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日本語文例理解の困難点

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(1)

長崎大学 留学 生 セ ンター紀 要 第 8 号 200 0 年 61

日本語文例理解の困難点

‑ ベ トナム在住 ベ トナ ム人 学習 者の場 合 ‑

宮原 彬

[ キーワー ド] 日本語文例理解、困難点、ベ トナム在住ベ トナム人学習者、

社 会的状況 、ベ トナム語 との関係 、 日本語の一般 的性格

1 . は じめ に

日本在住の 日本語学習者 を念頭 に置いて作成 された辞書や用例集 を海外 で使 用す る場 合、そ こに出てい る文例 ( 通常 一 つの文 で、翻訳 が付 いてい ない も の) は どの程 度 正確 に理解 され るで あ ろ うか。理解 に困難が あ る場合 は、 そ れは何 に起 因す る ものであろ うか。

筆者 は、筆者編集の用例集1 )( 以下 、 F 用例集』 とい う。)がベ トナム語訳付 き でベ トナムで出版 される とい う機会 を得 た

コ)

が、その翻訳作業の過程 でベ トナ ム人翻訳 者 ( 2 名)か ら確 認の ための さま ざまな質問 を受 けた。 それ らに答 える過程 で、 また、完成後 の翻訳 の吟味 を通 じて、『 用例集』記載 の文例 がベ トナ ム在住 のベ トナム人 に とって は筆者 の予想以上 に難 しい とい う事実 を知 るこ ととなった。

この F 用例集』 は、 もともと筆者が以前勤務 していた大学 の別科生のため に 作成 した もの

i)

が原形 となってい る。 よ り広範 な学習者の便宜 を考 えて、固有 名詞 を一般 的 な もの に変 えた り、文例 を改 め た り、 さ らには、見 出 し語 ・文 例 ・誤 用例 を大幅 に増や した りして、改 訂 したのが現在の 『 用例集』 である

別科 で は、別科生全員 に用例集 ( 改訂前 の もの) を持 たせ 、作文 の授 業 で は 常 にそ れ らを参照 させ て いたが 、その主 な 目的 は、当該語句 を使 用す る場 合 の、文 の構造、語句 の形態 、語句 の呼応、誤用等 を確認す ることであって、

文 の意味 の理解 は当然 の前提 と していた。文例 のほ とん どは学習者 の立場 で 書 か れ、彼 らの 日常生活 を反映 してお り、学習者 自身が実際 に書 いた文 も数 多 く入 っている

学習者 に とっては身近で理解 しやすい内容 の文例 である と、

少 な くとも筆者 は考 えていた。事 実 、作文 の授 業 で学生 た ちが用例集 の文例

(2)

の理解 に難渋 している様子 を見たとい う記憶 はない。

しか し、前述の とお り、ベ トナム在住のベ トナム人に とっては文例の理解そ の ものに一定 の困難 ない しは とまどいがあ った

翻訳者 の高い 日本語力 を考 える と、その困難 は翻訳者個 人の 日本語力の問題 とは言 い難 く、 日本 とベ ト ナムの社会的状況 の違いや、 日本語 とベ トナム語その ものの もつ性格 に主 な 原因がある と考えざるを得 ない。

社会的状況の違いや、物事の、言語 による とらえ方の違い等が文 の理解 を困 難 にす るのは一般 的 に予想 されることではあるが、今 回の場合具体的 にどの ような形で問題が現 れたか、以下 に簡単 に報告 し、今後 の よ り広範 な調査 ・ 検討のための第一歩 としたい。

2. 学習者 の とまどい を引き起 こす文 ( ない しは語句)のタイプ

ベ トナム在住のベ トナム人学習者が文 ( ない しは語句)の理解 に難渋 した り、

誤解 した り、 とまどいを感 じた りす る原 因 としては、( ∋日本 とベ トナム との 社会的状況の遠 い、( 参日本語 とベ トナム語 との、物事 の とらえ方 ・表現 の違 い、( 彰日本語の もつ一般 的な性格 、 を挙 げる ことがで きる

これ らは相互 に 関連があ り、特 に、① は( 参( 参に も大 き く影響 している と思 われるが、便宜的 にこの三つの側面 に分け、学習者の とまどい を引 き起 こす文 ( ない しは語句) の タイプについて、以下に具体例 を挙げて述べ る。

2‑1 主 として社会的状 況の逢い に起因する もの

学習者の とまどいを引 き起 こす最大の原因は、 日本 とベ トナム との社会的状 況 の違 いであ るが 、それは また、社 会的背景 の違 い ( 2‑1‑1 )、社会的制 度 ・習慣 の違い (2‑1‑2)、場面の とらえに くさ (2‑1‑3)、理解 ない しは 翻訳の難 しい語句 (2‑1‑4)に分けることがで きる

2‑1‑1 社会的背景の速い から来る とまどい

例 えば、以下の ような文 ( ( 1 ) 〜( 8) ) は、表面的な意味 の理解はで きて も書 き

手 の基本 的 な観点 をとらえることは必ず しも容易ではな く、 とま どい を与 え

る ことになる 。 (( )内の語句 は、F用例集』 の見 出 し語 を示す 。以下、 同

様。)

(3)

長崎大学留 学生 セ ンター紀 要 第 8号 2 00 0 年 6 3

(1) すべての民族が共存できる社会を目指 さなければならない。(きょうそん)

( 2 ) 飢えに苦 しむ、かわいそうな子 どもたちを救 うには、 どうしたらいいので しょ うか。( かわいそう)

(1 ) や( 2 ) の意味す る ところは 日本 人や 日本在住 の 日本語学 習者 には明 らか であ ろ う

しか し、国内 に 5 4 の民族 を抱 え、 ス トリー トチ ル ドレン問題 が深 刻 なベ トナム に在住す る学習者 の場合 、「すべ ての民族 」 「 社会 」 「かわいそ う

な子 ど もたち 」 とい う語句 か ら連想す る ものは 日本 人の場 合 と同 じで はない。

その結 果、文意があい まい にな り、 とまどい を引 き起 こす こ とになる

( 3 ) 最近日本の若者は危険な仕事はや りたが らないようです。 (きけん) (4 ) 日本の男の人はあまり家事をしないようです。( か じ)

( 3 )も ( 4) も、意味の表面的な理解 には何 ら問題 はない。 しか し 、( 3 ) で述べ られ ている こ とが らの背景 には 日本 にお け る社 会的 な状況 の変化が あ り、 ま た、( 4 ) には留学生 ( 特 に、 中国人留学生 )の視点があ る

