著者 金 珍熙
雑誌名 基督教研究
巻 70
号 2
ページ 73‑90
発行年 2008‑12‑08
権利 基督教研究会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012160
1960年代の「土着化議論」に 対する神学的な応答
「滝沢神学」を中心に
Response to debates of contextualization in the 1960s in Japan: Focusing on theology of Takizawa
金
きむ珍
じ ん ひ熙
Jinheui Kim
キーワード
土着化議論、滝沢神学、インマヌエル、二義的な構造、歴史性と真理性
KEY WORDS
debates of contextualization, theology of Takizawa, Immanuel, construction of two meanings, historical and veracious side of Christianity
要旨
1960年代の日本における「土着化議論」は、重要な神学的課題を残した。本稿は、
その課題を受け止め、神学的な応答を試みる。そのため、土着化議論における神学的 な課題を、キリスト教における「歴史性と真理性」の問題として三つに整理し、その 神学的な課題の解決を模索する事例として「滝沢神学」を取り上げる。そして、滝沢 神学を「インマヌエル」と「二義的な構造」の展開において検討し、その神学的な課 題への応答を試みる。それによって、滝沢神学が土着化議論における神学的な応答の 一つのモデルであることを述べ、土着化議論と滝沢の神学は1960年代における日本の キリスト教の課題を、互いに担い合えるものであったことを示す。
SUMMARY
Debates about contextualization in the 1960s in Japan neglected important theological
issues. This study responses to those theological issues by selecting the theology of
Takizawa as examples of the historical and veracious side of Christianity and analyzing his theology from two points of view: Immanuel and the construction of two meanings.
Based on these views, we respond to those theological issues and reveal that Takizawa’s theology is one model with which to respond. The debates of contextualization and the theology of Takizawa was compatible with those issues.
1.はじめに
本稿は、日本基督教団における1960年代の「土着化議論」を前提にしている。1960 年代における土着化議論とは、1961年における日本基督教団宣教基本方策から始ま る、一連の宣教論と共に盛んになった議論である。戦後における日本基督教団の立て 直しという目標の中で、日本におけるキリスト教の未来像と共に、その方法論上の模 索が行われた。その議論は、日本基督教団の問題に止まらず、日本のキリスト教全体 の問題として認識され広がったのである。このように盛り上がった議論は、1970年か らは万博問題に始まる教団内部の問題などの原因により、徐々に衰退していく。
この土着化議論の基本的な性格は、日本におけるキリスト教の宣教論であったと考 えられる。しかし、それは単に一つの宣教論に止まるものではなく、キリスト教の本 質的な問題に迫るものであった。そこでは、西洋のキリスト教はすでに土着化された 一つのモデルに過ぎないという、キリスト教に対する通歴史的な理解を始め、キリス ト教と日本をどのように関係付けるべきかという、福音と宣教地の相関関係に対する 理解、さらに、日本のキリスト教のあるべき姿や、日本のキリスト教が歩むべき創造 的な道とは何であるかなど、日本におけるキリスト教の本質的な課題が問われたので ある。
本来ならば、このような議論が提示した課題に対し、長い時間をかけた緻密な研究 と議論が続くべきであったであろう。残念なことに、1970年代という激動の時代が あったにせよ、その議論に対する神学的な応答が十分でなかったことは惜しまれる。
その課題の多くは、今日、活発に議論されるコンテキストの神学や宣教の新しいパラ ダイムの問題と共通しており、現在においてもその意義は十分あると考えられる。こ の意味において、土着化に対する神学的な取り組みが、あたかもすでに過ぎてしまっ た一時的な流行のように認識されることは不当である。つまり、土着化議論における 神学的な課題は、その必要性と意義にもかかわらず、未だ十分に吟味されずにいるの ではなかろうか。
本稿は、このような問題意識に基づき、土着化議論の課題を受け止め、それに対す
る神学的な応答の試みの一つを次のように展開したい。まず、2章において土着化議 論における論点を整理・検討し、そこから神学的な課題を見出す。3章では、その神 学的な課題に対する一つの応答のモデルとして滝沢克己を取り上げ、彼が述べる神学 的な核心を理解する。さらに、4章で、「滝沢神学」1
を土着化議論における神学的な
課題に照らしながら検討し、滝沢神学がその課題に応答していることを示す。最後 に、結論においては、1960年代の土着化議論と滝沢神学が相互補完的な関係にあった ことを述べ、滝沢神学に残されている問題を今後の課題として提示する。2.土着化議論に見られる神学的な課題
1) 「土着化」の理解
