日本 管 理会計 学 会 誌
管 理 会 計 学 1997 年 第5巻 第 1 号
研究ノ ー ト
被
買 収 企 業の存 続
期 間 を考
慮 した買 収 価 値
の 評価
三田 洋 幸 *
〈研究要 旨〉
相 当 な投資を伴 うこ との多い企 業 買 収の妥 当 性 を判 断する上で ,買 収 投 資の経 済性 を評 価 するこ と は著 し く重 要である.そのた め に,さ ま ざ まな財務手 法が開 発 されて はい る が,実 務に十 分 活 用 されて い る と はい
えず,あ くまでも判 断材料の ひ とつ にと ど ま り,定性要 因を より重視し た恣意的な判 断に依存し てい る の が 実 情である.これ らの財 務 手 法の利用 を 妨 げてい るのは, いず れ も買 収 評 価の条件を単純 化 しす ぎるため に,
現 実の買 収 条件を的確に反 映で きない た め である.さらに, その理 論 的 な 限 界 を曖 昧にして利 用 さ れるこ と も多く,実 際の買収交渉に おける争点 と買収評価 との関連性をわ か りにく くし てい る の である.
企 業 買収の形 態を契 約 成立後の組 織 形 態に よっ て合 併と買 収の =つ に大 別 する と,わ が国の案 件は,ほ
と ん ど の場 合は契 約 成立後 も被買収企業 を 存 続さ せ る買 収の形 態 を とっ てい る.とこ ろ が一般に,買 収 評 価の手 法として,理 論 的に最 も合 理 性 が 高い とい われ るDCF 法に よる計 算 プロセ ス を考察して み る と,実
は被 買収企業の資 本構成 を一定とする状況を前 提と し た
評 価方法であるこ と が わ か る.被買収企業を存続 さ せ る場 合にその よ う な 前 提 を 設 けるこ と は現 実の ビジ ネスス におい て は適 切でない こ と も多く,同様の 計 算 プロセス を適 用 する と誤っ た経 済性 評 価に基づ い た意 思 決 定が行わ るこ とも少 な くない .
そこで,本 研 究で は,買収成 立後に被 買 収 企業を存続さ せ る場 合 を考慮 し た買収 価 値の評 価方 法を検 討 する.まず,第 1節におい て合 併 ・買 収の実 施プロセス と買 収 価 値の評 価 方 法の 大 要を整 理 し
, 後 節
におけるモ デル構築の フ レーム ワーク とする.第2節で は,DCF 法に よ る買 収 評価方 法を 整理 し,被 買 収 企 業が保 有 する余 剰 資金運 用 合 計の時 間 的 価 値が逓 減 する こ とに よる問 題 点を考 察する,第3節で は,
買 収 取 引に お け る キ ャ ッ シュ フ ローと資金 プール に着 目し
, 買 収 評 価を評 価 する た めの 財 務モ デル を構 築 する と ともに,数 値 例 を展 開して実 務 的に も容 易に適用で きる ことを示 唆 する.
本 方 法 論は,以 ドの特 徴を有 する こ とで,買 収 評 価の有 用 性 を高め ようとする もの で ある.第一に, 被買収企業を存続さ せ る期間 を考慮し て,買 収企業に とっ て の買 収 投 資の経 済 性を理論的に 正 しく評価 す る た めの 計 算 手 法 を 構 築 する.第二 に,配 当 政 策 等の利 益 回 収の方 法によっ て買 収 価値が どの よ うに 変 化 する か を 評 価 する.第三 に,計 画 財 務 諸表 (PIL , BIS, cne)の シ ミュ レーシ ョ ン をベ ース に して買
収 価値を算定 するた め,経 営 者にとっ て理 解 しやすい 評 価 内 容 を提 供 する.
〈 キ ーワー ド〉
企業 買 収,買収評価,企業 評 価,DCF 法,買 収 価 値,企業 価値,株主持ち分 価 値,関 係 会 社,配 当 政 策,配 当 性 向, 利 益 回 収, 資 本コ ス ト, 運 用 利率,時間 的 価値, 財 務モ デ ル ,シ ミュ レーシ ョ ン,買収
価 格,株価 1995 年 12 月受付 1996 年 5月受理
* 中央クーパース ・ライ ブラ ン ド ・コ ンサル テ ィ ング株 式会 社 マネージング ・ア ソ シエ イッ.
ニ ュ ーポート大 学 日本 校 経 営 学 部 客 員 教 授.
