キャッシュフロー予測モデルの 利用可能性の検証
⎜⎜ 生命保険会社の融資復活に向けて ⎜⎜
久 保 英 也
■アブストラクト
生命保険会社の主要な資産運用手段の一つである融資の低迷は,運用競争 力を失うのみならず,保険負債を考えれば,ALM上も問題が多い。その主 因の1つは,横並び金利の提供など生命保険会社独自の信用リスク評価の欠 如にある。強みである資金の長期性を生かすには,長期の信用リスクスプレ ッドについての独自の評価が必要となる。
本稿では,破産確率の算出や長期の信用リスクスプレッドの評価に不可欠 な キャッシュフロー予測モデル を作成し,その利用可能性を探る。22の 産業モデルの中から,今回は,製造業素材産業からは鉄鋼業,同加工産業か らは電機機械業,非製造業からは電力業を代表して取り上げ,産業とそこに 属する主要企業とのキャッシュフロー予測モデルの評価を行った。
いずれも,各産業,各企業の収益構造の特徴をよく摑んでおり,これに定 性判断を組み合わせれば,信頼性の高い長期のキャッシュフロー予測が可能 になると考える。
■キーワード
景気循環,キャッシュフロー予測,計量推計値と定性判断
/平成20年1月4日原稿受領。
はじめに
生命保険会社の資産運用に占める融資の割合が低下している。融資は単な る資産運用の一対象ではなく,保険金・給付金支払に対応する予定利率相当 部分の積立や毎年の配当支払という保険会社の負債とのマッチング,すなわ ち
ALM
の観点からも重要な資産である。融資市場は,企業の資金調達行動 などの需要サイドと金融機関間競争など供給サイドの両面から決まるが,生 命保険会社の融資市場の劣勢は,需要サイドより供給サイドの要因によると ころが大きい。企業情報に優る銀行に対抗するには,資金の長期性を生かし た信用リスクスプレッド評価による差別化を強化する必要がある。本稿では,同スプレッド評価に必須の長期キャッシュフローを予測するモデルを作成し,
モデルの利用可能性を検証する。
第1章 融資市場の状況と生命保険会社の行動
現在,生命保険会社の資産運用分野における課題は,大きく次の3点であ る。第1が,長期の保険負債とのマッチングを考えた資産運用ポートフォリ オの構築,第2が,かつての高クーポン債券ポートフォリオなどに代わる比 較優位を有する新たな運用対象の模索,第3が変額年金の最低給付保証リス クの評価,である。この論文で取上げる 融資 は,上記の第1と第2の課 題に深くかかわり,生命保険会社の経営にも大きな影響を与える。
資産運用における融資は,同様のキャッシュフローを有する債券投資に比 べ,融資事務などに手間を要するものの,融資金利と同期間の国債利回りと の金利差(以下,信用リスクスプレッドと呼ぶ)が大きく,流動性リスクを 勘案しても,一般的には債券投資より収益率が高い。また,融資の持つキャ ッシュフローは保険会社の負債,すなわち,保険金・給付金支払のために毎 年積立てる責任準備金積立のキャッシュフローと基本的には整合性がある。
したがって,負債に対応する資産の多くを融資で占め,かつ十分な信用リス クスプレッドを確保できれば,金利リスクはある程度相殺される。また,融
資金利が予定利率を上回れば,安定性と収益性を併せ持つ頑強な資産運用ポ ートフォリオを構築できる。
そのためには,負債にあたる責任準備金の過半に相当する大きな融資総量 と信用リスクに見合う妥当なスプレッドの確保が求められる。この量・質双 方の確保は,生命保険会社の得意とする長期融資において,独自の信用リス ク評価を行えるかどうかにかかっている。
日本の融資市場は,企業の資金調達手段の多様化に加え,貯蓄・投資差額 において法人部門が資金余剰であることから,資金の需要は小さいとの声も 多い。融資をめぐる環境を
SNA(国民経済計算)の部門別貯蓄投資差額か
ら捉えると,図1に示すとおり,企業の資金需要が旺盛であった1990年代前 半までは,法人部門と政府部門の赤字を家計部門が埋めるという構図であっ た。これが,90年代後半から崩れ,法人部門は,大きな資金余剰に転じ,家 計部門と共に政府部門の赤字を埋める資金余剰セクターへと変化している。すなわち,マクロ的に見れば,企業の資金需要は緩んでいることになる。
