• 検索結果がありません。

Microsoft Word - Paulus _2010前・ 立教 Vorlesung).doc

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "Microsoft Word - Paulus _2010前・ 立教 Vorlesung).doc"

Copied!
13
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

z

パウロ

──ユダヤ教イエス派の使徒──

2010 年度前期 佐藤 研 授業の前に a . 授業のかたちと運営方法 ・黙想(始めに2 分、終わりに 1 分) ・授業のねらい ・レジュメ(ヘッダーのHP アドレス参照)、参考文献(適時指示)、リアクションペーパー (質問には次回返答) ・学期末レポートについて、「レポートの書き方」 b. 禁止事項──私語、惰眠 c. カルトへの警告 0.序論 0.0. パウロを含む,いわゆる「原始キリスト教」史の研究資料 0.0.1. 旧約聖書 0.0.1.1. ヘブライ語原典 0.0.1.2. 七十人訳聖書(セプチュアギンタ、LXX)[秦剛平訳、河出書房新社、2003 年~] 0.0.2. 旧約外典・偽典などの初期ユダヤ教文書 0.0.2.1. 外典[新共同訳「続篇」、日本聖書学研究所(編)『聖書外典偽典・全9巻』教文館、1975-82 年] 0.0.2.2. 偽典 0.0.2.3. 死海文書および関連文書[日本聖書学研究所(編)『死海文書』山本書店、1982 年(第 3 版)] 0.0.3. 新約聖書 0.0.4. 使徒教父文書(紀元 1 世紀末-2 世紀中頃)[荒井献(編)『使徒教父文書』(講談社文芸文庫) 講談社、1998 年] 0.0.5. 新約外典(紀元 2 世紀以降)[上記『聖書外典偽典』所収、および荒井献編『新約聖書外典』(講 談社文芸文庫)講談社、1997 年] 0.0.6. ナグ・ハマディ文書[荒井献・大貫隆(編)『ナグ・ハマディ文書』I-VI、岩波書店、1997-8 年、 および荒井献『トマスによる福音書』(講談社学術文庫)講談社、1994 年] 0.0.7. 弁証家(=護教論者)たち(2 世紀中-2 世紀末)[『キリスト教教父著作集』全 22 巻、教文館、 現在刊行中、所収] 0.0.8. エウセビオス(311 年頃-325 頃)[『教会史 I-III』秦剛平訳、山本書店、1986-88 年] 0.0.9. ラビ文献(2 世紀末:『ミシュナ』[石川耕一郎他訳、教文館、2003 年~]、4-6 世紀:『タルムード (バビロニア版、パレスチナ版)』、他)[『タルムード』株式会社三貴、現在刊行中、但し非売品] 0.0.10. ユダヤ人著作家 0.0.10.1. ヨセフス(1 世紀末)[『ヨセフス全集』新見宏/秦剛平訳、山本書店, 1975-88 年(『ユダヤ古代 誌 I-XI』、『ユダヤ戦記 I-III』、『アピオーンへの反論』、『自伝』=完結)、『ヨセフス全集』土岐健

(2)

治訳、日本基督教団出版局、1982=現在まで『ユダヤ戦記 I-III』(『戦記』第3巻まで)のみ出版] 0.0.10.2. フィロン(1 世紀半頃-後半)[土岐健治訳、教文館、2004 年~] 0.0.10.3. その他 0.0.11. 「異邦人」文献 0.0.11.1. 著作家 タキトゥス[『年代記 上・下』國原吉之助訳、岩波文庫、1981 年] スエトニウス[『ローマ皇帝伝 上・下』國原吉之助訳、岩波文庫、1986 年] 小プリニウス[『プリニウス書簡集』(講談社学術文庫)國原吉之助訳、講談社、1999 年] ディオン・カッシオス(『ローマ史』)他 0.0.11.2. その他の資料: 碑文、パピルス、他 [蛭沼寿雄/秀村欣二/荒井献他(訳編)『原典新約時代史』山本書店、l976 年参照] 0.1. 正典(canon)としての新約聖書の成立 0.1.1. 27 書の承認 0.1.1.1. 西方教会──4世紀末(キリスト教が「カトリック教」として確立する時点にほぼ並行) 0.1.1.2. 東方教会──10 世紀ごろ 27 書に確定 0.1.2. 2 世紀末における、事実上の正典確立 ムラトリ正典目録表(現行27 書中、22 文書)、書名としての「新約」「旧約」の登場 0.1.3. 新約文書の成立──1世紀中頃-2世紀中頃 0.1.4. いわゆる「原始キリスト教」の範囲──イエスの登場からほぼ1世紀の末まで イエスの登場から紀元70 年まで=「ユダヤ教イエス派」 紀元70 年以降=「初期キリスト教」 0.1.5. パウロ(紀元 61 年頃死)に関する資料: 真筆の書簡(ロマ、1・2コリント、ガラテヤ、フィリピ、1テサロニケ、フィレモン) および使徒行伝(90 年代成立、ルカの執筆) 0.2. パウロに関する時代史的全体背景 0.2.1. ヘレニズム・ローマ世界 0.2.1.1. 政治史的次元