それ らを理解 して いなければ、文意 を的確 につか む ことはで きず、 「当然 の こ とで、何 を問題 に

してい るのか。 」 とい うことになる

(5 ) きょうはご飯 を作る時間がなかったので、インスタント ラーメンで我慢 した。

( がまん)

(6 ) 外泊が続 くと、体が疲れます。( がいは く)

(7 ) 日本は自然保護に消極的だ。(しょうきょくてき)

同 じ品物 や行 為 ・行動 の評価 が社 会 に よって違 うの は しば しばあ る こ とで あ るが 、その違 いか ら時 と して とま どいが生 まれ る

また、翻訳 しよう とす る と、読み手の反応が予想 されるため、 さらに とまどいが加 わる。

(5 ) では、ベ トナムで は =高級 な"食べ物 である 「インス タン ト ・ラー メン」

で なぜ 「 我慢 した 」 となるのか、( 6 ) で は、 ホテ ルな ど " 快 適 な" 「 外 泊」 が

なぜ 「 疲 れる」 のか、 また、( 7 ) では、ベ トナム と比べ ればはるか に 「自然保

護 」 に熱心 な 日本が なぜ 「 消極 的」 なのか、が問題 となる

(4)

(8 ) よくかんで食べない と、体に悪いそうです。 ( かむ)

「かむ」 とい う行為が健康全般 に影響 を及ぼす とい う事実が一般 的 に知 られ る ようになったの は 日本 で も比較 的新 しい こ とで は ないか と思 う

こう した 考 え方 が乏 しい社 会で は、 どう して 「胃」 で は な く 「 体」 に悪 い のかが、問 題 となる

2‑1‑2 社会的 制度 ・習慣 の逢いか ら来 るとま どい

社 会の中での具体的 な制度 ない しは習慣が 日本 とベ トナム とで違 うため に、

とまどいや誤解 を引 き起 こす こともある

例 えば、以下 の ような例 である

(9) 自転車に友達 と2 人で乗っていて、警官に追いかけられました。 ( おいかける)

( 10) 日本語 コースで 日本語 を勉強 している間に、 日本語その ものに興味 を感 じる ようになった。( あいだ)

( ll ) きょうは日曜 日ですか ら、道はあまり込んでいないと思います。( みち)

(9 ) は、 もともと台湾 の学生が長崎 での経験 をユ ーモ アを交 えて書 いた文辛 か ら採 った文 だが 、二 人乗 り、三人乗 りが ご く普通 の 国の学 習者 には意味不 明の文 となる

( 1 0) は、 日本語 コースが 日本 では通常 は専 門 を学ぶ ための準備課程 ない しは 補助 的 な課程 と して設置 されてい る とい うこ とが前提 と してあ り、その前提

についての認識が なければ、理解 は難 しい もの となる

( ll) も、 日本 の道路事情 を知 らなければ、 とまどう

( 1 2 ) わたしの友達は子 どもを保育園に預けて大学 に通っています。( あずける) ( 1 3) 今度のテス トの平均点は 83 点で した。( へい きん)

( 1 2) や ( 1 3) も、日本 の一般 的 な制度 ・習慣 を知 らない と誤解 を生 む 。( 1 2) では、

毎 日預 けるのではな くて 1 週 間預 け っぱな しにす るこ とが、 また ( 1 3) では、特

定 の個 人の受験科 目全体 の平均点が 、 イメー ジ された りす る

(5)

長崎大学留学生 セ ンター紀 要 第 8 号 2000年 65

2‑1‑3 場面の とらえに く さか ら来 るとまどい

前 述 の とお り、 この F 用例 集 』 は、 そ の文例 の大 部 分 が 日本在住 の留 学生 ( 特 に、 日本 語 コースで学習 中の留学生 ) の視点 で書 かれてい る

その ため に、

か え って、ベ トナム在住 の学習者 には場 面 ( ない しは状 況 )が とらえ に くく、

理解 を難 し くしてい る面が あ る

例 えば、以下の ような例 で あ る

( 1 4) 円が高 くなって、生活が苦 しくなりました。(くる しい)

( 15)6 か月で 日本語の新聞が読めるようになるなどということは、およそ無理だ。

( およそ)

( 16) 日本語 コースのクラスメー トたちといつの間にか 日本語で話すようになってい ることに気づいた。(きづ く)

( 17) 学校が静かなのは学部が休みだからです。( か ら)

( 1 4) は、母 国か らの仕送 りに頼 ってい る留 学生 の立場 を表 しているが、その 前提 を理解 してい なければ、 とま どう。 ( 15) か ら 「日本語 コー スで勉 強 を始 め てか ら 6か 月で」 とい う意味 を読 み取 るの も、( 1 6) か ら 「日本語 コー スが始 ま った当初 は ク ラス メー トた ち と英語 な どで コ ミュニ ケー シ ョンを とってい た が 、 いつ の 間 にか」 とい う意味 を読 み取 るの も難 しい ようだ。 また、 ( 17) も、

「日本 語 コー スは授 業 をや ってい るが 、学部 は休 み だ」 とい う前提 が読 み取 れ なけれ ば、理解 は難 しい。

2‑1‑4 理解 な い しは翻訳 の難 しい語句

ベ トナム にない品物 ・組織 ・制度 ・概 念 や、ベ トナムで は知 られてい ない固 有 名 詞等 は、 当然 の こ となが ら、理解 が 難 し

。 また、理 解 はで きて も翻訳

に苦労 す る

例 えば、以下 の ような語句 である

回数券、乗車券、 レポー ト用紙、原稿用紙、アダル トビデオ、保健セ ンター、

留学生相談室、 自治会、 LL の準備室、学園祭の模擬店、サークル活動、先輩、

学割、政治献金、ス トレス、公衆道徳、道徳教育、統一試験、内外学生セ ンタ

ー、 ジャイアンツ、スワローズ、ガタリンピック、水俣病、被爆者団体

(6)

2‑2 主 としてベ トナム帯 との関 係 に起因す るもの

日本語 とベ トナム語 との、物事 の とらえ方 ・表現 の違 い も、学習者の とまど い を引 き起 こす原 因 となる

その 中には、ベ トナム語 の語句 との対応 の問題

( 2‑ 2‑1) 、文 中における語句 と語句 との呼応の問題 ( 2‑ 2‑ 2 )等がある

2‑2‑1 ベ トナ ム籍の語句 との対応 から来 るとまどい

日本語の語句 とそれに相 当す る と思われるベ トナム語 の語句 との意味的なず れによ り、例 えば、以下の ような問題が起 こる

2‑211‑1 漢語の場合

ベ トナム語 には多 くの漢語が含 まれている ( ベ トナム語の語嚢の 7 0% 近 くが 漢語である、 との記述 も見 られる4 ) 。)。 日本語 とベ トナム語 との この共通性 は、

