生徒が主体的に課題解決に取り組む授業づくり
高度学校教育実践専攻 実習責任教員 金 児 正 史 教員養成特別コース 実習指導教員 葛 上 秀 文 大 倉 祐
キーワード:「学びの学習階段」,生徒理解,到達目標,授業設計
1.問題の所在
筆者は,中高時代の大学受験を主眼とする数 学の授業を受けた経験から「教師主導で進めら れる授業だけではなく,生徒が自力で課題に向 かい,解決することができるような,生徒主体 の授業」を行いたいと考えた。もともと好きだ った数学の授業は,自分で気づいたことを数学 的に説明できたときの自信,自分のイメージ が,数学の教科書の内容とつながったときの感 動や満足感,を感じるような授業だった。
こうした背景から,筆者は,教師主導で進め られる授業だけではなく,生徒が課題に向かっ て主体的に学習に取り組む,生徒主体の授業を 行いたいと考えた。
2.研究のねらい
筆者が目指す,生徒が主体的に課題解決に向 かう授業を実現するためには,筆者が授業のね らいを明確にすること,生徒の多様な考えを引 き出すような,単元全体を見渡した授業計画を 準備することが必要であると考え,基礎インタ ーンシップから実践した。しかし,筆者が求め る授業には程遠い,教師主導の授業になってし まった。これを改善するための方策を模索する 中で,筆者は次の 3 視点を取り立てて意識し た。それらは,生徒の多様な考えを把握するた めの「生徒理解」(以下,生徒理解)を深める こと,授業のねらいを明確にするために,「到 達目標」(以下,到達目標)を明確にするこ
と,生徒の多様な考えを引き出すために,生徒 を支援するような「授業設計」(以下,授業設 計)をすることである。総合インターンシップ
Ⅰに向かう際,筆者は 3 視点がそれほど互いに 関連しているとは考えていなかったが,3 視点 の関連を示す「学びの学習階段」(以下,学び の学習階段)を創起した。
図 1:筆者が考えた「学びの学習階段」
総合インターンシップⅠの授業設計の段階で は,これら 3 視点はそれぞれが独立しているの ではなく,相互が互いに深くかかわっているこ とを意識するようになり,授業の計画は,学び の学習階段に従って作成していくことにした。
3.研究の方法
筆者の目指す授業像を実現するために,3 つ のインターンシップごとに,授業実践に向かう 授業の立案,実践,授業検討,新たな自分の課 題を見いだすことを繰り返して行った。その結 果,筆者は総合インターンシップⅠに向かう前 に学びの学習階段を,創起した。総合インター
ンシップⅠの授業検討を通して,学びの学習階 段はさらに精選され,到達目標と授業設計,生 徒理解が相互に密接に関連した学習指導案作り になっていった。
学びの学習階段の到達目標とは,「現時点」
の踊り場にいる生徒の,本授業で学習したのち に到達すべき「授業後」の踊り場を筆者が明確 に設定することである。また授業設計とは,生 徒が到達目標に進めるように,筆者の生徒理解 から見えてきた多様な生徒の考えに対応するた めの支援を考えることである。また「階段の 1 段の高さ」は,生徒が到達目標に向かうための 過程を,「階段の幅」は生徒の多様な考えへの 対応を意味している。さらに,授業設計の中に
「教材研究」と「教材開発」を含めた。「教材 研究」は,学習指導要領解説を読み込み,教科 書と学習指導要領解説を結び付け,教科書の行 間も読むことで,その教材がどのような力を育 むことを意図しているのかを解釈する。「教材 開発」は,本時の内容を生徒がどのようにとら えそうか,生徒の考えを予想したり,本時の内 容に対して,生徒の現時点の力で得意な部分を どう生かすか,また,苦手な部分をどのように 補うか,生徒に学習内容をどのように伝えるこ とが最適か,考えることである。
4.総合インターンシップⅡの学習指導案作成 と授業実践
要旨では,紙面の都合から総合インターンシ ップⅡにおける,学びの学習階段を用いた授業 の計画が筆者にとって効果的と感じた 1 授業を 取り上げ,その学習指導案作成や授業実践,授 業の生徒の反応などを記す。
4.1 学習指導案作成の過程
到達目標については,これをより深く理解す