0.2.1.1.1. 「ヘレニズム世界」(336 年 BCE-30 年 BCE)(用語は J.G. Droysen, Gesch.d.

Hellenismus, 1986-42) 0.2.1.1.2. 「ローマ世界」(30 年 BCE-395CE, 476 年, 1453 年) a. 地中海世界の政治的統一──pax Romana b. ローマ社会の構造──身分と家系と財産による階級社会 元首(=皇帝)、元老院階級、騎士階級、自由民、外国人(peregrini)、 解放奴隷(libertini)、奴隷(servi) c. 被支配民 (1) 庇護国(藩属国): 服従と軍事力・貢物の提供(ヘロデ家の支配領域)

(3)

(2) 属州: 元首属州(シリア、ユダヤ、エジプト等)と元老院属州(アシア等) 貴族階級と一般階級 徴税制: 属州からの人頭税、間接税 0.2.1.2. 文化史的次元: 「ヘレニズム世界」(4 世紀 BCE 後半-2 世紀 CE) 0.2.1.2.1. 都市文明 a. 地方的・自己完結的ポリス体制の消滅 b. 諸都市のネットワークの成立 c. 交通網の発達──陸路(アウグストゥス以後 viae publicae の発達、全道路網 約40 万 km)と海路 d. 「共通標準語」としてのギリシャ語(コイネー) e. 都市と田舎の拮抗 0.2.1.2.2. 思想的傾向 哲学および宗教(密儀宗教)において個人的志向・普遍合理主義的思考 0.2.1.2.3. 「ディアスポラ」のユダヤ教の位置 人口の拡散と特権、「神を恐れる者達」の存在 0.2.2. 異邦人支配下のパレスチナ 0.2.2.1. シリア・セレウコス王朝の支配と抵抗運動(198-142 年 BCE) 0.2.2.2. ハスモン王朝の成立とユダヤの独立(142-63 年 BCE) 0.2.2.3. ローマ帝国の支配(63 年 BCE 以降) 0.2.2.3.1. ハスモン王朝の弱体化と終焉 0.2.2.3.2. ローマの庇護下、ヘロデ王家([40]37 年 BCE-44 年 CE)の支配 0.2.2.3.3. ローマの直接支配( [6-] 44 年 CE 以後)と 0.2.2.3.4. 第1次ユダヤ戦争(66-70 年)敗北 0.2.2.3.5. ラビ的ユダヤ教の出現とキリスト教の分離 0.2.2.4. 第2次ユダヤ戦争(「バル・コクバの乱」、132-135 年)の敗北

(4)

