長崎大学 留学 生 セ ンター紀 要 第 8 号 200 0 年 61
日本語文例理解の困難点
‑ ベ トナム在住 ベ トナ ム人 学習 者の場 合 ‑
宮原 彬
[ キーワー ド] 日本語文例理解、困難点、ベ トナム在住ベ トナム人学習者、
社 会的状況 、ベ トナム語 との関係 、 日本語の一般 的性格
1 . は じめ に
日本在住の 日本語学習者 を念頭 に置いて作成 された辞書や用例集 を海外 で使 用す る場 合、そ こに出てい る文例 ( 通常 一 つの文 で、翻訳 が付 いてい ない も の) は どの程 度 正確 に理解 され るで あ ろ うか。理解 に困難が あ る場合 は、 そ れは何 に起 因す る ものであろ うか。
筆者 は、筆者編集の用例集1 )( 以下 、 F 用例集』 とい う。)がベ トナム語訳付 き でベ トナムで出版 される とい う機会 を得 た
コ)が、その翻訳作業の過程 でベ トナ ム人翻訳 者 ( 2 名)か ら確 認の ための さま ざまな質問 を受 けた。 それ らに答 える過程 で、 また、完成後 の翻訳 の吟味 を通 じて、『 用例集』記載 の文例 がベ トナ ム在住 のベ トナム人 に とって は筆者 の予想以上 に難 しい とい う事実 を知 るこ ととなった。
この F 用例集』 は、 もともと筆者が以前勤務 していた大学 の別科生のため に 作成 した もの
こi)が原形 となってい る。 よ り広範 な学習者の便宜 を考 えて、固有 名詞 を一般 的 な もの に変 えた り、文例 を改 め た り、 さ らには、見 出 し語 ・文 例 ・誤 用例 を大幅 に増や した りして、改 訂 したのが現在の 『 用例集』 である
。別科 で は、別科生全員 に用例集 ( 改訂前 の もの) を持 たせ 、作文 の授 業 で は 常 にそ れ らを参照 させ て いたが 、その主 な 目的 は、当該語句 を使 用す る場 合 の、文 の構造、語句 の形態 、語句 の呼応、誤用等 を確認す ることであって、
文 の意味 の理解 は当然 の前提 と していた。文例 のほ とん どは学習者 の立場 で 書 か れ、彼 らの 日常生活 を反映 してお り、学習者 自身が実際 に書 いた文 も数 多 く入 っている
。学習者 に とっては身近で理解 しやすい内容 の文例 である と、
少 な くとも筆者 は考 えていた。事 実 、作文 の授 業 で学生 た ちが用例集 の文例
の理解 に難渋 している様子 を見たとい う記憶 はない。
しか し、前述の とお り、ベ トナム在住のベ トナム人に とっては文例の理解そ の ものに一定 の困難 ない しは とまどいがあ った
。翻訳者 の高い 日本語力 を考 える と、その困難 は翻訳者個 人の 日本語力の問題 とは言 い難 く、 日本 とベ ト ナムの社会的状況 の違いや、 日本語 とベ トナム語その ものの もつ性格 に主 な 原因がある と考えざるを得 ない。
社会的状況の違いや、物事の、言語 による とらえ方の違い等が文 の理解 を困 難 にす るのは一般 的 に予想 されることではあるが、今 回の場合具体的 にどの ような形で問題が現 れたか、以下 に簡単 に報告 し、今後 の よ り広範 な調査 ・ 検討のための第一歩 としたい。
2. 学習者 の とまどい を引き起 こす文 ( ない しは語句)のタイプ
ベ トナム在住のベ トナム人学習者が文 ( ない しは語句)の理解 に難渋 した り、
誤解 した り、 とまどいを感 じた りす る原 因 としては、( ∋日本 とベ トナム との 社会的状況の遠 い、( 参日本語 とベ トナム語 との、物事 の とらえ方 ・表現 の違 い、( 彰日本語の もつ一般 的な性格 、 を挙 げる ことがで きる
。これ らは相互 に 関連があ り、特 に、① は( 参( 参に も大 き く影響 している と思 われるが、便宜的 にこの三つの側面 に分け、学習者の とまどい を引 き起 こす文 ( ない しは語句) の タイプについて、以下に具体例 を挙げて述べ る。
