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損害てん補にかかわる諸法則といわゆる 利得禁止原則との関係

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【査読済み論文】

損害てん補にかかわる諸法則といわゆる 利得禁止原則との関係

ドイツにおける利得禁止原則否定後の評価済保険規整,重複 保険規整,請求権代位規整の議論を手掛かりとして

岐 孝 宏

■アブストラクト

損害保険に関する商法・保険法の個別規定から,不文の強行法としての利 得禁止原則が推論されるというのが,わが国における通説の理解であり,こ れまで,その推論根拠とされる個別規定の解釈論は,当該原則の支配・影響 を受ける形において行われてきた。しかし,保険法の諸規定を客観的に考察 する場合,そこに,保険給付に関して何らかの禁止を命じ,その違反に対し て無効という法的効果を用意している<個別>規定(=強行規定)は存在しな いのであって,その状況下,強行法規という性質の<一般的>法命題を<全 体>推論することは,説得的でない。法規範,とりわけ,強行法規という性 質の法規範たる利得禁止原則は存在しない。損害保険において,損害のみが てん補されるのは(それを裏側から見て利得がないと表現するにしてもそれ は),契約当事者がその結果を欲したからにほかならず,当事者意思による 必然ないし当然を,公益的当為による命令の成果と評価すべきでない。そし て,個別規定の解釈論も, 利得禁止原則 なる架空の法規範を離れて,再 構成していくことが求められる。

愛知学院大学)報告によ

*平成25年10月27日の日本保険学会(

成25年12月14日原

る。

/平 稿受領

●●●

● ●●●●●●●

(2)

■キーワード

利得禁止原則,損害てん補原則,ドイツ法

1.問題の所在

損害保険においては,保険契約により保険加入者が利得することは許され ないという利得禁止原則が存在し,当該利得禁止原則は強行法規であるとい うのが,通説が支持する伝統的な損害保険契約法の理論である 。もっとも,

被保険者は,保険給付により利得してはならない といった内容の明文規 定が保険法(平成20年改正前商法を含む)に存在するわけではないので,上 記利得禁止原則は,保険法の諸規定から推論される不文の強行法規とされて いる 。そして,利得禁止原則の推論根拠とされる損害保険の具体的諸規定 については,それらの規定の趣旨は同原則にあるとされ,当該規定の解釈を 利得禁止原則との関係で議論することが行われている 。さて,その利得禁 止原則については,その意義・内容を明らかにする研究が進められている 。 もっとも,それは,利得禁止原則があること(その存在)を前提とする議論 である。しかし,不文の法といわれている時点で,既に,それが存在すると

損害てん補にかかわる諸法則といわゆる利得禁止原則との関係

1) 山下友信・保険法389頁(有斐閣,2005)参照。

2) 山下友信=竹濵修=洲崎博史=山本哲生・保険法〔第3版〕〔山下友信〕77 頁(有斐閣,2010)。

3) 洲崎博史 保険取引と法 岩波講座・現代の法7企業と法236頁(岩波書店,

1998)は,改正前商法における超過保険規定,重複保険規定,請求権代位規定 から利得禁止原則を推論される。保険法規定と同原則の関係については,萩本 修編著・一問一答・保険法128頁,140頁,123頁(商事法務,2010)参照。

4) 洲崎博史 保険代位と利得禁止原則⑴(2・完) 論叢129巻1号1頁・同3 号1頁(1991),山本哲生 保険代位に関する一考察⑴(2・完) 北法47巻2 号69頁・3号43頁(1996),中出哲 損害てん補と定額給付は対立概念か 保 険学雑誌555頁79頁(1996),山下友信 利得禁止原則と新価保険 竹内昭夫先 生追悼論集・商事法の展望721頁(成文堂,1999),笹本幸祐 保険給付と利得 禁止原則 奥島孝康先生還暦記念・近代企業法の形成と展開〔第2巻〕597頁

(成文堂,1999)。

2

(3)

いう根拠は薄弱である。また,仮に, 損害保険における被保険者の利得を 禁止する という具体的法命題が絶対的強行規定であるならば,保険法制定 の過程でその規範が明文で示されてしかるべきところ ,それがなされてい ないという状況も,不可解である。さらに,わが国の利得禁止原則にかかる 議論に大きな影響を及ぼしてきたドイツ法では,伝統的理論を否定した連邦 通常裁判所の1997年12月17日判決 が契機となって,もはや,強行法として の利得禁止原則は存在しないという考え方が,通説となっている 。このよ うな状況のもと,利得禁止原則なるものを安易に推論し,さらに,そのよう な原則を根拠として損害保険の諸規定を説明,解釈していくことに問題はな いか。本稿では,わが国の当該議論を整理した上(2.),損害保険の諸規定 から強行法(公序命題)としての利得禁止原則が推論されるといわれてきた 伝統的理論の当否ないしその説得性についての検証を行い,強行法としての 利得禁止原則が説得的には推論されない(利得禁止原則は,存在しない)と の結論(仮説)を得て(3.),利得禁止原則の推論根拠とされてきた損害て ん補にかかわる諸法則,諸規定の趣旨を,利得禁止原則とは無関係に再構成 することを試みる(4.) 。

保険学雑誌 第 626号

5) 例えば,1908年保険契約法(VVG)公布まで,ドイツ私保険に関する唯一 の法的効力をもつ法規集であった,1794年普通プロイセン国法第1983条は,

保険によって被保険者は,損害だけをてん補されなければならず,これを通 して利得してはならない と規定していたとされる(Barthholomaus, Das

versicherungsrechtliche Bereicherungsverbot,  

1997

, S.113)。

6)

BGHZ137 ,

318

, VersR1998 ,

305

.