I.1-30 年 CE 1. ヘロデ大王の息子達の支配 1.1. フィリッポス(4 年 BCE-34 年 CE):北トランスヨルダン 1.2. ヘロデ・アンティパス(4 年 BCE-39 年 CE):ガリラヤとペレア 1.3. アルケラオス(4 年 BCE-6 年 CE):ユダヤ、サマリア、イドマヤ ユダヤとサマリアの住民に暴政を訴えられ、失脚、流罪(6 年 CE) 2. ユダヤ、サマリア、イドマヤ、ローマの属州となる、総督就任 2.1. シリア総督クィリニウスの戸口調査(6 年 CE):「ガリラヤのユダ」の反乱(と「熱心党」の結成?) 2.2. ポンティウス・ピラトゥス(26-36 年 CE): ユダヤ人を挑発、セイアヌスの後盾 3. 公活動以前のナザレのイエス 4. 浸礼者バプテスマのヨハネの登場(28 年 CE 頃) 4.1. 登場とその宣教・浸 礼バプテスマ活動 4.1.1. 終末論的審判の告知(マタイ 3:7 以下/ルカ 3:7 以下): 「火」の宇宙的審き、「来るべき者」 4.1.2. 「浸礼」(マルコ 1:4 以下): 「罪の赦しとなる回心の洗礼」 4.1.3. 反神殿的傾向と下層階級の集結 4.2. ヨハネの死(ヨセフス『古代誌』18:116-119, マルコ 6:17-29──紀元 28 年中?) 5. ナザレのイエスの宣教活動(28-30 年 CE) 5.1. 預言者ヨハネの弟子としてのイエス 5.2. 「神の支配」顕在化の切迫とその開始 5.3. 新しい「平等共生空間」の創出 5.3.1. ガリラヤという「辺境」の土地を根拠地に 5.3.2. ガリラヤの民衆──主に没落者・被差別者達 5.3.3. 共食──「カーニバル」的空間としての共食 5.3.4. 治癒奇蹟──イエスへの興奮の増幅 5.4. 批判行動と死 5.4.1. トーラー墨守主義への批判: 5.4.2. 神殿体制への批判 5.4.3. 十字架死

(5)

III.30-45年 CE [周辺世界] 1. ヘロデ・アンティパスの没落(39 年) 2. ヘロデ・アグリッパIの治世(37/39/41-44 年) 3. ローマ総督の全面的支配(44-66 年) 徐々にパレスチナでは、反ローマ・反異邦人の気運 [ユダヤ教イエス派] 1. 「イースター事件」(30 年)──死んだイエスが生きている 1.1. 「イースター体験」の前提 1.1.1. 生前のイエスの在り方 1.1.2. イエスへの裏切り(マルコ 14:50、14:66-72 参照) 1.1.3. 死体遺失事件(マルコ 16:1-8、ヨハネ 20:1-10、マタイ 27:64、28:11-15 参照) 1.1.4. 自己と世界のパラダイム崩壊――茫然自失、「自己の死」 1.2. イースター体験の展開 1.2.1. 絶対的次元の発現─→「(彼は)現れた」(1コリント 15:5-8、ルカ 24:34)という表象 1.2.2. イースター体験からイースター信仰へ(1コリント 15:3-8, 使 2:1-4):「霊」的伝播 1.2.3. イースター体験の定式化. 1.2.3.1. 「高挙」: 「彼は神の右に挙げられた」(使 2:33、ロマ 8:34〔詩 110:1 参照〕、1コリント 16:22 参照、なお王下 2:11、創 5:24、申 34:6) 1.2.3.2. 「起こし」(復活): 「神はイエスを死人の中より起こした」(ロマ 10:9,使 2:24,等多数) ──死体遺失事件を前提にする。 1.2.4. イースター事件の帰結としてのエルサレム原始教会の発生 2. エルサレム原始教会の発生 2.0. 「喪の作業」(mourning work/Trauerwerk)としての教会発生 <親しい人が死んで失われてしまった現実に向き合い、その人との一体性を自他に証することによって喪 失を乗り越え、均衡のある生活を再獲得しようとする人間の心的作業> 要素7 点: ①見えざる臨在の感覚(SOP=sense of presence)、②罪責意識からの苦しみ、③怒りの感情、④死者の 理想化、⑤死者の想起、⑥死者との運命の共同性、⑦喪の共同化、⑧再会のヴィジョン 一般的長さ――約2 年 2.1. 側近者たちのエルサレム集結 2.1.1. 集結の心理的理由(上記⑦) 2.1.1.1. 悲哀と畏れ 2.1.1.2. 希望の確認(「起こし」と「再臨」)(上記⑧) 2.1.2. 形態 2.1.2.1. 「家の教会」(使 1:13, 12:12-13, 等)中心 2.1.2.2. 財産共有制 (使 2:44-45, 4:32.34-35.36-37) およびカンパ (使 4:36-37,等)

(6)

