大
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經
に
説
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相
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大
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金
山
穆
韶
大 日 經 と 金 剛 頂 經 と は 、 眞 言 密 教 の 根 本 經 典 に し て 、 本 宗 の 事 相 教 相 の 秘 要 は 、 こ の 兩 部 大 經 に 説 か る 。 な か ん づ く そ の 教 相 は 、 大 日 經 の 住 心 品 、 及 び 具 縁 品 中 の 三 昧 支 分 、 眞 言 支 分 に 説 示 せ ら る 。 さ れ ば 眞 言 宗 三 業 度 人 官 符 の 、 大 毘 盧 遮 那 成 佛 經 業 の 條 下 に 、 大 毘 盧 遮 那 經 住 心 品 并 疏 五 卷 を 學 ぶ べ き こ と を 示 さ る 。 こ ゝ に 擧 げ ら れ た る 疏 五 卷 と は 、 善 無 畏 三 藏 の 大 日 經 疏 二 十 卷 の う ち 第 一 二 三 、 及 び 第 六 七 卷 の 五 卷 で あ る 。 ( 現 在 流 布 の 住 心 品 疏 五 卷 は 後 人 二 十 卷 の 疏 の 第 一 、 二 を 分 ち て 四 卷 と な し 、 そ れ に 第 三 卷 を 加 へ て 五 卷 と な せ し も の で あ る ) さ れ ば 眞 言 密 教 の 教 義 を 知 ら ん と す る も の は 、 先 づ 大 日 經 疏 五 卷 に つ い て 研 尋 す べ き で あ る 。 も つ と も 西 藏 藏 經 の う ち に ( 覺 密 ) の 大 日 經 の 釋 あ れ ど も 、 古 來 本 宗 に て は 善 無 畏 三 藏 の 二 十 卷 の 疏 に 依 り 、 大 日 經 の 奥 旨 を 闡 明 し 來 り し が 故 に 、 今 も 先 づ 善 無 畏 三 藏 の 疏 と 大 師 の 大 日 經 開 題 等 に 依 り 、 大 日 經 に 説 か れ た る 教 相 の 梗 概 を 叙 述 し 、 後 に 因 み に 覺 密 の 釋 の 綱 要 を も 記 し よ う と 思 ふ 。 本 經 に 序 分 、 正 宗 分 、 流 通 分 の 三 段 あ り 、 そ の 序 分 と は 一 經 を 開 説 せ ら る ゝ に 至 る 、 因 縁 由 來 を 明 さ れ た る も の に し て 、 正 宗 分 は 正 し く 一 經 の 大 宗 を 開 演 せ ら れ た る も の な れ ば 、 一 部 は ほ と ん ど 正 宗 分 で あ る 。 即 ち 正 宗 分 は 第 一 住 心 品 の 三 句 の 説 段 よ り 第 三 十 品 の 終 の ま で に し て 、 こ の 經 を 護 持 流 傳 す る 功 徳 等 を 説 か れ た る 流 通 分 は 、 第 三 十 一 品 の 囑 累 品 で あ る 。 本 經 六 軸 三 十 一 品 の う ち 教 相 を 説 示 さ れ あ る は 、 第 一 品 の 住 心 品 と 、 第 二 具 縁 品 中 の 、 三 昧 支 分 眞 大 日 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 一大 日 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 二 言 支 分 に し て 、 他 は 事 相 の 秘 要 の 開 説 で あ る 。 即 ち 二 十 卷 の 疏 に つ い て い へ ば 教 相 は 最 初 三 卷 ( 住 心 品 ) と 、 第 六 七 卷 に し て 、 餘 の 十 五 卷 は 事 相 に 属 す る も の で あ る 。 し か し て 本 編 に は 三 卷 の 住 心 品 の 疏 と 、 第 六 七 卷 の 具 縁 品 中 の 三 昧 支 分 眞 言 支 分 の 大 要 を 記 せ ん と す る の で あ る 。 即 ち 住 心 品 に 説 か れ た る 三 句 、 三 劫 、 十 地 、 六 無 畏 、 十 喩 、 及 び 具 縁 品 中 の 三 昧 支 分 、 眞 言 支 分 に 依 り 、 眞 言 密 教 の 教 旨 の 如 何 な る も の な り や を 明 か さ ん と す る の で あ る 。 從 つ て 此 等 一 一 の 法 門 に つ き 順 次 述 ぶ べ き も 、 こ ゝ に 此 等 法 門 の 總 釋 を な さ ん に 、 密 教 の 教 旨 は 、 一 般 佛 教 即 ち 顯 教 と 對 明 せ ず は 、 そ の 理 趣 顯 は れ が た き も の あ れ は 、 今 三 句 等 の 法 門 に つ き 顯 密 の 教 旨 を な ら べ 述 べ ん に 、 顯 教 は 諸 法 の 眞 實 相 を 観 じ 、 そ の 實 相 の 法 の 眞 理 趣 を 體 得 す る 要 諦 を 開 顯 せ ら れ た る も の で あ る 。 し か し て 因 縁 生 無 自 性 を 諸 法 實 相 の 理 と な す 。 從 つ て 因 縁 生 の 假 有 と 無 自 性 空 の 理 趣 を 觀 ず る 止 觀 、 即 ち 無 自 性 の 理 を 體 す る 止 と 、 因 縁 の 假 有 を 觀 し て 大 慈 悲 の 行 を 起 す 觀 と を 双 修 し て 無 上 大 菩 提 を 成 す る 、 道 を 開 説 せ ら れ た る も の で あ る 。 三 句 に つ い て い へ ば 、 第 一 の 菩 提 心 爲 因 は 、 無 自 性 空 の 自 性 清 淨 の 一 心 に 住 す る 淨 菩 提 心 觀 で あ る 。 か く 諸 法 の 無 自 性 を 觀 じ 、 無 相 の 一 心 に 住 す る と 共 に 、 因 縁 因 果 の 差 相 を 觀 じ 、 大 慈 悲 の 菩 薩 の 大 行 を 成 す る は 、 三 句 の 中 、 第 二 の 大 悲 爲 根 の 大 慈 悲 の 行 で あ る 。 か く 無 執 無 我 に し て 自 性 清 淨 の 心 性 に 住 す と 共 に 、 因 縁 因 果 の 差 相 を 觀 て 大 慈 悲 の 行 業 を 修 す 。 か く の 如 く 無 我 と 慈 悲 、 止 と 觀 を 双 修 し て 、 無 上 大 菩 提 を 成 ぜ し 位 は 三 句 の 中 の 第 三 の 方 便 爲 究 竟 で あ る 。 上 述 の 如 く 色 即 是 空 、 空 有 不 二 の 法 の 實 相 を 觀 修 し 、 無 上 大 菩 提 を 成 す る 道 を 明 す は 、 一 般 佛 教 即 ち 顯 教 で あ る 。 し か る に 眞 言 密 教 は 已 に 圓 成 せ ら れ た る 無 上 の 大 菩 提 、 究 竟 の 佛 果 に 直 住 直 證 す る 道 を 明 す も の で あ る 。 從 つ て 眞 言 密 教 の 教 旨 に 依 て 三 句 を 解 せ ば 、 如 來 に 歸 命 し 、 如 來 の う ち に 己 れ を 空 う し 、 生 佛 一 如 の 大 菩 提 心 に 住 す る は 、 三 句 の 最 初 の 菩 提 心 爲 因 の 義 で あ る 。 か く 生 佛 一 如 の 大 菩 提 心 に 住 す る と 共 に 、 そ の 大 菩 提 心 を 堅 固 増 長 な ら し め ん が 爲
め に 所 歸 の 本 尊 の 三 密 門 を 修 す る は . 第 二 の 句 の 大 悲 爲 根 で あ る 。 か く 大 菩 提 心 に 住 し て 、 如 來 三 密 の 法 門 を 修 し . 無 上 の 大 菩 提 を 成 じ た る 位 は 、 三 句 の 中 の 第 三 の 句 た る 方 便 爲 究 竟 の 義 で あ る 。 三 句 の 法 門 は 因 行 果 を 攝 す れ ば 、 こ の 三 句 の 法 門 に 顯 密 の あ ら ゆ る 教 義 を 統 ぶ る と ゝ も に 、 こ の 三 句 に て 顯 密 の 教 旨 の 正 宗 を 宣 示 せ ら れ た る も の な る も 、 し か も こ の 三 句 の 法 門 に て 、 な ほ そ の 教 旨 を 了 知 し 得 ざ る も の ゝ た め に 、 大 日 經 に は 三 句 の 説 段 の 次 に 、 さ ら に 九 間 九 答 即 ち 九 句 の 法 門 を 開 説 せ ら れ あ る の で あ る 。 さ れ ば 三 句 の 次 に 説 か れ た る 、 三 劫 十 地 六 無 畏 等 の 法 門 は 、 三 句 の 教 旨 を 出 で ざ る も の で あ る 。 し か し て 大 體 よ り い へ ば 三 劫 は 所 謂 因 縁 生 無 自 性 の 法 の 實 相 を 觀 じ て 、 無 上 菩 提 を 成 す る 、 顯 教 の 教 旨 を 明 か さ れ た る も の で あ る 。 十 地 の 法 門 に つ い て は 、 異 説 あ る も 、 大 日 經 に 説 か れ た る 十 地 は 佛 果 位 で あ る 。 即 ち 因 縁 生 法 の 實 相 を 觀 す る 、 三 劫 の 法 門 ( 顯 教 ) に 依 つ て 成 じ た る 佛 果 が 即 ち 十 地 で あ る 。 し か し て こ の 佛 果 の 内 證 に 直 入 直 證 す る 道 を 明 す も の は 、 正 し く 眞 言 密 教 で あ る 。 入 佛 道 の 最 初 よ り 佛 地 の 三 昧 に 住 し 、 十 地 の 最 初 た る 初 地 の 佛 果 に 直 入 直 證 す る を 大 日 經 の 正 宗 と な す も の で あ る 。 し か も 一 念 本 初 不 生 の 初 地 の 佛 果 に 證 入 し 得 ざ る も の は 、 佛 を 心 外 に 觀 じ 、 心 内 に 觀 じ 、 つ ひ に 心 内 心 外 を 絶 せ る 法 界 法 身 即 ち 初 地 の 佛 果 を 體 得 す る に 至 る 、 眞 言 行 者 の 菩 提 心 の 轉 昇 、 即 ち 信 念 向 上 の 歴 程 を 明 か さ れ た る も の は 六 無 畏 の 法 門 で あ る 。 次 に 十 喩 の 法 門 は こ れ 否 定 道 た る 空 觀 を 明 す も の で あ る 。 諸 佛 法 界 身 な る が 故 に 我 身 諸 佛 の 内 に あ り 、 一 切 衆 生 は 諸 佛 に 攝 取 せ ら れ 諸 佛 の う ち に 住 し な か ら 、 諸 佛 を 知 る こ と を 得 す 、 自 心 の 本 性 に 迷 ひ 徒 ら に 苦 悶 を 懐 き 自 ら 悩 め る も の で あ る 。 し か し て 十 喩 の 法 門 は 如 來 に 歸 命 し 、 如 來 の う ち に 已 れ を 室 う し 、 如 來 金 剛 の 身 を 成 ず る 道 を 明 か さ れ た る も の で ある 。 即 ち 入 道 の 初 め は 生 佛 の 對 立 あ る も 、 そ の 信 念 純 淨 な る に 至 れ ば 、 生 佛 一 體 不 二 の 境 に 入 り 、 更 に 生 佛 一 體 の 相 も 泯 絶 す る に 至 る と き 、 廓 法 界 に 周 き 、 光 明 遍 照 、 金 剛 不 壊 の 如 來 の 眞 身 を 體 す る 道 を 宣 示 せ ら れ 大 日 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 三