7) 岐孝宏 損害保険契約における 利得禁止原則 否定論⑴(2・完)立命 291号217頁(2004),同239号256頁(2004)。ドイツの議論につき,(2・完)

256頁以下。

8) もし本稿の試みが成功するとすれば,損害保険契約は,あくまで損害てん補 の契約である(金銭給付契約ではない)という本質論のもと,例えば,重複保 険規整又は請求権代位規整の適用が約款で排除されるなどして,これまで以上 に柔軟な損害てん補給付が行われる可能性がでてくるであろう。なお, ヨー ロッパ保険契約法リステートメント プロジェクトグループの手になるヨーロ ッパ保険契約法原則(Principle of European Insurance Contract Law)は,

(4)

2.利得禁止原則に関する諸学説の整理

⑴ 利得禁止原則の意義に関する諸学説

前述のとおり,わが国では,近年,利得禁止原則なる強行法原則が一応存 在するとの前提を置いて,その意義ないし内容面を明らかにする研究が盛ん である。利得禁止原則の存在を肯定する立場にあっては,利得禁止原則をい くつかに分けて理解するアプローチを採用するのが通例であり,それぞれの 見解は,大要,以下のとおりに,整理・分類することができる 。

①2分説

2分説は,利得禁止原則を,狭義の利得禁止原則と広義の利得禁止原則に 分ける考え方である。この2分説は,両原則の法規の性質をめぐる理解の相 違に応じてさらに分説することができ,a)保険によって利得すべきでない という原則は保険種類を問わずに妥当し,これを広義の利得禁止原則とし,

一方,損害保険においては実損害を超える給付が禁止されるという原則があ り,そのもとで超過保険,重複保険などの諸規制がなされ,それを狭義の利 得禁止原則として両者を分け,両者をともに強行法的な原則と位置づける と,b)損害保険における損害てん補は,保険制度を運営する上で適合

絶対的強行法規を限定列挙する第1:103条1項において,定額保険は,人保 険に限って契約できるとする旨の規律(第13:101条)を,これに指定するが,

他方,損害てん補原則(規律第8:101条)そのものや,重複保険規定(規律 第8:104条)ないし保険代位規定(規律第10:101条)そのものは,絶対的強 行規定に指定しておらず(小塚荘一郎・後藤元ほか訳・ヨーロッパ保険契約法 原則26頁,74頁,278頁,286頁,302頁(損害保険事業総合研究所 2011年)参 照),そうである限り,ここにも,上述の意味での柔軟な損害てん補の可能性 が開かれているようである。

9) 本稿の学説の整理は,中出哲 損害てん補原則 とは何か 大谷孝一先生 古稀記念・保険学,保険法学の課題441頁以下(成文堂,2011)を参考とした。

10) 洲崎・前掲注4)⑴1頁以下。洲崎教授は,本文にいう 損害保険 の意味を,

正確には,物・財産保険というべきである とされた上で(同1号2頁),

物・財産保険においては,実損てん補原則が貫徹されなければならないという 意味での利得禁止原則(狭義の利得禁止原則)が考えられ,これは,広義の利 4

損害てん補にかかわる諸法則といわゆる利得禁止原則との関係

(5)

する損害概念に基づいていて,損害保険特有の各種法制度はそうした損害概 念に適合するてん補方式を導く態様規制であり,狭義の利得禁止原則は,広 義の利得禁止原則によって禁止されない枠組においては任意性のあるものと 見る説 がある。

②3分説

3分説は,利得禁止原則を,広義の利得禁止原則,狭義の利得禁止原則,

最狭義の利得禁止原則に分ける考え方である。この説は,利得禁止原則を広 義と狭義に分けて議論することの妥当性を評価する一方,利得禁止原則が強 行法的に妥当する範囲を広義の利得禁止原則のみとすることは妥当ではなく,

損害保険には定額保険と異なる意味での利得禁止原則が妥当するとして,時 価を基準とする利得禁止命題を最狭義の利得禁止原則とし,それは任意法規 的に位置づけるが,しかし,損害保険における保険給付は損害のてん補しか 許されないという内容の狭義の利得禁止原則は,強行法的原則と位置づける 説である 。

得禁止原則(=保険という制度は,ある種の偶然の出来事の発生の可能性によ り脅かされている経済生活の不安定に対処することを目的とするものであるか ら,この制度を通して利得することはそもそもあるべきではないという,きわ めて素朴な意味での利得禁止である)を実現するための,より具体的な制度で あるとされる(同1号2頁)。なお,実損てん補原則の貫徹とは, 当然に,商 法631条,632条,633条,662条の各規定が(すべて)強行法的に適用されるこ と を意味するものとされる(同3号29頁参照)。

11) 中出哲 保険代位制度について―機能面から見た制度の本質― 経済学研究 62巻1‑6号(1996年)487頁,同・前掲注4)81頁。

12) 山下・前掲注1)391頁〜393頁。山下友信教授は,①a)説の分類を念頭に,

①b)説等が出てきた背景について, 利得禁止原則の根拠とされてきた賭博禁 止ということは広義利得禁止原則を維持すれば十分達成できそうであるから,

狭義の利得禁止原則の根拠はモラル・ハザードの抑止ということに求められる であろうが,そうであるとすれば狭義の利得禁止原則は論理必然のものではな く政策的なものであるということになるから,狭義の利得禁止原則を任意法規 的な原則として位置づける試みがなされるようになったのは自然なことであ る と評されながらも, 利得禁止原則が強行法的に妥当する範囲が広義の同 原則のみであって,かつ損害保険契約と定額保険契約とで共通の原則であると 保険学雑誌 第 626号

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③4分説

4分説は,広義と狭義を分け,狭義を,狭義と最狭義とに細分する理論を 支持しながら,広義の利得禁止原則も細分し,これを,定額給付型の傷害保 険・疾病保険のうち,傷害給付・疾病給付の部分を射程範囲とする 広義の 利得禁止原則 と,生命保険・傷害保険・疾病保険の死亡給付の部分を射程 範囲とする 最広義の利得禁止原則 とに分ける説である 。

④利得禁止原則否定論

利得禁止原則否定論は,利得禁止原則という法概念の存在を否定する説で ある。ドイツにおける学説の展開等を踏まえて,平成20年改正前商法の諸規 定から推論されるといわれてきた利得禁止原則は,仮にそれを観念するとし ても,所詮,ドイツ法の議論にいうところの,主義ないし指導理念に相当す る存在に過ぎないとし,いわゆる利得禁止原則と呼ばれているものの固有の 法的効果の不存在ないし一貫性の欠如,具体的適用における基準の不明確性 から,最狭義,狭義の利得禁止原則は,そのいずれも,法原則,法規範,法 命題の形式を備えるものではないとして,利得禁止原則という法規範は存在 しないとしている(なお,広義の利得禁止原則についても,公序則とは別に そのような法原則を観念する必要があるのか疑問としている) 。

いう考え方については,現行の商法の解釈論としては明らかに無理があるし,

商法の解釈論を離れて保険契約法理論として考えてみた場合にもいささか行き 過ぎがあるのではないかと考えている。これは,一般論として,モラル・ハザ ードは依然として過小評価すべきでないと考えるためである とされる(同・

