企業環境と企業行動
−シュテーガーの所論を中心として−
菅家正瑞
Abstract
The modern corporation as an open system must adapt to its en- vironments (i.e. economic, social and natural environments.). It is ar- gued that adaptation to natural environment-environmental preser- vation•|should be one of the most important tasks of the modern cor- poration. Why the modern corporation, however, should preserve eco- logical environment?
This paper explains why the modern corporation must preserve natural environment, how it must contribute to natural-environmental activities and what kind of relationships exist between the modern cor- poration and its environments. The modern corporation as an adaptation system to its environments must take this natural-environmental preservation as a chance in its market and make innovation in this field to strengthen business vitality.
1.序
企業は環境適応的オープンシステムとして把握される社会的存在である。
すなわち企業は,その環境とさまざまな取引を繰り返しながら生活する生命
体として理解されるのである。企業の環境適応は,単に環境変化に受動的に
対応して自らを変化させる「環境順応」のみならず,環境に積極的に働きか
けて生活しやすい環境を作り出す「環境適合」をも含むものである。したが って,環境変化は企業行動の変化をもたらし,企業行動は環境の変化をもも たらしうるのである(1)。
それでは,このような企業環境と企業行動との間には具体的にはどのよう な関連が存在し,企業環境の変化は企業行動にどのような変化を要請するの であろうか。本稿では,この問題を,いわゆる環境保護を企業管理の課題と して捉えそれに応えるために企業管理に環境保護を導入した「環境管理論」
を展開するシュテーガー
(U.Steger)の所論を検討することによって明らか にすることとする
(2)。
注 ( 1 ) 拙著,
~企業管理論の構造~,千倉書房,平成 3 年, 161頁ー1
62頁参照。
拙稿,
r環境管理の成立
J,
~経営と経済』第77巻第 3 号,長崎大学経済学会,平成
9年 ,
146頁参照。
なお,企業の環境については次を参照のこと。
拙稿,
r企業とその環境
J,
~長崎大学経済学部研究年報』第 10巻,長崎大学経済学部,平成
6年 。
(2)
本稿で検討するのはシュテーガーの次の著書である。
Ulrich Steger, Umweltmanagement,一‑Eゲαhrungenund Instrumente
einer umweltorientierten Unternehmensstrategie
‑,
2. Auf, . l
Wiesbaden 1993.なお,本書には次の部分訳書がある。
ウルリッヒ・スティーガー(飯田雅美訳),
~企業の環境戦略~,日経BP社,1997
年 。
2 .環境保護と市場経済
(1)
人類の危機としての環境問題
シュテーガヶの課題は企業の環境管理
(Umweltmanagement)に関する
応用志向的研究にある。すなわち,彼は企業は今や生態的環境問題すなわち
環境保護
(Umweltschutz)が自らにとって必要な行動であるという思考の
転換過程の中にあると捉える。そして,従来の環境経済学においては「ブラ ックボックス
J(black‑box)として取り扱われていた環境保護についての企 業行動を取り上げ,環境保護に関連する企業活動の実践に関する調査を基に,
環境保護を企業行動の制約としてではなく市場・革新機会として把握して企 業の発展をもたらすためには,経営経済的手段特に戦略的企業計画がどのよ うに投入されるべきかを示そうとするものであると解される(1)。そこでその 課題を果たすためには,まず,環境保護が何故に企業にとって必要であるの かが示されなければならない。環境保護を企業における革新の機会として把 握しうるためには,その企業的必要性が解明されなければならないからであ る。その場合,考察の出発点は環境破壊による人類の危機という一般的認識 である。
