学位研究 第
10号 平成
11年
6月 ( 論文) [ 学位授与機構研 究紀要]
アメ リカの大学における実務重視型教育 と学位授与の事例研究
CaseShdiesonPractice‑orientedEducationandDegreeAwardintheUnitedStates
斎藤 安俊
YasutoshiSAITOResearchinAcademicDegrees,No.10(June,1999) lthearticle] TheJoumalofNationalInstitutionfわrAcademicDegrees
アメ リカの大学における実務重視型教育 と学位授与の事例研究
斎藤 安俊*
1
.緒 言
わが国の企業は,伝統的に,企業が必要 とす る人材 を
OJT(OntheJobTraining),す なわち企 業 内研修 によって養成す る方法 を とってきたl ' 。 とくに,大学卒業者 に対す るよ り高度 な専門 的人材 の養成が,oJ
Tを通 じて企業内部でまかなわれてきた理 由の1 つ として,牧野
2)はわが国 の大学院 に実務型 のものが少 な く,入社後の人材養成 システムに大学院を組み込む ことが困難 であったことを挙げている。 しか しなが ら,社会お よび産業界にお ける急速な変化 によって, 多数 の優れた高度専門職従事者 の必要 に迫 られたCそ こで,まず,昭和
49年
(1974年) に制定 され た大学院設置基準 ( 文部省令第28 号)では,第3 条にお ける修士課程の 目的 として, 「 専門 分野にお ける研究能力」のほかに, 「 高度の専門性 を有す る職業等 に必要 な高度 の能力」を養
うことが付 け加 え られ,大学院 として人材養成 のニーズに応 えることになった。
その後,社会 の多様化,複雑化,情報化 な どがいっそ う加速 され,技術革新 と産業構造の高 度化や 国際化が大 きく進展す ると,企業内研修 のみによっては人材養成 をまかないきれ な くな った。そ こで,大学院にお ける社会人の再教育や企業人の リフ レッシュ教育に対す る需要が増 大 した ことに ともなって,博 士課程 における人材養成‑の期待 が高まってきた3 ) Oそれ に対 し ては,平成元年
(1989年),大学院設置基準第4 条における博士課程 の 目的 に,従来の 「 専攻分 野 について,研 究者 として 自立 して研 究活動 を行 う」ばか りではな く, 「 高度 に専門的 な業務 に従事す るに必要な高度 の研 究能力及びその基礎 となる豊かな学識 を養 う」 ことを付 け加 える ことで対応 がな され た。 同時 に,第2 条の2 によ り, 「 大学院 には,専 ら夜 間において教 育を行 う修士課程 を置 くことができる」 ことにな り, これ は平成
5年
(1993年) になって博 士課程 に も拡大 された。
以上のような社会や産業界の要請 に応 えた大学院 としては,平成元年 に筑波大学大学院教育 研究科カ ウンセ リング専攻,同経営 ・政策科学研究科経営 システム専攻,な らびに法政大学大 学院人文科学研究科 日本史学専攻,同地理学専攻が夜間開講 を 目的 として設置 されたのをは じ め,平成8 年
(1996年) には筑波大学大学院 に経営 ・政策科学研 究科企業科学専攻 ( 夜 間 .悼 士課程)が設置 されたのを含 めて多数 に及 んでい る。そのほか,平成3 年 (
1991年) に設置 さ れ た東京大学大学院法学政治学研 究科修士課程 「 専修 コース
」は,社会人 ( 職業人)教育ない
* 学位授与機構審査研究部教授
′1
‑J‑
し実務教育の大学院
4)として発足前か ら注 目され ていた課程である。
戦後最大 といわれた平成3 年 の大学改革 において,大学院教育の新 しい試みでは高度専門職 業人を養成す るための大学院の開設,な らびに学部教育の改善では実社会 のニーズに応 える実 践的教育な どが重視 された。前者 の大学院 にお ける高度専門職業人の養成 のためには, これ ま でに述べたよ うな経緯 を経て,社会人特別選抜,科 目等履修生,夜 間大学院,昼夜開講制大学 院な どが制度化 され,ニーズに応 えてきた。 さらに,平成
10 年
(1998年) 1 0月に行われた大学 審議会答 申
「21世紀 の大学像 と今後 の改革方策 について‑競争的環境 の 中で個性 が輝 く大学
‑」では, これか らの大学院には,高度専門職業人の養成機能,社会人の再学習機能の強化 が 求め られ ることが強調 され,種々の方策が提案 されている。
一方,学部 にお ける実践的教育については,必要性 はそれ以前か ら叫ばれ ていた ものの,高 度経済成長や異常な好景気の時代 には,企業か らの強い要請 とはいえなかった。 しか しなが ら, バブル経済が崩壊す ると,産業界か らは企業で役立つ 「 即戦力
