは何かを問うアンケートを行った。その結果,豊川油田を取り上 げてほしいという回答が最も多かった。そこで,2015年度は豊川油田の歴史・文化・人の 物語を伝える文化誌を作成し,地域の重要な歴史の1つである豊川油田の記憶を次世代に 伝えるとともに,その作成過程で「世代を超えた交流」が生まれることを目的としてプロ ジェクトワークを行うことにした。次節では,2015年度の活動の概要を紹介する。
4.2015年度の活動概要
2015年度の文化誌のテーマとして取り上げた豊川油田は,大正2年(1913年)に発見さ れてから平成13年(2001年)に原油生産を停止するまで,約90年豊川地区で稼働をしてい た油田である。その最盛期は発見直後の大正時代で,一時は6社以上が油田の開発・操業 を行っており,県内外から多くの労働者が豊川地区に流入した。原油生産量が最も多かっ た大正10年(1921年)には,1000名を超える石油関係者が豊川地区で働いていたという。
文化誌では,各時代の豊川油田と豊川の様子を伝えるべく,90代から40代までの幅広い世 代の住民をインタビュー対象として選定した。また,「地域文化継承」に加え,文化誌作 成の過程で「世代を超えた交流」が生じるよう,油田に関わった経験を有する高齢の世代 のみならず,高校生3名もインタビュイーに含めた。加えて,潟上市内の20代から30代の 住民2名にインタビュー活動のサポートを依頼した。
2015年度の文化誌は「地域文化継承」を主目的としているため,その記事内容は特に 正確を期する必要がある。そこで,今回「豊川油田の歴史を伝える会」の理事長であ り豊川油田研究の第一人者である佐々木榮一氏にプロジェクトワークに加わっていただ いた。佐々木榮一氏には,インタビュー前に豊川コミュニティセンターで「People in Toyokawa Oil Field」というテーマで90分講義を行っていただき,その後実際に留学生,
日本人学生とともに豊川油田の関連施設を歩き,その歴史や特徴を案内・解説していただ いた(資料1,第3回目)。また,文化誌作成の過程では,記事全体の監修・校正をしてい ただいた。
佐々木榮一氏の講義と施設案内の後,授業の中で筆者が選定したインタビュイーとその 属性を参加学生に紹介し(資料1,第4回目),学生の希望に基づき7名から8名のインタ ビューグループを6つ作った。参加学生は,これまでの講義で得た豊川油田に関する知識 とインタビュイーの属性を考慮し,メールで編集者からのアドバイスを受けながら,それ ぞれのインタビューのテーマを設定した(資料1,第5回目)。2015年度のインタビュイー の属性と各グループが事前に準備したインタビューテーマは以下の通りである。
表3 2015年度のインタビュー相手とインタビューのテーマ グループ インタビュイー
(油田との関わり) テ ー マ
A 90代男性O
(40年間石油会社に勤務) 豊川油田の変遷
―油田の経済状態の変化と近代化産 業遺産に認定されるまで―
B 70代男性P
(農業の傍ら油田で働く) Pさんの目で見た過去の豊川の光景
―油田の仕事と生活―
C 60代男性Q
(「豊川油田の歴史を伝える会」会長)豊川油田の過去と現在と未来 D 60代女性R
(油田稼働期に豊川で子ども時代を 過ごす)
豊川女性の過去と現在
E 40代男性2名S,T
(豊川の地域起こし活動に従事) 豊川の現在
―地域おこし活動の具体的な内容―
F 10代女性3名U,V,W
(旧豊川小学校で油田の歴史を学ぶ) 高校生から見た豊川油田
インタビュー後,各グループはインタビューの内容を,(i)インタビュイーの紹介,(ii)
それぞれが設定したインタビューテーマとそのテーマを設定した理由,(iii)インタビュー の中で印象的だったエピソードの3部からなるスライドにまとめ,それを用いて豊川コミュ ニティセンターで一般公開の活動成果報告会を行った(資料1,第8回目)。
この報告会の後,編集者は学生がまとめたスライドとインタビューの文字起こし原稿を もとに,各グループのまとめた成果物を編集し,文化誌の記事を作成した。記事には,表 3に示した学生が作成したテーマをそのまま使うのではなく,読みやすさ・面白さを考慮し,
表4の通り,編集者により新たなタイトル,見出しが付けられた。各インタビューにこれ らのタイトルや見出しをつけた意図,また記事の編集目的については,授業の中でskype を通じて編集者から学生に説明がなされた(資料1,第9回目)。