2‑1 主 として社会的状 況の逢い に起因する もの
学習者の とまどいを引 き起 こす最大の原因は、 日本 とベ トナム との社会的状 況 の違 いであ るが 、それは また、社 会的背景 の違 い ( 2‑1‑1 )、社会的制 度 ・習慣 の違い (2‑1‑2)、場面の とらえに くさ (2‑1‑3)、理解 ない しは 翻訳の難 しい語句 (2‑1‑4)に分けることがで きる
。2‑1‑1 社会的背景の速い から来る とまどい
例 えば、以下の ような文 ( ( 1 ) 〜( 8) ) は、表面的な意味 の理解はで きて も書 き
手 の基本 的 な観点 をとらえることは必ず しも容易ではな く、 とま どい を与 え
る ことになる 。 (( )内の語句 は、F用例集』 の見 出 し語 を示す 。以下、 同
様。)
長崎大学留 学生 セ ンター紀 要 第 8号 2 00 0 年 6 3
(1) すべての民族が共存できる社会を目指 さなければならない。(きょうそん)
( 2 ) 飢えに苦 しむ、かわいそうな子 どもたちを救 うには、 どうしたらいいので しょ うか。( かわいそう)
(1 ) や( 2 ) の意味す る ところは 日本 人や 日本在住 の 日本語学 習者 には明 らか であ ろ う
。しか し、国内 に 5 4 の民族 を抱 え、 ス トリー トチ ル ドレン問題 が深 刻 なベ トナム に在住す る学習者 の場合 、「すべ ての民族 」 「 社会 」 「かわいそ う
な子 ど もたち 」 とい う語句 か ら連想す る ものは 日本 人の場 合 と同 じで はない。
その結 果、文意があい まい にな り、 とまどい を引 き起 こす こ とになる
。( 3 ) 最近日本の若者は危険な仕事はや りたが らないようです。 (きけん) (4 ) 日本の男の人はあまり家事をしないようです。( か じ)
( 3 )も ( 4) も、意味の表面的な理解 には何 ら問題 はない。 しか し 、( 3 ) で述べ られ ている こ とが らの背景 には 日本 にお け る社 会的 な状況 の変化が あ り、 ま た、( 4 ) には留学生 ( 特 に、 中国人留学生 )の視点があ る
。それ らを理解 して いなければ、文意 を的確 につか む ことはで きず、 「当然 の こ とで、何 を問題 に
してい るのか。 」 とい うことになる
。(5 ) きょうはご飯 を作る時間がなかったので、インスタント ラーメンで我慢 した。
( がまん)
(6 ) 外泊が続 くと、体が疲れます。( がいは く)
(7 ) 日本は自然保護に消極的だ。(しょうきょくてき)
同 じ品物 や行 為 ・行動 の評価 が社 会 に よって違 うの は しば しばあ る こ とで あ るが 、その違 いか ら時 と して とま どいが生 まれ る
。また、翻訳 しよう とす る と、読み手の反応が予想 されるため、 さらに とまどいが加 わる。
(5 ) では、ベ トナムで は =高級 な"食べ物 である 「インス タン ト ・ラー メン」
で なぜ 「 我慢 した 」 となるのか、( 6 ) で は、 ホテ ルな ど " 快 適 な" 「 外 泊」 が
なぜ 「 疲 れる」 のか、 また、( 7 ) では、ベ トナム と比べ ればはるか に 「自然保
護 」 に熱心 な 日本が なぜ 「 消極 的」 なのか、が問題 となる
。(8 ) よくかんで食べない と、体に悪いそうです。 ( かむ)
「かむ」 とい う行為が健康全般 に影響 を及ぼす とい う事実が一般 的 に知 られ る ようになったの は 日本 で も比較 的新 しい こ とで は ないか と思 う
。こう した 考 え方 が乏 しい社 会で は、 どう して 「胃」 で は な く 「 体」 に悪 い のかが、問 題 となる
。2‑1‑2 社会的 制度 ・習慣 の逢いか ら来 るとま どい
