ニティ」概念の位置 : ニューマン&オリバーの「教 育とコミュニティ」(1967)の分析を通して
著者 唐木 清志
雑誌名 静岡大学教育学部研究報告. 教科教育学篇
巻 28
ページ 57‑74
発行年 1997‑03‑24
出版者 静岡大学教育学部
URL http://doi.org/10.14945/00008335
アメ リカ社会科の「参加」学習論における
「 コ ミュニテ ィ」概念の位置
― ニューマ ン &オ リバーの「教育 とコ ミュニティ」(1967)の 分析を通 して一
'community' in Learning through Participation in thb Case
of U.S. Social Studies Education
-An Analysis of 'Education and Community'
(Fred M. Newmann and Donald W. Oliver)-
唐 木 清 志
Kiyoshi KARAKI
(平 成 8年 10月 7日 受理 )
1 本研究の 目的
1975年 ,ア メ リカの教育学者 Fo M.ニ ューマ ン (Fred M.Newmann)は 『 市民 的行 為 の ための教育 (EducatiOn fOr Citizen Action)』 1)を 刊行 し ,そ のなか で ,社 会科 の学 習論 に関 す る一つの注 目すべ き ,そ して今 日の 日本 の教育改革を考える上で示唆に富んだ提案 を行 な っ た。彼 のいわゆ る「『 参加』学習論」 2)が ,そ れであ る。
さて ,同 書刊行 に先立つ こと 8年 ,1967年 ,ニ ューマ ンは Do W.オ リバ ー (Donard W。
Oliver)と 共 に「 教育 とコ ミュニテ ィ (Education and COmmunity)」 3)と 題 す る論 文 を発表 した。日本 で も ,一 部 の社会科教育学者 によって ,ニ ューマ ンあるいはオ リバーの研究 はな さ れて いるが ,同 論文への言及 はほ とん ど皆無 に等 しい。 その背景 に は ,1960年 代 の社 会科 を
「 社会科学科」 と一面的 に色付 けて しま う研究者 の態度 4)ゃ ,ニ ューマ ンとオ リバ ーの研究 を
「 論争問題 アプ ローチ」に限定 して とらえている研究者 の認識不足 5)に あ った と思 わ れ る。 同 論文 の中で ,彼 らはい くつかの重要 な提案を行 な っている。その中で も注 目すべ きは ,彼 らが
「 学校 が唯― の教育 の場 である」 とい う近代的な教育観を批判 し ,「 教育 の再生」を目的 として
,「 学校 (問 題 中心 の体系的・ 計画的な学習指導 )」 「 実験室・ 仕事場・ 工場 (コ ミュニ テ ィにお ける問題 中心 の活動 に実際に参加す ること )」 「 コ ミュニテ ィセ ミナー (異 年齢・ 異業種 の人 々 が共通関心 の下 に一 つの問題 を議論す ること )」 とい う三つの学 習 の文脈 の関連性 を提案 した こと。さ らに ,コ ミュニテ ィに存在す るさまざまな教育資源を発掘・ 配置す る過程 で ,近 代社 会 の中でその関係性 を疎外 されて きた人 々が経済的 0民 族的・ 倫理的・ 職業的壁 を乗 り越え て
「 教育」 とい うシンボルの下 で協働 し ,最 終的にそ こで得 られた人 々の関係性 の回復が「 コミュ ニティの再生」へ と繋がると主張 したことにある。
本研究 の 目的 は ,「 参加」学習論 の性格を理解す る際 に必要不可欠 であ る「 コ ミュニテ ィ」
とい う概念 に注 目 し ,「 参加」学習論 における「 コ ミュニテ ィ」概念 の位置 を明 らか にす る こ とにあ る。またそのために ,本 研究 は次の三つの手順 によって進 め られ る。第一 に ,ニ ューマ
ンとオ リバ ーが提出 した「『 偉大 な社会』 /『 コ ミュニテ ィの喪失』」 という対立 す る社会観 に
注 目 し ,「 参加」学習論 は「 偉大 な社会 (大 衆社会 )」 の拡大 を疑 問視 し,「 コ ミュニテ ィの喪
失」を克服す る手立てを講 じる過程 で誕生 した ことを指摘す る。 また ,そ の際,「 参加 」学習 論 にとって理論的 に も方法的に も拠点 となるコ ミュニティの性格に関す るニューマ ンとオ リバー の見解 が示 され る。第二 に ,「 偉大 な社会」の下での教育 の現状 ,あ るい は当時 (1960年 代 )
の教育改革 の問題点を指摘す る。 「 学校が唯― の教育の場 とな っている」 「教育 が公共 的 に独 占 されて いる」 「 企業型官僚制 をモデルとして学校教育が成立 して い る」 とい った問題 点 の指摘 は ,「 参加」学習論 の必要性を主張す るのに貴重 な文脈 を提供 す る。第二 に ,ニ ューマ ンとオ
リバ ーの教育改革 に関す る提案 が示 され る。彼 らの提 案 す る三 つ の学 習 の文脈 とは,「 学 校 (→ 問題解決学習 )」 「 実験室・ 仕事場・ 工場 (→ 学校外活動 ,「 参加」学習 )」 「 コ ミュニ テ ィセ ミナー (→ 子 どもと大人の交流 ,大 人 の職場か らの解放 )」 で あ り ,そ れ らは今 日の 日本 にお ける教育改革 を考 え る上 で も示唆 に富んだ文脈 を提供す る。
2 「 偉大な社会」 と「 コミュニテ ィの喪失」―対立する二つの社会観―
ニ ューマ ンとオ リバ ーは ,1960年 代 の アメ リカ社 会 の解 釈 の仕 方 と して ,「 偉 大 な社 会 (great society)」 と「 コ ミュニテ ィの喪失 (missing community)」 の二 つ を挙 げて い る。 こ の二項対立 の図式 は ,F.テ ーニエ ンス (F.T6nnies)の 「 ゲゼル シャフ ト」 と「 ゲ マ ンシ ャ フ ト」 ,あ るいは ,Rc M.マ ッキーバ ー (Robert Mo Maclver)の 「 ア ソ シエ ー シ ョン」 と
「 コ ミュニ テ ィ」 6),そ して ,彼 らが最 も影響 を受 けた と思 われ る 7),R.A.ニ ス ベ ッ ト
(Robert Ao Nisbet)の 「 ソサイアテ ィ」 と「 コ ミュニテ ィ」 と同類 の ものである。
