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「文革の再来」に関する考察 ―ネット空間とリアル空間の相乗効果による

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ICCS Journal of Modern Chinese Studies Vol.7 (2) 2014

「文革の再来」に関する考察

―ネット空間とリアル空間の相乗効果による 公共性の構造転換と民主化のために―

劉燕子

一.状況の認識と課題の設定―文革の「呪縛」

を解きほぐすために

マルクスは『ルイ・ボナパルトのブリュメ ール一八日』でヘーゲルを引き世界史の大事 件や大人物は、初めは悲劇、次は茶番として 現れると述べた*1。ところがプロレタリア文 化大革命の場合、その再来が指摘されている が、茶番どころか、ますます悲劇の度を増し ている。確かに、文革は改革開放の進展で過 去になったかのように見えたが、根深く存続 し、まさに「あらゆる死んだ世代の伝統が、

生きている人間の頭のうえに悪魔のようにの しかか」り*2、「現代中国を呪縛し続け」て いる*3

文革の再来は、既に胡錦濤政権の時期にチ ベットなど少数民族地区で指摘されていたが

*4、習近平政権となり全面的に広がった。二

〇一三年一月二七日付「インターナショナ ル・ニューヨーク・タイムズ」(「ニューヨ ーク・タイムズ」傘下の国際紙)の評論記事 は「多くの人々が文革の再来に恐怖を抱いて いる」と論じた。

習近平は演説で「中国の夢(中華民族の偉 大な復興)」を連呼しつつ毛沢東を幾度も引 用し、「労働者階級」や「群衆路線」など死 語となっていた用語を復活させた。全国で押 し進められる「反腐敗」や「反浪費」のキャ ンペーン、それに対置した「偉大な共産主義

の戦士」雷鋒(命さえ惜しまず人民に奉仕し たとされるが異論がある)の称揚は、毛沢東 時代の政治運動に引き写しだと言われてい る。

ただし、それはあくまでも指導体制の枠内 に止められている。重慶で文革式の政治運動 を進め人気を博していた薄熙来は、英国人実 業家ニール・ヘイウッドの変死、腹心の王立 軍のアメリカ総領事館駆け込み(亡命未遂)

を契機に拘束され、失脚した(二〇一三年十 月に無期懲役の判決確定)。これは胡錦濤か ら習近平への権力の移行過程における権力闘 争の一つであり、勝利者のみ文革方式を使え るのである。体制から見れば、薄熙来の手法 は極左であり、その支持者は毛沢東左派(毛 左)とされる。

さらに、勝利した権力者でも、その使い方 が過剰にならないように注意しなければなら ない。そこには敏感な問題があるためである。

文革は一九八一年に中国共産党中央委員会に おいて採択された「建国以来の党の若干の歴 史問題についての決議(歴史決議)」により 否定されており、それを公式に持ち出すこと はできない。ただし、文革を彷彿とさせる方 式を使えば、かつて共産党が勢い盛んで社会 は平等であったという懐古主義や毛沢東のカ リスマ的絶対的な権威が利用できる。確かに、

文革では三大差別(都市・農村の差別、工業・

農業の差別、頭脳労働・肉体労働の差別)の 論文

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撤廃や「大民主(大鳴、大放、大字報、大弁 論)」が提唱されていた。しかし、これが格 差が拡大した現状や腐敗汚職が止まらない現 政権の対比や批判に転じてはならない。

類似した問題は、二〇一二年九月、尖閣諸 島(釣魚島)の国有化に端を発した反日デモ の拡大と、それへの取締りにも認められる。

反日デモは中国で許容される唯一の示威行為 だが、そこで毛沢東の肖像が数多く掲げられ た。表面的には日本に反対しながら、その裏 には中国政府への不満や批難が内包されてい る。街頭に現れた「釣魚島は中国のもの、薄 熙来は人民のもの」というプラカードは、薄 熙来を失脚させた体制への批判と反日デモの 連関を端的に示している。

香港の古思堯の行動も同様である。彼は二

〇一一年九月、中国の国旗を燃やし一党独裁 に抗議したが、翌年八月十五日に尖閣諸島に 上陸した。ここには現体制への憤懣と過去の 戦争の怨念が密接に絡みあい、反日と反体制 が結合している。「すべての真の歴史は現代 の歴史である」の如く、歴史が鋭く現代に関 わってくるのである*5

このため、中国政府は反日デモを利用しつ つ、その矛先が自分に向けられるのを恐れ、

拡大を押さえつけるというマッチポンプ式に 動いた。学校を通して学生が動員されたが、

親たちはやり過ぎてはいけないとあらかじめ 注意を与えるという情報はいくつもあり、こ れは狭隘な実証主義では見過ごされるが、中 国政府の対処と表裏をなすものとして軽視す べきではない。

このような動勢において統制が強化されて いる。二〇一三年五月初旬、中国共産党は大 学教員に「学生に話してはならない」七項目

(七不講)を機密扱いで通達した。それは普 遍的価値、報道の自由、公民社会(中国語の 公民の意味は市民に近いが公共性に関わり公 民を使う)、公民の権利、党の歴史の誤り(共 産党政権の正統性に関わる)、権貴(特権貴

族的)資産階級、司法の独立に関わる内容で、

機密であったがネットで暴露された(その後、

削除や投稿が繰り返された)。その中で「こ れほど直接かつ具体的に干渉するのは近年で は初めてで、これでは大学と言えない」、「余 りにも古くさい禁令で、却って現体制の問題 を示している」などの発言が投稿された。

九月中旬には、最高法院と最高検察院が連 名で「デマが五百回転送、或いは五千回読ま れた場合、発信者は三年以下の懲役など科さ れる可能性がある」と発表した。そして一七 日、甘粛省張家川回族県で、未成年の中学三 年生の少年がツイートで逮捕された。これに 対して「最年少の政治犯を支援しよう」など の書き込みがネットに殺到し、また同県の共 産党幹部の汚職疑惑など次々と暴露され、窮 地に立たされた地元当局は二三日、少年を釈 放した。

これはネット空間(上網)とリアル空間(上 街)の連動による成果である。それは一例で あり、近年ミニブログ(ウェイボー)などで ネット市民が言論空間を拡大し*6、社会問題、