大 日 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 四 た る も の で あ る 。 以 上 は 住 心 品 に 説 か れ た る 三 句 三 劫 十 地 六 無 畏 十 喩 の 法 門 の 要 旨 で あ る 。 次 に 具 縁 品 に 説 か れ た る 三 昧 支 分 、 眞 言 支 分 こ れ ま た 眞 言 の 教 旨 を 明 か さ れ た る も の 即 ち 教 相 の 開 示 で あ る 。 そ の 三 昧 支 分 は 如 來 の 正 覺 三 昧 に 證 入 す べ き 道 を 明 さ れ た る も の な る が 、 一 般 佛 教 は 自 心 の 佛 性 を 觀 じ て 、 如 來 の 三 昧 に 證 入 す べ き 道 を 開 説 せ ら れ た る も の な る も 、 眞 言 密 教 は 入 道 の 最 初 よ り 如 來 に 歸 命 し 、 如 來 の 加 被 力 を 蒙 り 、 つ ひ に 如 來 の 正 覺 三 昧 に 住 す る 道 を 明 す も の で あ る 。 疏 に は 如 來 の 正 覺 三 昧 を 體 す る に 至 る 經 路 を ば 三 種 に 分 ち 、 世 間 の 三 昧 、 出 世 の 三 昧 、 大 室 三 昧 と し て 釋 せ ら る 。 即 ち 入 道 の 最 初 如 來 に 歸 命 し 、 如 來 の 加 持 力 に 依 り 特 殊 の 神 祕 を 感 得 す る 位 は 世 間 の 三 昧 で み る 。 か ゝ る 祕 觀 を 體 す る に 至 り 、 更 に そ の 信 純 淨 な る に 至 れ ば 、 能 加 持 、 所 加 持 、 能 信 所 信 を 絶 せ る 一 如 空 の 境 に 入 る 。 所 謂 信 ず る も の な く し て 信 す る 無 信 の 信 に 徹 し 、 人 間 性 の つ き る 遮 情 の 極 致 、 如 來 金 剛 の 心 に 住 す る に 至 る 道 を 明 す も の は 第 二 の 出 世 の 三 昧 、 第 三 の 大 空 三 昧 で あ る 。 即 ち 最 初 は 人 間 自 ら の 意 志 に 生 き ん と し て 如 來 に 祈 願 し 、 如 來 の 加 被 力 を 蒙 る に 至 れ ば 、 小 な る 人 間 的 意 志 滅 盡 し 、 絶 對 無 限 の 如 來 金 剛 の 心 を 體 す る に 至 る 信 心 向 上 の 次 第 を 明 か さ れ た る も の で あ る 。 つ ぎ に 證 入 す る 如 來 の 正 覺 三 昧 の 體 性 を 明 し 、 眞 言 密 教 の 如 來 の 正 覺 三 昧 は 、 大 日 如 來 の 一 體 速 疾 力 三 昧 な る こ と を 開 演 せ ら る 。 こ の 一 體 速 疾 力 三 昧 を ば 、 ま た は 自 在 神 力 加 持 三 昧 等 と も 説 か な 。 ( 自 在 神 力 加 持 三 昧 と 一 體 速 疾 力 三 昧 に 惣 別 の 不 同 あ る こ と 等 別 に 述 ぶ べ し ) 。 な ほ こ の 一 體 速 疾 三 昧 に は 四 魔 等 を 降 伏 す る 大 勤 勇 力 の 外 迹 の 妙 力 あ る と 共 に 、 そ の 自 證 成 佛 の 覺 體 は 、 寂 照 一 如 の 無 相 の 體 と し て の み 觀 る べ き も の に あ ら す し て 、 心 自 證 心 、 心 自 覺 心 、 理 智 一 如 、 六 大 一 實 の 大 覺 體 な る こ と を 開 顯 せ ら る 、 顯 密 對 比 し て そ の 教 旨 を 述 ぶ れ ば 、 空 有 不 二 、 寂 照 一 如 の 法 の 實 相 を 觀 じ 、 無 上 大 覺 を 成 す る 道 を 明 す は 顯 教 に し て 、 眞 言 密 教 は 已 に 成 就 せ ら れ た る 如 來 の 果 境 を 信 じ 、 そ の 果 體
に 直 入 直 證 す る 道 を 明 す と 云 ふ も 、 深 く そ の 至 頤 を 究 む れ ば 、 心 自 證 心 、 心 自 覺 心 、 六 大 一 實 の 毘 盧 遮 那 如 來 の 具 體 の 正 覺 三 昧 は 法 界 に 遍 す る と 共 に 、 一 切 衆 生 も 、 そ の 本 覺 の 體 性 よ り い へ ば 、 本 來 如 來 の 正 覺 三 昧 の う に 住 す る も の で あ る 。 か く 如 來 の う ち に 住 し な が ら 、 そ の 本 來 の 實 相 に 迷 ひ 自 ら 生 死 の 牢 獄 を 造 り 、 燒 煮 の 苦 み を う け つ ゝ あ る 、 こ の 生 死 の 迷 徒 を 救 攝 せ ん と し て 、 正 覺 三 昧 即 ち 一 體 速 疾 三 昧 よ り 無 盡 の 加 持 身 を 示 現 し 、 そ の 加 持 身 を 信 ぜ し め 、 つ ひ に は 本 地 法 身 の 正 覺 三 昧 に 歸 入 せ し む る 道 を 説 き 給 ひ し は 眞 言 密 教 で あ る 。 具 縁 品 の 三 昧 支 分 に は か ゝ る 祕 旨 を 明 さ る ゝ と 共 に 、 そ の 眞 言 支 分 に て は 、 法 身 如 來 の 大 覺 の 體 に は 、 自 體 自 ら を 證 見 す る 聖 智 あ る と 共 に 、 そ の 大 覺 體 を 詮 顯 す る 如 義 語 あ り て 、 三 世 常 恒 に そ の 大 覺 の 自 體 を 開 顯 す る も の 、 こ れ 所 謂 眞 言 で あ る 。 し か れ ば 眞 言 を 觀 誦 し て 如 來 の 果 境 を 證 得 す と は 、 こ れ 如 來 の 警 覺 開 示 の 聲 を き ゝ 、 そ の 眞 言 の 本 體 た る 如 來 の 大 覺 の 體 に 住 す る 祕 義 を 明 か さ れ た る も の で あ る 。 即 ち 如 來 よ り 開 示 せ ら れ た る 果 上 の 法 門 を 、 因 人 が 修 す る こ と に 依 て 、 因 人 に 即 し て 無 碍 自 在 の 如 來 の 大 果 を 成 ぜ ら る る 道 を 開 説 せ ら れ た る も の で あ る 。 以 上 は 本 編 に 述 べ ん と す る 教 旨 を 要 略 し て 、 誌 る せ る も の あ る が 、 以 下 經 疏 の 所 明 に 依 り 、 序 分 、 正 宗 と 次 第 し て そ の 大 要 を 述 べ よ う と 思 ふ 。 本 經 の 序 分 は 經 の 初 め 十 七 字 一 行 、 二 十 八 行 の 文 な る が 、 こ の 序 分 に 通 序 と 別 序 と が あ る 。 通 序 と は 所 謂 五 成 就 に し て 如 是 我 聞 ( 信 成 就 ) 一 時 ( 時 成 就 ) 薄 伽 梵 ( 教 主 成 就 ) 住 如 來 加 持 廣 大 金 剛 法 界 宮。 ( 住 處 成 就 ) 一 切 持 金 剛 者 皆 悉 集 會 ( 眷 屬 成 就 ) 等 ( 乃 至 ) 所 謂 越 三 時 如 來 之 日 加 持 故 身 語 意 平 等 句 法 門 。 以 上 こ れ 通 序 で あ る 。 こ の 通 序 の 五 成 就 を 深 細 に 釋 せ ば 、 容 易 に 盡 き ざ る も の あ る も 、 約 言 す れ ば . 教 主 た る 大 日 大 日 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 五
大 日 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 六 如 來 が 、 自 性 法 界 宮 に 住 し 、 無 量 の 眷 屬 に 團 繞 せ ら れ て 、 三 密 平 等 の 法 門 を 演 べ 給 ふ と の 義 趣 を 明 か さ れ た る も の で あ る。 た ゞ し 五 成 就 一 一 に つ か は 、 第 一 の 如 是 我 聞 の 信 成 就 に つ い て は 、 此 經 を 聽 聞 し 結 集 せ し は 誰 人 な り し や の 問 題 あ り 、 一 時 の 時 成 就 に は 、 大 日 如 來 が 此 の 經 を 説 き 給 ひ し 時 日 の 問 題 あ り 、 薄 伽 梵 の 教 主 成 就 の 句 に つ い て は 、 此 經 の 教 主 は 、 釋 尊 な り や 大 日 如 來 な り や 、 法 報 應 の 三 身 の 中 何 れ の 尊 な り や 等 の 問 題 あ り 、 住 處 成 就 た る 自 性 法 界 宮 に つ い て は 、 大 日 如 來 の 淨 土 は 、 界 内 な り や 界 外 な り や 、 内 在 的 に 見 る べ き も の な り や 、 超 越 的 に 解 す べ き も の な り や 、 ま た そ の 眷 屬 成 就 た る 衆 成 就 即 ち 自 性 會 の 大 衆 の う ち に 未 悟 實 行 の 因 人 居 す る や 等 衆 多 の 問 題 存 す 。 し か し て 此 等 無 量 の 大 衆 に 園 繞 せ ら れ て 開 説 し 給 ひ た る 三 平 等 句 の 法 門 は 、 こ れ 本 經 の 根 本 義 で あ る 。 か ゝ る 諸 義 に つ い て の 一 一 の 委 釋 は 別 に 叙 す る こ と ゝ し 、 こ ゝ に は 教 主 成 就 及 び そ の 住 處 成 就 等 に つ き 、 略 述 す る に と ゞ む べ し 、 本 經 に は 本 經 の 教 主 を ば 薄 伽 梵 所 謂 世 尊 と あ る の み に て 法 身 と も 報 身 と も 明 か さ れ ざ り し も 、 善 無 畏 三 藏 の 疏 に は 薄 伽 梵 即 砒 盧 遮 那 本 地 法 身 と 釋 せ ら れ 、 弘 法 大 師 は 本 經 の 薄 伽 梵 は 自 性 法 身 な り と 觀 給 ふ と 共 に 、 こ の 自 性 法 身 の 説 法 を 明 し 、 本 經 は 自 性 法 身 の 説 き 給 ひ た る も の な り と 判 釋 し 給 う た 。 蓋 し 法 ま た 法 身 は 、 一 切 佛 教 の 根 本 觀 念 に し て 、 釋 迦 牟 尼 如 來 は 、 法 を 覺 證 し て 成 佛 し 給 ひ し も の な り し が 故 に 、 法 は 佛 法 の 根 本 義 で あ り 、 所 謂 佛 陀 は 能 證 能 説 の 入 に し て 、 法 は 所 證 所 説 の 體 で あ る 。 し か し て 佛 陀 は 法 の 實 相 を 覺 り 、 法 と 一 體 と な り 、 覺 り の ま ゝ を 説 か れ た る も の こ れ 佛 法 で あ る 。 そ の 法 の 深 趣 が 次 第 に 開 顯 せ ら れ 、 大 乗 佛 教 に 至 り 、 法 の 無 限 、 絶 對 の 理 趣 を 闡 明 せ ら る ゝ と 共 に 、 佛 陀 は そ の 法 を 如 實 に 現 證 せ ら れ 、 法 の 實 相 に 住 せ ら る る 人 法 一 體 の 玄 旨 よ り 、 佛 陀 の 無 限 性 を 開 示 せ ら る ゝ に 至 つ た 。 即 ち 小 乗 の 佛 陀 は 有 始 有 終 の 應 身 な り し も 、 唯 識 に 至 れ ば 、 有 始 無 終 の 自 受 用 報 身 を 中 心 と せ る 佛 身 説 あ り 、 三 論 に は 生