」の教育 を大学 に求 める声が急 速 に高まってきた。木村1 ) によれ ば, 日本企業の成功の秘密 は 「 社 内研修 にかける意気込みの 高 さと研修体制 の充実」にあった と解 され るが,経済の失速 によって社内研修がコス ト的に容 易 でな くな り,即戦力が要求 され るよ うになったのではないか と思 われ る。 しか しなが ら,
「 即 戦力 になること」は単純 に考 えるものではな く,同 じく木村
1)によれ ば,アメ リカで問題 になっている
"Work Readiness"が往 々に して翻訳 された ものであ り, どんな仕事 にで も対応できる社会的適応性,仕事 に就いた後の柔軟な思考方法等 を言 うのであ り,職場に入 って直 ぐ 使 えるとい うの とは根本的に違 うとい う。
このよ うな観 点 に立って,平成9 年
(1997年), 「 文部省高等教育局イ ンター ンシ ップ推進 の ための産学懇談会」5 ) は,学生が在学 中に研修的に就業体験 を行 うイ ンター ンシ ップは,大学, 学生お よび企業のそれぞれ に とって さまざまな意義 を有す るものであ り,産学が連携 した人材 の育成 がいっそ う推進 され ることを期待 している̀ ) 。 また,平成
10年 の大学審議会答 申でも,
「 大学は,今後,その知的資源等 をもって積極的に社会発展 に資す る開かれた教育機 関 となる ことが一層重要 になる」 ことに対応す る方策 の
1つ に,イ ンター ンシ ップ制度 の積極的な導入 を取 り上げている。
著者 は,以上 に述べたよ うな高度専門職業人を養成す る大学院教育,な らびに学部 にお ける 就業体験 をともな う実践的教育な ど,実務重視型 の教育 と学位授与 に関心 をもっている。そ こ で,アメ リカの大学におけるそれぞれの事例 として,ペ ンシルベニア大学工学部大学院 にお け る経営幹部養成 を 目指す修士 レベル学位課程,な らびに ドレックセル大学工学部 にお ける就業 体験課程 について,それぞれの実態 を報告す る。
2.
ペ ンシルベニア大学 における事例
2. 1
ペ ンシルベニア大学の概要
ペ ンシルベニア大学
(University of Pennsylvania)は,アメ リカ合衆国ペ ンシルベニア州南東
‑4‑
部 にある大都市で,独立宣言の地であるフィラデル フィア
(Philadelphia)に所在す る私立大学で ある。市の中心街 ダウンタウンの西側 に,デ ラウェア川
(Delaware River)の支流であるスクー ル キル川
(SchuylkillRiver)をはさんで大学街
(UniversityCity)と呼ばれ る地域が存在す るOそ こ がいわゆるキャンパスタ ウンで,ペ ンシルベニア大学が広大な敷地を占めている。
ペ ンシルベニア大学 は米国ではもっ とも古い大学
(university)であ り,かつ4 番 目に古いカ レ ッジである。米国北東部 にある
Yale,HaⅣard,Princetonな ど名 門8 校 の単科大学 ・総合大学の一 群 は,アイ ビー リー グ
(Ivy League)と呼ばれ るが,ペ ンシルベニア大学 はその1 つで,学問的 にも社会的にも名声がある。公式 には,政治家お よび科学者 として良 く知 られているベ ンジャ ミン ・フランク リン(
Benjamin Franklin, 1706.1.17‑ 1790.4.17)によ り
,1740年 に設立 された と されているが,主 として同大学 の要覧7 ) によれ ば,以下に述べ るよ うな経緯 があったよ うであ る。著名 な巡回牧師のGe
orge Whitfieldは, 1
739年,伝道のためにフィラデル フィアに来たO 彼 の説教 は説得力があ り,また感動的であった ことか ら
, 1年後 の1
740年 には市内に教会のほ か,貧民のための小学校 である慈善学校
(charity School )が設立 されたOWhi
tfieldは黒人学校
(Negro School ) をつ くる構想 をもっていたが,それ に対す る支持が得 られず,実現 しなかっ た。 また,慈善学校は,ベ ンジャミン ・フランク リンと
24人の指導的 フィラデル フィア市民が
̀̀Academy"を設立 した1749
年 まで,公式 には開校 しなかった。Ac
ademyの最初の学生の中に は,英語 を学ぶため入学 した2 名 のモホー ク族イ ンデ ィアン(
MohawkIndians)が含 まれていた0
1755年 までに,Ac
ademyは フ ィラデル フィア ・カ レッジ
(college,
Academy and Charitable SchoolofPhiladelphiainPennsylvania)として知 られ るよ うになったQ 当カ レッジの最初 の卒業 式は, 1
757年5 月
17日に行われ,同期生は7 名 であった。
