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老荘を一貫せる永生の信念及びその神について

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(1)

奈良教育大学学術リポジトリNEAR

老荘を一貫せる永生の信念及びその神について

著者 蔦川 芳久

雑誌名 奈良学芸大学紀要

巻 8

号 1

ページ 97‑118

発行年 1959‑02‑15

URL http://hdl.handle.net/10105/4869

(2)

老荘を一貫せる永生の信念及びその神について

蔦  川  芳  久

小    序

人間は此の世にいかに生くべきかという問題に努力した孔子は、死生の問題については日頃あまり 言及していないが、超越の人間学に徹した老荘の思想、特に荘子では、死生の超越、死生一知といっ た境地が濃厚にあらわれ、そこにその人を通して霊魂不滅、永生の信念といったものがうかゞえる。

今その永生なるものの内容はいかなるものであるか、また、いかなる手順によって信念といったもの になっているのか、且つまた、永生と関連して、老荘では、神というものをどのように体諾していた のか、そのような問題について考えてみたい。この種の問題は常識を超えたものであって、単に形而 上学的論索や訓話注解的な説明で知的にわりきゥてわかるといったものではあるまい。それは固より 荘子の所謂「進於知美。」ものである。従ってそれには、更に生活全体を通しての事実からしての具 体的究明に得たねばならない。それというのも、老荘は一見すると形而上学泊思惟をやゥているよう に見えるが、その実、論理や概念的思惟の能力や限界を直解しているのであって、実在についての知 識などを問題にしているのでなく、具体的生活体験を通して実在を端的に把握し、無為に於て自然の 生命を感得し、自分の内に絶対にして自由な世界をもとうとするものであるからである。本稿で老荘

というのは、荘子の万に比重をより多く置くものである。

(1)

此の人間世には何一つとして頼りになる物は無い。みんな変り、また動く。物も心も、自分も 他人も。此の世を通じて常住不変の存在ありとするのほ人間の感覚の迷妄で、実在は永遠なる生 成変化の流である。荘子の所謂「物化」である。その中に在っても、死ぬるということはど大き

い変化は無い。人間は誰も彼も皆死ぬるものである。古来幾千億万の人間が此の世に生れて来た か知れないが、一人として死ななかったものは無い。自分は死ぬるもののようには思えないもの

であるが、自分も死ぬることに相違はない。してみれば、死ぬるということは人間界の出来事と しては平凡な事、普通な事、誰にも共通な事である。それでまた人間は誰しも死にたくない。自 分が死ぬることは自分に関する一切が空無になることの如く思われ、そこに死に対する恐怖と不 安がある。また自分に関係の深い人、親、子、妻、親友などに死なれることは実に堪え得ざる苦 悩であり、我が身そのものが削がれる思いがして、如何なるものを以てしても慰められ諦められ ることでもあるまい。一寸先の事はわからないのであるが、死ぬるという事だけは先の事であっ ても確かな事で、それは自分にも親しい人にも必ず来ることである。そこに自分の死ぬるという ことをどう感ずるか、また人に死に別れることをどう思うかということがある。

荘子の要死す。虚子之を弔ふ。荘子則ち方に箕据して盆を鼓して歌へり。息子白く、人と与に居り、子を 長じ身を老せり。死して実せざる、亦足れり。又盆を鼓して歌ふとは、亦甚だしからずやと。荘子日く、然 らず。足れその始め死するや、我独り何ぞ能く概然たること無からんや。其の始を察するに、本生無し。徒 だに生無きの剃こ非ず、本形無し。徒だに形無きのみに井ざるなり、本気無し。芝秀の間に雑あり、変じて 気有り。気変じて形有り。形変じて生有り。今又変じて死に之く。走れ相与に春秋冬夏四時の行を為せるな

(3)

り。人それ屈然として巨室に寝ぬ。而るに我峨々然として随って之を巽するは、自ら以て命に通ぜずと為し、

故に止むるなりと。(荘子・至楽)

なるほど、造化は無限の生成化酉である。そこに新陳代謝が行われる。万象はこの新陳代謝を まぬがれないが、しかもその中にあって変ることの無い大きい力が生き通しに生き、働き通しに 働いている。その力と一つになって生きる者からみれば、この新陳代謝、死生の問題などに驚い たり悲しんだりしていることはおかしいことであろう。然しそれに気づかない間は誰しも死を怖 れ忌むのであって、そこに死生の問題が横たわり、人間を拘執する。

かく、死ぬるということは万人が万人の定まれる運命であり、変化であるが、死にたくないと いうことも亦万人が万人の希望であろう。謂盟死にたくないのに死ななければならないとい う所より永生の希望が生れ、死後の生活が考えられ、あの世という思想が生れ、霊魂不滅が要求 せられてくる。これ等のこノとの確実性については古来論議はされているが、然し確かな証明がつ かないのである。

普通に霊魂不滅といわれる事は、今でも精神的、肉体的と分けて言われるように、古来、_人間 の精神(魂)の働きは肉体と離れて精神だけで働くものが有るように思われ、個々の肉体は死ん でも精神だけは別の生活を続けてゆくものではあるまいかという考えから霊魂不滅ということが 人々に信ぜられてい菌。然し、今日わ科学では肉体と分離して別に精神だけの働きがある午とは 考えられないので、たとえ霊魂が不滅のヰうに思われても、それは信じ難いであろう。又これと 関連することで、その人が生前に為した事柄が後世にまで残り伝わることより、人間の精神的な ものはそれと共に残っているのではないかとも考えられる。然し、時を経ればそれ等の事柄も薄 れ消えてゆくもので、絶対に不滅ということは出来ない。叉霊魂不滅という事については別にこ

のような考え方もある。人間世は接雑な矛盾の体系であって、現世に於て善事を為した者でも不 幸悲境に陥ってそのまま死ぬる者もあり、又悪事を働きながら浮世の幸福を存分に得て死ぬる者 もある。そこで、一種の道徳的要求から、あの世でも霊魂不滅を信じたくなり、あの世に於て此 の世の償いがされることが当然で、それが無くては此の世に於ける不合理の説明がつかないから というのである。この考え方は今でも案外多く、あとを絶たない。然しこれも勿論漠然と考えら れることで、また人間の勝手な希望に過ぎないもので、一種の迷信といえば迷信であって、これ だけでは霊魂不滅、永生ということを信ずることは出来ないであろう。

それでは、霊魂不滅だの永生の信念ということは人間の勝手な希望で、何の根拠もない単なる 迷信に過ぎないものであろうか。そこで、先ず老荘に於ける死生観からうかがってみよう。

(2)