歴史の真相、腐敗汚職などの具体的な情報を 短時間で拡散させ、世論を動かすようになっ ている。その中で、影響力のある者はニュー・

オピニオン・リーダーと呼ばれているが、当 局に危険視されている。実際、秦火火(本名 は秦志暉)、立二折四(本名は楊宇秀)、薛 蛮子(本名は薛必群、ベンチャー企業やNG Oに資金提供する個人投資家、慈善家)たち が「群衆の摘発」により逮捕されるや、CC TVのニュースで全国に放送された。特に八 月に買春で逮捕された薛蛮子の場合、連日、

必ず彼がネットの著名人であるとことわった 上で、道徳的人格的に低劣であると激越な表 現で非難した。「群衆の摘発」から見せしめ

(示衆)の糾弾まで、まさに文革方式である。

このように状況は複雑であり、しかも広大 な中国では具体例を挙げれば枚挙に暇がな く、それらが様々に錯綜し、絡みあい、一層

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複雑になっているが、本質的な次元では文革 的な政治体質が今も存続し、またそれへの抵 抗が根強く繰り返されている。それ故、多重 に錯綜する状況に惑わされず、かつ敏感で微 妙な点も慎重に吟味しつつ、全体を見渡して 本質を考究しなければならない。これが小論 の課題である。そのために、まず治安部門で 重要な位置を占める「国保(グォバォ、国内 安全保衛総隊の略称)」を取りあげ、次に統 制の強化は危機の深刻化と表裏一体をなして いることを論じ、それを転換すべく改革や民 主化に取り組む諸実践の意義を提出し、課題 の解決を示す。

二.「国保(グォバォ)」と「安定維持産業」

統制強化は体制の危機の深まりのためでも ある。続発する抗議デモや暴動を抑え込むた め「維穏(安定維持)」の予算は増額の一途 をたどり、二〇一一年の予算では、治安維持 を主目的とした公共安全費は七兆八千億円 で、国防費の七兆五千億円を超えた。一般の 警察に加えて、武装警察や特殊警察が増強さ れ、街頭に装甲車を走らせ、空中ではヘリコ プターを旋回させながら「和諧(調和)社会」

や「中国の夢」を説くという荒唐無稽な状況 が現れた。その中で「国保」は、警察、国家 安全部門、軍隊を含めた中国の治安体制の中 軸的な機関となった。

巨額な予算のため、「安定維持」は政治の みならず、経済にも大きな意味を持つように なった。つまり、国防費を上まわる予算の配 分をめぐり、政治家や官僚は駆け引きを繰り 広げ、そこに「安定維持ビジネス」が絡まり、

謂わば「安定維持産業」が誕生し、いくつか の巨大な親企業が傘下の中小企業に仕事を配 分している。フランチャイズ・システム方式 も現れ、「安定維持」のチェーン店が全国展 開しているとさえ言える。

これらはリアル空間であり、次にネット空 間について言えば、グレート・ファイアウォ ール(GFW、中国のネット検閲システム)、

ネット警察、ネット評論員(五毛党*7)など 総動員し、監視、摘発、世論操作などを行っ ている。そのために絶えず新たな技術が開発 され、ソフトはバージョン・アップされてい る。

そして、治安当局が民間警備会社に仕事を 請け負わせ、それが中小企業に配分され、末 端では臨時雇いの要員に割り振られている。

このようにして、街頭では警官が「親方」に なり、非正規雇用の「協警(協力警察)」、

「二警(第二警察)」と称される要員をかき 集めて、配置している。それはまた、リスト ラされた労働者や就職できない卒業生などへ の失業対策として雇用を創出しているという 側面もある。

これを通して巨額な資金が貪欲な私腹に吸 い込まれているとも語られている。欲望は止 まるところを知らず、何もなくても、不安定 であると見せるために、「国家政権転覆」の 企みなどをでっち上げ、「まさに不安定な要 因である」と上申して、予算を獲得するので ある。共産党体制において資本の価値増殖過 程が進行している。

こうして「安定維持」の利権に群がる者た ちは増える一方で、一人を見張るために八人 も配置して、二四時間三交代制で勤務してい るというところまである。しかし、当然のこ とながら、誰も本心では仕事に忠実ではなく、

士気は低く、効率も悪い。

また、たとえいくら巨額でも、予算には限 りがある。これを他よりも早く確保するため に、なりふり構わず、謂わば電光石火の早業 の如く容疑者を作り出し、これができなけれ ば、「芽のうちに摘み取る」と、思いつく限 りの「理由」を案出して要求する。それが様々 な治安部門から先を争い矢継ぎ早の勢いで出 されるため、無実の人たちを陥れる冤罪事件

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が多発し、これにより被害者だけでなく、不 当な差別や偏見で苦しむ人々が、その何倍も 生み出され、新たな「アンタッチャブル」が 作り出されていく。その中で迫害される者が、

さらに弱い者を迫害するという迫害の多重構 造さえ現出する。

他方、無闇に弱い立場の市民に暴力を振る う要員もいるため、市民の不平不満が鬱積し、

いつ噴出するか分からないような険悪な状況 になる。ところが、だからこそ「安定維持」

が必要だと、さらに予算を要求し、弾圧のた めの要員を増やすという悪循環が進行する。

このような状況において、国内の治安を担 当する「国保」と対外的な国家安全部(国安)

は「危険人物」に関わる予算を競い、内輪も めをすることさえある*8。類似した治安機関 同士の醜悪な利権争いである。その中で、治 安権限を一手に掌握する「政法委員会」は、

警察の「国保」部門の力を使い、各地に「維 穏弁(安定維持統括事務所)」を設置し、治 安維持の全般に渡り、勢力を拡大している。

こうして「国保」は、今や旧ソ連のゲーペー ウーに匹敵する組織となっていると言われて いる。しかも「国安」は、政法委員会が後ろ 盾となっている「国保」に手出しができず、