フィラデル フィア ・カ レッジの同窓生は,アメ リカの発展 に大き く貢献 し,革命 ではきわめ て重要な役割 を演 じた。例 えば,北米のイギ リス領
13の植 民地の代表が1
774年 にフィラデル フ ィアで会合 し,イギ リス本国の政策に対抗 してア メ リカの独立を表明 し,そのために奮闘 した 大陸会議
(continentalCongress)の21 名のメンバーは,カ レッジの卒業者 である。 また, 1
776年 の独立宣言
(DeclarationofIndependence)の9 名 の署名者 は,カ レッジの評議員
(trustee)または同 窓生のいずれかであ り
,1787年 の合衆国憲法の署名者 目名 もカ レッジに係わ りをもっていた。
1779
年,州議会はフィラデル フィア ・カ レッジは英国‑の忠誠 を続 けた人々の温床であると の結論 を下 し,カ レッジ認可の勅許状 を廃棄 しよ うとした。カ レッジの副学長
(provost)と評議 員は公職 か ら追放 され ることを拒否 したが,議会はペ ンシルベニア州大学
(University of the State of Pennsylvania)を設 立 し,カ レッジの財産 と土地 ・建物 を新 しい評議員会
(Board of Trustees)に譲渡す ることを強行 した。それか ら1
0年 間にお よぶ法廷闘争の後,カ レッジは古い 建物 を使 って再開す ることを許 され た。その状況 はカ レッジ とペ ンシルベニア州大学 の2 者が 合併 され る1
791年 まで続 いたのである。以上 の よ うな経緯 か ら,現在 のペ ンシルベニア大学
(University of Pe血sylvania)は, 1
779年,アメ リカ合衆国にお ける最初の大学 として知 られ る よ うになったのである。ペ ンシルベ ニア大学 は,1
802年 と1
872年 と
2度 にわたって西方 に移転 した後,現在地に到達 した。
‑5‑
ベ ンジャ ミン ・フ ランク リンが評議 員会 の メ ンバ ー で あった40 年 間,実務 教 育
(practical education)と伝統的教育 とを結びつ けるとい う彼 の考 え方 がペ ンシルベ ニア大学 のカ リキュラ ムを支配 した。 フランク リンは,かつては郵便局長 を務 めるな どの実務家で もあ り,大学の学 生に とって英語 はラテ ン語 よ りも重要であると感 じていた。 この ことは, 当時に とってきわめ て急進的な考 え方であった。ペ ンシルベニア大学 にお ける教育は,その後,科学,数学,歴史, 論理学お よび哲学‑ と多様化 された。 フランク リンは大学の創 立にあた り, 「 学生が学修 に関
して,有用であるすべての事柄 を教 えられ るとすれ ば,それ は申 し分ないことである。学生が 考 えているくつかの職業 に注 目している。」な どと述べて,彼 の教育上の関心 を示 した。 この よ うにフランク リンが教育の実務的観点 を重要視 した ことは,ペ ンシルベニア大学 をその時代 の他 のカ レッジや大学に対 して特徴づ けてお り,実践的教育のこの伝統は,ペ ンシルベニア大 学関学以来続 いている。例 えば,最初の医学校
(1765), ビジネス ・スクール
(1881),そ してア メ リカの法律学校 はここに設立 され,それぞれ現在 の学部‑ と発展す るのである。
George Whitfield
の黒人学校設立の夢は, 1
879年,ペ ンシルベニア大学がl 名 の黒人学生をカ レッジに, 1 名 を歯学校 に,そ して2 名 を医学校 に入学 させ た時 によ うや く実現 し
,2年後,初 めて黒人に学位 が授与 され た。ペ ンシルベニア大学で学び,卒業 した最初の黒人女性 が出たの は1
889年のことである。 また,ペ ンシルベ ニア大学は,男子学生のみの大学であったが, 1
877年のペ ンシルベニア州裁判所の決定に基づ き,翌1
878年,9 名 の女性 が入学 した。 1
933年 には, 教員のための特別 の コースではな く,真 の意味での学部学修 コースを女性 に与 える手段 として,
リベ ラルアーツ女子カ レッジ
(collegeofLiberalArtsf♭rWomen)が設立 された。 この リベ ラ ルアー ツ女子カ レッジは, 1
974年,学芸 ・科学カ レッジ
(collegeofArtsandSciences)と合併 して, フアカルテイ
(faculty)としての形 を整 え,それ によってペ ンシルベニア大学 を一体化 し, また,
「1つの大学」の概念 を確立 して,学生がそれぞれ個 々の学部の源泉 を利用す ることを促 進 した。
ペ ンシルベニア大学は,極端 に異なる分野 とバ ックグラウン ドか らの人々を教育す る伝統 を 常にもちつづ けてきたが,その ことは学生 に とって全体が調和 した総合的な教育を助長す るこ とにな り,学生 には世事 に通 じた人生観 を与 え るので あ る。ペ ンシル ベ ニア大学 は,"