老肺死す。秦失之を弔ふ。三たび号きて出づ。弟子円く、夫子の友にあらずやと。白く、然りと。然らば 則ち弔ふこと此の若くにして可なるかと。日く、然り。始めは書れ其の人とおもいLも、今はしからず。向 に吾れ入りて弔ひしに、老いたる者は之に異すること其の子に共するが如く、少き者は之に異すること、其 の母に突するが如きあり。炒れその之を会めたる所以は、必ず言うことを斬めずして言ほしめ、異くことを 斬めずして異かしむるもの有りしならん。これ天を遅れ、情に倍き、其の受くる所を忘れしものなり。古は之

を遁天の刑と謂えり。適たま来るは夫子の時なり、通たま去るは夫子の噸なり。時に安んじて順に処れば哀 楽入る能はず。古は是を帝の陳解と謂えり。窮することを薪を為むるに担ぎすも、火は伝はるなり、其の尽(も

くるを知らずと。(荘子・養生主〕

①この文の「指窮於為薪、火伝也。」の一句は古来注釈家の異論が多く難解とされているが、今は郭象の「窮 尽也、為薪、猶前薪也。」に従って訓読した。それで意味は通ると思う。

(4)

あらゆる人生の禍福を自然として受け取ることを説く老荘では、人間の最大の怖れであり悲し みである死をも亦自然として受け取るのである。人間の死はたゞ自然の道に過ぎない。それをや たらに突き悲しむのは、この天の理を邁げるもの、天から受けた自分の生命の本質を忘れたるも のである。人間はすべてこの自然の道に順っていればよい。人生のあらゆる境遇をひっかついで 自分の境遇として安んずる。そこに、あらゆる境遇を超越して自分を自由にすることが出来る。

「安時而処順」ことは老荘の「遺」に随順する生活で、そこに死生の哀楽を超越し、本当に死に 安んずることが出来るというのである。老荘の死生観を最もよく表現しているのは、荘子太宗師 篇に見える、子妃、子輿、子型、子采の四人の至大の問答に託して、死生は−知で、人間が死を

G)

恐れ悲しむことは迷妄に過ぎないことを明かにした説話である。

子祀、子輿、子翠、子来四人、相与に語って日く、教か能く無を以て首と為し、生を以て背と為し、死を 以て尻と為し、親か死生存亡の一体たるを知るものぞ。吾れ之と友たらんと。四人相視て笑ひ、心′こ逆ふこ と美し。遂に相与に友と為れり。

俄かにして子輿病有り。子祀往いて之を聞ふ。白く、偉なる裁、夫の造物者、将に予を以て此の拘拘を為 さんとす。曲疇背に発し、上に五管有り。餅は斉に隠れ、肩は頂より高く、句賢は天を指す。陰陽の気珍へ る有りと。其の心は間にして事無く、酢調として井に鑑して日く、嵯平、夫の造物者、又将に予を以て此の 拘抱を為さんとすと。子祀日く、女之を恵むかと。日く、亡。予何ぞ意まん。浸仮して予が左背を化して以 て鶏と為さは、予因りて以て時夜を告ぐるを求めん。浸仮して予が右善を化して以て弾と為さば、予因りて 以て損失を求めん。浸仮して予が尻を化して以て輪と為し、神を馬と為さば、予因りて之に乗らん。意に更 に鴛せんや。且つそれ、得るものは時なり、失うものは頓なり。時に安んじて頓に処れば哀楽入る誰はず。

此れ古の所謂陳解なり。而るに白から解く能はざるものは、物之を結ぶこと有ればなり。且つ夫れ、物の天 に勝たざるや久し。吾れ又何ぞ感奮んやと。

俄かにして、子来病有り。喘喘然として将に死せんとす。其の妻子環りて之に泣く。子撃往いて之を間ひ て日く、叱っ、避けよ、化を垣かすこと無れと。其の戸に侍り、之と語って日く、偉なる哉、造化、又将に 実にか汝を以て為さんとする。将に英くにか汝を以て適かしめんとする。汝を以て鼠肝と為すか、汝を以て 盛哲と為すかと。子来日く、父母の子に於ける、東西南北、唯だ命に之れ従ほんのみ。陰陽の人に於ける、

週だに父母に於けるのみにあらざるなり。彼れ吾れを死に近づけて、我れ聴かぎれば、我れ則ち悍なり。彼 れ何の罪あらん。夫れ大塊我を載するに形を以てし、我を労するに生を以てし、我れを.失するに老を以てし、

我れを息するに死を以てす。故に吾が生を善くする者は硯が死を善くする所以なり。今、大治の金を鋳るに、

① 大宗師篇に同じような説話がもう一つ見える。『子桑戸、孟子反、子琴張三人、相与に友たらんとして日 く、「親か稚く相与する顆きに相与し、相為す無きに相為すものぞ。教か能く天に登り、霧に運び、極り無き に襲挑し、相忘るるに生を以てし、終窮する所無きものぞ。」と。三人相視て笑ひ、心に逆らふこと莫し。遂 に相与に友となれり。莫然として間有りて、子桑戸死せり。未だ葬らず。孔子之を聞き、子責をして往いて 事を待たしむ。或は曲を編み、或は琴を鼓し、相和して歌って日く、「嗟来、桑戸や、嗟来、桑戸や。而は 己に其の真なるものに反れるに、我は酒は人たり。猪。」と。子三越って進んで日く、「放て間ふ、戸に臨

んで歌ふは礼なるか。」と。二人相視て笑って日く、「足れ盛んぞ礼の意を知らん。」と。

子員反って以て孔子に告げて日く、「彼は何なる人ぞや。借行の有ること無∈く、其の形露を外にし、戸に 臨んで歌ひ、顔色すら変へず。以て之に命づくる無し。彼は何なる人ぞや。」と。孔子ヨく、「彼は万の外 に遊ぶ者なり。丘は方の円に遊ぶ者なり。外内相及ばざるに、丘の女をして往いて弔ほしめLは、丘則ち衝 なりき。彼方に且に造物者と人と為りて、天地の一気に遊ばんとす。彼は生を以て附糞尿床と為し、死を以 て決床潰庵と為す。夫れ然るが如きものは、文意んぞ死生の先後の所在を知らんや。異物に仮りて、同体に 託し、其の肝胆を忘れ、其の耳目を遣る。反覆終始、端配を知らず。こ巴然として塵垢之外に彷捜し、無為之 業に遭遇す。彼又意んぞ能ぐ贋憤然として世俗の礼を為して、以て衆人の耳目を観ましめんや。」と。』

(5)