身 佛 に 即 し て 理 法 身 の 深 趣 を 開 説 し 、 天 台 に て は 法 報 應 三 身 圓 融 の 佛 身 義 を 明 す と 共 に 、 近 成 の 釋 尊 に 帥 し て 久 遠 實 成 の 本 地 の 常 身 を 開 顯 し 、 華 嚴 に 至 れ ば 、 十 身 具 足、 非 法 非 報 化 の 融 三 世 間 の 廣 大 な る 佛 身 を 明 す と 共 に 、 非 古 非 今 の 常 住 の 佛 身 説 を 開 演 す る に 至 つ た 。 か ゝ る 廣 大 な る 佛 身 義 に つ い て は 、 た や す く 談 じ 得 ざ る も の あ る も 、 こ れ ら の 佛 身 は 無 我 性 を 體 と し そ の 究 竟 の 法 身 佛 は 寂 に し て 照 、 言 亡 慮 絶 語 ら ざ る 法 體 で あ る 。 さ れ ば 能 所 證 一 體 、 人 法 不 二 の 理 よ り 、 釋 迦 牟 尼 如 來 即 三 身 圓 融 の 佛 身 な り 、 十 身 具 足 の 廣 大 な る 佛 身 な る こ と を 明 す も 、 そ の 佛 身 の 本 體 た る 法 身 は 語 ら ざ る 佛 身 な る が 故 に 、 究 竟 し て い へ ば 、 廣 大 な る 佛 身 は 、 釋 迦 牟 尼 如 來 の 所 見 所 證 の 佛 身 に し て 、 そ の 實 相 を 説 け る も の は 釋 迦 牟 尼 如 來 な り と 云 ふ こ と に 歸 す 。 即 ち 一 代 佛 教 は 凡 て 釋 迦 牟 尼 如 來 の 所 説 で あ る 。 し か る に 弘 法 大 師 は 法 身 に は 自 ら を 證 知 す る 聖 智 あ る と 共 に 。 自 ら の 大 覺 體 を 開 説 す る 如 義 語 あ り と し 、 法 身 の 説 法 を 明 し 、 こ の 法 身 自 ら の 内 證 智 の 境 界 を 開 演 せ る も の こ れ 眞 言 密 教 な り と し 、 本 大 日 經 は 自 性 法 身 の 所 説 と な す が 故 に 、 本 經 最 初 の 薄 伽 梵 の 教 主 を ば 自 性 法 身 な り と な す も の で あ る 。 な ほ 別 に 委 釋 す る が 如 く 、 本 經 の 教 主 に つ い て は 、 三 國 に 亙 つ で 所 説 一 な ら ず 印 度 の 覺 密 の 釋 に は 報 身 佛 な り と い ひ 、 善 無 畏 三 藏 の 疏 に は 本 地 法 身 と 釋 せ ら れ 給 ひ し も 、 本 宗 は 華 嚴 宗 に て 密 教 を 修 學 せ し 燕 京 の 覺 苑 の 演 密 抄 に は 、 善 無 畏 三 藏 は 本 地 法 身 と 釋 せ ら る ゝ も 、 し か も 大 日 經 の 教 主 は 他 受 用 身 ま た は 應 身 佛 な り と 解 す 。 即 ち 本 地 法 身 が 地 上 の 機 に 對 し て は 他 受 用 身 を 現 じ 、 ま た 地 前 の 機 に 對 し て は 應 身 を 現 し て 説 法 せ る も の な り と 觀 ん と す る も の で あ る 。 さ れ ば 善 無 畏 三 藏 の 疏 に 、 當 經 の 教 主 成 就 の 句 た る 薄 伽 梵 の 經 文 を 毘 盧 遮 那 本 地 法 身 と 釋 せ る を は 、 推 功 歸 本 の 説 な り と せ り 。 即 ち 當 經 の 教 主 は 他 受 用 身 な れ ど も 、 他 受 用 身 の 説 法 を 本 地 法 身 の 本 源 に 歸 し て 毘 盧 遮 那 本 地 法 身 と 釋 せ し と 觀 る 。 ま た は 云 ふ べ し 、 眞 應 無 碍 即 ち 、 實 相 法 身 周 遍 法 界 の 理 と 、 他 受 用 身 及 び 應 身 の 實 相 の 體 と 無 碍 一 如 な り 、 か く 眞 身 ( 法 身 ) と 應 身 と の 體 無 碍 一 如 の 故 に 、 薄 伽 梵 即 毘 盧 大 日 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 七
大 日 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 八 遮 那 本 地 法 身 と 釋 せ し も の な り と 云 ふ 。 か く の 如 く 無 畏 の 疏 に 明 か に 薄 伽 梵 即 毘 盧 遮 那 本 地 法 身 な り と 釋 せ ら れ あ る に も か ゝ は ら ず 、 推 功 歸 本 、 或 は 眞 應 無 碍 等 の 解 を な し 、 本 經 の 教 主 を ば 他 受 用 身 な り 、 ま た は 應 身 佛 な り 等 と 觀 ん と す る が 如 き は 、 こ れ 法 身 無 説 法 の 顯 教 の 立 場 よ り か ゝ る 釋 を な せ る も の 歟 、 ま た 本 宗 は 天 台 に て 、 密 教 を 弘 傅 せ る 慈 覺 、 智 證 、 安 然 等 の 台 密 の 人 師 等 も 法 身 無 説 法 の 顯 教 の 立 場 よ り 本 經 の 教 主 を 解 し 、 弘 法 大 師 の 自 性 法 身 説 法 の 眞 意 を 解 せ す 、 各 々 自 宗 の 教 旨 に 説 會 し 、 慈 覺 大 師 は 理 智 不 二 の 智 法 身 が 本 經 の 教 主 な り と い ひ 、 智 證 大 師 も 自 受 用 智 法 身 の 義 あ る も 、 寧 ろ 他 受 用 身 を 教 主 と 觀 ん と す る も の ゝ 如 く 、 安 然 和 尚 に 至 つ て は 、 他 受 用 身 を 教 主 と し 、 か ね て 自 受 用 及 び 變 化 身 に 通 す と な す 、 そ の 他 、 本 宗 の 學 者 に も 加 持 身 説 を 立 す る 頼 瑜 法 印 等 あ り 、 こ れ ら 古 徳 の 異 義 を 細 か に 觀 れ ば 數 十 家 あ る こ と は 別 に 編 述 せ る 大 日 經 教 主 義 の 如 し 。 次 に 經 に 住 處 成 就 を 説 い て 住 如 來 加 持 廣 大 金 剛 法 界 宮 こ れ 即 ち 教 主 薄 伽 梵 毘 盧 遮 那 自 性 法 身 の 所 住 處 で あ る 。 こ の 大 日 如 來 の 住 處 を ば 、 自 性 會 と も 法 界 宮 と も 密 嚴 國 土 等 と も 稱 す 。 こ れ 大 日 如 來 の 淨 土 で あ る 。 し か し て 無 畏 の 疏 に こ の 法 身 の 住 處 を 釋 し て 隨 如 來 有 應 之 處 無 非 此 宮 不 獨 在 三 界 之 表 也 。 と い へ る が 、 こ れ 法 身 大 日 如 來 の 住 處 の み な ら ず 、 一 切 如 來 の 淨 土 を 開 見 す る 祕 鍵 た る 釋 文 で あ る 。 即 ち 法 身 法 界 宮 は 、 高 く 三 界 の 外 に 超 在 す と 共 に 、 ま た 如 來 有 應 の 處 即 ち 如 來 附 應 し 感 應 ま し ま す と こ ろ 、 こ れ 如 來 の 淨 土 な る こ と を 明 か さ れ た る も の で あ る 。 ま た 如 來 は 理 智 相 應 、 心 境 相 應 、 性 相 相 應 、 體 用 相 應 、 寂 照 相 應 、 智 悲 相 應 の 大 覺 體 に し て 、 そ の 大 覺 體 は 遍 法 界 の 體 で あ る 、 し か し て 法 身 の 體 は 依 正 不 二 な る が 故 に 如 來 の 大 覺 體 遍 法 界 な る と 共 に 、 そ
の 所 住 の 國 土 ま た 遍 法 界 な る 深 趣 を 明 か さ れ た る も の で あ る 。 經 疏 の 釋 義 の 深 意 を 尋 ぬ る に 、 如 來 大 覺 の 體 は 、 六 識 を 越 え 、 七 八 の 細 分 別 の 心 識 を も 越 え 、 第 九 第 十 の 純 一 無 雜 の 無 念 の 心 境 を も 越 え 、 一 切 分 別 の 念 を も 無 分 別 の 念 を も 絶 し 、 無 明 妄 念 の 盡 き る と こ ろ 自 ら 現 證 せ ら れ た る 阿 耨 多 羅 三 藐 三 菩 提 の 無 上 の 聖 果 で あ る 。 此 の 聖 果 は 所 謂 心 自 證 心 、 心 自 覺 心 、 心 境 、 理 智 、 悲 智 相 應 の 大 覺 體 、 身 口 意 業 等 虚 空 の 無 尋 法 界 の 大 自 在 者 に し て 、 自 在 神 力 加 持 三 昧 に 住 し 、 自 證 の 大 覺 を 三 世 常 恒 に 開 顯 し 給 ひ つ ゝ あ る の で あ る 。 師 子 の 執 縛 す る 所 に 隨 て 必 す 獲 て 遺 な ふ こ と な き が 如 く 、 自 在 度 人 無 空 過 の 勇 健 の 大 菩 提 心 體 に 住 せ ら れ あ る 覺 體 で あ る 。 し か し て 毘 盧 遮 那 の 身 土 は 依 正 一 體 、 人 法 不 二 、 所 謂 四 種 曼 荼 即 是 眞 佛 の ゆ ゑ に 、 疏 に は そ の 所 住 處 は 法 身 と 無 二 無 別 の 義 を 釋 し 、 所 住 處 即 佛 の 受 用 身 と い ひ 、 ま た 住 處 の 國 土 も 、 能 住 の 入 と 同 じ く 自 在 神 力 を 以 て 無 盡 の 三 密 を 現 し 、 説 法 無 碍 な る こ と を 明 す 。 