管理会 計 学 第5巻 第亅号
1. は じ めに
今 日の 経営は, 市場へ の 対応力を極限 まで 高める 経営効率化へ の 取り組み が熾 烈 をきわ
めて い る . しか もその 実現 には , ス ピ ー ドが求め られて い る.ま た, ビジネス ・プロ セ ス
の グロ ーバ ル な展 開に ともない , 海外で オペ レーショ ン を開始し た り,事 業の 再構築を推
し進め る た めに 関連 業 者を含む 企業の 統廃合も増加しつ つ ある,こ の た め,企業内部に と ど まらず, 国内お よび海外の 供給業者, 流 通 業者, 顧 客を も巻 き込んで , ビ ジネス ・プロ
セ ス の抜 本 的な再構築に取り組 む企業が多い .
企業 買 収は, こ の ようなマ ネジメ ン トの要請に応 える戦略的な手段の一つ とし て, 他企 業の 一部あるい はすべ て を獲得する経 営手法で ある. 自社の 内 部資源を利用 して一か ら事 業を築 き上 げるの で は, 事業 タイ ミ ングお よ び技術 的 な制 約 が大 き く, 経 営 目標 の達 成 が 困難で ある と判 断 される場 合 も多い . その ようなときに , 社 外 の経 営 資 源 を買 収 する こ と で , 事 業 成長 に不 可 欠な中核 能力 を一気 に獲 得 し よ うとする わ けで ある.
企業買 収の 形態を契 約成 立後の組織 形態に よ っ て 合併 と買 収の 二 つ に大 別する と, わが 国における合併 ・買収の 形態は, 被買 収企業を吸収 合併す るの で はな く, 独立 し た組織体
と して存続 させる形 態 を と る場 合が非 常に多い ようで ある.被 買 収 企 業を存 続さ せ る理 由 とし て は,被 買収企業の 事 業分 野で培っ て きたの れ んの活用 , 企業カル チ ャ ーの 相違 ,従 業員士気の確 保等が挙 げら れ よう.
被 買 収 企 業 を存 続 させ る買 収 行 為 が多い 事実 に鑑み る と, その よ う な買 収の経済性 評 価 を適切に 行 うこ と が重要に なっ て くる、 買収を行使する に は, 巨 額 な投資を伴 うこ とが多
い ため, 投資の 経済性 を十 分に評価するこ と がマ ネジメ ン ト と し て も責務であると もとい えよう.
買収 評 価の ため の財 務 手 法は さま ざ ま な方 法が開発 さ れて い る が , 被 買 収 企 業 を存続さ
せ る場 合の評 価 方 法は未だ十 分 に整 備 されて い ない のが 実 情で ある.そ こ で , 本研 究で は, わ が 国の 合併 ・買 収案件 にお い て主 要な形 態 となっ て い る被 買 収 企 業 を存 続 さ せ る場 合の 買収取引 を対 象と して , 買 収投資の経 済性を適切に評価 するための 方法論を検 討するこ と
にす る. まず, 理論的に最 も合理性が高い と考え られて い る DCF 法に基づ く計算プロ セ
ス を整理 し, 被 買 収企業を存続 させ る場 合の 評 価に つ い て の 問題 点 を指 摘 する.そ の うえ で ,経済性評 価をより適 切 に行 うた めの計 算プ ロセ ス を構築 する と ともに,財 務 構 造 をシ
ミュ レーシ ョ ン
する方法を用い て ,実務 的に も買収価値の 算定を容 易に行えるこ と を提 示 する.
被買収企業の存続 期 間を考慮し た買 収価値の評 価
2. 合 併 ・ 買収の 実施 プロ セ ス と買収価値の 評価 方法
本節で は, 企業合併 ・買 収の 実施プ ロ セス と買 収 価値の 評価方法の 大 要を整 理 する.企業 合併 ・買収の 実 施プロ セス は, 買収企業 と被 買 収企業の 経 営 能 力 を相 互 に活 用 しあ うこ と で 双 方の メ リッ トを探索する プロ セ ス で あ り, その ような意思決定プロ セス に おい て,買 収 価 値 を財 務 的側 面 か ら定量 的に評価 する こ とで ある.
2. 1 合併 ・ 買収の実施プロ セ ス
企 業 合 併 ・買 収は , 買 収 戦 略の 策定, 条件交 渉, 契約締結の 3つ の プ ロ セ ス を通 じて実 施 される. まず, 自社の 経 営 戦 略の観 点 か ら買 収 目的および買 収 対象企業 を選 定 する.対 象企 業が選定さ れ る と,次に買 収条件の 交渉 に着手する. 相 手企業の 内 部資料 を徴 求し,
買収目的に適合し た 企 業で ある かを調査する と共に, 買収価 格 をい くらにする か を詳 細 に 評 価 する.その 際, 守秘義務協定を結び, 買収成 立後の経営 形態な ど につ い ても詳細な検 討 を行 う. 買収交渉が基本合意に達 し た とこ ろ で, 趣意書 (letter of lntent)を交わし,
締 結に向けて の ス ケ ジュ ーリ ング を行 う.最後に, 買収対象企業の 内部状況が交 渉の際に
理 解さ れ て い た もの と異なっ て い ない か を確認 する た めに, お もに会 計 ・税 務, 法 律 関係 か ら詳査する (デュ ーデ リ ジ ェ ン ス )。 最終的に,両 社が 全 て の 条 件 につ い て合意し た場 合は, 売 買 契 約 書が締 結 される.
