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中小企業の事業承継の理論と課題

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本稿の構成(目次)

I. はじめに

II. 中小企業の事業承継に関する状況 III.先行研究

IV.研究課題 V. 事例研究 VI.考察と今後の課題

Ⅰ.はじめに 1. 研究背景

わが国の経営者の平均年齢は,2019年には62.2歳となっており,解散・

廃業件数は,2020年には49,698件となっている1)。経営者の平均年齢の上 昇とともに休廃業・解散件数も増加傾向にある。休廃業・解散した事業所の 約6割は,黒字企業であり,売上高当期純利益率で5% 以上の企業も約4分 の1存在している2)。この中には,事業承継せずに休廃業・解散した企業も 存在すると考えられ,円滑な事業承継が喫緊の課題となっている。

現在の中小企業の事業承継は,親族への承継は減少傾向にあるものの,親 族や役員・従業員など企業内部の承継が約7割を占めている3)。事業承継の

中小企業の事業承継の理論と課題

外部とのつながりに着目した事例研究を通じて

1)中小企業庁[2020],第2­3­4図。

2)同上,第2­3­6図,第2­3­7図。

3)同上,第2­3­20図。

キーワード:ネットワーク,コミュニティ,信頼

服 部 繁 一

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際に生じる苦労や問題点は,社内的な問題が目立つものの,後継者側の引継 ぎ理由も含めて考えると取引先との関係も意識されており,社外の問題も軽 視することはできない4)

こうした個別の中小企業の事業承継を行う際の指針として,中小企業庁で は,2006年と2016年に「事業承継ガイドライン」を示している。その中で は,誰に,何を,どのように継ぐのかが検討される。その内容をみると主に 社内の視点が中心となっている。たしかに,事業承継の際の苦労や問題を踏 まえると,社内の視点は重要である。しかし後継者の引継ぎ理由まで踏まえ ると,社外の視点も軽視することはできないのではないかという素朴な疑問 が生じる。

中小企業は外部との関係性を大切にしながら自社の事業を展開している。

今後,他社においても事業承継が発生すると想定されるなかで,事業承継を 社内中心に進めることで,経営者から後継者に外部との関係性は引き継ぐこ とができるのだろうか。また,後継者自身をはじめとする次世代経営者は,

事業の将来性を考えたときに,新たに外部との関係を構築することは検討し なくてよいのだろうか。そこで本稿では,事業承継について外部との関係性 の面から考察する。

2 . 研究目的

中小企業と地域は,緊密な関係にあり,中小企業が地域経済や社会に果た す役割は大きい5)。中小企業は,対立概念である大企業にとっても効率的な 生産体制の構築や,技術・ノウハウの開発などで必要な存在であり,相互依 存している。一方で,中小企業は,下請に代表されるように取引関係におい て不利な立場に置かれることもある。また,中小企業は,知的財産など法的 な保護を得られたとしても大企業に対抗できない場合も散見される。中小企

4)中小企業庁[2017],コラム2­2­1②,③,中小企業庁[2019],第2­1­8図,第 2­2­57図。

5)佐竹[2018],p.1。

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業は,外部環境の変化に弱く,賃金,原材料費,地代,金利などの高騰が経 営に及ぼす影響が大きい。中小企業は,限られた経営資源を有効活用する経 営戦略を講じ独立性を確保している。中小企業は,社会的分業によって経営 資源を補完する。

中小企業は外部環境の中でも地域社会の人々と密接に関わっていること は,ネットワークに関する研究で示されている。企業が集積することで外部 経済効果が発生し,中小企業にとっては不足する経営資源を補完し,付加価 値を生み出す。水平的なネットワークは,受注活動を助けあるいは不足する 受注を補う。商取引だけではなく,地域の行事など日常的な付き合いで知 人・友人関係が形成され信頼関係が構築される。その信頼関係は,同一尺度 の信頼で結ばれたコミュニティー内の企業同士での関係資本であり,共存共 栄を促進させている。以上を踏まえると,事業承継の実務の中で,取引先と の関係の問題や承継の理由が,社内の問題や承継理由の次に出てくるのは,

中小企業は外部との関係性の中で存立しているからだと考えられる。

中小企業の事業承継研究は,株式,個人保証,担保提供,個人名義の事業 用不動産など,主に資産承継の面から,わが国の実情に合わせた研究が進ん でいる。わが国の中小企業に絞った事業承継研究の議論は,堀越[2017]が整 理している。どこを見るか,どの立場で論じるか,どこまで見るかによっ て,さまざまな方向から展開していると研究の現状を示している。

事業承継研究は世代交代をテーマとするが,近接領域であるファミリービ ジネス研究は,創業者一族の所有と経営をテーマとし,老舗企業の研究は企 業生命力をテーマとしている。分析対象には大企業も含まれてしまうが,中 小企業も研究対象となっている。

中小企業の経営特質には外部との関わりが内在しており,周辺に立地する 企業と社会的分業関係を構築することで付加価値を創出しており,円滑な事 業承継には欠かせないことを示すものである。事業承継研究やその近接領域 の研究を見てみると,いずれも外部との関わりについて触れられていること がわかる。しかし,その視点での研究は少なく,事業承継にどのような影響

中小企業の事業承継の理論と課題 187

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を与えるのかについては触れられていない。以上のことから,中小企業の事 業承継研究では,外部との関わりがどのような影響を与えるのかは,さらな る研究蓄積が必要であるといえよう。そこで,本研究は,事例研究を通じ て,事業承継の時期にさしかかっている中小企業の外部との関係に着目し,

事業承継に向けた外部対応性を検討する。

本研究の目的は,中小企業の事業承継研究で見過ごされてきた地域社会と の相互依存関係の視点を付加し,利害の共通化が鍵であることを示すことで ある。それによって社会的には,社外の視点を盛り込んだ実務的なツールの 提供や後継者塾などを通じて個別中小企業の事業承継を推進し,地域経済エ コシステムの形成による地域活性化にも寄与する。

Ⅱ.中小企業の事業承継に関する状況 1. 事業承継の現状

(1) 休廃業・解散の動向と経営者の高齢化

中小企業の事業承継の動向について,中小企業庁[2020]では,休廃業・解 散の動向と経営者の高齢化の点から述べている。その中では,休廃業・解散 の理由についての調査は示されていないが,休廃業・解散の背景に経営者の 高齢化や後継者不足が存在するとしている6)

休廃業・解散企業の業績についても述べられており,第2­3­6図によれ ば約6割の企業で当期純利益が黒字であるとしている。また,第2­3­7図 によれば,利益率的にも3% 以上の企業が約3割存在しており,一定の業績 を確保しながら休廃業・解散している実態が分かる。

休廃業・解散の背景となる経営者の平均年齢は,第2­3­8図によって 年々上昇していることが分かる。2019年には経営者の平均年齢は62.2歳と なっている。第2­3­9図では,年代別に見た中小企業の経営者年齢の分布 が示されており,2020年を示すグラフからは,事業承継を実施している企 業とそうでない企業の存在が示唆される。