ベ トナム人学 習者 に とっては一つ の有利 な条件 となる

しか し、起源 を同 じ くす る共通の語句があ る ことが、逆 に 日本語 の文 の理解 を妨 げた り、 とまど い を引 き起 こ した りす る こともあ る

日本 の社会状 況 についての理解が十分 でない場合 には、特 にそれが現れる

例 えば、以下の ような例である

( 18) 日本のサラリーマンは会社のために自分を犠牲にしている。(ぎせい)

( 19) 奨学金が もらえることになったので、経済的な問題は解決 しました。

( かいけつ)

( 20) 田中先生は論文をまとめて本にしました。( まとめる)

( 21) わたしは長崎で楽 しい留学生活を送っています。( お くる)

( 2 2 ) 長崎ではみかんやぶ どうを生産 しています。( せいさん)

( 18) の 「 犠牲」はベ トナム語 に もある。しか し、ベ トナム語の 「 犠牲 ( his i nh) 」 は、 「 大義のため に犠牲 になる 」 とい う意味が強いため に、 ( 18) の ような文 に は とまどいが生 まれる

社会状況の違い も影響 しているであろう

( 19) の 「 経済 」 も 「問題」 もベ トナム語 にあ る

しか し、ベ トナム語 で は

「 経済的 な問題 ( va ndeki nht e) 」 とい う語句 は個人の財政状況 については使 わ ない。そ こか らとまどいが生 まれる

( 20) の 「 論文 」 もベ トナム語 にあるが、ベ トナム語の 「 論文 ( l ua nva n) 」

は 日本語の 「 論文」 よ り範囲が狭 い ( 卒業論文、修士論文、博士論文 な ど)。

(7)

長崎大学留 学 生 セ ンター紀 要 第 8 号 200 0 年 67

したが って、ベ トナ ム人 に とっては、 どんな種 類 の論文 で あ るかが 問題 とな る

( 21) の 「 留学 」 も 「 生活」 もベ トナ ム語 にあ る ( ただ し、 「 留学 ( l uuhoc) 」

は通常 「 遊学 ( duhoc) 」 が使 われる。)が、「 留学生活 ( s i nhhoa tduhoc) 」 と い う語句 は な く、 「 留 学生活 」 の意味 ( 勉学の こ とだけ を指 すのか、生活 も含 むのか、 な ど)が問題 となる

日本語 の 「 生産」 は通常 ベ トナム語 の 「 産出 ( s a nxua t ) 」 と対応 してお り、

穀 物 、野菜 、果物 な どにつ い て も使 え るが、規 模 が大 きい場 合 に限 られ る

したが って 、( 22) も、その 「 生産」 の規模が問題 となる

2‑2‑1‑2 その他 の詩句の場 合

漢語以外 の語句 の場合 に も、当然 の ことなが ら、ベ トナム語の語句 との関係 で とま どいが 生 まれ る

そ の多 くは、 日本 語 で は意味 の違 い を意識 せ ず に ( あ るいは、問題 にせず に)表現す る こ とが らをベ トナム語 では意味 の相違 に よって語句 ない しは表現 を変 えてい る場合 であ る

例 えば、以下 の ような場 合 であ る

( 23) 国の料理が食べたいです。( が)

( 24) わたしは最近睡眠不足です。( すいみん)

( 23) で は、 この願 望 の性格 が問題 となる

ベ トナム語で は 、「 ‑たい 」 は通 常 " muon" で表現 される ( 「 食べ たい」 は " muona n")

しか し、その実現可 能性が あ ま りない非常 に強い欲求の場 合 は、 " t hem" が用い られる ( 「 食べ たい 」

は " t hem a n") 。 したが って、 この文 の場面 を どう理解す るか とい う点で、 と ま どいが生 まれる。

( 24) では、「 睡眠不足 」 の原 因が問題 となる

ベ トナム語 では、「 忙 しくて寝 る時間が ない」 のか、「 寝 る時 間はあ って も何 らかの精神 的 ・生理 的原 因で寝 られ ない」 のか、 に よって表 現 が変 わ る ( 前者 な ら "t hi eungu" 、後 者 な ら

"ma tngu" または "i tngu") 。 ( 24) は前 者 の可能性 が強いであろ うが、ベ トナム

人学習者 には判断が難 しく、 とまどいが生 まれる

(8)

( 2 5 ) 兄に連れ られて、保証人の家に行 きました。( づれる) ( 26) わたしは先生に作文の間違いを直 されました。( なおす) ( 27) バスの中で先生に肩 をたたかれました。 ( たたく)

場 面 の は っ き りしない受 身文 を示 され た場 合 に、 そ の文意 を理解 し、ベ ト ナ ム語 に的確 に翻訳 す る こ とは、 ベ トナム人 にはか な り難 しい面 が あ る

そ れ は、ベ トナ ム語 の受 身で は、動 作 主 に よって もた らされた事態 が、主語 と なる もの に とって好 ま しいか否 か に よって表現が変 わ る ( 典 型 的 には、貯 ま

しければ " duoc+ 動作主 十動詞' ' 、好 ま しくなければ " bi + 動作主 +動詞"、

いず れで もない場合 は " do+ 動作 主 +動詞" <主語 は無生物 のみ > となる5 ) 。) ためで あ る

日本 語母語 話者 な らば、受 身動 詞 と他 の語句 との呼応 や慣 用 に よ り状 況 を類推 す る こ とは比較 的容易 であ るが、ベ トナム人学 習者 には難 し い場合が多い。

例 えば 、( 2 5 ) で は、本 人が 「 行 きたい と思 っていた」 のか 「 行 きた くない と 思 っていた」 のかが、 また 、( 26) で は、本 人が 「 喜 んで いる」 のか 「 残念 に思

ってい る」 のかが問題 となる。翻訳 に当 た っては、 当然 の こ となが ら、能動 態 で表現す る ことで問題 を解決す る場合 もあ る ( 例 えば、( 27) は、ベ トナム語 で は、受 身で は表現で きない ようである。)。

( 2 8) ロータリークラブか ら 「 お くんち」の入場券をもらいました。( けん) ( 29) 病院で薬 をもらいました。(くす り)

( 30) タンさんにわたしの古いテレビを譲 りました。( ゆずる)

日本 語 では、有償 の場 合 で も 「もらう」 を使 うこ とがで きるが 、ベ トナム 語 の場合 は、有償 な らば 「 買 う ( mua) 」 を、無償 な らば 「 受 け取 る ( nha n) 」 を 使 い、 は っ き り区別 して表現す る