ただ手をこまねいて見守るだけであり、この ため、「国保」は横暴になり、その傍若無人 ぶりに、社会の憤懣や怨嗟はつのり、悪循環 に拍車をかけている。

これこそ「国家の安全と共産党政権を直接 脅かすものとなっている」と、国安の官僚さ え嘆かせ、しかも、それがアメリカに本部を 置くウェブサイト「博訊」に掲載された。た だし、それは利権が他人の手に落ちることへ の不満やお互いが信頼できないための疑心暗 鬼によるものと指摘されている。

この実状について『遭遇警察―中国維権第 一線親歴故事―』(徐友漁、華澤編、開放出 版社、香港、二〇一二年)は、中国が毛沢東 の「階級闘争」時代から胡錦濤の「警察国家」

へと「転換」したことを、二二名の実体験に 基づく証言により明らかにしている。かつて、

イタリア共産党の創設者の一人で、ファシス ト政権により投獄されたアントニオ・グラム シは「新君主論」で「党の警察機能」は「進 歩的にも反動的にもなりうる」が、後者の場 合「党はたんなる執行者にすぎず、解放者で はない。そのとき党は、技術的には、一個の 警察機関と化し、その『政党』の名は、神話 的比喩にすぎなくなる」と述べた*9。これが まさに中国で現象しており、それ故、ネット 空間では「神話的比喩」の具体化たる風刺や パロディで溢れているのである。

三.危機の深刻化(潰敗)に対する民主化の

「土づくり」、「地力」の活性化

現状の肯定的な見方もあることは確かであ り、改革と民主化を考える上で見過ごすべき ではない。唐亮は、毛沢東を頂点とした「全 体主義」から「多元的な利益や考えが許容さ れる」ような「権威主義」の段階に至ってい るという認識を提出している*10。そして彼は、

民主化に関して、大別して①共産党主導によ る上からの民主化、②共産党の内部分裂によ る民主化、③経済成長、市民社会の形成、要 求の多様化(特に自由権の要求)という下か らの民主化が考えられ、①や②の上からの民 主化が可能であると論じる*11

ただし、民主化の推移を検討すると、そこ には「高揚期」や「低調期」*12などがあり、

そのプロセスは一様ではなく、前進後退や紆 余曲折が複雑に絡みあっている。実際、天安 門民主化運動が鎮圧されても、一九九〇年に 中国自由民主党(胡石根、王天成たち)、九 五年に中国自由民主党(同名だが異なり、周 鴻陵たち)、九八年に中国民主党(徐文立、

王有才たち)が結成されたが、そのたびに潰 滅させられた。しかし、それを撥ね除ける強

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靱な力により「〇八憲章」が発表され、「新 公民運動」が展開したのである。

胡錦濤政権の「調和社会」や習近平政権の

「中国の夢」のスローガンの下で文革の再来 と称されるほど抑圧が強められている。中国 はGDPで日本を抜き、世界第二位の経済大 国となったと謳歌しても、政治的には極めて 遅れた後進国と言わざるを得ない。市場経済 化によるある程度の経済的な自由でさえ、

様々な利権が専制体制を強化している側面が ある。「維穏(安定維持)」という官製用語 が日常的に連呼されているが、それは、強権 的に生活や生存さえ脅かされた民衆が最後に 捨て身で起こす暴動や騒乱が各地で続発して いるためである。「維穏」を強調しなければ ならないほど、現状は不穏であり、それに乗 じて「安定維持産業」が増殖している。

それ故、改革どころか、問題はますます深 刻化しているという認識も出されている。高 橋伸夫は「現実の中国の『市民社会』は『権 威主義的モデル』からも離れて、あるいはそ れに抗して作動」し、そこから「アナキック な状況が亢進し、それを普段は非政治的だが、

ときに過政治化した大衆が起こすラディカル な運動(その多くは愛国主義的なものであろ う)の大波が襲う」と指摘し、「権威主義的 な未来も民主主義的な未来もともに描きに く」いと問題提起している*13。確かに、数千 年の東洋的専制(皇帝や朝廷)が一党独裁(主 席や中央委員会)と形態を変え、それが集団 指導体制になっても、本質は変わらず、むし ろ暴力が社会の奥底にまで根づいてしまい、

このために強権支配が崩れると、その反動で

「民」は「暴民」になるという危険性は軽視 できない。実際、文革において毛沢東が「人 民」に「造反有理」を呼びかけるや否や各セ クトの内ゲバが激化した歴史があり、今や文 革の再来が現象している。

さらに、清華大学の孫立平は、現在の社会 的な矛盾や衝突、群衆の突発的事件など様々

な問題を踏まえ、「中国社会は大激震だけで なく、それ以上の危険に直面している。つま り、最大の危険は大激震ではなく、潰敗(ク ェイバイ)である。前者は深刻な社会的衝突 により引き起こされる現政権や政治制度の基 本的枠組みへの脅威であり、後者は社会を有 機的に構成する細胞の壊死である。人間に例 えれば、前者は健康な身体への殴打による外 傷であるが、後者は生体の細胞組織が蝕まれ る内傷である」と指摘し、「中国社会はまさ に潰敗に向かって加速して」いることを認識 すべきだと論じた*14。この「潰敗」は「崩壊」

に似ているが、本質的には異なり、不摂生、

過労、ストレスなどによる「内傷」、生体が 爛れ崩れる「潰爛」、「壊死」などを内包す る。彼はこれを援用して、社会的なアイデン ティティや求心力が流失し、改革は徹底され ず、革命は勃発せず、問題は鬱積し、人心は 荒廃し、危機が深まり、国家が内側から潰え、

滅んでいくと問題提起したのである。

そして、辻康吾は、孫立平の議論を踏まえ、

この問題は「今更のことではなく、かねてか ら中国社会に存在して」おり、中国共産党が 村落共同体、同郷組織、宗族などの伝統的な

「内発的秩序」を「丹念に潰し、党支配を社 会の末端、さらには家庭の中にまで貫徹して」

きたが、その党が独裁体制で腐敗し、しかも 異論を悉く潰すため「替わるべき有効な秩序 システムは確立され」ず、これにより「潰敗」

が加速化してると論じる*15。また在日台湾人 医師の林建良も「中国国内の状況はガン細胞 のモザイク現象そのものだ」と指摘している

*16。そのスタンスは異なるが問題意識は共通 している。

以上から、自然環境は利益優先の開発で汚 染・破壊され、社会環境は止めどなく腐敗し、

格差の拡大、官民の対立、生存権や社会権の 圧殺、暴動や騒乱などで蝕まれ、道徳や倫理 は省みられず、希望は見出せないため人心は 荒廃しているという現状認識を導き出さざる