社 会の中での具体的 な制度 ない しは習慣が 日本 とベ トナム とで違 うため に、
とまどいや誤解 を引 き起 こす こともある
。例 えば、以下 の ような例 である
。(9) 自転車に友達 と2 人で乗っていて、警官に追いかけられました。 ( おいかける)
( 10) 日本語 コースで 日本語 を勉強 している間に、 日本語その ものに興味 を感 じる ようになった。( あいだ)
( ll ) きょうは日曜 日ですか ら、道はあまり込んでいないと思います。( みち)
(9 ) は、 もともと台湾 の学生が長崎 での経験 をユ ーモ アを交 えて書 いた文辛 か ら採 った文 だが 、二 人乗 り、三人乗 りが ご く普通 の 国の学 習者 には意味不 明の文 となる
。( 1 0) は、 日本語 コースが 日本 では通常 は専 門 を学ぶ ための準備課程 ない しは 補助 的 な課程 と して設置 されてい る とい うこ とが前提 と してあ り、その前提
についての認識が なければ、理解 は難 しい もの となる
。( ll) も、 日本 の道路事情 を知 らなければ、 とまどう
。( 1 2 ) わたしの友達は子 どもを保育園に預けて大学 に通っています。( あずける) ( 1 3) 今度のテス トの平均点は 83 点で した。( へい きん)
( 1 2) や ( 1 3) も、日本 の一般 的 な制度 ・習慣 を知 らない と誤解 を生 む 。( 1 2) では、
毎 日預 けるのではな くて 1 週 間預 け っぱな しにす るこ とが、 また ( 1 3) では、特
定 の個 人の受験科 目全体 の平均点が 、 イメー ジ された りす る
。長崎大学留学生 セ ンター紀 要 第 8 号 2000年 65
2‑1‑3 場面の とらえに く さか ら来 るとまどい
前 述 の とお り、 この F 用例 集 』 は、 そ の文例 の大 部 分 が 日本在住 の留 学生 ( 特 に、 日本 語 コースで学習 中の留学生 ) の視点 で書 かれてい る
。その ため に、
か え って、ベ トナム在住 の学習者 には場 面 ( ない しは状 況 )が とらえ に くく、
理解 を難 し くしてい る面が あ る
。例 えば、以下の ような例 で あ る
。( 1 4) 円が高 くなって、生活が苦 しくなりました。(くる しい)
( 15)6 か月で 日本語の新聞が読めるようになるなどということは、およそ無理だ。
( およそ)
( 16) 日本語 コースのクラスメー トたちといつの間にか 日本語で話すようになってい ることに気づいた。(きづ く)
( 17) 学校が静かなのは学部が休みだからです。( か ら)
( 1 4) は、母 国か らの仕送 りに頼 ってい る留 学生 の立場 を表 しているが、その 前提 を理解 してい なければ、 とま どう。 ( 15) か ら 「日本語 コー スで勉 強 を始 め てか ら 6か 月で」 とい う意味 を読 み取 るの も、( 1 6) か ら 「日本語 コー スが始 ま った当初 は ク ラス メー トた ち と英語 な どで コ ミュニ ケー シ ョンを とってい た が 、 いつ の 間 にか」 とい う意味 を読 み取 るの も難 しい ようだ。 また、 ( 17) も、
「日本 語 コー スは授 業 をや ってい るが 、学部 は休 み だ」 とい う前提 が読 み取 れ なけれ ば、理解 は難 しい。
2‑1‑4 理解 な い しは翻訳 の難 しい語句
ベ トナム にない品物 ・組織 ・制度 ・概 念 や、ベ トナムで は知 られてい ない固 有 名 詞等 は、 当然 の こ となが ら、理解 が 難 し
い。 また、理 解 はで きて も翻訳
に苦労 す る
。例 えば、以下 の ような語句 である
。回数券、乗車券、 レポー ト用紙、原稿用紙、アダル トビデオ、保健セ ンター、
