テラヘルツ波を利用した無線通信技術の現状と将来展望
永妻 忠夫
†a)枚田 明彦
††Present and Future of Wireless Communication Technology Using Terahertz Waves Tadao NAGATSUMA†a)and Akihiko HIRATA
††
あらまし 21世紀に残された最後の周波数帯のフロンティアとして,テラヘルツ波の様々な応用に向けた研究 開発が国内外で活発になってきた.本論文では,テラヘルツ波の情報通信への応用としてテラヘルツ無線を取り 上げ,今それが期待されている背景とニーズについて触れたのち,2000年頃に始まり近年に至るまでの研究開発 と実用化,並びに周波数割当や標準化の状況を述べ,最後に今後の課題について言及する.
キーワード テラヘルツ,無線通信,光,フォトダイオード,化合物半導体集積回路,Si半導体集積回路,コ ヒーレント,周波数割当
1.
ま え が きスマートフォンや無線
LAN (local area network)
の急速な普及に伴い,全世界のモバイルデータトラ ヒックは急速に増加している.2015
年末時点でのモバ イルデータトラヒックは月当たり3.7
エクサバイトで あり,2020
年にはその約8
倍になると予測されてい る[1]
.我が国では2020
年に東京オリンピックが開催 されるが,街頭やスタジアムでのトラヒック集中への 対策や,試合中継の3
次元あるいは多視点の仮想視聴 等の新たなサービスを実現すべく,超高速高速モバイ ルネットワークの研究開発が進められる.放送分野では,
2016
年8
月に現行のハイビジョン(
2K
)を超える超高精細な画質による放送4K/8K
の 試験放送が開始されており,総務省が示したロード マップ[2]
によると,2018
年に4K/8K
の実用放送が 開始される予定である.非圧縮8K
映像のデータレー トは緑色信号に二つのイメージセンサ,赤色信号と 青色信号にそれぞれ一つのイメージセンサを使用す るデュアルグリーン方式の場合で約24 Gbit/s
以上,†大阪大学大学院基礎工学研究科,豊中市
Graduate School of Engineering Science, Osaka University, 1–3 Machikaneyama, Toyonaka-shi, 560–8531 Japan
††千葉工業大学工学部,習志野市
Faculty of Engineering, Chiba Institute of Technology, 2–
17–1 Tsudanuma, Narashino-shi, 275–0016 Japan a) E-mail: [email protected]
DOI:10.14923/transcomj.2016SHI0012
フルスペックかつフレームレート
120 Hz
の場合では144 Gbit/s
と大容量伝送が必要となる.これらのデータ通信量の急増に伴う電波利用の拡 大に対応するため,これまで未利用であった高周波 数帯の電波を利用した無線システムの研究開発が進 められている.既に固定無線では,
60 GHz
帯で64 QAM (quadrature amplitude modulation)
変調によ り10 Gbit/s
の伝送速度を実現した製品レベルの屋 外固定無線が報告されている[3]
.また,次世代の携 帯電話の規格として標準化が進められている5G (5th Generation)
でもミリ波帯の利用が検討されており,70 GHz
帯ミリ波無線において,ビームトラッキングを用いることにより,移動局と
2 Gbit/s
のフィール ド実験に成功している[4]
.10 Gbit/s
を大きく超える伝送速度を実現する手段 の一つが,テラヘルツ波(100 GHz
〜10 THz
)の利用 である.テラヘルツ帯では,一つのシステムが広い帯 域幅を占めることができる可能性があり,ASK (am- plitude shift keying)
やPSK (phase shift keying)
な どの比較的簡単な変調方式でも100 Gbit/s
級のデー タ伝送を実現するポテンシャルを有している.更に,短波長性から,アンテナサイズを小さくできるという 利点もある.しかし,テラヘルツ帯の電波は,直進性 が強いため,従来の無線通信のように「どこでもつな がる」ことは難しく,基本的には見通し内通信での利 用が主となる
[5]
.また,現状ではテラヘルツ帯でW
級の出力を得るのは困難であるため,数百m
の通信図1 テラヘルツ波無線の想定される適用例 Fig. 1 Application examples of terahertz wireless
links.