周知 の通 り「 偉大 な社会」 とは ,ケ ネデ ィ大統領 (1960‐ 63)の 後継者 であるジョンソ ン大統
領 (1963¨ 68)が 掲 げた経済成長 を刺激す るための政府計画を さす。その中 には ,具 体 的な政策
と して ,減 税計画 ,人 種差別廃止諸法 ,選 挙権行使保護 に関す る諸法 ,老 人 に対す る健康保険
,教育 に対す る連邦支 出などが含 まれて いた。民主党大統領 であ った ジョンソンは ,フ ラ ンク リ
ン・ ルーズベル トのニューデ ィール政策を模範 としてお り ,そ のよ うな意味か らも ,彼 の政策 が民主党 の伝統的な政治理念 の一つである「 大 きな政府」 8)に 基 づ くもので あ った ことは明 白 であ る。また ,ア メ リカの 1960年 代 は ,科 学技術者 が政府 と並んで権力 を もった時代であった。
政府 と社会科学 の権力 は容易 に結 び付 き ,社 会工学的な発想 に立 って ,政 府 は次 々 と合理 的 な 政策を作成 ,実 行 して い く。 こうして ,当 時 は「 科学技術の進歩 と将来 の世界 にた いす る楽観 主義 が支配 した」 9)時 代 と呼ばれ るに至 るのである。その点を ,ニ ューマ ンとオ リバ ー は次 の よ うに述べている。 「 『 偉大 な社会』 とい う見方 は ,人 間の進歩 に対す る強力 な楽観 主義 ,そ し
て都市化 0技 術化・ 経済発展 を進展 させよ うとす る欲望 を噴出させ る。また ,そ れ らは次 の よ うな仮説 に基づ いている。すなわち ,そ のよ うな歴史の必然的な力 は ,以 前 よ りも人 間 が『 人 間 らしく』あ るために ,ま た人間をよ り自由にそ してよ り安全 にす るために利用す ることがで きる」 0。 科学技術者 の手 によ って人類 は月 まで到達 し ,ま た大型 ジェ ッ ト機 の就航 は世界 を 確実 に狭 めた。さ らに ,60年 代 のアメ リカは全般的に経済 が繁栄 し ,生 産性 の伸 び は早 く ,失
業率 は低下 し ,好 景気 が続 いた。そのよ うな社会状況を考慮すれば ,ア メ リカ市民 が政 府 の肥 大化を快 く受 け入れた ことも ,そ して ,ア メ リカ市民の間に楽観主義 の雰囲気が流 れた こと も 容易 に想像 で きるところとなる。
しか しその一方で ,社 会 の病理現象 は少 しずつではあるが着実 にアメ リカ社会を蝕 んで い っ た。その状況 を鋭 く指摘す るのが ,「 コ ミュニテ ィの喪失」の立場 に立 つ論者 たちで あ る。彼
らは具体的な病理現象 と して人間の孤立化・ 無気力をあげ ,そ の原因を都市化・ 機械化 0効 率
化 といった シンボルで説明 される「 偉大 な社会」の拡大 とそれに ともな う「 コ ミュニテ ィの喪 失」に求 め る。さ らにその上 で ,そ の病理現象を克服す るためには今や コ ミュニティの再生 を おいて は他 にないと主張す る。 「 コ ミュニティの喪失」の立場 に立つニューマ ンとオ リバ ー は
,その点 を次 のよ うにまとめて いる。 「 『 コ ミュニテ ィの喪失』 とい う見方 は ,人 間の同胞意 識 を 崩壊 させ ,連 帯意識 を分裂 させ ,諸 活動 の主体性 を奪 い ,職 業 に対す るアイデ ンテ ィテ ィや使 命感 を減少 させ る傾向にある ,社 会 の産業化 0都 市化・ 専 門化 0科 学技 術化 の影響 に注 目す る」。。そ してニ ューマ ンとオ リバ ーは「 コ ミュニテ ィの教育力 の整備」 を コ ミュニテ ィを再 生す るための一 つの手立 て と して提案す るわけであ るが ,こ こで はまず ,彼 らが社会の病理現 象 を どのよ うに理解 して いたのかを検討す ることとす る。
「 偉大 な社会」の出現 と「 コ ミュニテ ィの喪失」によ り ,人 々の「 経験 は分 断 され ,職 業 の 専 門化 とい う理 由で人々 はカプセルの中に閉 じ込 め られ ,社 会的孤立 は多様 な集 団が効果 的 に コ ミュニケー ションす ることを困難 に した」 12)。 さ らに ,ニ ューマ ンとオ リバ ーに よれ ば ,具
体 的 には次 の五 つの悪影響が アメ リカ市民 の上 に及 ぼされた。す なわ ち,(1)生 活 の分 断 (2)社
会移動 (3)イ デオ ロギーと美 の喪失 (4)非 人間化 (5)無 気力 ,で ある。。
第一 の「生活 の分断」 は ,専 門化 0分 業化 0孤 立化 の中で ,人 間が「 自分 たちの特定 の立場 を超 えて ,人 々 と連帯 した リコ ミュニケーションした りす ることがで きな くな った」И )こ とを 意味す る。彼 らによれば ,そ のよ うな コ ミュニケー ション不足 は ,コ ミュニテ ィにお け るアイ デ ンテ ィの喪失 へ とつなが るものであ った。なぜ な らば ,「 さまざまな人 々 ,機 関 ,生 活様式 の関連性 を知覚す る (あ るいは ,少 な くとも意識的 に認 め る )能 力 」 0に 不 足 す る人 間 は , も はや コ ミュニテ ィにおいて 自分 の居場所を認識 で きな くな っているか らである。第二 の「 社 会 移動」 は ,ア メ リカ人の変化 を求 める熱意 の裏返 しである。急激 な社会移動 は ,世 代 間 (子 ど もと大人 )の 「 関係性 (relatedness)」 を希薄 な もの とす る。例えば ,高 度 の移動性 は職 住 の 分離 を進展 させ ,そ の結果 ,親 子間の会話 の機会が減少 し ,ま た若者が年長者 の職業を観察 し
,職業 に対す る意識を涵養す る機会 も減少 した。さ らに ,第 二 の「 イデオ ロギーと美 の喪失 」 と
は ,「 偉大 な社会」が科学技術 に権力 を与え ,「 手段・ 方法」 といった価値を追求す る一 方 で
,「 目標・ 理念」に対 して はほん とん ど注意 を払 わないことを意味す る。現代社 会 で は ,増 大 す る消費 や社会移動 といった実際的 な手段への関与が ,社 会正義 や個人的救済 とい った曖昧 で予 見的 な目標 への関与 よ りも価値があるとみなされ る傾向にあ る。 しか しなが ら ,個 人的 な価値 観 はそのよ うな曖味で予見的な目標 との格闘の中で こそ構築 され るものであ る。第四の「 非人 間化」 とは ,機 械化 や コ ンピュータ制御の導入 によ り ,人 間の経験 が非人間化す ることを意 味 す る。機械化 の導入 は個人 と個人の間にある微細 な相違 を識別 しず らくし ,徐 々にではあるが