留学生相談室、 自治会、 LL の準備室、学園祭の模擬店、サークル活動、先輩、
学割、政治献金、ス トレス、公衆道徳、道徳教育、統一試験、内外学生セ ンタ
ー、 ジャイアンツ、スワローズ、ガタリンピック、水俣病、被爆者団体
2‑2 主 としてベ トナム帯 との関 係 に起因す るもの
日本語 とベ トナム語 との、物事 の とらえ方 ・表現 の違 い も、学習者の とまど い を引 き起 こす原 因 となる
。その 中には、ベ トナム語 の語句 との対応 の問題
( 2‑ 2‑1) 、文 中における語句 と語句 との呼応の問題 ( 2‑ 2‑ 2 )等がある
。2‑2‑1 ベ トナ ム籍の語句 との対応 から来 るとまどい
日本語の語句 とそれに相 当す る と思われるベ トナム語 の語句 との意味的なず れによ り、例 えば、以下の ような問題が起 こる
。2‑211‑1 漢語の場合
ベ トナム語 には多 くの漢語が含 まれている ( ベ トナム語の語嚢の 7 0% 近 くが 漢語である、 との記述 も見 られる4 ) 。)。 日本語 とベ トナム語 との この共通性 は、
ベ トナム人学 習者 に とっては一つ の有利 な条件 となる
。しか し、起源 を同 じ くす る共通の語句があ る ことが、逆 に 日本語 の文 の理解 を妨 げた り、 とまど い を引 き起 こ した りす る こともあ る
。日本 の社会状 況 についての理解が十分 でない場合 には、特 にそれが現れる
。例 えば、以下の ような例である
。( 18) 日本のサラリーマンは会社のために自分を犠牲にしている。(ぎせい)
( 19) 奨学金が もらえることになったので、経済的な問題は解決 しました。
( かいけつ)
( 20) 田中先生は論文をまとめて本にしました。( まとめる)
( 21) わたしは長崎で楽 しい留学生活を送っています。( お くる)
( 2 2 ) 長崎ではみかんやぶ どうを生産 しています。( せいさん)
( 18) の 「 犠牲」はベ トナム語 に もある。しか し、ベ トナム語の 「 犠牲 ( his i nh) 」 は、 「 大義のため に犠牲 になる 」 とい う意味が強いため に、 ( 18) の ような文 に は とまどいが生 まれる
。社会状況の違い も影響 しているであろう
。( 19) の 「 経済 」 も 「問題」 もベ トナム語 にあ る
。しか し、ベ トナム語 で は
「 経済的 な問題 ( va ndeki nht e) 」 とい う語句 は個人の財政状況 については使 わ ない。そ こか らとまどいが生 まれる
。( 20) の 「 論文 」 もベ トナム語 にあるが、ベ トナム語の 「 論文 ( l ua nva n) 」
は 日本語の 「 論文」 よ り範囲が狭 い ( 卒業論文、修士論文、博士論文 な ど)。
長崎大学留 学 生 セ ンター紀 要 第 8 号 200 0 年 67
したが って、ベ トナ ム人 に とっては、 どんな種 類 の論文 で あ るかが 問題 とな る
。( 21) の 「 留学 」 も 「 生活」 もベ トナ ム語 にあ る ( ただ し、 「 留学 ( l uuhoc) 」
は通常 「 遊学 ( duhoc) 」 が使 われる。)が、「 留学生活 ( s i nhhoa tduhoc) 」 と い う語句 は な く、 「 留 学生活 」 の意味 ( 勉学の こ とだけ を指 すのか、生活 も含 むのか、 な ど)が問題 となる
。日本語 の 「 生産」 は通常 ベ トナム語 の 「 産出 ( s a nxua t ) 」 と対応 してお り、
穀 物 、野菜 、果物 な どにつ い て も使 え るが、規 模 が大 きい場 合 に限 られ る
。したが って 、( 22) も、その 「 生産」 の規模が問題 となる
。2‑2‑1‑2 その他 の詩句の場 合
漢語以外 の語句 の場合 に も、当然 の ことなが ら、ベ トナム語の語句 との関係 で とま どいが 生 まれ る