したが って、 どち らか わか らない場 合 、

とま どいが生 まれ る こ とになる

場 面 の と らえに くさ とも関係 が あ るであ ろ

う 。

「ゆず る」 について も同様 の問題 があ り、有償 な らば 「 売 る ( ba n) 」 を、無 償 な らば 「 与 える ( c h o) 」 を使 うことか らとまどいが生 まれる

( 31 ) きのうのテス トの答案をきょう返 してもらいました。 (とうあん)

(9)

長崎大学留学生 セ ンター紀 要 第 8 号 2000 年 6 9

日本語 で は、その文 の主語 となる者が要求 したか どうか に関係 な く、「て も らう 」 を使 うこ とが で きるが 、ベ トナ ム語で は、その点が問題 にな り、 とま どいが生 じる

( 32) タンさんは日本語の会話力ではリンさんに劣る。( おとる)

( 33) わた しの国の社会福祉は日本 より劣っている。( おとる)

日本語 で は、比較 す る両者 の差 を特 に考慮す る ことな く、「お とる」 を使 う こ とがで きるが、ベ トナム語 では、差 が大 きければ 「 劣 る ( ke m) 」 が、差 が 大 き くなければ 「同 じではない ( k h o ngb a n g) 」 が用い られ る とい う

これ に は修辞上 の問題 もあ る と思 われ るが 、 いず れ にせ よ、差 が どの程 度 か とい う

こ とが問題 となる

( 34) 日本人の友達はわたしにとって一生の財産になると思います。( ざい さん)

( 35) テーブルの上に小 さな花が飾ってあ ります。( ちいさな)

ベ トナ ム語 も 日本 語 同様 、 名詞 に単 数形 と複 数形 の区 別が ない。 しか し、

しば しば名詞 の前 に語句 ( " nh u n g' 'や " c a c ") を付加 して複数である ことを示 す。 そのため、 ときに 日本語 の名詞の単複が問題 とな り、 とまどいが生 じる

( 34) では 「 友達」の、 また 、( 35) では 「 花」 の単複 が問題 になる

以上 の ほか、例 えば、以下 の ように、 ご く普通 の名詞 で もベ トナム語 の語 句 との関係 で とまどい を生 む。

( 36) 長崎の新地町にわたしの祖父が住んでいます。 ( そふ)

( 37) わた しは子 どものころ祖母に育てられました ( そぼ)

( 38) 初めてわたしを日本 と結びつけたものは、日本の漫画で した。( むすぴつける)

( 39) タンさんはいつ も大 きなかばんに教科書や辞書や参考書などをた くさん入れて います。( かばん)

( 36) の 「祖 父」 、 ( 37) の 「 祖 母 」 で は、父方 か母方 かが 問題 とな る

また、

( 38) の 「 漫画」 、( 39) の 「 かばん」では、その種類が問題 となる

(10)

2「2‑2 ベ トナ ム語 におけ る語句の 呼応 との違 いか ら来 る とまどい

文 中 にお け る語句 と語句 との呼応がベ トナム語 と違 うため に、 とま どい を生 じることがあ る

( 40) 父は私が農学部に進むのに賛成 しました。( さんせい)

( 41 ) 両親 と相談の結果、農学部に進学することに決めた。( けっか)

( 40) ( 41 ) の 「 農学部 に進 む 」 「 農学部 に進学す る」 は、いず れ も、試験 を受 け て入 る こと、 また、入 って学ぶ こ とが前提 となっているが、ベ トナム語 では、

その前提 どお りに、 「 試験 を受 けて入 る ( t hiva o) 」、あ るい は、 「入 って学ぶ ( va ohoc) 」 と言 わなければな らず 、上の ような表現 は許 され ない とい う

( 42) わたしは親類の家から学校に通っています。(しんるい)

( 42) の場合 も、「 親類 の家 か ら学校 に通 う」 は、親類 の家 に住 んでい るこ と が前提 とな ってい るが 、ベ トナ ム語 で はそ う した場 合 には 「 親類 の家 に住 ん で学校 に行 く ( dihoconhonhahoha ng) 」 と言 わなければな らず 、そのため、

とまどいが生 まれるこ とになる

( 43) レントゲンをとるときは、息を大 きく吸って、 しばらく止めて、それから吐 き ます。( は く)

( 43) は よ り単純 な例 だが、ベ トナム語 で は 「 息 を強 く吸 う 」 「 息 を深 く吸 う」

はあ って も、 「 息 を大 き く吸 う」 はない ようで、 どの ような吸 い方 かが問題 に なる。

( 44) 戦後、我が国は外国の支配か ら解放 された。( かいほう)

( 45) わたしは将来母国での技術開発 に協力 したい。(きょうりょく)

前 述 (2‑2‑1‑1)の漢語 の問題 とも関連す るが 、( 44) の 「 支配か ら解放 さ

れ る」 、( 45) の 「 技術 開発 に協 力す る」 も、語句 の呼応 の面 でベ トナム人学習

者 には違和感 が あ る ようだ。 F用例集』 の翻訳 者 は、 「 支配 ( ベ トナム語 で は

(11)

長崎大学留学生センター紀要 第 8号 2 0 0 0 年 77

" 統治' ' )か ら逃れる ( t hoa tkhois ut hongt r i ) 」、「 技術開発 に参加す る ( t ha m gi a kha it ha ckyt hua t ) 」 という訳語 を選んだ。

また、 これまで挙げた例 とはやや性 質が異 なるが、次 の ような例 もある

( 46) 日本 という国は、日本に来て実際に見ない限 り理解できないと思 う。( かぎり)

( 46) の 「日本 に来 て見 ない限 り」 は、ベ トナム語で は、 「日本 に来 ないで、

見 なければ ( C hungna oc huade nNha tba nvac huanhi n) 」 といった表現 になる

こうした構造上の違いか らとまどいが生 じることもある

213 主 として日本語の一般的な性格 に起因 するもの

日本語の もつ一般的な性格が とまどいの原因 となる場合 ももちろん多い。そ れ らの とまどいの中 には、社 会的状況 の違 いや 日本語 とベ トナム語 との表現 の違いが影響 している と思 われるもの も少な くない。

2 ‑ 3 ‑1 日本語 の語句の意 味の広 さか ら来るとまどい

日本語の語句の意味の範囲が、通常 それに相 当す るベ トナム語 の語句 よ り広 い場合、文の理解が難 しくなることが ある

前記 2‑211‑2 と問題 の性格 は似 ているが、 日本人 自身はその用法の違 いを意識 している ところが異 なる

例 えば、以下の ような場合である

( 47) わたしは田中先生に日本語のおもしろさを教わった。( おそわる)

