小笠原諸島におけるカンショオサゾウムシによる ノヤシの被害続報
苅 部 治 紀(神奈川県立生命の星・地球博物館)
松 本 浩 一(小笠原固有昆虫保全研究会)
尾 園 暁(小笠原固有昆虫保全研究会)
Ⅰ.はじめに
昨年筆者らは、小笠原諸島においてカンショオサゾウムシ Rhabdoscelus obscurus
(Boisduval, 1890)(以下本種と呼ぶ:サトウキビやヤシ類の害虫として著名な種、写真 1)
が、ノヤシClinostigma savoryana(Rehd. Et Wils.) Moore et Fosbergを加害していることを 初めて確認し、場所によってはノヤシ個体群に対して非常に重篤な被害を与えていること を速報した(苅部ほか、2008)。今年度は、調査範囲を拡大し、過去にノヤシの記録があ る全ての島、すなわち聟島、弟島、兄島、父島、母島、向島(豊田、2003)において、本 種の分布とノヤシへの加害状況を把握すべく調査を実施したので報告する。
写真 1 カンショオサゾウムシ成虫。このような枯葉の内部に潜んでいることも多い。
Ⅱ.調査方法
調査は、各島において道や尾根などから遠望できるノヤシを目視確認後、現地に至り、
ゾウムシによる加害状況を把握した。調査は、ノヤシの樹高、胸高直径を記録し、ついで 加害状況を記録した。
なお、カンショオサゾウムシが発見された場合は、成虫については現地で捕殺し、被害 部位については、卵、幼虫、蛹が潜在的に存在する危険があるため、食害部分ごと切除し、
梱包して持ち帰り、父島・母島において分解・殺処分した。
Ⅲ.調査結果
2008 年 1 月から実施した調査により、ノヤシの記録がある全ての島々(聟島、弟島、兄 島、父島、母島、向島)で踏査を実施できた(表 1)。これまでの調査木は、現存するノヤ シの 5-6 割程度と考えられるが、ノヤシ生息地は、急斜面に位置する場合が多く、調査対 象木にたどりつくのは容易ではない。そのため、完全な状況把握は今後も困難と考えられ るが、これまでの調査により、被害実態の概要は把握できたものと考えられる。
1.各島での状況
(1)聟島(1 本の調査木中 0 本:調査木中の被害率 0%)
現在、聟島列島には、聟島の 1 本のノヤシしか残存していない(加藤英寿氏私信)。この 木を調査したが本種の加害は認められなかった。聟島列島には本種は侵入していないか、
あるいは食樹の本数が少なすぎるために定着できなかったものと考えられる。
(2)弟島(77 本の調査木中 21 本の加害確認:調査木中の被害率 27%の加害)
弟島では、島を縦断するルート沿いに調査を実施した。島の中南部とくに天海山周辺の 表1 調査結果一覧
島名 調査本数 成木 幼木 加害本数 備 考
聟島 1 1 0 0 大山北西部の唯一の現存木
弟島 77 24 53 21 一ノ谷から天海山山ろく。重度4本、中度8本、
そのほかは落葉の食痕など。幼木の被害多。
兄島 57 49 8 19
万作浜から滝之浦ルート、北部ヤギ柵ぞいを踏 査。幼木は少ない。枯死1本、重度8本、中度7本 など
父島 10 10 0 4 夜明平から中央山。中木で被害。
母島 20 18 2 7 沖村周辺―石門。沖村の中木で被害。
向島 71 63 8 3 小港―北西部。重度2本、落葉の食痕1本。
谷に比較的まとまったノヤシ群落が存在する。これまでの調査では、島の北部では自生を 確認できず、一ノ谷周辺が分布の北限と思われる。
結果からみると、重度の被害木が 4 本、中度が 8 本確認された。本種が原因と思われる 枯死木も 2008 年 3 月の段階で 1 本確認された。被害を受けた幼木は比較的早い時期に枯死 に至るようであり、2008 年 3 月の調査時に食害中度と判定された若木が、2008 年 8 月の調 査の段階で枯死し倒れているのが確認された(写真 2、3、4)。同地のノヤシは幼木が多く、
写真 2 枯死して、倒伏したノヤシ幼木(弟島)
写真 3 弟島天海山の沢,枯死し倒れた幼木の根元,繭殻が見える
それへの被害が深刻である。樹高 3m以下の若木の被害は 53 本のうち 13 本であったが、樹 高 3m以上の成木 24 本のうち 6 本に食害が認められた。成木の被害率が高いように見える が、現在までに確認された枯死木はいずれも樹高 2m以下の若木である。これらのことか ら、若木の被害率が見かけ上低いのは、早期に食害が進行し枯死に至るためと考えられ る。
今までのところ、兄島のような花穂への加害は確認されていないが、他の重度加害木の 継続した調査も必要と思われる。
(3)兄島(57 本の調査木中 19 本の加害確認:調査木中の被害率 33%の加害)
兄島では、南部を中心として、ヤギ防御柵ルート沿いに北部も踏査した。ノヤシは各所 に散発的に分布する。被害木はかなり広く拡散しており、南西部・南東部に偏る傾向が見 られた。
枯死したものが 1 本確認され、樹幹部に食入した被害程度の大きなものが 4 本、さらに 花穂が加害されたものが 4 本確認された。これらは、世代交代を妨げる危険が高いと考え られる。なお、兄島では、これまで確認できた幼木は隣接する弟島と異なり少数であり、
確認された現存木のほとんどが樹高 5 − 6mを超えるものであるために、本種による被害が 見かけ上軽微に捉えられる可能性がある。なお、幼木が少ないことは、兄島はクマネズミ の生息密度が高く、ノヤシ果実も加害されているので、本種とともにその影響も受けてい
