脳 梗 塞に よ る感 覚 失語の病 像に つ い て ‑ 1 2 症例の 検 討
金 沢 大 学 医 学 部 神 経 精 神 医 学教 室 ( 主 任 : 山口成 良 教 授)
倉 知 正 佳
遠 藤 正 臣
山 口 成 良
金沢医 科 大 学 神 経 精 神 医 学 教室 ( 主任 : 鳥 居 方 策 教 授)
榎 戸 秀 昭
( 昭和 53 年1 月1 2 日受 付)
1 87 4 年 We r nicke
lJ によ り記 載さ れ たい わ ゆ る W e r nicke 失語は. Foix2)や大 橋3如これ を 1 つ の症 状 群と してと ら えて いる よ うに, 言 語その他の諸 側面
にわ たって多彩な症状を 呈 し, その全体的病 像を把 挺 す るのは必ず し も容 易では ない. ま た, 症 例ご とにあ る程 度の差 異が あ る だ けでな く, 原 因 疾 患によって も か な り異った病 像と予 後 (Ke rte s z と M cCabe4J)を 呈 す ること が少く ない.
失 語症 状の成り立ち や基礎 障 害を検 討して いく際に は, こ のよ う な原 因疾 患によ る病像の差異と. 病 因に ょ る よ り正 確な病 変の分 布を十 分考 慮す ること が望ま れ る. そこ で . 本 論 文では脳 梗 塞によ る感 覚失 語の 一 般 的 病 像と その侍 徴につ い て . 12 症 例を対 象に検 討 し た結 果を報 告し, 今後 他の疾 患によ る感覚失語の病 像と比 較 検討 する際の参考と し たい.
対 象
対 象は脳 梗 塞によ り感 覚 失 語を生じ た 1 2 症 例
で . 8例は W e r nicke 失 語. 2 例は復唱障害の著 明な 感 覚 失語, 2 例は復 唱の比 較 的 保た れ た感 覚 失語であ る.
な お, 症 例や諸 症 状 間の比 較のた めに, 各 症状につ
い て5段 階の簡 単な臨 床 評価を行い, 神 経 心理学 的 所 見の各 項 呂のかっ こ内にその評 価を数 字で付 記し た.
こ の基 準の概 要は表1 のご と く で, 0 : 不 能, 1 :
高 度の障 害, 2 : 中 等 度の 障 害, 3 : 軽 度 の障 害, 4 : 正常を示す.
C linic al Pictu r e of Se n s o ry Aph a sia due
症 例
Ⅰ. 第1 群. w e r nicke 失 語
症例1 . 松 ○津 ○, 6 2 才女, 右 利 き. 婦 長 病歴 : 昭 和4 3 年1 0 月2 8 日心 房 細 動のた め当 院 第 2 内 科 入 院. 1 1 月1 日頭痛と嘔 吐が あ り, 翌 日 よ り.
人の名 前を思い出せ ない こと, 読字や音 字の障害に気
づき. 当 科を受 診し た.
検 査所 見 : 血 圧は 1 3 6/7 4m m Hg. 神 経 学 的に は著 変を認め ない. 心陰影の拡 大著 明で , 血 糖 負 荷で は境 界型, 脳 脊髄 液 ( 昭43 . 1 2. 2 6 ) は水様 透 明, 細 胞 数 は 8/3. 蛋 白46 m g /d l,糖1 83m g /d l であっ た.
神経心 理学的 所 見 ( 昭43 年1 2月)
言 語 表 現 ( 3.5 ) : 流ちょうで. 叙 述 的な陳述も か な りでき る が, や ゝ冗憧で. 時に喚 語が遅れ, 結語も 認め ら れ た. 文の構成はは ゞ可 能であっ た.
喚語( 3 ) : 物 品 呼 称は 6′
′8 まで でき た が,一緒 語や 喚 語の遅れ が認め ら れ た.
言 語理解 ( 2 ) : 日常 会 話では は と ん ど障害に気づ か れ ない はど で. 口命によ る物 品 指 示は 2 っ続けても でき た が, 組み合わ さ れ た 口命(鉛 筆をコ ップの中に 入れ. 私にマ ッ チを渡して下さい) はでき な かった.
復 唱( 2) : 4 文 節 ( 時計には針が 2 本あ り ます) ま では復唱可 能だ が. や ゝ長い文章で はで き な かっ た.