シュテーガーによれば,毎日報道されるセンセーショナルな事件の陰には 世界的規模での基本問題が隠されている。それは「地球」の危機という生態 的基本問題に他ならない。無数の生産・消費過程がもたらす環境負荷は,個 別的には問題がないとしても,それらの累積は「温室効果」に見られるよう に自然の営みを破壊するという人類にとって極めて危険なものなのである。
この生態的基本問題は,人口増加,エネルギー消費の増大,経済的発展とい う三つの傾向によって明確になっている。この傾向が続く限り,それがいつ になるか誰も正確に知らないとしても,このシステムは崩壊するであろう。
明らかなのは,無制限の成長は資源の限られた「宇宙船地球号
J(Raum‑schiff Erde)
では不可能であるということなのである
(2)0 r増大する人口と
成長する工業生産による自然の生活基盤の過剰負荷は世界的規模の問題であ り
, ・・・・生態システムは複雑であるから誰も『成長の限界』がどこにあ るか言えないとしても,自然、のストレス兆候はこの地球上での人類生存の継 続性を危険にするリスクの指示器である
(3)oJそれではこのような人類の危機に直面して我々は一体何をなしうるのであ
ろうか。そして何をなすべきなのであろうか。その場合,まずシュテーガー
が確認するのは,生態システムについて信頼しうる因果関係を得ることは極 めて困難であるということである。なぜならばそれについて我々は不完全な 知識しかないとしても,明らかにそれは非直線的で,複雑で,非逆行的であ るという特徴を持つからである。そこで,彼はこのような複雑な生態システ ムへの対応を危険用意
CRisikobereitschaft)の問題として把握する。不明 なことに「危険の割り増し
JCRisikozuschlag)を用意することは割にあう ことである。その場合特に技術の果たす役割が重視される。彼によれば,技 術的発展によって経済的発展と資源消費の鎖を解き放つことが可能なのであ る。同時に,現在の消費・生産構造を「貫流経済
JCDurchflus・Wirtschaft)から「循環システム
JCKreislaufsystem)に転換しなければならない。確か に「下降の基本原理
JCGrundgesetz des Niedergangs)としてのエントロ ビー法則
CEntropie‑Satz)は止揚できないとしても,このようにしてその 作用を著しく鈍化させることはできる(4)。これが彼の基本的立場であり,
I人 類がこの惑星で長く生存すべきならば,未来の世代のために自然の生活基盤 の範囲を広げるために努力しなければならない
(5)oJ生態的問題がこのように人類の問題として捉えられなければならないとし ても,我々にとって関心がある企業の問題としてそれはどのように把握され うるのであろうか。彼は,人類の危機という一般的認識から企業管理の認識 へと目を転じ,自然が我々に送っている生存の危機の兆候を企業が受け取っ ているとすれば,
r直ちにきっぱりと対応しない経営管理
CManagement)はどんな非難に晒されるのだろうか
(6)Jと生態的問題をまず企業への非難の 問題として捉えている。しかし重要なことは,そのような企業への非難が企 業管理の問題としてもたらす意味は一体どのようなものなのかということで ある。すなわち,生態的問題が企業管理に対して具体的にどのような問題を 提起しているのかということなのである。
企業は環境適応的オープンシステムとして,経済的環境,社会的環境およ
び自然(生態的)環境からなるその環境との相互作用を繰り返しながら生活
する生命体として捉えられる。これらの中で経済的環境は最も重要な企業の 中心的環境であると解することができる。なぜならば,市場経済が企業行動 の基本的枠組みを形成しているからである。そこで上の問題を考察する場合,
まず市場経済は企業に環境保護的行動をもたらしうるのか否かを検討しなけ ればならない。
( 2 ) 市場経済と環境問題
シュテーガーは市場経済
(Marktwirtschaft)を基本的経済問題の解決と いう観点から高く評価する。彼によれば,あらゆる社会は
4つの問題に答え なければならない。①いかなる財とサービスが生産されるべきかという意思 決定局面の問題,②そのために有限の生産要素がどのように生産過程に投入 されるべきかという配分局面の問題,③生産される財はどのように現在の消 費と将来の消費に分けられるべきかという成長局面の問題,①誰がどれだけ 生産された財を得るべきかという分配局面の問題,がこれである。市場経済 モデルはこれらの問題のすべてが唯一のモデルで探求されうるという長所を 持つ(7)。特にシュテーガーが関心を持つ環境保護問題にとっては,
I市場モ デルは一方では生産の高さと構成の同時的決定を可能にし,他方では資源の 配分を可能にする
(8)Jということが重要である。このように彼は,市場経済 モデルを,特に資源の最適配分の問題の解決という観点から高く評価する。
「その純粋形態での抽象的市場モデルが現実からかなり離れていようとも‑
特に完全情報仮説は問題だが市場は経済的意思決定の(分権的)調整の 用具として他のメカニズムに対して優れている・. .