土着化議論における神学的な課題を見出すため、1960年代の土着化議論における論 点を検討する必要がある。そのために、土着化議論において理解された「土着化」と は如何なるものであったかを明らかにしていきたい。その土着化とは、キリスト教が 日本において「根を下ろす」という言い回しに凝縮される。一本の植物の種が、ある 地において根を下ろすという聖書に基づくこの表現は、あたかも当時の日本の人たち が夢見たキリスト教の理想的な形態や、日本のキリスト教のあるべき姿を表すものの ようであった。すなわち、土着化とは、キリスト教と宣教地の間を結合した結果現れ 出る現象を指す言葉であると同時に、戦後における日本のキリスト教が描いた日本の キリスト教の未来像であったがために、理想的かつ創造的なものとして描写されたの である2。それは、たとえば次の武田清子の文章によく表れている。
私は一つの宗教なり思想なりの本当の土着とはそのいずれでもないように思う。
ましてや預言者的宗教としてのキリスト教が日本の土壌に種まかれ、そこに根を おろす場合、それは一粒の麦のたとえのように、また、「地の塩」のたとえ、あ るいはパン種のたとえのように、その種まかれた土壌の中に深く身を没し、自ら を失うように見えながら、その土壌の本質をゆすぶり、新しい価値をもって対決 することを通して、その土壌のふところから新しい生命が芽生え、その生命を原 動力とした新しい文化、新しい思想、新しい生活が育ってゆくことを意味すると 思う。3
この引用では、上述のキリスト教の理想的な形態を表すものとして、言わば「本当 の土着」が述べられ、そのような土着こそが「新しい生命」や「新しい文化」、「新し い思想」をもたらすものであるという理解が表れている。ところが、ここで注目すべ
き箇所は、「対決することを通して」という表現である。すなわち、根を下ろすとい うことは、単なる結合や融合を意味するのではなく、対決という要素を含んだもので あり、その対決を通じてこそ真に土着化するという理解である。これは、伊藤恭治の 次の言葉に、より鮮明に表されている。
対決の場合はつきはなしとなり、適応の場合は埋没となるという危険があり、こ れは正しい福音の出会い方ではないと思う。ここには逆説的な出会いの道がある のではないか、すなわち「対決を通しての適応」ないしは「適応を通しての対 決」という道である。適応ということはすべての場合にあてはまるものではな く、反対に絶対に対決しなくてはならぬ事柄もある。このけじめが大切である。4
ところで、彼らはなぜ結合や適応だけではなく、対決を言わざるを得なかったので あろうか。その原因は、日本帝国主義下のキリスト教がなした結合に求めることがで きる。すなわちその対決とは、キリスト教が他のものと結合することによってそのア イデンティティーを失ってしまうという、単なるシンクレティズムに対する抵抗意識 ではなく、日本のキリスト教が決して繰り返してはならない歴史的な反省を意味する ものであった。したがって、土着化議論は埋没のような土着化を否定することから始 まる5。埋没のような土着化を「風土化」や「土俗化」といい、本来の土着化と区別 するのである。風土化はその結合において、福音がその地のものに飲み込まれ、「福 音がその本質的なものを喪失して生命を失う」6
ことであるならば、自らが志向する
土着化は、福音における主体性を失わず、「福音が福音としての純正さを保つ」7こと
である。このような土着化は、福音がその純正さを保っていることであり、それゆえに、日 本的なものと鋭く対決をなすものとして理解された。伊藤はルターやパウロの例をあ げながら、福音がその社会において土着化するということは、このような緊張的な対 決をなすものであるという。この対決とは、福音が現実の文化や社会と乖離せず、密 接に結合し、なおかつ福音の本質を失わないことから起こるものである。このような 理解から、伊藤は教会の内にだけ目を向ける日本の福音主義に、批判を加える8。こ のことは伊藤に限らず多くの人に共有されていた認識であった。武田の表現によれ ば、「その土壌の本質をゆすぶり、新しい価値をもって対決すること」9
であり、山本
澄子の表現では「変革を齎すもの」10である。また、葛井義憲に言わせれば、「この世 における異質性」11を示すことである。
この逆説的な道、つまり、対決を含んだ結合、その結合を通じて更なる対決をなし ていくことが、土着化議論によって見出された土着化理解であり、日本のキリスト教
のあるべき姿として描かれた未来像であったのである。
2)神学的な課題
それでは、以上のような土着化理解における神学的な課題とは、如何なるものであ ろうか。ここでは、彼らの議論の背景をなす論理の構造を分析し、そこから神学的な 課題を見出していきたい。
まず、西洋のキリスト教の相対化である。彼らの理解では、キリスト教は、神の福 音に対する人間の理解や解釈の産物であり、歴史的にその地の文化と社会に土着化し てきたものである。したがって、土着化されてない「純粋なキリスト教」というもの は存在せず、西洋のキリスト教をも西洋に土着化したキリスト教の一形態として見な していくのである12。このように理解することによって、日本におけるキリスト教の 土着化の正当性が与えられることになった。日本のキリスト教は、単に西洋の模倣で はなく、日本のキリスト教のあるべき姿として土着化した「日本的なキリスト教」を 追求するべきであると考えられたのである13。このことは、歴史の中で形成されてき た相対的なものとしてのキリスト教と絶対普遍的なものとしての福音が、分けて考え られていることを意味する14。この理解から、日本に根付くべきものは、相対的なキ リスト教ではなく、福音そのものであり、「キリスト教の土着化」ではなく、「福音の 土着化」であると、彼らは主張することができたのである。このような、通歴史的な 観点による西洋キリスト教の相対化の試みが、土着化議論における一つの前提であ る。