( 48) タンさんは少 し変わっています。( かわる)

( 49) 急いで家に帰ろうとしたら、友達に捕まって しまった。( つかまる)

( 50) 後期の授業料をどうやって払おうかと、今から心配 しています。(しんばい)

( 47) の 「 教 わる」 、 ( 48) の 「 変わる」 、 ( 49) の 「 捕 まる」が、「日本語 を教 わる 」

「天気が変 わる 」 「 警察 に捕 まる」 とい った場 合 と同義 で ない こ とは、他 の語 句 との呼応 関係 か ら日本語母語話者 な らば明 らかであ るが、そ う した用法 に 慣 れていないベ トナム人学習者 には、 とまどいの原因 となる

同様 に 、 ( 50) の

「どうや って払お うか 」 か ら 「 払 うお金が ない」 ことをご く自然 に連想す るこ

(12)

とも必ず しも容易ではない ようだ。

( 5 1 ) タンさんもリンさんも、 どちらもよく勉強 します。( どちらも) ( 52 )3 号館の裏庭でよく鳥が鳴いています。( な く)

( 5 3 ) わた しはよく汗をか くので、いつ もハ ンカチ を 3 枚か 4 枚ポケッ トに入れてい ます。( ハ ンカチ)

( 51 ) 〜( 5 3) の 「よ く」 の意味 も他 の語句 との呼応 関係 か ら日本語母語話者 に は明 らかであ るが 、ベ トナム人学 習者 の場 合 、頻度 を示 すの か、程 度 を示 す のか、その両者 を示すのか とい った とまどいが生 まれる

( 54) サ ッカーのワール ドカップの誘致に当たって、政治家が動いた.(うごく)

( 5 5 ) タンさんは就職するためにいろいろ運動 しています。(うんどう)

( 5 4) ( 5 5 ) は、 よ り単純 な例 だが、 「 動 く 」 「 運動 す る」 の こう した用法 に慣 れ てい ない場合 は理解 が難 しい。 日本 とベ トナ ムの社 会状 況 の違 い も影響 して いるであろ う

( 56) 「 留学生ニュース」に留学生全員の写真が載っています。( ぜんいん)

( 56) の 「 留学生全員 の写真」 か ら日本語母語話者が通常連想す るの は 「 留学 生全 員 の、一 人一 人の写真」 で あ ろ うが 、ベ トナ ム語訳 で は 「 留 学生全員で 撮 った写真 」 となってい る 。 「 全員」 とい った一見意味 の明確 な語句 も他 の語 句 との呼応 関係 で意味が規定 されている ことを示 してい る

2 ‑3 ‑2 慣用句 についての とまどい

慣 用句 も、当然 の ことなが ら、 とまどいの大 きな原 因になってい る。以下、

便宜的 に二つの場合 に分 けて、具体例 を挙げる

2‑3‑2‑1 慣用句 を構成する帝の独立 性があまりないもの

まず、慣 用句 を構 成す る語 の独立性が あ ま りな く、全体 を一語 と して とらえ

ていなければ、意味 の理解が難 しい場合 であ る

(13)

長崎大学留学生セ ンター紀要 第 8 号 20 0 0年 7 3

( 5 7 ) タンさんは大変気が きくので、アルバ イ ト先で大切 にされています。 (きが き く)

( 58) 母はいつ も家族の健康 を気 にかけていました。 (さにかける)

( 59) わた したちは同 じアパー トの日本人学生に気 を遣っています。 (きをつかう)

( 5 7 ) ‑( 5 9 ) の 「 気 が き く 」 「気 にか け る 」 「気 を遣 う」 は一語 と して理解 して い る必 要が あ る

( 60) パーテ ィーに誘 われたが、あ したは試験があ るので、それ どころではない

(どころではない)

( 61) 中国にいるときは 日本に行けば生活はなんとかなると思 っていたが、現実はな かなか厳 しい。 ( げん じつ)

( 62) 日本語の勉強はそこそこに して、早 く専門の研究に集中 したい。( そこそこ) ( 63) わた しは、 どちらか といえば、田舎の生活のほ うが好 きだ。 (どち らか といえ

ば)

( 60卜 ( 63) の 「どころで はない 」 「なん とか なる 」 「そ こそ こにす る 」 「どち ら

か とい えば」 も 、( 5 7 ) ‑( 5 9 ) ほ どで はないが、一 語 と して理解 してい なければ、

とまどうこ とになる

213‑212 慣 用句 を構成 す る語 に独立性 があ り、文字 ど お りの意味 と して とらえ られ る可能 性 のある もの

次 に、慣 用句 を構 成す る語 に独立性 が あ り、 そ のため、通常 それ らの語句 が もつ意味 と して と らえ られ る可 能性 の あ る場 合 で あ る

これ らはそ の "独 立 性 " ゆ え に、 さま ざまな とま どいや誤 解 を生 む こ とにな る

こ う した例 は実

に多い。以 下 にその ご く一部 を挙 げる

( 64) タンさんは人の前で話をするのが嫌いです。 (きらい)

( 65) タンさんはあま り人の話 を聞 きません。 ( ひと)

( 66) タンさんはいつ も人に余計 なことを言います。 ( よけい)

(14)

( 6 4 ) 〜( 6 6 ) の 「人の前で話 をす る 」 「 人の話 を聞か ない 」 「 余計 なことを言 う」

は、それぞれの語が通常 もつ意味 を もとに とらえ られ る可能性 が ある

そ こ か らは、「 多 くの人の前 で話 をす る 」 「 他 人の意見 を受 け入れない 」 「 言 う必 要 の ない ことを言 う」 とい う意味 は なか なか出 て こない。その結果 、 とま どい や誤解が生 まれる

( 6 7 ) もっと頭を使えば、仕事を早 く終えることができると思 う。( あたま)

( 68) タンさんは心が広いです。( こころ)

( 69) ケーキ屋でアルバイ トをしたとき、日本人が一生懸命働いているのを見て、心 を打たれました。( こころ)

( 70) 牛肉は高 くて手が出ません。( て)

( 71) 田中先生の、わたしたちに対する批判は耳が痛かった。( みみ)

( 6 7 ) 〜( 7 0 ) の 「 頭 を使 う 」 「 心が広 い 」 「 心 を打つ 」 「 手が出ない 」 も慣用句 と しての意味 を知 らなければ理解 は難 しい。