(9) oJそれでは,市場経済は自然環境問題の解決にとっても優れているのであろ
うか。市場経済はきれいな環境という需要を満たし,市場経済は環境資源の
最適な配分をもたらすのであろうか。残念ながらこの問題に対するシュテー
ガーの解答は否定的である。なぜならば,彼によれば,きれいな環境への需
要を媒介するのは市場経済システムではなく政治システム
(daspolitischeSystem)
であるからである(1
0)。また,環境資源の利用は企業にとって依然 として無料であるか内部化されていないので,環境資源を節約的に合理的に 利用する刺激はない
(11)0 I市場経済の優位性はすべての外部性が内部化され る場合にのみ保証される(1
2)Jからである。したがって,
I価格の保証がなけ れば純粋市場経済では環境は忍び寄る破壊に晒されている(1
3)0 Jここで市場経済を環境保護という観点から見て,シュテーガーの論述の中 に確認できることは次の
2点である。まず第一に環境に対する需要を決定す ることは市場経済システムそれ自体の問題ではなく,政治システムという市 場経済システムの外部の問題であるということ,第二に環境問題が市場経済 において解決されうるためには,環境要因が価格という形で市場経済に内部 化される必要があるということ,これである。これはまた彼によって,環境 保護に対して市場経済が持つ欠陥として認識されることになる。
しかしシュテーガーによれば,市場経済が持つこの欠陥は,環境保護に対 して全く無力であるからそれを否定することを意味するものでは決してな い。市場経済に優る新しい代替案は非現実的なのであり,むしろその欠陥を 克服する努力がなされなければならないのである。ここにその努力のーっと して提示されているのが,
I持続的発展
J(nachha1tige Entwick1ung; sus‑ tainab1e deve1opment)という新しい経済発展のパラダイムである。周知の
ように,従来の経済発展の継続は困難であるがゼロ成長も先進国にも発展途 上国にも要請できないことから,
80年代に「継続的あるいは持続的発展」と いう構想が考えられ,
1987年の「ブルントラント報告
J(Brundt1and‑Report)
によって「持続的発展」というこの観念が急速に国際機関,政府 関係機関や社会団体などの指導動機として広まった(1
4)。
これはまさに市場経済システムの欠陥を克服するために,政治システムに よって提案された市場経済の枠組み設定として捉えることができる。彼はこ の構想、を高く評価し支持するとともに,その具体的実現について考察する。
この観念は,長い間対立していた経済的発展の観念を少なくとも融和させ
るという政治的魅力を持っている。しかし同時に注意しなければならないこ とは,この概念には極めて多様な解釈と具体化があり,したがって達成手段 の提案も多様であるということである。少なくとも「持続
JCNachhal‑tichkeit)
とは再生可能な資源と再生不可能な資源を持つ地球の「備え」
CAusstattung)
を維持することであり,それは決してその在高の「不変」を 意味するのではなく,その「機能性」と「生産性」から理解されなければな らない。なぜならば,そうでなければ化石燃料などの再生不可能な資源の採 掘は許されないことになるからである(1
5)。
( 3 ) 新しい企業倫理
決定的問題はこれがどのように達成されるのかということである。シュ テーガーは持続的発展を達成するために期待される要因として,①技術的進 歩,②需要構造の変化,①新しい倫理,の 3点が提示されていることを指摘 する。まず,国民総生産の成長率より大きい資源生産性の成長をもたらす環 境技術(クリーンテクノロジー)の進歩に大きな期待がかけられる。次に,
資源集約的ではないサービスの需要増大をもたらす需要構造の変化に期待が かけられる。そして,物質的欲求を抑制し幅広い政治的変化を生じせしめる
「新しい倫理
J(neue Ethik)という価値変化が期待される。この倫理は,
企業は持続的発展に貢献すべきであるという「新しい企業倫理
J(neue Un‑ternehmensethik)
をも企業に要請するものなのである(1
6)。
持続的発展を達成するために,技術,経済,倫理に対してこのような期待
がかけられるとしても,その期待はどれほど市場経済において実現されうる
のであろうか。彼の所論にしたがえば,環境技術の進歩と環境負担の低下を
もたらす需要構造の変化は,それらをもたらす要因が市場経済に内部化され