2. 2 買収価値の評価ス テ ッ プ
買 収 価 値の 評 価 は, 買 収シ ナ ジ ー効果説 に基づ き次の 3 ス テ ッ プ で実 施 する. まず,
被 買 収 企 業単 独 の価 値 を算 定 する .被 買 収 企 業 単 独の 価値は , 被 買収企業が これ まで 通 り 単 独で事 業 を継 続 し た場 合の株 主 持ち分 価 値で ある. 買 収 価 格が被 買 収 企 業単独の 価 値 を
上 回ら なけれ ば, 被買収企業の大株主た ち は その 保有株を売却 し ようと は考 えない の で , 被 買収企業単独の価値は, 買収価 格の ベ ース ラ イ ン とな る.
次に , 買 収 に よる価値の創造を算 定 する.こ こ で 買収に よ る価値創 造とは , 買収によっ
て現れ る シ ナ ジー効 果を定 量 化 するこ とで ある. それ は被買収企業に現れる こともある し,
買 収蝶 に激 る こ ともあ る が・そ れ らの 総和が価 値創
輝
で ある ・ 買 収 企 業は・ 被 買 収企業単独の価値を上回る価格で 買収を行使 するのが普通で ある た め, こ の 価 値 創 造が 生 じ な けれ ば, 買 収 企 業は損 失 を被 るこ と になる わ けで あ り, 買 収企業 にとっ て は, 買 収 に よ る価値創 造を的確に評価するこ と が不 可欠に な る わけで ある .
買収に よる価値創 造の 源泉を明らか にする に は, ビ ジネス ・プロ セ ス の リエ ンジニ ア リ
ン グに よる 中核 能力の 強 化や, 事 業の 水 平 展 開に よる規 模の 経 済 性の拡 大 など, 買 収 によ
管埋会計 学 第5巻 第1号
っ て事 業の差 別 化や コ ス ト優 位を発 揮 する うえで どの ようなメ リッ トが 生 じ る か を十 分に 検討 する必 要が ある. 例 え ば, 有 望な製 品をもっ て海外 市場 に参入 し ようとする ときに,
自前の販 売拠 点を展 開して市場に参入する の で はな く, その 業界で 広範 囲な販売網を確立
して い る 企業を買収すれ ば, 直ちに 自社 製 品を広範な販売 網 に流 通 さ せ る こ と が可 能 にな
る. さらに , 被 買 収 会社 との 取 引の EDI 化 等を実現すれば, ロ ジス テ ィ ッ クス の 効率化
を計るこ と も容 易で あ り,結 果 と して ,生産お よ び流 通 面 に お い て も規模の 経済 性に よ る
コ ス ト ダ ウ ンや,ス ピー ドの 経済性に よ る販売拡大, サ ービス レベ ル の 向上 とい っ たシナ
ジー効果 を獲得するこ とが で きる わ け である.
買収による
価値の創 造 買 収 価 格の上限
買収価 格の上限
=被買収企業単独の価値+買収に よ る価値の 創造
買収企 業にもたら される価値
=買収価格の上 限一実際買収価格 被買収企業にもた ら され る付加価値
=実際の買収価格一
被 買収企 業単独の企業価 値
図1 買収 評 価の ステ ッ プ
被買収企業 単独の価値に買 収 に よる価 値 創 造 を加 えた金額が, 買 収 価 格の 上 限となる, 買収交 渉が成立する ため には, 基本 的には被買収企業と買収企業が ともに得をするこ と が 望 ましい た め, 被買収企業 単独の価値を買収価格の 下 限 とし, そ れ に買収に よ る価値創造 を加 えた買 収 価 格の 上 限 まで の範囲で売 買 価格が決定さ れ るこ とに な る. 実際の 買収価格
が被 買 収 企 業 単 独の価 値 を上 回っ た差 額が が被 買 収 企業に とっ て の 利益 とな り,買収価格
の上 限を下 回っ た差 額が買 収 企 業の利 益 となる わけで ある . 以上 を図解 する と図 1の よう になる.
3. DCF 法に よ る買収評価の考察
DCF 法は, .買収評 価の 手 法の な か で も理論 的に最 も合理性が高い と考えら れ て い る.
企 業の継続性 (ゴーイ ン グ ・コ ン サー ン)を前提としてお り,将来の事業環 境 を予 想 する
こ とで , 財務 的 な業 績 変化の 影 響 を企 業価 値に織 り込 むこ との で きる点で優れ てい る.本 節で は DCF 法に よる買 収 評価 の 計 算 プ セ ス を説 明 した文献は多 で こ こで は筆