写真 4 枯死して、倒伏したノヤシ幼木の心材部。内部まで食い荒らされている様子がわ かる。歩いている成虫も見える(弟島)。
る可能性がある。
(4)父島(10 本の調査木中 4 本の加害確認:調査木中の被害率 40%の加害)
今回ノヤシを確認調査できたのは、中央山東平周辺と夜明平周辺であり、中央山周辺で の加害が目立った。父島については未だ調査が充分ではないので、現状把握のためにも今 後の追加調査が必要である。
(5)母島(20 本の調査木中 7 本の加害確認:調査木中の被害率 35%の加害)
母島においても、加害が確認されたが、現在までの調査では、被害木はすべて沖村集落 周辺に限定されており、堺ケ岳―石門や乳房山などの原生生息地における被害は確認され ていない。これらのことから、おそらく母島での加害はごく最近に生じたものと考えられ る。沖村集落内のノヤシは、明らかに植栽されたもの(保育園内のものなど)がほとんど で、一部集落の山すそに分布しているものがあるが、その由来は不明である。
侵入初期と考えられる現在、駆除対策を急ぎ、ノヤシ以外の加害樹となる移入ヤシ類の 管理(できれば完全排除)を進めれば、島から駆除できる可能性があり、緊急の対策が必 須である。
(6)向島(71 本の調査木中 3 本の加害確認:調査木中の被害率 4%の加害)
向島においては、今回 2 幼木の加害(写真 5、6)および、落葉に食跡と繭殻が発見され
写真 5 激しく加害されている幼木(向島)
た成木 1 が確認された。加害木は島北西部のノヤシ密生地内で、樹幹部に幼虫が食入し、
被害は重度であった。確認された本種の個体数は少なかったが、成虫 1 頭・幼虫 3 頭を駆 除した。成木では今のところはっきりした被害は確認されていないが、かつて食害してい た跡が幹に残る個体は 2 個体確認された。
2.加害部位
被害直木の直径が 10cm以下の若木では、食入部位が葉鞘部より下の樹幹部に及び、多 くの場合重度の食害となり、枯死木もこのサイズのものであった。また、直径 15cm程度 で樹高が 3m内外の木も被害率が高いが、この場合は葉鞘部の厚みが増すため樹幹部まで 食入することは稀であった。樹高が 5mを超えるものでは、葉鞘部が激しく食害されるも のの、木そのものへの影響は小さいと思われる。しかし、これらの花穂が食害される頻度 は高く、世代交代の妨げになっているものと思われる。
このように、本種がノヤシに致死的な被害をもたらすのは、幼木時と考えられ、実際に 弟島の例では相当数の幼木が加害され危機的な状況にある。成木については、本種の加害 によって木そのものが枯死することは考えにくいが、食害が世代交代にどの程度深刻な影 響を与えるかは、花穂への加害実態に左右されると考えられるので、今後の継続調査が必 要であろう。
写真 6 加害部に潜む成虫 2 匹(向島)
Ⅳ.対策について
本種の効果的な駆除法はまだ確立されていない。上記のようなノヤシへの被害の大きさ から考えて、早急に手法を確立することはノヤシ保全上重要と考えられる。これまで筆者 らが試みてきたものでは、調査時に発見される幼虫・成虫の加害木からの直接排除があり、
被害拡散防止の観点からは、相応に有効な手段と考えられる。しかし、非常に手間のかか る作業であり、本種は容易に再飛来することが考えられるので、作業を定期的な見回りに よって継続しないと効果が限定されよう。また排除後もノヤシに対するケアが必要で、食 害重度の幼木への添え木の設置などが必要になろう。
成虫については、今後フェロモントラップなどが開発されれば効率的な防除が可能にな る可能性もある。本種は葉鞘に潜り込んで生息するので、こうした空間への粘着トラップ 設置も有効な可能性があり、今後試行する予定である。
緊急的には、殺虫剤の食害部への注入も考えられるが、これについては環境影響も検討 する必要があると思われる。
Ⅴ.まとめ
本調査で、本種は聟島以外の既知産地の全てに侵入していることが確認された。調査木 に対する被害率は、被見数の少ない父島を除いても 4-35%に及んでおり、また、母島を除 くとすでに各島の広い範囲に拡散していた。
本種の加害は、少なくとも幼木には致死的に働く例が多いことから、早急に個体数の低 減を図らないと、個体数の少ないノヤシの世代交代に大きな悪影響を及ぼすものと考えら れる。
謝辞
本種のノヤシ被害について最初にご教示いただいた自然環境研究センターの丸岡英生 氏、父島在住の富岡伸夫氏、亜熱帯農業センター内での被害についてご教示いただいた東 京都小笠原亜熱帯農業センターの小野剛氏、文献入手でお世話になった東京都南多摩農業 改良普及センターの大林隆司氏、本種の同定を頂き、各種ご教示をいただいた東京農業大 学の小島弘明博士、聟島のノヤシに関する情報をご教示頂いた牧野標本館の加藤英寿氏に 感謝する。
なお、本調査の大部分は、環境省平成 20 年度小笠原地域自然再生事業外来昆虫(カン ショオサゾウムシ)対策として実施したものである。
文 献
苅部治紀・松本浩一・尾園 暁(2008):カンショオサゾウムシによるノヤシ加害について の速報. 首都大学東京小笠原研究年報、Vol.31, pp.95-99.
豊田武司(2003):『小笠原植物図譜増補改訂版』アボック社、522p.