391頁〜392頁)。

13) 岡田豊基・請求権代位の法理―保険代位論序説―52頁〜53頁(日本評論社,

2007)。

14) 岐・前掲注7)(2・完)330頁以下。狭義の利得禁止原則が強行法である とする見解は,社会的必要性の有無,または社会的容認の有無を同原則の適用 基準とし,同原則により,社会的必要性のない,または社会的容認の得られな い保険給付は行えないとしているが,上記適用基準は,広義の利得禁止原則の 適用基準といわれている 公序良俗に反すること と区別することができず,

さらに広義の利得禁止原則の内容が,端的に 公序良俗に反しないこと にあ るならば,民法90条が存在する限り,広義の利得禁止原則すら,同条とは別に

禁止原則との関係

6

損害てん補にかかわる諸法則 いわる利

(7)

⑵ 既存学説を二分する大きな見解の対立点

〜損害てん補という保険給付方式は,公序により命じられたものか?〜

利得禁止原則の内容については,上述のとおり,分類の仕方の相違から諸 説に様々な理解があるが,①a)説・②説・③説は,共通して, 損害保険に おける保険給付は,損害のてん補しか許されない(狭義の利得禁止原則は,

強行法規である) という考え方をとっている。これに対して,①b)説・④ 説は,損害保険における保険給付は,契約当事者が損害てん補を合意した当 然の結果(契約の効果)であって,そのような当然の結果に,何故, 許さ れない という当為的評価が付着することになるのか理解できず,結局,狭 義の利得禁止原則といわれるものも,強行法規でないとしている 。なお,

観念する必要がない と主張していた(同(2・完)336頁〜337頁)。なお,

私見が,現在議論している狭義の利得禁止原則なるものは,仮にそれを観念す るとしても,所詮,ドイツで称されている主義(Maxime)ないし指導理念

(Leitidee)に過ぎないと主張している意味は,そのような原理が,例えば物 保険に関する指導理念(立法論的考慮)とは成り得ても,それが何らかの法的 効果を発する類の法規範(Rechtssatz)に成ることは否定されるという意味で ある。岡田・前掲注13)53頁に論じられているが如く,あたかも利得禁止原則 が給付制限という法的効果を発する法規範となって,裁判所が,その不文の利 得禁止原則(法規範)を適用し, 本件では,保険者は○○円のみ支払うこと で足る という判断は下せないという意味である。

15) 中出・前掲注9)445頁, 岐・前掲注7)(2・完)336頁〜337頁。中出教授 は,利得禁止原則(ドイツでは,その用語<Bereicherungsverbot>で議論が 進化したとされる)と損害てん補原則(イギリスでは,その用語<principle

of indemnity

>で議論が進化したとされる)とは,もともと視座の異なる原則

 

であるとされ,それが混同されている可能性があるわが国の今後の議論の在り 方としては,両原則の意義をわけて理解する方向性,具体的には,利得禁止原 則は,保険制度に対して外部的・一般的に作用する法規範(契約自由の制限規 範)としての意義を見出して,損害てん補の限界を画する考え方を導く場合や,

保険代位やその他の重畳的給付状態の調整を考える理論にするとともに,他方 で,損害てん補原則は,損害保険契約という典型契約における当事者の合意の 論理的結果と位置づけて,それは,損害てん補契約としての特徴あるいはその 論理的結果を示すための原則であるとして,この原則を,損害保険関係の内部 的な原則で強行法規性のない原則として理解していくという方向性が望ましい 雑誌 第 626号 保険

(8)

付言するに,①a)説・②説・③説は,その根底において,利得禁止原則と 損害てん補の諸法則(損害てん補原則)とを同義のものととらえており,そ の同義概念を(当然であるがともに)強行法命題として理解している。他方,

①b)説・④説は,その根底において,利得禁止原則と損害てん補の諸法則

(損害てん補原則)とは異質のものであるととらえており(なお,④説は,

正確には,利得禁止原則の存在そのものも認めていないが),そのうち損害 てん補の諸法則(損害てん補原則)は,強行法命題ではないと理解してい る 。このように,既存学説を二分している大きな見解の対立点は, 損害

とされている。この見解の基礎には,損害てん補の原則に,当然のこととして,

許されない という当為的評価は付着するものではないという考え方がある ものと思われる。また,同趣旨において,坂口光男・保険法学説史の研究389 頁〜390頁(文眞堂,2008)も, 利得禁止原則における利得禁止の内容につき,

保険者の給付義務は被保険利益の価額及び損害額によって制限され,保険者は その範囲内でしか給付義務を負わないと説明する立場と,保険契約者は利得し てはならないと説明する立場がありうる。両者は,その観点を異にしている。

すなわち,後者の立場は,保険契約者の側に着眼して,保険の賭博目的への悪 用防止と保険事故招致の可能性という公序政策を基軸とし,そこから利得禁止 を導きだしている…しかし,公序政策から利得禁止ということを導き出しうる か否かということである。…また,保険契約者は利得してはならないという意 味における利得禁止原則が現行法に存在しているといいうるか否かである と された上で, 公序はすべての法律関係ないし法律の全体を支配する普遍的な 上層の理念である。しかし,その具体的内容は時とともに変化し,その判断基 準も判断する者・時・場所により異なり,限界事例について困難な問題が生ず ることは避けられない。保険法における公序政策論も然ることながら,利得禁 止の問題は,保険価額及び損害額が保険者の給付義務の範囲を限界づけるとい う,損害保険に固有な法理の枠内で検討されるべき問題ではないかと考えられ る (下線部は報告者)と結論されている。

16) ①b)説と④説は,本文の限りで共通しているが,別のところでは相違点が ある。①b)説は,損害てん補原則とは異質の概念である利得禁止原則という 法規範の存在そのものはなお認めるものとして,これに保険法における公序政 策論を付託する(中出・前掲注9)444頁以下)。他方,④説は,利得禁止原則と 命名されていても,それは単純に保険給付に利得がある場合にそれを禁止する 法的効果を発動する法規範ではないし(仮にそれを肯定するにしても,せいぜ い,それは,立法論における考慮要素的なものに過ぎない),公序という抽象 8

損害てん補にかかわる諸法則といわゆる利得禁止原則との関係

(9)