The practicalPenn"をモ ッ トー に,学生に実務的学習経験 をもたせ るとい うフランク リンの進取の 気性 に とんだ理想 を,200 年以上 も実行 し続 けている。
2. 2
ペンシルベニア大学工学部の概要
8)〜 10)ペ ンシルベ ニア大学 は,わが国の学制 にた とえれ ば,4 つ の学部
(undergraduateschool )と1
2の大学院研究科
(graduateschool )か ら構成 されている。大学院研究科の うち4 つ は学部 と同 じ名 称で,それぞれの大学院部
(graduatedivision)と呼ばれ る形 を とっている。 ここでは,便宜上, 本来の名称 を英語 で括弧の中に付記す ることに して,すべてを学部 と呼んで,それぞれが授与 す る学位 とともに以下に示す。
① 学芸 ・科学学部
(schoolofArtsandSciences)BachelorofArts(B.A.),BachelorofScience‑6‑
(B.S.),MasterofArts(A.M.),MasterofScience(M.S.),MasterorBusinessAdministration (M.B.A.),MasterorPhilosophy(M.Phi
l . )
,DoctorofPhilosophy(Pb.D.)② 医学部
(schoolofMedicine)ph.D.,M.D.,M.S.C.E.③
工学部
(schoolofEngineeringandAppliedScience)B.S.E.,B.A.S.,M.S.E.,MÅ s.,Ph.D.④
ビジネ ス学部
(whartonSchoolofBusiness)B.S.inEconomics,B.B.A.,A.M.,M.S.,Ph.D.⑤
教育学部
(GraduateSchoolofEducation)M.S.Ed.,Ed.D.,Ph.D.⑥
美術学部
(GraduateSchoolofFineArts)B.F.A.,A.M,,
M.S.,
M.Arch.,
M.C.R.,
M.F.A.,
M.L.A.,M.R
.良.
,M.G.A.,Ph.D.⑦ コミュニケーシ ョン学部
(AnrlenbergSchoolforCommunication)M.A.C.,Ph.D.⑧
看護学部
(schoolofNursing)B.S.inNursingM.S.N.,D.N.S.,Ph.D.⑨ 社会事業学部
(schoolofSocialWork)M,S.W.,D.S.W.,Ph.D.⑩
歯学部
(schoolofDentalMedicine)D.M.D.⑪
法学部
(Law School
)∫.D.,S.J.D.,LL.M.⑫ 獣医学部
(schoolorVeterinaⅣ Medicine)V.M.D.これ らの学部お よび大学院研 究科 は,学部
(undergraduateschool ),大学院 ・専 門職 学部
(graduateandprofessionalschool ),な らび に専門職学部
(professionalschool )の3 つ に分類 された こともあったが7 ' ,最近では,①か ら⑨ までを大学院課程
(graduate program)として,大学院便
覧8)にカ リキュラムな どを記載 してお り,⑲ か ら⑫ までについては専門職学位 を授与す ること を示す に とどまっている。ペ ンシルベ ニア大学 には, 1
997年 には約9,
500名 の学部学生 を含 め て1
9,000名 に及ぶ学生が,学部,大学院,な らびにそれ らの中のい くつかの複数専門分野 にま たが る総合課程で学んでいる。
工学分野の教育 ・研究を行っているのは
"SchoolofEngineeringandAppliedScience"である。
アメ リカにはこのよ うな名称の工学系の学部が多 く, これを直訳す る と 「 工学 ・応用科学部」, また 日本流 に訳す と 「 工学 ・応用理学部
」となる。一方,わが国の 「 理 工学部
」は, 「 工学部 +理学部」ではあるが, どち らか と言 えば 「 理学部」を独立 させ るには規模 が小 さいよ うな学 部に使 われ てお り
,SchoolorEngineeringandAppliedScienceを 「 理工学部」 と訳す ことも可能 であると思われ る。 しか しなが ら,わが国で数学,物理学,化学,生物学な ど基礎科学 を担 当 す る学科は理学部 にあるが,アメ リカでは一般 に学芸 ・科学学部
(collegeofArtsandScience)に属 している。 この ことと学部 内の構成,カ リキュラム,教員の研究内容 な どを考慮 して,ペ ンシルベニア大学については単に 「 工学部」 と訳す ことにす る。
ペ ンシルベ ニア大学のフアカルテ イ ( 教授団)は,評議員会が