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を得ない。「官二代(世襲官僚)」や「富二 代(世襲富裕層)」の海外脱出は、そのため である。

そして、自然、社会、心理まで包含した環 境全般のレベルまで問題が重大化しているこ とから、その解決も根本的かつ長期的になら ざるを得ないことが分かる。この包括的・根 本的・長期的な解決のために、ネット空間と リアル空間の相乗効果を手がかり(梃子)に した草の根の民衆のエネルギーによるボトム アップの根底的な民主化が求められる。

確かに、これは政治改革のように劇的な変 化としては現れないだろう。しかし、社会の 隅々に浸食する「潰敗」に対しては、その基 盤たる環境全体を改良し、構造を根本的に転 換しなければならない。ここで孫立平が病理 学を援用した現状分析を環境に即して換言す れば、汚染・破壊された大地の土壌改良、社 会的環境の質的な向上、諸個人の諦念や傍観 を乗り越える覚醒などが挙げられ、それは言 わば民主化の「土づくり」*17、「地力」の活 性化である。ガンにまで喩えられる重篤な「潰 敗」の進行を止め、回復へと転じる展望は、

ここに見出せると考える。

四.「新公民運動」

二〇〇八年一二月九日に中国の改革を提唱 した「〇八憲章」がネットで発表され、主要 起草者の劉暁波はその前夜に逮捕されても、

翌年ノーベル平和賞を受賞するなど、国際的 に評価されたが、逆に共産党政府は統制を強 化した。しかし、これに挫けず「新公民運動」

が二〇一二年から起こり、ネットを通して急 速に拡大した。それは共産党一党体制への反 対を打ち出した「〇八憲章」とは異なるかた ちで、体制の枠内で改革を求める穏健な運動 であった。組織もリーダーもないネットワー クとして展開した。特に、憲法(一九八二年 公布)第三五条に明記されている「中国公民

は、言論、出版、集会、結社、行進、及び示 威の自由を有す」に立脚し、その実現を求め た。

この運動の名付け親で、中心的存在たる法 学者の許志永は、以前から人権擁護で活動し ていた。二〇〇三年三月、中華人民共和国居 民身分証を持っていた大卒青年の孫志剛が暫 住証がないという理由で検挙され収容所内で 撲殺された時(孫志剛事件)、許志永(北京 郵電大学)は兪江(華中科技大学)や騰彪(中 国政法大学)とともに苛酷な収容制度を全国 人民代表大会に告発した。この事件は被害者 が農民ではなく学卒であることと相まって、

広く注目され、批判が巻き起こり、制度は廃 止された。

しかし、兪江たちが結成した人権擁護団体

「公盟」は二〇〇九年に活動停止を余儀なく され、また騰彪は大学を追われ、弁護士資格 を剥奪された。許志永は孤軍奮闘の如く、不 平等な教育制度の是正や政府高官の資産公開 を軸に「新公民運動」を展開したが、すぐに 弾圧された。三月に中心的な役割を果す張宝 成、袁冬、馬新立が拘束されるや関係者が次々 に拘束され、七月には許志永まで拘束された。

憲法の保障することを求めて集まっただけ で、公共秩序騒乱罪とされたのである。しか も、その場にいた者は異口同音に「平和的に 行われ、混乱も交通渋滞も起きなかった」と 証言した。しかし審理では全く無視され、二

〇一四年一月二六日、懲役四年の実刑判決が 下された。

法廷では、不公正な裁判手続きに抗議して、

許志永と弁護士はずっと沈黙し続け、最後に、

許志永は用意した「自由、公義、愛のため」

と題する陳述を読み上げ始めたが中止させら れた。その要旨は、次の通りである。

不平等な教育制度の是正や政府高官の資産 公開を求める活動を公共秩序騒乱として起訴 することは、表面的には公民の言論の自由と 公共秩序の境界という問題に見えるが、実は

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憲法の保障する公民の権利に関わり、その根 底には深い恐怖がある。裁判を公開し、傍聴 を自由にすれば、私の名前がネットに出て、

来たるべき自由な社会に衆目が向くことに恐 れを抱いている。我々は臣民でも、順民でも、

愚民でも、暴民でもなく、国家の主人公であ る。公民としての権利の実現を謳う世界人権 宣言と中華人民共和国憲法に規定された選挙 権、言論の自由、信教の自由などは神聖な権 利であり、ただの紙きれではない。自由、公 義、愛は我々の核心的な価値であり、行動の 指針である。公民のグループは、公民として の立場、民主憲政、自由、公義、愛を共通理 念としており、独裁体制の組織にはならない。

リーダーや等級、命令と服従、紀律と賞罰な どなく、完全に自発的で自由な公民の連合で ある。

このような陳述が中断されたのである。さ らに、裁判所の周辺で彼の釈放を訴えた支持 者は拘束され、また判決後、彼の弁護士はジ ャーナリストの取材を妨げられて警察車両に 乗せられた。そのなり振り構わぬ取締りは、

本質において粛清であり、だからこそ文革の 再来と称されるのである。

しかし、新公民運動は途絶えていない。ネ ットを通した寄付、オークション、通販など を利用し、その収益を、出稼ぎ労働者(農民 工)の人権擁護や言論のために投獄された活 動家や弁護士の家族を支援する「冬季谷倉(冬 の穀倉)」の活動もあり、粘り強く続いてい る。

これは二〇一一年、ニュー・オピニオン・

リーダーの一人、冉雲飛*18の逮捕に際し、肉 唐僧(ペンネーム)が発起した。一元でも寄 付すれば「党員」になれとして、「善意の一 元」の「送飯党」と呼ばれる。小さな金額を 多くの人々から集め、大金の寄付は受けない。