保険における保険給付は,損害のてん補である という損害保険契約の当事 者の意思からして当然の結果に,さらに, 禁止 といった特定の価値判断 を加えることとし,そのような保険給付の方式 しか許されない という公 益上の当為(保険法における公序政策論)まで読み込んで,損害てん補の諸 法則を理解していくべきか否かである 。

さて,学説の対立点が明らかにされたが,さらに進めて,そのいずれの立 場が正当であるかの論争を行おうとすれば,そこに,解決困難の障害が立ち はだかる。というのは,①a)説・②説・③説は, モラル・ハザードを過小 評価すべきでない こと ,又は 偶然の事象によって被保険者にかえって 利得が生じるという一般の倫理観に反する事態を防止すべきこと を根拠 として,至極当然の契約上の効果に,それからの逸脱は許容できないとする 公益上の当為(保険法における公序政策論)まで読み込んで,そのような内 容で損害てん補の諸法則を理解していくべきと主張してきた。しかし,その

論の域を超えての具体的法規範としての機能を未だ見いだせていない概念を観 念することは,不要である以上にかえって混乱を招くとし,利得禁止原則とい う観念そのものを否定すべきであるとし,結局,保険法における公序政策論を,

利得禁止原則という概念に付託して論じていくことも否定している( 岐・前 掲注7)(2・完)336頁〜337頁,坂口・前掲注15)389頁〜390頁)。

17) もし,①a)説・②説・③説のように考える場合,損害保険における保険給付 は,損害の額を基準に行われることに加えて,仮に評価済保険が利用されても 著しい価額差がある場合には時価調整が生じ,また,重複保険がある場合には その給付調整が生じ,また,残存物がある場合ないし被保険者債権がある場合 にはその保険者への移転が生じるという,法律が用意したフルスペックの損害 てん補の給付方式が全体として強行法命題となり,そこから逸脱することは,

強行法規違反(狭義の利得禁止原則違反)として,許容されないことになる。

他方,もし,①b)説・④説のように考える場合,評価済保険の価額調整にかか る規整,重複保険規整,保険代位規整は,それぞれ任意法規であるから,保険 給付は,損害の額を基準にして行う(損害保険)という基本合意を行うととも に,他方,法律が用意している諸規整を,必要やニーズに応じて個別的に排除 していくことも許されることになろう。

18) 山下・前掲注1)392頁。

19) 洲崎・前掲注4)(2・完)3頁参照。

保険学雑誌 第 626

(10)

ような見方に対しては,モラル・ハザード防止ゆえに強行法原則を維持しな ければならないといっても,既に法律はその対策として,遡及保険規定(保 険法5条1項),故意の事故招致免責規定(保険法17条),重大事由解除規定

(保険法30条),そして異論もありうるが,事故発生通知義務規定(保険法14 条参照)といった明文の法規範を用意しているわけであって,そのような個 別規定そのものを強行法規と解釈していくことで十分である(なぜ,それら の明文の強行法規(候補)に加えて,不文の強行法規なる利得禁止原則なる ものまで観念して対応しなければならないのか明らかでない)といった反論 や,そもそも,保険者自身が約款上の工夫で十分モラルリスクに対応できる から,強行法による保護は不要であるといった反論 も可能であり,また,

倫理観に反するといっても,単なる棚ぼた利益ではなく,補償の対価を支払 っていたがために得ることになった利益まで不当視すべきでないという反 も可能である。このように,どちらが正当かの議論をしようとすれば,

既存の明文法規範を強行法規と解釈する対応だけでは不十分であるとか,否,

それで十分であるとか,保険者には自衛能力がないとか,否,あるとか,対 価を伴う利益を受けるだけであるといっても,やはり結果的に焼け太りとな ることは倫理観に反するとか,否,反しないといった具合に,結局,判断者 の価値判断・倫理観に多分に左右される,水掛け論となるからである。

3.強行法規としての利得禁止原則の推論?

⑴ 原点を見つめ直すというアプローチ

ところで,利得禁止原則は一応存在するものとし,それがなぜ存在するの かというアプローチ(利得禁止原則の必要性・機能性から考察していくアプ

20) ドイツにおいて利得禁止原則否定論を先導してきた論者は,モラル・ハザー ドの防止は,保険者の自己責任に委ねられる問題であり,強行法による保護は 不要であるという論を 展 開 し て き た。代 表 し て,Romer/

Langheid, VVG,

1997 55

Rn.10(Romer

)

, Prolss/ Martin, VVG,

26

.Aufl.,

1996 55

Rn.24‑

28 (

Kollhosser

)

.

その議論については, 岐・前掲注7)(2・完)287頁。

21)

Bruck/ Moller, VVG,

9

.Aufl., Bd

,

2008 1

Rn.92 u.

93 (

Baumann

)

.

わる諸法則といわゆ

10

損害てん補にかか 利得禁止原則との

(11)

ローチ)をとる限り,上記,水掛け論は避けて通ることができないが,しか し,そもそもにおいて,そのアプローチに問題はないか。上述のごとく,ド イツのような国では,強行法としての利得禁止原則の存在が否定されるに至 った。その事実に鑑みれば,利得禁止原則はそもそも存在するのか(いわば 所与のものか)という, 原点を見つめ直すアプローチ が,真理の探究の ために必要であろう。既に,④説は,平成20年改正前商法の諸規定を考察し て,そこから不文の強行法規としての利得禁止原則が推論されるのかという 問題を検討しているが ,その後,保険法が新たに制定され,推論根拠とさ れる諸規定の内容面にも変更があった。そこで,以下では,新しい保険法の 規定から(それでもなお),不文の強行法規(強行法命題)としての利得禁 止原則が推論されるのかという問題を改めて検討することとしたい。

⑵ 再検証〜保険法の規定から強行法たる利得禁止原則は推論されるか〜

わが国では,保険契約により保険加入者が利得することは許されないとい う強行法規としての利得禁止原則が,平成20年改正前商法631条の超過保険 規制,同632条乃至633条の重複保険規制,同662条の請求権代位規整から推 論されるといわれてきた 。なお,この論法は,ドイツの伝統的理論によっ て提唱されてきたものであり ,それがわが国の議論にも採用されてきた。

22) 岐・前掲注7)⑴235頁以下。

23) 洲崎・前掲注3)236頁。洲崎教授は, 損害額を超えて保険金が支払われては ならない(保険によって利得が生じてはならない)という原則を利得禁止原則 といい,保険金額が保険価額を超える場合にその超過部分が無効とされ(631 条),重複保険が生じた場合に按分比例等によって支払保険金の総額が損害額 を超えないように調整される(632条,633条)のは,利得禁止原則の現れであ り,異論はあるもののいわゆる請求権代位(662条)も同じく利得禁止原則に 基づく制度であると考えられる とされ,上記の諸規定から利得禁止原則を推 論される。山下ほか・前掲注2)77頁は,保険法でもその状況は異ならないとす るようである。

24)

Bruck/ M oller

/

Sieg, VVG,

8

Aufl. Bd.