1852年 に鉱 山 ・学芸 ・製造学 部(
schoolofMines,ArtsandManufactures)を創設 した ときか ら,科学者お よび技術者 の教育に あたってきたが,20 年 も経過 しない うちに学科が増設 され,その中には分析 ・応用化学,鉱物 学,土木工学,機械工学,地質学お よび採鉱冶金学が含 まれ るよ うになった。その後,時代や 専門分野が変 わ り,現在,ペ ンシルベ ニア大学工学部 には次の8 学科があって,それぞれ の分 野で,専門職 工学学位 に位置づ け られている
BachelorofScienceinEngineering (B.S.E.)の学位
‑7‑
を授与 している。
生物工学科
(Bioengineering)化学工学科
(chemicalEngineering)土木工学 システム学科
(civilEngineeringSystems)コンピューター工学科
(computerscienceandEngineering)電気工学科
(ElectricalEngineering)材料工学科
(MaterialsScienceandEngineering)機械 工学 ・応用力学科
(MechanicalEngineeringandAppliedMechanics)システム工学科
(systemsScienceandEngineering)そのほか,科学技術 にお ける堅実な基礎 が要求 され る工学以外 の分野に進 も うとす る学生 に は,Ba
chelorofAppliedScience(BA S.)が授与 され る。 この学位課程 は,幅広い科学技術の概 念 に重点 を置 き, リベ ラルアー ツを強 く重要視 し,そ して学生に とって とくに興味のある社会 的問題 に科学技術 を応用す ることでの奥行 きの深 さに力 を入れてい る。学生は, とりわけビジ ネス,医学,法学,公務 にお ける就職 を準備す るために,ち.
A.S.課程 を選ぶのである。 この課 程 は,プ ロフェ ッシ ョナル ・エ ンジニア
(P.E.)l l ) としての業務 につ く計画はないが,む しろ学 生が求 める職業の 目標 に適 した方法で, リベ ラルアーツ と科学技術 を結びつ ける特別仕立ての 教育 を受 けよ うとす る学生に とって理想的である。 この課程で専門化 されている分野には次の
よ うなものがある。
生体科学
(BiomedicalScience)〔 医学部進学課程学位
(apre‑medicaldegree)〕材料科学
(MaterialsScience)コンピューター科学
(computerscience)システム科学
(systemsscience)環境 システム(
EnvironmentalSystems)次に,現在 の工学部の大学院
(GraduateGroup)は,次の7 つの工学課程 か ら構成 されてお り, 授与す る学位 はMa
sterofScienceinEngineering(M.S.E.)である。
生物工学
(Bioengineering)化学工学
(chemicalEngineering)コンピューター ・情報科学
(ComputerandlnfTormationScience)電気工学 (
ElectricalEngineering)材料工学
(MaterialsScienceandEngineering)機械 工学 ・応用力学
(MechanicalEngineeringandAppliedMechanics)システム工学
(systemsEngineering)ペ ンシルベニア大学は,フランク リン以来の実務 を重視 した教育 を行 うのが基本方針であ り, 工学部 もそ の大学院 もそれ に沿っている。 したがって,M.
S.E.の学位 も学部 の
B.S.E.とともに 専 門職 学位 に位 置付 け られ てい る。一方 ,著者
11)は さきに, ア メ リカ にお ける
"Master of Engineering"は,論文提出を要求 しない学外学位 に位置づ け られ る例が多 く,大学 によっては‑8‑
明確 に専門職学位 に分類 していることを報告 した。 また,わが国の工学修士または修 士 ( 工 学) は,多 くの大学で
̀̀Master of Engineering"と英訳 されているが, この点 を考慮す ると別 の英文表記 を検討す ることを希望 し,ペ ンシルベニア大学 にお けるM.
S.E.の用法が興味深 い こ とを述べた。ペ ンシルベニア大学の工学部大学院にお ける
M.S.E.学位課程 は,専門職学位課程
(professionaldegreeprogram)の範境にあ り,学位取得要件 として学位論文
(thesis)の提出は必ず しも必要ではないが,教授陣,講義,研 究な どの内容 はかな り基礎寄 りである。 したがって, わが国の工学修士または修士 ( 工学) をM.