しかしながら,2007年12月の日本銀行短観の資金繰り判断
DI(ディフュ
ージョン・インデックス)では,資金繰りが苦しいとする企業数が楽とした 企業数を上回った産業が,全30業種中7業種にのぼっている。とりわけ,中 図1 制度部門別貯蓄投資(純貸出/純借入)バランス(名目 GDP 比)(出所)内閣府 国民経済計算年報 (2006年度版)
小企業に限れば,全体の半分以上の17業種において資金繰りが厳しいと回答 している。資金を必要とする企業に十分な資金が回っておらず,必ずしも融 資市場が縮小しているとは言えない。信用リスクの管理の精度を上げれば,
融資が拡大する余地は未だ大きい。
融資市場(ここでは,都市銀行,外銀,地方銀行,第二地方銀行,信用金 庫,生命保険会社の融資残高の合計とする)の規模は,1986年度に300兆円 を越え,バブル時の1991年度には500兆円を越えた。日本経済がバブルの清 算局面を迎えても,融資の増加は続き,ようやく1996年度の542兆円でピー クを打つ。その後,減少に転じ,2006年度の融資残高は,476兆円にとどま っている。都市銀行は,BIS規制への対応もあり,預貸業務収入からサー ビス収入へのシフトを図っている。このため,融資残高は,ピーク時を100 とした指数で,2006年度は87となる。一方で,全体の3分の1を占める地方 銀行と第二地方銀行を併せた融資残高は185兆円前後と,その間ほぼ横ばい で推移している。図2は,金融機関の融資シェアの変化を1982年度から25年 間にわたり示している。都市銀行+外銀の減少を地方銀行がカバーする構図 と生命保険会社(太い実線)の融資シェアのトレンド的な低下(1996年度の 65兆円が2006年度には35兆円まで半減)とが特徴的である。
銀行は,当座預金の管理など企業の情報収集力,影響力において生命保険 会社より有利な立場にある。さらに,大半の銀行が不良債権処理に一定の目
図2 融資シェアと負債カバー率
処をつけ,地元企業への融資余力ができたたことも,生命保険会社を劣勢へ 追い込む一つの理由と考えられる。
この融資市場の状況は,生命保険会社の資産ポートフォリオにも大きな影 響を与えている。図3は,生命保険会社の資産ポートフォリオの推移を示し ている。1970頃には総資産の約7割を占めていた融資の割合は,その後,外 国証券や短資運用の増加から低下を続ける。バブルピーク時の1990年度には 同割合は約4割まで低下,その後も企業の資金需要の低迷と未曾有の低金利 により現在では2割の水準となっている。
生命保険会社は,資産と負債とのバランスを考え,融資の落込み分を国内 債券の積み増しで補ってきた。融資と国内債券を合わせた占率は,ALMの観点 から6割程度に維持され,間接的ではあるものの,金利変動のイミュナイゼ ーションを進めている。ただ,その割合を責任準備金カバー率((国債+地方 債+社債+融資)÷責任準備金)という概念で見ると,2002年度以降低下に 転じ,現在は6割を切る水準に至っている(前出の図2の 責準カバー率 )。
融資を増やしたくとも増やせない状況を打破するには,従来の金融機関横 並びの金利体系とは異なる金利を提供する必要がある。このため,生命保険 会社の資金特性である融資の長期性をさらに生かす信用リスク評価の促進と 融資対象の拡大によりリスクの分散を図る。具体的には,長期融資に不可避
図3 低下する融資占率
(出所)生命保険強化委資料などにより,筆者が作成。
な,①景気循環を明示的に捉えた信用リスク評価手法の導入,②融資期間に 応じた信用リスクスプレッドの算出,が重要となる。
第2章 キャッシュフロー予測の重要性
企業価値の評価には多くの手法が存在する。その中で,企業が将来創出す る利益を不確実性(リスク)を考慮した適切な割引率により割り引き,現在 価値を求める方式が一般的である。割引率には資本コストを用いることから,