これを前提とした時に考えられ得る神学的な課題は明瞭である。すなわち、キリス ト教において、歴史的な産物として相対化できるものと、相対化し得ないものに対 し、いかにそれを神学的に理解し識別するかという課題である。つまり、相対化でき る側面を歴史性として、また、相対化し得ない側面を真理性として捉えるならば、キ リスト教における歴史性と真理性を神学的に理解し、定義する必要があるのである。
次に、キリスト教における真理性たる福音の抽出可能性である。土着化議論におい てよくたとえられたように、キリスト教には植物の種のようなものがあり、それをあ る地に埋めていくと、また同じような植物が出てくると理解された。このことは、キ リスト教には核心のようなものが存在すること、また、それがキリスト教から種のよ うに抽出できるということを前提にしている。言い換えれば、神の福音というキリス ト教の真理性を、キリスト教から抽出することができるという理解が、前提にされて いるのである。
このような理解をめぐる神学的な課題は、キリスト教における歴史性と真理性相互 の関係の究明である。キリスト教にはその核心なるものがあり、土着化のためにはそ
の抽出が必要であるならば、まずは神の福音というキリスト教における真理性と、そ れに対する応答として形成されたキリスト教における歴史性との関係を神学的に明ら かにしなくてはならない。ここでは、それを明らかにすることと並んで、そもそもそ れが抽出できるものなのかということも問わなければならないのであろう。
さらに、その福音の主体性の問題がある。福音の種のようなものが日本という地に まかれ、密接に結合しながらも、鋭く対決をなし、対決を含んだ結合を通じてさらな る対決をなしていくことが、彼らが描いた土着化であり、福音が日本において根付く ということであった。そのためには、福音がその主体性をなくして風土化してしまう のではなく、あくまでも福音における主体性を維持しつつ、根を下ろしていく必要が ある。言い換えれば、福音の絶対普遍性が確保され、それが日本という相対的な歴史 性と結合および対決をなしていくことがなされていかねばならないということであ る。ならば、その主体性とは、いったい如何なるものであるか、また、どこに由来す るものであるか、さらに、いかに確保され維持されるかということを神学的に説明す る必要がある。
これらの課題を整理すれば、第一に、キリスト教における歴史性と真理性について の理解、第二に、キリスト教における歴史性と真理性相互の関係の究明、第三に、福 音という真理性における主体性の究明という三つの論点が浮上する。日本における 1960年代の土着化議論は、以上の三つの論点めぐる神学的な課題に取り組むことはで きず、とりわけ方法論的な模索に焦点が当てられたのである。そこで本稿は、この課 題に神学的に取り組んだ一つの事例として、滝沢克己を取り上げ検討していきたいと 思う。
3.滝沢神学 土着化議論の課題に応答する一つのモデルとして
滝沢克己は、土着化議論と無縁ではない。むしろ、その神学的な課題に関しては、
誰よりも深く関係していたといっても過言ではない。滝沢は1966年の『福音と世界』
第9号に、「神の福音とキリスト教の土着化」という題の論文を掲載することで、土着 化議論に参加した15。ところが、滝沢のその論文は、当時の土着化議論のなかでは、
非常に異質なものであった。なぜなら、土着化議論の主な論点である、如何にして福 音と日本が正しく結合するべきかという方法論的な問題からではなく、いわゆる滝沢 神学の立場における土着化理解を述べることで、当時の理解とは全く異なる角度から この課題に接近したからである。
ところが、土着化をめぐる滝沢の理解は、本稿が2章において見出した神学的な課 題に迫るものであった。ただし、そこにおける滝沢の問題意識は、滝沢にとって、
1960年代の土着化議論を通じて与えられた新しい主題ではなかった。それはおよそそ の30年前、ドイツ留学時に、カール・バルトの下で滝沢がなしたバルトとの対決と結 合という彼の中心的な主題をめぐるものであったのである16。すなわち、滝沢はその ときから、第2章に提示した神学的な課題に、30年にわたって独自に取り組んできた のである。そして、その課題に対する応答こそが滝沢神学そのものであるといっても 過言ではない。つまり、滝沢神学は、彼独自の神学的作業の中から当時の土着化議論 と深く関わることになり、その課題に対して多くの示唆を与えることになったと考え られるのである。
この章では、滝沢神学の核心を「インマヌエル」および「不可分・不可同」に並ぶ
「不可逆」と、その上に展開される「二義的な構造」において検討していきたい。
1)インマヌエル
滝沢神学は彼の言うインマヌエルというキーワードに凝縮されている。そのインマ ヌエルを理解するためには、その前提となる滝沢の受肉理解を明らかにする必要があ る。受肉とは、ヨハネによる福音書第一章に依拠している出来事を指す。初めから神 と共にあり、それ自身神である言が「肉となった」一事件であり、それはすなわち、
イエス・キリストである。イエスに対する理解をめぐる数々の議論を通じて「真の神 であり、真の人間」であるイエス・キリストが信仰告白され、カルケドン公会議
(451)を通じて、その二つの本性は「混同されえず、変えられず、分けられず、隔て られえない」ものと定式化された。しかしながら、言が肉となったということが、如 何なる状態を指しているのか、また、それが如何なることを意味しているのかに関し ては、種々の議論と見解が積み重ねられてきたキリスト教における核心的な問題の一 つであるが、滝沢はまさにこの問題をめぐって、独自の神学的な展開を試みるのであ る。
滝沢はまず、受肉における言が肉となったということが、如何なる状態であるかを 問う。滝沢によればそれは、質的・量的な変化を意味するのではない。すなわち、神 なる言の存在そのものが、自分の存在に対する何かの変化を以て肉となったわけでは ない。言は神なる存在の絶対普遍性をそのままにして、肉を生成し、それを引き受け たのである。言は肉を引き受け、肉は言に引き受けられて、言は言そのままにして、