,人間の個性 を喪失 させて しま った。第五 の「 無気力」 とは ,個 人が 自分 自身 の運命 を十分 に コ ン トロールで きないとい う感覚が蔓延 していることを意味す る。従来 ,コ ミュニテ ィの運 命 は 諸個人 の意思 の総合 として決定 されて きたのに ,現 在 では ,そ の運命 は一部 のエ リー トや行政 官 ,あ るいは政府 によ って決定 されている。 このよ うな状況下 にお いて,「 人 間 は もはや私一 人が どのよ うな決定 を下 そ うとコ ミュニテ ィの運命 にはなん ら影響 はな い」 0と 判 断 す るに至
るのであ る。
一見 して もわか るとお り ,こ れ らの「 偉大な社会」批判 は 1950年 代か ら 60年 代 にか けて多 く の社会科学者 によって主張 された「 大衆社会 (mass society)」 論 と連 続 す る もので あ った。
ニューマ ンとオ リバ ーは ,こ の立場 の代表的な論者 として ,前 述のニスベ ッ トの他に ,D.リ ー
スマ ン (D.Riesman), D.ベ ル (D.Be11), C.W。 ミルズ (Ce Wo Mills), H.ア レン ト (H.Arendt)と いった人 たちを挙 げている。本稿では諸氏の理論を詳細 に検討 す る ことは じ ない。 しか しなが ら ,彼 らに共通す る認識 として ,第 一 に ,現 代社会 における政治 的無 関心 や 政治的疎外感 といった諸問題 の原因を ,高 度 な移動性・ コ ミュニテ ィの帰属感の欠如・ 官 僚制 化 などの大衆社会の特徴 に求 めて いること ,第 二 に ,ニ スベ ッ トに代表 され るよ うに (勿 論 の 各氏 は学派 もイデオ ロギー も異 な り ,時 には直接 の批判対象 と も して い るので あ るがめ ),そ
の問題克服 の一つの方向性 と して ,諸 個人が連帯性を もって統合 されて いるよ うな「 コ ミュニ テ ィの再生」へ と向か った ことは注 目に値す る。
上記 のよ うな観点 か ら「 偉大 な社会」が人間の上 に及ぼす悪影響 を指摘 した後 で ,ニ ューマ
ンとオ リバ ーは ,コ ミュニティを次 のよ うな六つの性格を もつ集団 と定義す る 10。
(al その集団では ,成 員であることが単 に他の 目的のための手段 としてで はな く ,そ れ 自体 一 つの 目的 として価値付 け られ る。
(b)そ の集団 は ,成 員 の生活 におけるすべてのあるいは重要 な場面 とかかわ る。
(C)そ の集団 は ,対 立す る考 え方を許容す る。
(dl その集団の成員 は ,目 的 と集団内の葛藤を解決す るための手続 きを共有す る。
(e)そ の集団の成員 は ,集 団の行為 に対す る責任を共有す る。
(f)そ の集団の成員 は ,互 いに永続的で広範 な個人的接触を もっている。
ニューマ ンとオ リバーによれば ,こ の定義 は次 に示す よ うな伝統的な社会 と国家の関係 に基 づ いて いると言 う。 「 明 らかな ことは ,社 会 な しに自己は存在 しない こと ,そ して , ア リス ト テ レス も述 べ るよ うに ,社 会 は個人 よ り先 に存在す ること ,さ らに ,実 現 され るべ き自己 は彼 らの存在す る社会 によって本質的な特性 を与 え られ ること ,最 後 に ,自 己実現 は社会 との継続 的 な関与 の過程 においてなされ ることである」
2の。っ まり ,個 人 が アイデ ンテ ィテ ィを確立 す るの は正 に コ ミュニテ ィにおいてであ り ,そ れゆえ ,コ ミュニティは子 どもがアイデ ンティティ を確立す る場 と して教育的な意味付 けがなされなければな らない。また ,ニ ューマ ンとオ リバー は ,上 記 のよ うな コ ミュニティの特性 に共通す る基準 として心理学的な基準 ,具 体的 に は「 共 通 の絆 とい う感覚 (a sense Of common bond)」 "を あげている。例 えば ,従 来の社会学では
,コ ミュニテ ィを次の三点か ら特徴付 けていた。すなわち ,(1)限 定 された地理的領域 に集 ま った ひ とま とま りの集落 (「 地域性」 ),(2)住 民 の間の実質的な社会相互作用 (「 関係性 」 ),G)血 縁 的 な結 び付 きに基 づかない共通 の成員 とい う感覚 ,一 緒 に所属 しているとい う感覚 (「 連帯性 」 )
の三つであ る。ニューマ ンとオ リバ ーは ,こ の三点 の うち ,と りわけ (3)の 「連帯性 」 を最 も重 要 な もの と し ,そ れ との関連か らコ ミュニテ ィの性格 を明 らか に した。上記 の 6つ の特性 の う ち (a)の 内容 が先頭 に位置付 け られていることは ,そ のよ うな彼 らの考え方 が強 く反映 して い る ことの証拠 となるであろ う。
また ,彼 らは「 コ ミュニテ ィ」 と「 集団 (grOup)」 の意味内容の違 いに注 目す る。それ は
,コ ミュニテ ィの再生を強調す ることにより ,彼 らの主張が「 血縁関係 に基 づ く復古主義 的 な コ
ミュニテ ィの再建 を 目指す」 ものであると判断 され ることを防 ぐためであ る 2)。 彼 らは述べる。
「 われわれの定義 は歴史学的な ものではな く ,ま してや ,古 き善 き時代 へ回帰 す る ことを提 案
す るもので もない。われわれは ,現 代社会 において ,(上 記 のよ うに定義 され る )コ ミュニティ
が失 われて いると主張す るのみである」 "。 彼 らの提案す るコ ミュニテ ィは血縁 関係 に基 づ く 伝統的で閉鎖的な集団で はない。それは人 々が階級や民族 を超 えて 自由に交流 し合え る ,そ の
よ うな進歩的で開放的な集団を指 して いる。ここで ,上 記 の コ ミュニテ ィの定義 を見直 してみ よ う。彼 らは「 集団」 とい う言葉を使用 していた。 これは,「 コ ミュニテ ィ」 とい う言葉 が歴 史的 に様 々な意味を付与 され新鮮味を失 っているのに対 して ,も う一度原点 に戻 ってその言 葉 の意味を解釈 し直そ うとす る 9彼 らの熱意 の現 われである。