ていなければ達成されえないのである。「前提条件は,外部効果の完全な内
部化をもたらす,したがって例えば自然資源とその用益の現実的希少性価格
をもたらす枠組み条件
(Rahmenbedingungen)である(1
7)0 J枠組み条件の
変化は政治による規制として設定されることもあるし市場経済の発展の中か ら生まれてくることもあるが,いずれにせよそれは変化した枠組み条件への 企業の適応過程を生み出し,環境資源の最適な配分が実現されることが期待
されるのである。
しかし新しい倫理に関してはどうであろうか。市場経済において新しい企 業倫理は実現されうるのであろうか。市場経済の下で自然の資源を使用して 生産活動を展開する企業にとって,持続的発展に貢献すべきであるという企 業倫理は現実的な効果を持つものなのであろうか(1
8)。この解明がシュテー ガーにとって大きな課題となることは明らかであろう。そこで,この問題を 次に節を改めて検討する。
注 ( 1 )
Vg, . l
Steger,
a.a.o . ,
S.10. (2) Vg, . l
Steger,
a.a.o . ,
S.27‑28. (3) Steger,
a.a.o . ,
S.33.(4) Vg
, . l
Steger,
a.a.o . ,
S.28‑29 und S.362.熱力学の第二法則であるエントロビー法則は人間活動,特に経済活動と地球環境問 題との関係においても取り上げられている。これについては次を参照のこと。
ジェレミー・リフキン(著),竹内均(訳),
Wエントロビーの法則一地球の環境破
壊を救う英知一~,祥伝社,平成 2 年。向上,
Wエントロビーの法則
2-21 世紀文明の生存原理一~,祥伝社,昭和58年。向上,
Wエントロビーの法則一 21 世紀文明観の基礎ー~,祥伝社,昭和57年。H.
ヘンダーソン(著),田中幸夫・土井利彦(訳),
W エントロビーの経済学~,ダイヤモンド社,昭和
58年 。 N .ジョージェスクーレーゲン(著),高橋正立ほか(訳),
Wエントロビー法則と経
済過程~,みすず書房,平成 5 年。
内藤勝,
W 自然とエントロビーの経済学~,高文堂出版社,平成 11年。(5) Steger
,
a.a.o . ,
S.30. (6) Steger, a.a.Oリ S.31 .
( 7 )
Vg, . l
Steger,
a.a.o . ,
S.37. (8)(9) Steger,
a.a.o . ,
S.38.0 0 )
Vg, . l
Steger,
a.a.Oリ S.39.(11) Vg
, l .
Steger,
a.a.O.,
S.41.Q 2 )
Steger,
a.a.o . ,
S.40. (13) Steger,
a.a.o . ,
S.41.(1~ Vg
, . l
Steger,
a.a.o . ,
S.41‑42.「ブルントラント報告」については次を参照のこと。
W
or1d Commission on Environment and Development,
Our Common Futur,
19870xford.大来佐武郎(監訳),
~地球の未来を守るために~,福武書庖,昭和62年。内藤正明・加藤三郎(編),
Ir持続可能な社会システム~,岩波講座地球環境学Q~ Vg
, . l
Steger,
a.a.O.,
S.42‑43. (1
6 )
Vg, . l
Steger,
a.a.o . ,
S.43‑44. Q7,) Steger,
a.a.o . ,
S.43.ω
持続的発展と企業行動との関連については次を参照のこと。
第
10巻 ,
88頁
‑90頁 。
高岡伸行(稿),
I企業環境行動におけるサステナピリティー概念の位相
J,
『経営と経済』第7
9巻第
l号,長崎大学経済学会,平成
11年 。
3.環境保護と企業
(1)
環境保護と企業倫理
今日,企業はその環境を構成する様々な利害者集団
Cstakeholder)から
彼ら独自の利害に基づいた多様な要求に直面している。シュテーガーによれ
ば,それらの要求は企業の「純粋な経営経済的目標」にはほとんど接点を持
たないものであり,実は企業に対して持続的発展に協力する行動を求めるこ
とがその典型の一つなのである(1)。持続的発展への協力の要請がこのように
企業目標に関連しないものとして理解されるならば,企業には環境保護を自
己の目的として取り入れ自律的・主体的に環境保護に貢献する動機が存在し
ないことを意味するであろう。そうであれば企業には環境保護の必要性も存