「党」を標榜するが、「脱中心」、「脱組織」、

自治、民間ビジネスのルールの尊重を基本理 念としたネットワークである。

そして二〇一三年から作家の野夫(ドイツ 在住)たちのコーディネートで、「新公民運 動」の一つとして広がった。一年間で約十万 人が参加し、十家族を支援した(一家族に二 年分の生活費として十二万元=約二百万円を 支給)。その中で「謝謝」と書かれた一枚一 元(約十七円)のステッカーは六六時間で十 二万枚を完売した。これはあくまでもネット 上の買い物であるため、当局は取締りにくい。

ネット空間とリアル空間を効果的に連動させ た活動スタイルと言える。

五.ネット空間とリアル空間の相乗効果を通 した民主化の可能性

劉暁波は二〇〇六年に「諸権利を非暴力で 擁護する運動は、政権奪取を目標として追求 せず、尊厳をもって生きられるヒューマニズ ム社会の建設に努力する。即ち、愚昧かつ怯 懦で、使役に甘んずる“民”の生存方式を改 変し、独立精神のある公民社会を拡張する」

と提起した*19。これはいかに政権が変わって も、「民」が権力、利権、「権貴」を崇めて 服する「権」の「秩序維持」や「構造」は変 わらない「中華世界」*20に対する根本的な転 換を意味した。「潰敗」から改革、民主化へ の転換を考えるために重要である。

さらに翌年、劉暁波は「六四問題をいかに 解決するかは、中国が平和裡に民主国家に転 換できるかどうか、という巨大な公共の利益 に直接関係している」と表明した*21。文革の 終息後、改革開放で進んだ民主化が天安門事 件で武力鎮圧されるが、それに屈せず民主化 を求め続け、「権」ではなく、「民」に立脚 した「公共」を確立しようという表明であり、

ユルゲン・ハバマスに倣えば「公共性の構造 転換」*22である。

しかも、劉暁波は論じるだけでなく、これ を中国で実現すべく「勇気をもって実行する という公民の精神」をもって「〇八憲章」を

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起草した。それは「中国の未来の運命を決定 する歴史的分岐点」において、「名君」や「清 官」に頼る「臣民意識を払いのけ」、「権利 を基本とし、参与を責任とする公民意識を発 揮し、自由を実践し、自ら民主を行使し、法 治を尊重することこそ、中国の根本的な活路 である」との認識に立ち、自由、人権、平等、

共和、民主、憲政の基本理念を提唱した。そ して前記「公民社会」、「公民の精神」、「公 民意識」に加えて「覚醒した中国の公民」、

「公民の自由」、「公民の権利」、「公民教 育」など「公民」が鍵概念とされている点は

*23、ハバマスの「市民的公共性」に通じる。

これは「〇八憲章」には普遍的な価値に立 脚した潜在力が秘められていたことを意味し ている。だからこそ、「私には敵はいない」

と非暴力に徹しても、劉暁波は「権」の暴力 により逮捕されたのである。しかし「〇八憲 章」が内包する力は抑えきれず、十二月九日 に公表されるや、賛同や支持が瞬く間に広が った。最初の署名者は三〇三名であったが、

多方面から次々に署名者が現れ、厳重な封鎖 の下でも、二年足らずの二〇一〇年一〇月の 第二三次名簿では一二・一〇八名に上った。

まさに「覚醒」した「勇気」ある「公民」が 増えており、中国における市民社会の萌芽と 見なすことができる。

これは、一党体制の改革、革命、崩壊など に関わらず、体制転換が「軟着陸(ソフトラ ンディング)」となるためには重要である。

何故なら、受け皿となるべき民主的な諸制度 は、それを担い得る自立した「公民」が多方 面で必要であるためである。自由と自己中心 主義は異なり、公共性に則り自分の自由だけ でなく、他者の自由も尊重できるための知見 と力量が求められる。

この点で、及川淳子が提起する「権利意識 の向上」、「メディア、特にインターネット を活用した言論空間の拡充」、「公共知識人」

の貢献、これらに呼応した中国共産党と政府

の改革という四つの要素による「複合力」が 重要である*24。これを踏まえ、小論では、言 論の自由や民主化を求める諸活動がヴァーチ ャルなネット空間と街頭などのリアル空間で 呼応、共鳴、共振して創出する相乗効果に注 目し、実際の具体的な事例(ケース)に即し て検証し、これを通して「構造転換」や民主 化の現実的可能性について論じる。これは、

「潰敗」という危機の深刻さを踏まえると、

まさに喫緊かつ重要な課題であると言える。

六.高度情報社会における非暴力の「武器」

としてのインターネット

ハバマスは新聞などジャーナリズムの発展 を通した貴顕や官府の公共性から市民的公共 性への「公共性の構造転換」を西洋社会思想 史的に論じた。現代中国において、劉暁波は インターネットは非暴力の「武器」であり、

言論の自由こそ「中国の安定的転換を可能に」

し、また「未来の自由な中国は民間にある」

と実践的に提起した*25。この「民間」とは「権」

や「官」に対する「民」であり(日本の民間 活力の活用などの民間とは識別)、まさに中 国おける「公共性の構造転換」による市民的 公共性が明示されている。このような「民」

による草の根の民主主義にこそ、「潰敗」を 阻止し、「安定的転換」により中国を再建す る「活路」がある。

実際、厳重な言論統制下でも、ネット空間 では統制の間隙を縫って言論の自由が拡大 し、言論空間に影響を及ぼしている。絶えず 統制が強められ、一進一退のせめぎ合いを繰 り返しているが、自由への希求は抑えきれな い。

ネット空間では情報が瞬時に拡散するた め、一度発信された情報を完全に封じること は困難である。二〇一二年末現在、中国版S NSのウェイボー(微博)のユーザーは三億 人を超え、その内の六五%以上は携帯端末か

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ら利用しており、いつでも、どこでも情報を 入手し、また伝達・共有できる状態にある。

中国には新浪、テンセント、SOHU、網易 の四大ポータルサイトがあるが、最初に二〇

〇九年からウェイボーのサービスを始めた新 浪だけでも三億人以上(四つのうち最大)の ユーザーを擁している。この規模で情報が迅 速に拡散する場合、その影響力は極めて大き い。