ともか く ,こ うして彼 らは「参加」学習論 の枠組 みを整 えてい く。 したが って ,彼 らの提案 す る「 参加」学習 もまた ,子 ども・ 青年 の政治的無関心や政治的疎外感 を憂慮 し ,そ れを克服 す る手段 と して ,子 どもたちが 自由に学校 の中へ人々を招待 した り ,あ るいは教師の監 視 の下 で社会施設 を見学す るだ けでな く ,子 ど もたちが 自由にコ ミュニテ ィヘ飛 び出 して人 々 と交流 す るといった ,コ ミュニテ ィに対 して開放的で , しか もダイナ ミックな学習 スタイルを とる こ
ととなろ う。
3 「 偉大な社会」下の教育 における問題点一新 しい教育改革の提案 に向 けて一
1970年 代 までのニューマ ンの業績 は ,ま ず第一 に ,1960年 代の後半 か ら 1970年 代 にか けて研 究 された論争問題 (controversial issues)に 関す る研究 ",次 いで第二 に ,1970年 代半 ばよ り
提案 された「 参加」学習論 に関す る研究 の二つである。当然 の ごとく ,二 つの研究 の間 に は理 論 の上 で もまた研究方法 の上 で も大 きな違 いがあ り ,一 人 の研究者 の業績 とは言 え ,単 純 に二 つを同一 の学習論 と して取 り上 げることには困難が ともな う。 しか し ,両 者 の間には共通 の前 提 があ った。それが本章で取 り上 げる現代 (1960年 代 )教 育批判 とい う観点 と ,次 章 で取 り上
げ る新 しい教育改革 の提案 とい う観点 であ った 。
1960年 代 の教育改革 を一言 で言 い表 わす な ら ,そ れ は「教育の現代化」である。スプー トニッ クシ ョックに始 まる教育改革 の大 きな流れは ,教 育 の広 い分野 にわた って社会科学的 な発想 を 浸透 させ ,と りわ け社会科 では学習内容 の精選化 0構 造化・ 系統化 と して広 が った。さ らに
,改革 の動 きは学習内容 の面だ けに限 らず ,発 見学習やチームテ ィーチ ングといった学習方 法 の 面 にまで及んだ。その流れ は全国 レベルで広が り ,そ れゆえ 60年 代 は「 改革 の時代 」 と も呼 ば れ る。 しか し ,当 時 の教育界 ではこの教育改革 が必ず しも手放 しで受 け入 れ られたわけで はな い。当然 の ことなが ら ,そ の改革 の方向性を批判す る論者 も少なか らず存在 した。本稿 で取 り 上 げ るニューマ ン 25)ゃ ォ リバ ーの他 に も ,例 えば ,ポ ラ トニ ック (S.Polatnick)は ,1960年 代 の教育改革 の領域 が ,学 習内容や学習方法 に偏 り過 ぎるきらいが あ り,「 市民 的 資質 と政治 的知性」 とい った社会科 の 目標論 0本 質論 に関す る研究が疎か にされて いることを指摘 して い る )。 さ らに ,ベ イヤーとフ レンチ (B.K.Beyer and Ho P.French,Jr)も ,今 日の教育 間 題 の原点 を青年 の政治的無関心や政治 に対す る敵意 に見 い出 し ,教 育改革 の方向性 は ,民 主主 義 的 な政治過程 を通 じて ,コ ミュニテ ィや公的な出来事 に積極的 に参加す る能力 を育成す る こ
とであ ると述べている
2つ。 このよ うな論者 は必ず しも当時の教育界で は主流 をなせ なか った。
しか し ,70年 代及 び今 日の教育改革 を考 え る上 では非常 に意味深 い ものであ ったと考 え る。
2章 で述 べたよ うに ,ニ ューマ ンとオ リバ ーは 1960年 代 の社会を「偉大 な社会」 とい う観点
か ら批判す る。 したが って ,当 然 ,教 育批判 も「『 偉大 な社 会』下 の教育」 にお け る問題 点 を
指摘す ることとな る。彼 らは次 の三点か らその問題点 を指摘す る。す なわち,(al形式 的 な学校
教 育 と して の教 育 (Education as Formal Schooling),(b)公 共 的 独 占物 と して の 教 育
(Education as Public MonOpoly),(C)企 業型官僚制をモデルとした教育 (Education MOdeled after Corporate Bureaucracy)の 三つであ る。
第一 の「 形式的な学校教育 と しての教育」において ,彼 らは次のよ うにその問題性 を指摘 す る。す なわち ,「 ほとん どのアメ リカ人 は ,『 教育 (education)』 と学校教育 (schooling)を 同 一視 して いる。そ して ,そ の学校教育 は (他 の目的を もたない )一 つの制度の中で実践 され る 形式的 な学習指導 と定義 され る。伝統的な レ トリックによれば ,あ る人 は学校へ行 くことによっ て『 教育』を獲得す る」 "。 学校が出現す るず っと以前 よ り , コ ミュニ テ ィで は非形式 的 な教 育 が展開 されて きた。ハ ーバー ド大学 のバイ リン (B.Bailyn)教 授 の「 文化 の伝達 に とって 最 も重要 な機関 は ,学 習指導 に関す る形式的な機関や コ ミュニケー ションに関す る公的な道 具 で はな く ,正 に家庭であった」り とい う言葉を引用す るまで もな く ,歴 史 的 に は ,家 庭 を始 め と して コ ミュニテ ィには学校以上 に効果的な教育機関が数多 く存在 した。 しか し残念なことに
,今 やアメ リカ社会で はこのよ うな コ ミュニテ ィの教育力 を異常 なほど過少評価 して いる。そ の 最 も大 きな原因の一つが ,学 校教育 の拡大 にともな う ,ア メ リカ市民 による「学校 の神聖化」
であ った。
「学校 が唯― の教育 の場 である」 (「 学校 の神聖化」 )と 考 え ること ,す なわち ,学 校 をコミュ ニティよ り分離 して子 ども・ 青年 をその中に囲い込み ,コ ミュニテ ィにおいて教育的機能 を有 す る唯― の機関 と位置付 ける背景 には ,次 のよ うな二つの理 由が考 え られ る。