るために必要な,教材の数学的解釈を加えなが ら,決定していくことにした。また授業設計 は,教材の数学的解釈を明確にしたうえで設定 した,到達目標を意識しながら行うようにし た。その際筆者は,生徒の実態を踏まえた生徒 理解も意識した授業設計になるようにした。
本時は,中学校第 3 学年の関数のまとめの段 階に位置する,「いろいろな関数」である。筆 者は,本時の授業を計画するにあたり,底が階 段状の水槽に,毎分同じ割合で水を入れると き,水を入れ始めてからの時間を𝑥(分)と水面 の高さを𝑦(cm)としたときのグラフを考えるこ と,グラフを与えてそのグラフから水槽の底の 形を考えること,の 2 つの課題を提示すること にした。
筆者はまず,「領域の到達目標」を明確にし た。本時の授業は,中学校における関数の最後 の学習である。したがって,中学校までの学習 内容のまとめとともに,高等学校数学科へのつ ながりも意識した,関数領域全体の到達目標を 解釈することを行った。そのことを整理して,
筆者は中学校数学科の関数領域全体の到達目標 を,次の 4 段階として考えた。
①具体的な事象の中から 2 つの数量を取り出 し,それらの変化や対応を調べて,それらが 関数関係であると捉えられる。
②関数関係にある事象が,関数として捉えら れる。
③関数である事象を表,式,グラフといった 数学的な表現を用いて処理できる。
④数学的な表現を用いて明らかになった事柄 を他者に説明できる。
これと併せて筆者は,高等学校で学習する数 学Ⅰの二次関数の到達目標も検討した。その結 果,「関数概念の理解を深め,関数を用いて数
量の変化を表現することの有用性を認識できる ようにする」という点にも着眼して,領域の到 達目標を計画した。
次に,学習指導要領解説や教科書の本時に該 当する教材をもとに,「本単元の到達目標」を 解釈することを行った。筆者は,本単元の到達 目標を次の 3 つであると解釈した。
・具体的な事象の中から 2 つの数量を取り 出し,それらの変化や対応を調べることを通 して,関数 𝑦 = 𝑎𝑥2について理解できる。
・具体的な事象の中から 2 つの数量を取り 出し,関数関係を見いだし表現し考察するこ とができる。
・いろいろな事象の中にある関数関係につい て理解を深め,その事象が関数関係である根 拠などを示しながら,表,式,グラフなどを 用いて説明することができる。
領域の到達目標と本単元の到達目標を踏まえ て,筆者は,本時が中学校数学科の関数領域に ついての最後の学習であることを重視し,しか も,高等学校の数学Ⅰを意識して,「本時の到 達目標」を立てた。そして,具体的な事象の中 から取り出した 2 つの数量が,関数であると判 断できるようにすること,事象から取り出した 2 つの数量の関係を,数学的な表現を用いて整 理したり,他者に説明することができるように なること,を本時の到達目標にした。
教科書には,水槽の底は階段状で,水を入れ 始めてからの時間が変化するのに伴って,水面 の高さがどのように変化するのかを表している 最も適切なグラフはどれか,選択する問題があ る。筆者は,本時の到達目標と照らし合わせ て,適切なグラフを選択する,教科書の問題で も,本時の到達目標を達成することはできるの ではないかとは考えた。
しかし,生徒の実態を踏まえて,再度本時の 到達目標を検討したとき,教科書を参考にしつ つ,生徒が考察して理解を深めるような問題の 提示をする,授業設計にするべきではないか,
と考えた。そこで,水槽を見せて水の深さが変 わっていく様子を表すグラフをかかせたり,グ ラフを与えて水槽の形を数学的に考察するよう な授業設計をした。そのことで,生徒は主体的 に学び,課題の解釈を深め,自ら課題を解決で きるのではないか,と考えた。普段の授業の生 徒の反応から,教科書の問題のように,独立変 数と従属変数が与えられると考察できるが,事 象の中から 2 変数を生徒が自ら取り出して,関 数として考察することは,十分にできていない と判断していた。そこで,本時の教材の提示に あたっては,事象から 2 変数を取り出して関数 関係について考察する機会を設定するととも に,見いだした関数関係のうち,独立変数と従 属変数を峻別する機会も設けることにした。