金屑躍して、我且に必ず鋲郷と為らんとすとFはば、大治は必ず以て不祥の金と為さ人。今、−たび人の形 を犯して、而も人のみ人のみと日はば、夫の道化者は必ず以て不祥の人と為さん。今一たび天地を以て大鏡 と為し、造化を以て大治と為さば、悪くに往くとして可ならざらんや。成然として探り、凄然として覚めん のみと。

この説話は一読してもわかるように、奔放にして、洒落な筆致で、老子の無の思想に基づいて 死生を超越した境地を文芸化したものである。本来、人間の生死が苦悩となることは、すべて自 分が「物に結ばれる」ことによる。それが我執である。この我執を排脱しなければ、本来安かる べき生命の自然を拘束して、生死の問に不可解な恐怖が存する。ところが、我執を排脱して、自 分と宇宙の生命との関係を明かにしてゆけば、自分は単なる他と対立した一個体ではなくて、宇 宙の生命そのものの流れに乗じているものであり、自分自からが小宇宙を成しているという自覚 が開ける。そこに「願…解」といって、我執の殻が砕けて、自由なる境地に遊ぶのである。従って、

現在の自分の境遇がいかにあろうとも、それをそのままに包容して力強く生きてゆくことが出来、

そこにほ最早、生死というようなことは問題にならない。「死生、命也。其有夜且之常、天也。

人之有所不得与、皆物之情也。」蒜宗で、死生を観ること昼夜の連行の如きものを感得するという のである。

そのような境地では死の恐怖不安が無い。不安恐怖が無いというだけではなく、死に会うこと を逃げ避けることなく、素直に死に会うことが出来る。死に対して何の心構をしておくこともい らない。敢ていえば、死と仲善くしてゆこう、死から自分に求める所があれば、自分に出来るだ けのことはしてやろう、死が自分にしてくれることがあれば、快よくそれをしてもらおう。そう して、時には死と戯れよう。このような心持で死に対することが出来るのであるから、こちらの 心持には死に対して一種のなつかしさ、喜びを伴った生々とした心持が流れていることを感ずる。

これが老荘に於ける死生一如の心持である。孔子が「朝間道、夕死可桑」といわれたその心持な どもこれであろうと思われる。「死すとも可なり。」という心持は「死んでも仕方がない。」と いう心持とは異る。「死んでも仕方がない。」という心持は、あきらめであり、死を怖れ忌むの であるが、如何しても避け得られぬ故に仕方なくそれに従うというのである。又「何時死に出会 ってもかまわない。」という心持とも異る。これは、あらかじめ死の覚悟を定めて、何時死に出 会わしてもかまわないだけの心の準備をしておこうというもので、準備が出来ているから死は何

時来てもよいというもので、この心持にもやはり根底に於で死を怖れている所が有り、死を相手 どって力んで居り、死を常に問題にしている所が有る。老荘の死生観にはこのような心持は存し ていないことは、前記の説話を吟味すればよく諒解されることであろう。

老荘では生なく死なき絶対の世界に参入し、死生を超越しているのであるが、人間は現実には 此の世に生きているのであるから、このような死生一如の境地にあるものが死を怖れたり悲しん だりしないのは、この肉体は死んでしまっても、それで自分というものが無くなってγうもので ない事を信じて居り、従って死んでも皆と別れ去ってゆく気持がせず、何時までも生きている、

坂かであるような心持があるからではあるまいか。してみれば、老荘の死生観には、ある意味に 於て永生を信じて居ると謂ってよい。さきに挙げた「指窮於為薪、火伝也、不知其尽也。」とい ている所は、一種の霊魂不滅、永生を意味するものとみてよい。然しそれは最初に述べたようっ な、個体の精神は死後も永遠不滅であるとか、未来の生活が続くとかいったあの世の存在と必然的 に関連するものではない。それは後に述べるように、老荘の無為の人間学、生活全体を以て体得 した無我の事実に基づく生活よりにじみ出る特別のものである。且つ荘子の文章になると、司馬 遷の所謂「其言洗洋自盗、以適己。」豊私老で、冷徹な理智と天馬空を行くが如き奔放な筆致の

(6)

為、卒然として読めば、人生を高踏し攫祝した超人の如く考えられ、又そこに流れる厭生概より して退嬰卑屈な生活態度をとるものの如く誤解され、薮姑射の山の神人を説くところより、その 理想は登仙不死にあるかの如くに見え、又閣僚と問答するあたり、死の寂実を讃美しているよう にも解せられ、由来、老荘の思想には誤解が多かった。それというのも、此の世に在って此の世 を超えた境地を説いておるからで、常識の生活ではどうしてもわからない所があるためである。

死を怖れ死を不安がらねばならないということは、そもそも自ら生きるということが本当に満 足に出来ていないということに在るのでほあるまいか。荘子のいう「善吾生者、乃所以善吾死也。」

盃宗という内容を我々の生活全体を以て吟味してみなければならない。平生に於て満足なよい生 き方が出来ていないと、現在の状況で死んではたまらない、五十才までに一仕事しておかねはと いうように、生きる上に、その根底に不足不満がある。それで死ぬることの恐怖と不安から離れ られないのでほあるまいか。本当に生きられていない故に死ぬることも死ねないのである。それ が、生きるという意味をわからせられて来ると、自分の根底に不足不満が無くなる。これ以上生

きて浮世の楽しみをしたいという心持がない。叉この事が処置出来わは困るという事も無い。即 ち自分が満たされている。現世に於ての生き甲斐を十分に覚え、現世の生活に於て日々十分なる 意味を味わっている。即ち本当に生きられている。この処が死というものに対する感じに於て根 本的に異って来るもののある原因ではあるまいか。

然し、その不満が無いということは、財産が出来たからとか、出世したからとか、事業に成功 したからとか、家庭に事故が無いからというようなものではない。それは根底に於て自分という ものの正体を明かにし、自分というものについての考えが変って来て、そこに不満がなくなると いうところにある。死生一如、永生というようなことは自分の心の持ち方で、どんなにでもなれ るもののように考える人もあるであろう。然し人間の心持というものは心の持ち方だけで自他一 体になろう、死生を超越しよう、永生を信じようとしてもそうなれるものではない。自分の生活 全体の調子がよくならなければ、心持だけを変えて調子をよくすることは出来ない。それは自分 の生活の基調が「我」(私)ということに於てしていることによるもので、「我」をそのまゝに して他の点をいかに改めても、他からの借り物で自分を照しているだけでは、根本から生きる調 子がよく整って来るわけにはゆかない。この点に於て老荘は自分というものについていかに徹底