S.E.に訳 して もなん ら問題 はない と思われ る。
2. 3 ExMSE
学位課程
9川2.3.1
課程創設の趣 旨と経緯
1987
年 ,AT&T ,DuPon
t,Uni
sysな どの6 企業 は, 当時の硬直 した国際競争 の点か ら,経済 的,政治的,そ して環境保護的な面にお けるアメ リカ合衆国の将来の安全保障には,まず産業 の繁栄が必要であると考 えた。そ して,それ には強力な管理能力 を発揮 し,かつ将来実用化が 期待 され る先端技術,すなわちェマー ジング ・テ クノロジー
(emerging technology)を広 く理 解 している行動力に富む科学技術面の リーダーが求 め られてお り,アメ リカの産業団体 と教育 機 関が科学技術の創造 と管理に関 して戦略的な決定を行 うことが必要なことを認識 した。その 結果,科学技術 における次世代の リー ダー を養成す る課程 を開設す るために,ペ ンシルベニア 大学 を選び,その教授陣,設備,環境,教育研 究実績 な ど傑 出 した資産を運用す ることが決定 され,工学部大学院に
̀̀ExecutiveMasterofScienceinEngineering (ExMSE)program"と呼ば れ,経営幹部 の養成 を 目指す修 士 レベル の社会人工学学位課程 が設置 された。 このExMSE 課 程が,長年 にわた り研究 と教育に学際的手法 を取 り入れ てきた工学部の一部 を構成 しているこ とは当を得てお り,その ビジ ョンは,企業家,科学技術者,政治家,そ して指導者 であった大 学の創設者 フランク リンの思想 を表 しているといわれ ている。
1988
年 以降,ExMSE 課程 には, コン ピュー ターお よび関連サー ビス,環境 ・建設技術 コン サル タン ト,システム ・コンサル タン ト,国防総省お よび航空宇宙関係,設備お よびその他 の 製造,証券投資情報サー ビス,食品加 工お よびサー ビス,保険,医療用品お よび器具製造,石 油化学製造,薬品製造,公共お よび非営利機 関,テ レコミュニケー シ ョン,運輸お よび流通, な らびに公益事業 とい う
16の私営お よび公共部 門の企業 にわた り
, 100以上の会社や諸機 関か ら
250名以上が入学 してお り,前述 した最初の主唱会社 に先見の明があったことを裏付 けてい る。学生の所属は, ヒュー レッ ト・パ ッカー ド
,IBM, ロッキー ド・マーチン,テキサス ・イ ンスツル メンツ,G.
E.,プルデ ンシャル保険,デュポ ン,モ ンサ ン ト化学,AT&T , フォー ド 自動車な ど大小 さまざまな産業, さらに陸 ・海 ・空軍,環境保護局,国立標準技術局な ど諸機 関である。 このよ うに多様 なことは,異 なる職業経歴 をもち,異なる産業で働 いている学生が, 小 さなグループをつ くって共同で授業課題 に取 り組むので,学習経験の内容 をきわめて豊富な
ものに している。
‑9‑
2.3.2
入学要件 とカ リキ ュラム
ExMSE
課程 は厳 しく,入学水準は高い。課程 のスケジュール は,学生が フル タイムの勤務 先の地位 を維持 しなが ら,学習 を続 けることができるよ うに組 まれている。学位取得候補者 に は,科学技術管理 において創造力のある リーダー として成功す ることが要求 され,知性 と人格 をそなえてエ リー トの途 を進む専門家であることが必要である。 また,優れた学歴 と産業界 に お ける職歴 に加 えて,工学,数学または科学に関連 した職業 にお ける教育 と経験 を最低
3‑5年 をもつ ことが望ま しい。入学要件 として,その他の職業経験お よび適切 な専門的履歴 について も考慮 され る。
ExMSE
学位課程 は,エマー ジング ・テ クノロジー の開発 と企業化 にお ける創 造性 に富んだ リーダー を養成す るために,必要な知的基盤 を与える新 しい,それ に的確 な教育課程である。
履 修課 程 は, 単一 の専 門分 野 ま た は学 問領 域 に焦 点 を合 わせ る よ りも, む しろ先進技 術
(advanced technology)の問題点を結びつ けて,多 くの専門分野 を結集 した学際的なものであ り,授業科 目は2 つ のタイプか ら成 っている
。 1つ は,先進技術 にお ける科 目であ り,他 の1 つ は,工学的な問題解決 に強い影響 を与 える主要な非技術的因子 にお ける科 目である。先進技術 における科 目は,特定の専門分野 に関連す ることもあるが,工学の総合的専門分野の性格 の基 本 をなす ものである。それ らの科 目の 目的は,種々の科学技術で もっ とも広い適用性 をもつ工 学 の基礎的な面について,学生の専門的知識 を補強す ることにある。 も う1 つの非技術的因子 が強い科 目は,成功 した創造力のある科学技術 の リーダーシ ップに とって必須であ り,エ ンジ ニア リング経済学,イ ノベーシ ョン