( 7 1 ) の 「 耳が痛い」 も同様 であるが、 これ には別の問題 もある 。 「 耳が痛 い」

が どんな場合 に使 われるか とい う問題 であ る

この語句が使 われ るのは、直 接批判 された ときではな く、一般 的 な問題 と して言 われた こ とが らが 「わた したちに対す る批判」 になってい る、 とい った場合 に使 われる表現で はない か と思 う

そ う した場面 と意味 を この短 い文 か らつかみ、かつ、ベ トナム語 に翻訳 す るとい うのはか な り困難 な作業であろう

( 72) わたしのふるさとは田舎で、あまり刺激があ りません。(しげき) ( 7 3 ) おかげさまで、就職が決まりました。( おかげさまで)

( 7 2 ) ( 7 3 ) の 「 刺激がない 」 「 就職が決 まる」 も、個 々の語の意味か ら自然 に理 解 で きる言い 回 しとは言 い難 く、慣用句 ととらえる必 要があ り、ベ トナム在 住 の学習者が とまどうの も自然 なことであろ う

2‑3‑3 テンス ・アスペ ク トの とらえにくさか ら来 るとまどい

ベ トナム語では、動詞 ・形容詞 に活用がな く、テ ンス ・アスペ ク トは、必要

に応 じて ( 文脈 か らは類推で きない場合な どに)、他 の語 を付加 して表す。

(15)

長崎 大学 留学生 セ ンター紀 要 第 8 号 2000 年 7 5

その影響 もあ ってか、 日本 文 の テ ンス ・アスペ ク トの とらえ方 の面 で ときに とまどいが見 られ、 また、ベ トナム語訳 に も不十分 さが現 れる

そ う した、テ ンス ・アスペ ク トの とらえに くさの中で も、ベ トナム人学習者 を特 に悩 ます の は 、「 ‑てい る」 の形 が進行状態 ( 反復 を含 む) を表 す のか、

結果状 態 を表す のか、いわゆる経験 ・記録 を表す のか とい う問題 であ る

( 74) 九州のあちらこちらで火山が噴火 しています。( かざん)

( 7 5 ) タンさんのお兄 さんは 日本の企業の中で十分能力 を発揮 しているようです。

( はっき)

( 76) わたしはマ レーシアの友達に日本に来るように勧めています。 ( すすめる)

( 77) これまで日本語の勉強に熱心でなかったことを反省 しています。( はんせい)

( 78) ポットにお揚がわいています。( わ く)

( 79) タンさんは日本人とのつ きあいに慣れています。( なれる)

( 80) ブラームスは交響曲を 4 つ書いている。( ている)

( 80) の ような例 が分か りに くいであ ろ うこ とは ‑ 特 に 「ブラームス」 を 知 らない場合 は ‑ 容易 に想像 で きる

しか し、筆者 に とって意外 だ ったの は 、( 74) 〜( 77) の ような進行状態 を表す文例 でか な りとま どいが見 られた とい う点 で あ る

これ らの 「 ‑てい る」 が進行状態 を表 す のか、経験 ・記録 を表 す のか とい う とま どいで あ る

これ はおそ ら く経験 ・記録 の 「 ‑てい る

意識 しす ぎた結 果 であ ろ う

経験 ・記録 を表 す場合 は 「 ‑てい る」 に過去 を 示す語 句 ( 副詞 な ど) を伴 うこ とが多 い と思 われ るが 、文脈 に よって は、確 か に、 そ う した語句が な くて も経験 ・記録 を表 す こ とが で きる。 いず れ にせ よ、時 を示す副 詞等 をそ えず に、 しか も一文 だけで 、「 ‑てい る」 の意味 を理 解 させ ようとした ところにそ もそ も無理があ ったのではないか と思 う

( 7 8) ( 79) の ような結果状態 を表す文 に も同 じような とまどいが見 られた。 こ れ らの場合は、慣 用的 な表現 に不慣 れ とい う面 もあるであろ う

2‑3‑4 動作 ・作用の主体 や対象の とらえに く さから来 る とまどい

日本語の、状況や文脈 に依存 し文 の中で動作 ・作用の主体や対象 を明示 し

ない性格 は、当然 の ことなが ら、ベ トナム人学習者 に もしば しば とまどい を

与 えている

(16)

( 8 1 ) 日本語を教えて もらう代わ りに、インドネシア語を教えています。 ( かわ り)

( 81 ) の ように 「だれが 」 「だれ に」 が欠 けてい る文 はベ トナム人学 習者 には 受 け入れが た く、 とまどい を生 む。

( 8 2 ) タンさんはギターに合わせて、マレーシアの歌 を歌いました。 ( あわせる) ( 83) 留学生の一部には何のために日本に来たのか分か らない人 もいます。( いちぶ)

( 8 4 ) 日本の レス トランでは料理を注文すると、す ぐ来ます。 ( ちゅうもん)

( 8 2 ) は、 日本語母語話者 な らだれで も、 「タ ンさんはほか の人の弾 くギ ター に合 わせ て歌 を歌 った 」 と理解 す るであ ろ う

しか し、ベ トナム人学 習者 に はギ ターはだれが弾 い てい るのか (自分 か、他 人か) とい う点が必 ず しも明 瞭 で はない。 ここには、 ギ ター を弾 い てい る主体が明示 され てい ない とい う 問題 だけで な く、 「ギ ターに合 わせ る」 は、常 に 「ほかの人の弾 くギ ターに合 わせ る」場合 に使 うとい う、語句 の用法上 の問題 もある と思 われる

( 83) では、「 分か らない」のはだれか、つ ま り、「 留学生が分か らない 」 のか、

「 私 が分か らない」 のかが問題 になる

日本語母語話者 のほ とん どは後者 に理 解 す るであ ろ うが、 これは社 会的 な状 況 か らの判 断 に よる もので は ないか と 思 う

( 8 4) は、 「 何 が来 るのか」 とい う点 で とまどいが生 まれ る

前述 (2‑1‑3) の場面の とらえに くさとも関係 しているであろ う

( 85) 職場の人間関係 に悩む人が多いようです。(しょくば)

( 86) 健康なのが何 よりです。( なにより)

( 85) では、やや複雑 な問題が生 まれる

だれ とだれ との 「人間関係 」 につい て 「 悩 む」 のか とい う問題 であ る

日本 語母語話者 な ら、 「自分 と職場 の同僚 との関係」 であるか こ とは 自明であ るが、ベ トナム人学 習者 には、「同僚 と同 僚 との関係」 も連想 される ようであ る