企業評価には, 資本コストの推計 と キャッシュフローの将来予測 と の2つが重要となる。前者の加重平均資本コストは,須田一幸,竹原均
(2003)など多くの推計手法があるものの,後者についてはアナリストがベ ストの予測を行うこと以外に方策がない。確かに,企業価値の評価において,
将来予測が不要な残余利益モデル(Residual Income Model)が登場し,株 式価値を純資産,当期純利益,配当という会計情報のみで算出する方策も開 発されている。ただ,このモデルも短期の株式価値を評価するにとどまる。
生命保険会社が株式投資や融資において必要としている長期の株式価値や信 用リスクの評価は,やはりキャッシュフローの予測が不可欠になる。
また,実務的にも企業評価において,健全性評価と企業価値の極大化とが 相反する場合がしばしば発生するが,この場合にもキャッシュフローの予測 が欠かせない。たとえば,現在は外部借り入れが小さく健全性は高いものの,
資本コストが高く企業価値の低い企業が,今後,負債を増やし資本コストを 低下させる戦略をとった場合,信用リスク評価は難しくなる。図4に示した とおり,どこかの時点において健全性と企業価値の増加とに相反が生じるか らである。企業が,スタートの
S
点から負債を増やしていく場合,C点ま では資本コストが低下し,投下資本利益率が資本コストを上回るため,負債 を増やす行動は好ましいことになる。しかし,C点からB
点にかけては投 下資本利益率の超過度合いが縮小する中で,負債比率が一方的に高くなるた め,企業価値の増加と企業の健全性との間に相反が生じる。図の投下資本利 益率は直線で描いているものの,現実には時間と共に変化する。すなわち,融資期間についての投下資本利益率の算出・予測が求められるが,これは企 業のキャッシュフローの予測を行うことに他ならない。企業の投下資本利益 率が資本コストを上回る
AB
間に位置し続けることを融資時点で確認し,その後の動きもフォローし続けることが信用リスクの管理には重要である。
第3章 産業別キャッシュフロー予測モデルの概要と推計結果
一般に,格付機関が用いる企業の評価方法は, 事業リスク評価 と 財 務リスク評価 の2つからなり,前者は,①カントリーリスク,②産業の特 徴,成長性,産業リスク,③コスト効率とマーケティング,④経営陣の能力 と経営方針,⑤同業他社の収益力などの評価がある。後者は,⑥会計分析と 財務特性,⑦財務方針と企業ガバナンス,⑧キャッシュフロー分析,⑨資本 の質,⑩流動性,などからなる。既に,これらのノウハウの多くは生命保険 会社の組織内に存在する。手薄なのは,②の産業の今後の成長性とリスクの 見極めと⑧の景気変動による収益の変化や将来のキャッシュフロー予測,で あると考えられる(これらは,他の機関投資家も類似)。
そこで,これらの不足部分を補い,企業収益にマクロ経済・産業の動きを 反映させる キャッシュフロー予測モデル を作成した。同モデルのコンセ プトの詳しい内容については,久保(2007)に譲り,ここでは簡潔にその骨
図4 キャッシュフロー予測の重要性
格を述べる。同モデルは,日本経済のマクロ環境から,各産業のキャッシュ フロー構造推計し,産業別キャッシュフローから同産業に属する企業のキャ ッシュフローを推計するモデルである。
財務分析や定性判断は,生命保険会社のアナリストが従来どおり行うが,
評価対象企業の属する産業や当該企業の収益構造において,計量分析により 計測可能な部分をこのモデルが担当し,両者を併せて,企業の将来キャッシ ュフローを予測する。アナリストの判断と計量分析の融和性を高めるために,
ファイナンスの信用リスク評価モデルではなく,マクロ構造モデルとして計 算過程の透明性を高めている。前提数値を定性判断に基づき変更し,逆に定 性判断部分を数値化することも容易に行える。
今回は財務省の法人企業統計に近い22産業について,構造モデルを作成 し ,そのモデルの推計結果を表1に示した。ページ数の制約から,ここで