(innovation)の本質,産業組織,技術競争な どのよ うに, 現代の社会経済的な科学技術 システムの中で,工学の実務 に とって重要な諸因子 を問いかける ものである。
ExMSE
課程の授業科 目は,表
lに示す よ うに,必修 と選択 で総計31 の授業科 目か ら成 ってい る。 とくに必修 と選択 の両科 目を設 けることによ り,すべての学生がほぼ同 じ基礎 をもち,そ の上,1 つまたはそれ以上の分野でよ り深 く習得 できるよ うになることを期待 している。表 1 に 示 した授業科 目は,科学技術科 目, ビジネス科 目,経済学科 目お よびセ ミナー とい う
4つの区 分か ら構成 されている。科学技術科 目は,先進工学お よびエマー ジング ・テ クノロジーに集 中 して種々の工学専 門分野か ら選び出 され た科 目であ り,カ リキュラムのほぼ半分 を構成 してい る。残 りの半分は,近代科学技術 の成功 に不可欠 な問題 に関す る ビジネス科 目と経済学科 目に 当て られ る。 このよ うな堅実で,統合的なカ リキュラムにおいては,広い学生 どうしの交流 と ともに,各区分はもちろん必要であるが,組み合わせが重要 となって くる。
表l ExMSE 課程の授業科 目
必修科 目 ( 全科 目必修)
システム論
(Systems)会計学
(Accounting)Ilo‑
エ ンジニア リング経済学
(EngineeringEconomics) 金融論(Finance)経営情報 システム
(Managementlnfbm ationSystems)組織的行動お よび計画
(OrganizationalBehaviorandDesign) 科学技術 の管理(ManagementofTechnology)統計学
(Statistics)マーケ ッテ ィング戦略
(MarketingStrategies)製造 (運用管理)〔Manufacturing(OperationsManagement)]
製品設計お よび開発
(ProductDesignandDevelopment)科学技術選択科 目 (6科 目以 上)
コンピューター映像化
(ComputerVisualization)計算数学
(computationalMathematics)ソフ トウェア工学
(so免wareEngineering)エキスパー ト・システムお よびニュー ラル ・ネ ッ トワー ク
(Expert Systems andNeuralNetworks)遠 距離通信Ⅰ(TelecommunicationsI) 遠距 離通信Ⅱ(TelecommunicationsⅡ)
フォ トニクス
(Photonics)マイ クロエ レク トロニクス(
Microelectronics) 先進材 料(AdvancedMaterials)生化学工学お よび生物工学の進歩
(AdvancesinBiochemicalEngineering andBiotechnology)ロボ ッ ト工学 とオー トメーシ ョン(
RoboticsandAutomation)選択科 目 (制 限 な し)
革新 の戦略マネージメン ト
(StrategicManagementofIrlnOVation)指導者 と団体行動の基礎
(FoundationofLeadershipandTeamwork) 科 学技術 と公 共政策(TechnologyandPublicPolicy)世界経済 にお けるアメ リカ合衆国 (
U.S.intheWorldEconomy) 環境 管理(EnvironmentalManagement)技術起業家 の資格(TechnologyEntrepreneurship)
ビジネス政策
(BusinessPolicy)コンカ レン ト・エ ンジニア リング(
concurrentandSimultaneousEngineering)ロジステ ィックス(
Logistics)‑ H l ‑
カ リキ ュラムには,必要 に応 じて実験や 実地指導 が組み込 まれ る。 また, 自主研 究計画
(project)お よび宿題 のために, キャンパ ス内の コンピューター設備 を利用す ることができるO各科 目を担 当す る教員 は,それぞれの分野 にお ける知識 と専門的技術 の双方で,必要な基礎的 概念 を学生に伝 えることで選ばれ ている。
カ リキュラムは,本課程 の生涯活動 ともい うべ き最先端科学技術 と経営管理の論点の学修 で お くれ をとらぬよ う, しば しば改正 され, さらに内容が高め られている。 これ に ともなって, 本課程の修了者 は新たなカ リキュラムによる課程 に再び登録す ることができる。
2. 3. 3
課程における履修 と学位取得要件
本課程 は
, 1年 に秋,冬お よび春 の
3学期があ り
,9月に開講 して学年暦で
2年 にわたる。各科 目は