。そ の多 くは、 日本 語 で は意味 の違 い を意識 せ ず に ( あ るいは、問題 にせず に)表現す る こ とが らをベ トナム語 では意味 の相違 に よって語句 ない しは表現 を変 えてい る場合 であ る
。例 えば、以下 の ような場 合 であ る
。( 23) 国の料理が食べたいです。( が)
( 24) わたしは最近睡眠不足です。( すいみん)
( 23) で は、 この願 望 の性格 が問題 となる
。ベ トナム語で は 、「 ‑たい 」 は通 常 " muon" で表現 される ( 「 食べ たい」 は " muona n")
。しか し、その実現可 能性が あ ま りない非常 に強い欲求の場 合 は、 " t hem" が用い られる ( 「 食べ たい 」
は " t hem a n") 。 したが って、 この文 の場面 を どう理解す るか とい う点で、 と ま どいが生 まれる。
( 24) では、「 睡眠不足 」 の原 因が問題 となる
。ベ トナム語 では、「 忙 しくて寝 る時間が ない」 のか、「 寝 る時 間はあ って も何 らかの精神 的 ・生理 的原 因で寝 られ ない」 のか、 に よって表 現 が変 わ る ( 前者 な ら "t hi eungu" 、後 者 な ら
"ma tngu" または "i tngu") 。 ( 24) は前 者 の可能性 が強いであろ うが、ベ トナム
人学習者 には判断が難 しく、 とまどいが生 まれる
。( 2 5 ) 兄に連れ られて、保証人の家に行 きました。( づれる) ( 26) わたしは先生に作文の間違いを直 されました。( なおす) ( 27) バスの中で先生に肩 をたたかれました。 ( たたく)
場 面 の は っ き りしない受 身文 を示 され た場 合 に、 そ の文意 を理解 し、ベ ト ナ ム語 に的確 に翻訳 す る こ とは、 ベ トナム人 にはか な り難 しい面 が あ る
。そ れ は、ベ トナ ム語 の受 身で は、動 作 主 に よって もた らされた事態 が、主語 と なる もの に とって好 ま しいか否 か に よって表現が変 わ る ( 典 型 的 には、貯 ま
しければ " duoc+ 動作主 十動詞' ' 、好 ま しくなければ " bi + 動作主 +動詞"、
いず れで もない場合 は " do+ 動作 主 +動詞" <主語 は無生物 のみ > となる5 ) 。) ためで あ る
。日本 語母語 話者 な らば、受 身動 詞 と他 の語句 との呼応 や慣 用 に よ り状 況 を類推 す る こ とは比較 的容易 であ るが、ベ トナム人学 習者 には難 し い場合が多い。
例 えば 、( 2 5 ) で は、本 人が 「 行 きたい と思 っていた」 のか 「 行 きた くない と 思 っていた」 のかが、 また 、( 26) で は、本 人が 「 喜 んで いる」 のか 「 残念 に思
ってい る」 のかが問題 となる。翻訳 に当 た っては、 当然 の こ となが ら、能動 態 で表現す る ことで問題 を解決す る場合 もあ る ( 例 えば、( 27) は、ベ トナム語 で は、受 身で は表現で きない ようである。)。
( 2 8) ロータリークラブか ら 「 お くんち」の入場券をもらいました。( けん) ( 29) 病院で薬 をもらいました。(くす り)
( 30) タンさんにわたしの古いテレビを譲 りました。( ゆずる)
日本 語 では、有償 の場 合 で も 「もらう」 を使 うこ とがで きるが 、ベ トナム 語 の場合 は、有償 な らば 「 買 う ( mua) 」 を、無償 な らば 「 受 け取 る ( nha n) 」 を 使 い、 は っ き り区別 して表現す る
。したが って、 どち らか わか らない場 合 、
とま どいが生 まれ る こ とになる
。場 面 の と らえに くさ とも関係 が あ るであ ろ
う 。