在しないし,環境保護に関して何らの貢献も期待しえないのであろうか。し
かし,シュテーガーによれば事態は全く逆なのである。なぜならば,
I外部 効果
(externeEffekte)の理論は, ・・・・何故に企業は今日市場メカニ ズムを介してだけでなく,その社会的政治的外界
(Umfeld)と結びつけら れているかを説明している
(2)oJからなのである。
これが意味することは,企業の生活の場は決して市場のみにあるのではな く,それを含む経済的環境,政治を含む社会的環境,生態的・自然、環境とい う環境領域の広がりの中にあるということである。企業はそのような環境の 中で生活を営む社会的存在として把握され,その生活能力の維持・増大をめ ざす存在として理解されなければならないのである。すなわち企業は,市場 の中で生活する経済的存在としてだけではなく,社会的環境の中でも生活す る非経済的存在としても理解され,それらの中でその生存のための基礎付け と環境との調和が要請されざるをえないのである。「最低限の環境との調和 がなければ・・・・企業は長期的には活動できない
(3)oJ企業にとって,一方では環境保護への主体的動機がなく,他方で外部性の 存在とその責任が関われるとするならば,企業はどのように対応すべきなの であろうか。その解決策は用意されているのであろうか。ここで我々はただ ちに政治システムの役割を思い浮かべることができる。なぜならば,シュテー ガーによれば環境への需要を媒介するのは経済システムではなく政治システ ムであるとされているので,我々は環境保護への企業の貢献に対して政治シ ステムに大きな期待を抱くことができるからである。
しかし,シュテーガーは,フリードマン
(M.Friedman)が主張するよう にあらゆるメタ経済的設定を政治に委ねるという単純な方法は残念ながら問 題であるという。なぜならば,企業からあらゆるメタ経済的考量を取り除く
ような国家的枠組みは企業にとっては極めて狭いものになるだろうし,しか もそれは経済の側から拒否されるであろうからなのである。そこでここに,
環境保護は国家による規範設定によってではなく,新しい企業倫理によって,
企業の自己の倫理的義務として達成されるべきであるという企業倫理の主張
が登場することとなる。しかし,この主張もシュテーガーによってその実現 可能性に疑問が呈される。事実,彼によればブームとなった「企業倫理」を めぐる論争は見るべき成果もないままに極めて貧弱に終駕してしまったので ある。その大きな理由は,倫理の概念の不明確性に加えて,倫理的原則に指 導される企業行動に非現実的な要請が設定されたことにあった(4)。
結局,企業は一方では非経済的基礎付けが強制されているのであるが,他 方ではその基礎付けの基準(例えば企業倫理)が見つけられないというジレ ンマに陥っているとシュテーガーは解するのである
(5)。それでは,このジレ ンマは一体どのようにしたら解決できるのであろうか。
( 2 ) 実行しうる責任
シュテーガーはこの企業の問題の解決策として,
r新しい企業倫理」のか
わりに「実行しうる責任
J(die leistbare Verantwortung)という構想を提 案する。すなわち,解決策は,
r・・・企業がもたらす外部効果とその結果 に対する企業の共同責任に関する社会的許容度にかかっている。同時に,目 的志向的組織としての企業がその解決にどのような貢献をなしうるかも明確 に決定されなければならない
(6)0 Jとして,企業の実態を無視した非現実的 な規範の提示ではなく目的志向的組織としての企業の実態に即した実践的解 決策を提案する。
「実行しうる責任」とは,
r企業は長期的自己利益においてそしてその生
存能力
(Existenzfahigkeit)のためにその組織の中心目標を損なうことなく
期待されうる問題解決に貢献する(7)
0 Jという企業理解に基づいている。こ
の構想の基礎にあるのは,次のような企業に関するこつの認識である。まず
第一は,
r企業は長期的なその生存能力と自律性
(Autonomie)を確保する
ためには,市場目標と成果目標のみならず給付目標をも追求する
(8)oJとい
う認識である。ここで,
r市場目標
J(Marktziele)とは売り上げ高や市場地
位などの市場関連的目標であり,
r収益目標
J(Ertragsziele)とは継続的配
当や自己金融などの利益目標を意味し,
r給付目標