2.2. 償いの作業 2.2.1. 「キリスト」告白の成立(上記④) 2.2.2. 「罪」告白──いわゆる「贖罪信仰」のはじめ(上記②) 2.2.2.1. 1コリント 15:3 2.2.2.2. 「ために」「故に」(hyper, dia) (ガラテヤ1:4; 1コリント 11:24, ロマ 5:6.8, 8:32, 2コリント 5:21, ガラテヤ 3:13; ロマ 4:25,等) ──原因と目的の重複性(負い目の告白と赦しへの感謝) 2.2.3. バプテスマの儀式の導入(上記⑥) 2.2.4. 新たな信従(上記⑥)――「新しいイスラエル」として衣鉢を継ぐ 2.3. 想起・神的必然の発見・再臨待望 2.3.1. 「苦難の義人」──初期受難物語伝承の成立(上記⑤) (マルコ15:24a/詩 22:17, マルコ 15:24b/詩 22:19, マルコ 15:29/詩 22:8, マルコ 15: 34/詩 22:2, マルコ15:36/詩 69:22) a. 聖書朗読・研究──→聖書との一致の発見 b. 「苦難の義人」としてのイエスへの凝視 2.3.2.. 「パン裂き/主の晩餐」(使 2:42.46;1コリント 11:23-26)(上記⑥) 2.3.3. 再臨待望(上記⑧) a. 「マラナ・タ」の祈祷 (1コリント 16:22, 黙 22:20)(上記①) b. 「エルサレム」集結の意義 2.4. 「喪の作業」の失敗?──イスカリオテのユダ(上記③参照) 3. 原始教会の分裂と変貌 3.1. 「ヘレニスタイ」と「ヘブライオイ」の対立(使 6:1 以下) 3.1.1. 「ヘレニスタイ」(使 6:1)の実体 3.1.2. 「ヘレニスタイ」に対する、ユダヤ人同胞達からの迫害 3.1..2.1. ステパノ殉教(使 7:54-60) 3.1.2.2. 「ヘレニスタイ」、首都からに追われる(使 8:1-3) 3.2. 「十二人」体制の崩壊(30 年代後半?) 3.2.1. 「柱」体制(ガラテヤ 2:9 参照)への移行 3.2.2. リベラル化(ペトロ: 使 10) 3.2.3. 「主の兄弟」ヤコブの台頭(35 年頃:ガラテヤ 1:18-19, 1コリント 15:7) 3.3. ヘロデ・アグリッパIの迫害(42-44 年頃) 3.3.1. ゼベダイの子ヤコブの殉教(使 12:1-5) 3.3.2. ペトロの逮捕と脱出(使 12:1.6-17)、指導的地位の揺らぎ(使 12:17) 3.4. 保守化と「主の兄弟」ヤコブの指導体制へ移行 3.4.1. 「長老団」の形成(使 11:30, 15:2, 等) 3.4.2. トーラー尊重の厳格化──ファリサイ派との接近

(7)

4. 「ヘレニスタイ」系教会 4.1. 「ヘレニスタイ」の都市伝道 サマリア(フィリポ;使8:4-25)、アゾト、カイサリア(使 8:40, 21:8)、フェニキア、キプ ロス、アンティオキア(使11:19)、ダマスクス(使 9:9-25) 4.2. 中心地アンティオキア 4.2.1. 「七人」の一人「回宗者ニコラオス」(使 6:5) 4.2.2. 指導者バルナバ(キプロス人:使 13:1, 4:36) 元来、「ヘレニスタイ」としてエルサレムを追われる?(使9:27, 11:22 はルカの構成?) 4.2.3. 「クリスティアノイ」(「キリストをかつぎ回る者ども」──後代(70 年頃): 使 11:26)という 呼称 4.2.4. 他の都市への伝道(使 13:1 以下;ローマも?) 4.2.5. エジプト・アレクサンドリア伝道の謎 4.3. パウロの登場 4.3.1. 出自──ヘレニズムとヘブライズムの狭間で 4.3.1.1. キリキア州の首都タルソス出身(使 9:30, 21:39, 22:3) 亜麻布の生産、山羊の毛織物、アウグストゥス以来「自由都市」かつ租税免除の特権 文芸の一大中心地(哲学者〔e.g. Athenodoros, Antipatros〕、詩人、文法家)