表4 文化誌の中の各グループの記事タイトルと見出し
グループ 記事タイトル 見 出 し
A 石油会社時代に戦争を経
験 Oさんを訪ねて 「豊川の町はにぎわっていたけど,貧富の差が激し かった時代でもあったね」
B 豊川で育ち,油田に勤務
Pさんに聞いてみた 「先々だば,わからない。人口が減って。子どもが 少ないからな」
C 油田の歴史を伝えるQさん
に聞いてみた 「本当は早く会社を閉めたいけど,環境問題とかあっ てなかなか閉山できない」
D 遊び上手な“豊川女子”Rさ
んを訪ねて 「今はすっかり寂れちゃってるから,戻れるならば 昔に戻りたい」
E 未来を憂うアクティブ・コンビ
SさんTさんに聞いてみた 「Facebookの「いいね!」を押しておいてよ(笑)」
「地元に住みながらでも楽しい場所や仕事は作れる」
F 豊川の女子高生トリオ U さんVさんWさんに聞いて みた
「田んぼやお米も豊川のいいところですね」
「通っていた小学校がなくなっちゃったのは悲しい」
「自然豊かな環境で生まれたのはすごく良かった」
授業終了後,これらの記事を掲載した文化誌3000部を豊川地区全戸(2015年12月の時点 で499世帯)と県内外の公共施設,書店,アンテナショップ等に広く配布した。
紙幅の都合上,各インタビュー及び記事内容の詳細は省略する。次節では,これらの活 動成果に対する住民のコメントに基づき,本プロジェクトワークが,旧豊川小学校が地区 で果たしていた「地域文化継承」と「世代を超えた交流」という2つの役割を担うことが できたのかどうかを検証する。
5.活動成果の検証 5.1 住民からの感想
本プロジェクトワークの成果は,先述の通り,豊川地区全戸への文化誌の送付と,豊川 コミュニティセンターで行われる活動成果報告会を通して豊川地区住民に還元される。活 動成果報告会の開催については豊川地区を含む潟上市の広報誌,「広報かたがみ」上で告 知した。その結果,2015年度は20代から90代までの豊川地区及び潟上市住民25名が活動成 果報告会に参加してくださった。以下,参加学生の発表内容に対する住民の感想を年代別 に紹介する。
(12)20代から30代の住民の感想
a. 昔から豊川地区に住んでいる人達のお話を聞くことで,油田が盛んだったころのお話 など,より具体的にリアルな話が聞けて面白かったです(20代・女性)。
b. 23年間も潟上市に住んでいましたが,本当に自分は周辺の地域のことについて知らな いことがとても多かったのだと感じました。留学生の皆さんと一緒に私も学ぶことが できたので楽しかったです。いい経験になりました(20代・女性)。
c. 知らないことが多く,自分の故郷を振り返るいい機会になった(30代・男性)。
20代から30代の住民からは,豊川油田に関する発表内容は「知らないこと」がほとんど であり,報告会を通して新しい知識を得ることができたという声が多く聞かれた。また,
(12c)の30代男性は,留学生が自らの地域について調べ発表することに興味を持ったと述 べ,「自分が子どもの時は外国人を見ることは皆無だった。子どもにとって留学生との交 流は刺激的」であろうと書いている。実際に,今回インタビューに協力してくださった10 代の住民,サポーターとして活動に参加してくださった20代の住民は,プロジェクトワー クを通して留学生と交流を持つ機会ができたことを非常に肯定的に捉えていた。
(13)活動協力者の感想
a. 今回は豊川のことを知っていただけるということでインタビューを受けましたが,わ たし自身,外国の方々とお話するという貴重な体験ができてとても楽しかったです。
(中略)気の利いたことは全然言えませんでしたが,少しは豊川の良さを感じて,好 きになってもらえたならすごく嬉しいなと思います。(10代・女性,インタビュイー として参加)
b. 今回外国の方と交流できる貴重な機会をいただけて,すごく楽しかったです!!本当
にありがとうございました。(10代・女性,インタビュイーとして参加)
c. 留学生の皆さんと一緒に油田をまわったり,インタビューを行ったりして,私も全く 知らなかったことを多く学べました。このようなきっかけがなければ,ずっと潟上市 に住んでいたのに,知らないままだったと思います(20代・女性,サポーターとして 参加)。