肉は肉そのままにして一つになったということである17。しかし、言と肉が一つに なったということは、決して言と肉における区別がなくなったことを意味しない。言 と肉は、分けることのできない統一の状態でありながら、両者における厳密な区別を 維持しつつ、言と肉における主体性は、あくまでも言にあるという秩序において存在 する。このような理解において、滝沢は、カルケドン信条において定式化された混同
されえず、変えられず、分けられず、隔てられえないものという、言であり肉である イエス・キリストにおける本性に対して、不可分・不可同・不可逆という概念を利用 して厳密に整理し、理解するのである。
滝沢は次に、そのような受肉されたイエス・キリストという存在が如何なることを 意味するかを問う。神である言がそれ自身に何の変化もなしに肉を引き受けたという ことは、神における絶対性と普遍性を維持したままに肉を引き受けたことになる。す なわち、初めから永遠に存在する神であり、万物の創造者である神、そして、現在に も私たちを含む万物を支えている普遍的な神がそのまま肉と統一をなしたのである。
このような神における絶対普遍性のため、受肉の事件は歴史の内部におけるあの時、
あの場所に限定される事柄ではなく、歴史そのものがそれに基づいて成り立っている
「根源的な出来事」である。そして、ナザレのイエスとは歴史内部におけるその根源 的な事実の具体的な現れである。滝沢の表現においては、それは「実質」と「徴」の 関係である18。また、その神が引き受けた肉とは、単にイエスという歴史内部におけ る特定の存在に限定されるのではなく、罪なる我々の肉そのものとの同質性において 存在するものである。我々がイエスに対して真の神であり、真の人間であると告白す るならば、イエスは我々人間と何ら変わりがない人間としての本性をその一面におい て持っていることを受け入れざるを得ない19。
このような理解において、一方では神における絶対普遍性によって、他方では肉に おける同質性によって、受肉とは、私たちと何の関係もない2000年前の出来事ではな く、時間・空間を越えて我々の罪なる人間存在そのものを神が引き受けた事件になる のである。つまり、受肉とは、神と人間における根源的な統一を意味しており、神と 人間における「アルキメデス的一点」である20。そして、このことこそが神と人間に おいて、何よりも先立つ事実である「神我らとともにいます」というインマヌエルの 原事実に他ならない21。
このような滝沢の理解において、神と人間との和解や救済、罪の赦しというもの は、イエスにおける何かの行為によるものではなく、ましてや、人間における何かの 行為(例えば信仰)においてではなく、イエス・キリストという存在そのものにおい て、より厳密には、イエス・キリストにおける、そして、我々における根源的な出来 事によって、直ちに神と人間との和解、救済、罪の赦しが、すでにあらかじめ成立し ているのである。しかしながら、このことは単なる神と人間との関係における楽観主 義を意味するものではない。ここで滝沢の言う三つの不可、すなわち、不可分・不可 同・不可逆に注目する必要がある。その根源的な出来事における統一において、罪な る我々の存在は如何なる条件もなく引き受けられ、神と人間は分けることができない 連合をなしているが、そこには創造者・被造物や無限者・有限者、聖なる存在・罪な
る存在という厳密な区別と秩序が存在する。それによって、人間は絶えず罪なる自分 の存在を認識させられ、その存在を受け入れてくださる神に対する感謝と謙遜を持っ て毎日を生きることができると滝沢は言うのである22。
2)二義的な構造
以上のような滝沢の理解は、イエス・キリストとそこにおける神の福音という真理 性が根源的なものとして理解され、またそれが歴史内部において現れた限定されたも のと、統一、区別、そして秩序付けられている点に、その独自性があると考えられ る。その二つの関係は単なる並列的な関係ではなく、原事実としてすべての基盤にな るものと、その基盤の上に成立するものであり、また厳密な不可逆的な関係である。
滝沢神学における二義的な構造とは、このような関係に基づいて展開するものであ る。すなわち、その両者における区別と不可逆的な関係のなかでは、根源的なものか らの意義と歴史的なものからの意義が存在するということである。この二義的な構造 は、上述の受肉をめぐる滝沢の解釈においてすでに展開されているが、滝沢の理解は 単にキリスト論に止まらず、キリスト教のあらゆる要素において展開される。ここで その代表的な展開の試みを確認したい。
まず、インマヌエルにおける二義性である。滝沢によれば、神と人間における根源 的な統一は、「第一義のインマヌエル」として定義される。それは、上述において検 討してきたように言と肉における、不可分・不可同・不可逆的な関係における統一、
すなわちインマヌエルの原事実である。他方、そのインマヌエルの原事実がすでに成 立している基盤であるならば、人間は何かのきっかけによって、ふと自分の足元にお いて現存するその事実に気づくことがある23。そして、その事実に目覚めた人は、そ の驚きの恵みと愛に感謝をもって毎日を神我らとともにいますという現実の中でリア ルに生きていくことになる。このように、第一義のインマヌエルが、人間に自覚さ れ、その原事実の現実の中で生きることが、歴史内部における事柄としてのインマヌ エルの成立であり、これが「第二義のインマヌエル」であると滝沢は定義する24。そ してこの第一義と第二義の間には、滝沢のいう三つの不可の原則が、そのまま同じく 適用されるのである。
次に、「われら」における二義性である。第一義と第二義におけるインマヌエル理 解が以上のようなものであるならば、その理解は神われらとともにいますというイン マヌエルにおけるわれらに対する二義的な理解につながる。上述の検討において、言 が肉を引き受けた原事実における肉とは、特定の人間を指すものではなく、「われら 人間」を意味するものであった。この人間一般を意味するわれらが「第一義における われら」である。このわれらとは、歴史内部の特殊な条件に限定されないものであ