1) キャッシュフロー予測モデルの基本構造
R+α+αGDP+αPP+r r=αr +u E=β+βGDP+βPP+r r=βr +u C=γ+γGDP+γ +r r=r r +u P=R−E−C
PK=θ+θ(R×R1)+r r=θr +u R1=ρ+ρ(P−R)+ρI+r r=ρr +u PT=ω+ω(R×R2)+r r=ωr +u R2=x+x(PK×R)+r r=xr +u DEP=o+o FIX+o FA+r r=o r +u CF=PT+DEP
ただし,Rは売上,Eは原価,Cは販売管理費,GDPは実質国民総生産,
PPは企業物価,Pは営業利益,PKは経常利益,R1は経常利益率,PTは当 期利益,Iは国債の応募者利回り,R2は当期利益率,DEFは減価償却額,
FIXは設備投資額,FAは有形固定資産残高,CFはキャッシュフローを表す。
また,rは残差,uはホワイトノイズを,添え字のtは年度を表す。予測精度 を上げるため,R,E,C,DEF,FIX,FA,GDP,PPについては,変数の 実額ではなく,対前年度伸び率(2年移動平均)を使用している。今回使用し た統計は,財務省の法人企業統計(金融,保険除き25,000社,2006年9月改 定)とニッセイ基礎研の中期経済予測(2006年10月)である。
表1 キャッシュフロー予測モデルの推計パラメータ
(注)推計期間は,1970‑2005年度。
は,産業計(全産業)と素材産業を代表して鉄鋼業,同じく加工産業を代表 して電気機械産業(以下,電機産業と略す)を掲載した。なお,%は対前年 度変化率を,(移)は当年度と前年度の2期移動平均を表わす。
モデルを構成する個別の構造式は,いずれもt値が高く,また,自己相関 モデルの妥当性を示す
B・J
検定も概して良好あるため,モデル精度は高い と考えられる。全産業の売上のパラメータを見ると,1.58と企業売上の伸び は,推計期間平均で,実質GDP
の伸び率の約1.5倍になることがわかる。また,これは原価の同1.53を上回ることから,経済成長は企業利益の押上げ に大きく貢献することを示している。販売管理費は,同0.86と1を大きく下 回ることから,日本企業の経費抑制努力の強さも見て取れ,実感とも近い推 計結果となっている。
第4章 素材,加工,サービス産業への適用
良好な精度を有する産業別キャッシュフロー予測モデルが,より個別性が 高い企業のキャッシュフロー予測にもうまく当てはまるとは限らない。この 章では前出表1に掲載した鉄鋼業,電機産業に,非製造業から電力業を加え て,キャッシュフロー予測モデルが各産業と同産業に属する企業の収益構造 をどの程度説明できているのかを検証する。
第1節 鉄鋼業
鉄鋼業は国際市況産業であるため,収益の変動が非常に激しいという特徴 を有する。ただ,表1から構造式の推計結果をみると,売上,原価,販売管 理費などの説明変数である数量指数(実質
GDP
の変化率)と価格指数(企 業物価指数の変化率)は共に説明力が高い。素材産業の収益構造は,マクロ 経済指標と親和性の高いことが窺われる。図5は,鉄鋼業の営業利益(売 上−原価・販売管理費で算出)についての実績値と推計値を示している。市 況産業にありがちな業績の急上昇,急落局面では,両者が乖離する場面もあ るものの,概ね推計値は実績値に追随している。たとえば,一般に計量モデルでは追いにくいとされる営業利益の急落局面である,①厳しい不況となっ た1985年の円高局面,②90年代前半のアジア諸国の追上げ局面,③2000年代 前半の世界的な
IT
不況,の3局面ともうまく捉えている。一方,空前の好 況局面である2002年度以降の中国などが牽引した世界的な粗鋼需要の拡大局 面もよく説明している。鉄鋼業は,現在,強い海外需要を背景に売上増加と販売管理費の抑制とに より史上最高益を実現しているが,この状況の持続性をこのモデルを使い予 測してみよう。予測期間(=融資期間)を2015年まで今後10年間とする。高 い営業利益水準がここしばらくは続くものの,投入原価の上昇に加え,過去 10年間にわたり絞り続けてきた販売管理費の更なる圧縮も難しい。営業利益 の水準は,2010年度まで高原状況が続いた後にピークアウトする。