6)中小企業庁[2020],p.297,p.301。

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事業承継を実施している企業は,第2­3­16図の経営者交代数及び経営者 交代率の推移によって示されている。それによれば年間36千件前後の交代 が行われていることが分かる。

現経営者の就任経緯は,第2­3­19図に示されており,約5割の企業で は,先代経営者の親族であることが分かる。就任経緯を時系列で見た第2­3

­20図によれば,近年では,同族承継は内部昇格と同程度に行われているこ とが分かる。すなわち,7割近くの中小企業の事業承継は,親族や役員・従 業員など企業内部で行われているということである。

(2) 事業承継の苦労や問題

中小企業の事業承継では,どのようなことが問題になるのだろうか。いく つかの調査を見ていこう。独立行政法人 中小企業基盤整備機構[2011]には,

11.事業承継の際に苦労した点が示されている。それによれば,従業員規 模,承継時の年齢,世代別にかかわらず,①経営力の発揮,②金融機関から の借入,③取引先との関係の維持の順となっている。中小企業庁[2017]コラ ム2­2­1②,③では,事業を引き継いだ際に問題になったこととして,① 社内に右腕となる人材が不在,②引継ぎまでの準備期間が不足,③役員・従 業員からの支持や理解,④取引先との関係維持の順となっている。中小企業 庁[2019]第2­1­8図では,後継者を決定し,事業を引き継ぐ上で苦労した 点が示されており,事業承継の形態を問わず,①後継者を補佐する人材の確 保,②取引先との関係維持と回答する割合が高い。中小企業庁[2021]第2­3

­39図では,事業承継の課題として,①事業の将来性,②後継者の経営力育 成,③後継者を補佐する人材の確保の順となっている。

以上の事業承継に関する課題について,社内と社外で分けて見ると,中小 企業庁[2021]を除き,取引先との関係維持が社外の課題として浮かんでく る。社内の右腕人材の確保や従業員からの支持や理解,準備不足といった社 内の課題ほどには目立たないものの,事業承継時の苦労となっていることが 分かる。

中小企業の事業承継の理論と課題 189

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(3) 承継理由

ここまでは,主に経営者側の視点から事業承継を見てきたが,後継者側か ら見た承継理由についても検討しておきたい。

東大阪商工会議所 企画調査部[2016]によれば,事業承継していく理由と して,①従業員の雇用を守るため,②取引先との関係,③技術・ノウハウを 守るが上位となっている。また,中小企業庁[2019]では,積極的後継者候補 が事業を継ごうと思う理由や,消極的後継者候補が事業を継ぐことに前向き でない理由を示している。第2­2­57図では積極的後継者候補が事業を継ぎ たい・継いでもよい理由が示されている。それによれば,①事業がなくなる と困る人(取引先・従業員等)がいるから,②事業に将来性があるからが上 位となっている。

第2­2­58図では消極的後継者候補が事業を継ぐことに前向きでない理由 が示されている。それによれば,①自身の能力の不足,②事業の将来性が上 位となっている。自身の能力不足については,後継者自身が自身の能力の見 極めと身につける能力を知ることで変化する可能性がある。

2 . 中小企業の事業承継の指針

(1) 事業承継ガイドライン

21世紀以降,地域経済と雇用を支える中小企業の事業活動の継続のため に,中小企業の事業承継の円滑化に関する法制度の整備が進んできた7)。し かし,先に述べた経営者の高齢化による休廃業・解散という状況は,企業に 蓄積された技術・ノウハウの喪失,地域経済の活力の低下への懸念があり,

現在のわが国にとって,事業承継は喫緊の課題として残されている。

戦後,わが国の中小企業の事業承継に関する議論は,1960年代には後継 者問題として認識されており,自分の子供や親類の後継者育成と事業用資産

7)2008年に経営承継円滑化法が成立し,事業承継税制,民法上の特例,金融支援 など事業承継を円滑に進めるための整備がなされてきた。

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の引き継ぎを中心に検討されてきた8)。これらに加えて,事業承継で検討す ることは,引き継ぐ価値のある事業にしておくということである。

中小企業庁が示す「事業承継ガイドライン」(以下,ガイドライン)は,経 営者にとっては道しるべとして,支援担当者にとってはスタンダードとして 活用されるべくまとめられている9)。2006年版は,事業承継についての認識 の向上,必要な計画的取組の促進,2016年版は,中小企業の技術・ノウハ ウの受け継ぎ,世代交代を通じた活性化を促進することを目的としている。

ガイドラインで主に示されている内容は,誰に,何を,どのように承継し ていくのかということであり,事業承継の類型,構成要素,承継の進め方と して示されている。

(2) 事業承継の類型

事業承継の類型とは,現経営者が経営する事業を誰に引き継ぐかという視 点である。①親族内承継,②役員・従業員承継といった企業内の承継,③M

&Aや外部からの経営者の招聘など企業外の承継についての概要とメリッ ト・デメリットについて触れておく。

①親族内承継:現経営者の子など,親族に承継させる方法である。親族内 承継のメリットは,a.従業員や取引先などの関係者から理解が得られやす いこと,b.あらかじめ後継者が決まっていることで準備期間の十分に確保 できること,c.相続等により財産や株式を後継者に移転できるため所有と 経営の一体的な承継が期待できること,d.柔軟に後継者教育ができること

8)例えば,原[1953],菅谷[1954]にその萌芽が見られる。その後,1974年「伝統 的工芸品産業の振興に関する法律」の基本指針において,従事者の後継者の確保 及び育成が示されて,伝統産業における技術の保存の必要性が認識されるように なった。1980年には人材養成機関として中小企業大学校が整備され,中小企業 庁[1981]では,第3章第2節中小企業の人材の養成の中で,3中小企業の後継者 の養成として詳しく取り上げられている。また,税制面では,1980年代には政 策課題となっており,税制調査会[1981]では,事業承継の観点から相続財産評価 の検討が行われていたことがわかる。

9)2006年に最初に作成され,その後2017年に改訂された。なお,2021年9月1日 には,改訂検討会が開催されており,今後,さらなる改訂が見込まれる。

中小企業の事業承継の理論と課題 191

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などである。他方,デメリットは,a.親族が必ずしも後継者を引き受けな いこと,b.従業員や取引先から後継者としての資質を常に問われること,

c.後継者とならない親族との合意形成が必要なことなどである。

②役員・従業員承継:役員・従業員など「親族以外」に承継する方法であ る。そのメリットは,a.親族外承継経営者としての能力のある人材を見極 めて承継することができること,b.社内で長期間働いてきた従業員であれ ば経営方針等の一貫性を保ちやすいことなどである。他方,デメリットは,

a.株式取得に必要な資金調達,b.経営者保証などの債務の引き受けが難 しいなどである。

③M&A等の社外承継:株式譲渡や事業譲渡等により社外への承継を行う 方法である。そのメリットは,a.社内で後継者が見つからない場合でも,

広く候補者を外部に求められること,b.現経営者は売却益を得られること などである。他方デメリットは,a.相手先探しが難しいこと,b.経営の 一貫性が保ちにくいこと,c.従業員への影響などである。

