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Vol.68 , No.1(2019)091田中 純也「anupetayaとanupaniya」

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(1)

印度學佛敎學硏究第68巻第1号 令和元 年12月 (9)

540

ánupetāya

anupanīya

田 中 純 也

1

.はじめに

すでに学習を終えた家長たちによる入門を,梶原

2016

が「学者たちの入門」

と定義している.その中には,「入門したい」という言葉や薪の持参によって入

門 の 要 請 が な さ れ て か ら, 師 が

ánupetāya(ŚB.11.4.1.9, ŚB.11.4.2.20)

, あ る い は

anupanīya(ChU.5.11.7)

,つまり「入門させずに」秘義を教示する場面が見られる.

加えて,入門の挙行が不明瞭な話

(BĀU.2.1, KauU.1, KauU.4)

もある.しかし,その

ような文脈における

ánupetāya

anupanīya

の意義は明らかにされていない.

ŚB.14.1.1.26–27(師:Dadhyañc→弟子:Aśvin)

には,

1

年間止住した者,あるいは/

かつ,認められた者,学習した者,師に好まれた者に秘義を教示するべきである

と説かれている

1)

.このことから,それらの要素を備えて,すでに秘義に相応し

い資格を有していた者には「入門させずに」教示することができたと仮定するこ

とが可能であろう.本稿では,そのような観点から,上記の「一定期間の止住」

2)

を手がかりに,「入門させずに」教示することの背景や意義を検討する.

2

ŚB.11.4.2.20

ChU.5.11.7

ŚB.11.4.2(Ayasthūṇa→Śaulbāyana)

では,入門の要請がなされるも,

Ayasthūṇa

「ここで,周知のように,

1

年間我々のアドヴァリユであったお前は相応しい」

と語って,

「入門させずに」秘義を教示している.そのため,ここでは

Śaulbāyana

sattra

祭中にアドヴァリユとして

1

年間過ごした結果,有資格者になったの

だと考えられる.

ChU.5.11.5(Aśvapati王→家長たち)

では,

Aśvapati

王が「止住するのだ」と告げて

いる.一方,

ChU.5.11–24(A→家)

と同型の話である

ŚB.10.6.1(Aśvapati王→家長た ち)

には止住の要求がなく,「お前たちは入門した」という言葉がある.したがっ

て,

ChU.5.11.5(A→家)

には家長たちが止住して相応しくなる場面が省略されて

(2)

(10)

539

ánupetāyaとanupanīya(田 中)

いるために

3)anupanīya

が見られ

4)

ŚB.10.6.1(A→家)

では止住を経ていないため

に入門が必要とされたと理解できよう.また,

ŚB.10.6.1(A→家)

には,

Aśvapati

王の「私は祭式を行いたいのだ」

(ChU.5.11.5)

という言葉がないことも相違点とし

て挙げられる.

ChU.1.10.6

から「祭式を行おうとして祭官を選ぶ」という段階が

確認されるため,

ChU.5.11.5(A→家)

でも祭官として止住することが要求された

と考えることができる.このことは,

ŚB.11.4.2(A→Ś)

Śaulbāyana

がアドヴァ

リユ「祭官」として過ごしたことと重なる.以上のことから,

ŚB.11.4.2(A→Ś)

ChU.5.11–24(A→家)

は同一の背景を有する話として理解されると考える.

同 様 に,

KauU.1.1(Citra王→Uddālaka)

に は,

Citra

王 が 祭 式 を 行 お う と し て

Uddālaka

を選び,

Uddālaka

が祭官小屋で学習

(svādhyāya)5)

を行う場面が見られ

る.その後,

Citra

王は「高慢に至っていないお前はブラフマンに相応しい」と

言って教示している.このことから,

KauU.1(C→U)

においても,入門の要請以

前に祭官として止住した者を,「入門させずに」教示していると理解される可能

性がある

6)

3

ŚB.11.4.1.9

ŚB.11.4.1(Svaidāyana→Uddālaka)

には止住を示す記述がないため,先述のように

「祭官として止住した」とは理解し難い.この話では,公でない論戦

(brahmódya)

で敗北した

Uddālaka

Svaidāyana

をコイン

(niṣká)

で買収する.そして,周りの

バラモンたちが去ってから,

Svaidāyana

Uddālaka

を「入門させずに」内密に教

示している

7)

.このような「公でない論戦」と「内密な教示」という特徴は

ŚB.11.6.2(Janaka王とYājñavalkyaたちの話)

にも見られる

8)

Yājñavalkya

Janaka

から秘義を教わり,

Janaka

王の質問に答えること

9)

を約束している.そのため,

これらの話では,コインや望みを聞き入れることが秘義に対する「報酬」として

機能していると考えられる.報酬を与えることによって秘義を教わる話は,王族

とバラモンの関係の中で語られることが多い

10)

.しかし,そのような話とは異な

り,

ŚB.11.4.1(S→U)

ŚB.11.6.2(JとY)

では,事前に「公でない論戦」という形

で対話が行われている

11)

.選ばれてやって来たために挑まれる立場にある

Uddālaka

や,バラモンである

Yājñavalkya

が公の論戦

12)

で敗北した場合には,名

声に傷が付くなどの不利益を被り得た

13)

.そのような不利益を回避するための

「報酬」によって,公の論戦ではなく「公でない論戦」が行われ,さらに秘義に

相応しい資格を得たのだと推測される.以上のように,

ŚB.11.6.2(JとY)

と同様

(3)

(11)

538

ánupetāyaとanupanīya(田 中)

の形式を有する

ŚB.11.4.1(S→U)

は,同じ入門のない話でも

ŚB.11.4.2(A→Ś)

ChU.5.11–24(A→家)

とは背景を異にしていると理解されよう.