,

1980

,

55

Anm.

6

u. Vor

49‑

80

. Anm.45 .なお,ドイツの伝統的理論は,旧 VVG55条(損害てん補義務),

旧59条(重複保険),旧67条(請求権代位)といった超過てん補(利得)を阻 第 626号 雑誌 保険学

(12)

いずれにしても,この論法は,新しい保険法のもとで,批判を受けざるを得 ない。というもの,強行法規という本質で(保険給付にかかる)禁止を命じ る<一般的>法命題を 説得的に 推論する根拠は(その資格があるのは),

何らかの(保険給付にかかる)禁止を命じた行為規範であり,かつ,その違 反に対して無効という法的効果を明示している<個別の諸>規定(=要する に,強行規定)の束でなければならないと考えられるところ,損害保険に関 する保険法の諸規定を見渡しても,その類の個別規定が,(もはや)一つと して見当たらないからである。確かに,改正前商法のもとには,超過保険,

重複保険の超過部分の法的効力を無効とする規律が存在していたので,そこ から強行法命題を推論することは(評価済保険規定等それに矛盾する規律が 存在するのに,またその無効主義もその不都合から解釈で骨向きにされ,実 務も無視していたのに,そのような普遍命題を推論してよいかの議論を,今,

顧慮しないとすれば),理論的に不可能でなかったともいえる。しかし,保 険法9条及び20条は,超過保険,重複保険を無効とする主義を改め,禁止命 題(無効の規律)を廃止した。保険契約の効力を無効とするどころか有効と することを明言している規定(保険法9条及び20条)から,何らかの禁止命 題を導くことは,説得的でない。保険法の他の規定についても同様である。

既に,強行法として利得禁止原則の推論根拠になりうるか争いがある もされていた請求権代位規定(保険法25条)は,そもそもにおいて,何らか の禁止(例えば,ある保険給付の禁止等)を明示する内容ではなく,当然,

何らかの禁止行為に対する違反を想定し,その場合に無効という法秩序を用 意した規定でもない。残存物代位規定(保険法24条)についても,この点は

止する複数の規定を,超過てん補を阻止する(利得を禁止する)という包括的 な法律(立法者)意思の 不完全な表現 と位置づけた上で,その意思は,

(旧

VVG57条評価済保険規定のような例外規定があるとしても),損害保険法

全体において顧慮しなければならないとして,拘束力を有する具体的法命題と しての利得禁止原則を観念した( 岐・前掲注7)(2・完)259頁参照)。

25) 洲崎・前掲注3)236頁。後述するように,請求権代位規定は,利得禁止が根 拠でないとする説が存在したためであろう。

則との関係 法則とい

12

損害てん補にかかわる諸 わゆる利得禁止原

(13)

同じである。また,損害額の算定に関する規定としての保険法18条について も,未評価保険について定めた1項も,また,評価済保険ではあるが,しか し,約定保険価額が著しい場合に関する2項ただし書の規定も,その法文言 は, 算定する となっており,例えば, 算定しなければならない とか,

約定保険価額の合意は,その効力を生じない(保険法38条の法文言参照) といった禁止命題の体裁はとられていない 。なお,立案担当者(立法者)

の意思・主観として,18条2項ただし書の規律は,利得禁止という公序に関 する強行規定と説明されていた が,立法者の手を離れた法について客観 解釈・文理解釈を施す場合,同規律を,強行法規という性質でとらえること は適切でない。民法学説は,明確な根拠なく安易に公序良俗概念を持ち出し て私人の取引活動を制約すべきでないとしているのであり ,禁止の体裁

(例えば, 算定しなければならない )ではなく, 算定する といった,客 観解釈としては任意法規と解することもできるニュートラルな法文言 直面して,にもかかわらず,それをあえて強行法規と性質決定するような解 釈姿勢は避けるべきと言えるからである。

ところで,保険法3条は,強行法規と解するのが通説である。もしその理 解が正しいとすれば,同条は,当該個別規定とは別の法規範たる何らかの強 行法(ここでは利得禁止原則が念頭に置かれている)を推論する形式的資格 要件を満たす個別規定であり,同条を根拠に何らかの一般的な強行法が推論

26) また,2項ただし書は,保険価額(保険の目的 物 の価額と定義される=

9条)という概念を使用することによって,物保険のみを射程とする規律にな っており,例えば,火災保険の臨時費用保険のように定額給付の合意がなされ る場合に当該但書が発動できる体裁はとられておらず,そのように,損害保険 の中でも物保険契約にのみ使用できるような限定的規律から,損害保険全体に 妥当する一般的な法原則(利得禁止原則)を推論することも,方法論として説 得力を欠こう。

27) 萩本・前掲注3)123頁参照。

28) 四宮和夫=能見善久・民法総則〔第8版〕266頁(弘文堂,2010)。

29) 保険法19条では, 額とする という類似の法文言のもと,同条が任意法規 と解釈されている。萩本・前掲注3)126頁参照。

保険学雑誌 第 626号

(14)

されるという立論も,一応,可能となろう。問題は,保険法3条の存在ゆえ に,強行法規としての利得禁止原則(利得を禁止する,すなわち,保険給付 を制限するところの法規範)が推論されるという議論が,説得的かである。

この点,保険法3条は,そもそも保険給付の節に配置された規定ではないか ら,同条を,保険給付の制限規範たる 利得禁止原則 の推論根拠とするこ とは,説得力を欠いているというべきであろう。なお,より根本的に,保険 法3条を強行法規と解してきた解釈そのものに問題があるとして,その観点 から上記立論を揺さぶることもできるであろう。通説によって,保険法3条

