子どものセルフ・エスティームに関する日中比較研究
人 間 教 育 専 攻 人間形成コース 宮 内 宏 子
1. 問題の所在と研究の目的
2010年,警視庁の発表によると、自殺者は3 万 1560人で、 98年以来, 13年連続で年間 3 万人を超えた。先進国である日本は、ある程度 の物質的豊かさがあるにもかかわらず、なぜ自 ら命を絶とうとするのか。私は日本人の心の豊 かさに問題の背景が潜んでいるのではなし、かと 考えた。教育の場に目を向けてみても、いじめ や学級崩壊など、複雑な問題が山積している。
そのため、学校の「荒れ」への対応は多様化を 求められるようになり、悩みを抱える教師も増 えた.現代は大人も子どもも変化する人聞社会 の中で生きなければならないため、息苦しささ え感じる世の中になってしまったのではないか。
閉塞感の漂う社会にこそ、自己存在に有用感を もつことが必要である。そこで、同じアジアに あって経済成長を遂げつつある中国の北京と比 較し、失敗や挫折から自己を回復させることの できる健全なセルフ・エスティームの構成要因 を探ることを本研究の目的とする。
日中単純集計
東京と北京の公立小学校に通う 5・6年生に 対して生活と意識に関する質問紙調査を行った。
単純集計の結果、北京の子どもは日本の子ども よりも平均約 1時間就寝時間が早いことがわか った。また、「自分のルックスに自信がなしリと 答えた子どもの割合は、東京が61.2%,北京が 15.3%であった。「自分にはいくつかいいところ があるJは、東京が71.7%,北京が86.8%と高 い数値を示した自分にはわるいところがあるj
指 導 教 員 伴 恒 信
と答えた子どもは、東京が80.6%,北京が 34.9%
で、東京の子どもの方が自分の短所を認識する 割合が高いとし、う結果で、あった。さらに、「今の 成績は全体的に見て、クラスの中でどれくらい だと思うかj という 5件法の質問に対して、自 分の成績が真ん中より上と答えた東京の子ども が24.7%で、あったのに対して、北京の子どもは 55.3%で、あった。
2. セルフ・エスティーム
セルフ・エスティームを構成すると考えられ る項目及び、関連性の見られる項目として仮定 したものに対して因子分析を行った。結果は、
セルフ・エスティームを構成する中心項目と仮 定したものから 5因子を抽出し、「自己確立J
r
自 己承認Jr
他者意識Jr
自己不満足」とそれぞれ 命名した。関連性項目からは 3因子を抽出し、「自己充実J
r
自己中心Jr
協同」と命名した。そして、家族、学校・友人関係もセルフ・エス ティームに影響を与える要因と考え、その他の 周辺項目と合わせて分析・考察を行った。
3. 東京分析
全体分析で、行ったと同様に、セルフ・エステ ィームを構成すると考えられる中心項目及び関 連性の見られる項目と仮定したものに対する因 子分析を行った。結果は、 4因子「自己確立」
「自己承認J
r
他者意識Jr
自己不満足」、 3因子「相互協調意識J
r
自己充実Jr
自己中心」を抽 出した。そして、家族、学校・友人関係もセル フ・エスティームに影響を与える要因と考え,その他の周辺項目と合わせて分析・考察を行つ
内ペU
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4. 北京分析
全体、東京と同様にセルフ・エスティームを 構成すると考えられる中心項目及び,関連性の 見られる項目と仮定したものに対する因子分析 を行った。結果は、 4因子「自己肯定J
r
自己到 達遂行Jr
他者意識Jr
外向性」、 3因子「融和意 識Jr
自己成長Jr
自己中心Jを抽出した。そし て、家族、学校・友人関係もセノレフ・エスティ ームに影響を与える要因と考え、その他の周辺 項目と合わせて分析・考察を行った。5. セルフ・エスティームを規定する要因 の推定
因子分析の結果から得られた指標から、東京 と北京で異なった結果が得られた。セルフ・エ スティームを構成する中心項目において、第 1 因子は、東京で「自己確立」、北京では「自己肯 定Jが挙がっている。また、東京の「自己確立J
「自己不満足J、北京の「自己到達遂行J
r
外向 性」の3指標は両都市独自のものである。これ らの因子分析結果をふまえて重回帰分析による セルフ・エスティーム規定要因の推測を行った。[東京]
セルフ・エスティームを構成する中心項目とし て考える 4指標から、「自己確立」は「学校生 活積極的態度」や「クラスにおける自己の成績 位置認識J
r
自己の将来像Jなどがプラスの要因 を示したことから、学校生活を楽しく、充実し て送り、自己を客観的にみつめようとすること が推定される。「自己承認」は「自己の将来像」「クラスにおける自己の成績認識Jなどがプラ スの要因を示したことから、自分に関すること を受け入れる要素として、特に「将来」と「成 績」が推定される。「他者意識jは「愛情認識」
にプラスの要因、「学校生活反抗態度」にマイナ スを示したことから,他者から愛情を受けてい
ると感じることが他者への意識を高めていると 考えられる。「自己不満足jは「就寝時間J
r
学 校生活不安Jにプラスの要因を示し、「し、っしょ にあそぶ友だち数Jにマイナスの要因を示した ことから、学校生活と家庭生活が子どもの意識 や行動に影響を及ぼしていることが推測される。[北京]
「自己肯定Jを規定する要因に「自己の将来像」
「家族コミュニケーションJ等がプラスの影響 を及ぼしている。自分のことが大切な存在であ ると思えば,将来の自分も自ずと肯定的に見る ことができる.家族コミュニケーションも同様 に自己存在を満たす要因のーっと推測できる.
「自己到達遂行」は物事を継続,追求しようと する姿勢が見える「自己の将来像J
r
学校生活貢 献J等がプラスの要因となった。学校の集団生 活や未来の自分に自己有用感をもっていること が推測できる。「他者意識Jは他者を気にかける 態度が培われていることを表したものであると すれば、「家族コミュニケーションJr
自己の将 来像Jは自分と他者に目を向けることができる が,r
学校生活反抗態度」に見られる自分本位な 行動がマイナスとなった。「外向性」は「学校生 活貢献Jで所属感をいっしょに遊ぶ友だち数J が自己開示を必要とすると推測できる。6. 研究のまとめと今後の課題
自分のことを大切に思える人は柔軟なセル フ・エスティームをもっているといえよう。家 族からの無条件の愛情と社会の中で生きている という所属感が人を結びつけ、豊かな心を育て ることができると考える。強迫的観念を持つ日 本人の精神と中国人が持つポジティブさは互い に補うべき点ではないか。今後は十分すぎる自 己愛や不安に押しつぶされている子どもへの支 援を考えていかなければならない。
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