4.3.1.2. 生来のローマ市民権保有(使 22:28:政治性や金銭で得た「名誉市民権」でなし) 4.3.1.3. 多言語性(ギリシャ語、アラム語、ヘブライ語、ラテン語:使 21:40、22:2 参照) 4.3.1.4. ベニヤミン族出身(ロマ 11:1、フィリピ 3:5:改宗者にあらず) 4.3.1.5. ファリサイ派に属する(ガラテヤ 1:14, フィリピ 3:5, 使 23:6, 26:5, なお 22:3 [ガマリエ ル1 世の薫陶]も参照)ディアスポラユダヤ人 トーラーの日常生活における遵守、「父祖の言い伝え」重視 4.3.1.6. 宗教的熱狂主義ゆえの独身者(1コリント 7:7、28 など) 4.3.1.7. 下方からの眼 「天幕造り」の職業(使18:3:都会的庶民層)、身体的障碍(眼病?2コリント 12:7 など) 4.3.2. イエス派への迫害活動(ガラテヤ 1:13, フィリピ 3:6, 使 9:1)──32-33 年頃 4.3.2.1. 理由──「契約」を無視した「ヘレニスタイ」の対異邦人宣教活動への怒り 4.3.2.2. 迫害の実際──おそらく「鞭打ち」(2コリント 11:24 参照;使 9:1 は誇張) 4.3.2.3. 活動の広範囲さ──ダマスクスまで南下(使 9:1 以下) 4.3.2.4. イエスに関する情報の間接的・無意識的摂取 4.3.3. 覚醒体験──いわゆる「回心」事件(33 年頃) 4.3.3.1. 典拠 a. 使 9:1-9(22:1-11、26:9-18 も参照)ダマスクス教会にてパウロ以後成立 その史実性の程度? b. ガラテヤ 1:15-16、フィリピ 3:5-11(参考としてロマ 7:7-25──自叙伝ではない) 要点:「トーラー」履行可能性への絶望なし、ユダヤ教的連続性(同じ神)

(8)

「変容的回心」体験 (永田竹司「パウロの回心」、古屋安雄(編)『なぜキリスト教か』創 文社、1993、pp.487-527: B.R. Gavenda の説による) c. 1 コリ 1:18-25、ガラテヤ 2:19b-20 も加えて考察 4.3.3.2. 杭殺刑(=十字架刑)で殺されているイエスとの遭遇体験 a. 「神」とではなく、「イエス」との遭遇 b. 「天からのイエス」ではなく、「杭殺柱のイエス」 c. 「杭殺柱の力」(1コリ 1:24)との遭遇 4.3.2.3. 異邦人伝道への道 a. 「ヘレニスタイ」の活動への熱情的賛同 後発者心理によるラディカル化、懺悔道としての異邦人伝道 b. ナバティア伝道(ガラテヤ 1:17) 「砂漠」に引きこもったのではない 伝道失敗(?)、危険人物視されてダマスクスに逃げ帰る (なお2コリント11:32-33=使 9:23-25 参照) 4.3.4. 初期の研鑽 4.3.4.1. エルサレム訪問(35 年頃: ガラテヤ 1:18、なお使 9:26-31?参照) ペトロと「主の兄弟」ヤコブとに会見、集中インタヴュー(2週間!) イエス伝承および最初期のイエス派伝承の受容 帰郷(故郷で伝道?) 4.3.4.2. バルナバに招かれアンティオキアへ(37/38 年頃、使 11:25-26, ガラテヤ 1:21) 4.3.4.3. 神学的な基本的方向性の決定 当地で約十年間研鑽、頭角を現す(使13:1)

(9)