(改正前商法630条に同じ)に公益機能が見出されたことで,従来,その法文 言(客観・文理)からは直ちに導かれない読み込み過ぎの感がある解釈(形 見に対する利益は被保険者に不当な利益を与えるので契約の目的とすること ができない等)も行われてきた。しかし,客観(文理)解釈をすれば,保険 法3条は,そもそも公益とは関係がない事柄について定めているという解釈 も成り立つところである。すなわち,保険法3条は, 金銭に見積もること ができる利益に限り,損害保険契約の目的とすることができる としている が,それは,損害保険契約が損害をてん補するという仕組みの契約であるが ため,そのような仕組みの契約の一方当事者たる保険者の義務(債務)内容 を,最終的には量的に把握して確定しなければならないという観点から(利 益があるとしてそれが金銭的に評価できなければ,事故に際して保険者がい くらの保険金を払ってよいか不明となり,結局,債務の履行が不可能とな る), 損害の前提としての利益があり,かつ,その利益が金銭的に評価でき る状況にある ことを契約の成立要件として求める趣旨の規定であり,した がって,この規定は,ある利益が存在するにしてもそれを金銭的に評価でき る状況になく,それゆえ最後のところで債務の履行ができないという問題を 引き起こすような契約が成立してしまうことを阻止する機能を有するが,そ れと異なる公益的機能は有していないとする解釈である(なお,定額給付と いう仕組みの契約は,利益を裏返した 損害 のてん補を目的としない契約 であるから,保険者の義務内容の確定という観点において,金銭に見積もる

14

損害てん補にかかわる諸法則といわゆる利得禁止原則との関係

(15)

ことができない利益を契約の目的としても問題は生じず,だからこそ,定額 保険と構成された生命保険,傷害疾病定額保険には,保険法3条に相当する 規定が置かれていないと説明できる) 。保険法3条をこのように解釈する なら,上記の立論は,根本から否定されることになろう。

以上,新しい保険法の諸規定を客観的に考察する限り,それらの諸規定か ら,被保険者の利得という事柄に関し, 禁止 という評価が織り込まれた 公益規範(強行法)を推論することはできない,という結論に達する 。し

30) このように,債務履行の確実性を担保することに保険法3条の役割があると 考えれば,従来のように,そこに公益機能を見出す考え方はとらなくてもよい。

なお,ドイツ法に関し,Winter, Die Verabschiedung des allgemeinen Ber-

eicherungsverbots, Versicherung, Recht und Schaden, Festschrift fur Johannes Walder zum

75

.Geburtstag,  

2009

, ss.113‑114は,被保険利益の

位置づけに関連して, 被保険利益は,VVGにおいて繰り返し規定されてい るが,しかし,強行法の枠組みの中,保険契約の前提要件(Erfordernis=必 要条件)として言及されていない。もし,被保険利益に,以前,一般に,一般 的利得禁止原則に採用されたような類似した制限作用が認められるべきならば,

そのことは,明瞭に,VVGの中に表現されなければならないはずである と 述べ,被保険利益概念から公益的機能を奪う考え方を提示している。また,

M alcolm  Clarke, Policies and Perceptions of Insurance Law  in the Twenty-First Century, p26‑27 ,

2004も,被保険利益概念を,端 的 に,保 険

 

給付(損害測定)の尺度概念として位置づけるようである。

31) なお,ドイツの近時の議論として,Winter, a.a.O., S.106は,新

VVG

諸規定,とりわけ,重複保険規整,請求権代位規整から利得禁止原則を導くこ とはできないとしている。Rosch, Der gesetzliche Forderungsubergang nach

der Reform  des Versicherungsvertragsrechts  

86

VVG(2008) ,

2008

, S.

61も,新

VVG

の請求権代位規整から,保険法上の利得禁止は導かれないとし ている。ところで,新

VVG

は,その200条として,利得禁止という表題が付 された規律(損害保険としての 疾 病 費 用 保 険 に の み 適 用 さ れ る。Romer/

Langheid

/

Rixecker, VVG,

3

.Aufl.,

2012

,

200

Rn.1)を 新 設 し て い る が,

同条は,一般的利得禁止原則は存在しないとの前提に立って意図的に創設され た規定であることから(同原則が否定されたので,例えば,疾病等に際して,

一方で公務員法等による公的疾病保険にかかわる社会法に基づく給付と,他方 で保険契約法に支配される民間保険給付との調整を図るための法規範はどこに も存在していないと評価されることになり,仮に公序政策上の理由から望まれ 保険学雑誌 第 626号

(16)

たがって,それが推論されることを前提として展開されてきた議論は,根本 に問題を抱えているのであり,そもそも,利得禁止原則など推論されないの であるから,今,学説対立の論点となっているいわゆる狭義の利得禁止原則 なるものも,存在しえないもの,と解していくべきである 。

4.損害てん補の諸法則が意味するものと具体的諸規定の解釈

⑴ 総 論

損害保険の損害てん補にかわわる諸法則・諸規定から,利得禁止原則のご とき,保険給付に関する禁止命題は推論されなかった。それゆえ,損害てん 補にかかわる諸法則・諸規定は,端的に,保険者は損害額に相当する給付の みを行い,仮に他の給付があるときにはそれを調整して,全体でも損害額だ けを被保険者に回復させるという, 損害てん補を合意した契約当事者が欲 するであろう標準的な(デフォルトの)効果(標準的契約合意の結果) を 定めているに過ぎない,と考えていくことが至当である。すなわち,損害保 険において,損害のみがてん補されるのは(これを裏側から見て利得がない というにしてもそれは),契約当事者がそれを欲したからにほかならず,そ の必然ないし当然を,公益的当為による命令の成果と評価すべきでない(そ

る給付調整を行うことを欲するならば,200条のような特別の根拠規定を置い ておかなければならない,というのが同 条 の 立 法 趣 旨 で あ る。Langheid/

Wandt, VVG, Bd.Ⅲ 2009 200 Rn.2(Hutt

)),同条が,いわゆる利得禁止 原則を(新たに)推論する根拠であるという議論は生じていない。

32) 私見は,人の生命・身体以外のリスクの発生を条件として,純然たる定額給 付を行う補償行為(講学上,物定額保険などと呼称されてきた行為)は,保険 法が予定していない無名契約であると考えている(もはや保険ではなく,無名 契約であるから,物定額保険と名付けることは正確でない)。また,そのよう な無名契約が,その形式ゆえに,直ちに私法上許容されない行為になる,と即 断することもできないと考えている。民法学説が民法90条を前にして展開して いる公序良俗論(とりわけ著しく射倖的な行為ないし賭博行為にかかる議論)