距離を得るためには利得の大きい大規模なアンテナが 必要となる
[5]
.これらのテラヘルツ無線の特性を踏まえて想定され るテラヘルツ無線の適用例を図
1
に示す.屋外用途で は,急増するモバイルデータトラヒックに対応すべく,光ネットワークとシームレス接続を可能にするバック ホールやフロントホールでの固定無線としての利用 や,放送局での
4K/8K
等の超高精細映像素材伝送な どが想定される.屋内用途では,無線LAN
の高速化 や近接無線での超高速データダウンロード,などがあ げられる.屋外用途では,通信距離の延伸や稼働率向 上に向けたテラヘルツデバイスの出力向上,屋内の無 線LAN
用途ではビームトラッキング技術,近接無線 では,微弱無線局規格への適合や多重反射への対策,等が研究課題となっている.
我々は,光技術及び電子デバイス技術を利用したテ ラヘルツ無線信号発生・検波及の研究開発を進め,こ れらのデバイスを実装したテラヘルツ無線システムを 構築し,
50 Gbit/s
のエラーフリー無線伝送や非圧縮・無遅延
8K
映像伝送を実証してきた[6], [7]
.本論文で は,テラヘルツ無線システムで使用されるデバイス技 術や超高速無線伝送技術に関する動向を説明するとと もに,テラヘルツ無線の実用化や標準化に向けた最新 状況について紹介する.2.
テラヘルツ無線用デバイス技術2. 1
送信デバイステラヘルツ帯無線信号の発生には,これまで主に二 つの手法が用いられてきた.一つめは,無線信号を重
2. 1. 1
光技術によるテラヘルツ信号発生2000
年代以降のテラヘルツ無線通信の黎明期には,テラヘルツ無線の研究開発では光技術を用いたシステ ムの検討が中心に行われていた
[8]
.これは,高速・高 出力の光電変換素子があれば,電子デバイスによる発 生と比較して,高周波信号を容易に発生することが可 能だからである.更に,光デバイスは電子デバイスよ り広帯域性に優れているため,光信号の段階で超高速 の変調を行うことにより,広帯域の信号伝送が可能に なる[8]
.高周波信号発生以外にも,光技術を利用した無線シ ステムには様々な利点がある.光信号に無線信号を重 畳して伝送することが可能であるため,電波の基地局 を低コストで簡素な構成にすることができる
[8]
.ま た,無線信号に加えて,光ファイバで給電用のハイパ ワー光信号を伝送し,基地局内で光電変換して電源供 給することにより,基地局の無電源化を実現すること も可能である[9]
.また,フェムトセルや鉄道などの 移動体内基地局等,ネットワークの構成が多様化して いけば,有線ネットワークと無線ネットワークが複雑 に組み合わさった構成になっていくと予想される.光 技術による無線信号の発生は,光ネットワークと無線 ネットワークをシームレスに接続するためのキー技術 として期待される.上述したように,光技術による無線信号発生では,
高速・高出力の光電変換素子の実現が鍵となっている.
光通信で広く使用されている
pin
フォトダイオードや アバランシェフォトダイオードでは,テラヘルツ帯で実 用的な出力を得られなかった.しかし,NTT
が開発し た単一走行キャリアフォトダイオード(Uni-traveling
carrier photodiode: UTC-PD
)の登場により,テラ ヘルツ帯でも実用的な出力が得られるようになったた め,光技術を使用した無線通信の研究が大きく進展 した[10]
.UTC-PD
はp
型にドープされた狭バンド ギャップの吸収層と,アンドープ,若しくは低濃度にn
型ドープされた広バンドギャップのキャリア走行層 とで構成されている.UTC-PD
では速度の遅い正孔 の影響を排除し,電子のみを活性なキャリアとして用図2 アンテナ集積テラヘルツ帯UTC-PDモジュール Fig. 2 Antenna-integrated THz-band UTC-PD
module [11].
いることとなるため,高速動作が可能となる.