なお,この他にも,外部からの経営者の招聘,廃業時に経営資源を第三者 へ譲り渡すこともある。

(3) 事業承継の構成要素

事業承継の構成要素とは,後継者に譲り渡す有形,無形の資産である。有 形の資産の代表例には株式があり,実務上も主題となり易いテーマである。

しかし,株式の移転だけでは中小企業の事業承継は実現しない。社内で働く 人や取引先との顔の見える付き合いがあり,中小企業ならではの配慮が求め られる。ガイドラインの中では,経営権,資産(財産),知的資産と大きく 3つに分けて述べている。

①経営の承継:後継者への経営権の承継であり,経営の責任が後継者に移 ることである。具体的には,法人の代表取締役の交代,個人事業の現経営者 の廃業と後継者による開業である。ガイドラインの中では,5年から10年 以上の準備期間が必要とされ,これらの取組に十分な時間を割くためにも,

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後継者候補の選定は出来るだけ早期に開始すべきであるとしている。親族内 や役員・従業員に適切な者が存在しない場合には,外部からの経営者の招聘 やM&Aなどの第三者承継の可能性も視野に入れておくことになる。

②資産の承継:設備や不動産などの事業用資産,債権,債務であり,株式 会社であれば会社所有の事業用資産を包含する自社株式など,事業を行うた めに必要な資産の承継を指す。主だった事業用の資産は貸借対照表の中で示 されている。すなわち,比較的容易に金銭的価値で測定し移転できるもので ある。以前から事業承継で主題となってきたものである。相続税や贈与税と いった税制面,後継者が資産を買い取る資金面,さらに現経営者の負ってい る債務や個人保証などの保証面で,承継時には現実的な問題となる。後継者 に資金力がなく,税負担の面から株式・事業用資産を分散すれば,その後の 経営は難しいものとなる。税負担,資金負担,保証負担の少ない承継方法を 検討しなければならない。こうした負担を軽減させるための議論は,1980 年代からなされており,現在では,経営承継円滑化法の民法特例,贈与税の 相続時精算課税制度,相続・贈与税の納税猶予制度,各種の金融支援が充実 してきている。

③知的資産の承継:知的資産とは,先に述べた貸借対照表上に記載される など金銭的価値で測定し移転できる資産以外に,経営に欠かすことのできな い無形の資産である。企業に働く人に一体化している技能や,自社に固有の 技術・ノウハウ,これまで築き上げてきた信頼がもたらすブランド,組織 力,経営理念,顧客とのネットワークなど目には見えない資源である。それ らは,大きく人的資産,構造資産,関係資産に分かれる。知的資産こそが会 社の強みや価値の源泉となることから,知的資産を次の世代に承継すること ができなければ,その企業は競争力を失い,将来的には事業の継続すら危ぶ まれる事態に陥ることも考えられる。中小企業の事業承継では,自社の強 み・価値の源泉について,現経営者と後継者が認識を共有し承継するための 取組が重要となる。

中小企業の事業承継の理論と課題 193

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(4) 事業承継の進め方

事業承継は,引き継ぐ相手を定め,有形・無形の資産と経営を引き継ぐこ とになる。承継に当たっては相続や贈与など制度的な問題も生じることか ら,専門家や中小企業支援機関の協力も得ることもある。

経営の承継には,後継者が経営を推進するためのノウハウや取引関係,次 世代の経営に必要な知的資産の移転,資産の承継には,税制面,資金面,保 証面での負担のない移転が求められる。そのためには,早期に着手し,計画 的な行動を進めていく必要がある。

計画的な進め方の一例として,ガイドラインでは,5段階のステップを示 している。ステップ4以降は,「経営の引継ぎ」・「資産の引継ぎ」・「事業の 譲渡・売却・統合(M&A)」など,事業承継の実現とその後の成長に向け たステップとなる。このステップを成功裏に進めるためには,すべての事業 承継に共通するステップ1〜3が求められる。それぞれのステップで取り組 むことは次の通りである。

ステップ1「事業承継に向けた準備の必要性の認識」:経営者が早期に準 備の必要性を認識し,準備に着手する段階である。経営や資産を後継者に引 き継ぐにはある程度時間を要することから,ガイドラインでは,おおむね 60歳を迎えた経営者を対象に,国や自治体,支援機関が,承継準備に取り

組むきっかけ作りの必要性を指摘している。

ステップ2「経営状況・経営課題等の把握(見える化)」:事業承継とその 後の成長のためには,対象となる企業の現状把握が求められる。現状把握を 通じて,事業承継の構成要素を洗い出す。そして,経営状況の把握と,事業 承継の課題を把握する。経営状況の把握のためには,資産面での会社と個人 の関係の明確化,適正な決算処理,在庫管理や部門別損益等の経営管理,

「ローカルベンチマーク」を活用した自社の強みの把握等が挙げられる。事 業承継の課題には,後継者候補の有無の確認,親族内株主や取引先と後継者 候補との関係,相続財産の特定や税額の試算等が挙げられている。

ステップ3「事業承継に向けた経営改善(磨き上げ)」:承継する事業が将 194 桃山学院大学経済経営論集 第63巻第4号

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来にわたって社会的使命を果すための経営改善である。この取り組みにより 後継者に良い状態で事業を引き継ぐことが可能となる。例えば,本業の競争 力強化,社内の組織の整備,不要な資産・滞留在庫の処分,財務状況の把握 や外部への開示等の取組,業績が悪化した企業の事業再生等が挙げられる。

3 . 小括

わが国では,円滑な事業承継が喫緊の課題である。解散・廃業件数の増加 傾向と,経営者の高齢化には関わりがあると考えられる。2019年には経営 者の平均年齢は62.2歳となっており,円滑な事業承継が喫緊の課題である。

現在の中小企業の事業承継は,親族への承継は減少傾向にあるものの,親族 や役員・従業員など企業内部の承継が約7割を占めている。

事業承継の際に生じる苦労や問題点は,社内に右腕となる人材が不在,引 継ぎまでの準備期間が不足など社内的な問題が目立つものの,取引先との関 係維持という社外の問題も軽視することはできない。また,後継者側の視点 から見た承継理由には,従業員の雇用を守るため,取引先との関係,技術・

ノウハウを守るが挙げられている。経営者側,後継者側とも,事業承継では 取引先との関係を意識していることが分かる。

こうした中小企業の円滑な承継を支援するために,中小企業庁では,「事 業承継ガイドライン」を示している。その中では,誰に,何を,どのように 継ぐのかが検討される。誰にとは事業承継の類型であり,親族内,役員・従 業員,第三者に大別することができる。このうち,第三者以外は,企業内部 での承継となる。何をとは承継物のことであり,経営権,資産(財産),知 的資産のことであり,どのようにとは承継方法のことであり,5つのステッ プによって示される。