さらに、ウェイボー(微博)の機能を発展 させた「長微博」は一四〇字より長いテキス トだけでなく映像も伝達でき、そのためマス メディアの中には報道できない内容をウェイ ボーで発信する時もある。また、リツイート

(他のユーザーのツイートをそのままで、あ るいはコメントを付けてツイートすること)

などのマルチチャンネル機能も高まってお り、情報の伝播・共有機能は極めて高まって いる。

先述したように「デマ」を理由にウェイボ ーの処罰が厳しくされたが、これに代わって 携帯電話のチャットサービス「微信」が使わ れ、それとウェイボーやメールが組み合わさ れている。確かに、政府機関、マスメディア、

企業、著名人などのアカウントには膨大なフ ォロワーがおり、トップダウンの伝達機能を 果たしているが、ただし、突発的な事件や事 故が起きると、それが短時間で広範囲に拡散 する媒体(メディア)ともなる。

このようなせめぎ合いの中で、ネット空間 における議論が展開すると、それがリアル空 間にまで影響を及ぼすようになる。まさにソ ーシャル・メディアと呼ばれるとおり、SN Sはネット空間とリアル空間を連結してお り、高度情報社会においてますます重要な役 割を果たしている。

とは言え、「公民記者(市民ジャーナリス ト)」の莫之許が「千万回も叫んだとしても、

街頭で一度立つことには比べられない(千呼 万喚、不如街頭一站)」という現実もある*26

しかし見方を変えれば、ネット空間の言論が リアル空間に飛び出すような段階に至ってい るとも捉えられる。それが、いつ、どのよう に起きるかは確定できないが、市民的公共性 と自由に覚醒した「網民(ネット市民)」に よる民主化の「地力」は強まりつつあるとい う可能性は否定できない。このような意味で、

ネット空間とリアル空間の相乗効果による民 主化を考える意義は大きいと言える。

それでは、次に具体的な事例に即して、こ の相乗効果について述べていく。具体例を考 察するのは、民主化は、市民、「網民」一人 一人の個別的で具体的な言論と実践が集積さ れてこそ実現できると考えるからである。

七.相互支援のスパイラル―陳光誠の奇跡的 な脱出をめぐり―

盲目の人権活動家の陳光誠は、二〇一二年 四月、厳重な監視をかいくぐり、奇跡的な脱 出を成功させて国際社会を驚愕させたが、こ れもリアル空間とネット空間の相乗効果の成 果である。それは奇跡的と言えるが、決して 偶然ではなく、陳光誠を軸とした無数の長年 にわたる粘り強い努力が、これを可能とした のである。

陳光誠の支援者の多くは一般の市民や「網 民」であり、各自が多様なネットワークで繋 がり、支援の輪を広げてきた。例えば、リア ル空間では陳光誠の似顔絵に「FREE CGC(彼 の名のアルファベット頭文字)」と付記した シールを車に貼ることや、彼と同じようなサ ングラスをかけることが呼びかけられ、その 写真がウェイボーやサイトにアップされ、

次々に転送され、それは市民としての自由を 求める運動の新機軸だと高く評価された。そ の過程で、支援者もまた、陳光誠の地道で着 実な努力や、目が見えなくとも、また投獄・

軟禁でも屈しない強靱な精神に励まされた。

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それは各々の立場で支援しあう相互支援であ った。

ここで陳光誠について述べると、彼は独学 で法律を学び、二〇〇〇年には郷里の村民を 組織し、製紙工場の水質汚染を止めさせる嘆 願を実現し、二〇〇三年には北京の地下鉄が 法律上は障害者無償を謳っているにもかかわ らず料金を徴収していることを訴えて、勝訴 した。当局が必至にボトムアップ型の言論や 街頭行動を抑え込もうとしても、これらの成 果を獲得したことは、彼の実践力を示してい る。

陳光誠は他の人権活動でも活躍し、「裸足 の医者(かつて最低限の医学教育を受け農山 村で医療を担った医師)」に倣い、「裸足の 弁護士」と呼ばれるようになった。しかし、

彼の存在が高まり、活動が国策たる「計画生 育(一人っ子政策)」の強制的な妊娠中絶や 不妊手術に及ぶと、彼は投獄され、釈放後も 厳重な自宅軟禁に置かれた。

しかし、彼はわずかなチャンスを生かして 二〇一二年四月二二日に脱出し、当局が総力 を挙げた追跡と幾重もの包囲を突破して北京 のアメリカ大使館に駆け込んだ。そして米中 の交渉を経て渡米し、ニューヨーク大学で学 ぶようになった。これもまた支援され、かつ 支援者たちを励ます相互支援であった。

私は、同年七月末に大学構内で、彼に幾度 かインタビューした。彼は何事にも前向きに、

かつ知行合一で受けとめており、だからこそ 信頼や支持を得られてきたことが確認でき た。彼は「視力障がいのある者が声を出すこ とを、当局は恐れる。ハンディ・キャップの ある者が立ち上がれば、そうでない者はまし て、となるからだ。私は絶えず声をあげ続け る」、「民衆の力による変化があるだろう。

今でも竹の子のように出ている。地下にはも っとある。春の雨が降ればどんどん出てく る」、「ぼくたちは恩賜を待つのではなく、

努力して獲得するのだ。本来あったものを、

取り戻すのだ。党によるのではなく、民衆の 力による変化があるだろう」などと語った。

ここには普遍的価値に立脚した独立精神が 認められる。それは、後述するパウロ・フレ イレの思想に通じるだけでなく、アウシュヴ ィッツを生き抜いた実存主義心理学者、ビク トル・フランクルが提出した態度価値、体験 価値、創造価値*27を総合したものを想起させ た。

次に支援活動の中心的な存在で、奇跡の脱 出でも重要な役割を果たした何培蓉について 述べる。彼女は元英語教師で、「網上網下(ネ ットの内外)」で「珍珠(真珠)」や「女侠」