18時間の授業か ら成 り,各学期 に
3‑4科 目の授業 とセ ミナーが予定 され てい る。授業 は
9か月にわた り,毎月
2回,週末の金曜 日お よび土曜 日に行 われ
, (1学期 あた り
6回の週末),各 科 目は週末あた り
3時間教授 され る。
代表的な2 学年間のカ リキュラムを表2 に示す。
表
2代表的なカ リキュラム
学年 Ⅰ
Ⅱl
学期 ・マー ケ ッテ ィング戦略 ・経営情報 システム
・会
計
学・統計学 ・選択科 目
(2‑3科 目)
2
学期 ・エ ンジニア リング経済学 ・製品設計お よび開発
・組織的行動お よび計画
・システム論
・選択科 目 ・選択科 目
(2‑3科 目)
3
学期 ・金融論 ・科学技術の管理
表
2に例 を示 した よ うな体系化 され た学修 コースの形式 を離れ て,セ ミナーが設 け られてい る。セ ミナーは,技術的な,また ビジネス上の論点 を露呈 し,アメ リカ産業 に衝撃 を与える最 近の国際的展開に関す る考 え方 を引き出す ことで,本学位課程の統合的な部分であるとされ て
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いる。金曜 日の夕食の前 にプ レゼ ンテー シ ョンがあ り,食後 に討論が続 くとい うよ うにイ ンフ ォーマル な形で行われ るoセ ミナーの講師は,著名 な,あるいは注 目され る新興の企業の幹部, コンサル タン ト,公的機 関の代表者,な らびに大学教授な ど多士済済である。授業科 目に対す るニーズが学生によって認 め られ, また試 され た ことか ら,最近では,セ ミナー と必ずそれ に ともな う討論 の結果 として,多 くの科 目が新たに設 けられている。
ExMSE
学位 の取得要件 は,2 学年間に表 1 の科 目の範境か ら全部 で20 科 目を選択 し,それ に 加 えて,金曜 日の夜のセ ミナーに参加 して, 1 年 にl 単位
(2単位 を限度) を修得す ることであ る。 なお,ペ ンシルベ ニア大学 工学部 大学院 にお ける,伝統 的 な修 士 レベ ル の学位 で あ る
M.S.E.の取得要件は, 1 年間の在学で
10 科 目単位
(courseunit)の修得が標準的であるC
2. 3. 4 ExMSE
学位課程の 目的 と特徴
ExMSE
学位課程 は,急速 に変化 しつつ ある世界 において管理科学技術 の新 しい挑戦 に応 じ るために開かれたものであ り,課程 の学生に科学技術の知識 を身 につ けさせ ること,組織的技 能 を高めること,視野 を広げること,そ して学生が所属す る職場の環境で実際に役立つ リーダ ーになれ るよ うにす ることが 目的である。科学技術 の リーダーは,精通 していない科学技術の 分野にも注意 を払い,趨勢 と問題点 を理解 し,そ して戦略上の決定 を行 うことができなけばな
らない。それ らのことを考慮 して設 け られた本課程は,次に列挙す るよ うな特徴 をもっている。
①
ExMSE学位課程 は,多 くの専 門分野 を結集 した総合的な教育 と比類 なき幅広 い教授 団 とい う,ペ ンシルベニア大学の長年の実力 を利用 している。
② 科学技術的な解決 に影響する ビジネス,工学お よび政府政策 にお ける知識 を与える。
③ 一連のセ ミナー において,志 向性 の似た仲間 どうしの間で討論 し,企業の リーダー に直 接会わせ ることで教室の授業 を統合 している。
④ 参加者は,ますます競争が激 しくなる世界市場 において,最善の結果 を得 るために,種 々の科学技術やその他 の資源 をいかに して管理す るかを学ぶ。
⑤ 本学位課程 をユニー クな らしめるものは, ビジネスチャンスの社会的環境 に投げかけ ら れた技術的イ ノベーシ ョン
(technologicalinnovation)の統合である。
⑥ 本学位課程は, このタイプの課程 としては国内最初であ り,現在 まで科学技術の多様性 をもって国際的に学ぶための唯一の課程である。
⑦
ExMSE学位 は,将来 に待 ち受 けている未知 の難題 に直面す ることを覚悟 させ る ことに よ り,個人のポテ ンシャル を最大にもち上げる。
⑧ 広範囲にわたるエマージング ・テ クノロジー を教室で学び,種 々の企業か ら来ている学 生が互いに対等な立場で討論す ることによって,学生に,新 旧多種 の企業 にお ける立場の多様 性 を覚悟 させ る。
⑨ 本学位課程 は,多分野にまたがる科学技術 を統合 してお り,またそのための課程である。
そ して,バ ックグラン ドの多様性 か ら学生の交流 によって好結果 をもた らす課程である。 した がって,広範囲の代表的な合衆国産業のニーズを満 たすのに,ExMSE 学位課程 が理想的 に合
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