る。すなわち、キリスト者であるか否か、信仰があるか否かという条件に限定されな い、あくまでも言によって引き受けられたわれら人間を意味している25。他方、第一 義のインマヌエルに目覚めた人において成立する第二義のインマヌエルとは、人々の ひとりひとりに全く独立な事柄であると同時に、その人たちにとって共通する普遍的 な事柄である。すなわち、神われらとともにいますとは、インマヌエルに目覚めた人 たちにおける共通的な告白であり、賛美となるのである。そして、その共通性および 歴史における共同体におけるわれら、すなわち、インマヌエルの原事実を認知し、信 頼する、また、そこに臨在する恵みと裁き・限りなき優しさと厳しさを体験しつつ一 日を生きる人々の群れを指しているのである。これが「第二義におけるわれら」であ り、それはすなわち、キリスト教会に他ならないと滝沢は言うのである26。
さらに、キリスト教の洗礼における二義性である。キリスト教における洗礼とは、
滝沢の二義的な構造においては、すでに歴史内部における事柄であるがゆえに、滝沢 はそれを「徴」であると定義する。ただしかし、歴史的な徴であっても、その徴にお ける二義的な構造は、そのまま展開される。すなわちその徴とは、根源的なものを指 し示す徴であると同時に、歴史内部におけるものを指し示す徴なのである。この意味 において、「第一義における洗礼」とは、その洗礼に預かる人の条件には左右されず に、すでに成立しているインマヌエルの原事実を歴史内部の一つの特定の形として現 す徴である。そして、「第二義における洗礼」とは、教会、伝統、宣教というキリス ト教の歴史性によって、そのインマヌエルの原事実に目覚めたこと、そして、自らも 学び、人にも宣べ伝えるように決意するという、歴史内部におけるキリスト教の営み との関連を指し示す徴なのである27。
ここまで、2章において見出された土着化議論の神学的な課題に対する神学的な応 答の一つのモデルとして、滝沢神学を取り上げ検討してきた。その検討において、神 と人間とにおける根源的な基盤であるインマヌエルと、その上に展開される二義的な 構造を通じて、その核心を理解してみた。次章においては、このような滝沢神学を土 着化議論における神学的な課題に照らしながら考察したい。
4.応答の試み 滝沢神学に即して
それでは、滝沢神学に対する以上のような理解に基づき、2章において出された課 題に沿って、考察を進めていきたい。
第一に、キリスト教における歴史性と真理性に対する理解の課題である。
土着化議論において試みられた通歴史的な理解において、西洋のキリスト教は、神 の福音の土着化された一形態に過ぎないという判断は間違っていない。なぜなら、神
の福音における絶対普遍的な側面が時間と空間によって制約される歴史的な側面と同 一視されてはいけないからである。しかしながら問題は、このような通歴史的な理解 とは、単に西洋のキリスト教に対する相対化に止まるものではないということであ る。その理解は、キリスト教が歴史において形成されてきたあらゆるものに適用され る。すなわち、聖書や教会、サクラメントなどは、すべて歴史において形成されたも のであり、通歴史的な理解に徹底すれば、それらはすべて歴史的な産物であるがゆえ に、相対化できるものである。さらに、彼らが神の福音として想定していた、イエス という存在、その御言葉や御業、死と復活というものさえも、あくまでも時間と空間 に制約された歴史的なものであり、相対化しえるものなのである。
したがって、土着化議論が、西洋のキリスト教に対する相対化によって、日本にお ける土着化の正当性を確保し、その理解とは別に、特定の時間と空間において限定的 に存在したイエスだけを、普遍的な事柄であると想定することは、彼らの理解の不徹 底さを示すものである。滝沢によれば、それはすべて「歴史内部における偶発的な出 来事」として定義される。すなわち、相対性という意味においては、歴史内部におけ るすべてのことが、偶発的な出来事であるがために、相対的なものである。この理解 において、相対化し得ない絶対普遍的な神の福音というものを、歴史内部における相 対性に求めることはできない。それは、時間・空間という制約を超越した、神そのも のの絶対性・根源性に求めるべきである。言い換えれば、神の福音という真理性は、
すべてのものに先立つ根源的なものであり、歴史内部の偶発的な相対性にとして成立 するものではないのである。滝沢神学において繰り返し強調される不可逆とは、まさ にこのことを指し示しているのである。
滝沢が主張するインマヌエルの原事実は、神と人間における根源的なものとして成 立している、神と人間との統一の状態を指す。滝沢にとって、その原事実こそ神の福 音であり、相対化し得ない絶対普遍的なものである。歴史内部における偶発的な事件 である、イエスおよびキリスト教における歴史性とは、その原事実が歴史内部におい て現れた徴なのである。その徴は、歴史内部の事件としては全く偶発的ではあるが、
原事実との関係においては必然的なものである。すなわち、原事実がその根拠に成立 しているからこそ、歴史においてそれが現れてくるという意味において、その徴は偶 発的であると同時に必然的なものになるのである。この関係の問題が、土着化議論の 第二の課題につながるのである。
第二に、キリスト教における真理性と歴史性における関係の究明、および真理性の 抽出可能性の課題である。
滝沢において、神の福音という絶対普遍的なキリスト教における真理性と、その歴 史内部における現れであるキリスト教における歴史性の関係は、3章で検討した受肉