した内省をしているかを顧みなければならない。

13・

人間は自我の意識に目覚めると、自分を他と孤立した存在と考え、自ら自分の周凶に外殻を作 って、その中で考え行うようになる。自分は自分で維持しなければならない、それを以て他と対抗 する存在であると考え、その間に色々な交渉競争が起る。負けてはならない。勝たなければ自分 が存立してゆかないと考えられ、始終自分の心の中に起るものは、如何して自分を守護してゆく か存立せしめてゆくかということに心身を労する。その久しい結果は、少し心を平静にして自分 の姿を調査してみると、迷妄が多く、不安に駆られ、喜怒哀楽、嫉妬憎悪、嘘偽虚栄、怠惰依頼、

不平不満、策略陰謀、等々の混乱しあったものであることがわかる。従って生活のどの一点をと ってみても生きる意味を失って本当につまらない人生としか思えない。勿論その間には学問に求 めて真理を探究し、道徳に求めて善を明かにし、芸術に求めて美を極め、宗教に求めて聖なるも のに達せんと努めている。その為所謂教育も受け修養にも志し、学説思想も研究して、自分を善

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艮なるもの、確立安定したものにしようと努力もしている。然しそれ等のものは一時的な効果は あるにせよ、自分の生活全体の中に入ってきて混乱した気分生活を統一調和してくれる力とは容 易にならない。そこで、自ら承認出来る生活原理を立ててみるが、その自信もぐらつき、その間 に、これは社会や政治の矛盾、不合理といった欠陥から自分の生活も混乱するものであると考え、

制度論を立て、社会政策を考え、時には社会改造の連動も考えてみる。そうして、何事も客観的 な因果律に帰して、自分に関する責任も罪悪も皆社会に転嫁してしまう。このように、一方では 自分の内心を修めようとし、一方では外界の状態を整理しようと試みるが、如何ともならず、た だ疲労因燕が残るのみである。そこで、あきらめとごまかしが起り、すべては運命とあきらめ、

自分だけが惑いのではないと、自らの欠点を寛うして、自己を弁護し、それを頼りとして、天地 に恥じない絶対的な自分であることにはなかなか気づかないのである。それというのも、無限な る宇宙に自他を隔離し、孤立した自分のみを自分とみていたのである。他と対立している小さい 自分にのみ生きる価値を認め、自分を維持しよう守護しようとする為、益々我欲を強うし、金、

地位、名誉、権勢、援助、知識、学問といったもので自分の周囲の殻を固くし、自分を偽装して、

他人に対して自分の殻の大きさ固さを以て対抗しなければ、自分は存立してゆかないと考え、そ の為には「欲」をし、「我」を破らなければならず、この殻が大きく固くなればなる程、本当の 自分、生命の力は下積にされ、生活は混乱していったのである。まことに「我」の迷いたる、そ の日詞より久しと謂わなければならない。

自分というものは、果してそのように他と対立対抗して、自ら守備していなければ成り立たな いといった存在であったのであろうか。そのような小さい自分があるのであろうか。我々はその 点を深く内省してみなければならない。

我々は自己を把握するとか、自己の主体性がどうとか称えるが、自己の主体、自己の正体とは いかなるものであろうか。我々は「我」を立てて、それが自己であるかの如く得意に振り姫して いるが、厳密に調査してみると、自己だといって人に示し得るものは何も無いといってよいので はあるまいか。容貌の美醜、身体の大小、体力の強弱、学歴だ、資格だ、免状だ、業績だ、地位 だ、勢力だといったものならは認識の対象となり易く、すぐ比較もつくであろう。然し、それが自 己の主体だと謂えるであろうか。人間の価値は心にある、精神にある、人格にあると漠然といわれ ているが、心や精神や人格のどこが自己の主体であるのか。このように自己の正体を調査してゆ くと、恐らくこれが自己であるといって恥しくないものは見当らないのでほあるまいか。然るに 我だ我だといって自身を誇示して他と抗争し、躯殻のみを固くして白身を守っている。あるもの は、不平、不満、不安、嫉妬、憎悪、排拝、虚栄、嘘偽、依頼、怠惰といった「我」に基づくも のだけである。自分で自身の正体は確かにわからず、たゞ「我」だけを張って、それを主体だと 錯覚する。もの事は整理しないと、その事自体が不明確となり、筋道が立たず、活動が鈍ってや がて衰退する。人間は外見的な事柄の整理についてはよく気がつくが、整理の中でも最も大切で 緊急なるべき自己の心の中の整理、自分自体の整理は案外気づかない。老子に「為道者、自損、

損之、又損之、以至於無為。」貿毒といっているのはこの自己整理の謂である。各種各様の心持を 整理し、「我」の殻を破砕し、「我」の塊を排脱してゆけば、心の中には殆ど何も残らず、皆無 となって、嘗ての「我」に基づく苦悩の類は何処かへ去って、身も心も清く軽くなることを覚え るであろう。それはあらゆる人間的な作為を却けた、純一無雑な状態である。「虚無」とはこの 心持である。いわば、宇宙的に浄化された人間の心境である。それで自分が存立しないか、自分 が無くなったかというと、そうではなく、その虚無となった心の底からたゞ一つ湧き起らんとす

(8)

るものがある。その無なる中に、今までと気分の異った新しい活力が白から起ってくる。その活 力は自分の力であって自分の力ならざるもので、何か働き出でたい、いかなることでもしてゆこ うとする心持で、それが勃然として湧き起る。その活力は湧き出でて止まないものである。それ こそは精兵なものであり、その事実こそは信実である。老子の「其中有精。其精甚頁。其中有信。」

≡毒とは、このことをいったものであろう。その活力を働くままに働かせてゆくと、そこに無限 の喜悦があり、清新な生命力がこもって、その活力一つで、その喜悦一つで一切が調和づけられ、

成就されてゆくのではあるまいか。ここのところを「無為則無不為。」羊詔と表現しているので あろう。即ち自分が本来の調子に復して造化的に活動を始めるのである。実はこれが自分そのも のと謂うべきものであったのではないか。

(4)

「我」が解消すると、心の中は空虚ということになるので、常に生気がただよう。これが老荘 の所謂「虚無」である。老子はこの心境を天地に誓えて、「天地之間、其強豪筈平。虚而不屈、

動而愈出。」玉章というような表現をしている。心の中に何も無いということは、例えば、胃腹の 中に何も無いと云うのと同様で、健全な胃腸は何を食べても直ぐに消化し処理してしまう。そこ に停滞を生ずることが無いから、何も無く感ずるのである。固より何物も胃腸の中に入って来な い、からっぽであるというのではなく、入って来るものを少しも持て余さず停滞させず、消化し 吸収し処理してしまう働き、鼎新力があるという意味である。忘雷悪霊吾票舘岩君碧雲禦砦、か我々 の心の働きも、相対界の事物、見え聞えするもの、それが心の中に入らないで常にぼんやり、消 魂した状態にあるというのではなく、寧ろ心は生き生きとして働き通しに働き、健全な活動をし ているから、如何なる事が入って来ても、直ぐにそれをよく処理し、それを自分の生きてゆく養 いとし、少しもそれに拘執したり停滞することが無いということなのである。これが荘子の「虚