テラヘルツ帯での用途拡大に向けて,
UTC-PD
の 広帯域化を目指した検討が進められている.吸収層の 構造をテラヘルツ帯動作に最適設計したハイブリッド 吸収層の導入により,UTC-PD
の帯域が大幅に向上 し,最適バイアス条件( − 0 . 4 V)
で6 × 10
7cm/s
の 実効電子速度を達成している[10]
.更に,図2
に示すUTC-PD
チップ上に広帯域ボウタイアンテナを一体集積し,基板裏面に
Si (silicon)
レンズを実装したフォ トニックミキサモジュールでは,2.5 THz
での動作,及び
1 THz
で− 30 dBm
以上の出力が報告されてい る[10], [11]
.UTC-PD
のアレー化による高出力化の検討も進められている.
NTT
のSong
等は二つのUTC-PD
出力 を1
チップ上でT
ジャンクションにより伝送線路で合 波し,導波管に結合したモジュールを開発した.この モジュールで300 GHz
において,1.2 mW
の出力を 達成している[12]
.九州大学の加藤等は,各UTC-PD
の出力を空間合成する手法での出力増加を検討してい る[13]
.ボウタイアンテナと集積したUTC-PD
チッ プを1
チップ上に四つ配置したデバイスを開発し,単 体のUTC-PD
デバイスと比較して,利得が5.8 dB
増 加することを示した.テラヘルツ無線では,変調,復調の容易さから,主に 強度(
ASK
)変調・包絡線検波が用いられてきたため,キャリア信号の位相雑音信号は伝送品質に影響を与え なかった
[14]
.そこで,テラヘルツ帯の光サブキャリア 信号の発生には,二つの非同期のシングルモードレー ザ(SML: single mode laser
)を合波する手法がとら れてきた[5]
(図3 (a)
).この方式は,簡便な構成で広 い周波数範囲の信号が発生可能である.しかし,光通 信におけるディジタルコヒーレント技術の進展により,テラヘルツ無線においても数
10
〜100 Gbit/s
の伝送 において,QPSK (quadrature phase shift keying)
や図3 光サブキャリア信号発生器の模式図 Fig. 3 Schematics of optical subcarrier signal generator.
QAM
等の多値変調が導入されるようになった[6]
.こ れらの方式では,キャリア信号の位相雑音を抑える必 要がある[6]
.単一のシングルモードレーザを強度変調,または,位相変調し,発生した光コム信号を光フィル タで切り出し合波する方式では,二つのシングルモー ドレーザを利用する場合と比較してコヒーレンシー は向上するが,分岐した二つの光信号をファイバで接 続すると,ファイバの伸縮に起因する光路長差の変動 により,発生するテラヘルツ信号の位相が変動すると いう課題が残る
[15]
(図3 (b)
).図3 (c)
に示すよう に,平面光導波路(planar lightwave circuit: PLC
) 上に光フィルタと光カプラを一体化すれば,光路長差 の変動に起因する位相の揺らぎを抑制することができ る.本方式により,120 GHz
帯において位相雑音は オフセット周波数100 Hz
で− 75 dBc/Hz
,1 kHz
で− 85 dBc/Hz
という低位相雑音を得ている[15]
. 更に,近年急速に技術が進展しているSi
フォトニ クス技術を利用すれば,数mm
角のSi
チップ内に,変調器とフィルタ,カプラを集積することができる.