4.2 授業の実際
本時では,筆者が教具として階段状の水槽を 作成し,階段状の水槽に一定の割合で水を入れ るとどんなグラフになるか,考えるように指示 した。作成した教具のおかげもあってか,生徒 は筆者が与えた課題を的確に把握し,主体的に グラフをかく作業に取り組み始めた。自力で正 解に到達した生徒は 4 割弱だったが,生徒はわ からないなりに前時のワークシートを見て,自 分の考えを進めようとする姿が見られ,自分が できることに最大限取り組む意欲が見られた。
自力解決の後に,班で自分たちの考えを発表し あう機会を設けると,それぞれの考えを相手に 伝えようとしたり,質問しあう姿もあって,議 論は活発だった。また,他者の意見も取り込ん で,建設的に考えを進めている班もあった。
5.分析と考察
本時の授業設計時に,学習課題を把握する場 面について,筆者が意識したことは,独立変数 と従属変数が何かを明確に意識させることだっ た。ところが,授業実践の場面では,ほとんど の生徒が2変数を的確にとらえ,課題を把握し ていた。また,自力解決の後に班で話し合う場 面を授業設計したときに筆者が意識したこと は,底面の大きさが変わると傾きがどうなるか 問いかけながら,既習内容を思い起こさせ,議 論を進められるようにすることだった。筆者は 授業実践でもこの働きかけをしながら,班での 議論を注意深く聞き取っていた。考える方向性 が大きく異なっていれば修正しようとしていた が,そうした班は見受けられなかった。中には 間違えたグラフをかいている同じ班の生徒もい て,どれが正しいグラフなのか,議論は白熱し ていった。その結果,生徒の議論は班にとどま らず,隣の班も巻き込んで,複数の班での議論 も始まっていた。筆者はほとんど話す場面もな く,生徒の主体的な活動は続き,彼らの議論を 切るタイミングも難しい状況になっていた。議 論のために用意した時間では足りず,議論の時 間をさらに確保するために,提示する予定だっ た2つの課題のうち,もう一方を急遽,次時に まわす判断をした。
こうした生徒の主体的な活動に直面し,筆者 は生徒の活動を丁寧に見守ることができた。教 師として,生徒や班に寄り添ったり,生徒同士 だけで考えても問題ないと考えたときは,教師 からの支援や説明を保留してみたりする経験が でき,筆者にとって大きな転機といえる授業実 践になった。
本授業の計画を立てる段階で,筆者は,学び の学習階段の考えに基づいて生徒理解,到達目
標,授業設計を行った。また,高等学校の学習 指導要領まで見通した教材の数学的解釈をしな がら到達目標を立てて,それを授業対象の生徒 の実態に鑑みて,授業設計した。すなわち,生 徒理解と到達目標を相互に関連させた本時の授 業設計になった。このことが,本時のような,
筆者が目指す,生徒が主体的に活動する授業を 実践することにつながったと考えた。改めて,
筆者が学習指導案を作成する際に,学びの学習 階段を用いることが大切な視点の1つであるこ とを確信した。
6.今後の展望
筆者は,生徒が主体的に課題解決に向かう授 業を行うためには,学びの学習階段の生徒理 解,到達目標,授業設計を相互に関連付けて授 業を計画することが,今後も重要であることが 2 年間の学びを通して分かった。今後も,学び の学習階段を意識した授業の計画をさらに質の 高いものにしていきたいと考えている。
筆者は,総合インターンシップⅡの授業検討 や省察,ゼミを通して,Pedagogical Content Knowledge(以下,教師の PCK)の理論に出会っ た。当初筆者は,教師の PCK が自分の考えと全 く結びつかなかった。しかし,筆者が創起した 学びの学習階段の 3 視点が互いに密接に関連し あっていることに着目すると,教師の PCK の考 えに,非常に近いと感じた。教師の PCK の創案 者である Shulman,J.の考えを,丁寧に紹介し ている徳岡氏の論文は,その後も頻繁に見てい たが,現在はまだ,学びの学習階段とは直結し ていない。この間を埋める作業は,今後の筆者 の課題である。