にあてはめながらする慎重な議論が必要であり,そのような議論を経て,当該 無名契約の法的有効性が,最終的に判断されるべきであろう。

わる諸法則といわゆる利得禁止原則との関係 補に

16

損害てん かか

ます 本文のところの上付きが入るため強制送りし

(17)

の必然を公益上の観点に結び付けるべきでない)ということである 。また,

損害保険の損害てん補にかわわる諸法則・諸規定から,利得禁止原則が推論 されないとすれば,それらの諸規定の趣旨・根拠を利得禁止原則に求めてき た従前の法解釈も不適当であり,見直しが必要になるということである。

以下,ドイツ法の議論を参考としつつ,強行法規としての利得禁止原則と いう架空の法概念から離れて,他方,契約当事者の意思というものに重点を 置きながら,損害てん補にかわわる諸法則・諸規定の解釈論を再構成する。

⑵ 各 論

①てん補損害額に関する規整と契約当事者の意思

保険法18条は,てん補損害額の算定基準として,第1項において未評価保 険に関する評価の方法を,第2項において評価済保険に関する評価の方法を 定めている。まず,第1項が定めるてん補損害額の評価の方法は,損害てん 補を合意した契約当事者が欲するところの標準的効果意思をそのまま表現し たものであり,それ以上のものでない。とりわけ,本項から最狭義の利得禁 止原則なるものが導かれるという解釈は,不当である 。

次に,2項ただし書の解釈である。先述のとおり,文理解釈ないし客観解 釈上,任意法規と考えるべき2項ただし書の趣旨は,(当然,強行法規とし ての利得禁止原則ではなく),約定保険価額を合意する根拠となった損害査 定の困難性にかかる問題が保険事故後に確定的に生じなくなったという事情 変更を受け,損害てん補という契約当事者が欲した合意の効果を,より忠実 に実現することにあると解される。約定保険価額の合意は,保険の目的物が 保険事故前に有していた価額に関する証明責任(=保険事故によるてん補損

33) 中出・前掲注9)444頁は,イギリスでは,利得禁止原則から損害てん補給付 の特徴や各種制度を導く議論は見られず,損害保険における損害てん補の確保 は,損害てん補としての契約の合意から導いているとされるが,まさにその方 向,その単純な発想において,損害てん補の諸法則が理解されるべきである。

34) なお,最狭義の利得禁止原則は強行法でなく任意法規として導かれるとする 議論もあるが, 任意法規の禁止命題 という概念こそ,矛盾であろう。

保険学雑誌 第 626号

(18)

害額の証明責任)の軽減を一義的目的として行われるとされているが ,保 険法18条2項ただし書が想定している状況は,価額証明が困難で,場合によ ってはそれが行い得ないという契約当初の予想には反する状況,すなわち,

保険の目的物が保険事故前に有していた価額の証明を行おうとすればできる 状況を意味している(そうでなければ,著しく超えるか否かの判断はできる はずもない)。そのように,損害てん補を合意しながらも,その額の確定の 困難さゆえに約定保険価額を利用しているとすれば,事故後にその困難が克 服される状況(事情変更)に至れば,それができないことを前提に取り決め ていた価額(約定保険価額)に固執する理由はなくなる(当事者もそれを欲 しない)がゆえ,基本(未評価)に立ち返って,てん補損害額の調整を行お うとするのが,ただし書の本質である 。もっとも,保険価額の証明が可能 な状況に至れば,常に基本(未評価)に立ち返るものとすれば,保険契約者 としては,その状況が事後的に生じたことで,保険価額を証明しなくてよい という利益を直ち(無条件)に奪われる結果になり,保険価額に関する紛争 が事前に回避されているという期待(事故時の証明コスト不要に対する期待,

約定保険価額が支払われることに対する期待等)が,突然,裏切られること になる。そこで,バランス論として,その期待ないし利益は,一定の範囲で 保護されるべきとの判断で,価額差が著しくない場合には,事情変更に至っ ても,それによるてん補損害額の変更までは行わないものとされている。

以上のように,私見は,利得禁止原則といった公益上の命令ではなく,損 害てん補を合意している契約当事者の(標準的)意思を中心として,ただし

35) Bruck/Moller, VVG, 9.Aufl., Bd Ⅲ, 2010 76 Rn.5 (Schnepp), Prolss/

Martin, VVG, 28.Aufl., 2010 76 Rn.1 (Armbruster), Romer/Langheid/

Rixecker, VVG, 3.Aufl., 2012 76 Rn.1 (Langheid).

36) 旧法下で,著しい相違がある場合,それが著しくない範囲に減額されるのか,

それとも実際の価額まで減額されるのかの議論(山下・前掲注1)404頁参照)

において,後者が支持され,また,保険法でもその結論が確認されているが,

なぜ,著しくない範囲の価額(例えば,時価+10%弱程度の価額)ではなく,

実際の価額とされるのかについては,本文に示した趣旨でただし書を理解する ことにより,うまく説明できるであろう。

18

損害てん補にかかわる諸法則といわゆる利得禁止原則との関係

(19)

書にかかる調整の規律を理解していくべきと考えるが ,そのような方向性 については,ドイツ法の議論が一定程度,参考になるものと思われる。ドイ ツでは,わが国の保険法18条2項ただし書に相当する

VVG76条2文後段の

規律 が,任意規定であるとする議論 と,なお,強行法規であるとする 議論 とが対立している。しかし,いずれの立場も,BGH2001年4月4日 判決 を引用し,実際に 著しく超えるとき になるかは,保険の種類・目 的,当事者が約定保険価額を合意した理由に左右されるとしている 。すな わち,いずれも, 契約当事者による合意の経緯 を精査しなければ 著し いか否か の,したがって, 拘束力が維持されるか否か の決定ができな いという法理を承認するのであって,約定保険価額(Taxe)の拘束力が維 持されるか否定されるかの判断は,公益上の理由によってではなく,契約当

37) そのように,ただし書の規律は任意法規と解するので,例えば, 詐欺なき 限り,保険価額の調整を行わない(約定保険価額の拘束力を絶対的に認める) とする特別の合意を当事者がすることは可能であると解する(イギリス海上保 険法・MIA27条3項参照)。なお,損害てん補という基本合意があることで,