一つ 目の理 由 は教育を準備教育 (Education as Preparation)と 捉 え る ことで あ る。言 い 換 え るな ら ,そ れ は「 われわれは教育 を必要不可欠 な『 準備』 とみな している。 さ らに ,わ れ
われは注意深 く『 学習す ること』を『 行動す ること』 『 なす こと』 あ るいは生産 的 な活 動 と分 離 して いる」
3のとぃ ぅ考 え方を さす。 このテーゼは ,次 のよ うな根拠 を もって正 当化 され る。
す なわち ,「 われわれ は将来子 ど もや青年 が生産的な大入 となれ るよ うに特殊 な制 度 を必要 と して いる。……後 に ,お 金を稼 ぎ ,理 性的 に投票 し ,子 どもを育て ,こ のアメ リカを守 れ るよ うにな るために ,今 やわれわれ は教育を必要 とす る」 0。 無論 ,子 ど もが大人 とな った ときに スムーズに社会へ順応 で きるよ う ,大 人 は責任を もって子 どもに対 して準備教育 を しなけれ ば な らない とい う考 えに疑 う余地 はない。 しか し ,こ の考 えを過剰 に強調 し過 ぎると ,次 の よ う
な問題 が生 じる。例えば ,精 神的あるいは認知的に人間を「 発達 している人 (準 備段 階 の人 )」
と「 発達 した人」に区別す ることは可能なのか。 「 人間 は一生学 び続 け る」 とい う生 涯学 習 の 観点 に立 てば ,教 育 を子 ど も時代 に限定 して捉 え ることは不可能で はないか。さ らに ,大 人 の 関心 と子 ど もの関心 をそれ ほど明確 に区別 で きるのか。子 どもの関心 は発達段階 によ ってで は な く ,そ れぞれの個性 によ って決定 され るもので はないか。 もしそ うであるな ら ,同 年齢 の子 ど もに共通 の課題 を与 え るのは適切 とは言 えず ,む しろ関心 を共 にす る人間が年齢 や職業 を超 えて結 び合 い ,共 に学 び合 う方 がよ り自然 と言え るのではないか。
二つ 目の理 由 は「 学校外で発生す る問題・ ジレンマ・ カオス ●現象 と学校 を分離 す る」
3のた
めに ,学 校 とコ ミュニテ ィの間 に日に見えない高 い壁 を築 くことである。 しか しなが ら ,学 校
とコ ミュニテ ィを分離す ることは ,学 校外 の子 どもの活動 と教室の中での子 どもの学習の連 続
性 を分断す ることとな り ,結 果 として ,子 どもは不連続 な二つの世界 を生 きることとな る。 こ
うして今 日で は「 学校で学習 したことが コ ミュニティの生活 に役立つ ことは非常に少な くなり
,また学校 で教 わ ることは『 無視す ること』 と『 記憶す ること』」 30だ けとな った。 また彼 らは
,進 歩 主 義 教 育 も次 の よ うな観 点 か ら批 判 す る。 つ ま り ,進 歩 主 義 教 育 は「 反 形 式 主 義
(antiformalism)」 (生 徒のよ り個人的な自由の行使を許す こと ,遊 びや様 々な芸 術 や工作 を 強調す ること )へ 向けた努力を したに もかかわ らず ,彼 らの最大 の問題点 は ,最 終的 に彼 らが 教育 を形式的な学校教育 に限定 して捉 えよ うと した点 にある の 。
三つ 目の理 由 は教 え ることを特殊 な職業 (Teaching as a Specialized Occupation)と 捉 え ることであ る。ニューマ ンとオ リバ ーによれば ,「 学校が専門 的 な教育者 によ って組 織 され る 限 り ,学 習 はコ ミュニテ ィの関心か ら孤立 した もの となる」 35D。 果 た して ,教 師 は免許 を もっ た「 教員」だけに任せ られるべきなのだろうか。ニューマ ンとオ リバ ーは述 べ る。「 実際 に価 値 あ る教育 は ,様 々な『 訓練 されていない人々』 (政 治家・ スポー ツマ ン・ 芸 術家 0ブ ルーカ ラーの労働者 など )か らも与 え られ るはずである」の。つま り ,学 校 の権 限 や仕事 が狭 く抑 え られれば られ るほど ,教 育 はます ます活動的な ものになる ,と 言 うのである。
第二 の「 公共的独 占物 としての教育」において ,ニ ューマ ンとオ リバ ーは義務教育 の弊害 を 指摘す る。つま り ,義 務教育 は「 すべての地域 0宗 教 0信 条・ 経済 レベルの子 ど もた ちが ,共
通 の教室 において ミックスされ る機会を もつ」
3つことを可能 に し ,「 平等」の理念を実現 して き た。 しか し ,結 局 の ところ ,そ れは 6歳 か ら 16歳 の間の子 どもたちを学校に囲い込むこととなっ て しま った。 こうして ,義 務教育段階 の学校 は ,本 章 の前半部分 で も述 べたよ うに ,実 質 的 に は学校 とコ ミュニテ ィの間に高 い壁を築 いて しまったのであ る。
彼 らは次 の二つの観点か ら「 公共的独 占としての教育」の問題点を指摘す る。第一の観点 は
,6歳 か ら 20歳 の前半 までの子 ども時代や青年時代を学校が独占す ることによ り ,子 ど も文化・
青年文化 を変質 させて しまったとい うものであ る。ニューマ ンとオ リバ ーは次のように述べる。
す なわち Dい 理学 的には ,青 年 (ど んな人間であれ )は 統制 され ,要 求 され ,計 画 され た学 習 課題 よ りもむ しろ ,エ リクソンが′ い理的・ 社会的 モ ラ トリアムとして提案 したよ うに ,自 発 的 で 自主的 な活動 の中で ,そ の生活の大部分を費やす ことのほ うが重要 で あ る」 38D。 現在 の学校 で は生徒 の 自由を否定 し責任 のみを課す ことによって ,結 果 と して,「 生徒 が個人 的 な決定 を 下 す際の コ ンピテ ンス (能 力 )の 発達 を妨 げて いる」。 と彼 らは断言 す る。現在 で は学校 は生 徒 の探検的 0経 験的な活動を呼 び起 こす もの とはな っていない。さ らに ,学 校 は ,生 徒 自身 が
自 らの責任 の下 に独 自の「 教育」を探す ことを拒絶す る。 このよ うに ,学 校 が子 ど も・ 青年 の 時間 とエネルギーを独 占す ることによ り ,同 時代 に特有 のエネルギ ッシュな文化 の創造 が不可 能 な もの とな って しまったのであ る。