J(Leistungsziele)とは 社会的責任や環境保護など社会や政治などの第三者によってその達成が期待 される目標を指し,これらは企業の最高目標である「存続確保目標
J(Ex‑ istenzsicherungsziel)の下位目標として位置づけられる
(9)。したがって,こ の認識の下では企業目標の一元論は虚構として止揚され,多元的目標の満足 的達成に関する考察が必要になる(1
0)。第二は,
r分業社会における目的志向 的組織は,その組織の基礎にある目標とどのように一致させられるかという 限りにおいてのみ問題解決に関連させられうる
(11)oJという認識である。そ の場合重要なことは,
r企業は,この課題が正当であると見られうるためには,
特殊な問題解決能力
(spetialleProblemlosungskapazitaten)を備えていな ければならない(1
2)0 Jということである。
第一の認識が意味することは,企業の行動を指導し調整するのは市場と価 格だけではなく,
r企業文化
J(U nternehmenskultur)についての研究成果 が示すように社会の価値と規範
(Werteund N ormen)もそうであるという ことである。この価値と規範は企業に対して次のように関連している。まず 第一に,組織の一般的な目標と原則の基礎には,社会におけるその組織の存 在を可能にしている価値と規範があり,次にその価値と規範は経済的意思決 定と密接にかみ合わせられ,そしてその後設定された目標による経済的合理 化計算が初めて支配的になる(1
3)。第二の認識が意味することは,給付と反 対給付の個人的交換に基づく市場経済では,企業は個人的支払い用意がない 集合財
(Kollektivguter)は生産できないので,
r環境への貢献は,
環境保護が市場要因
(Marktfaktor)の一つである所でしか,あるいは企業 の目標達成に効果的である規制的標準
(verbindlicheStandards)が国家に よって設定された所でしか行われない(1
4)0 Jということである。
( 3 ) 企業行動と倫理
ここで注意しなければならないことは,シュテーガーは企業は環境保護に
貢献すべきであるという「新しい企業倫理」を否定するのであるが,しかし それは倫理そのものを否定することを意味するのでは決してないということ である。むしろ彼は積極的に企業行動を指導する倫理の存在とその企業的意 義を認める。否定するのは企業に対して超越的に与えられる非現実的な企業 倫理すなわち「外在的規範」であり,認めるのは事実として企業を指導し企 業の存立と発展にとって基礎となる倫理すなわち「内在的規範」なのである。
もちろん環境保護問題もこの倫理に関連していると解されているのである。
倫理問題に関してシュテーガーは次のように述べている。環境保護に関す る議論は管理行動の倫理的次元に関する議論を含むが,その中心的問題は科 学は「正しい規範
J(die richtige Normen)を設定するという思い上がった 方法論的立場に立つということではない。規範とその機能を分析し,経済的 意思決定に対するその基礎付けと意味付けを分析し,経済の欠陥を除去する ことが,その中心的問題なのである(1
5)。環境保護というテーマに関してこ れが意味することは,
r企業は『環境保護』という目標設定をその目標シス テムに統合し,あらゆる活動で資源保護と環境軽減
(Umweltent1astung)の可能性を実現しさらに発展させる能力を汲み尽くすことによって,持続的 発展の小径に貢献することなのである(1
6)0 J彼によれば,このように企業が 環境保護を自らの課題とすることには,今までの経験から引き出された教訓 による合理的な理由がある。すなわち,企業が環境保護の課題を拒否すれば するほどそれは国家の課題となったのであるが,結局企業は環境保護の支出 を節約したのではなく国家的規制を満たさざるをえず,その結果企業は行動 の自由のみならず市場能力と革新機会をも失ったからである。ここに,環境 保護を企業の課題として捉え国家と分業する合理的で経済的な理由があると 述べるのである(1
7)。
以上のシュテーガーの論述から我々が確認しうることは,第一に,企業は
長期的な生存能力を確保するために社会における価値と規範を基礎とする給
付目的という非経済的目的をも追求するということである。そして環境保護