損害を評価する という要素がなお存在するので,仮に,上記のごときただ し書の規律を廃止する合意があったとしても,そのことで,当該取引が,ただ ちに,無名契約としてのいわゆる物定額保険合意(注32参照)になり,それが 損害保険契約でなくなるものではない。イギリスのような法制があることは,

そのように考える十分な根拠になる。

38)

VVG76条の訳文は,新井修司=金岡京子共訳・ドイツ保険契約法(2008年

1月1日施行)278頁(日本損害保険協会・生命保険協会,2008)。

39)

Romer

/

Langheid

/

Rixecker, VVG,

3

.Aufl.,

2012 76

Rn.7 ( Langheid

)

, Winter, a.a.O., S.106 .また,新 VVG

政府法案理由も,契約自由の原則にす る制限は契約当事者の利益の保護のために必要でないという理由で,VVG76 条2文後段の協定の制限は,排除することができる(76条は全体的に任意法規 である)としている(新井=金岡・前掲注38)279頁)。

40)

Bruck/ Moller, VVG,

9

.Aufl., BdⅢ ,

2010 76

Rn.46 ( Schnepp

)

, Prolss

/

Martin, VVG,

28

.Aufl.,

2010 76

Rn.18 ( Armbruster) .

41)

BGH  VersR2001 ,

749

.

内容は, 岐・前掲注7)(2・完)320頁以下。

42)

Romer

/

Langheid

/

Rixecker, VVG,

3

.Aufl.,

2012 76

Rn.2 , Bruck/ M ol- ler, VVG,

9

.Aufl.,

2010 76

Rn.46 ( Schnepp) .

26号

19 保険学 誌 第6

上付きが入るため強制送りします

本文のところの

(20)

事者の意思ないし動機如何によって左右されるとしているわけである 。ま た,ドイツでは,とりわけ上記

BGH

判決以降, 著しさ に関する固定的 な限界はないとされているが,他方,かねてから,一般論としては10

%の相

違が一つの目安になるということがいわれてきた 。しかし,新価保険等が 許容されている事情などに鑑みて,わずか10%の相違で調整が生じるという 処理(保険法18条2項ただし書に相当する規律)の根拠が,公益上の理由に あるとする説明は,実質的な説得力を欠くものとなりかねない。しかし,私 見と同じく,ドイツ学説に理解されているように,契約当事者の損害てん補 の合意を基礎として,当該調整の法理を考えるものとすれば,たった10%の 相違でも調整が生じることの説明は,矛盾なく行えるであろう。

②重複保険規整と契約当事者の意思

重複保険に関して,保険法20条1項が規律する全額主義は,損害てん補を 合意した契約当事者が欲するであろう標準的効果意思を表現しているにとど まり,その規律が利得禁止原則を根拠にするものでないことはいうまでもな い。全額主義は,保険者の給付を縮減する規律ではなく,保険給付に制約を 加えることに反対するという意味で,むしろ利得禁止原則とは対極にある考 え方である。次に,20条2項は,ある保険者⒜の給付により他の保険者⒝が 免責される結果,被保険者が,当該他の保険者⒝から保険給付を受けられな くなるという共同免責の法理を前提とする規律である。そのような共同免責 の法理は,要するに別の保険者⒝の保険給付の制限に作用する法理とも位置 づけられるから,利得禁止の考え方,さらに進めて,強行法規としての利得 禁止原則なるものが,当該共同免責の法理ひいては重複保険規整の根拠にあ

43) 強行法規律をなお含むと解する

Bruck

/

Moller, VVG,

9

.Aufl., BdⅢ,

2010 76

Rn.68 ( Schnepp

) でも,VVG76条は,原則任意法規であるから,契約

当事者は

VVG76条2文後段の意味にいう著しい相違に関する ある一定の%

を合意できる としている。

44)

Romer

/

Langheid

/

Rixecker, VVG,

3

.Aufl.,

2012 76

Rn.2 ( Langheid

)

, Prolss

/

Martin, VVG,

28

.Aufl.,

2010 76

Rn.13 ( Armbruster) .

20

損害てん補にかかわる諸法則といわゆる利得禁止原則との関係

(21)

るという憶測を生むところである。しかし,先に検討したとおり,そのよう に解することはできないのであり ,利得禁止原則とは無関係に,契約当事 者の意思という観点から,この共同免責の理も説明していく必要がある。

保険法20条2項が前提とする共同免責の法理は,利得禁止原則により命じ られた結果(公益的当為)ではなく,損害てん補を合意している契約当事者 が重複保険関係という特殊状況下に置かれれば有するであろう標準的な効果 意思に基づき,損害てん補合意を処理する場合の,その結果(契約意思によ る必然)そのものであると解すべきである。すなわち,ある保険者⒜以外に も保険者⒝がいるという特殊状況下では,保険者⒜の側としても,偶然,自 分以外に被保険者の損害の穴埋めを保険法的に義務付けられる保険者⒝が出 現する場合には,先に,いわば単独で損害てん補を約束しているとしても,

その後に出現する別の保険者⒝と協力し,いわば共同で被保険者に生じた損 害をてん補することで足りると考えるのであり ,他方の被保険者の側とし ても,特段の事情がなければ(通常の場合は),すべての保険者からすべて の給付を得る経済需要もないことから,やはり,そのような特殊状況となれ ば,複数の保険者が共同し,発生した一つの損害のてん補にあたることで足 ると考えるのであり ,そのような, 損害てん補を合意した契約当事者の

45) なお,保険法20条は,例えば, 被保険者は,全体で,損害を超える給付を 要求できない といった類の,保険給付の制限を積極的に 命令 する行為規 範を用意することで,共同免責を定めているわけでもない。そのような規律方 法として,ドイツ

VVG78条1項がある。但し,ドイツでは,そのような規律

内容であっても,同条の強行法規性を否定する見解が多数説をしめていること に注意が必要である(後述)。

46) 保険法20条2項が前提とする共同免責の法理の基礎には,他の保険者と協力 して被保険者の損害を埋め合わせれば,保険者が単独でしかも全額で負担して いたはずの損害てん補義務を履行したものとして扱うという考え方が横たわっ ている。

47) 保険契約者が,意図的に重複保険を締結する理由として,どちらか一方の保 険者の資力不足を懸念するがゆえにそのような行動にでるという説明がなされ ている。そうであれば,そのような保険契約者の意思の内容として,二重に給 付を得る意図がないことは明らかであり,保険者が補完的に共同して一つの損 保険学雑誌 第 626号

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