IV.45-60年 CE 1. パウロ、第1回伝道旅行(47-48 年頃;使 13-14 章) 1.1. 伝道旅行に関する「旅程」資料 1.2. 基本的性格 1.2.1. バルナバの伝道旅行――パウロはバルナバの補佐、助手としてヨハネ・マルコ同行 1.2.2. アンティオキア教会の安定 1.3. 旅行先 1.3.1. バルナバの故郷(キプロス島) 1.3.2. 内陸のローマ植民都市中心の地帯へ 1.3.2.1. ピシディア人のアンティオキア(Colonia Antiochia)、イコニウム(Colonia Iconium)、リュストラ(Colonia Lystra)、デルベ、ペルゲ、アタリア 1.3.2.2. 「ウィア・セバスティア」〔アパメア──リュストラ間〕を通っての旅 1.3.2.3.ヨハネ・マルコの脱落(使 13:13) 1.4. 意図──ローマ帝国における宣教戦略の構築 1.5. 結果──「異邦人伝道」問題の顕在化(使 15:1) 2. エルサレム使徒会議(48 年頃;ガヤテヤ 2:1-10;使 15:1-35) 2.1. 割礼問題の登場 2.2. 会議の構成と経過 アンティオキア側──バルナバ、パウロ、ティトス エルサレム側──「主の兄弟」ヤコブ、ペトロ、ヨハネ、長老たち 2.2.1. アンティオキア側の立場貫徹 伝道領域の暫定的確定――アンティオキア教会は異邦人へ、エルサレム教会はユダヤ人へ 2.2.2. 「献金」の約束 エルサレム教会の経済的困窮 アンティオキア教会の献金(継続?使11:27-30 参照)の約束 2.2.3. 「使徒教令」(使 15:23-29)の問題──この席での決定ではない 3. アンティオキア衝突事件(49 年頃;ガヤテヤ 2:11-14) 3.1. ペトロ/バルナバ vs. パウロ 3.2. 新たな問題──ユダヤ人と異邦人の混成教会の問題 3.3. ペトロとバルナバの態度 3.3.1. その可能な背景 3.3.2. その不可避的な帰結 3.4. パウロの「原理主義」的非妥協性──パウロの孤立 4. 使徒教令の発布(49 年頃;使 15:23-29) 4.1. アンティオキア衝突事件の後 4.2. 混成教会内の一致を目指す妥協策 4.3. 禁止項目:「ノアの七つの法」の前身──「血」と性の紊乱との回避 4.4. パウロの関与しない決定(但し1コリント 8 章、10:25-28; 10:8 参照)

(10)

5. パウロ、第2回伝道旅行(49-52 年頃;使 15:36-18:22) 5.1. 基本的性格 5.1.1. 「アンティオキア衝突事件」の後、孤立したパウロの決断 a. バルナバと分裂(使15:39 参照)――同行者はシラスのみ、後にテモテをスカウト(使 16:1) b. パウロが独自に展開した初めての伝道旅行 5.1.2. 基本的宣教内容 a. 共通内容:イエスの死と復活、再臨(1テサロニケ 1:9-10 参照) b. パウロ的アクセント 救済論的には徹底的に超ユダヤ教的ユダヤ教 stauros の意味の強調(ガラテヤ 3:1 参照) (倫理的にはしかしユダヤ教的〔1テサロニケ4:3-8 など参照〕) 5.2. ギリシャ本土における「異邦人伝道」を目指して(帝都ローマが目標ではない、49 年春頃) 5.2.1. デルベ、リュストラ等の信者達の再強化 5.2.2. アシア直行の予定変更――使 16:6(「アジアで御言葉を語ることを聖霊が禁じた」) ガラテヤ4:13-14 パウロの持病悪化?(2コリント 12:7 以下) ガラテヤ伝道(「北ガラテヤ」説による;アパメア──ドリュレウム間の町々) 5.2.3. 更にビテュニア地方(大都市ニコメディア)を目指す しかし使16:7(「イエスの霊が許さなかった」)、 ビテュニア行き断念、トロアスへ、更に船でマケドニア地方へ 5.2.4. エグナティア街道〔デュラキウム-ビュザンティウム〕沿いにギリシャ伝道 ネアポリス上陸、フィリピ伝道、当地で「苦しみと辱め」(1テサロニケ2:2/使 16:16-40) テサロニケ伝道(マケドニア・アカイアの首都) 使17:1 以下の「ユダヤ人たち」の虚実(1テサロニケ 1:9 他参照) 5.3. エグナティア街道を離れて ベレア、更に南下してアテネ(失敗;1コリント2:3 参照) コリント(伝道成功、50 年秋頃-52 年春頃の 1 年半滞在) 使18:11 とガリオ碑文(51-52 年のパウロのコリント滞在確定) 5.3.1. テサロニケ人への第1の手紙 (50/51 年、コリントで) a. 原始キリスト教中、現存する最古の文書 b. 執筆事情 テサロニケ教会の患難(1テサロニケ1:6、2:14、3:3-4) テモテの派遣と朗報(3:2-6) 教会員の問い合わせ──キリスト者としての生き方、および信者の死去と終末の問題 c. パウロの返答(1テサロニケ 4-5 章) 5.3.2. 論敵の追跡(パウロはまだ気づかず?) 5.4. 帰路につく(52 年春) エルサレム問題?(使18:18 以下) 「異邦人伝道」の基本的成功確認(ケンクレアにて「誓願」成就:使18:18) エフェソからエルサレムへ(使18:22) 話された内容不明、しかしエルサレム教会と異邦人教会の根本的分裂の可能性浮上? アンティオキアへ──越冬(「しばらくして」使18:23)