の理解において、また、二義性における展開において不可分・不可同・不可逆的な関 係として明らかになった。滝沢にとって、キリスト教における真理性と歴史性は、そ の不可分・不可同・不可逆的な関係に立っている。そこには、厳密な統一が存在する と同時に、厳格な区別と秩序が存在する。第一義におけるインマヌエルは根源的な事 実であり、第二義におけるインマヌエルは、歴史内部におけるその原事実に対する人 間の認識である。その原事実とそれに対する認識との間には、統一されていると同時 に、区別され、逆にすることのできない秩序が存在する。つまり、根源的な原事実が 成立しているからこそ、それに対する歴史内部における認識および現れが成立するの である。
このような理解において、土着化議論において前提されていた、真理性の抽出可能 性の問題が明瞭になる。キリスト教における真理性とは、種のようなものとして存在 し、それが抽出され他の地において埋められるようなものではない。そのような発想 には、キリスト教における真理性と歴史性との間における断絶、またキリスト教と日 本との間の断絶が想定されている。土着化議論は、日本においては、もともとキリス ト教が存在せず、キリスト教の伝来以後にも、未だに根付いていないので、何とかし て日本に根を下ろした日本的なキリスト教を目指すべきだという宣教的な使命に基づ いていた。もちろん、このような認識は間違っていない、むしろ、望ましい方向では ないかと考えられる。ただしかし、そのためにはキリスト教における真理性と歴史性 に対する緻密な検討と理解が必要であったが、土着化議論はそこには至らず、西洋と 日本、または、キリスト教と日本という二項対立的な構造において土着化を考え、た とえば、接木などの例えが土着化のモデルであると考えられたわけである。
滝沢の理解における神の福音というものは、歴史的なことに左右されず、根源的な ものとして成立しているがゆえに、西洋か日本か、キリスト教の内か外かということ に左右されず、我々の足元においてすでに与えられている事実である。したがって滝 沢における土着化とは、如何にして福音が日本という地において根付くかということ ではなく、日本という時間・空間に存在する我々が、如何にしてその足元に現存す る、「人間本来の、真に実在する郷土の呼び声」に従い、そこに回帰するかという問 題なのである28。そして、「ひとはよく、『福音の土着化』をいう。しかしこの言い表 しは、ひとを惑わしやすい」29
と言い、「『土着化』されるべきものは、イエスがそれ
を宣べ伝えた神の福音そのものではなくて、いつもただこのような私たち自身のキリ スト教、私たち各自の語り方・ふるまい方だといわなくてはならない」30と述べるの である。第三に、福音という真理性における主体性の課題である。
土着化議論において、抽出された神の福音はあくまでもその主体性を維持しつつ、
根を下ろしていくものであった。その主体性によって、福音がその地において密接に 結合しながらも、その地に埋没されることなく、鋭い対決をなしていくのである。と ころが、彼らが理解した福音というものが、相対的なものではなく、絶対普遍的な性 質を持ったものならば、彼らが警戒する如く、相対的な歴史において埋没されること は考えられない。なぜなら、相対性に飲み込まれる絶対性というものは、すでに絶対 的なものではないからである。ならば問題は、福音がその主体性をなくすか否かにあ るのではなく、絶対的な福音を相対的な歴史の内部の事柄として相対化する人間の認 識にあるのではなかろうか。言い換えれば、福音が歴史性によって左右されず、絶対 普遍的なものとして正しく認識されるか否かが問題なのである。
滝沢神学における上述の検討において、福音は抽出されるものではなく、我々の足 元における根源的なものとしてすでに成立しているものであることが確認された。そ して、3章において検討したように、受肉においてその主体性は、あくまでも言にあ り、その理解の上で展開する滝沢の二義性は不可逆的な秩序が厳密に守られている。
神の福音における主体性に対する正しい認識とは、これらの関係における統一と区 別、秩序に対する明瞭な認識と自覚である。
土着化議論において論じられた、福音が埋没されること、すなわち、絶対的なもの を相対化してしまう人間の認識の問題は、滝沢に言わせれば、絶対的なものと相対的 なものに対する混同からのものである。すなわちそれは、根源的なものと歴史内部に おけるものの間における不可分・不可同・不可逆の関係を混同することから発生する のである。その混同おいて、キリスト教の歴史性に対する相対化とともに、その神の 福音は絶えず相対化の危機にさらされ、その主体性をなくしてしまう。他方、その混 同にもかかわらず、その主体性に固守することは、相対的なものを絶対化してしまう ことであり、それはすなわち、キリスト教が自己保存・自己目的的になることを意味 する。たとえば、律法を神の真理そのものと、また、歴史的な徴であるイエスをその 実質そのものと、さらに、信仰や洗礼というものを救済の前提として混同することな どがそうである。そして滝沢はこのような混同を厳しく警戒するのである31。
以上、2章によって見出された神学的な課題に沿って、滝沢神学に即し考察してき た。第一の課題は、滝沢神学の言う根源的なものと歴史内部におけるものとの間の区 別によって応答され、また、第二の課題は、滝沢の言う不可分・不可同・不可逆的な 関係によって応答された。さらに、第三の課題は、不可分・不可同・不可逆的な関係 に対する混同にその原因があり、それを正しく認識することが必要であることが確認 された。これらの検討において、滝沢神学は、1960年代の日本における土着化議論が 残した課題に応答しているといえよう。
5.結び
ここまで、本稿は1960年代の日本における土着化議論の神学的な課題に応答すると いう目的に基づき考察を進めてきた。2章において検討したように、土着化議論にお いて理解された土着化とはキリスト教が他の地にもたらされた時に起こる自然な現象 であると考えることができる。キリスト教の歴史そのものが、土着化の結果であり、