と呼ばれて活躍している。

彼女は、自由や民主の理想を持っているが、

「伝統的概念の民主人士」ではないと自認紙、

次のように提起する*28。陳光誠の脱出は中国 を市民社会へと一歩進ませたが、それにより 民主化が実現するなどとは考えていない。本 来、市民的自由に基づく民主化とは、声高に 檄を飛ばす政治運動でも、政治的なショーで もなく、一人一人が低いコストやリスクで、

多面的に、新鮮で、自由に、面白く、オリジ ナルな方法で権利や要求を表明するものであ る。例えば、彼女は「国保」から「陳光誠の 支援で山東省に行くと安全は保証しない」と 言われたが、行くたびに(計六回)、「安全 に帰れましたよ」と「挨拶」した。

これまでは一党独裁か民主主義かなど白か 黒かの二者択一しかなく、広範囲に数多くあ る選択肢を狭めてきた。しかし、民主化の達 成には妥協のプロセスが不可欠である。民主 化では理想を目指すが、空理空論や精神主義 ではなく、極めて身近で微細で現実的な行動 が大切である。それでこそ多くの一般人が参 加できる。高度情報化の時代にふさわしく、

クリエイティブで豊かに想像力を発揮しなが らも、地道に不断に学習を積み重ね、それを 通して自由や民主の資質を培っていくことが 重要である。これは市民社会を担える力量の

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育成にもなる。そして、建設的な意見が増え れば増えるほど行動も多くなり、良好な相互 作用(互動=インター)が生まれる。

この相互作用が、陳光誠との間では相互支 援となったのである。これはハバマスが、ヘ ーゲルの「イエナ精神哲学講義」を踏まえ「ヘ ーゲルの自己意識の弁証法は孤独な反省の関 係をこえて、相互に認識しあう個人間の相補 的な関係におよんでいる。自己意識の経験は もはや根源的ではない。(中略)それはむし ろ他人の目で自分をみることをまなぶ相互行 為の経験からの派生物である」と論じたこと に通じる*29。それ故、この相互支援や相互作 用を市民的公共性に向けて、展開し、お互い に力づけ、力づけられるスパイラルを生みだ して「複合力」を強化していけば、それは「安 定維持」の悪循環を凌駕するようになるだろ う。

八.若い世代の実践―毛沢東の肖像画を公然 とゆっくり破り捨てた四人の青年―

二〇一二年一〇月二五日、河南省鄭州市の 紫荊山公園(巨大な毛沢東像があり、毛沢東 派の聖地と呼ばれている)で、姫来松(弁護 士)、高文超(NGO自然の友河南グループ)、

程帥師、菖小東(二人ともエイズ禍被害者支 援NGO)は、毛沢東の肖像画をゆっくりと 破り捨てた。みな二十年近くも続く鄭州の「思 想サロン」*30と関係がある。

四人の行為は「八〇后(一九八〇年代生ま れ)」と呼ばれる若い世代を中心とした斬新 かつ衝撃的な行動であり、このリアル空間で のパフォーマンスの写真や映像は、現場の実 況中継の時点からネットに投稿され、BBS などの掲示板、チャット・ルーム、インスタ ント・メッセンジャー(QQやMSNなど)

で次々に転送され、ネット空間に拡散した。

これにより彼らは警察に拘束され、それぞ れの故郷に強制送還されたが、数日後には釈

放された。その直後、高文超から私にメール が送られてきた。かねてより私は頻繁にメー ルを交信し、二〇一一年八月には、思想サロ ンや「自然の友」グループ、読書サークルな どに招かれ、その白熱した議論に参加した。

高文超はメールで「官二代や富二代は海外 に逃げられる。学者は上から下を見おろして ものを言うだけで、家に閉じこもり自動車を 作るように現実離れしている。でも、ぼくた ちは、良くも悪くも大地の子だ。身をもって 現実を受けとめなければならない。だから粘 り強く街頭に出て訴えるのだ」と述べている。

まさに「潰敗」を日々実感しても避けられな いが、座して破滅を待つのではなく、果敢に 抵抗し、草の根からの転換を試みているので ある。

このような高文超は、フレイレの「自由は 与えられる贈物ではなく、闘いとるものであ る。それは、たえず責任をもって追求されな ければならない」の精神で、青年たちの「対 話」による「意識化(コンシャンティゼーシ ョン)」*31を目指して「草の根識字学習室」

を主宰する一人である。そして、彼は毛沢東 の肖像画を破り捨てたパフォーマンスについ て、次のように述べる。

「タブー視されてきた毛沢東の肖像画、毛 沢東時代の表象を引き裂くパフォーマンス は、現状の検証でもある。言論表現の自由の 座標軸を明確にできるからだ。ぼくたちは、

個人崇拝と洗脳の時代を乗り越え、自分たち が置かれている状況を自覚し、憲政、民主、

言論・表現の自由や権利を求める意志を表明 する。

“天安門民主化運動”は一部の者の“政治 運動”ではなく、孤立して敗北した事件でも なく、普遍的な価値や理念に根ざしていて、

その歴史は今に繋がっている。それに託した 市民的不服従、つまり、強権に服従せず、主 体的に変革に取り組み、尊厳ある社会を建設

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しようという理想主義は、現在も求められて いる。

ぼくたちは“六四天安門事件”に関して、

それぞれ情報源も理解も解釈も違い、個々 別々にオリジナルな“六四”を抱いているが、

また「六四コンプレクス(心的複合)」で結 ばれた強い絆がある。“六四”は、政治的、

法律的、倫理的、理論的な分析の対象という より、ぼくにとっては、今回のパフォーマン スで表現すべきものだ。これは独立精神を備 えた個人意識の覚醒と記号化された専制主義 への抵抗であり、挑戦だ。ぼくのオリジナル な“六四精神”の継承でもある。」

ここから「文字の獲得と同時に現実世界を 読みとりはじめた民衆は、今まで自分たちを 文字のない世界に閉じ込めてきた真の原因が 何であるかを、はっきり認識するようになる」