ところで,ガイドラインは,社内の視点が中心となっているが,事業承継 の現状で見たとおり,事業承継の苦労や問題,承継理由に示される取引先と の関係維持のような社外の視点に着目する必要はないのだろうか。中小企業 は外部との関係性も築きながら,自らの事業を展開している。事業承継にお

中小企業の事業承継の理論と課題 195

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いては,どうしても社内の問題が目立つわけだが,外部との関係性はその陰 に隠れて見過ごされている可能性がある。

Ⅲ.先行研究

1. 中小企業の経営特質と事業承継研究

事業承継の研究は,世代交代をテーマとする10)。中小企業を対象とする場 合は,大企業では起こらないあるいは前提とされるような,わが国の中小企 業の特性と事業承継の影響を考慮する必要がある。中小企業経営特質と事業 承継研究について検討する。

(1) 中小企業の経営特質と地域のつながり

①理念型としての中小企業の経営特質

中小企業は,異質多元な存在とされるように11),様々な捉え方がある。本 稿では,小川[2013]に基づいて中小企業の経営特質を検討する。

小川[2013]は,中小企業の経営特質として,①異質性と多様性,②経営資 源の脆弱性,③技能に依存した狭い専門技術への分化,④経営者中心の経営 と組織的な能力の弱さ,⑤情報収集力の弱さを挙げている12)

異質性と多様性とは,同じ業種に属する企業でもそれぞれの経営は異質だ ということである。中小企業が生存できる市場は,顧客が異質で多様なニー ズを持つ小さな市場,大企業が参入しないニッチ市場が中心となる。小さな 市場はめまぐるしく生成・消滅していく。そのためその市場の期待に応える ためには,変化に柔軟に対応できる経営が求められる。

経営資源の脆弱性とは,中小企業は限られた経営資源の中で,小さなニー ズに対応できるビジネスシステムを構築しようとするが,経営資源が脆弱で 有効な事業を形成しにくいということである。中小企業は,不足する部分は 10)中小企業総合研究機構所[2013],p.336。

11)山中[1948],p.30。

12)小川[2013],p.185。なお,製造業務というキーワードがあることから,おそら くは中小製造業を念頭に置いたものであると考えられる。

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社会的分業によって補完し,リスクを回避し効率的な企業活動を実現してお り,外部企業の存在が不可欠である。しかし,他企業へ依存しすぎると外部 の企業の動向に左右され,顧客が特定少数になると下請型経営となり,経営 の自立性が制約される。とはいえ,経営資源の脆弱さは,少しの資源の追加 で経営を変革でき,経営の小回り性の発揮,有能な人材による経営力の向 上,新しい事業への転換が容易といったプラス面も持つ。

技能に依存した狭い専門技術への分化とは特定の技術や特定の加工工程の 専門企業としての性格を強くするということである。また,小規模になるほ ど機械ではなく人間の技能に依存する。それは,人間のほうが多様な技能を 持つとともに,間に合わせの材料や空いている設備で製品を製作でき,仕事 の合間に急ぎの仕事を完成させ,制約された状況で仕事を工夫できる能力を 持つからである。

経営者中心の経営と組織的な能力の弱さとは,経営者の能力への依存度が 高いということである。経営者の能力が高いと中小企業であっても優れた能 力を持つことが可能であるが,従業員の能力を活用しない独善は,その自発 的な行動を抑制することにもつながる。企業家精神旺盛な経営者のリーダー シップとともに,従業員の能力を活かす組織的な対応も必要である。

情報収集力の弱さとは,専属下請企業に典型的で,環境との接点が少なく 多様な情報が企業の中に流入しないということである。そのため環境変化の 対応が遅くなりがちであり,リスク回避の消極的姿勢が加わると変化をやり 過ごそうという姿勢が強まり,革新を忌避して生存を図る場合や,産学連携 などで外部の異質な組織とのネットワークによる情報収集を行い,受注活動 を情報収集活動として活用することもある。

②中小企業のネットワーク

中小企業と地域のつながりは,産業組織や産業集積,企業間連携・ネット ワークの研究に蓄積がある。産業集積の特徴や着眼点,集積する企業同士の ネットワーク,ネットワークの背景にある信頼関係について検討する。

中小企業の事業承継の理論と課題 197

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a.産業集積の特徴

主に製造業や地場産業の企業が立地する地域は,産業集積として概念化さ れる。産業集積は,ⅰ.地理的概念,ⅱ.主として中小企業の集積,ⅲ.製 造業を中心に様々な産業で構成される,ⅳ.様々な規模・業種の企業同士が 取引を中心に密接につながるとされる13)。産業集積の理念型としての一般的 分類は,都市型,企業城下町型,産地型である14)。集積度合いは,工場数や 密度,従業員数,製品出荷額などから測定される15)。地域に産業が集積する ことで,移送費用の軽減や,コミュニケーションの緊密化が図られる16)

b.集積する企業間のネットワーク

集積する企業間には商取引を中心にネットワークが構築されている。桑原

[2006]は,都市型集積の特徴として,中小企業同士の横のつながりについて 述べている。それは水平分業ネットワークであり,受注を受けながらも自社 でできない加工があれば,周辺企業に加工を依頼するという仕事の進め方で ある。そうしたつながりは,中小企業の仲間同士で行われるものである。こ うした仲間は,仕事だけの関係でつながっているわけではなく,組合や異業 種交流,あるいは地域の行事などの仕事以外の活動での知人・友人関係とい う場合もみられる。こうした仲間が連携して,お互いの仕事を融通し合い,

時には技術を開発し,付加価値を生み出している。

c.ネットワークの背景にある信頼関係

ネットワークの背景にある信頼関係についてである。個別の中小企業は,

先に述べた特質を持つ存在であり,異質多様な経営を行う。例えば,自社の 経営資源の不足を周辺企業との連携による社会的分業によって補完し,仲間

13)桑原[2006],p.124。なお,主に小売業・サービス業が集積する商業集積も存在 する。

14)桑原[2006],p.124,中小企業庁[1994]。

15)桑原[2006],p.124。

16)佐竹[2008],p.186。この指摘は中小企業庁[1997]の調達面,情報面のメリット を示していると考えられる。この他にも生産面,雇用面でもメリットがある。こ れは,Marshall,A.[1890],pp.266­268(馬場啓之助訳[1965],pp.249­251)

で「外部経済」とされるものの一つである。

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回しと呼ばれる連携企業同士での仕事の融通や,地域金融機関や経済団体と の情報交換を通じた経営が見られる。そこには,地域内の企業間における信 頼関係が形成されている。その信頼関係は,西口・辻田[2016]が指摘するコ ミュニティー・キャピタルだと考えられる17)