(わ

にして物を待つ。」という「虚」の心境である。従って心の中は何もない、虚なるもの、無なる ものといってもよく、又凡てが有るといってもよく、そこには無限の生気が溢れている。この生 気は何処より来るものかといえば、「我」が溶解すると、その後に自然に生ずるものではあるま

いか。前述の如く、「我」は我々の生命の働きが素直に伸展しないで、そこに停滞を生じ、拘泥 して、生命の調子に狂いを生じている、その種々相である。その「我」の殻が砕けると、後は生 命の本来の姿となり、生きる調子が複活してくるわけである。これが救われるということであろ う。してみると、自分というものは決して孤立した小さい力で生きているのではない。自分が生 きているのは、自分を生かす力、全体的な生命力が自分の外にも内にも働いて、自分を生かして いたのである。この生々して息まない力、これを体認して老荘では「道」ということに於て象徴 したのである。

① 荘子・人間世篇に「心斎」として虚を説明している。「若一志、無聴之以耳、而聴之以心。無聴之以心、

而聴之以気。聴止於耳、心止於符。気也者、虚而得物者也。唯遺集虚。虚者心斎也。」荘子には「遊乎天地 乏一気」「陰陽之気」(大宗師〕「御六気之弁」(遭遇遊)というように、「気」ということを言っている。そ れは一口にいって、実在を成立させている根本原理といったものである。本来、人間はこの気を受けて人間 となっているわけで、人間は宇宙と気を同じくするものであり、従って、人間には宇宙的な本質がある。「虚」

とは単なる空虚、空無ではなく、人間の心持が宇宙的に純化された境地である。

(9)

有物混成、先天地盤、寂今真今、独立而不改、周行而不殆。可以為天下母。吾不知其名。故強字之日通。

強為之名日大。誓去霊

視之不見、名日東。聴之不聞、名目希。挿之不得、名目徴。此三者不可致話。故混而為一。真上不敬、其 下不妹、純々不可名。復帰於無物0譜十

孔徳之容、惟遺是従。遺之為物、惟悦惟惚、悦今惚今、其申有物、惚今悦今、其中有象、事今冥今、巽中 有精、其精甚夷。其申有信。曹壷

道の心は人間の本来の自然の心持である。「我」が解消してしまえば、自分の心の中は虚であ り無であるといえる。その虚無なるところより、これまでと全く違った何と云うことも出来ない 艮い心持が湧いて出る。その心持がいろいろの事に当り物に触れて働いてゆく。これが道の心で ある。従って、それは動かすことも出来ず、動くこともない事実そのままの心で、自然なもの、

ありのままのもので、老子はそれを「精真」といい、「信」といっている。従って、道の心は、

とりたてて言えるとか、いかようにでも思えるものではない。そんなものは知れたもので、なん とも言いようのない、そうして、なんとなくよい、恍惚たるものが生活全体にわたって動くよう

になった、その心持を歌ったものが老子のこれ等の言葉であろうと私は考へている。これはたゞ

「道」を形而上学的に思索して、概念として、それを以て人間生活に旛さんとするものでなく、

自分の生活全体を以て、体得している事実、信実を歌ったもので、またその境地が本来の人間と してあるべき状態で、通行すべき人間の道筋であるということによって、「道」に象徴したもの であろう。荘子もこの心持に基づいて道の境地を表現している。

天道有情有信、無為無形。可伝而不可受。可待而不可見。白木白根、未有天地自古以固存。神帝神鬼、生天 生地、在太極之先而不為高、在六極之下而不為深、先天地生而不為久、畏於上古而不為義莞孟南

そうして、老子で悦恍といっているように、荘子も、道は混i屯たる実在で、言辞で概念として説 明されるようなもので無く、自分の生活全体を以て体得するよりはかないものとしている。

さて、その「道」に気づくと、自分というものについての考が以前とは全く変ってくる。以前 は自分を全体から孤立させて考えていた。従って宇宙の生命と通わない。皆と一つも通じ合わな い。たゞこの孤立したものが皆と対抗していた。それは親に対しても子に対しても師に対しても、

又神に対してすら対立して居るように考えられていた。それ故に、心の中は常に淋しく、孤独の 感にせまられ、そこから、またいかにしてこの自分というものを維持して行くかという問題が出 てきて、それにいらだち、それに頭を悩まさねばならないのであった。ところが、この考が根本 に於て間違いであり、迷妄であったと気づくと同時に、自分というものの有りのま上の姿が見え て来る。それは自分というものは決して天地と別なものではないということである。本来、「自 分」という文字がそれをよく表現している。自分は一人の自己であるとともに、全体の部分とし ての存在である。一人だけで他と対立した卑小なる自己ではない。それは全体的生命(道)の現 れである。そこには、自分で敢て衣食しようとしなくても衣食させずにおかない、自分で敢て生 きようとしなくても生かさずにはおかないという力が迫ってくるものがある。そうしてみれば、

(∋ 老子の書には有韻の文が多い。それは人間の偉大なる直観や内面的調和の感動は自ら韻語(詩)の表現と なるもので、老子の言葉にはそういうものが多いと私は考えている。武円義雄氏の老子研究などでは有韻の 文が老子の文として古いもので、その有韻は伝請に便する為にこの形をとったもののように謂っているが、

それは詩の境地や、或は偶によって表現される東洋的悟道の境地を無視したもので、私のように解して老子 の文が生きてくるのである。(この点については桝稿「老子に於ける道と生活との具体的関係について」〔奈 良学大紀要二ノ一号〕に既にふれておいた。)

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自分というものは私の自分ではない。全体的生命、力、それが自分となっていたのである。自分 は自覚する造化であり、創造的な心の開けた天体を成すものであったのである。今までそれに気 づかないで、ただ自分の力のみと思って自身を守る為に使っていた力、働く力、考える力等々そ れ等の力も、実は皆その全体的生命の力が自分の力となって現われていたのである。そうなると、

自分は今まで考えていたような他と孤立した自分ではない、全く背景の異ったものであったので ある。そこがわかってくると、自分というものは実に確かなものであり、ありがたいもので、心 配することも苦悩することもいらない。従って、自分を維持する為に策略を弄して自ら苦心する ことはいらなかったということが次第に確かにならされてくる。従ってまた、自分を大切にしな ければならないこともわかってくる。かく意識的な働きも、無意識な働きも、すべて宇宙的生命 そのものが自分自身で進展しようとする働きに外ならないものであってみれば、自分が考えるこ