第二 の観点 は ,学 校 による独 占が文化的な統一性を確保す ることには役立 つであろ うが ,個
人的 な見方 や生活様式 ,さ らには味覚 の基準 (給 食 によるもの )に 及ぶ まで ,人 間 の多様 性 を
破壊す ることにつなが っているとい うものであ る。現代社会 には非常 に数多 くの力 が存在 し
,それ らが互 いに作用 し合 って いる。学校教育 に関 して言えば ,「 マ スメデ ィア・ 出版社・ 全 国
的 なカ リキ ュラム開発 プ ログラム・ 専門的な教育者 などの力 が学校 の隅か ら隅 まで (無 意識 の
うちに )支 配す ることで ,教 育の画一化を引 き起 こ して い る」
4°。 あ る人 は国 の至 る所 の学校
におけるプ ログラムを観察す ることで ,そ こに驚 くほどの同質性を見 い出す ことがで きるで あ
ろ う。例 えば ,都 市中心部 のスラム地域 の学校 と都市郊外 の中産階級 の生活す る地域 の学校 が
同 じプ ログラムを実施 しているとい う事実 は ,ア メ リカ教育 の伝統 であ るところの ,学 校教育
が コ ミュニテ ィの特性 を生か しなが ら運営 され るとい う理念 を損 な うことにな りかねない。 こ
う したカ リキュラムの画一性 は ,言 い換 えるな ら ,「 国家が子 ど もや青年 を捕虜 の よ うに支配
す る」 41)と ぃ ぅことであ る。
最後 に ,第 二 の「企業型官僚制 をモデルとした教育」において ,彼 らは学校 の性格 の変化 に つ いて述べ る。 「 偉大 な社会」の下 ,「 学校 も企業 と同 じよ うに滑 らかな ランニ ング生 産 ライ ン と して管理 され るよ うにな った」
4の。その結果 ,例 えば ,学 校 の周辺 に一種 の階層 が生 じる こ ととな る。つ ま り「『 生徒 <親<教 師 <校 長 <教 育長 <教 育委員 会』 に属 す るそれ ぞれ の人 々 は ,自 分 自身 の機能や 自分 自身 の権限を当然 の如 く知 って」 ・ )お り , したが って それ ぞれの権 威 を超 え ,多 少の衝突 や葛藤を超えてよ り良 い教育 を目指 して結 び付 くことはほとん ど稀 な こ
ととな って しま った。 こうして ,学 校 を支配す る理念が「 効率性 (efficiency)」 となって しまっ たのである。今や学校 は企業 とい う組織 と同 じ官僚制 モデルの下 に構成 され るよ うにな った。
このよ うな学校 の性格 の変化 の中で ,具 体的 には次 の三つの影響が学校 に及 ぼされ ることとな る。
一つ 日の影響 は「 研究開発 メ ンタ リティ (The Research and Development Mentality)」
の支配 であ る。それは「 目標 それ 自身 に疑間を持 ったりあるいは日標を定式化す るよ りもむ し ろ ,所 与 の明記 された目標へ効率的 に到達す るための技術 や手段を発見 した り開発 した りす る ことにその注意 を向 ける」 )メ ンタ リテ ィの支配をさす。 「 最小限のイ ンプ ッ トで最大 限 の ア ウ トプ ッ トを」 とい う考 えが企業倫理 であるが ,つ ま りはそれを学校教育 に持 ち込んだ もの と言 えよ う。目的の検討 よ りもむ しろ必要以上 に技術 を検討す ると ,結 果 と して,「 量 的 に計 測可 能 な生産物 に置 き換 え られ るこれ らの 日標 を十分 な検討 もな く受容 す るよ うにな る」 40。 こ ぅ
して ,教 師 と生徒 の関係 も教師が生徒を評価す るとい う一方的 な関係 になる。す なわち ,迅 速 な出席 0遂 行 された仕事・ テス トの点数 といった価値基準が教師 と生徒を介在す ることとなる。
さ らに ,そ の変化 は教師 と生徒の関係だけに留 ま らず ,生 徒 の学習 スタイルを も変化 させ る。
生徒 は常 に与え られた仕事を如何 に短時間 に しか も正確 に遂行す ることに注意 を注 ぎ ,与 え ら
れた問題 その ものに疑間を抱 くことなどは余計 な学習 と して退 けるのであ る。
二つ 日の影響 は「 混乱 した学校環境 (The Fragmented School Environment)」 である。そ れ は「 子 ども・ 青年 0コ ミュニテ ィの住民で はな くて ,む しろ ,教 育の専門家 によ って提 案 さ れた学校管理 や教科 内容 のカテゴ リーによって ます ます細切 れにされ ,さ らに増加す る傾 向 に あ る混乱 した学校環境」 40を さす。例えば ,こ れは教科 の在 り方 に疑 間 を投 げか け る ことと も な る。そ もそ も教科 の独立 によ り ,学 校で は学問領域 の間の コ ミュニケー ションが非常 に取 り づ らくな った。ニューマ ンとオ リバーによれば ,今 日 ,コ ミュニテ ィの再生 に向 けて最 も必要 な ことは ,「 総合的 な社会理論を用 いて コ ミュニテ ィにおける様 々な人 間 の 目的 を関連 づ け る
」
4つことでぁると言 う。それに もかかわ らず ,学 校 では教科 の独立性 を強調 し ,教 科間のコ ミュ ニケー ションを喪失 させている。これは総合的な社会理論 の創出を困難 なものとし ,そ の結果
,コ ミュニテ ィにおける多様 な人間の交流を疎外す ることとな りかねない。
三つ 目の影響 は「 新 しい企業連合 (New Corporate Coalitions)」 である。 それ は「 政府・
ビジネス 0大 学 0基 金・ 非営利的な研究 0開 発研究所 に関す る機関の混合 によ って学校 のた め の意思決定 が集中化 され共同作用 され る傾向」 40を さす。国家 の権威 の増 大 は コ ミュニテ ィの 権威 の減少 を意味す る。ニューマ ンとオ リバ ーの考えに基づ けば ,教 育 は第一義的 にコ ミュニ テ ィの関心 や追求 に根付かなければな らない。 したが って ,そ のよ うな国家の増大 は ,彼 らの 言葉を借 りれば「 教育 の衰退」を意味す るのである。これ こそ「偉大 な社会」す なわ ち政府権 力 の増大 を疑問視す る ,彼 ららしい発想 と言 え るのではないだ ろうか。