(11)

6. パウロ、第3回伝道旅行(53 年春ー 56 年春頃;使 18:23 ー 21:15) 6.1. 献金集めの旅 6.1.1. 献金の意義 6.1.2. 最終目的地は帝都ローマ 同行者は先回同様テモテ(使19:22)、かつテトス(2コリント 12:18) 6.1.3. 「ガラテヤおよびフリュギア地方」を再訪しつつ(使 18:23)エフェソへ ガラテヤでも献金のお願い(1コリント16:1) 6.2. 論敵の追跡 6.2.1. ガラテヤのケース(ガラテヤ書参照) 6.2.2. フィリピのケース(フィリピ 3:2 以下「あの犬ども」参照) 6.3. エフェソにて──53 年秋頃から 55 年秋頃まで二年間滞在 6.3.1. アレクサンドリアのアポロの問題(使 18:24-28) 6.3.2. ガラテヤ問題 6.3.2..1. 保守派のキリスト教者による「カウンター・説教」 6.3.2..2. ガラテヤ人への手紙 (53/54 年)──怒りの手紙 「義認論」の徹底した展開(2:15 以下) 「信仰義認論」という呼び方でよいか? Pistis(信、信愛、信実)の問題 ──イエスのpistis とキリスト者の pistis ──契約思想的発想 ガラテヤ人への手紙 「2:15 私たちは〔たしかに〕「生まれながらのユダヤ人で あって、異邦人出身の罪人ではない」。2:16 [しかし、]「人はイエス・キリスト の信(ピスティス)なしに、法(ノモス)の業(わざ)によって義とされること はない」と知って、私たちもまたキリスト・イエスを信じ(ピステウオー)たの である。それは私たちが、法(ノモス)の業によってではなく、キリストの信(ピ スティス)によって、義とされるためである。というのは、法(ノモス)の業に よってはいかなる肉も義とされないからである。 2:17 さて、私たちがキリストにあって義とされることを求めたために、私たち 自身もまた罪人とされたとするなら、キリストは罪の奉仕者か。断じてそんなこ とはない。2:18 もし私が〔いったん自分で〕破壊した当のものを再び建てると するなら、私は自分自身が背反者であることを証明することになるからである。 2:19 実際私は、法(ノモス)をとおして法に対して死んだのであるが、それは 神に対して生きるためであった。私はキリストと共に十字架につけられて〔殺さ れて〕しまってた。2:20 もはや私が生きているのではなく、キリストが私のう ちで生きているのである。今、私が肉において生きているこの生は、私を愛し、 私の「ために自らを〔死に〕引き渡された」神の子の信(ピスティス)において 生きているのである。2:21 私は神の恵みを無効にはしない。なぜならば、もし

(12)