これ も、前述 ( 2‑1‑1 ) の社会的背 景 の違いや慣用的な表現 に不慣 れな こととも関連があるであろ う。

( 8 6 ) もか な り複雑 な面があ る 。 F 用例 集 のベ トナム語訳 で は 「 健康 であ る

こ とは最 も大切 なこ とである ( Khoe ma nhl a quy nha t ) 」 となってい る

一応適

(17)

長崎大学留学 生 セ ンター紀 要 第 8号 2 0 0 0 年 77

訳 の ように見 え るが 、 この表 現 が使 わ れ る場 面 を具体 的 に考 える と問題 の あ る こ とが分 か る 。( 8 6 ) の表現が使 われ るの は、一般 的 に 「 健康 がい ちばん大切」

と述べ る場 合 で は な く、現 に話題 とな ってい る人が お り、 そ の話題 とな って い る人が健 康 で あ る とい う事 実 を受 け て、 その事 実 を伝 えた相 手 に対 して述 べ る表現 で は ないか と思 う。 そ う した こ とをこの短 い文 か ら読 み取 り、的確

なベ トナム語 に翻訳 す るのはか な り難 しい ことで はないか と思 う

これ も、前述 (2‑ト 3)の場面 の とらえに くさや慣用的 な表現 に不慣 れ な こ ととも関連 があ るであ ろう

( 87) 田中先生は貴重な時間を割いて、進路の相談に乗って くださいました0 ( さく) ( 88) 服 を着替えて、外出 しました。( ふ く)

( 87) 早( 88) は よ り単純 な例 だが 、 こう した文例 で もベ トナム人学 習者 か らは 思 わぬ反応 が返 って くる 。 F 用例集』 の翻訳 では 、( 87) は、 「 私 た ちの相談 」

な ってお り、 また 、( 88) の主 語 は、 「 彼 ( a nha y) 」 となってい る 。 ( 87) は前述 (2‑1‑2)の社会的制度 ・習慣 の違 い とも関連があるであろう

2‑ 31 5 文の構 造の とらえ に くさか ら来 るとま どい

前述 (2‑3‑4)の主体や対象 の とらえに くさとも関連す るが、文 の構造 の と らえに くさか ら来 る とま どい もあ る

この場 合 、助 詞 の 「 が 」 「は」 の用法

に習熟 して るか どうか も文 の理解 に大 き く影響 す る

( 8 9 ) 日本では、女性が働 きに出るようになっても、家事は女性がするものだという 社会習慣が相変わらず続いているようだ。( あいかわらず)

日本語 母語話者 な ら、「 社 会 習慣」 の 中身は 「 家事 は女性 がす る もの だ」 で あ ろ うが 、 ベ トナ ム人学 習者 には 「 働 きに出 る ようにな って も、家事 は女性 が す る もの だ 」 と と らえ られ る可能性 もあ る よ うだ。複 文 の 中で の 「が」 と

「は」使 い方 に慣 れ て い ない こ ととも、 また、前 述 ( 2‑1‑1 )の社 会 的背景 の違 い とも、関連が あ るであ ろ う

( 9 0) アルバ イ ト先の会社が倒産 して しまい、大変な損害を被 りました。( そんがい)

(18)

( 91 ) チェルノブイリの原子力発電所の事故は、年 とともに被害が増大 している

( ぞうだい)

( 92) タンさんは、急にお客が来たので遅刻 したと、言い訳をした。( いいわけ)

( 90) の場合 は、「 会社が」 であ って 「 会社 は」 ではない ことを見過 ごす と、

「 大変な損害 を被 った」のが 「 会社」 ということになって しまう

( 91) は、 これが 「 〜は〜が」構文であることをつか まない と、 とまどう

( 92) では、「 言い訳 をす る」の用法 に習熟 していない と、「 急 にお客が きたの で遅刻 した」が 「 言い訳」 の中身であ り、言 い訳 は別の第三者 に向けた もの であることが とらえられな くなる

3. 文例の理解 を容易 にするための方策

以上、『 用例集』の翻訳作業 に協力するなかで分か った、ベ トナム在住ベ ト ナム人学習者 に とっての 日本語文例理解の困難点 を、社会的状況 の違い に起 因す る もの、ベ トナム語 との関係 に起 因す る もの、 日本語の一般 的性格 に起 因す る もの、 とい う三つの側面か ら見 て きた。 日本での使用 を前提 とし文脈 な く提 出 された文例 は、ベ トナム在住のベ トナム人学習者 には、 この ように

とまどい を引 き起 こす面がある

ここに挙 げた個 々の具体的 な事例 には一披 化 で きない もの もあるであろ うし、 また、 よ り広範かつ綿密 な調査 ・分析が 必要であることは言 うまで もないが、困難点 として取 り上げた ことが らには

かな りの一般性があるのではないか と思 う

それでは、 こう した問題 を解決す るには どうした らよいか。正確 な御訳 を 付 ければ問題 は解決する とい う考 え も成 り立 つか もしれないが、翻訳 に頼 ら な くて も日本語文 だけでか な りの程度明確 に理解で きる もの をめ ざすべ きだ

‑ た とえ、すべての文例 に翻訳 を付 けるとしても‑ と思 う

翻訳 だけで解 決 しようとすれば、翻訳 に とどま らず文意の解説 まで必要 になって くる文例 も少 な くない。教科書や用例集 ・辞書の文例 は、何 よ りも、当該語句 の用法 ( 文の構造、語句 の形態、語句の呼応等)についての情報 を学習者 に与 える も のでなければならない。

ただ、前記 2 で述べ た ことが らを一律 に とらえ解決 を図ろ うとして も無理

がある

これ らの ことが らの中には、 a. 文例へ の配慮で とまどい を防げ る

もの、 b. 文例へ の配慮 で とまどい を軽減で きる もの、 C.翻訳 を利用す る

(19)

長崎大学留学生 セ ンター紀 要 第 8 号 2 0 0 0 年 7 夕

必 要があ る もの、が あ りそ うである

それ らは以下 の ように分類で きる よう に思 う

a .文例への配慮で とまどい を防げる もの ( ∋社会的背景の違 い

②社会的制度 ・習慣の違い

③場面の とらえに くさ

④理解 ない しは翻訳 の難 しい語句

⑤動作 ・作用の主体や対象の とらえに くさ ( 彰文の構造の とらえに くさ

b. 文例への配慮 で とまどい を軽減で きるもの

⑦ベ トナム語の語句 ( 漢語 を除 く) との対応

⑧ テ ンス ・アスペ ク トの とらえに くさ

⑨ 日本語の語句の意味の広 さ C. 翻訳 を利用す る必要があるもの

⑲ ベ トナム語の漢語 との対応

⑪ ベ トナム語 における語句 の呼応 との違い

⑫慣用句

文例作成 に当たって留意すべ きことは、 まず第一 に、上記( ∋〜④ に配慮 し、

それ らに起 因す る とまどい を避 ける ことであるが、次 に一般 的 に言 える こと は、動作 ・作用 の主体や対象 を明示 した り、副詞 ない しは副詞句 ・節 な どを 使 うな ど して、で きるだけ文 の背景 ・状 況 を具体的 に表す こ とであ ろ う