即 ち 疏 に 所 住 處 を 釋 し 次 云 如 來 是 佛 加 持 身 。 其 所 住 處 名 佛 受 用 身。 即 以 此 身 爲 佛 加 持 住 處。 如 來 心 王 諸 佛 住 而 住 其 中 。 既 從 遍 一 切 處 加 持 力 生 即 與 無 相 法 身 無 二 無 別 而 以 自 在 神 力 令 一 切 衆 生 見 身 密 之 色 聞 語 密 之 聲 悟 意 密 之 法。 隨 其 根 性 種 種 不 同 。 即 此 所 住 名 加 持 處 也 。 か く の 如 く 如 來 の 住 處 た る 器 世 間 を 經 に は 如 來 加 持 即 ち 如 來 と い ひ 、 疏 に は 佛 受 用 身 と 釋 す 、 こ の 經 疏 の 文 を 解 す る に 中 古 の 學 者 異 解 を な す 。 法 性 阿 闍 梨 の 義 に よ れ ば 、 所 住 處 を 受 用 身 と 云 ふ は 、 こ れ 理 法 身 の 佛 が 智 法 身 に 住 す る 義 な り 、 智 法 身 は 自 受 用 身 な る が 故 に 受 用 身 と 云 ふ 、 ま た 道 範 阿 闍 梨 の 説 に 依 れ ば 所 住 の 器 世 界 は こ れ 三 摩 耶 身 な り 、 三 摩 耶 身 は 、 自 性 身 に 受 用 せ ら る ゝ が 故 に 、 受 用 身 と い ふ 、 何 れ に し て も 、 こ れ 住 處 の 釋 な り 、 し か る に 加 持 身 教 主 義 を 立 す る 人 師 等 は 、 住 處 成 就 の 如 來 加 持 の 經 文 及 び 疏 の 佛 受 用 身 等 の 文 に 依 り 、 こ の 住 處 成 就 の 經 疏 の 丈 義 に 依 て 大 日 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 九
大 日 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 一 〇 教 主 を 解 せ ん と す る も の で あ る 。 如 來 心 王 諸 佛 住 而 住 其 中 。 如 來 心 王 は 能 住 の 佛 、 即 ち 本 地 法 身 に し て 、 諸 佛 住 は 所 住 の 器 世 界 な る が 、 こ れ ら の 文 に つ い て も 、 法 性 、 道 範 、 頼 喩 等 の 諸 家 の 義 に 依 り 委 釋 せ ざ る べ か ら ざ る も の あ る も 、 今 は 凡 て 省 略 す 。 な ほ こ の 住 塵 を 釋 歎 す る 。 廣 大 金 剛 法 界 宮 。 の 經 文 を 疏 に 此 宮 是 古 佛 成 菩 提 處 。 所 謂 摩 醯 首 羅 天 宮 。 釋 論 云 第 四 禪 五 種 那 含 住 處 名 淨 居 天 。 過 是 以 往 有 十 住 菩 薩 住 處 。 亦 名 淨 居 號 曰 大 自 在 天 王 是 也 。 今 此 宗 明 義 以 自 在 加 持 神 心 所 宅 故 名 曰 自 在 天 王 宮 也 。 謂 随 如 來 有 應 之 處 無 非 此 宮 不 獨 在 三 界 之 表 也 。 上 に は 毘 盧 遮 那 の 身 土 は 依 正 一 體 な り 、 能 住 の 人 と 所 在 の 國 土 と は 不 二 な り 、 能 所 住 共 に 理 智 相 應 、 周 遍 法 界 、 廣 大 金 剛 の 體 な る こ と を 釋 す 。 し か る に 今 こ の 法 身 の 淨 土 を 寄 顯 門 に 約 し 法 界 宮 は 、 三 世 の 諸 佛 、 自 受 用 身 所 成 覺 の 土 た る 色 界 頂 の 大 自 在 天 王 宮 な る こ と を 明 す 。 こ の 義 に つ い て 淺 略 深 祕 重 々 の 祕 旨 存 す る も 、 一 應 文 義 を 解 せ ば 、 法 身 の 國 土 た る 法 界 宮 は 、 周 遍 法 界 體 た る が 故 に 内 外 方 處 を 絶 せ る 體 な る も 、 し か も ま た 内 在 な り と 共 に 、 超 越 な る こ と 示 さ ん と し て 、 法 身 の 淨 土 は 高 く 法 界 の 頂 に あ る こ と を 明 し 、 此 宮 は 是 れ 古 佛 成 菩 提 の 處 、 所 謂 摩 醯 首 羅 天 王 宮 な り と 云 ふ 。 か く の 如 く 法 界 宮 は こ れ 色 界 頂 の 究 寛 の 天 た る 大 自 在 天 宮 な り と 釋 せ ら れ た る に つ き 、 こ の 大 自 在 天 王 宮 は 界 内 か 界 外 か の こ と 論 ぜ ら れ 、 法 界 宮 は 色 究 寛 天 な り 大 自 在 天 宮 な り と 云 ふ も 、 こ れ 色 究 寛 天 に 寄 せ て 法 身 の 國 土 を 顯 す も の な る が 故 に 、 實 は 三 界 を 超 越 せ る も の で あ る 。 , 法 身 の 淨 土 は 三 界 を 超 越 せ る も の な れ ば 、 何 故 に 色 界 の 最 究 竟
の 天 な る 色 究 竟 天 に 寄 せ て そ の 淨 土 を 明 す と な ら ば 、 こ れ 色 究 竟 天 は 、 色 相 最 勝 に し て 、 微 細 法 身 の 色 相 殊 妙 な る に 相 應 す る と 、 ま た 色 究 竟 天 は 三 災 劫 末 に も 破 壊 せ ら れ ざ れ ば 、 法 身 如 來 の 常 恒 不 攣 な る 義 と 相 應 す る と 、 ま た 色 究 竟 天 は 三 世 の 諸 佛 自 受 用 身 の 所 成 覺 の 土 な る が 故 に 、 一 切 世 界 の 中 に 、 し ば ら く 色 究 竟 天 に 寄 顯 し て 此 の 宮 は 是 れ 古 佛 成 菩 提 の 處 、 所 謂 摩 醯 首 羅 天 宮 な り と 釋 す 。 此 等 の 釋 義 は 、 色 究 竟 天 に 約 し て 、 法 身 殊 勝 の 國 土 を 明 す と 共 に 、 法 身 の 土 は 超 越 的 な る こ と を 示 さ れ た る も の で あ る 。 し か も ま た 更 に 深 甚 の 義 を 明 し 、 法 身 の 國 土 を 大 自 在 天 王 宮 と い ふ は 、 こ れ 自 在 神 力 加 持 三 昧 に 住 せ る 法 身 の 所 住 處 な る が 故 に 、 自 在 天 王 宮 と 云 ふ な り 、 ま た 自 在 天 王 宮 は 。 理 智 相 應 。 色 心 相 應 、 周 遍 法 界 の 本 有 の 覺 體 な め と 共 に 、 如 來 の 加 持 感 應 の あ る 修 生 修 顯 の 相 應 の と こ ろ 、 凡 て こ れ 法 界 宮 で あ る 疏 に は 今 此 の 宗 に 明 す 義 は 自 在 加 持神 心 の 所 宅 な る を 以 て の 故 に 名 け て 自 在 天 王 宮 と 日 ふ な り 、 謂 く 如 來 有 應 の 處 に 隨 て 此 の 宮 に あ ら ざ る は な し 、 獨 り 三 界 の 表 に 在 る に あ ら ず 。 と 釋 せ ら る 。 な ほ こ の 色 究 竟 天 に 寄 せ て 法 身 の 國 土 を 明 か さ れ た る に つ き 、 性 相 兩 宗 の 釋 、 及 び 台 密 東 密 の 異 解 等 述 べ ざ る べ か ら ざ こ と あ る も 省 略 す 。 次 に 眷 屬 成 就 を 明 し て 經 に 一 切 持 金 剛 者 皆 悉 集 會 と 説 け り 、 即 ち 教 主 大 日 如 來 、 金 剛 法 界 宮 に 住 し 給 ふ と き 、 唯 一 人 の み 居 し 給 ふ に あ ら ず 、 塵 沙 の 如 く 多 く の 眷 屬 圍 繞 羅 列 し 給 ふ こ と を 顯 は し て 、 一 切 持 金 剛 者 皆 悉 く 集 會 せ り と 云 ふ 。 し か し て 下 に 一 切 の 持 金 剛 者 と し て 内 大 二 眷 屬 大 日 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 一 一
大 日 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 一 二 を あ ぐ 、 即 ち 教 主 大 日 如 來 の 内 證 の 智 徳 を つ か さ と る を 内 眷 屬 と 云 ふ 、 こ の 内 眷 屬 無 量 な れ ど も 、 し ば ら く 十 九 執 金 剛 を あ げ 、 ま た 大 日 如 來 の 化 他 大 慈 悲 の 徳 を つ か さ ど る を 大 眷 屬 と 云 ふ 、 こ の 大 眷 屬 ま た 無 量 な れ ど も 、 普 賢 菩 薩 等 の 四 大 菩 薩 を あ ぐ 。 し か し て 大 日 如 來 は 大 悲 胎 藏 曼 荼 羅 中 臺 の 尊 な る が 故 に 、 こ の 大 毘 盧 遮 那 を 圍 繞 す る 眷 屬 に は 、 四 重 法 界 の 大 悲 胎 藏 曼 荼 羅 の 諸 尊 存 し ま す な り 、 し か る を 本 經 に し ば ら く 毘 盧 遮 那 如 來 の 自 内 證 の 大 智 を つ か さ と る 、 第 一 重 の 内 眷 屬 と し て 虚 空 無 垢 執 金 剛 乃 至 金 剛 手 祕 密 主 の 十 九 執 金 剛 を あ け 、 化 他 大 慈 悲 の 徳 を つ か さ ど る 尊 と し て 、 普 賢 菩 薩 乃 至 、 除 一 切 蓋 障 菩 薩 等 の 第 二 重 の 諸 尊 を あ げ 給 ふ も 、 こ の 内 大 二 眷 属 に は 四 重 曼 荼 羅 の 諸 尊 を 攝 盡 す る と 觀 る べ き で あ る 。 し か し て こ の 無 盡 の 眷 屬 と は 、 こ れ 大 日 如 來 所 具 の 功 徳 を つ か さ ど る 尊 な る が 、 故 に 、 こ の 妙 眷 屬 に 依 り 、 毘 盧 遮 那 如 來 の 不 思 議 法 界 の 大 自 在 の 尊 徳 を 知 る べ き で あ る 。 し か し て 智 徳 を つ か さ ど る 尊 を 第 一 重 と し 、 慈 悲 を つ か さ ど る 尊 を 第 二 重 と な せ る よ り 、 毘 盧 遮 那 大 覺 の 自 在 神 力 加 持 三 昧 の 體 は 、 大 智 を 本 と せ る を 知 ら る ゝ も 、 そ の 大 智 を つ か さ ど る 内 眷 屬 の う ち に も 慈 悲 を つ か さ ど る 尊 存 せ ら れ 、 ま た 慈 悲 を つ か さ ど る 内 菩 薩 の う ち に も 智 徳 を つ か さ ど る 、 文 珠 菩 薩 等 存 せ ら る ゝ よ り 觀 る も 、 毘 盧 遮 那 大 覺 の 三 昧 の 體 は 、 寂 照 不 二 、 智 悲 一 體 の 體 に し て 、 無 盡 の 妙 功 徳 を 具 し 、 こ の 妙 功 徳 を 奮 迅 示 現 し 、 法 界 無 盡 の 衆 生 を 引 攝 し 給 ひ つ 、 あ る 尊 な る を 知 ら る ゝ の で あ る 。 疏 に 一 切 持 金 剛 者 皆 悉 集 會 の 義 を 釋 し 次 明 妙 眷 屬 也 。 如 來 在 此 宮 中 。 爲 獨 處 耶 有 眷 屬 乎 。 故 云 此 中 乃 有 無 邊 眷 屬 常 所 集 會。 乃 至 若 世 諦 常 途 所 表 。 則 云 生 身 佛 常 有 五 百 執 金 剛 神 翊 從 侍 衛。 然 此 宗 密 意 伐 折 羅 是 如 來 金 剛 智 印 。 如 是 智 印 其 數 無 量。 能 持 此 者 亦 復 無 邊 。 所 以 然 者 心 王 所 住 之 處 必 有 塵 沙 心 數 以 爲 眷 屬。 今 者 心 王 毘 盧 遮 那 成 自 然 覺 。 爾 時 一 切 心 數 無 不 即 入 金 剛 界 中 成 如 來 内 證 功 徳 差 別 智 印。 如 是 智 印 唯 佛 與 佛 乃 能 持 之 。 約 菩 提 義 即 有 無 量