に関して言えば,それも給付目的のーっとして企業目標になりうるというこ とである。第二には,企業が何らかの問題を解決しうるためにはそれが企業 目標と関連していなければならず,しかもその解決能力を持っていなければ ならないということである。すなわち,企業が環境保護という目標を持って いるとしても,市場経済に目標達成のための何らかの刺激要因が与えられな ければならないということである。
それでは,環境保護は果たしてシュテーガーが述べるように企業の目標と なりうるのであろうか。そして,それを達成するための市場要因は与えられ ているのであろうか。この問題を次に検討しよう。
注(1) Vg
, . l
Steger,
a.a.o . ,
S.45. (2) Steger,
a.a.o . ,
S.45.企業が政治的社会的外界と結びつけられている理由は様々であるが,シュテーガー は次の
3点をあげている。
①経済的意思決定は経済的作用しか持たないのではない。
②経済的意思決定の効用とリスクとの聞の比較検討が困難である。
① 社会の価値変化は企業活動の外部効果の感受性を増大させた。
Vg
, . l
Steger,
a.a.O.,
S.45. (3) Steger,
a.a.O.,
S.23.(4) Steger
,
a.a.o . ,
S .4 6~47.シュテーガーによれば,企業に求められた非現実的要請は次のものである。
① 非現実的な行動・意思決定自律性の設定。
② 目標のもつ重要性の同一視。
① 倫理構想の抽象性。
④倫理構想による結果の矛盾。
① 倫理構想による過大な要求。
@倫理聞の不一致。
Vg
, . l
Steger,
a.a.o . ,
S.46‑47.企業と倫理については次を参照のこと。
Dierkes
,
M./Zimmermann,
K. (Hrsg.),
Ethik und Geschajt,
Frankfurt a.M'/Wies‑ baden 1991 .
Steger
,
U.(Hrsg.),
Unternehmensethik,
Frankfurt a.M. 1992.藻利重隆,
w経営学の基礎(新訂版)J],森山書庖,昭和
48年 ,
第三章経営学の課題。
高田馨,
w経営の倫理と責任J],千倉書房,平成元年。
西岡健夫,
w市場・組織と経営倫理J],文員堂,平成
8年 。 鈴木辰治,
w企業倫理・文化と経営政策J],文員堂,平成
8年 。
環境経済・政策学会(編),
W環境倫理と市場経済J],東洋経済新報社,平成
9年 。 フリードマンの所論については次を参照のこと。
M. Friedman
,
Catitalism and Freedom,
Chicago 1962,
pp. 133‑136.棲井克彦,
W現代企業の社会的責任J],千倉書房,昭和
51年 ,
66頁
‑67頁 。
(5) Vg, l .
Steger,
a.a.Oリ S.48.(6) Steger
,
a.a., o .
S.48.( 7 )
Steger,
a.a., o .
S.50. (8) Steger,
a.a., o .
S.48. (9) Vg, . l
Steger,
a.a.o . ,
S.189.なお,存続確保目標とは「組織の長期的存続
(daslangfristige Uberleben),したが って企業の競争能力
(Wettbewerbsfahigkeit)の長期的確保と定義される。」
Steger
,
a.a.o . ,
S.189.(
1
0) Vg, l .
Steger,
a.a.o . ,
S.48.(1l)(I~ Steger
,
a.a.o . ,
S.49. (13) Vg, . l
Steger,
a.a.Oリ S.48‑49. ωSteger,
a.a.o . ,
S.50.(1~ Vg
, . l
Steger,
a.a.o . ,
S.51‑52. (1
6 )
Steger,
a.a.o . ,
S.52. (17,) Vg
, . l
Steger,
a.a.o . ,
S.52.4 .社会的環境と環境保護
(1)
環境保護と社会的動態
シュテーガーによれば,組織の基礎には社会にそれを存在させる価値と規
範があるから,社会の価値と規範の変化は組織の存立と行動に影響を及ぼす
ことになる。すなわち,その変化は社会的動態や政治システムという企業の
社会的環境の変化をもたらすとともに,経済的活動に対する政治的規制や消 費者行動の変化という形でその経済的環境の変化をもたらすことにより,環 境適応システムとしての企業行動の変化をもたらすのである。
ところで,シュテーガーは増大する環境意識が,
r政治的枠組み設定」
(die politische Rahmensetzungen)