西洋のキリスト教は土着化された一つの形態であるといえよう。それゆえ、土着化議 論は日本においてキリスト教がなしうる結合を肯定的に理解することができ、それが 日本のキリスト教の目指すべき姿であると考えたのである。しかし土着化議論は、日 本のキリスト教に対する歴史的な反省から、そのすべての結合を認めることはできな かった。そこで、対決を含む結合、結合を通じた対決ということを考えたわけであ る。すなわち、キリスト教がある地においてなすすべての結合を肯定するのではな く、対決という要素に注目していく必要があると考えたわけである。言い換えるなら ば、自然な現象である土着化が、より望ましいもの、また、キリスト教の宣教という 側面においては、土着化に対する正しい認識をともなう必要があるということであ る。その認識によって、自然に起こりつつある土着化がより望ましいものとして、ま た、キリスト教の宣教として方向付けられていくのではなかろうか。
しかしながら、このような土着化の方向性には、キリスト教の本質や宣教地に対す る理解、また、そこにおける結合と対決に対する、非常に重要でありながらも複雑な 神学的な問題が含まれている。本稿ではその問題を、第一に、キリスト教における歴 史性と真理性に対する理解、第二に、キリスト教における歴史性と真理性における関 係の究明および真理性の抽出可能性、第三に、福音という真理性における主体性とい う、三つの課題として提示した。ところが、土着化議論がこのような神学的な問題に 取り組むことができなかったのは、本稿において指摘したように、その議論の限界で あったわけであるが、その議論を支えるような神学が存在しなかった、もしくはあま り注目されるものとして存在しなかったことも一つの理由として考えられる。実際、
議論が始まる1962年頃において、上述の神学的な問題に取り組んだ神学が果たして存 在していたのかは疑問に思われる。
まさにこの点において、土着化議論の一部でありながらも、その議論にとって全く 異質的であった滝沢神学は、当時の土着化議論を支えるような一つの神学的なモデル ではなかったのであろうか。滝沢神学は3章で検討したように、インマヌエルという 根源的な出来事としての神と人との統一と、二義的な構造を持って展開するもので あった。そして、インマヌエルという真理性とその現われとしての歴史性が理解さ れ、不可分・不可同・不可逆的に関係付けられた。このような理解は、4章において
検討したとおり、土着化議論における神学的な課題に応答するものであった。しかし 残念ながら、当時の土着化議論がまた日本のキリスト教が、本稿が指摘したような課 題を認識していたのか、また、滝沢神学に対して如何なる反応をしたのかは、その後 の文献においては確認できない。しかしそれは、本稿の最初において指摘したよう に、その課題や必要性が、その当時において、また今日においてなくなったからでは ない。この意味において滝沢の神学は、今日においてもその意義があるのではなかろ うか。
しかしながら、滝沢神学そのものは当時の土着化議論が期待していた土着化論や宣 教論ではない。3章のはじめにおいて指摘したように、当時の土着化議論において滝 沢神学は異質的なものであった。この異質性は、単に土着化論や宣教論だけではな く、キリスト教の本質をめぐる理解の異質性である。すなわち、当時の土着化議論が キリスト教の福音や宣教というものを問い直さなかったのは、議論の不徹底さとして 理解できるとともに、伝統的な福音や宣教の理解をそのまま暗黙的に受け継いでいる と理解することができる。この点において、キリスト教のあらゆる要素を再定義して いく滝沢神学と土着化議論の間には、根本的な相違および距離があったといえよう。
滝沢神学が当時の土着化議論において、また今日の宣教的な課題において意義あるも のとなるためには、またキリスト教の本質に迫ってくる滝沢神学の問題提起にキリス ト教が耳を傾けるためには、その距離をいかに縮めるかという問題が、今後の課題と して存在していると考えられる。
(付記)
本稿は、2008年3月28日に同志社女子大学で開催された日本基督教学会近畿支部会における研究発表、「『土着 化』における神学的な方向性の模索 滝沢克己における連続性を中心に 」に加筆・修正したものである。
注
1 滝沢克己の神学を規定する言葉は、未だ統一されていない。滝沢克己追悼記念論文集である『滝沢克 己 人と思想』(新教出版社、1986)においては、「滝沢神学」という用語が用いられている。ま た、柴田秀は「滝沢インマヌエルの神学」という用語も用いている。柴田秀『滝沢克己の世界・イン マヌエル』春秋社、2001、p. 16。ここでは、滝沢克己が展開した神学という意味で、最も一般的な
「滝沢神学」という用語を使うことにする。
2 このことに関して、当時、教団の信仰職制委員長であった桑田秀延は『福音の土着』の序において次 のように言う。「日本の教会も、ここらあたりで自主的になり、ひとり立ちになり、単なる模倣では なく、学びとったものの上に立って創造的に進むべきであろう」。日本基督教団信仰職制委員会編
『福音の土着』日本基督教団出版部、1962、p. 3。
3 武田清子『土着と背教』新教出版社、1967、pp. 4−5。
4 伊藤恭治、相沢良一『福音は土着できるか』日本基督教団中央農村教化研究所、1963、p. 116;
p. 121。
5 ここでいう埋没は、武田清子のいう「埋没型」の土着化のようなものを意味しており、彼らの議論の 背景にはすでに「埋没型」に対する警戒が存在していた。武田は『土着と背教』1章において土着化 に対する五つの類型的な分類をし、埋没型と孤立型は挫折したモデルとして、対決型、接木型、背教 型をある程度土着化された試みとして評価している。『土着と背教』が出版されたのは1967年である が、武田の類型的な分類は、すでに『思想史の方法と対象』(創文社、1961)の中、「キリスト教受容 の方法とその課題」において発表されており、1960年代の「土着化議論」においてしばしば引用され ている。