コミュニティー・キャピタルは,ヒューマン・キャピタルとソーシャル・

キャピタルの間に位置する。分析単位は,個人と社会との中間にあるコミュ ニティーである。そこでは,同一コミュニティーの企業同士での関係資本が 発生しており共存共栄を促進させる。関係資本には信頼関係が不可欠だが,

コミュニティーにおける信頼関係は,コミュニティーのメンバーだけに共有 される同一尺度の信頼によって支えられている18)

(2) 中小企業の事業承継研究

中小企業のなかでも,企業と家業が密接な経営風土を持つ企業は,大企業 とは異なった特性を持っている。

①実務的な影響とわが国の特殊性

わが国では,株式,個人保証,担保提供,個人名義の事業用不動産など,

主に資産承継の面から影響を与える19)。実質的に血縁関係のない者による承継 が難しいとされる。こうした問題は承継の円滑化にとって問題であり,経営承 継円滑化法の民法特例をはじめ,贈与税の相続時精算課税制度,相続・贈与税 の納税猶予制度,各種の金融支援によって制度上の整備が進められている。

②中小企業の事業承継研究の主な議論

わが国の中小企業に絞った事業承継研究の議論の整理は,堀越[2017]にみ られる。それによれば,事業承継という営為を,どこを見るかの視点,どの 立場で論じるかの視座,どこまで見るかの視野によって,さまざまな方向か 17)西口・辻田[2016],p.11。

18)西口・辻田[2016],p.12。

19)岡田[2007],p.2。

中小企業の事業承継の理論と課題 199

(16)

ら展開していると研究の現状を示している20)

主な議論について,堀越[2017],図1によって示し,経営者から後継者へ 引き継ぐ承継物,承継者,承継方法に関する議論,承継後のパフォーマンス に関する議論,後継者の育成や経営者の関与に関する議論に大別している。

そして,残された課題として,中小企業の異質多元性に着目した各論展開,

経営管理上の事業承継の位置づけの明確化,超世代的な安定性をもたらす経 営管理について,検討することを指摘している。

中小企業の経営特質からは事業承継に関わる外部環境,なかでも地域との つながりは,もう少し詳しく見ておく必要があるだろう。後継者教育との関 わりを中心として,いくつかの研究はこの点にも踏み込んでいる。

久保田 典男[2011]は,後継者の社外経験,承継前の新たなプロジェクト が,承継後に後継者が取り組む経営革新に必要な能力形成に有効であると指 摘している。久保田 章市[2011]は,100年以上経過している長寿企業を対 象に検証を行っており,後継者の社外経験,承継前の新たなプロジェクトの 有効性が概ね確認できたとしている。事業承継はイノベーションの機会とも なるが,高橋[2002]は,社外知の活用が後継者自身の経営資源活用能力を促 すとしている。太田・服部[2021]は,3世代のインタビュー事例研究から,

経営者による事業承継の準備段階で,後継者を早期に取引先との関係性に埋 め込むことが確認できたとしている21)。また,佐竹[2018]は,地域の中での 中小企業というやや広い視点から「地域=中小企業」であり,わが国経済に おいて中小企業が地域経済や社会に果たす役割は大きいとの認識のもと,

「永続的にその地域に存立していく経営実現」が求められるとしている22)

20)堀越[2021]は,視点として,経営者の意識や対応,計画性,所有権と経営権,廃 業・事業譲渡,知的財産を挙げ,視座として,ファミリー中小企業と中小企業の 同質性・異質性,ファミリー中小企業と中小企業の比較,経営者と後継者,ファ ミリーメンバーや買収側など主要なステークホルダー,環境を挙げ,視野とし て,準備段階から承継後パフォーマンスまでのプロセスを見るか,その一部を見 るか(堀越[2021],p.88)としている。

21)服部・太田[2021],p.109。

22)佐竹[2018],p.1。

200 桃山学院大学経済経営論集 第63巻第4号

(17)

さらに,佐竹[2019]は,高田[1974],清水[1997]の議論を踏まえて,承継者 と役員間に経営理念を定着させ,経営者の社会的責任として,環境諸主体

(ステークホルダー)の主体性を尊重しなければならないとしている23)

2 . ファミリービジネス研究と老舗企業研究

初期の事業承継に関する研究はChristensen[1953]であるとされる24)。堀 越[2019][2021]によれば,小規模性から生じる管理面の制約,長期的視点の 不足,中小企業経営者の特質による問題と,ファミリーによる所有と経営の 問題という2つの視点が提供されているという25)。前者の問題は,中小企業 の経営特質と関わり,後者はファミリービジネス研究と関わる。他方,わが 国は長寿企業大国であり,その長寿性に着目した研究も存在している。事業 承継に関する二つの研究,ファミリービジネス研究と老舗企業研究につい て,外部との関わりの面を中心に検討する。

(1) ファミリービジネス研究と外部環境

ファミリーの所有と経営の問題を扱う研究にはファミリービジネス研究が ある。ファミリービジネスの事業承継では,1990年代にスリー・サークル・

モデルが示されている26)。すなわち,ファミリービジネスを,ファミリー

(創業家一族),オーナーシップ(所有),ビジネス(経営)という,互いに 重なり合う部分を持つ3つのサブシステム,7つのセクターに分けて,理解 しようとするものである。このモデルは,人間関係における対立,役割上の 難題,優先順位,ファミリー企業の限界が何に起因するのかを知るのに役立 つ27)。この3つのサブシステムは,それぞれ発展段階を持つ。事業承継にあ たる段階は,ファミリー軸は世代交代段階,ビジネス軸は安定成長段階であ

23)佐竹[2019],p.21。

24)安田[2005],p.3,増田[2009],p.101,堀越[2019],p.79。

25)堀越[2019],p.79。堀越[2021],p.1。

26)Gersick et al.[1997](岡田,犬飼(訳)[1999]),p.14,p.28。

27)同上,p.15。

中小企業の事業承継の理論と課題 201

(18)

る。

ファミリー軸の世代交代段階では,経営者から後継者への承継には,ファ ミリーの抵抗が大きく,共通理解が不足しており,外的な要因が必要になる ことが述べられている28)。なかでもビジネス軸は,創業段階,拡大/組織化 段階,安定成長段階で分けられ,組織が環境に順応するプロセスを表してい る29)。この段階モデルで,事業承継にあたるのは安定成長段階である。ファ ミリービジネスは,オーナー経営者のファミリーに多くの見返りをもたら し,ファミリーの多くは地域社会での貢献を行う。ファミリーメンバーの経 営者は,業界団体のミーティングに参加している姿が想定されている30)。こ の段階を経た後には,新たなベンチャービジネスを興し,ビジネスの一部を 創業段階にする再投資の姿が想定されている。このように,ファミリービジ ネス研究は,創業者一族の所有と経営を中心的なテーマとして取り扱い,事 業承継は世代交代の中で述べられている。