これらの若い世代の住民にとって,地域の歴史や文化はきっかけがなければ興味を持ち にくいものであり,「住んでいたのに知らないまま」であることが多い。留学生との交流 を契機とし,留学生と共に地域について学ぶ機会を提供することは「地域文化継承」のた めの活動として非常に有効であると考えられる。
次に,現役世代である40代男性からは,「地域文化継承」のみならず,地域への実際的 な貢献を期待する声が聞かれた。
(14)40代の住民の感想
a. 留学生の視点から豊川を再生するプロデュースをしていただきたい(40代・男性)。
b. 地域の活性化のために一役かってほしい(40代・男性)。
c. 潟上市は都会的な部分と豊川のような田舎の部分が混在している。他の地域にも足を 運べないか(40代・男性)。
これらの現役世代の住民にも継続的に活動に関わってもらうためには,「地域文化継承」
も地域活性化の重要な一因だという活動趣旨の説明が必要であろう。それと同時に,彼ら が留学生及び大学に期待する活動内容を詳しく聞き取っていく必要性があると思われる。
最後に,60代以上の世代からは,参加学生の発表内容を評価する声とともに,自らも学 ぶことがあったという感想が聞かれた。
(15)60代以上の住民の感想
a. 地元にいても気付かないことを良く見ている(60代・男性)。
b. 地元の人達よりも細かいことに気付いていた(60代・男性)。
c. 豊川油田,石川さんの農業開拓をよく調べていた(60代・男性)。
d. 豊川油田についてよく理解していた。細かいところまでインタビュイーに良く問いか けたのが良い。過去と現在の違いをよくまとめていた(60代・男性)。
e. 毎年,別の留学生が豊川地域を見学し交流することにより,同じものを見学しても異 なる見方を発表していただき,私もいろいろ勉強になりました(60代・男性)。
f. 今回豊川地区を研修科目に取り上げてくださってありがとうございました。一生懸命 勉強することにより,将来の展望も開けるでしょう。頑張ってください。皆さん素直 ですね!(60代・男性)
g. 私は豊川油田関係者ですが,自分でも知らないところもありました。よく勉強されま した(60代・男性)。
また,全ての世代において,同様の活動を今後も継続してほしいという記述があった。
(16)活動の継続に関する意見
a. 継続的にこういった活動があってほしい(20代・男性)。
b. 超高齢化社会を迎え,衰退していく故郷をみていくのは寂しかったが,このような活 動を通して一人でも多く豊川について知ってもらえるのは,ただ感動しかない。是非,
これからも恒常的に関わってほしいと願います(30代・男性)。
c. 産・学・官(県市町村)が一体となって進めてほしい。文化の継続が必要です。私の 時は,油田など教科書に記されていたが,今は教科書に記されていないのでは?(60 代・男性)
以上のように,活動成果報告会に参加した住民及び活動に協力してくださった住民の 方々からは,本プロジェクトワークは概ね肯定的な評価を得ている。また,地区全戸に配 布した文化誌を読んだ住民の一部からもメールにより感想をもらっている。
(17)文化誌を読んだ住民からの感想の一部
a. 春になったら油田を見に行こうと思います。(30代・女性)
b. 豊川についてまとめていただいた冊子が今日届きました!そして熟読させていただき ました。わたしは実際豊川に住んでいるのに知らないことが本当に沢山あって恥ずか しい気持ちでいっぱいですが,色々な角度から見えた豊川のいいところや歴史や私達 の気持ちなどをこういったかたちでまとめてもらえて,すごく嬉しいです。家族にも 絶対に読ませなければと思いました。(10代・女性)
これらの感想からは,本プロジェクトワークを通して若い世代の住民が豊川油田及び豊 川の歴史・文化に興味を持ち始めた様子が窺える。また,本プロジェクトワークの特徴の 1つは,地域住民にインタビューを行い,彼らの話の中から立ち上がってくる豊川地区の 歴史や文化,人の物語を紹介することにある。(18)に示すように,自らの経験を伝えた いと願う住民の声を,活動成果報告会や文化誌を通して若い世代に届けることで,上の世 代から下の世代への「地域文化継承」に寄与できると考える。
(18)元石油会社社員 90代男性O「話したいなというのが一つあった」
O 私石油会社へ勤めたのは昭和14年から教習所というのももう会社の人間になって おったんですから,昭和14年から。
学生14 今までずっと勤めているんでしょうか?
サポーター 今までずっとですか?今も?