無 邊 金 剛 印 。 約 佛 陀 義 即 有 無 量 無 邊 持 金 者 。 由 此 衆 徳 悉 皆 一 相 一 味 到 於 實 際 故 名 集 會 。 若 少 分 末 等 一 法 末 滿 即 不 名 一 切 集 會 也 云 云 常 途 の 釋 に 依 れ ば 、 楞 伽 經 等 に 五 百 の 執 金 剛 神 あ つ て 釋 迦 如 來 を 守 護 せ る 、 そ の 守 護 神 が 執 金 剛 で あ る 、 し か る に 今 眞 言 密 教 に て は 、 執 金 剛 と は 即 ち 如 來 所 具 の 無 量 の 智 徳 で あ る 。 そ の 智 徳 金 剛 不 壊 の 體 な る が 故 に 金 剛 と 云 ふ 。 無 畏 の 疏 に 無 量 の 執 金 剛 と は こ れ 大 日 如 來 の 無 量 の 心 數 で あ る 。 心 王 の 大 日 如 來 大 圓 覺 現 成 の と き 、 無 量 の 心 數 悉 く 大 覺 を 成 じ 、 大 覺 の 大 系 統 に 入 り 、 如 來 内 證 の 差 別 智 印 と な り 、 そ の 智 印 實 に 無 量 無 邊 な る こ と を 釋 し て 今 、 心 王 の 毘 盧 遮 那 自 然 覺 を 成 す 、 そ の 時 に 一 切 の 心 數 、 即 ち 金 剛 界 の 中 に 入 て 如 來 内 證 の 功 徳 差 別 智 印 と 成 ら す と 云 ふ こ と な し と い ひ 。 高 祖 大 師 は 吽 字 義 に 唯 有 大 日 如 來 於 無 我 中 得 大 我 也 。 心 王 如 來 既 至 如 是 地 。 塵 數 難 思 心 所 眷 屬 誰 不 得 此 大 我 之 身 。 こ れ 等 の 釋 文 は 、 よ く 眞 言 密 教 の 正 宗 を 闡 明 せ ら れ た る も の で あ る 。 即 ち 眞 言 密 教 は 、 大 日 如 來 の 大 覺 三 昧 の 體 を 開 顯 す る と 共 に 、 大 覺 現 成 の と き 、 一 切 衆 生 等 し く 大 日 如 來 の う ち に 攝 取 せ ら れ 、 大 覺 體 に 安 住 せ る 果 境 を 開 説 せ ら れ た る も の で あ る 。 大 師 の 吽 字 義 に 今 以 佛 眼 觀 之 、 佛 與 衆 生 同 住 解 脱 之 床 。 無 此 無 彼 無 二 平 等 と い ひ 、 ま た 法 身 三 密 入 纎 芥 而 不 逢 。 亙 大 虚 而 不 寛 、 不 簡 瓦 石 草 木 。 不 擇 人 天 鬼 畜 。 何 處 不 遍 何 物 不 攝 故 名 等 持 。 大 日 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 一 三
大 日 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 一 四 元 曉 の 楞 伽 經 の 疏 に 法 身 有 二 。 一 自 性 法 身 。 本 有 法 性 。 二 意 成 法 身 。 成 正 覺 時 。 以 一 切 法 爲 自 身 也 。 即 ち 法 性 本 有 の 體 よ り い へ ば 、 十 界 の 衆 生 は 毘 盧 遮 那 如 來 と 同 じ く 、 法 然 本 覺 の 體 に 住 せ る も の な り と 共 に 、 大 日 如 來 そ の 本 有 の 大 覺 現 成 の と き 、 一 切 法 を 以 て 自 身 と な し 、 法 界 は 唯 一 の 毘 盧 遮 那 の 具 體 法 身 た る も の で あ る 。 華 嚴 經 に は 、 如 來 、 正 覺 を 成 じ 給 ひ し と き 、 覺 體 、 法 界 遍 滿 、一 切 衆 生 に 等 し く 、 一 切 國 土 に 等 し き 廣 大 な る 佛 身 を 成 せ ら れ た る 深 旨 を 説 か れ 、 天 台 に は 阿 鼻 依 正 全 處 極 聖 之 自 心 。 毘 盧 身 土 不 逾 凡 下 之 一 念 蓋 し 一 佛 成 道 觀 見 法 界 、 草 木 國 土 悉 皆 成 佛 は 、 こ れ 大 乗 の 深 趣 を 開 演 せ る も の な る が 、 大 日 如 來 大 覺 現 成 の と き 、 一 切 衆 生 悉 く 大 日 大 覺 の う ち に 攝 取 せ ら れ た る 祕 義 を 開 説 せ る も の は 曼 荼 羅 の 實 義 で あ る 。 今 大 日 如 來 の 妙 眷 屬 を 明 し 、 心 王 の 大 日 自 然 覺 を 成 す る と き 、 無 數 の 心 所 同 時 に 覺 を 成 じ 給 ふ 、 そ の 無 數 の 心 所 と は こ れ 内 大 二 眷 屬 な る 事 を 釋 さ れ た る も の な る も 、 こ の 妙 眷 屬 の 義 を 、 擴 充 し て い へ ば 四 重 圓 壇 の 曼 荼 羅 の 聖 衆 た る べ き が 故 に 、 十 界 の 衆 生 皆 如 來 の 妙 眷 屬 た る べ き で あ る 。 し か も 今 經 文 の 當 分 よ り い へ ば 、 自 性 會 の 聖 衆 を 妙 眷 屬 と 釋 せ ら れ た る も の で あ る 。 し か し て 眞 言 密 教 は 人 法 一 體 、 四 曼 不 離 の 上 に し ば ら く 人 法 の 不 同 を 分 つ が 故 に 、 人 は 必 す 法 を 具 し 、 法 は 必 す 人 を 成 じ 人 法 法 爾 に し て 、 假 實 不 同 あ る こ と な し 、 故 に 智 印 無 量 な れ ば 、 こ の 智 印 を 持 す る 人 ま た 無 量 な り 、 そ の 人 こ れ 大 日 如 來 無 量 の 眷 屬 に し て 、 こ の 眷 屬 、 皆 な 法 身 如 來 と 一 相 一 味 に し て 、 第 一 實 際 好 極 の 境 に 住 す 、 こ れ 一 切 持 金 剛 者 皆
悉 集 會 の 集 會 の 義 な る こ と を 釋 し て 菩 提 義 に 約 す れ ば 即 ち 無 量 無 邊 の 金 剛 の 印 あ り 、 佛 陀 義 に 約 す れ ば 即 ち 無 量 無 邊 の 持 金 剛 者 あ り 、 此 の 衆 徳 は 悉 く 皆 な 一 相 一 味 に し て 實 際 に 到 る 故 に 集 會 と 云 ふ 。 若 し 少 分 も 未 だ 等 ら ず 、 一 法 も 未 だ 滿 せ さ れ ば 一 切 集 會 と 名 け ざ る な り こ の 疏 の 釋 文 に つ き 菩 提 義 と 佛 陀 義 、 即 ち 入 法 不 二 の 實 義 を 明 か さ れ た る に つ き 、 演 密 鈔 に は 四 曼 相 大 の 上 の 人 法 と し て 解 せ ん と す る も 、 疏 に 一 相 一 味 到 於 實 際 と い ひ 、 ま た 毘 盧 遮 那 如 來 自 性 會 上 の 人 法 な る が 故 に 、 こ の 人 法 は 、 體 大 の 位 に て 解 す べ き も の な る こ と 、 ま た 妙 眷 屬 は 毘 盧 遮 那 如 來 の 自 在 神 力 よ の 現 せ ら る ゝ も の な る こ と を 明 か さ ん と し て 、 心 王 の 毘 盧 遮 那 よ り 加 持 尊 特 の 身 を 現 す 、 そ の と き 無 量 の 執 金 剛 身 を 現 し て 、 如 來 威 猛 の 大 勢 を 顯 せ ら る ゝ 文 義 に つ き 、 新 古 の 學 者 異 解 を な す こ と 、 住 處 成 就 の 別 釋 た る 大 樓 閣 寶 王 及 び 師 子 座 の 釋 、 そ の 他 、 衆 成 就 の 別 説 の 經 疏 の 文 義 等 は 別 に 述 ぶ る こ と ゝ な し 、 こ ゝ に 省 略 す べ き も 、 た ゞ 内 大 二 眷 屬 の 業 用 つ い て 略 述 せ ん に 、 内 外 二 眷 屬 に 自 證 化 他 の 業 用 あ り 、 即 ち 此 の 二 眷 屬 、 内 に 向 つ て は 大 日 如 來 に 對 し て 、 自 受 法 樂 の 事 業 を な す 、 大 日 如 來 自 證 の 位 に 於 て 説 法 せ ん と す る と き 、 心 内 よ り 内 大 二 眷 屬 を 出 現 す る は 、 自 受 法 樂 の 事 業 を 作 さ ん が 爲 め で あ る 。 ま た 外 に 向 つ て は 、 自 性 會 相 應 の 機 を 饒 益 せ ん が 爲 め に 當 機 引 入 の 事 業 を な す 、 即 ち 疏 に 内 眷 屬 の 釋 の 終 り に 、 そ の 得 益 の 義 を 明 か さ れ 、 然 此 毘 盧 遮 那 内 證 之 徳 以 加 持 故 。 從 一 一 智 印 各 現 執 金 剛 身 。 形 色 性 類 皆 有 表 象。 各 隨 本 縁 性 欲 引 攝 衆 生 。 若 諸 行 人 慇 懃 修 習 能 令 三 業 同 於 本 尊。 從 此 一 門 得 入 法 界 。 即 是 普 入 一 切 法 界 門 也 。 こ は 内 眷 屬 の 得 益 を 釋 せ ら れ た る も の な る も 、 も と よ り 大 眷 屬 に も か ゝ る 得 益 あ る は 明 か で あ る 。 大 日 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 一 五