というフレイレ的な思想や実践が*32、現在の 中国で確実に受けとめられていると認識でき る。

このように草の根から自分自身の言葉やパ フォーマンスなどを「武器」にして、自由な 言論を自由に表現することは自由思想の発展 でもある。つまり、従来の民主化運動の方式 は、自由を論じても、その組織や運動は共産 党と似てトップダウンであり、多様な考え方 を認めなかったが、高文超たちは、これとは 全く異なりボトムアップである。そして、こ れは着実に広がり、市民的自由に目覚め、求 める者たちの緩やかで柔軟なネットワークと なっている(その先駆は「ジャスミン(茉莉 花)革命」で現象した)。

確かに、これは「プロレタリア独裁」の強 固な組織力とは比較にならない。しかし民主 化の「土づくり」や「地力」の観点から言え ば、その広大な大地に根ざした底力こそ注目 すべきである。

さらに、高文超のメールには、次の状況も 書かれていた。

「八路派出所に拘留されたとき、国保と面 白おかしくおしゃべりした。ぼくは『カラマ ーゾフの兄弟』から“六四”や劉暁波まで、

様々に思う存分話した。ぼくには敵がいない から。

日付が変わって、深夜二時頃、彼らも疲れ てきて、『“あなたたち、あなたたち”なん て言わないでくれ。おれたちはやつら〔共産 党政府〕の仲間じゃないんだ。“維穏”の下 請け仕事をしているだけだ。将来〔体制崩壊 後〕、どんな仕事に就くか分からん。兄さん、

もういいから、帰れよ』と言った。でも、そ の時間にバスはなく、ぼくはタクシー代を持 っていなかったから、彼らにかみつくように して、好き放題おしゃべりしたよ。」

中国政府は「安定維持」のために巨大な予 算を組み、それに「安定維持ビジネス」が群 がっているが、内実は、忠誠心も士気も低下 しており、「変天(体制転換)」後の逃げ道 を作ろうとしていることが、ここでもうかが える。

さらに、高文超たちの関わる「思想サロン」

では、毛沢東派とリベラル派が激論している が、天安門事件二五周年となる二〇一四年の 二月二日、河南省滑県で、犠牲者の追悼式を 挙行した。タブーの天安門事件の追悼ができ たのは異例である。

滑県は天安門事件で学生たちを擁護したと して失脚した趙紫陽中国共産党総書記の故郷 で、式では彼とともにやはり改革派で失脚し た胡耀邦総書記を追悼する横断幕が掲げられ た。そして、北京から参加した者は妨害され ず、その間、関係者の通信は遮断された程度 であった。

九.小括

言論は具体的で現実に根ざした実践と組み 合わされてこそ、実際に社会を改革できるよ うになる。そして、中国という巨大な社会の

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改革は、それが広く集約されることでのみ可 能となる。ところが一党体制下で、この集約 は共産党の専権事項とされてきて、その帰結 が「潰敗」である。中国の「人民」を解放し たはずの共産党体制のこの現実は、「権力は 腐敗し、絶対権力は絶対に腐敗する(Power

tends to corrupt and absolute power corrupts absolutely)」というアクトン卿の警句を再確

認させる*33

とは言え、これを傍観していてはならない。

そのため、「潰敗」を押し止め、さらにそれ を改革へと転換する方向性を見出すために、

ネット空間を通して支援や連帯が広がり、リ アル空間を変え、またそれがネット空間で発 信されて、さらに広げるという相乗効果、相 互支援、相互作用を、実例(ケース)に即し て論じてきた。

ただし、これらは、個々の具体的な課題で 生まれたもので、それ以上に各人を制約する ものではない。各人は参加するのも、しない のも自由である。

これでは「構造転換」など達成できないと 考えるとすれば、それは「構造転換」が民主 化のためであることの理解の浅薄さを示すこ とになる。民主主義は、全体を統帥する英雄 や領袖の指導によるのではなく、一人一人の 自由で自立した市民の営為の積み重ねによっ てこそ実現される。民主化の方法やプロセス で自由を認めなければ、体制が転換したとし ても、それは民主的なものにはならない。共 産党の場合は「階級と階級対立を伴う古いブ ルジョワ社会に代わり、各人の自由な発展が 万人の自由な発展の条件となる一つの協同社 会(Assoziation, association)が現れる」*34 には「プロレタリア独裁」が必要だからと「自 由」を制限してきたが、それが延長され続け て、共産党体制の中国ではむしろ「潰敗」へ と加速しているのである。

このような意味で、要求が生存権、社会権 から自由権へと進展してきたことは重要であ

る。それは、現体制に自分たちが「宣言」し たことを実行せよというメッセージにもな る。

同様に、劉暁波、陳光誠、許志永たちの意 義は極めて大きいが、それも無数の公民(市 民)の個々の言論や街頭活動と等しく相互的 で対話的であってこそ、民主主義の本旨に合 致する。確かに、彼らは民主化の先頭に立つ 存在だが、それに励まされつつ、彼らを支援 するという相互性の精神が重要である。小論 で示してきたネット空間とリアル空間の相乗 効果や相互支援・相互作用は、その現れであ り、これがスパイラルとなって展開するとこ ろに、「文革の再来」も「潰敗」も乗り越え て民主化を達成する方途が見出せる。

脚注

*1『マルクス=エンゲルス全集』第八巻、大月

書店、一〇七頁。MEGAでは一八五二年の初 版が採録されているが、大月書店版では一八六 九年の第二版が底本とされている。なお一八五 一年一二月三日付のエンゲルスのマルクスへの 書簡(『マルクス・エンゲルス全集』二七巻所 収)も参照。

*2

同前、同頁。

*3加々美光行『歴史のなかの中国文化大革命』

岩波現代文庫、二〇〇一年、一〇頁。

*4

ツェリン・オーセル、王力雄、劉燕子『チベ ットの秘密』集広舎、二〇一二年。

*5クロオチェ/羽仁五郎訳

『歴史の理論と歴史』

岩波文庫、一九五二年、一七頁。

*

6

中国のネット空間については、日本語では渡 辺浩平編『中国ネット最前線―「情報統制」と

「民主化」―』蒼蒼社、二〇一一年、遠藤誉『ネ ット大国中国―言論をめぐる攻防―』岩波書店、

二〇一一年、石平『中国ネット革命』海竜社、

二〇一一年、古畑康雄『「網民」の反乱―ネッ トは中国を変えるか?―』勉誠出版、二〇一二

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