以上大 き く三点 よ り ,彼 らは現代教育批判 を展開 した。 もう一度振 り返 ってみ ると ,そ の三
つ はそれぞれ,(1)形式的な学校教育 としての教育 (→ 「 教育 の学校化」 ),121公 共 的独 占物 と し ての教育 (→ 「 教育 の公共化」 ),(0企 業型官僚性 をモデルと した教育 (→ 「 学校 の企業 化」 )
と言 い換 え ることがで きる。今か ら 30年 ほど前 の分析である し ,ま た日本社会 とアメ リカ社 会 の もつ性格 も大 き く異 な るため ,単 純 に比較す ることはで きないが ,そ の指摘 は今 日の 日本 に お ける学校教育改革 あるいは社会科 の改革を考 え る上 で も示唆 に富んだ指摘 となっている。
彼 らはこれ らの批判 を下 に ,三 つの学習の文脈 を提案す る。具体的には ,ま ず「 教育 の学校 化」を克服す るために「 実験室・ 仕事場・ 工場」の文脈 をあげ ,コ ミュニテ ィにお いて教育 的 機能 を有す る学校以外 の機関 (研 究所の実験室 や労働者 の仕事場 など )あ るいは教 師以外 の人 材 (あ らゆ る階層 0年 齢層 の人 々 )の 活用を提案す る。さ らに「教育 の公共化」を克服 す るた めに「 コ ミュニテ ィセ ミナー」の文脈 をあげ ,大 人 と子 ど も 0青 年 が共通す る関心 の下 に集 ま り議論す ることを強調 し ,子 ど もの学校か らの解放 と大人 の職場か らの解放 を提案す る。最後 に「 学校 の企業化」を克服す るために「学校」の文脈をあげ,「効率性」 を追求 した学習形態 か ら ,問 題 中心 の活動的な学習形態への変換 を提案す る。
4 新 しい教育改革の提案― コミュニテ ィおける三つの学習の文脈一
ニューマ ンとオ リバ ーは ,新 しい教育改革 の方向性 として ,「 学校 (The school Context)」
「 実 験 室・ 仕 事 場・ 工 場 (Laboratory― Studio‐ Work Context)」 「 コ ミュ ニ テ ィセ ミナ ー (Community Seminar Context)」 とい う三つの学習の文脈 の必要性 を提案 す る。 この三 つの 文脈 は ,ニ ューマ ンが 1975年 に発表 した『 市民的行為 ための教育』の中で「 参加」学 習 とい う 形 でその方 向性 が示 され ,さ らに 1977年 の『 市民的行為 にお け る ,技 能』
4のにお いて大学 の同僚
と共 に開発 した「 コ ミュニティ研究 プログラム (COmmuity Study Program)」 の中で具 体 的 なカ リキュラムとして結実す る。本章で は ,ま ず上記 の三つの文脈を概観 し ,次 いです で に拙 稿 においてその構造 を明 らか に した「 コ ミュニテ ィ研究 プ ログラム」を取 り上 げ ,三 つ の文脈
との関連性 につ いて論 じる。その上 で ,最 終的 に三つの学習 の文脈およびカ リキュラムの今 日 的意義 につ いて論 じる。
繰 り返 しにな るが ,ニ ューマ ンとオ リバ ーは現代 の アメ リカ教育の問題点を次の三点 にま と めた。す なわち ,第 一 に「現在の教育活動 は非制度的な文脈 における豊富な教育力を合理 的 に 認 めた り援助 した りす ることに失敗 している。その一方で ,教 育活動 は学校 で行 なわれ る主 と して形式的 な学習指導 に狭 く限定 して捉え られている」。 したが って ,第 二 に「 教育活動 が義 務的・ 公共 的独 占物 とな ることによって ,現 在 の教育活動 は多様 な公的 。私的機関の教育 的価 値 を無視 して いる」 とい う結果 を招 く。さらに ,第 二 に「 当の学校 における教育活動 も企業型 あ るいは官僚型市民 サー ビスとして組織立て られ ,ま たそれ らの価値 によって動機づ け られて い る」 50。 こぅして ,今 日 ,教 育活動 はコ ミュニテ ィとの関係 を遮 断 され八 方塞 が りの閉塞 的 な状況 に陥 って しま っていると言 うのである 。
ここか ら ,わ れわれ は彼 らの改革 の ビジョンを推測 できる。一言 で言 うな らば ,そ れ は「 学
校 とコ ミュニテ ィの新 たな関係 の創造」であ る。具体的 には ,第 一 に「 学校 の企業化」 を克服
す るために学校 の授業 において コ ミュニテ ィの論争的な問題 を取 り上 げ ,そ の問題 に対す る個
性 的な意思決定 を下す機会を与え る学習形態を創造す る。第二 に「教育 の学校化」を克服 す る
ために コ ミュニテ ィに存在す る様 々な機 関や人材 を活用 し ,子 ども 0青 年 が実際 に実験室 や仕
事場 で活動 で きるよ うな学習形態 を創造す る。そ して ,第 二 に「 教育の公共化」を克服す るた
めに非形式 で非計画的な形 で コ ミュニティの住民 (子 ども・ 青年を含む )が 自由に議論 で きる 場 を保証す る。その三つがそれぞれ彼 らの提案す る三つの学習 の文脈 ,す なわ ち「 学校」「 実 験室・ 仕事場・ 工場」 「 コ ミュニテ ィセ ミナー」に相当す る。
第一 の「 学校」 とは次 のよ うな ものである。すなわち「 学校 の学習 は問題中心 で刺 激 的 な も のであ るべ きである。さ らに ,学 校 の学習内容 はよ り強力 な洞察 や理解 の方向へ学習を導 くよ うに基本的 な内容 を再構成すべ きであ る」 の。ここで注 目すべ きは ,ニ ューマ ンとオ リバ ーが 学校 における形式的 な学習を否定 しているわけではないとい うことである。例えば ,現 存 す る 学校教育 を否定 し ,新 たな教育 コ ミュニテ ィを創造 しよ うとす る急進的な教育改革 の非現 実性 を次のよ うに批判す る。 「孤立 した理想主義的 な教育 コ ミュニテ ィ (急 進 的 な改革 を行 な うこ