大 日 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 一 六 次 に 經 に 大 日 如 來 内 大 二 眷 屬 に 圍 繞 せ ら れ 、 如 來 自 證 の 境 た る 三 密 平 等 の 法 門 を 説 き 給 ふ こ と を 明 し 諸 大 菩 薩 前 後 圍 繞 而 演 説 法 。 所 謂 越 三 時 如 來 之 日 加 持 故 。 身 語 意 平 等 句 法 門 。 身 口 意 平 等 の 法 門 を 説 き 給 ふ 、 そ の 時 日 を 三 時 を 越 え た る 如 來 の 日 加 持 の 故 に と 説 か れ た る が 疏 の 釋 文 等 に 依 れ ば 、 凡 そ 如 來 説 法 の 時 日 に 、 世 間 日 、 圓 明 日 、 加 持 日 あ り 、 そ の な か 圓 明 日 と 加 持 日 と は 、 體 用 の 不 離 に し て 、 當 經 の 説 時 は 、 圓 明 日 、 加 持 日 に 通 す れ ど も 、 正 し く は 延 促 自 在 の 加 持 日 に 住 し て 説 法 し 給 ふ こ と を 明 か せ り 、 即 ち 大 日 如 來 は 内 大 二 眷 屬 、 所 謂 胎 藏 四 重 圓 壇 の 聖 衆 に 圍 繞 せ ら れ 、 延 促 自 在 の 加 持 に 於 て 三 密 平 等 の 法 門 を 説 き 給 ふ な り 。 如 來 の 説 き 給 ふ 身 口 意 平 等 句 の 法 門 は 、 こ れ 一 經 の 深 旨 を 盡 す も の な る が 故 に 、 無 盡 の 深 意 存 す る も 、 今 は 印 度 の 覺 密 の 釋 、 無 畏 の 疏 、 及 び 大 師 の 釋 文 に つ き 一 應 そ の 經 旨 を 述 ぶ る に と ゞ む べ し 。 畳 密 の 釋 に 依 れ ば 身 口 意 平 等 の 法 門 の 法 に 證 悟 の 法 と 、 聖 教 量 の 法 と の 二 種 の 義 あ り と な し 、 ま た そ の 證 悟 の 法 に 眞 諦 と 俗 諦 と あ り と な し 、 眞 諦 は 自 性 空 の 法 性 に し て 、 俗 諦 の 法 と は 、 如 來 の 身 と 語 と 意 と の 無 量 の 莊 嚴 が 、 三 界 に 遍 滿 せ る こ と を 示 す を 云 ふ 。 し か し て 經 の 平 等 の 句 に は 三 種 の 意 存 す と な す 、 即 ち 一 に は 如 來 の 身 語 意 の 三 密 が 、 有 情 の 身 語 意 に 遍 滿 す る 義 と 、 二 に は 如 來 の 身 口 意 の 三 密 が 、 有 情 を 利 益 せ ん が 爲 め に 、 如 來 の 身 密 が 、 語 と 意 と の 事 業 を な し 、 ま た 語 密 が 身 と 意 と の 事 業 を な し 、 ま た 意 密 が 、 身 と 語 と の 事 業 を な し 、 か く 三 密 互 具 し て 同 様 の こ と な す が 故 に 平 等 と 云 ふ 、 三 に は 、 如 來 の 身 語 意 と 衆 生 の 身 語 意 と は 、 空 性 の 自 性 に 於 て は 、 全 く 一 味 に し て 分 つ べ か ら ざ る が 故 に 平 等 と 云 ふ 。 こ の 覺 密 の 釋 に 依 れ ば 、 常 途 佛 教 の 説 の 如 く 、 俗 諦 に は 衆 生 あ り 、 佛 あ り 、 ま た 生 佛 の 三 密 の 加 持 感 應 等 の 義 あ る
も 、 眞 諦 は 一 味 無 相 空 の 法 に し て 、 生 佛 の 假 相 を 絶 し 、 自 他 の 差 相 を 泯 す と な す も の で あ る 。 即 ち 平 等 の 三 義 の 中 、 第 一 の 如 來 の 三 密 が 衆 生 の 三 業 に 遍 滿 す る 義 と 、 第 二 の 如 來 の 三 密 の 互 用 無 碍 の 義 と は こ れ 俗 諦 門 の 義 に し て 、 第 三 の 生 佛 の 身 語 意 が 自 性 空 に し て 一 味 無 相 な り と は 、 眞 諦 に 約 し て の 釋 で あ る 。 次 に 善 無 畏 三 藏 の 疏 に 、 身 語 意 平 等 の 義 を 明 さ ん と し て 、 初 め に 如 來 の 身 語 意 の 三 密 の 平 等 な る こ と を 釋 し 如 來 種 種 三 業 皆 至 第 一 實 際 妙 極 之 境 。 身 等 於 語 。 語 等 於 心 。 猶 如 大 海 遍 一 切 處 同 一 鹹 味 故 云 平 等 也 。 こ れ 如 來 の 身 語 意 の 三 業 は 、 等 し く 第 一 實 際 妙 極 の 境 に 至 る が 故 に 平 等 な り と の 義 で あ る 。 こ の 第 一 實 際 妙 極 の 境 と は 、 甚 深 の 義 趣 存 す れ ど も 、 大 日 經 よ り い へ ば 、 阿 字 本 不 生 の 理 で あ る 。 こ の 阿 字 本 不 生 の 理 に も 遮 情 表 徳 淺 略 深 祕 種 多 の 釋 あ る 。 遮 情 淺 略 の 義 よ り い へ ば 、 衆 因 縁 生 無 性 室 寂 の 理 に し て 地 前 の 菩 薩 所 見 の 理 で あ る 。 も し 表 徳 深 祕 の 釋 に 依 れ ば 所 謂 本 不 生 の 中 に 理 智 あ つ て 、 理 智 自 ら 本 不 生 を 覺 る 。 所 謂 能 證 所 證 、 能 覺 所 覺 等 の 云 切 の 分 別 を 絶 せ る 遮 情 の 極 致 金 剛 喩 定 に 無 明 滅 盡 の と こ ろ に 、 開 顯 せ ら る ゝ 法 爾 喩 伽 の 能 所 、 理 智 相 應 、 寂 照 一 如 の 大 覺 體 で あ る 。 無 我 の 中 に 於 て 大 我 を 成 じ 給 へ る 本 有 金 剛 の 大 日 如 來 の 正 覺 三 昧 の 體 で あ る 。 こ の 法 身 如 來 の 自 證 の 覺 體 こ れ 第 一 實 極 妙 極 の 境 で あ る 。 上 述 の 如 く 遮 情 よ り 云 ふ も 、 表 徳 よ り 云 ふ も 如 來 の 三 業 は 等 し く 本 不 生 際 に 至 つ て 平 等 平 等 な る こ と 大 海 の 一 切 處 に 遍 し て 同 一 鹹 味 な る が 如 き を 平 等 と 云 ふ 。 か く の 如 く 本 經 に 依 れ ば 、 三 密 平 等 と は 三 密 等 し く 本 不 生 際 に 住 す る 意 で あ る 。 も し 金 剛 頂 經 に 依 れ ば 、 第 一 實 際 妙 極 の 境 と は 五 智 法 然 の 體 性 に し て 、 釋 摩 訶 衍 論 に 依 れ ば 不 二 性 徳 の 體 性 、 菩 提 心 論 に 依 れ ば 三 摩 地 の 菩 提 心 體 、 大 師 の 教 相 に 依 れ ば 、 六 大 法 界 體 で あ る 。 即 ち 六 大 は こ れ 本 不 生 際 の 無 尋 理 智 法 然 の 大 覺 體 を 、 開 説 し 給 ひ た る も の な る こ と は 、 我 覺 本 不 生 等 の 六 大 義 成 立 の 根 本 依 憑 の 經 文 に 依 て も 知 り 得 ら る ゝ の で あ る 。 我 覺 本 不 生 等 の 六 大 義 の 經 文 は 心 自 證 心 、 心 自 覺 心 、 本 有 の 理 智 を 現 證 せ る 大 日 如 來 大 目 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 一 七
大 日 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 一 八 の 一 體 速 疾 力 三 昧 の 覺 體 を 開 説 せ ら れ た る 文 な る よ り 觀 る も 、 六 大 は 大 日 如 來 の 正 覺 三 昧 の 體 、 所 謂 第 一 實 際 妙 極 の 體 を 開 説 せ ら れ た る も の な る こ と を 知 ら る ゝ の で あ る 。 平 等 の 義 を 明 さ ん と し て 、 初 め に 如 來 の 三 業 等 し く 本 不 生 の 理 に 住 す る を 平 等 の 義 な り と 釋 し 、 次 に 行 者 の 三 密 と 佛 の 三 密 の 平 等 の 義 に 約 し て 釋 を な し 以 平 等 身 口 意 祕 密 加 持 爲 所 入 門。 謂 以 身 平 等 之 密 印 。 語 平 等 之 眞 言 心 平 等 之 妙 觀。 爲 方 便 故 逮 見 加 持 受 用 身。 如 是 加 持 受 用 身 即 是 砒 盧 遮 那 遍 一 切 身 。 遍 一 切 身 者 即 是 行 者 平 等 智 身 。 凡 そ 眞 言 密 教 に て 、 凡 身 に 即 し て 佛 身 を 成 ず る 祕 義 を 開 示 す る 所 以 は 、 こ れ 身 語 意 の 三 業 相 應 せ ず 、 因 果 制 約 の 不 自 在 、 不 自 由 の う ち に あ る 。 我 等 因 人 が 、 如 來 果 地 の 平 等 無 碍 大 自 在 の 法 門 を 實 修 す る こ と に 依 り 、 因 人 に 即 し て 直 に 果 徳 を 體 し 得 ら る ゝ の で あ る 。 今 こ の 義 を 明 か し て 我 等 因 人 が 如 來 の 開 示 せ ら れ た る 如 來 平 等 の 三 密 門 を 修 す る と こ ろ に 、 加 持 身 を 見 、 本 地 身 を 知 り 自 心 本 有 の 大 日 の 覺 體 を 現 證 す る こ と を 明 し 身 平 等 の 密 印 、 語 平 等 の 眞 言 、 心 平 等 の 妙 觀 を 以 て 方 便 と す る が 故 に 、 加 持 受 用 身 を 逮 見 す 。 是 の 如 く の 加 持 受 用 身 は 即 ち 是 れ 砒 盧 遮 那 遍一 切 身 な り 、 遍 一 切 身 は 即 ち 是 れ 行 者 平 等 の 智 身 な り 云 云 凡 そ 我 等 入 信 の 道 程 を い へ ば 、 入 道 の 最 初 は 本 尊 と 行 者 と の 能 所 、 主 客 の 對 立 あ る も 、 そ の 信 純 一 な る に 至 れ ば 、 能 所 の 相 對 を 離 れ 、 本 奪 と 自 心 と 一 體 と な り 、 更 に 能 所 一 體 の 念 を も 忘 れ 、 能 所 の 細 念 を 滅 絶 す る と こ ろ に 、 無 明 妄 念 つ き 、 凡 身 に 即 し て 如 來 金 剛 の 眞 身 を 體 せ ら る べ き で あ る 。 即 ち 行 者 最 初 に 三 密 平 等 の 如 來 果 地 の 法 門 を 修 す る も 、 な ほ 能 所 隔 歴 の 執 を 帯 し て 、 微 細 の 能 所 を 離 れ ず 、 能 所 差 別 す る を 以 て 、 た と ひ 三 密 平 等 の 如 來 果 地 の 妙 法 を 修 す と も 、 所 感 の 佛 身 は 、 他 受 用 加 持 身 と な す 、 し か る に そ の 信 純 淨 と な り 微 細 能 所 の 細 念 を 離 る ゝ に 至 れ ば 、 他 受 用 加