読 字(音読 : 1.5. 読 解: 1.5) : 単 語の音 読 ◎理 解は漢 字, 仮 名と もにか な りでき た が, 文の読み は不 良で , と くに仮 名 部分で錯 読に陥り, 文 章も 理解でき な く なった.
to ce r ebr al Infa r ctio n ‑ O bs e r v atio n of the T w elv e Ca s e s . M a s ayo shi K ur a Chi, M a s a o mi E ndo, Nariyo sh i Ya m agu chi, Depa rtm e nt of N e u r opsychiatry(D ir e cto r; Pr of. N . Y a m agu chi),Scho ol of M edicin e, K a n a z a w a U ni・
v e r sit y ; H ide aki E n okido, Depa rtm e nt of N e u r opsychiatry (D ir e cto r ; Pr of・ H ・ T o rii), Ka n a z a w a M edic al U niv e r sit y.
脳梗 塞に よ る感 覚 失語の病像に つい て ‑1 2症例の検 討
曹 字 (1.5) : 住 所. 氏 名は正し く書け る. 単 語で は, 仮 名では鎗 書が混じ る が、 漢 字の方が さ らに不 良
であ る. 短 文の書 取りでも. 漢 字の失 書が目 立ち. 仮 名の 一 部に錯吾が混じ る,
計 算 (3 ) : 2 桁の計 算も か な り良くでき た.
その他: 時計の読みで は, 短針の読み は正しいが, 長針は文 字 盤の数 字を そのま ゝ読み(1 時5 5 分→ 1 時 1 1 分). その誤りに気づ か な かった. 保 続は軽 微で. 身体 認 知や構 成 行為にも障 害は な かった.
その後・ 失 語症は か な り回 復し た が.3年如 月 後に 第2 回の卒 中 発 作が あ り, 左 片 麻 痺が生じ. 6 2 才心 不 全で死亡 し た. 病理学 的に, 左 半 球の後側 頭 動脈 領 域
に一 致してt 陳旧性 梗 塞巣が認め ら れ た.
以上, 本 例は軽症W e r nicke 失 語であ る が. 読 字.
書 字が やゝ不良で. 時 計の読みにも明ら か な障 害が認 め ら れ た.
症 例 2. 申○ 宗 ○ 郎, 6 4 才男. 右 利 き, 農 業.
病 歴 : 昭和49 年よ り高血 圧の治 療を受けて いた.
昭 和5 0 年5 月1 日頃, 便 所で倒れて いた. そ れ以後,
つじつまの合わ ない こと を云う よ うにな り, 家 族の云 うこと も分か らぬ様 子であ る が, 簡 単な問には答え る
こと ができ る. 同年6月2 日に当科に入院し た.
検 査 所 見 : 血 圧は 1 4 8/1 0 2m m Hg.神 経 学 的には右
の撞 力が や ゝ低下L て いる他は著 変ない. 内科 的には 僧帽 弁 膜 症と心 房細 動を認め た.
1 0 5
神経心理学的 所 見(6月 下 旬〜 7月 上 旬).
言 語 表現( 2 ) : 氏 名, 住 所t 生年月日 や職 業な ど は云え. 多弁 傾 向や錯語は さ ほ ど目立た ないが, ま と ま り が悪く. 表 現 力に乏しい. 絵 画説 明 (ボ ー ト) で は 「川つくって, こ こに橋か けてあ る. 舟に橋か けて あ る. ろ を… 子供 2 人に大 人1 人… 子供3 人に大 人1 人」 と述べた. 音韻変 化は ない.
喚語 (2) : 4/1 0 し か呼 称でき ず. 軽度の結 語も混 じ る. モ ー ラ数は云え ず.「 は さ み」 で ,語 頭 音を与え た が. 効 果は な かった.
言 語理解( 1) : 1 個ずつの物 品選 択は一 応でさ る が, 2 っ以上 続け る と把 持でき な く なった. 組み合わ せ た 口命も 理解でき な かった.
復唱 ( 1) : 短い単 語 (3 〜 4 音 節) な ら ほゞ可 能 だ が. そ れ以 上長い単 語ではでき ない. 短 文の復唱 も でき ない. 例, 窓が開い て いま す → 「 ま ど り がひえて いま す」.