(2) 老舗企業研究と外部環境

わが国は,国際的に見ても100年以上続く企業の多い長寿企業大国であ り,その長寿性に関して老舗企業研究が行われてきた。横澤[2012]は,100 年以上続く企業を老舗企業として,研究しており,その企業生命力につい て,顧客指向性,結束性,堅実性,創業性,地域指向性,変革性,継承性の 7つの因子があるという31)。それぞれについて見ておこう。

顧客志向性とは,経営者・従業員・お客さま・取引先の全てが潤う経営が 大切と考え,長い付き合いを最重要の経営課題として顧客第一主義を掲げ,

従業員の雇用を守ることが重要な社会貢献と考えているということである。

結束性とは従業員と経営者との関係がかなり親密であり,仲間意識が強く,

会社と一体感を重視しているということである。堅実性とは外部資金の借入 28)同上,pp.145­146。

29)同上,p.153。

30)同上,p.184。

31)横澤[2012],pp.287­289。

202 桃山学院大学経済経営論集 第63巻第4号

(19)

には慎重であり,資産の蓄積を心がけ,新規投資や本業以外への進出は慎重 にし,適正な規模を守るということである。継承性とは後継者の帝王教育が 施され,端役から後継者が明らかにされ,従業員が後継者の適性を評価する 仕組みがあり,従業員ののれん分けなどを積極的に支援しているということ である。創業性とは創業者一族の意向が経営反映され,同族企業の利点が活 かされているということである。変革性とは経営環境に関する情報収集を怠 らず変化に迅速に対応することである。地域性とは伝統的な文化の継承を通 した地域貢献を重要と考え,利益の社会還元や社会貢献を重要と考えている ということである。

次に,これらの因子を類型化している32)。革新性・顧客志向性は,企業の 外部環境に立ち向かって優位性を保持しようという方向性を示すものとして イノベーション力軸,堅実性・結束性は組織内部に向けて実行されるマネジ メントである求心力軸,創業性・継承性・地域性は,周辺社会や環境との相 互関係や老舗企業の資産を基盤とした派生的な持続性の力量と捉え継承力軸 としている。

さらに,類型化された各軸は,企業生命力の維持に必要な内部環境対応,

外部環境対応,競争優位性の関係がある。求心力軸と継承力軸が内部環境対 応,継承力軸とイノベーション力軸が外部環境対応,イノベーション力軸と 求心力軸が競争優位性を担い,そのバランスが企業生命力になるという33)

3 . 小括

中小企業の経営特質に関する研究は,①異質性と多様性,②経営資源の脆 弱性,③技能に依存した狭い専門技術への分化,④経営者中心の経営と組織 的な能力の弱さ,⑤情報収集力の弱さがあることを示している。いずれの特 質にも,外部との関わりが見られる。すなわち,異質性と多様性や狭い専門 技術への分化を実現するためには,他社との違いを把握し自社の能力の磨き

32)同上,pp.290­292。

33)同上,pp.295­302。

中小企業の事業承継の理論と課題 203

(20)

上げが必要であり,経営資源の脆弱性は社会的分業によって補完され,経営 者中心の経営によって金融機関や取引先との接点には経営者があり,情報収 集力の弱さの克服のために,異なる組織とのネットワークや受注活動での情 報収集が行われている。

中小企業のネットワークに関する研究は,中小企業は外部環境と密接に関 わることを,より明確にしている。企業が集積することで外部経済効果が発 生し,中小企業にとっては不足する経営資源を補完し,付加価値を生み出 す。水平的なネットワークは,受注活動を助けあるいは不足する受注を補 う。商取引だけではなく,地域の行事など日常的な付き合いで知人・友人関 係が形成され信頼関係が構築される。

その信頼関係は,コミュニティー・キャピタルとも称されるものであり,

同一尺度の信頼によってネットワークのメンバーの中で共有される信頼であ る。そこには,同一コミュニティーの企業同士での関係資本が発生しており 共存共栄を促進させる。

以上を踏まえると,事業承継の実務の中で,取引先との関係の問題や承継 の理由が,社内の問題や承継理由の次に出てくるのは,中小企業は外部との 関係性の中で存立しているからだと考えることができる。

中小企業の事業承継研究においても外部との関係性は着目されている。特 に,個別中小企業の事業承継の面からは,後継者による経営革新に関わる要 因として外部との関係が示されており,企業によっては経営者の準備段階に も外部との関わりを持たせようとする取組が見られた。また地域と中小企業 は密接に関わることから,企業の社会的責任として,事業承継に際して外部 との関わりが求められる。しかし,いずれの研究も外部との関わりが承継後 の経営革新につながるという指摘であり,事業承継に中小企業の経営特質の 中でも外部との関わりがどのように影響しているのか,また中でもコミュニ ティーの影響は示されていない。そのためなぜ,外部との関係構築が経営革 新を導くのか,どのような関係構築がみられるのか,さらなる研究蓄積が必 要である。

204 桃山学院大学経済経営論集 第63巻第4号

(21)

また,事業承継研究は世代交代をテーマとするが,近接領域であるファミ リービジネス研究は,創業者一族の所有と経営をテーマとし,老舗企業の研 究は企業生命力をテーマとしている。分析対象には大企業も含まれてしまう が,中小企業も研究対象となっている。両研究を見てみると,ともに外部環 境との関わりについて触れられていることがわかる。しかし,その関わりが 事業承継にどのような影響を与えるのかについては触れられていない。

以上のことから,中小企業の事業承継研究では,外部との関わりがどのよ うな影響を与えるのかは,さらなる研究蓄積が必要であるといえよう。そこ で,本稿では,中小企業の経営特質の中でも外部ネットワークに関わること と,長寿企業研究の中でも外部環境対応に関わることを中心に検討してい く。

Ⅳ.研究課題 1. 研究課題

中小企業の事業承継における外部との関係による影響について,中小企業 の経営特質と企業の長寿性の面から考察する。研究課題は,次の通りである。

課題1.中小企業の経営特質に内在する社外との関係性が見られることを確 認する。①異質性と多様性や狭い専門技術への分化は,他社との違 いを把握し自社の能力開発を行っていること,②経営資源の脆弱性 は,納品のために他社に協力を依頼していること,③経営者中心の 経営は,金融機関や取引先との情報交換を行っていること,④情報 収集力の弱さは,克服のために現在の受注と直接関係しない他社と の縁作りを確認する。

課題2.事業承継に際して構築しているネットワークを確認する。事業承継 に伴う⑤経営者ネットワーク活用の有無,⑥後継者ネットワーク活 用の有無を確認する。また,活用している場合はそのネットワーク ではどのような交流が行われているのかを確認する。特に,長寿企 業のなかでも,外部環境対応とされる要因について,⑦革新性は情

中小企業の事業承継の理論と課題 205

(22)

報網の活用の有無,⑧顧客志向は顧客第一の理念の有無,⑨創業性 とは同族経営の有無,⑩地域志向とは社会貢献の取組の有無,⑪継 承性は後継者教育の有無について確認する。