既に,
Si
チップ上に位相変調器,導波路,カプラ,を 一体集積したテラヘルツ光源を作成し,100 GHz
〜2 THz
のテラヘルツ信号の発生に成功している[16]
. この他,図3 (d)
に示すように,各光フィルタの後段フォトダイオードの集積化技術が実用化に不可欠であ り,欧米で研究開発が始まっている
[18]
.2. 1. 2
電子回路技術によるテラヘルツ信号発生電子回路技術によるテラヘルツ信号の発生には,主 に高電子移動度トランジスタ
(High electron mobility transistor: HEMT)
やヘテロ接合バイポーラトラン ジスタ(Heterojunction bipolar transistor: HBT)
等 の化合物半導体トランジスタが用いられてきた.NTT
の研究グループは,InP (indium phosphide) HEMT
を使用した無線通信に必要な要素回路を1
チップに集 積した120 GHz
帯送受信チップを試作し10 Gbit/s
データ伝送に成功した[19]
.更なる高周波化を目指し,ゲート長
80 nm
のコンポジットチャネルを使用した最 大発振周波数(f
max) 700 GHz
のInP HEMT
を開発 し[20]
,これにより,300 GHz
帯のASK
変調器や最 大出力10 dBm
のパワーアンプ等を開発している[21]
.最近では,
Si
系半導体デバイスを用いたテラヘルツ 帯回路技術の研究が活発になってきた.カリフォルニ ア工科大学からは,45 nm CMOS (complementary metal-oxide-semiconductor)
チップ上に4 × 4
フェー ズドアレーアンテナを形成し,280 GHz
信号の発生 とビーム走査を実現している[22]
.また,広島大学は,40 nm CMOS
を用いた300 GHz
帯送信チップを報 告している.このチップを用いて21 Gbaud 64QAM
変調信号の発生に成功している[23]
.2. 2
受信デバイステラヘルツ信号の検波には,これまで主に化合物 半導体デバイスが使用されてきた.
GaAs (gallium arsenide)
ショットキーバリアダイオード(Schottky barrier diode: SBD
)のカットオフ周波数は10 THz
を超えており,直接検波器やミキサーとして多用され ている.一般に受信感度を上げるためには,低雑音の前置増 幅器が不可欠である.特に,
InP HEMT
は,その低雑 音性から,テラヘルツ帯受信器用MMIC
として様々な 研究が行われている.120 GHz
帯では,InP HEMT
を使用した低雑音増幅器(LNA
)で5.5 dB
の雑音指 数(NF
)が報告されている[19]
.富士通の研究グルー3.
超高速無線データ伝送3. 1 120 GHz
帯無線での伝送実験100 GHz
を超える周波数を利用した無線技術の先駆けは,
NTT
において開発された120 GHz
帯無線で ある.2002
年,電波を使用した無線通信において世 界初となる10 Gbit/s
伝送が実現されている.当時の 伝送実験では120 GHz
帯電波の発生にUTC-PD
,受 信にSBD
を使用しており,通信距離は2 m
に留まっ ていた[25]
.2007
年以降,テレビ放送での番組素材映 像の非圧縮伝送への適用を目指し,通信距離の延伸,及び,無線装置の可搬性の向上を目的に
InP HEMT MMIC (monolithic microwave integrated circuit)
を 使用した無線装置の開発が進められた.この無線シス テムでは,ASK
変調,包絡線検波を使用している.ブ レークダウン電圧を高めたコンポジットチャネルInP
HEMT MMIC
の利用により,無線装置の送信出力は最大で
40 mW
まで増加するとともに,10 Gbit/s
級 誤り訂正符号化技術による最少受信感度の向上により,10 Gbit/s
データの5.8 km
伝送に成功している[14]
. これらの無線システム技術とNHK
放送技術研究所 が開発したHD-SDI (high-definition serial digital in- terface)
信号多重装置を組み合わせる事により,Dual Green
方式の非圧縮8K
映像信号(約22 Gbit/s
)の 無線伝送が試みられている.このHD-SDI
信号多重装 置は,16
本のHD-SDI
信号を,誤り訂正符号を付加し たうえで,2
本の11 Gbit/s
シリアル光信号に変換す る.この2
本の11 Gbit/s
を,図4
に示すように,垂 直偏波と水平偏波の2
組の120 GHz
帯無線リンクを図4 非圧縮8K信号伝送実験の様子[7]
Fig. 4 Transmission of uncompressed 8K TV signals [7].
図5 OMTを使用した120 GHz帯無線偏波多重伝送 (11 Gbit/s×2ch)のBER特性[26]
Fig. 5 BER characteristics of polarization multiplex- ing transmission (11 Gbit/s×2ch) over 120- GHz-band wireless link using OMT [26].
