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『宇治拾遺物語』新羅国后考

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『宇治拾遺物語』新羅国后考

著者 廣田 收

雑誌名 同志社国文学

号 84

ページ 68‑79

発行年 2016‑03‑20

権利 同志社大学国文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015434

(2)

﹃ 宇 治 拾 遺 物 語 ﹄ 新 羅 国 后 考

廣 田

はじ めに

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ の説 話の 中に は︑ 表現 上同 文性 の強 い同 一説 話 のみ なら ず︑ これ は結 局程 度の 問題 にす ぎな いの だが

︑併 類似 説話 の指 摘さ れて いる 事例 が多 い︒ 同一 説話 のよ うに

︑表 現の 近似 して いる 事例 は表 現を 直接

︑そ のま ま比 較す るこ とに よっ て︑ 当該 の説 話の 独自 性を 浮か び上 がら せる こと がで きる

︒と ころ が︑ 類似 説話 の場 合に は︑ 同一 説話 と比 べて 表現 上の 異同 が大 きい ため に︑ 構成 の次 元で しか 比較 でき ない

︒説 話の 比較 を有 効な もの とす る方 法は いか に可 能で ある か︑ 改め て考 える 必要 があ る︒ 一 第一 七九 話の 論点 本稿 では

︑﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄︵ 以下

﹃宇 治﹄ と略 す︶ 第一 七九 話

﹁新 羅国 后金 榻事

﹂を 考察 の対 象と した い︒ これ も今 は昔

︑新 羅国 に后 おは しけ り︒ その 后︑ 忍て 密男

︵み そか おと こ︶ をま うけ てけ り︒ 御門

︑こ の由 を聞 き給 て︑ 后を とら へて 髪に 縄を 付け て︑ 上へ つり つけ て︑ 足を 二︑ 三尺 引上 げて 置き たり けれ ば︑ すべ きや うも なく て︑ 心の うち に思 給け るや う︑

﹁か ゝる かな しき 目を 見れ ども

︑助 くる 人も なし

︒ 伝へ て聞 けば

︑こ の国 より 東に

︑日 本と 云国 あな り︒ その 国に 長谷 観音 と申 仏︑ 現じ 給也

︒菩 薩の 御慈 悲︑ 此国 まで 聞え て︑ はか りな し︒ 頼み をか け奉 らぱ

︑な どて かは 助給 はざ らん

﹂と て︑ 目を ひさ ぎて

︑念 じ入 給程 に︑ 金の 榻︵ しぢ

︶︑ 足の 下に 出で 来ぬ

︒そ れを 踏ま へて 立て るに

︑す べて 苦し みな し︒ 人の 見る には 此榻 見え ず︒ 日比 あり て︑ ゆる され 給ぬ

︒ 後に 后︑ 持給 へる 宝ど もを

︑多 く使 をさ して

︑長 谷寺 に奉 り

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ 新羅 国后 考

六八

(3)

給︒ その 中に 大な る鈴

︑鏡

︑か ねの 簾︑ 今に あり とぞ

︒か の観 音︑ 念じ 奉れ ば︑ 他国 の人 もし るし 蒙ら ずと いふ 事な しと なん

︒ 本話 を一 読し た私 の疑 問は

︑次 のよ うな もの であ る︒ 怒っ た国 王は なぜ

︑た だち に后 を処 刑し たり 追放 した りし なか っ たの か︒ 国王 はな ぜ︑ 后の

﹁髪 に縄 を付 けて

︑上 へつ りつ け﹂ たの か︑ であ る︒ おそ らく それ は︑ 女性 の美 貌を 表す 髪を 吊す こと が︑ 后に 苦痛 と恥 辱と をも たら すも のだ から であ ろう

︒ 一方

︑后 を犯 した 男の こと は何 も描 かれ てい ない

︒﹃ 宇治

﹄の 説 話の 関心 は︑ 男

︒興 味は

︑一 貫し て后 の言 動に ある

︒と は いえ

︑説 話の 関心 が后 とい う立 に向 けら れて いる とい うよ りも

︑ 女性 とし ての 危難

︑試 練に 焦点 が当 てら れて いる と見 える

︒し かも

︑ なぜ

﹁忍 て密 男を まう け﹂ たこ とに 対し て︑ 后に は罪 意識 が希 薄な のか

︒す なわ ち︑ いさ さか もわ が罪 を懺 悔す るこ とな く︑ 后は 長谷 寺の 観音 によ って 救わ れる のか

︑と いう 疑問 であ る︒ まる で﹁ 困っ たと きの 神頼 み﹂ であ るか のよ うに

︒そ れは おそ らく

︑平 安時 代か ら鎌 倉時 代に かけ て︑ 貴賤 を問 わず 女性 が現 世利 益を 願っ た尊 格が 長谷 寺観 音で あっ たこ とに 必然 性が ある から であ る︒ ここ に﹃ 宇 治﹄ を貫 く思 考の 一端 が露 見し てい る︒ 簡単 に研 究史 を辿 ると