2 . 研究方法

本稿では,既存の研究を踏まえ,事業承継の過程で外部環境にも配慮して いる企業事例を探索的に研究し,先行研究の検討を行う。事業承継は,長期 的な取組であり,一連のプロセスを見るのかその一部を見るのかによって,

アプローチが異なってくる34)。本研究では,事業承継は一連のプロセスであ ると見なして,事例研究によって研究課題に迫る。

事例は,中小企業2社を対象とする。この2社を対象とするのは,①本研 究が中小企業の事業承継を対象としていること,②筆者と関係性があり,研 究協力が得られること,③数年間にわたる企業との面談を通じて,事業承継 の引継ぎ途中のプロセスを確認できることがある。事例数が少ないことか ら,研究を通じて得られた結果を一般化するわけではなく,あくまで研究目 的で示したとおり,中小企業の事業承継には地域社会との関係性も見過ごせ ないことを示すにとどまる。また,企業が特定されることを避けるため匿名 で示すこととする。もちろん,ありうべき誤謬は筆者の責に帰するものであ る。

Ⅴ.事例研究 1. 対象企業

各社の企業概要は次の通りである。

A社は,半世紀以上続く小規模な中小製造業である。事業内容は,表面処 理である。経営者a氏は,表面処理に関する化学知識を持つ。後継者は,経 営者の息子b氏であり,製造および営業を担当している。技術的な特徴は,

素材表面への美粧性の高い染色加工である。主力販売先は,医薬品・化粧品 34)堀越[2021],p.88。

206 桃山学院大学経済経営論集 第63巻第4号

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業界を中心に安定・継続的な顧客基盤の既存顧客を有してきたが,近年は後 継者が開拓した新規顧客が半数を占めるほどになっている。

B社は,半世紀以上続く中小製造業である。事業に携わる親族は経営者c 氏と後継者d氏である。d氏は他社での勤務経験がある。事業内容は紙器製 造と販売である。技術的な特徴は,物流・梱包用資材とコート紙を組み合わ せ,丈夫で美粧性のある製品を実現できることにある。主力販売先は,大手 物流会社,中小の菓子メーカーなどである。

筆者はA社と2019年6月から19回,経営者と後継者で面談しており,B 社とは2013年8月から87回(29回は経営者と後継者,58回は後継者のみ)

の面談を行っている。この他,電話,メール,facebookなどで連絡を取って いる。以下の記述は,面談記録,メールfacebookの履歴および,追加インタ ビューに基づいている。

2 . 研究結果

2社の結果は,次の表の通りとなった(表1)。

①他社との違いを把握し自社の能力開発:両社とも実施されていた。A社 では,2019年7月より中期経営計画,2020年8月より都道府県知事が認定 する経営革新計画,2020年4月より自治体が認定する企業顕彰制度を通じ て,他社との違いを把握した能力開発が行われた。B社では2013年8月よ り中期経営計画,2013年11月より都道府県知事が認定する経営革新計画

(2014年4月認定),2017年6月同再申請(同7月認定),その他,国の実施 している補助事業を活用して,他社との違いを把握した能力開発が行われた。

②納品のために他社に協力を依頼:A社は実施,B社は内製化していた。

A社では,認定された経営革新計画における新商品,新サービス,新技術,

新生産方式,新販売方式の特徴として,自社にはない印刷技術を活用してお り,b氏が異業種交流で知り合った企業に依頼して納品が行われていた。B 社では,2014年,2017年に国の補助事業を活用した設備を導入し,顧客の 要求に応えるために,従来,協力会社に依頼していた工程の一部を内製化し

中小企業の事業承継の理論と課題 207

(24)

ている。導入した設備以上に受注がある場合は,引き続き協力会社を活用し ている。また,社会貢献の一環として福祉作業所へ一部の工程の一部作業を 依頼している。

③金融機関や取引先との情報交換:両社とも実施されていた。A社では,

a氏を中心に仕入先の試作品を用いて素材の機能性を高める技術開発を行っ ていた。また,a氏は販売先との間で,将来の受注動向に関する情報を得て いた。B社では,c氏,d氏とも顧客を抱えており,顧客からの情報に基づい て顧客の課題に応える技術提案や技術開発を行っている。開発の一部には音 の出る電子回路が含まれるものがあり,自社の保有技術ではないため,d氏 中心に理系大学研究室との縁作りを行っている。d氏は大学とも連携してお り,顧客の受注案件に産学で取り組んでいる。

④現在の受注と直接関係しない他社との縁作り:両社とも実施していた。

確 認 事 項 A社 B社

課題1:

中小企業 の経営特 質と外部 との関係 性

①他社との違いを把握

し自社の能力開発 計画策定を通じた把握 計画策定を通じた把握

②納品のために他社に

協力を依頼 一部工程を依頼 一部工程を依頼

③金融機関や取引先と

の情報交換 a氏中心に実施 c氏,d氏 と 情 報 共 有 し実施

④現在の受注と直接関 係しない他社との縁作り

異業種交流会での関係

構築 大学,一般社団法人

課題2:

事業承継 に際して 構築して いるネッ トワーク

⑤経営者のネットワー

ク構築 ­­ 側面支援にとどまる

⑥後継者のネットワー ク構築

異業種交流会での関係

構築 大学,一般社団法人

⑦情報網の活用 a氏,b氏とも実施 c氏,d氏とも実施

⑧顧客第一の理念 ­­ ­­

⑨同族経営 同族 同族

⑩社会貢献の取組 ­­ 福祉作業所への発注

⑪後継者教育 後継者自身の取組 後継者自身の取組

表 1.対象企業への確認事項と結果の概要

出所:筆者作成。

注 1)­­ は,確認事項を直接示す事実が見られなかったことを示す。

208 桃山学院大学経済経営論集 第63巻第4号

(25)

A社は,b氏が異業種交流会へ予定が合えば欠かさず出席をしており,交流 会では周囲からも認知を得ている。交流会はSNSも活用しており,SNSでの 交流も行われている。B社は,d氏が中心となって一般社団法人に参加して いる。d氏はこの取り組み自体では直接的な価値は生まないものの,取り組 みがもたらす商品にB社の製品が適用できるようになると収益が得られると 考えている。

⑤経営者のネットワーク構築:事業承継に向けたネットワーク構築はA社 では確認できなかった。現在の業務上の関係であった。B社では間接的な関 与が見られた。具体的にはc氏の持つ縁を活用して,現在から数年先の受注 見込み案件をd氏に紹介することは行われていた。

⑥後継者のネットワーク構築:両社とも④で触れたネットワーク構築を実 施していた。加えて,自ら,現在の受注案件につながる営業活動を行ってい た。A社では,インターネットにホームページを開設し,ホームページから の受注に取り組んでいた。2020年は,感染症の影響もあり,a氏中心の既存 顧客からの受注一時見合わせで工場稼働率は半減したものの,b氏がイン ターネットで開拓した顧客が収益源を埋め,利益率の向上にもつながった。