とが実行可能で現実的な唯― の方法 であると考 えて いる )に 関す る主要 な議論 は ,そ の よ うな 冒険的 な試 みが疑わ しいとい うことが明 らかになるにつれてその価値 をほとん ど低下 させ られ て しま った。それゆえ ,今 日ではそれ らの改革 は生徒の上 にあるいは生徒 が戻 る社会 の上 に継 続的な影響 をほとん ど及 ぼ していない。実際の ところ ,彼 らの議論 は競争す る価値 のあ る実行 可 能 な モデ ル と して よ りも ,豊 富 な教育遺産 の一 時的 な逸脱 と して よ り頻繁 に出現 して い る」②。それに対 して ,ニ ューマ ンとオ リバーの提 出す る教育 モデル はあ くまで も実行可 能 な ものである。また ,こ の文脈 の学習を一言 で表現す るとす るな ら ,そ れ は「 体系的 0計 画 的 な 学習指導」である。学習内容 を計画的 に決定 し ,そ れを体系的な学習指導で教授 して い く。 そ の際の工夫 として ,例 えば ,論 争的な問題 を教 師が取 り上 げ ,生 徒がそれ らの問題 を学 習 して い くとい うプ ロセス も考 え られ るであろう。
第二 の「 実験室・ 仕事場 0工 場」 とは次 のよ うな ものである。す なわち ,こ の文脈 にお け る 主要 な 目的 は形式的 な学習指導で はな く ,課 題を取 り扱 うことか ら生 じる教育的 な副産物 と関 係 な く ,意 義 ある課題 に取 り組 む ことや ,学 習者が探求 したい問題を解決す ることにあ る。実 験室 の文脈 におけるロケー ションは ,工 場・ ア トリエ 0病 院・ 図書館 0科 学的あ るいは産業 的 な実験室・ 政党 の事務所・ 政府機関などである」 0。 この文脈 の学 習 を一言 で言 い表 わす とす るな ら ,そ れ は「 行動」である。生徒の学習 は計画的に生 じるのではな く ,問 題 中心 の活動 に
「 参加」す る中で必然的 に生 じるものである。また ,そ の問題 中心 の活動 とは ,何 も特別 な活 動 を さ して言 うので はない。それは大人 たちが 日常的に行 なっている仕事を指 して言 うので あ る。今 までの教育 ではそのよ うな仕事 は ,教 育的な価値 のない もの として片付 け られて きた。
しか し ,そ れ らは「 すべての年齢 にわたって重要な教育的価値 を提供す る」 の ものであ り ,そ
れゆえ生徒 の積極的 な参加 が望 まれ るよ うな仕事である。
第二 の「 コ ミュニテ ィセ ミナー」 とは次 のよ うものである。す なわち「 セ ミナーの 目的 は コ ミュニテ ィの問題 の効果的な探求 であ り ,人 間経験 における究極的な意味で もあ るだ ろ う。 セ ミナーは ,異 質的あるいは同質的な集団の集 ま りが ,青 年 さもなければ大人が共通 の関心 を寄 せ る問題 を検討 した り議論 した りす るための機会を提供す るであろう」 0。 この文脈 の学 習 は
,「 反省」を意味す る。ある一つの問題 について子 どもあるいは青年 と大 人 が 自由 に議論 す るの である。今 までの教育 では ,子 ど も・ 青年時代 は「 学校」にそ して大人 になると「 職場 」 に独 占されて きた。 しか し ,そ の間に このセ ミナーによって橋がかけ られ ることにな る。 また , こ こでの学習 はまった く計画 されていない し ,解 決すべ き課題や問題 も存在 しない。その場 で疑 間 は生 じ ,調 査 され ,議 論 され る。 しか し ,こ の過程 こそ高 い教育的価値 を有す るのである。
以上三つの文脈 は ,生 活 のあ らゆる場面で同時 に起 こるものであ る。例えば ,次 の よ うな例
がある 0。 学校 の文脈 で読 み方を学習 している子 ど もは ,(「 学校」において獲得 され た シ ンボ リックな技能を使 いなが ら )模 型飛行機 を制作す る実験室 のプ ロジェク トに参加す ることがで きる。彼 はまた子 どもや大人 と一緒 にセ ミナーの中で地方空港 に対す る騒音支配 につ いてす る べ きことを議論す ることがで きる。諸政策 に関心 のある大人 は ,学 校 にお いて体系的 に政 治 を 学習す るか もしれない。彼 は政治 キ ャンペー ンとい う「実験室」に参加す るか もしれ な い。 そ して ,コ ミュニテ ィセ ミナーにおいて ,彼 は現代の コ ミュニテ ィにとって適切 であ る政治組織 に関す る議論 を導 くか もしれない。 このよ うに ,生 徒 もそ して大人 も三つの文脈 の中を 自由 に 学習す ることがで きる。そ こに ,明 確 な配置などは存在 しない。
で は ,こ のよ うな二つの文脈が実際 にどのよ うな社会科 カ リキュラムとして具体化 され たの か。次 に示すのはニューマ ンが 1977年 に発表 した「 コ ミュニテ ィ研究 プ ログラム」である。
水
公 的 メ ワセ ー リ の 伸
昼 食
C雪 多ワ
公 的 メ ツ セ … ジ「 コミュニティ研究プログラム」は高校生を対象 としている。またそれは国語 (英 語 )と 社 会科の合科 カ リキュラムである。プログラムは六つのコースか ら構成 される。すなわち ,① 政 治一法プロセスコース ,② コミュニケーションコース ,③ イ ンターンシップ ,④ 文献行為 コー ス ,⑤ 市民行為プロジェク ト ,⑥ 公的メッセージの六つである
6つ。 これを ,前 述 の三つの学 習の文脈 と関連づけてみると ,「 学校」の文脈が①②④ ,「 実験室 0仕 事場・ 工場」 の文脈 が③
⑤⑥ ということになる。また「 コミュニティセ ミナー」の文脈 は具体的な科 目として はプ ログ ラムの中に登場 しないが ,プ ログラムの中に示された毎週火曜 日の午後に行なわれる「 コ ミュ ニティミーティング」において認められる。
例えば ,「 学校」の文脈 に当たる①政治一法プロセスコースで は ,問 題中心 のアプ ローチで 授業が展開 された。ニューマ ンによれば ,こ のコースの目標 は次 の通 りであ る。 「 この コース は ,生 徒が次の二つの質問に答えることを援助すべきである。第一に ,わ れわれはどのよ うに 統治 されているのか。第二 に ,そ れはどのようなプロセスを経ているのか。また , この コース は次の能力を増進す ることに注意を集中 している。すなわち ,政 治―法的意思決定を説明で き る能力 ,社 会的関心を集める問題に関す る情報を集め・ 組織 し・ 解釈できる能力 ,そ して ,公
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