次に,鉄鋼業の産業キャッシュフロー予測モデルの結果を用いて,同産業 に属する個別企業のキャッシュフローの予測を行う。同モデルの有効性を判 断するポイントは,①産業以上に変動が激しい個別企業の収益構造の特徴を うまく表現できるか,②最終目標である企業のキャッシュフローの実績と推
図5 鉄鋼の営業利益とキャッシュフロー予測
計値との誤差は妥当か,の2点である。今回は,鉄鋼業の高炉3社と電炉1 社の計4社を取り上げ,個別各社のキャッシュフローを推計した。ここでは,
同じ高炉メーカーでありながら,事業構成が大きく異なる
S
鉄とK
鋼の2 社を取り上げ,モデルの汎用性を検証した。S鉄は業界のトップ企業で,売 上に占める粗鋼生産の割合が高く,K鋼は,粗鋼に加え建設機材など経営 の多角化を進めている。図6にS
鉄を,図7にK
鋼のキャッシュフローの 推移を示した。折れ線グラフで示したキャッシュフローの実績(実線)と推 計値(破線)はS
鉄ではきれいに一致し,K鋼でも1994,2000年度の大き な落ち込み場面においてやや乖離が生じているものの,まずまずの追随を示 している。2社で大きく異なるのが,設備投資行動である。S鉄は,基本的 にはキャッシュフローの範囲内で設備投資を行うのに対し,K鋼は,90年 代後半に見るように,キャッシュフローを越えて積極的な投資を行う。企業 の設備投資を説明する全産業の設備投資のパラメータは,S鉄が0.55,K鋼 が0.59,同じく定数項が0.029と0.069とK
鋼の設備投資がよりダイナミッ クであることが窺われる。この行動格差は,好況期に当たる予測期間にもあ てはまり,今後も2社の設備投資行動は大きく異なるものとモデルは予測す る。このように,個別企業のキャッシュフロー予測モデルは,2社の特徴であ る設備投資行動の差もうまく表現しており,フリーキャッシュフローの動き にも2社の個別性が鮮明に反映されている。産業のマクロ推計値から個別企 業の収益構造推計する際に懸念される収益構造のデフォルメ化は,ここでは 発生していないと考えられる。
最終的なキャッシュフローの予測値は,この純粋な計量推計値に定性判断 を加味して決定される。その定性判断においてもアナリストは,計量分析で 把握した2社の経営行動の差を勘案することができる。アナリストの定性判 断は,おそらく,この計量推計値がはじき出した数値をベースに,S鉄は,
大きなフリーキャッシュフローをブラジルなど海外における本格的な工場建 設や
M&A
の脅威に対抗する海外提携に活用する可能性が高いと判断する。逆に,K鋼については,今後の経営環境の不透明さも勘案し,今局面では,
過去ほどには大胆な設備投資行動は取らないと考える可能性が高い。
このように定性判断が合理的になされるためにも,ベースとなる計量推計 値が不可欠である。産業と個別企業のキャッシュフロー予測モデルは,アナ リストの財務分析に深みを与えると共に,過去の平均行動として与えられる 将来の予測ラインから,より蓋然性の高いキャッシュフローの予測ラインを
図6 S 鉄のフリーキャッシュフローの予測
図7 K鋼のフリーキャッシュフローの予測
抽出することができる。
第2節 電機産業
製造業素材業種は,一般にマクロ経済との親和性が比較的高いものの,製 造業加工業種は,生産物が極めて多様化していることから,マクロデータか らのアプローチは,より難易度が高いと考えられる。製造業加工業種の代表 として取上げた電機産業は,加工業種の特徴である(家電,重電など)幅広 い企業群と多様な製品群を有するために,産業全体としての特性を摑みにく い業種の一つである。また,商品サイクルが際めて短期であることから,大 きな需要変動や競争激化に伴う製品単価の急速な低下による利益変動も発生 する。一方で,販売管理費は抑制されているものの,製造業素材業種ほど進 んでおらず,今後,さらに圧縮できる余地を残している。