使用することで伝送することにより,距離
1.25 km
で の非圧縮8K
映像信号の無線伝送に成功している[7]
.このほか,一つの無線装置で,偏波多重伝送を実 現するため,小型・軽量の偏波分離器(
Orthomode transducer: OMT
)が開発され,これにより,1
組の120 GHz
帯無線装置で22 Gbit/s
のエラーフリー伝 送が実現されている(図5
)[26]
.本実験では,出力が0 dBm
の場合,Reed-Solomon
符号による前方誤り 訂正(FEC: Forward Error Correction
)を使用しな い場合で0.2 m
,FEC
を使用した場合で0.4 m
,出力 を10 dBm
に増加し,FEC
を使用した場合は0.6 m
以上の伝送距離で10
−12以下のBER
が得られた.3. 2
超200 GHz
無線伝送技術現在,
40
〜50 Gbit/s
を超える超高速無線伝送には,キャリア周波数として
200
〜400 GHz
が用いられて いる.大阪大学のグループは,光技術をベースとしたASK
送信器(図3 (a)
の信号発生方式)とSBD
ダイ オード受信器を用いた300 GHz
帯無線リンクにより,50 Gbit/s
までのエラーフリー無線伝送(通信距離<
1 m
)に成功している[27]
.また,同システムにおいて,受信器にミキサを用い,
キャリア周波数と位相を安定化した送信器(図
3 (d)
の信号発生方式)と同期した局部発信器(Local oscil- lator: LO
)により該ミキサを励起することで,受信 感度を約20 dB
増加させるとともに,図6
に示すよ うな高利得(約52 dBi
)のリフレクタアンテナを併用 し,100 m
まで伝送距離を延ばしている[28]
.今後,図6 300GHz帯無線用送信器[28]
Fig. 6 Transmitter of 300-GHz band link [28].
送受信器に増幅器を導入することにより,
1 km
を超 える伝送が期待できる.更に,光技術を用いた送信器では,光変調器に多値 変調を導入することで,比較的容易に多値化による 伝送速度の向上が可能である.大阪大学と
NTT
のグ ループは,QPSK
変調方式による100 Gbit/s
のリア ルタイム無線伝送実験を報告している[29]
.現在の光ファイバネットワークの高速化の主流は,
ディジタルコヒーレント技術と呼ばれる,多値変調と ディジタル信号処理を用いたものであり,上記の多値 光変調技術を用いた無線システムとの整合性がよい.
そのことから,最近,受信側にディジタル信号処理を 用いたテラヘルツ無線の研究が活発化してきた
[31]
〜[34]
.一 方 ,全 電 子 回 路 技 術 を 用 い た
200
〜300 GHz
帯 送 受 信 シ ス テ ム の 研 究 開 発 も 進 ん で い る .独Karlsruhe
工科大学のグループは,240 GHz
帯GaAs HEMT MMIC
送受信器により,QPSK
変調で,最大64 Gbit/s
,850 m
の伝送実験を行っている[35]
.ま た,NTT
,富士通,NICT
のグループは,300 GHz
帯InP HEMT MMIC
送受信器により,ASK
変調に よる20 Gbit/s
伝送システムを開発し,公共の場所な どで不特定多数の人が,必要な情報にアクセスしたり,さまざまなサービスを利用したりする情報端末方式で ある情報キオスク端末型でのデータダウンロードのデ モンストレーションに成功している
[21], [36]
.電子デバイスによる有望なアプローチとして,共 鳴トンネルダイオード(
Resonant tunneling diode:
RTD
)を用いた送受信器が注目されている.図7
に示 すようにRTD
と平面アンテナを集積した素子だけで,発振素子と検波素子の双方に用いることができ,これ まで,
300
〜500 GHz
帯において,RTD
送受信器に よる近接無線[37]
や34 Gbit/s
の無線伝送実験[38]
が 報告されている.図7 RTDを用いた送受信モジュール[37]
Fig. 7 RTD-based transceiver module [37].
4.
