現代の北欧社会経済モデルの可能性
著者 阿部 望
雑誌名 明治学院大学国際学部付属研究所研究所年報 =
Annual report of the Institute for International Studies
巻 20
ページ 67‑69
発行年 2017‑10‑01
その他のタイトル The Contemporary Nordic Socio‑Economic Model
―Is It Sustainable?―
URL http://hdl.handle.net/10723/3266
現代の北欧社会経済モデルの可能性
阿 部 望
1990 年代以降、世界経済は大きな変動に巻き込まれている。その変動の根幹に位置するのは、
経済のグローバル化、ICT化、先進工業国における少子高齢化等の動きである。こうした中で、
世界、特に先進工業国の社会経済の動向に注目してみると、北欧諸国の実績が相対的に優れてい ることが理解される。こうしたコンテキストにおいて、本報告の目的は、北欧諸国に共通する
「北欧社会経済モデル」はなぜ現代の経済環境の中で相対的に優れたパフォーマンスを示せるの か、その場合そのモデルはどのような特性を持つのか、そしてそもそもそのようなモデルの特性 は現存の各種データで確認しうるのか、を明らかにすることである。なお本報告ではEU経済と の関連性を重視する立場から、デンマーク、フィンランド、スウェーデンの3カ国を北欧諸国と 呼ぶこととする。
本報告では最初に北欧3カ国の経済実績を確認し、その後北欧諸国の社会経済モデルの特徴に ついて考察する。そのモデルの特徴の考察に際しては、最初にこれまでの重要な研究成果につい て概観し、その後現代世界において北欧諸国の有する発展可能性に注目しつつその特性について 検証する。そこにおいては特にP. H. Kristensenのモデルに注目し、その特性について整理する。
そして現在利用可能なデータに基づき、Kristensen モデルが実際に存在するか否かを検証する。
この部分が本報告の中核をなす。そして最後に、北欧モデルに関連して残された重要ないくつか の問題を検討する。
はじめに北欧諸国(デンマーク、フィンランド、スウェーデン)の最近の経済実績を確認して みよう。ここでは経済実績を広義に解釈する。その理由は、本報告では持続可能な発展に注目す るからであり、したがってその場合モデルを経済面でだけではなく、広く社会経済面から観察す る必要があるからである。その意味で、経済実績を測る指標として、現在のEUで用いられてい る10カ年中期戦略としての『ヨーロッパ2020』指標を用いることとする。それは持続可能な発 展を追求するものであり、経済、環境、社会の側面を含む全部で8つの指標から構成されている。
また本報告では、EU 28カ国のうちの2000年以前の加盟国(先行加盟国)を4つのモデル(北 欧モデル、大陸モデル、アングロサクソン・モデル、地中海モデル)に区分し、各モデルごとの 平均値を求めている。
最初に就業率であるが、2005 年時点では、北欧モデルが最も高い率を示しており、次いでア ングロサクソン・モデル(イギリス)となっている。また 2015 年においては、イギリスと北欧 モデルがほぼ並んで高い就業率を示している。ここでは地中海モデルの低調さ(特に 2015 年)
が際立っている。次に、産業競争力を表す代表的な指標の一つである GDE(国内総支出)に占
めるR&D支出の比率であるが、ここでも最も大きいのは2005年と2014年の両時点で北欧モデ
ルである。2014年においては北欧3カ国のいずれも非常に高いR&D支出水準を保持しているこ
とが注目される。次いで環境面の指標である温暖化ガスの排出量であるが、ここでは 1990 年を 基準としてみた削減量が最も多いのは、2005年時点と2015年時点の両方でイギリスとなってい る。次いで多いのが北欧モデルである。また30歳~34歳層における大卒者比率を見ると、実は EU全体で非常に大きな変化がみられることがわかる。2005年には北欧モデルが際立って高い水 準を示していたが、2015 年にはイギリスの水準とほぼ同じ水準に並ぶこととなった。また地中 海モデルでもこの間大卒者比率は25.0%から34.6%へと急拡大している。最後に社会的移転後の 貧困者数を見ると、2006 年~2014 年にかけてその削減率が正であったのはイギリスのみで、他 のモデルではすべて増加している。ただし水準で見ると、2014 年時点においても、最も低い比 率は北欧モデルである。
以上で示されたように、北欧の社会経済モデルが相対的に良好なパフォーマンスを示すことが 判明したが、その理由として、本報告ではKristensenのモデルに着目し、激動する現代の経済の 中で持続可能な社会経済モデルの特徴を明記した上で、それがどの程度北欧モデルに組み込まれ ているのかを整理する。ここでKristensenモデルの特徴を整理しておくと、それは一国レベルの 特徴と企業組織の特徴の2つに区分することができる。
一国レベルでは、「実験指向型経済(Experimentalist economies)」が一つのキーワードとなる。
上記の特徴を持つ現代経済においては、人々や企業が激変する環境にうまく対応しうるよう支援 する枠組みを事前に明確に決定し、実行することは不可能である。つまり、企業の役割や企業間 の境界が不断に修正されることを余儀なくされるのである。その意味で、国家は人々や企業に絶 えざる実験を可能にするように努力する必要があるのである。それと関連した第2のキーワード は、「実行力を持つ福祉国家(Enabling welfare states)」である。「実験指向型経済」においては、
人々及び企業は各種の実験を試みることとなるが、実験にはリスクが常に伴うこととなる。そこ で人々及び企業がそうしたリスクを国家とともにシェアし、かつ繰り返し実験を実施しうるよう なサービスを国家が提供することが求められることになる。そのようなサービスを提供するのが
「実行力を持つ福祉国家」なのである。
現代経済は一国だけではなく、その企業組織にも大きな変化を求める。Kristensen によれば、
そこで求められる変化は以下の6点である。①階層的区分の水平化、②従来の自律的な機能の統 合を強化し、調整を最大化することを意図した諸ユニット間の相互浸透、③ルールに縛られない 行動の量の飛躍的拡大、④想像力に富みかつ仕事に対する感覚を持つ人々の雇用と昇進、⑤フレ キシブルな作業チーム内部及び外部でのアサインメントの移動、⑥組織内部及び外部での情報に 対するアクセスの拡張、である。
さて利用可能なデータを用いた実証的な分析の結果、北欧モデルは Kristensenが想定したよう な特性をかなりな程度有していることが確認された(調査対象となった 105 指標のうち、38 指 標で「北欧モデル」が確認された)。またそれらの特性は、EU 加盟国の中では北欧 3 カ国とオ ランダでかなり高いレベルで共有されていることが判明した。その意味では、EU の枠内で北欧 モデルは他のモデルとは区別される形で存在するといってよいであろう。ただし、北欧モデルは、
もちろん持続可能な発展の観点から、必ずしも望ましい特性のみを有しているわけではないこと も事実である。今後これらの好ましくない要素がどのように展開していくかに注目する必要があ
るであろう。
それともう一つ重要な点は、時間とともに北欧モデルが変質しているという事実である。本報 告が確認した2008年時点と2013年時点では、EU内における北欧モデルの優位性がかなりな程 度減じていることが明らかとなった。これは北欧モデルのパフォーマンスが絶対的に低下したと いうよりも、他のEU諸国のパフォーマンスが相対的に向上したと解釈しうるであろう。
いずれにしても、北欧モデルは現代の激動する世界経済の中で持続可能な発展の可能性を秘め ていること、そしてそれを中期・長期にわたって維持していくためには、さらなるモデルの転換 をも視野に入れておく必要があることを強調しておきたい。