と感ずること為すこと等ほ、すべてこの生命自身の動きであったことになる。従って今まで他と 対抗し孤立した自分であると思っていたその自分は、実はもっと深く大きい絶対的なところ、無 限なものから生かしていた力の現れであり働きであったということになり、そこに深遠な背景が 出来、その由って来る所の無限にして悠久なることを覚えるであろう。これが自覚というもので あろう。

そこで自分というものは従前通りに存在し、その自分で働きもし、考えもするので、別に自分 というものが消滅したのでも何でもないが、従前の如く自分を守護していなければ自分は存立し ないものと思って、他と対抗し、「我」を弓長り策略を弄して心配しなければならないことが無く なった、そういう自分が無くなったのである。それが根本的な相違で、その相違がすべての物の 考え方感じ方、働き方の上に出現するのである。従って老荘に於ける徹底した内省は自分という ものは「無我」なものであり、自分が生きられているのは「無条件」であったことを自覚せしめ る。従来の他と対抗して「我」だけで自分が存立しているというその考が溶解して、そこに自然 に現出して来るのが「無我」の境地である。「我」をそのままにして「無我」という境地が別に 存在するのではない。「我」の迷妄の晴れたのを「無我」というのである。先覚が大死一番とか、

懸崖に撤手して絶後によみがえるといっているのは、この「我」を投げ出してしまったことを意 味するものであろう。

「無我」といえば、この自分が消滅することのように思われ易い。それでは死んでしまわねばな らない。又、「無我」とは「無慾」のことで、無欲になると、食欲も性欲も仕事欲も何も彼も無 くなってしまい、無気力な無神経な、生きて居るのか、死んで居るのかわからないことになって しまうと考える者も多い。「無我」とは自分が消滅することでも欲望や感情が無くなることでも ない。自分というものが存在するその根本となっている力を自覚するところから、自今というも のについての従来の拘執した考が無くなることである。即ち自分というものは無かったのである。

虚なるものであったのである。我は無我であったのである。自分を中心にして物を作らなければ 成り立たないような存在では無かった。従って自分を中心にして物を作るという心持にならなく なってくる。生かされて生きる自分に自然に出来てくるものはどうするわけにもゆかない。自然 に順うのである。たゞそこに「私」というものが芽はえないよう、はびこらないようにすること が大切である。そうすれば、自分がそのように為ったのと、自然(宇宙の生命)に為らされたの

とは一つであり、自分のしたのと自然にさせられたのとは同じ事であるといえよう。それは自分 自身に関する一切を自然の催しとして、そのま⊥に順ってゆくのでなければならない。どのよう な事も皆自然の催しとして素直に肯定することが出来るようになれていれば、自分の個人のこと

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は固より、家庭生活も社会生活も、人間世に於けるあらゆる営みも皆それを自然の催しとして何 のわだかまりも無く、ひっかかりもなく進めてゆくことが出来るであろう。そうなってくると、

自分のこの個体に起ってくる欲望、食欲も性欲も皆すべて自然の催しとして、そのように取り扱 い、縁に任せて自然に解決していって少しの罪も悪もないということになるであろう。それは、

あくまでも、「私」というものが芽ばえないということに於てであらねばならないことはいうま でもない。そこに人間の真の自由と解放がある。これが老荘に於ける「自然に順う」ということ なのである。即ち「我が生を善くする」という内容なのである。

本来、人間の欲望感情はそれぞれ皆充足理由をもっている道の活動である。「我」の殻の中で 居ると、その中に起る欲望は皆卑しいもののように思われるが、「我」が砕けて天地と相通ずる 自分となると、種々なる欲望の起るもとをわかせられる所から、自分の色々な欲望が神聖になっ てくる。従って今までの如き欲望感情についての苦悩が無くなるのである。既にこの身体そのも のが自分だけの身体ではない。全体としての生命の現われである。その身体の中に起る色々な欲 望は皆それぞれ意義がある。卑しいものとは思われない。天与の尊いものとなって浄化され、益 々豊かな内容をもつものとなってくる。従ってこれ等欲望に対して道ならない事は出来なくなっ てくる。老荘の「無為」といい「自然に順う」ということはこのような境地で味わえることであ る。ところが、無為といえば、何もしない挟手勇観的態度、また単に知や欲を却けて消極的退嬰 的生活態度、単なる長いものには巻かれろ式の無気力な屈従や、卑しい妥協の如く解かれ易い。

又、自然に順うといえば、宿命的になることとか、あたかも欲望放任主義の如く考え易いであろ う。事実、老荘の思想のなり崩れには、こうした無為自然に向う傾向があった。それは根底とな る無我の消息がわからない為で、「我」が解消されている生活では「無為而無不為」であって、

「我」を以て為すこと無き「無為」には宇宙的生命を含蓄した緊張味と積極性をもった人生への 態度があり、一切を為さざる無き自由無碍な働きがある。

前迷のように「無我」なるものには自分の生命に深遠なる背景が出来たからとて、自分の思う こと為すことがすぐ自由にかなえられるといったものではない。然し縦え自分の思うこと為すこ とが妨げられ中断されても、それで自分の宇宙的生命が衰弱するものでないことがわかっている から、如何なる場合にもその生命の働きを信じ、それに任せ、それに順って力強く生きてゆける であろう。そこには決して他を恨んだり自分を後悔したりすることはなく、生命の動きを待って、

それに従って工夫をこらしてゆくであろう。そこに現実の一切の必然を自分の必然としてひっか ついでゆく雄々しさがあり、何物にも拘束されない自由がある。又そこに自分の運命にも自信を 生じ、如何なる場合にもすべて調和の方向に進むものであるとして、その全体としての生命の動 きを自ら動いてゆくこととなろう。即ち「自然に服う」ということである。その奥には自分の運 命について自信がある。荘子の所謂「乗物以遊心、託不得巳以養中、至失。」(人間世)という人 間は、このような生き方をするものであって、即ち超越者である。こゝまでに至るには、この生 命そのものの動きまでに自覚が到達して可能と謂うべきである。してみれば、自分というものは 全体的生命が自身を伸ばしてゆこうとする永遠にして無窮なる方途の一進路に当る一境地を為し ているものということが出来よう。

そこで、無我を知った生活では、この肉体を超えて生きているものがあることに気づく。そこ ではすべてが一つで、自他も無く、有無もなく、生死もない。ただ生き通しに生きているという 境地であろう。然しそれだからといって相対的なものが全く無意味となるのではなく、有無、彼 我、善悪、利害、美醜といった個々別々の存在は一層明らかに、今まで「我」を以て対していた