B社では,社外デザイナーとの共同受注や,同業他社数社と受注プラット フォーム作りを行っていた。

⑦情報網の活用:両社とも実施していた。A社では,a氏を中心に仕入先 からの技術的な情報や中小企業支援機関からのマッチング案件を通じて受注 につながりそうな情報をキャッチしていた。b氏は異業種交流会への参加を 通じて,自社の技術を活用する方法を模索していた。B社ではc氏は個人的 な関係から顧客の情報収集を行っており,d氏は⑥で述べたネットワークを 中心に情報を得ていた。

⑧顧客第一の理念:両社とも顧客第一とは明示していない。しかし,顧客 を含む社会や,信用を第一に掲げている。A社では,経営方針として,充実 した仕事とは,社会・顧客・係る人々の役に立つこととしている。社会第一 であることがわかる。B社では,社是,経営方針が定められており,社是の

中小企業の事業承継の理論と課題 209

(26)

第一に信用が掲げられている。

⑨同族経営:両社とも同族会社であった。

⑩社会貢献の取組:B社には見られた。B社では,d氏を中心に一部作業を 福祉作業所に発注していた。

⑪後継者教育:両社とも後継者が自主的に進め,経営者からの要請は見ら れなかった。A社では,後継者のb氏中心に,異業種交流による社会との人 的関係の構築を行い,中小企業支援機関が開催するセミナー参加や経営革新 計画を作成していた。B社では,後継者のd氏が,中小企業支援機関が開催 するセミナー参加や経営革新計画を作成していた。

Ⅵ.考察と今後の課題 1. 考察

本稿では,中小企業の事業承継での苦労や問題,あるいは後継者の承継決 定理由ともなる取引先との関係維持について先行研究を行い,中小企業の経 営特質や中小企業の事業承継に,外部との関係が内在していることを確認 し,事業承継と外部との関係の研究蓄積が必要であることを示した。そし て,限られた企業数ではあるが,外部との関係に焦点を当て事業承継プロセ スの事例研究を行った。その結果,研究課題で示した確認事項について概ね 観察できた。事業承継において外部との関係性がなにがしかの影響を与えて いる可能性はある。この結果から示唆されることを考察していこう。

①中小企業の事業承継研究への示唆

これまで,中小企業の事業承継の視点は,実務上も研究上も社内の視点が 中心であった。事業承継ガイドラインでは,承継物として経営権,資産(財 産),知的資産が示され,中小企業の事業承継の議論をまとめた堀越[2021]

は,視座として,ファミリー中小企業と中小企業の同質性・異質性,ファミ リー中小企業と中小企業の比較,経営者と後継者,ファミリーメンバーや買 収側など主要なステークホルダー,環境を挙げている。外部の関係は知的資 産や環境に含まれるのだが,外部の関係を中心としてはいない。また,中小

210 桃山学院大学経済経営論集 第63巻第4号

(27)

企業の経営特質やネットワーク研究は,世代交代によって経営特質に変化が 生じるのか,コミュニティーに変化が起きるのかについては触れていない。

本研究で検討した事例を踏まえると,次の諸点が見つかった。a.両社とも,

世代交代時期に経営計画および都道府県が認定する経営革新計画に取り組 み,他社との違いを把握し,自社の能力開発を行っていた。b.納品のため に他社に協力を依頼している場合と,内製化している場合が存在したことか ら,世代交代の過程で,現在行っている業務の見直しやネットワークの再構 築が行われていることが示唆される。c.現在の受注と直接関係しない他社 との縁作りをしていることもわかった。このことから,中小企業の事業承継 では,社内だけでなく,社外との関係性を世代交代に向けて,更新している ことがわかる。

また,外部との関係性は,長寿企業にとっては外部環境対応として,企業 の外部環境に立ち向かって優位性を保持しようという方向性を示す革新性・

顧客志向性,周辺社会や環境との相互関係や老舗企業の資産を基盤とした派 生的な持続性の力量となる創業性・継承性・地域性として示される。中小企 業の事業承継は,世代交代をテーマとすることから,長寿性の検討も必要と なる。本稿の事例について検討してみよう。まずイノベーション力軸とされ る変革性・顧客志向である。顧客志向である顧客第一の理念は,両社に見ら れなかった。これは,顧客第一を否定するものでなく,より巨視的な視点で 理念や方針が定められていたことによる。このことが長寿性に与える影響 は,研究対象が半世紀程度を経た企業なので判然とせず今後の検討課題とな る。また,情報網の活用は,両社とも積極的に行われていた。情報収集は変 革性と関連することから,事例企業は積極的な変革に取り組んでいる状態に あると考えられる。ネットワーク構築に関しては,後継者が主体的に行って いる様子であり,経営者は側面支援にとどまっていた。次に,継承力軸とさ れる創業性・継承性・地域性である。創業性に関しては,両社とも同族企業 であった。この点は,わが国中小企業の特殊性との関連も考えられる。地域 性は,B社には確認された。長寿企業とは異なり,企業として地域志向が根

中小企業の事業承継の理論と課題 211

(28)

付いてはいないものと考えられる。継承性は,両社とも後継者自身の取り組 みが主であり,経営者の関与は少ない。後継者教育のための仕組みが未成熟 であることが考えられる。

②事業承継実務への示唆

本稿が示したのは,中小企業の事業承継プロセスには外部との関わりが見 られ,事業承継において影響があるということである。この示唆は,実務上 問題となっている取引先との関係維持や,後継者が承継を決めた理由にも関 わっていることを示している。実務に与える示唆として,次の2点を示して おきたい。

a.中小企業の経営は,社会的分業関係に見られるように,外部との連携 が重要となっている。経営者が自社の取引関係を振り返ったときに,外部が 自社に及ぼす影響がある場合は,事業承継を見据えて,後継者との顔つなぎ を行う必要があるということである。

b.外部との関係は,後継者が獲得していくものと,経営者が関係性の中 に埋め込むものがあるということである。本稿の事例企業は,両社とも後継 者自身が外部との関係を獲得していることが確認できた。経営者の関与が緩 やかなのは,服部・太田[2021]でも確認されており,後継者自身が経営者の ネットワークを積極的に引き受けていく必要性が示唆される。一方で,服 部・太田[2021]では,経営者の持つ関係性の中に後継者を埋め込み,関係の 中で後継者が育つ仕組みをとっている事例もある。この両者は,相互に関係 し合っており,経営者が後継者にきっかけを与えて,その後は後継者がきっ かけを育てるものだと考えられる。

2 . 今後の課題

本稿では,事業承継の実務で課題や問題となり,先行研究の含まれながら 見過ごされている中小企業の事業継承と外部の関係について焦点を当て,そ の重要性とともにいくつかの発見を提起した。今後,他業種などの事例も加 えて,さらに事例分析を繰り返し事業承継と外部との関係性について理解を

212 桃山学院大学経済経営論集 第63巻第4号

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