日 本語母語話者 には自明の状況 ・場面であ って も、その前提 となる要素が文 中

に表れていない文 ( 場面 に依存する文)は極力避 けなければな らな

い 。

さらに言 えば、ベ トナムの社 会状 況や学習者 の状況 を反映 した文例 が、ベ トナム人学習者 とベ トナムの社 会 ・言語 の分かる 日本 人教 師 との協 同で作 ら れることが理想である小 一 。

4. おわ りに

日本語 を学ぶ外 国人のための辞書のあ り方 につ い ては さまざまな議論が な

されてお り、その論点 の多 くは現場 の 日本語教 師か ら見 て納得 のい くもので

(20)

ある

ただ、学習者 の立場 か ら見 た文例 のあ り方 については、" 常識 的な こ と"

とい う認識 か らか、 あ ま り論 じられ てい ない7 ) 。文例が文法的 ・語嚢 的 な面 で 留 意 されていて も、文意 の面 で学習者 に とま どいや誤解 を与 えて は、せ っか くの留 意 も学習者 には意味 の ない こ とになる

文例 の作 成 には、本稿 で触 れ た こ とが らをも考慮 に入れた細心の注意が必 要 である

ハ ノ イや ホー チ ミン市 の書 店 に行 くと英語 の辞 書 ( 越英辞 典 、英越辞 典 ) や教科 書が書架 にず ら りと並 び、 この国の英 語 ブーム を実感 す る

その辞 書

も大 きい ものは二千 数百 ペ ー ジに も及 び、用例 もか な り充実 して い る

それ にひ きか え、 日本語 の方 は数 も少 な く、内容 も貧弱 で あ る

こ う した状 況 の 中で 日本 語 を学 ば なけれ ば な らないベ トナム人学習者 の抱 える困難 は量 り知 れない。

的確 な文例 の多 い教科 書 ・用例 集 ・辞書等 は、 日本在 住 の学 習者 に ももち ろん必 要 だが、 自国で学 習す る、 日本 の社 会状 況 に疎 い学習者 には特 に必 要 で あ ろ う

前記 2 で挙 げ た具体 的 な事 例 の中 に も、詳細 な辞 書 さえあれ ば容 易 に解 決 ので きた ものがあ る と思 う

こ う した状 況 をベ トナ ム人 と日本 人 との協 同作業 で何 とか打 開 してい きた い ものであ る

これ はベ トナム人学 習者へ の貢献 で あ るばか りで な く、 こ う した作 業 か ら得 られ た知見 は また 日本 での 日本 語教 育 、教材 ・辞 書 の開発 に 大 い に役 に立 つ と思 う

本 稿 はそ う した願 い を込 め て、筆者 の若 干 の体験 を

ま とめた ものである

1 )宮 原 彬 ( 1 996) 『 外国人学生が 日本語で作文 を書 くための用例集 ( 初級 ・中級 用) 』凡人社 ( 発売)

2)MI YAHARA AKI RA ( 1 999) TUDI ENMAUC4UTI ENGNHAT ,NHA XUATBAN GI AODUC

3 )宮原 彬 ( 1994) 『 大学進学予備課程の外国人学生が作文 を書 くための用例集 』

長崎総合科学大学

4 )例えば 、NGUYENTHI ENNAM ( 1 998)85 頁

5 )手根 ( 1 9 83) の分類による

6 )土肥 ( 1 995) は、イギリスの出版社 Longma n が 「 利用者に対 して積極的に意見を

求めた」例 を引いて 、「 「 作 る側」か らの一方的な押 し付けだけでな く、利用方法、

(21)

長崎大学留学生センター紀要 第 8 号 2 0 0 0 年 81

利用者 につ いて どの程度 関心 を持 つかが大 きな課題 であ る」 と述べ てい る

宮 崎 ( 1 983) も、辞 書 の作 成 に当 た って は、 「"学 習 の専 門家日 を重 要 な メ ンバ ーに、 しか も企 画 の段 階か ら加 える ことが、成功‑ の鍵 の ひ とつ」 と述べ ている

また、中道 ( 1 984) は、学習者 の母語 との関係 に も配慮 した 「言語 間対照辞書」

の必 要性 に言及 してい る

7)例 えば、玉村 ( 1 995)で も、「 外 国人用 日本語辞書 の構想」 の中の一つ の項 目 と して 、 「当該 語 を含 む適 切 な文 例 、 また は句 例 を必 ず 挙 げ る」 と述べ て い る が 、

「 適切 な文例 、 または句例」 とは どの よ うな ものか につ いては触 れてい ない。

参考文 献

1)宇根 祥夫 ( 1 983)「 ベ トナム語 の受 身 」 東京外 国語大学論 集』第33号

2 )砂 川有理 子 ( 1 997) 「辞書 で引 け ない言葉 の辞典 ‑ 日本 語文 型辞典 の 開発 に むけて‑ 」 『日本語教育論文集 ‑ 小 出詞子先生退職記念 ‑ 』 凡人社 3)玉村 文郎 ( 1 995)「 外 国人の ための 日本語辞典構想 」 言語 』2 4 巻 6 号 4 )土肥 一夫 ( 1 995)「ユ ーザ ー フ レン ドリーな辞 書 の条件 」 言語 』2 4 巻 6 号 5) 中道真木男 ( 1 98 4)「 外 国人のための 日本語学習辞典 」 『 言語 』1 3巻 8号

( 1 983)「日本語教 育 の基本語葉 とその辞書 」 『日本語学 』 2巻 6号 7)宮 崎 茂子 ( 1 983)「 外 国人の ための 日本語辞書 」 『日本語学 』 2 6号

8)宮 原 彬 ( 1 999)「ベ トナムの 日本語教 育事情 ‑ 最近 の状 況 と課題 ‑ 」

『 長崎大学留学生 セ ンター紀要』第 7 号

9)MI YAHARA AKI RA ( 1 999) TUDI ENMAUC4U TI ENGNHAT ,NHAXUATBAN GI AO DUC

1 0)NGUYENTHI ENNAM ( 1 998) TI ENG VI ETNANG CAO ,NHA XUATBANGI AO DUC

( 留学生 セ ン ター教授 )

参照

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