持 身 に 即 し て 、 遍 一 切 身 を 開 顯 す 、 し か し て 遍 一 切 の 自 性 法 身 を 見 る に 至 れ ば 、 遍 一 切 の 自 性 法 身 と 、 衆 生 平 等 の 智 身 と 同 體 な る が 、 本 地 身 を 見 れ ば 自 心 を 體 す る に 至 る 。 し か し て 初 め 感 見 の 加 持 受 用 身 と 本 地 身 と 、 行 者 平 等 智 身 と は 、 實 に は 同 時 具 足 の 佛 身 な れ ど も 、 且 ら く 次 第 開 顯 に 約 し て 、 加 持 身 を 見 れ ば 本 地 身 を 見 、 本 地 身 を 見 れ ば 、 行 者 平 等 智 身 を 知 る と 云 ふ 。 即 ち 今 の 疏 に 加 持 受 用 身 を 逮 見 す 、 是 の 如 く の 加 持 受 用 身 は 即 ち 是 れ 砒 盧 遮 那 遍 一 切 身 な り 。 遍 一 切 身 と は 、 即 ち 是 れ 行 者 平 等 の 智 身 な り と い ひ 、 本 經 の 疏 の 第 七 行 者 但 た 一 心 に 諦 觀 し て 此 の 聲 字 を 觀 し て 、 自 ら 當 さ に 佛 の 加 持 身 を 見 る べ し 、 若 し 加 持 身 を 見 る は 、 即 ち 本 地 身 を 見 る な り 、 若 し 本 地 身 を 見 れ ば 即 ち 是 れ 行 者 の 自 心 な り 云 云 こ れ ら の 釋 に 依 れ ば 最 初 の 加 持 受 用 身 は 、 他 受 用 身 に し て 、 こ の 尊 に 變 化 等 流 身 を も 含 む と 見 る べ し 、 次 の 遍 一 切 身 と は 本 地 身 な る が 故 に 自 性 理 法 身 に し て 、 行 者 平 等 智 身 と は 、 自 受 用 智 身 な り と 觀 る べ き で あ る 。 上 述 の 如 く 疏 に は 身 語 意 平 等 句 の 法 門 の 平 等 に つ き 、 初 め は 如 來 の 三 密 平 等 の 義 に 釋 し 、 次 に 衆 生 が こ の 如 來 平 等 の 三 密 を 修 す る こ と に 依 り 、 佛 身 を 逮 見 し 、 如 來 と 一 體 不 二 の 妙 果 を 體 す べ き 生 佛 平 等 の 深 意 を 釋 し 、 第 三 に 能 入 所 入 平 等 の 義 を 明 し 是 故 往 此 乗 者 。 以 不 行 而 行 。 以 不 到 而 到 。 而 名 爲 平 等 句。 一 切 衆 生 皆 入 其 中。 而 實 無 能 入 者 。 無 所 入 處 故 名 平 等 平 等 法 門 則 此 經 之 大 意 也 。 此 の 釋 文 の 如 き は 、 祕 密 眞 言 教 の 奥 旨 を 開 示 せ る も の に し て 、 從 つ て ま た 多 く の 深 意 を 含 む も の な る が 故 に 、 中 古 の 大 日 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 一 九
大 日 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 二 〇 學 匠 の 間 に も 種 多 の 釋 解 を な す を 見 る も 、 宥 快 抄 に 出 つ る 三 義 は よ く そ れ ら の 教 旨 を つ く す も の 歟 、 即 ち 此 の 乗 に 住 す る も の は 、 不 行 を 以 て 而 も 行 し 不 到 を 以 て 而 も 到 る 、 は こ れ 、 所 謂 無 所 住 に し て 而 も そ の 心 に 住 す る 義 で あ る 。 即 ち 本 來 能 所 入 、 能 所 住 を 絶 し 、 阿 字 の 大 空 位 に 住 し て 無 住 な れ ば 不 行 不 到 と い ひ 、 而 も そ の 無 住 の 心 に 住 す れ ば 、 而 も 行 じ 、 而 も 到 る と 云 ふ 。 ま た こ の 阿 字 の 大 空 位 と は 、 こ れ 心 自 證 心 、 心 自 覺 心 の 本 覺 の 覺 體 で あ る 。 一 切 衆 生 本 來 こ の 覺 體 に 住 す れ ば 、 不 行 、 不 到 と 云 ふ 、 し か も 始 覺 門 よ り い へ ば 、 因 果 の 義 分 を 壊 せ ず 向 上 入 證 の 次 第 あ る を 而 も 行 じ 、 而 も 到 る と い ふ 。 上 の 如 く 不 行 不 到 は 無 所 住 に し て 、 而 到 而 行 は そ の 心 に 住 す る 義 な り 、 あ る ひ は 、 不 行 不 到 は 本 覺 に し て 、 而 行 而 到 は 始 覺 と い へ ば 、 能 所 入 平 等 の 義 趣 あ ら は れ た る も 、 な ほ 能 所 入 、 能 所 住 の 待 對 の 意 存 す る 義 分 あ る よ り 、 第 三 義 に は 必 ず し も 始 本 二 覺 の 待 對 、 能 所 住 の 待 對 に あ ら す 、 こ の 教 の 意 、 如 來 の う ち に 己 れ を 空 う し 、 如 來 金 剛 の 身 に 同 ず れ ば 、 そ れ よ り 以 後 の 動 止 施 爲 一 切 の 作 業 は 、 皆 こ れ 佛 作 佛 業 に し て 、 佛 に 代 つ て 佛 國 を 建 立 し 、 衆 生 を 成 就 す る も の な れ は 、 あ ら ゆ る 作 爲 は 佛 惠 の 因 縁 を 離 れ ざ る が 故 に 、 別 し て 修 行 の 軌 則 を 立 て ざ る を 不 行 、 不 到 と 釋 し 、 本 處 を 動 せ ず し て 所 詣 の と こ ろ と な す が 故 に 而 行 而 到 と 云 ふ 。 か く の 如 く 不 行 而 行 、 不 到 而 到 、 能 入 所 入 、 能 詣 所 詣 の 待 對 を 見 す 能 所 入 一 味 無 二 の 義 を 釋 し て 、 而 も 名 け て 平 等 句 と 爲 る こ と は 、 一 切 衆 生 皆 な 其 の 中 に 入 れ ば 、 而 も 實 に は 、 能 入 の 者 も な く 、 所 入 の 處 も な し 、 か る が 故 に 平 名 と 名 く 、 平 等 の 法 門 は 則 ち 此 の 經 の 大 意 な り と 釋 し 給 ふ 。
經 の 最 初 に 、 本 經 の 成 立 を 示 さ ん と し て 、 五 成 就 即 ち 一 經 説 會 の 主 件 等 を 明 か す 。 こ の 五 成 就 を ば 常 に 通 序 と 稱 す る が 、 通 序 の 次 に 別 序 を 説 け り 、 こ の 別 序 は 正 し く 一 經 正 宗 の 法 門 の 起 る 直 因 を な す も の で あ る 。 即 ち 別 序 に は 大 日 如 來 よ り 受 用 變 化 等 流 の 隨 他 の 三 身 を 十 方 世 界 に 奮 迅 示 現 し て 、 一 切 衆 生 を 攝 化 す る 祕 義 を 明 す 。 し か し て 大 日 如 來 よ り 示 現 し 給 ふ 隨 他 の 三 身 が 十 方 世 界 の 一 切 衆 生 に 對 し 、 眞 言 道 句 の 法 門 を 説 き 給 ふ 無 盡 の 業 用 を 、 大 日 如 來 を 圍 繞 し 自 性 會 に 居 す る 大 衆 こ れ を 見 て 、 大 日 如 來 の 化 他 の 業 用 す ら 此 の 如 く 不 思 議 廣 大 に し て 測 量 す べ か ら す 、 か ゝ る 化 他 の 業 用 を 生 起 す る 、 そ の 本 地 自 證 の 體 の 如 何 に 深 廣 な る や に 想 到 し 、 大 日 如 來 は 如 何 に し て 、 か ゝ る 自 證 化 他 、 權 實 二 智 を 成 就 し 給 ひ し や と の 疑 問 を 懐 く に 至 り 、 金 剛 手 祕 密 主 、 こ の 衆 會 の 疑 問 を 代 表 し 、 大 日 如 來 に 對 し 、 如 來 は 如 何 に し て か ゝ る 自 證 化 他 圓 満 の 佛 果 を 成 じ 給 ひ し や と 、 發 問 し 給 へ る に 對 し 、 如 來 は 菩 提 心 爲 因 、 大 悲 爲 根 、 方 便 爲 究 竟 の 三 句 の 法 門 を 説 か れ 、 更 に そ の 三 句 を 九 句 と 開 示 し 給 ふ 。 こ の 三 句 九 句 か 本 經 の 正 宗 の 法 門 に し て 、 本 經 は こ の 三 句 九 句 を 明 す も の で あ る 。 か く の 如 ぐ な る よ り 、 大 日 如 來 が 三 無 盡 荘 嚴 藏 を 奮 迅 示 現 す る 別 序 が 、 こ れ 正 宗 た る 三 句 九 句 の 法 門 發 起 の 直 因 た る も の で あ る 。 依 て 一 應 通 別 二 序 の 相 違 を い へ ば 、 通 序 は 自 性 本 地 法 身 が 、 自 性 會 に 住 し 、 内 大 二 眷 屬 等 の 四 重 圓 壇 の 曼 荼 羅 の 聖 衆 に 圍 繞 せ ら れ て 、 三 密 平 等 句 の 法 門 を 説 開 す る 境 界 を 明 す 、 即 ち 本 質 の 自 性 法 身 の 説 法 を 開 示 せ る も の に し て 、 別 序 は こ の 本 質 の 自 性 法 身 よ り 示 現 せ る 受 用 身 、 變 化 身 、 等 流 身 の 影 像 の 三 身 、 即 ち 隨 他 の 三 身 の 説 法 を 明 す も の で あ る 。 か く の 如 く 通 序 は 本 質 影 像 の 中 に は 本 質 自 性 身 の 境 界 を 開 示 す る も の に し て 、 別 序 は 影 像 隨 他 の 三 身 の 境 界 を 明 す も の で あ る 。 即 ち 通 別 二 序 は 次 の 如 く 本 質 、 影 像 、 隨 自 隨 他 の 説 法 の 相 を 開 顯 せ ら れ た る も の で あ る 。 通 序 の 本 質 隨 自 な る 所 以 は 、 そ の 所 現 の 曼 荼 羅 に つ い て い へ ば 、 經 に は 一 切 持 金 剛 者 皆 悉 集 會 と 説 か れ 、 疏 に は 大 日 如 來 よ り 現 せ し 内 大 二 眷 屬 等 の 無 盡 の 聖 衆 は 、 皆 こ れ 心 王 大 日 如 來 の 心 數 な る こ と 大 日 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 二 一