読 字(音 読: 1.5, 読 解 : 2) : 痍 字や仮 名 単 語の 音 読。 理解は可 能, 漢 字。 仮 名ま じ りの短 文 ( 3 〜 4 文 節) の音 読。 理解は可能で , 上述の復 唱の例 文の音 読な ど も 正 し くでき た. し か し. 4 〜 5 文 節位の文 章
でも. 文 意は理 解できても, 音読で は と くに仮 名 部 分
で錯読に陥ること も あった.
音 字 ( 0.5) : 町 名と氏 名を書け るのみで, 単 語は 仮 名。漢 字ともには と ん ど全く書け な かった.し か し.
表1 失語 症 状の臨床 評 価の基 準
表 1
症状慧ヨ0( 不 能) 1 ( 高 度の障 害) 2 ( 中等 皮の障 害) 3 ( 軽 度の障害) 4(正常)
言語 表現 全 く 不 能 断 片的で, 日常 会 話 も 短文 程 度で, 表 現 力に や や長い表現も で き る が
障 害な し 著しく 困 難 乏‑しい ま と まりが悪い
喚 語 ′′ 日常 物 品の呼 称: 1 〜
3割のみ可 能 4
〜 6割は可 能 7'‑ 9 割は可 能 ′′
言 語理解 ′′ どく 簡 単な 口命や, 単
語程 度は可能 二つ続け た 口命 も 可 能 3 語ないし, 組み合わ さ れ た □命 も可能
′′
復 唱 ′′ 単語程 度ほ 可能 短文 (3 〜 4 文 節) も
ほ ぼ可能 5 文 節 文 位 も 可 能 ′/
読 字 ′′ 単 語 程 度は可 能 短 文ほ可能 や や長い文章 も 可能だ が, 長 文で障害
′′
書 字 ′′ 単 語で書け るものがあ
る 単語は 一 応 可 能 短 文でも 可 能 ′′
計 算 ′′ 1 桁の加 減 算は可 能 2桁の加 減 算も可 能 2 桁の加減乗 除が か な
り可能 ′′
図1 のよ うに字の書き出し をc u e( 辛が か り)と して与 え る と, 仮 名は少 数し かできない( 3/1 5) が. 漢 字は か な り良くでき た(8/9■).写 字は比 較 的良 好で あっ た・ 計 算 (0.5) : 暗 算だ けセな く, 筆 算も著し く不 良
で, 1桁の加減 算な ど ご く簡 単な筆 算もでき な か っ た、
その他 : 時 計の読み は不 良,マ ッチ棒によ る構 成や 平 面 図 形の模 写はでき た が. 立 方 体の模 写は不 良であ
っ た( 図8). そ の他の失 行や失 認は ないよ うに思わ れ た.
本 例は や ゝ重症で あ る が. はゞ典 型 的な W e r nicke
失 語と思わ れ る.な お,聴 覚 的理解よ り読 解の方が や ゝ 良く, 復 唱よ り音 読の方が良か っ た が, 音 字, ことに
仮 名の音 字は最も強く侵さ れて いた.
症 例 3 . 山○ 勝 ○ 弧 60 才 男, 右 利き, 漆 器業・ 病 歴 : 躁うつ病の既 往が あ る. 昭 和4 8 年7月よ り 躁 状 態」 8月 下 旬よ り軽うつ状 態と な り, 当 科に入 院 L , 抗うつ別の投 与ではゞ軽 快して いた が, 9月27 日 卒 中 発作が生じ, 失語 症が認め ら れ た.
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検 査 所 見: 血 圧は 1 4 0/94m m Hg.神 経 学 的には著 変ない, 脳 脊 髄 液 (1 0月4 日) は水 様透 明で .細 胞数
1/3, 総 蛋白60.5m g /d l.脳ス キャ ン(1 0 月 9 日) で左 中 大脳 動脈の領 域の 一 郎に眞常 集 積 像が認め ら れ た
(図2) .