6 伊藤恭治、相沢良一『福音は土着できるか』、p. 74。
7 同上、p. 31。
8 同上、pp. 75−76。
9 武田清子『土着と背教』、p. 4。
10 山本澄子『中国キリスト教史研究』増補改訂版、山川出版社、2006、p. 5。
11 葛井義憲『キリスト教土着化論』朝日出版社、1979、p. 7。
12 このような理解は、百瀬文晃の記述においてよく表れている。「(土着化とは)一つの宗教が発祥の地 から他の地にもたらされ、その地の文化の中で新しい表現形態を見出すこと。キリスト教の歴史も、
ユダヤ世界で始まったイエスの福音とその生き方が他民族の世界にもたらされ、それぞれの言語と文 化の中で受容され、変容されると同時にその他の文化を変容しつつ、新たな具体的な姿を取っていっ た、一つの土着化の過程として見ることができる」。百瀬文晃「土着化」、『岩波キリスト教辞典』岩 波書店、2002、pp. 58−59。
13 このような理解において土居真俊は次のように言う。「われわれの宗教的営みは、神学的思惟や礼拝 様式をも含めて、決して単なる模倣であってはならず、われわれが立たされている日本の歴史的な現 実における、イエス・キリストの福音に対する、われわれ自身の、主体的応答の宗教的表現でなけれ ばならないのである」。日本基督教団信仰職制委員会編『福音の土着』、p. 40。
14 このような理解は、1960年代の土着化議論によって、初めて試みられたものではない。たとえば、戦 前において、魚木忠一は、キリスト教の本質は理想的には一つであるが、それを実際に体得する仕方 は様々であると述べる。すなわち、マルコによる福音書だけではなく、四つの福音書が助け合ってキ リストについて表しているように、キリスト教の本質に対する理解を図るときも総合的な見方が必要 としている。また、本質というものは一面において理想的概念であるゆえ、理想的な本質を語るよ り、類型による形態を語ることが、あたかも、四つの福音書全体を見ることでキリストに対する理解 ができるのと同様に、キリスト教の本質をより明らかにすると述べている。このことによって彼は、
類型論による日本キリスト教の正当化を試みたのである。すなわち、キリスト教の本質に関すること
を理想的なものとし、類型を見ることによってより明確にキリスト教の本質が見えてくるという主張 である。魚木によれば、キリスト教の類型は、原始キリスト教を除いて、ギリシャ、ラティン、ロー マ、ゲルマン、アングロ・サクソンおよび、日本類型の六つである。また、その中でも、宗教的内容 の豊富さと最高の総合性という点で、日本類型がより優れたものであるという。魚木忠一『日本基督 教の性格』日本基督教団出版局、1943、pp. 4−5;p. 31。
15 土着化議論は、文献として残っていることに限って言えば、大きく五つの領域において行われた。ま ず1962年における教師講習会において、次に1962年から1963年における基督教新報において、さらに 1963年日本基督教団中央農村教化研究所において、最後に1966年『福音と世界』においてである。こ の中で、『福音と世界』は1966年9号と10号連続で土着化の特集を組んでおり、滝沢は9号において参 加するわけである。
16 ドイツ留学において、バルトに対する滝沢の結合と対決に関しては、滝沢の「信仰の可能性につい て」と「イエス・キリストのペルソナの統一について」(『滝沢克己著作集』2、法蔵館、1975)の両 論文において凝縮的に表れている。そして、その両論文の背景をなすバルトとの関係に関する滝沢自 身の説明は「何を、いかに、私はカール・バルトのもとで学んだか」(『宗教を問う』三一書房、
1976)を見よ。また、それに関する先行研究は、浜辺達男の『滝沢とバルト神学』(新教出版社、
1974)、第四章と小林孝吉の『滝沢克己 存在の宇宙』(創言社、2000)、第二章を見よ。
17 滝沢克己『自由の原点・インマヌエル』新教出版社、1969、pp. 12−13。
18 滝沢克己『滝沢克己著作集』2、法蔵館、1975、pp. 186−191。
19 イエスと人間一般の関係に関してより厳密に言うと、滝沢は次のような区別をしている。つまり、肉 における人間性という側面においては、両者はまったく等しい存在であるが、イエスにおいては罪な る肉を引き受けた言にその主体が置かれており、人間においては言によって引く受けられた肉にその 主体が置かれている。それゆえ、両者の肉は逆対応・不可逆的な関係にある。滝沢克己『滝沢克己著 作集』7、法蔵館、1973、pp. 229−230;pp. 285−286。
20 滝沢の言う「アルキメデス的一点」とは、人間における経験的な知識及び存在論的な知識を成立させ る基準点であり、出発点である。滝沢は、それをカントの言葉を借りて、「先験的な自我」の自己限 定であると言う。このような基準点を神と人間における信仰の問題、すなわち神に対する認識の問題 に適用させると、「神の自己限定」であると滝沢は言う。すなわち、神が自己を限定し、人間に触れ 合うその一点において信仰の可能性が成立するということである。このような滝沢の認識は、彼のキ リスト論を構成する基本的な理解になっており、それが本稿で検討する根源的なものとしての神と人 間の統一を意味するインマヌエル概念に発展するのである。滝沢克己『滝沢克己著作集』2、pp. 55−
60;pp. 66−67。
21 滝沢克己『滝沢克己著作集』7、pp. 207−208。
22 滝沢克己『自由の原点・インマヌエル』、pp. 14−15。
23 滝沢克己『滝沢克己著作集』2、p. 48。
24 滝沢克己『宗教を問う』三一書房、1976、pp. 65−66。
25 滝沢克己『自由の原点・インマヌエル』、pp. 10−11。
26 同上、pp. 25−26。
27 滝沢克己『宗教を問う』、pp. 105−106。
28 滝沢克己『自由の原点・インマヌエル』、p. 75。
29 同上、p. 72。
30 同上、p. 75。
31 同上、pp. 81−82。