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のとは全く異って、生き生きとしてそれ等の意味をもってくる。「無我」になると、無差別にな り何も彼も分けがわからないようになるものではなく、その分けは一層よく分かるようになる。

それは「我」に遮ぎられることが無いからである。その点がわからずに、差別といえば差別に囚 われて平等がわからず、平等といえば平等に堕して差別をよく見ないのが「我」の働きである。

その「我」の穀が砕けると、自他は一体で、有無を絶し死生を超えて、無限の生命に生きるとと もに、又、有無は鮮かに、彼我は乱れず、死生は明かにして少しも混同されることが無い。力物

1」、

斉同の実在に徹した荘子の所謂「両行」という境地である。これは常識の考では予盾した事のよ うであるが、その妙味が生活全体としての中からわかってくる所に「無我」の働きと境地がある。

「絶述易、無行地難。為大使、易以偽、為天使、難以偽。」霜由 いうように、単に此の世を否 定してこの世を逃避することは割合に易しいことであるが、此の世に生きながら此の世を越える ことは「我」があっては出来ることではない。此の世に生きて此の世を超えている者にこそ何も のにも拘束されない自由無碍な生活がある。従って、老荘に於ける超越は決して人間を否定した り、此の世を逃避するものでないことは既に明かである。

老荘に於ける「道」は真に自由無碍なる人間の生活を実現する太宗師であり、また教である。

この道を師としわがものとして真に自由な生活を生きぬく人格を神人、真人といい、また至大、

聖人とも呼んでいる。

至入神英。大沢焚而不醜熱。河漢凌而不純寒。疾雷破山、風振海而不服驚。若然者、東雲気、騎日月、而遊 乎四海之外、死生無変於己。而況利害之端乎0霜姦

これでは、至人は一見此の世の人ではない、超人の如き感がするが、これは荘子が解脱者の境地 を形容する言葉としてよく用いる表現で、荘子は此の世と別の所に住むような超人を問題として

いるのではない。又、

古之真人、其寝不夢・其覚無憂、其食不甘・其息深々。真人之息以凰箕誌

と形容するように、無我なる真人には妄想無く執着なく、常に満たされて、宇宙的生命の根源に 於て呼吸している、即ち最高等に生ききっている。我が生を善くしている。「我」の迷妄から覚 めない衆人は日頃の生きが悪く、即ち「衆人之息、以喉。屈服者、其唸言若畦。其者欲深者、其 天機浅。」同上 で、人間の我欲というものが生命の本来の働きを鈍らせるものであることを確認し ている。「我」の働くところ「我が生を善くする」ことは出来ない。従ってまた聖人を説明して、

聾日月、挟宇宙、為其解合、置其滑酒、以隷相尊。衆人役役、聖人愚者、参菌歳而一成純。萬物尽然、而以 是相蔚0霧姦④

といっているが、それは、聖人は宇宙を挟むような包容力をもって道そのものと一つものとなり、

① 荘子・斉物論篇に「労神明為一、而不知共同也。謂之朝三。・・‥…‥足以聖人、和之以是非、而休乎天鈎。

足之謂同行。」天鈎とは万物斉同の絶対境で、その境地に自分がなっていれば、あらゆる矛盾と対立を同時 に存在し得ることを両行というのである。

任)「人使」とは人間の「私」的な作為に生きるものであり、「天使」とは「私」を去って遺、自然に噸って 生きる者である。

(多:遭遇遊篤に荻姑射の山の神人を形容して、「大浸槽天而不虜、大早金石流、土山焦而不熱。」といい、大 宗師篇に真人を形容して、「登高不.粟、入水不満、入光不熱。」といった表現も同様である。

④ 「以隷栢尊」とは、老子力「処衆人之所要」C第八章)と同じ心持である。それは、自分を立てないこと、

自分に価値を認めないこと、自分を零の立場におくことで、即ち忘我を意味する。それではじめて、あらゆ る存在を包容してて、それと一つになり得るのである。

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忘我的境地に於てあらゆる対立と矛盾をそのま⊥包容し、死生の変化を一つにし、時間を超越し て自由に遭遇する、宇宙的に自分を生かしきっている人格である。老子の所謂「玄徳」に生きる 者である。真人は年長けても童幼のようなところがあり、永遠の若さを具えているというのも、

宇宙的な生命そのものの本質からきているものである。

真人は天(宇宙、造化、生命)と人とが滞然不二といった人格、「天与人不相勝。」といった境 地である。即ち、天下を外にし、物を外にし、生を外にするもので、このような自分は既に「我」

が溶解して宇宙的な大我としての自分を自覚しているもので、万物我と一たる境地である。それ はまた自分が宇宙的に純化されている人格で、そのような人格に於てほ古今無く、死生を超えて

(む

不死不生に入るのである。これが荘子の「櫻寧」という境地で、即ち解脱境である。その人格は 一切の生滅変化を包容して無限に伸展する道と一つものになっているのである。道がすでに死生 を超えた不死不生のものであるから、道と冥合符一する自分自身もまた不死不生である。

こうした人格に於てはじめて死生一如、永生の信念が開ける。それは決して普通宗教的に漠然 といわれる永生や、「我」をそのままにして、思いを修養で固めた永生の思想ではない。既に死生 一知の事実を自ら生活全体を以て体諾しているもので、そこに確実性がある。それでこそ信念と

ヽノ\ノーハノーノーノーノ、ノーノーハノ、′、〈ノーノへノー′−、ノ、ノヽハ/、−′一、へノヽ′ハヽハ′ヽノへノヽ′へへノ、′、ノ、ノ、ノーノー_へ′ヽ′−ノ、ノーノ、ノーノ、〈ハノ、ノー′)、ノ、ノーノー′ ̄一、−ノーーノーハ′、ノーノへノ〉、ノーノ、ノ、ノ、′、′、ノ、ノ、〈ノ、ヘノ、、ノ、′、ノ ̄−′、へ′ヽへへ′ヽヘハ′、ノ

① 例えば荘子・大宗師篇に「南伯子英聞乎女佃日、子之年長英。而色若碍子、何也。日、吾聞道英。」とあ るようなのがそれである。老子が嬰児を以て這(生命)の働きを説くのも、生命そのものの本質を表現して いるのである。

㊤ 荘子・大宗師篇に真人を説いて、「……故其好之也一、其弗好之也一、其一也一、其不一也一。其一与天為 徒。其不一与人為徒。天与人不相勝也。是之謂真人。」真人は一切の相対を超えて道そのものと一つになっ ている人格である。従ウて「其好之也一、其発好之也一。」で、相対立する好意は包容されて一つなのであ る。然し、その現実の現れは、「其一也一、其不一也一。」で、二つの形をとるのである。従って絶対の世界 では、実在は一つであるともいいきれないし、また二つであるともいえない。「二ならず」といった境地、