も法(ノモス)によって義が〔与えられる〕としたら、キリストは無駄死にした ことになる」。 義認の根拠としての「イエスのstauros」の力(3:1、5:11、6:12.14) 6.3.2..3. 結末──ガラテヤの離脱?(ロマ 15:26、使 20:4──「ガラテヤ」がない) 6.3.3 コリント問題 6.3.3.1. 分派抗争(および熱狂主義的興奮)その他の報告(1:1 など) 6.3.3.2. 現実問題に関する質問状(7 章以下中心) 6.3.3.3. コリント人への第1の手紙 (54 年春、五旬節以前:1コリント 16:8) 執筆中にテモテの派遣(1コリント4:17、16:10f、使 19:22) 教会の諸問題 「stauros の神学」による分裂の克服(1-4 章) 不品行問題などへの叱責(5-6 章) その他の具体的問題への解答──結婚、偶像、礼拝生活(7-15 章) 6.3.3.4. パウロの逮捕(使 19:23 以下;2コリント 1:8「アシアで遭った患難」参照) 投獄と苦難(1コリント1:8-11) 6.3.3.5. 「敵」の到来、教会員の離反 6.3.3.6. コリント人への第2の手紙 (54/55 年頃)──4通(以上)の手紙の編集 「中間訪問」(2コリント2:1、12:14、13:1-2)の失敗 テトスの派遣(2コリント12:18) a. 「涙の手紙」(2コリント 10-13、エペソで) 主観性の強い手紙──赤裸々なパウロ、「弱さ」の逆説(2コリント12:7-10) 「論敵」像の不鮮明さ コリント教会の「悔改め」の朗報 b.「慰めの手紙」(2コリント 1-7 [但し 6:14-7:1 は非パウロ]、マケドニアで) c. 献金募集の手紙(2コリント 8 および 9、マケドニアで) 6.3.3. 獄中書簡 6.3.3.1. フィレモンへの手紙 (54/55 年頃、獄中に)──唯一の純粋に個人的な手紙 奴隷制(1コリント7:21 参照)とパウロ 6.3.3.2. フィリピ人への手紙 (55/56 年頃)──三つの手紙が後代に編集されたもの C) 4:10-23 投獄以前、エフェソで: フィリピからのカンパへの感謝 A) 1:1-3:1 獄中(1:13)、エフェソで:エパフロディトス快癒、「一つ思い」への訴え B) 3:2-4:9 コリント[?]で: 論敵を念頭に、従来の誇り vs.キリストの宝 (A と B の時間的関係は不明) 6.4. 神学的遺言としての ローマ人への手紙 (55/56 年頃、コリントで) 6.4.1. 執筆の背景(15:22-33): 教会の一致への命懸けの献身 6.4.2. イスラエル問題(ロマ 9-11 章)の意味

(13)

6.4.3. 新しい「義認」── pistis 空間の力学(ガラテヤ書参照) 6.5. パウロとその仲間達(使 20:4, ロマ 15:26)、献金持参し上京の途に 7. パウロの逮捕とローマ送り・死(使 21:17-28 章) 7.1. 献金不受理の可能性 7.2. 逮捕(56 年初夏頃)と尋問、カエサリアにて拘留、 ローマ送り(58 年秋頃) 7.3. 2年間の軟禁と処刑(61/62 年頃──使 28:30-31 参照) 8. 総括──パウロとイエス 8.1. 連続性 8.1.1. 社会的立場──小規模手工業者 8.1.2. 「低み」への傾斜 8.1.3. トーラーの相対化 8.1.4. 捨身の行為 8.2. 非連続性 8.2.1. 宣教形態の独立性 8.2.2. ヘレニズム的都会性 8.2.3. 「異邦人」への伝道 8.2.4. 社会批判の希薄さ 8.2.5. 女性への態度(eg. 1コリント 11:3 以下、14:34-36=非パウロ?)

参照

関連したドキュメント

 しかし、近代に入り、個人主義や自由主義の興隆、産業の発展、国民国家の形成といった様々な要因が重なる中で、再び、民主主義という

[r]

この課題のパート 2 では、 Packet Tracer のシミュレーション モードを使用して、ローカル

・この1年で「信仰に基づいた伝統的な祭り(A)」または「地域に根付いた行事としての祭り(B)」に行った方で

【原因】 自装置の手動鍵送信用 IPsec 情報のセキュリティプロトコルと相手装置の手動鍵受信用 IPsec

このような状況の下で、当業界は、高信頼性及び省エネ・環境対応の高い製品を内外のユーザーに

    pr¯ am¯ an.ya    pram¯ an.abh¯uta. 結果的にジネーンドラブッディの解釈は,

では,訪問看護認定看護師が在宅ケアの推進・質の高い看護の実践に対して,どのような活動