図8は,電機産業における営業利益の実績値・推計値・予測値を折れ線グ ラフで,キャッシュフロー(同)を棒グラフにより示したものである。営業 利益は90年代以降に変動が激しくなり,中でも2001年度の
IT
不況時には利 益の急落とその後の急回復を示しているのが特徴的である。営業利益の推計値は,同急落局面において,実績値に対し1年程度遅行す るなど市場の急変する局面には追随しにくいことを示している。しかしなが ら,90年代前半のバブル清算期の落ち込みや一般的な景気循環による営業利 益の変動については正確に捉えている。2001年度の営業利益の急落局面につ いては,アナリストの定性判断により,ある程度修正できた可能性がある。
ただ,定性判断から利益の大幅な落込みが想定できたとしても,それがどの 程度の水準なのかの判断は難しく,計量推計値の助けを必要とすることに変 りはない。計量モデルに万能なモデルはないが,モデルの有する特徴や癖を 理解しながら,定性判断と併せ総合判断を進めれば,予測精度は大きく上昇 する。
このモデルを活用し,電気機械産業の2015年度までの10年間の産業キャッ シュフローを予測すると,2011年度までは今の高水準の利益水準を続けるも
のの,その後伸び率を緩やかに落としていく。なお,キャッシュフローの算 出にあたり,電機産業などの加工型業種や鉄道など設備型サービス業種の主 要企業において,留意すべき点がある。それは,主要事業分野の分社化や多 数の海外子会社の存在から,単体決算ベースの収益構造が,必ずしも企業全 体の収益構造を表わさない可能性である。この場合,連結決算を分析対象の 候補とするものの,連結か単体かの選択は,求めたい対象や目的により使い 分ける必要がある。例えば,私鉄は,本業である鉄道事業以外に,沿線周辺 の不動産事業や駅を起点にしたデパート,スーパーなどの物販も営む。将来 キャッシュフローを予測する際に,鉄道事業本体のキャッシュフローを最も 重視し企業のキャッシュフローを予測したいのであれば,単体決算を使用す る。一方,デパートや沿線開発なども含めたグループ総合力を重視し,予測 を行うのであれば連結ベースで計量モデルを組む必要がある。
電機産業における主要企業の一つである
H
企業は,2006年度の単体の売 上高は約2.8兆円,連結では同10.2兆円である。また,産業全体に占めるH
図8 電機産業の営業利益,キャッシュフローの予測
企業のキャッシュフローの割合は,単体では7%,連結では14%にもなるこ とから,H企業のキャッシュフロー予測モデルは連結ベースで組むことに なる。連結ベースでの
H
企業の2010年度までキャッシュフローの実績値及 び予測値は,図9に掲載した。予想通りキャッシュフローの変動は激しいも のの,モデルは,そのピーク,ボトムのポイントを押えながら,推計値は実 績値の変動に概してよく追随している。この計量分析ラインを基礎に定性判 断を加えれば,精度の高いキャッシュフロー予測が可能となる。第3節 電力産業
電力産業は,相対的に景気との連動性の薄い業種である。地域独占企業の みで構成され,地域性を色濃く反映した収益特性を有する。また,原材料価 格の影響を受けやすく,原価の上昇をその後の料金(認可事項)に転嫁させ,
売上が急増する局面もある。昨今の資源価格の上昇により,2002〜2005年度 の収益構造は,売上の増加による利益への寄与は6.1%に対し,原価の増加 による同寄与はマイナス8.3%と粗利ベースでの利益はマイナス2.2%となっ ている。今後,原油価格の緩やかな低下を見込めば,電力業のキャッシュフ ローは改善していくと考えられる。
図9 H企業のキャッシュフロー予測
このように電力産業は,産業としては比較的安定した収益構造を有するが,
各社の収益構造は,かなり異なっている。今回は,大都市圏を抱える大手3 社(T電力,O電力,CHV電力)と地方を地盤とする1社(CHG電力)