即ち「不二」の関係に在るといえる。さきに述べた「両行」と同じような意味である。万物斉同の境地に立 てば「与天為徒」であり、相対界に生きれば「与人為徒」というのである。即ち真人は此の世に在って此の 世を超えて生きる人格である。天(超越界)と人(此の世)とが「不二」の関係になっているのを「天与人 不栢勝」といったのである。

④ 荘子・大宗師篇「南伯子葵開平女鳩目、・…・‥・・以聖人之道、告聖人之才、亦易英。吾猶守而告之。参日雨 後能外天下。……七日而後離外物。・・‥‥九日而後離外生。己列生英、而後能朝徹、朝徹而後能見独。見独而 後能無古今。無古今而後詐入於不死不生。朱生者不死、生生者不生。其荒物、無不将也、無不進也、無不穀 也、無不成一也。其名為櫻革。捜寧也者、櫻而後成者也。」

ここに注意すべきことはこの文でもわかるように、絶対的世界に悟入する、解脱するのに経験的漸修的な立 場に於て解かれているように感ぜられるところがあることである。寓言篇にも、「一年而野、二年而従、三 年而通、四年前物、五年而来、六年而塵入、七年而天成、八年而不知生、不知死、九年而大妙。」といった のが見え、又達生篤に見える木難の工夫などもそれであらう。それでは老荘も鮭験漸修主義でほないかと解 せられるかも知れないが、私は老荘にはそのような立場は無いと考えている。相対界を比較的によりよくし てゆく為には修業を程むことによって出来るが、絶対的境地は知覧的把握を超えている。相手どるものがな い。修業を積んだら必ず到達されるものではない。老荘は自分の迷妄、無我の事実匿「気づく」ことであり、

修養のように「積んでゆく」ことと異る。修養は「気づく」ためには意味のあることであるが、修業を積む ことそのことが大切なのではない。従ってこれ等の記事が紆験漸修的な意味のものであるとすれば、荘子本 来のものではあるまい。然し、これ等の記事も綻酸漸修そのものを強調しているのではなく、生命の無限性、

絶対的境地の無限に展開されているところ、人格の無限なる段階を表現しているものと解すれば通ずるであ ろう。

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いえる。その根底に於て「我」というものが溶けて無くなっている。老荘の死生一如、永生とい うことに徹底する為には、どうしても自分というものについての考えが変って、自分というもの は実は無我なものであり、自分の生きている事実は無条件であったことに中心を置いて体認され

なければならない。老荘が無為を説き、私を去り、我を忘れた境地を説く、そこを吟味体得すれ ば、彼の太宗とする忠恕に対する疑ほ換然として泳釈する。私が老荘を一貫する永生の信念を説 くに、自分というものを明かにすることに重点を置いて綬々する所以である。それは自分の本質 を明かにし、自分の生を善くしないかぎり、死を善くすることはあり得ないからである。

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老荘の永生の信念は究極に於てこの自分自身というものは無我なるものであり、無条件に生か されているという事実の体認に基づく。いかにしてその無我を知ったかという手順についてはあ

まり説明されていない。それは「後其身而身先、外其身而身存。非以其無私邪。故能成其軋」宗毒 とか、「吾所以有大患者・為吾有身。及吾無身、吾有何患。」毒‡三草というように、生活全体を以 ての彼等の久しい体詔によるものであろう。従って彼等ほ人間と人間社会の現実については知り 尽していた筈である。それは荘子を見ても人間及び人間の社会の現実をいかに細密に観祭し理解 していたかゞわかる。そうして、そこに、_「我」というものが人間を解脱せしめない根源である

ことを体得し、「無我の自覚」に達したといえるのではあるまいか。

無我なるものの信念の根拠は、現在の自分をかくあらしめている力(生命)を有り難く思うと いうことに在る。これは無我なるものには動かすことの出来ない事実である。荘子の「受而喜之」

盃宗という心持であろう。それは、例えば、自分が病気であろうが、不幸であろうが、自分が存

ヽノヽノーノ、′、ノ、′ヽノヽノ、ノー、ノ、ノ、′ヽノ、ハノーノーハノ\′−ノ ̄一、ノ、ノ、ハノーノ、ヘノ、ハハノ、′−ノ、ノへノ)、ノーノ、ノ、′、ハノ、一、ノーノ、ハノ、ノ、ノー、ノ、ハノーハノ、′、ノへノ、ノ、ノ、ヘノ)、一ヘノー一、ノーU′、ノ、ノーノ、ノ、ノ、ノ、ノーノーへハノ、ノーノ、ノヽJ・ヽノ、、

① 荘子・大宗師篇に「坐忘」という境地を説いて、「堕枝体、瓢聴明、離形去知、同於大通。此謂坐忘。」

といっているが、斉物論篇にいう「吾喪我」と同じ境地で、自分と道と一体となった純粋無難な境地で、無 為、無我の境地である。

㊥ これは老荘に限らず、東洋の思想家には共通したことである。東洋の思想家には論理がなくて直観的であ るといって蔑視する者があるが、思想と論理とは不離のものであるから、東洋でも論理を無視するわけでは ない。論理的思索と具体的生活体験を通じて自然に得られた深遠豊富な直観で、その点だけを言辞、しかも 韻語などで記した為、含蓄的、象徴的となり、又飛躍的、断片的である。従って、その中から論理的内容は いくらでも抽出し得るのである。

⑨ ここに注意すべきことは、人間及び人間の社会の現実をいかに徹底的に把握し精緻に理解したからといっ ても、それで、心の持ち方を変えて超越するというようなことは出来ることではない。そののような超越は 畢寛、現実の外への逃避である。例えば福永光司氏の「荘子」(朝日新聞社刊)なども、荘子の超越の基盤が 人間と人間社会に対する徹底した洞察にあるように説いているが、それだけで超越が出来るものとは考えら れない。老荘の超越はそれくらいの経験で可能なものであろうか。老荘が歴史的現実を背景粧して人間への 理解が深いということは、更に歩を進めて、我心の反省が徹底しているという意味でなければならない。通 がわかる手がかりは、自分のほ乾心」というものを徹底的に反省して、それがいかなる働きをなしているか、

その為にいかなる事が自分にも自分の周囲にも起っているかということが超越への手順であり、神の自覚へ の噸路である。その為には無我なるものの引接にあうこと、教の働きがある。老荘に於ける超越の人間学は 生活全体を提げての体得に基づく「無我の事実」から出発していることを軽率に取り扱ったり、それを見失 っては老荘の憫笑をまぬかれないであろう。

参照

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