O 今はもう勤めてないよ。
サポーター いつまで?
O 昭和54年11月まで。
サポーター 40年間。
O 40年間11カ月。40年8カ月よ。40年8カ月働きました。話前後しますが,私はほん と受け入れるのはあまり好きな方じゃないんですよ,話も下手だしね。だけども 私,引き受けてお話する機会があれば話したいなというのが一つあったんですよ。
5.2 問題点
前節では,活動に対する住民の感想に基づき,本プロジェクトワークにより,旧豊川小 学校がかつて豊川地区で果たしていた「地域文化継承」という役割をある程度担うことが できたのではないかと考察した。しかし,同小学校で行われていた「世代を超えた交流」
に関しては,主に2つの要因により,現時点でほとんど実現できていない。
1つ目の要因は,プロジェクトに参加・協力する住民の数が限られていることである。
活動成果報告会への参加者数は,2015年度は24名,2016年度は25名であり,ほとんど変化 していない。さらに,参加者の6割以上が60代以上の男性である。これらの方々はほぼ先 に挙げた「草木谷を守る会」もしくは「豊川油田の歴史を伝える会」等の団体に所属され ており,プロジェクト開始前から地域活性化活動に積極的に関わりを持っていた方々であ る。それに対し,インタビューの中でも語られた小学校の行事には,子どもとその親を中 心に,様々な属性の多様な住民が集い交流を持っていた。今後は,若い世代や女性の参加 者を増やし,活動のすそ野を広げていく必要がある。
2つ目の問題は,活動に参加している住民間の交流が間接的であることである。先に,
本プロジェクトワークの特徴の1つは,地域住民へのインタビューをもとに個々の人々の 物語を伝えることであると述べた。しかし,その物語は留学生及び日本人大学生によるイ ンタビュー,発表,または文化誌を通して間接的に他の世代に伝えられるため,活動を通 じて,かつての小学校で行われていたような世代間の直接的な対話や交流の機会を提供す ることができない。
次節ではこれらの問題点の克服を含めた今後の活動の展望について述べる。
6.今後の活動展望
本稿では,2014年度から2015年度にかけて,小学校が閉校された豊川地区の活性化を目 指して行った文化誌作成プロジェクトワークの実際を紹介した。2014年度の活動では,豊 川地区において,旧豊川小学校が「世代を超えた交流の拠点」であり,「地域文化の継承 の拠点」でもあったことを明らかにした。2015年度の活動では,これらの2つの役割を果 たすため,豊川油田をテーマとした文化誌を作成し,活動成果報告会を開催すると同時に,
完成した文化誌を豊川地区の全戸に配布した。前節では,これらの活動を継続して行って いくことで,「地域文化継承」はある程度実現できると思われるが,「世代を超えた交流」
は現時点では実現できていないと述べた。
この点を改善するため,今後は,プロジェクトの一部を潟上市内の小中学生とともに行っ ていきたい。秋田県内の小中学校は留学生との交流事業に非常に積極的であり,例えば国 際教養大学は交流協定を結んでいる市町村を中心に多くの小中学校で留学生と生徒の交流 活動を行っている。従来このような留学生と小中学校の交流活動は,英語を用いた交流や 留学生が自国の文化等を紹介する異文化交流が中心であった。これに対し,本プロジェク
トワークで行う交流事業は,小中学生が豊川地区について留学生と共に学び,地元の歴史・
文化・人の物語を再発見し,故郷への理解を深めることを目的とする。2015年度の活動成 果報告会では,今後の活動について以下のような提案があった。
(19)例えば,年齢層の違うインタビュイーを集めて,今と昔を比べるのもいいと思いま す。インタビューグループに若い日本人と年配の日本人を入れるなど。(20代・男性)。
この提案のように,インタビューグループを小中学生を含む複数の世代の住民で構成す ることで,プロジェクトワークを通して世代を超えた直接的な交流の機会を提供すること ができる。2016年度は以上のような小中学校と連携したプロジェクトワークを実現するこ とを目指し,今後,潟上市教育委員会等と協議をしながら準備を進めていきたい。
謝辞