について個別企業のキャッシュフロー予測モデルを作成した。営業利益の推 計に際しては,①売上,原価,販売管理費と順次推計し,そこから営業利益 を求める方法(売上−原価−販売管理費)と,直接,②産業全体の営業利益 から各社の営業利益を推計する方法,の2つがある。今回は後者の方式を取 り,推計した。結果は表2に掲載した。
同じ大手でも,業界トップである
T
電力の営業利益のパラメータは,業 界全体の営業利益の伸び率に対し,0.90と安定しているが,CHB電力の同 パラメータは,1.13と変動が大きい。逆に設備投資は,T電力のパラメー タが0.72であるのに対し,CHB電力は同0.61とT
電力がよりダイナミック な設備投資行動を行うことがわかる。推計したこれらパラメータから企業行 動の特性を把握したうえで,最大手のT
電力と一番規模の小さいCHG
電 力のフリーキャッシュフローを予測する。表2 電力会社のパラメータ
図10は,T電力のキャッシュフローと設備投資の実績と予測値とを示し ている。T電力を含め大手3社は同図のように,基本的には,キャッシュ フローの安定推移と設備投資の減少に伴うフリーキャッシュフローの増加が みられる。今後,設備投資をさらに増加させる可能性が高い。一方,図11に 示した地方電力の1つである
CHG
電力は,設備の償却期間が長期化(12.6 年,2004年度)し,今後設備投資を増やす可能性が高い。キャッシュフロー が当期利益の伸び悩みから穏やかな低下しているため,フリーキャッシュフ ローは今後減少すると予測される。両図の計量推計ラインをベースに,アナ図10 T 電力のフリーキャッシュフロー予測
図11 CHG 電力のフリーキャッシュフロー予測
リストは,定性判断を加え,フリーキャッシュフローの最終予測ラインを完 成させることになる。
結論
生命保険会社は,市場における規模の制約などから,株式・債券市場の運 用競争において優位性を常に確保することは難しい。最大の強みである 生 保資金の長期性 を生かすには,融資分野での競争力を高めることが重要で ある。そのためには,企業の将来キャッシュフローを独自の観点から予測し,
信用スプレッドの評価を行うことが不可欠である。キャッシュフローの予測 において時折みられる,①過去実績の直線的な延長,②景気変動の無反映,
③(上振れの可能性の高い)企業の中期計画数字の丸呑み,では産業や企業 の収益構造もリスクの所在も摑めない。
個別性が強い企業ではあるが,産業景気の影響を受けないという企業は僅 少で,また,倒産率自体がマクロ経済・産業景気との連動性が高いことから,
マクロ経済,産業の分析をベースに企業の収益構造とリスクを把握すること が重要である。このキャッシュフロー予測から,破産確率や信用リスクスプ レッドの算出が可能となる 。
本稿で紹介したキャッシュフロー予測モデルは,企業のキャッシュフロー の予測を効果的に支援する。一方で,今回作成した22の産業のモデル化では 未だ大括りであり,分析したい企業とその産業とが適合しない可能性も残る。
また,計量分析には長期の過去データ(基本的には20年以上)が必要である ことから,比較的新しい産業では産業モデル自体の構築ができない可能性も ある。これに対応するため,今回使用した時系列モデルではなく,パネル分 析によるプーリングモデルの作成も急がれる。
2) 今回の論文のテーマではないので,詳しくは触れないが,説明変数に乱数を 与えて当期利益のマイナスが自己資本を超える場合を破産とみなし,破産確率 を算出する。信用リスクスプレッドは,各企業の破産確率から,回帰して求め る。
今後,実際の使用に際し発生する課題への対応を進めながら,モデルの高 度化を進め,国民の経済に影響の大きい生命保険会社の資産運用力の強化に 貢献できれば幸いである。
(筆者は滋賀大学大学院経済学研究科教授)
参考 献
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