実用化に向けた取り組み並びに標準化 の動向4. 1
研究開発プロジェクトテラヘルツ無線の実用化を目指した研究開発が国 内外で活発に行われている.国内では,総務省電波 資源拡大のための研究開発で「テラヘルツ帯デバイ ス基盤技術の研究開発」(平成
23
〜30
年度)におい て,300 GHz
帯の無線通信技術の開発が進められて いる[39]
.本研究開発では,平成27
年度まで,InP HEMT
デバイスを利用した300 GHz
帯無線通信の開 発が行われ[36]
,現在,MEMS
真空管増幅器及びSi CMOS
でのテラヘルツ無線回路の研究開発が進めら れている.また,上記と同じ総務省のプロジェクトと して「300 GHz
帯無線信号の広帯域・高感度測定技 術の研究開発」(平成27
〜30
年度)において,140
〜300 GHz
帯のQPSK
等の無線信号スペクトルを正確 に計測するための技術開発が進行中である.4. 2
標準化の動向また,テラヘルツ無線に関する様々な標準化活動が 進められている.
120 GHz
帯無線については,放送局 が番組映像素材を伝送する無線中継伝送装置(FPU:
Field pick-up unit
)の実現を目指し,放送用途での 標準化が進められた.2014
年1
月には,総務省より番 組素材中継を行う無線局等の無線設備規則の一部を改 正する省令(平成26
年総務省令第5
号)が施行され,116
〜134 GHz
が放送用途に割当てられた[40]
.2016
年2
月には,120 GHz
帯を使用する番組素材の中継 を行う移動業務の無線局に関する電波法関係審査基準 の一部改正を施行し,120 GHz
帯が番組素材伝送用無 線として実利用できるようになった[41]
.電波産業会(
ARIB
)では,2015
年3
月に民間の放送用無線装置 規格である「ARIB STD-B65
:超高精細度テレビジョ ン放送番組素材伝送用可搬形120 GHz
帯デジタル無準等を始めとする国際的な電波秩序を規律する無線通 信規則の改正を行うため,
3
年から4
年に一度開催さ れる会議である.2015
年11
月に開催されたWRC-15
では,次回2019
年の開催となるWRC-19
の議題と して,「275GHz
以上の周波数帯を利用した陸上移動業 務,固定業務の導入」が日本から提案された.本提案 はWRC-19
議題として認められ,WRC-19
において,275 GHz
から450 GHz
の範囲で,能動業務への周波 数特定について検討することとなった[43]
.WRC-19
での議題成立を受けて,ITU
のStudy Group 1
では275–450 GHz
における電波伝搬モデル並びに陸上移 動及び固定業務のシステム特性のとりまとめを開始し ている.また,
IEEE
においては,WPAN
の標準化を進めるIEEE802.15 WG
において,100 Gbit/s
の伝送速度を 実現するテラヘルツ無線伝送技術の標準化を目指した1EEE802.15.3d
のタスクグループ(TG 3d(100G)
) が2014
年5
月に活動を開始している[44]
.5.
む す び無線技術の高速化のトレンドの中で,テラヘルツ波 を利用した通信技術に期待が集まっている背景を述べ,
約
15
年にわたる研究開発の状況を,要素デバイス,伝 送システム並びに標準化の観点からまとめた.テラヘルツ波は,従来のマイクロ波に比べて大気減 衰が大きく遠くには飛ばない,壁を通り抜けない,直 進性が強い,そのためマイクロ波のような干渉が起こ りにくいといった伝搬上の特徴を有する.したがって,
テラヘルツ無線の屋内近距離並びに近接無線への応用 を想定した場合,マイクロ波無線のように限られた狭 い周波数帯域を効率的に利用するのではなく,帯域を ふんだんに使い,できるだけ単純な変調方式と簡単な 回路構成や少ない電子部品で低電力なシステムを実現 するのが最も特徴的なアプローチとなろう.また,ア ンテナの大きさは,単体であれば
IC
の入出力(I/O)
用パッドくらいになる.利得を稼ぐためアンテナをア レー化したとしても,数ミリ角で実現できることから,簡単に電子機器や携帯端末に入る.ここまでアンテナ
を小さくできると,無線通信の適用範囲が爆発的に広 がる可能性がある.