2014年度に続き,2015年度もプロジェクトワークの実施にあたり,多くの方々に多大な ご協力をいただいた。文化誌の編集・デザインを引き受けてくださった清田隆之氏,内川 拓也氏は,内容に関する打ち合わせ,編集,デザインの作業に多くの時間と労力を割いて くださった。佐々木榮一氏には,文化誌の記事の監修,過去の写真等の資料の提供,コラ ムの執筆等,文化誌作成全般に渡り,ご協力・ご支援をいただいた。まだ油田に関する講 義や見学旅行の案内等,授業の実施においても多大なご協力をいただいた。
また,このプロジェクトは潟上市と豊川地区の方々の協力なくしては成り立たないもの であった。潟上市役所企画政策課の皆様には,昨年度に引き続き,送迎バスの手配,会場 のセッティング,活動協力者への声掛けなど様々な面でお世話になった。豊川地区の「草 木谷を守る会」,「豊川油田の歴史を伝える会」の皆様は,温かく留学生を受け入れてくだ さり,豊川地区の歴史や文化を丁寧に説明してくださった。インタビュイーを引き受けて くださった10名の方々は,休日に豊川コミュニティセンターに足を運んでくださり,貴重 なお話を聞かせてくださった。そのほかにも,活動成果報告会に来てくださった方々等,
数多くの方々に本活動に関わっていただいた。全ての方々に改めて感謝を申し上げたい。
また,貴重なご協力に応えるためにも,来年度も活動を継続し,文化誌の第3号を作成・
発行したいと思う。
参照文献
平田未季(2015a)「豊川小学校跡地を活用した文化誌作成プロジェクトワーク―留学生 と地域住民の交流を通した地域活性化の試み」『秋田大学国際交流センター紀要』4,
19-46.
平田未季(2015b)「タウン誌作成プロジェクトを通した地域創生コンソーシアムの形成」
『日本語教育方法研究会誌』22(1),20-21.
資料1 2015年度の「日本社会入門II」の流れ
回数 授業項目 目 標 活 動 内 容
1,
2回目
講義(2回) プロジェクト背景
の理解 ・プロジェクトの目的と活動内容について詳
・少子高齢化・過疎化が進む日本の地域社会しく説明 の実情とその一事例である潟上市豊川地区 ついて説明
3回目 油田に関する 講義と豊川見 学
豊川地区に対する
理解を深める ・豊川コミュニティセンターにて豊川油田に ついて講義を受ける(講師:「豊川油田の歴 史を伝える会」理事長・佐々木榮一氏)
・豊川地区を見学する(豊川油田,潟上市郷土 文化保存伝習館,道の駅(ブルーメッセあきた))
・各自,豊川地区の「ワクワク」を見つける 4回目 発表(1) 見学旅行成果をク
ラス内で発表・共 有する
・各自,豊川地区で見つけた「ワクワク」を
・豊川油田に関する補足講義発表する
5回目 インタビュー
準備 インタビューの仕 方を知り,インタ ビュー内容を考え る
・インタビュイーのプロフィールを読みイン タビューしたい相手を決める
・グループ毎に「文化誌」に載せる記事のテー マとそのための質問内容を考える
6回目 インタビュー インタビューを実
施 ・豊川コミュニティセンターでグループ毎に インタビューを行い,記録をとる
7回目 発表(2) インタビュー結果 の共有とまとめ方 を考える
・グループ毎にインタビュー成果を発表する
・他のグループのインタビュー内容を考慮し ながら,自分のグループのインタビュー成 果をどのようにまとめるか考える
(クラス外) インタビュー成果 をもとに報告会の ための発表準備
・日本人学生の補助の下,インタビュー音声 を文字起こしする
・発表のテーマ,タイトル,構成を決定し,
発表のためのスライドを作成する
・グループ毎に教員とリハーサルを行い,教 員からのコメントをもとに内容を改善する 8回目 活動成果報告
会 活動の成果を地区
住民に伝える ・豊川コミュニティセンターにおいて,これ まで行ってきた活動の成果を以下の2点に分 け発表する
(ⅰ)豊川地区で見つけた「ワクワク」(個人)
(ⅱ)インタビュー結果のまとめ(グループ)
・来場者にこれまでの活動と発表内容に関す るコメントをもらう
9回目 活動の振り返
り 来場者からのコメ ントをもとに活動 全体を振り返る
・報告会でのコメントを読み,その内容につ いてグループで話し合う
・編集者からのコメントを聞く
・これまでの活動内容と,活動を通した豊川 地区への貢献について考え,「振り返りシー ト」を書く
(クラス外) 完成した記事と自 分達が作成した記 事との違いを考える
・編集された完成版の記事を読み,自分達が 提出したまとめと異なる点,またその編集 意図を考える