神経心理 学 的 所 見 ( 昭 和4 8 年1 1 月 9 日)
言 語 表 現( 3 ) : 住 所, 氏 名, 生 年月日, 年令, 職 業な ど は云え, 簡 単な 日常 会 話は可 能だ が, 結 語が混 じ, や ゝま と ま り が患い. 患 者は言 語理解よ り表 現の 障 害を訴えて いた : ( 自 分では どこが悪い ?) 「頭で す, 打っ た わ けでもないが, L や べら れ ん よ うになっ たん です」 ( 人の話は良く分か る か) 「分か るのは分か る んです.そ れ が話をする ということ ができ んの です」 喚 語( 3) : 物 品 呼称は 7/10 位 可 能で, 用 途の説 明 も何と か可 能で あった. 例, くつ べら→ 「 そ れ はヘル です か … くつの … はて で ない です か, フベキです か」
( 何す る ものか ) 「靴の‥・こう … き ちっと入れ さ せ る」
言 語理解 (2.5 ) : 物 品の口命 指 示は 2 つ続けても 可能で, 中 等 度の□命 ( 鉛 筆を灰皿の申に入れ て・ 眼
日照 略
餅 か
Iき
亨
つ
′
祈
け 璃
オ「 い わ
図1 症例2 ( 中○) の書 取りにお け るC uing 効 果 ( 昭 和5 0.6 .28)
太字は検 者が与え た C u e の部 分で, 細 字は患 者が書いた部 分. 漢 字で は か な り C uing
効 果が認め ら れ る。
脳 梗 塞に よ る感 覚 失 語の病 像につい て ‑1 2症 例の検 討
鏡を私に渡して下さい) も 2 度 目に は正し くでき た がt P.M a rie の3 枚の紙テ ス トはでき な かっ た.
復 唱( 2 ) : a 文 節 文( 犬は速く走り ます)は可 能で ・ 4 文 節 文(時計には針が 2 本あ り ま す) も 2 度 目には ほゞでき た が, 5文 節以上にな る と 2 度 繰 返してもで き な かっ た. 例.
食 事の前には 必 ず手を洗います→ 「食 事の先には必 ず手を あ げ… あ な け ます.」 「食 事の前には必ず目をひ らい … いら し ます」.
読 字 ( 音 読 : 2.5.読 解 : 2.5) : 短 文 ( 例, 花び んのそ ばに読み か けの本が あ り ます) の音読. 理解は 可能であ る が. 数 行の文 章にな る と鍍 読が多く な り.
文 意も 理解で き な かっ た.
書 字 (1.5) : 町 名と氏 名は可能. 仮 名 単 語は か な り書け る が.
一 部に錯 語が混じ る. 漢 字の単 語は ほ と ん ど書け ない. 短 文の書 取りでは把 持が不 十 分な た め も あ り, 正し く書け ない.
計 算(3) : 暗算では 1 4 十1 9, 16 ‑ 9, 6 ×8 な ど は可能だ が,1 7 ×3 , 100 ‑ 3 4,24 ÷6 は誤っ た. な お. 1 0 日後の筆 算で は 2 桁の加 減 乗 算もでき た が,除
1 07
算は 一部に誤り が認め ら れ た.
その他 : 身体 認 知では,口命によ る左 右や手指の指 示は良い. 呼 称で は薬 指を 「 く す り く指」 と云っ た他 は正し くでき た. He ad の手眼耳テ ス トも 対面 模 倣は すべて正し く. □命も 2 度 云え ば正し くでき た.
な お, 保 続 も 軽 度であっ た.
本例は軽 症W e r nicke 失 語であ る が, 文 章の レベル
で. 音 読や聴 覚 的理解より復 唱の障 害が や ゝ目 立っ た. 1 0 日後に, 9種 類の文章で復 唱と音読を比 較し た ところ, 復 唱はすべて誤った が, 音 読は 8/9 正し くで き. 同 様の結 果であった.
症 例4. 阿 ○さ0 .68 才女, 右 利き, 主婦 病型 : 感覚 失 語十Ge r stm a n n症 状 群
病 歴 : 数 年 前よ り高 血 圧を指 摘さ れて いた. 昭 和 4 5 年1 月9 日に卒 中発 作が あ り, 話はでき た が. 呂律 が ま わ ら ない様 子であっ た. 3 日後よ り自 分で食 事を し は じ め た が, さ じ を逆さ まに待っ た りすること が あ り, 同 年1 月2 1 日当 科に入院し た.
検 査 所見 : 血 圧1 46/80 m m 口g,神 経学 的に は膝 蓋 腱 反 射が右> 左, Bab in sk i系の病 的反 射が左に認め
図2 症 例3 (山○) 発 病1 2 日後の脳スキャ ン 左中大 脳 動脈の領域に異 常 集積 像が認め ら れ る。