また本論文では,光技術を利用した送信技術とその 応用について紙面を割いて説明した.テラヘルツ無線 システムの高速化を牽引するという点で重要であるだ けなく,将来の光ファイバネットワークと無線ネット ワークとをシームレスに融合できる技術として期待さ れている
[45]
.今後重要なハードウェア上の技術課題を三つ挙げる とすれば,半導体集積回路技術,実装技術,並びに広 帯域アンテナ技術である.まず,無線システムの小型 化,低コスト化のために半導体デバイスによる集積化 が不可欠であることは言を俟たない.しかし,テラヘ ルツ帯では,集積回路のチップサイズが電磁波の波長 に比べて大きくなることから,能動素子や受動素子が 集積された回路基板全体を分布定数的な電磁波回路と して取り扱う必要があり,回路設計者の手腕が試され るときである.
次に半導体材料としては,本論文で紹介したように,
現在,化合物半導体と
Si
半導体がしのぎを削ってい るものの,どちらか一方に絞られるということはなく,光デバイスも含めて,最適なシステムに各部品をハイ ブリッド実装されていくと予想される.また,テラヘ ルツ帯の新たな材料として,メタマテリアル,フォト ニック結晶,グラフェン等が注目されている
[41]
.こ れらを用いたフィルタ,カップラー,伝送線といった 受動素子や,変調,増幅デバイスは,将来,性能だけ でなく実装の容易性という点から採用されるだろう.最後にアンテナは,無線システムにおいて,エア(空 間)と送受信装置とのインターフェースであり,最終 的にシステム性能を左右する.
50 GHz
を超える超広 帯域にわたって電波を制御するアンテナの研究は緒に ついたばかりであり,アンテナ技術者,研究者にとっ て挑戦的な分野である[46]
.謝辞 本研究の一部は,総務省戦略的情報通信研究 開発事業
(SCOPE:135010103)
,科研費(16H04350)
,JST CREST
の支援を受けた.文 献
[1] Cisco Visual Networking Index:全世界のモバイル デー タ ト ラ フィック の 予 測 ,2015〜2020年 アップ デ ー ト,
http://www.cisco.com/web/JP/solution/isp/ipngn/
literature/white paper c11-520862.html
[2] 総務省ホームページ,http://www.soumu.go.jp/menu news/s-news/01ryutsu12 02000044.html
[3] VUBIQ Networksホームページ,http://www.
vubiqnetworks.com/wp-content/uploads/Vubiq- HaulPass-V10g-Data-Sheet.pdf
[4] Y. Inoue, Y. Kishiyama, Y. Okumura, J. Kepler, and M. Cudak, “Experimental evaluation of downlink transmission and beam tracking performance for 5G mmW radio access in indoor shielded environment,”
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[5] H.-J. Song and T. Nagatsuma, “Present and future of terahertz communications,” IEEE Trans. Terahertz Sci. and Technol., vol.1, no.1, pp.258–263, 2011.
[6] T. Nagatsuma and G. Carpintero, “Recent progress and future prospect of photonics-enabled. terahertz communications research,” IEICE Trans. Electron., vol.E98-C, no.12, pp.1060–1070, Dec. 2015.
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(平成28年12月26日受付,29年3月31日再受付,
6月7日早期公開)
永妻 忠夫 (正員:フェロー)
1981年九大・工・電子卒.1986年同大 学院博士課程了.同年日本電信電話(株)
入社.2007年大阪大学大学院基礎工学研 究科教授.マイクロ波フォトニクス,テラ ヘルツ波フォトニクスの研究に従事.工博.
2007年度業績賞,2011年度文部科学大臣 賞受賞.IEEEフェロー.
枚田 明彦 (正員:シニア会員)
1992年東大・理・化学卒.1994年同大 学院修士課程了.同年日本電信電話(株)
入社.以来,ミリ波無線,ミリ波回路,テ ラヘルツ分光の研究に従事.2016年千葉 工業大学工学部情報通信システム工学科教 授.博士(工学).2007年度業績賞,2011 年度文部科学大臣賞受賞.