4

.終わりに

ŚB.11.4.2(A→Ś)

ChU.5.11–24(A→家)

ánupetāya

anupanīya

には,「祭官と

して祭式のために一定期間止住をして,有資格者となっていた」という背景があ

る一方,

ŚB.11.4.1.9(S→U)

ánupetāya

には,「公でない論戦において,不利益を

回避する際の「報酬」によって,有資格者となった」という背景があると解釈で

きる.いずれにせよ,止住や「報酬」によって秘義に相応しい資格を得ているこ

とになるため,「すでに秘義に相応しいから入門させない」ということを,

ánupetāya

anupanīya

の意義として理解して良いと考える.同時に,「内密な教

示」と「入門させずに」が同義である可能性も指摘できよう.

入門のない話が以上のように理解されるならば,入門が挙行される話におい

て,弟子は秘義に相応しくない者として登場し,教示までの間に資格を得る過程

を経ていることになる.その場合,「入門」と「

brahmacarya

を住すること」が同

義であるとされているように

14)

Muṇḍaka-Upaniṣad15)

に見られる「

vrata

の遵守

(MuU.3.2.10–11)

」なども,同様の過程を示すものとして理解されることになると

考える.

1)ĀraṇyakaとUpaniṣadに見られる規定についてはDeussen(1966, 11)参照.   2)入 門 の 文 脈 に お け るbrahmacaryaを 住 す る こ と に つ い て は 梶 原(2016, 48–50) 参 照.   

3)同様に,ChU.5.3.6–7では,Uddālakaの「私に教えてください」という言葉の後に,

Pravāhaṇa王が「長く止住するのだ」と言って教示する場面が見られる.   4)この場

合,ChU.5.11.7におけるprātarの語が止住を表している可能性などを,当学会発表時に東京

大学准教授梶原三恵子先生よりご指摘いただいた.この場を借りて感謝申し上げる.    5)Bronkhorst(1996, 593),梶原(2016, 84)参照.   6)Renou(1978, 15)とSöhnen (1981, 183)は,KauU.1.1における「お前に知らしめよう(vy eva tvā jñapayiṣyāmi)」のevaが 「入門させずに教示するのみ」を意味し得ると指摘している.BĀU.2.4.4などの例が必ずしも 入門と結びつかないことからも,「来い(ehi)」が入門の受け入れを示すか否かについては

検討の余地があると考える.ehiが見られる用例については梶原(2016, 47–48; 83–84)参照.   

7)Bodewitz(1974, 85–88),Witzel(1987, 366–367; 373)参照.   8)Bodewitz(1974, 89) 参 照.   9)BĀU.4.3参 照.   10)Witzel(1987, 366) 参 照.   11)táto

brahmā´ janaká āsaという記述も関係するか.   12)報酬をめぐり「公の論戦」を行う

BĀU.3.2において,「手を取ること」が「内密な教示」を示しているならば,BĀU.2.1とKauU.4

も「公の論戦」と「内密な教示」を有する話として理解される可能性がある.その場合, それらも同様に入門のない話として見なされる可能性がある.   13)Bodewitz(1974, 87–88),Witzel(1987, 373)参照.   14)梶原(2016, 49)参照.   15)Olivelle

(4)

(12)

537

ánupetāyaとanupanīya(田 中) (1998, 629)は,同テクストにおける入門の文脈を「ただの文学表現」であると指摘してい る. 〈略号表〉

BĀU: Bṛhadāraṇyaka-Upaniṣad (Kāṇva).   ChU: Chāndogya-Upaniṣad.   KauU:

Kauṣītaki-Upaniṣad.   MuU: Muṇḍaka-Upaniṣad.   ŚB: Śatapatha-Brāhmaṇa (Mādhyandina).

〈参考文献〉

Bronkhorst, Johannes. 1996. Śvetaketu and the upanayana. Études Asiatiques / Asiatische Studien. 50(3): 591–601.

Bodewitz, H. W. 1974. Vedic dhāvayati to drive . Indo-Iranian Journal. 16(2): 81–95. Deussen, Paul. 1966. The Philosophy of the Upanishads. New York: Dover Publications.

Limaye, V. P. and Vedekar, R. N., eds. 1958. Eighteen Principal Upaniṣads. Vol. I. Poona: Vaidika Saṁśodhana Maṇḍala.

Renou, Louis. 1978. Kauṣītaki Upaniṣad. Les Upanishad, VI. Paris: Adrien-Maisonneuve.

Olivelle, Patrick. 1998. The Early Upaniṣads: Annotated Text and Translation. New York: Oxford Uni-versity Press.

Söhnen, Renate. 1981. Die Einleitungsgeschichte der Belehrung des Uddālaka Aruṇi. Ein Vergleich der drei Fassungen KauṣU 1.1, ChU 5.3 und BṛU 6.2.1–8. Studien zur Indologie und Iranistik 7: 177–213.

Weber, Albrecht, ed. 1855. The Çatapatha-Brâhmaṇa in the Mâdhynandina-Çâkhâ with extracts from

the commentaries of Sâyaṇa, Harisvâmin and Dvivedaganga. Berlin: Dümmler.

Witzel, Michael. 1987. The Case of the Shattered Head. Studien zur Indologie und Iranistik 13/14: 363–415.

梶原三恵子 2016 「ウパニシャッドと初期仏典の一接点―入門・受戒の儀礼とブラフマ チャリヤ―」『人文学報』109: 33–102.

〈キーワード〉 ánupetāya,anupanīya,入門,Brāhmaṇa,Upaniṣad

参照

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