大 日 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 二 二 を 明 す 。 即 ち 心 王 の 大 日 如 來 大 覺 を 成 じ 給 ひ し と き 無 盡 の 心 數 も 皆 自 證 大 覺 體 に 住 し 、 大 日 如 來 の 無 盡 の 智 徳 を つ か さ ど る 一 相 一 味 到 於 實 際 の 聖 者 な る こ と を 釋 す 。 内 大 二 眷 屬 即 ち 曼 荼 羅 の 第 一 重 第 二 重 乃 至 第 三 重 外 院 の 天 龍 八 部 等 に 至 る ま で 、 皆 こ れ 大 日 如 來 の 無 塵 の 心 數 に し て 、 等 し く 心 王 大 日 の 大 覺 の 大 系 統 の う ち に 蓮 ら な る も の な れ ば 、 所 謂 自 性 本 質 な り と い ひ 得 ら る 。 し か し て こ の 自 證 本 質 の 曼 荼 羅 な り と い ふ も 、 こ の 四 重 曼 荼 羅 の 聖 者 は 皆 化 他 大 悲 の 業 用 あ り 、 か く 化 他 大 慈 悲 の 業 用 あ る も 、 別 序 の 隨 他 の 三 身 に 望 む れ ば 、 通 序 の 衆 眷 屬 の 聖 者 は 皆 こ れ 本 質 の 大 日 如 來 の 自 覺 内 證 の 境 界 を 表 示 せ る も の な り と い ひ 得 ら る 。 大 日 如 來 は 心 數 の 諸 眷 屬 と 各 説 三 密 自 受 法 樂 し 、 三 密 平 等 の 法 門 を 説 き 給 ふ も 、 根 本 無 明 の 妄 執 を 帯 び た る 、 自 性 會 以 外 の 十 方 世 界 の 一 切 衆 生 は 、 こ の 大 日 如 來 の 三 平 等 句 の 教 益 を 蒙 り 得 ざ る が 故 に 、 こ ゝ に 自 性 會 の 大 日 如 來 自 證 本 質 の 體 よ り 、 隨 他 の 無 盡 の 諸 尊 を 、 十 方 世 界 へ 奮 迅 示 現 し 給 ふ の で あ る 。 此 の 如 く 通 序 の 本 質 自 性 法 身 の 義 と 、 別 序 の 隨 他 三 身 の 化 他 の 業 用 と の 釋 義 に 依 り 、 大 日 如 來 の 自 證 化 他 、 權 實 二 智 、 菩 提 の 實 義 と 成 佛 の 外 迹 の 徳 の 深 廣 な る こ と を 想 見 す べ き で あ る 。 し か し て 經 疏 に 依 れ ば 、 大 日 如 來 自 性 法 界 宮 に 於 て 三 密 平 等 の 法 を 説 く 所 謂 自 證 の 説 法 と 、 隨 他 の 加 持 塵 土 世 界 に 三 無 盡 荘 嚴 藏 を 奮 迅 示 現 し 、 隨 他 の 機 根 に 説 法 し 給 ふ と は 、 同 時 倶 時 な る こ と を 明 す 、 た と へ ば 師 子 が ま さ に 震 吼 せ ん と す る と き 、 先 づ そ の 身 を 奮 迅 し 、 材 力 を 呈 現 し て 後 に 聲 を 發 す る が 如 く 、 大 日 如 來 も ま さ に 自 覺 内 證 の 三 密 平 等 の 法 門 を 説 ん と す る に 當 り 、 無 盡 の 化 他 の 諸 尊 を 十 方 世 界 に 示 現 し 給 ふ の で あ る 。 こ ゝ に 於 て 大 日 如 來 の 説 法 の 會 場 た る 自 性 會 に 居 す る 大 衆 は 、 こ の 廣 大 な る 化 他 の 妙 用 を 見 て 、 こ の 神 變 加 持 の 化 他 の 靈 用 は 、 こ れ 如 來 の 自 證 本 質 よ り 現 せ し 影 像 で あ る 。 影 像 す ら 神 力 重 大 に し て 測 る べ か ら ざ る こ と 此 の 如 し 、 そ の 如 來 の 自 證 の 本 體 の 如 何 に 廣 大 無 邊 な る べ き か に 想 到 し 、 三 無 盡 荘 嚴 藏 を 見 て 感 動 す る の で あ る 。 此 の 如 き 不 思 議
の 佛 事 を 感 見 せ し め 、 大 衆 を 感 動 せ し め 、 以 て 論 法 せ ば 、 聽 く も の 深 く そ の 教 旨 を 信 樂 倍 増 し 、 早 く そ の 理 趣 に 悟 入 す る の で あ る 。 上 述 の 如 く 大 日 如 來 自 證 の 法 門 を 説 ん と し て 、 十 方 世 界 に 無 盡 の 三 身 を 示 現 し 、 廣 大 な る 瑞 相 を 大 日 如 來 の 淨 土 た る 、 自 性 會 に 住 す る 大 衆 に 感 見 せ し む る は 、 こ れ 自 性 會 の 大 衆 を し て 感 動 せ し め 、 大 日 如 來 所 説 の 法 門 に 於 て 信 樂 倍 増 せ し め 、 自 證 の 法 門 に 悟 入 せ し め ん が 爲 め な る も 、 し か も 一 面 よ り 觀 れ ば 、 大 日 如 來 の 示 現 し 給 へ る 、 三 無 盡 荘 嚴 藏 は 、 自 性 會 の 大 衆 を 感 動 せ し む る 法 益 あ る の み な ら ず 、 自 性 會 以 外 の 加 持 塵 土 世 界 の 一 切 衆 生 に 、 攝 化 利 生 の 法 益 を 垂 れ つ ゝ あ る 、 大 日 如 來 化 他 大 慈 悲 の 妙 用 を 顯 は す も の で あ る 、 此 の 如 く 大 日 如 來 よ り 十 方 世 界 の 一 切 衆 生 を 救 濟 せ ん が 爲 め に 示 現 せ し 、 無 量 の 佛 身 を 隨 他 の 三 身 と 云 ふ 、 こ の 隨 他 の 三 身 が 十 方 世 界 に 於 て 、 一 切 衆 生 を 救 濟 し つ ゝ あ る 相 貌 が 、 大 日 如 來 の 淨 土 た る 自 性 會 へ 現 じ て 、 自 性 會 の 大 衆 を 感 動 せ し む る を 瑞 相 の 三 身 と 云 ふ 、 即 ち 大 日 如 來 よ り 示 現 せ し 三 無 盡 荘 嚴 藏 に は 、 瑞 相 の 三 身 と 隨 他 の 三 身 と の 二 の 妙 用 が あ る 。 即 ち 隨 他 の 三 身 が 塵 土 世 界 に 於 て 、 各 々 の 機 根 に 對 し 、 眞 言 道 句 の 法 門 を 説 き 、 各 々 の 機 根 を し て 法 益 を 得 せ し む る 相 貌 を 、 大 日 如 來 の 神 力 に 依 て 自 性 會 へ 現 せ し め 、 自 性 會 の 大 衆 に 感 見 せ し む る を 瑞 相 の 三 身 と い ひ 、 ま た 自 性 會 の 瑞 相 と も 云 ふ 。 元 來 自 性 會 と は 、 大 日 如 來 の 自 證 の 加 持 力 に 攝 取 せ ら れ 、 一 切 世 界 が 一 佛 國 土 と な り 、 そ こ に 佳 す る 人 は 皆 な 大 日 如 來 の 徳 を 表 現 せ る 聖 者 な れ は 、 久 し く 己 に 如 來 の 内 證 に 通 達 せ る 聖 衆 で あ る 。 か か る 久 己 通 達 の 人 に 對 し て は 固 よ り 瑞 相 を 現 じ て 感 動 せ し む る 要 な か る べ き も 、 本 來 白 性 の 淨 土 に 住 し な が ら 、 自 ら 隔 て て そ の 所 佳 の 土 の 眞 相 を 知 ら ざ る も の が 、 た ま く 宿 縁 開 發 し 、 如 來 の 教 誘 に 依 り 、 所 住 の 國 土 自 體 本 然 の 具 徳 に 目 ざ む る も の 、 即 ち は じ め て 自 性 會 へ 引 誘 せ ら る る 人 に 對 し て 瑞 相 を 現 じ 感 動 せ し め 給 ふ の で あ る 。 瑞 相 の 三 身 と 云 ふ も 、 隨 他 の 三 身 と 云 ふ も 、 こ れ 大 日 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 二 三
大 日 教 に 説 か れ た る 教 相 の 大 要 二 四 大 日 如 來 の 自 證 の 體 よ り 顯 現 せ る 神 變 加 持 の 業 用 で あ る 。 し か し て 自 證 成 佛 の 體 よ り 神 變 加 持 の 化 他 の 業 用 を 現 す と 云 ふ も 、 こ れ 體 よ り 用 を 現 す る 一 應 の 次 第 を 明 か せ し に す ぎ す 、 そ の 實 際 よ り い へ ば 、 自 證 成 佛 の 體 と 、 化 他 神 變 加 持 の 業 用 と は 同 時 倶 存 に し て 、 一 體 不 離 な る こ と 、 あ た か も 日 月 の 體 と 光 明 の 用 と の 如 し 、 大 日 如 來 は 法 爾 常 恒 に 、 そ の 所 入 の 大 定 た る 自 在 神 力 加 持 三 昧 に 住 し 、 自 内 證 の 法 を 開 演 し 、 唯 佛 與 佛 自 受 法 樂 、 自 性 相 應 の 人 を 利 濟 し 給 ふ と 共 に 、 三 世 常 恒 に 加 持 塵 土 世 界 の 衆 生 に 對 し 、 各 各 相 應 の 法 門 を 説 き 法 界 曼 荼 羅 に 引 攝 し 給 ひ つ つ あ る の で あ る 。 し か し て こ の 隨 他 の 三 身 の 妙 用 が 常 に 自 性 會 へ 現 じ て 瑞 相 の 三 身 と し て 、 自 性 會 の 大 衆 を 感 動 せ し め つ つ あ る の で あ る 。 上 に 惣 し て 別 序 の 大 綱 を 述 べ し が 、 以 下 な ほ そ の 經 疏 の 文 に つ い て 叙 す る で あ ら う 。 經 に 時 彼 菩 薩 普 賢 爲 上 首。 諸 執 金 剛 祕 密 主 爲 上 首。 毘 廬 遮 那 如 來 加 持 故 奮 迅 示 現 身 無 盡 荘 嚴 藏 。 如 是 奮 迅 示 現 語 意 平 等 無 盡 蕪 嚴 藏 。 こ の 經 文 を 解 す る こ と 無 畏 三 藏 と 、 大 師 の 所 釋 一 な ら ず 、 無 畏 の 疏 に は 、 こ れ 受 用 、 變 化 、 等 流 の 三 身 を 通 説 せ る も の な り と な す 。 即 ち 自 性 身 よ り 、 受 用 、 變 化 、 等 流 の 三 身 を 同 時 に 印 現 し 給 ふ 意 に 解 す 、 し か る に 大 師 の 二 教 論 に 依 れ は 、 三 身 の 中 、 他 受 用 身 所 現 の 義 な り と せ り 。 こ れ 大 師 は 竪 次 第 の 義 を 表 と し 、 上 の 通 序 の 三 平 等 句 の 法 門 を 開 説 し 給 ふ は 、 こ れ 自 性 法 身 の 自 性 會 の 説 法 を 明 す も の に し て 、 今 の 經 文 は 受 用 身 の 説 法 と な す も の で あ る 。 經 文 に 時 に 彼 の 菩 薩 に は 普 賢 を 上 首 と 爲 し 、 諸 執 金 剛 に は 祕 密 主 を 上 首 と 爲 す 云 云 時 に 彼 の 菩 薩 等 の 經 文 に つ い て は 先 徳 の 所 解 一 準 な ら ざ る も 、 時 と は 一 經 の 法 門 を 説 か ん と す る 時 を い ひ 、 彼 菩 薩 等