︑本 説話 につ いて

︑﹃ 宇治 拾遺 物語 全註 解﹄ は﹁ この 話は 今昔 物語 巻十 六第 十九 話と 同話 であ る︒ なお

︑長 谷寺

霊験 記上

・三 国伝 記︵

︶な どに も見 える

︒つ まり 長谷 寺観 音の 広 大な 利生 記を 語っ てい る話 であ る

﹂と いう

︒さ らに

︑新 大系 は﹁ 類 話一 覧﹂ にお いて

︑同 話︵ ︶ とし て﹃ 今昔 物語 集﹄

︵以 下﹃ 今昔

﹄ と略 す︶ 巻第 一六

﹁新 羅国 蒙国 王咎 得長 谷観 音助 語﹂ 第一 九を

︑同 話︵ ︶ とし て﹃ 長谷 寺霊 験記

﹄︵ 以下

﹃霊 験記

﹄と 略す

︶上 巻第 一二 を挙 げ︑ 類話

・関 連話 には 該当 なし とし てい る

︒ま た︑ 新編 全 集は

﹁も とも とは 長谷 寺観 音の 霊験 利生 の宣 伝話 とし て流 布し てい たも のら しく

︑﹃ 長谷 寺霊 験記

﹄上 一二 話の 叙述 はま こと に詳 細で ある

﹂と 評す る

︒ いわ ば本 説話 は﹃ 今昔

﹄巻 第一 六第 一九 とき わめ て類 似し てい る が︑

﹃霊 験記

﹄上 巻第 一二 は︑

﹃今 昔﹄ と比 べて

︑増 殖さ れた とこ ろ があ ると 指摘 され てき たと いえ る︒ そこ で︑ 同話

︶と され る﹃ 今昔

﹄巻 第一 六第 一九 とは 表 に おけ る比 較を 行な い︑ 同話

︶と され る﹃ 霊験 記﹄ 上巻 第一 二と は︑ 構 にお ける 比較 から 考察 を進 めて みる こと にし たい

︒す なわ ち︑ 同話

︶と 同話

︶と では

︑比 較の 水準 を変 えて みよ うと いう 提案 であ る︒ 二 同一 説話 との 比較 同話

︶と され る﹃ 今昔

﹄第 一六 巻第 一九 の本 文

と︑ 対照 表を

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ 新羅 国后 考

六九

(4)

表現 の次 元で 作成 する と︑ 次の よう であ る︒ この とき

︑表 現上 の異 同か ら︑ それ ぞれ のテ キス トの 特質 が顕 著に みて とれ る事 項を

︑太 字で 表示 して みる

使

使

右の 比較 表に みえ る異 同を 手が かり とし て︑ 幾つ か論 点を 挙げ て 問題 を整 理し てみ よう

︶﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄の

﹁み そか 男﹂ 比較 表の に つい て︑

﹃今 昔﹄ は︑

﹁新 羅ノ 国﹂ の﹁ 国王 ノ后

﹂が

﹁忍 テ竊 ニ人 ニ通 ジニ ケリ

﹂と 始ま る︒

﹃今 昔﹄ は﹁ 忍 人ニ 通 ジ﹂ たこ とに 対し て︑ 国王 はこ れを 罰す る︒

﹃今 昔﹄ は一 貫し て帝 を主 語と して 叙述 する

︒し かも

﹃今 昔﹄ は︑ 帝に も敬 語を 用い るこ とが ない

︒巻 第一 六の 標題 は﹁ 本朝 付仏 法﹂ とあ り︑ 仏菩 薩の もと に︑ 帝も 后も 衆生 にす ぎな いと いう 認識 が貫 かれ てい ると いえ る︒ これ に対 して

﹃宇 治﹄ は一 貫し て后 を主 語と して 叙述 する

︒﹃ 宇 治﹄ は︑

﹁そ の后

︑忍 て密 男を まう けて けり

﹂と いう

︒﹃ 宇治

﹄は

﹁后 おは しけ り﹂ と敬 語を 用い てい なが ら︑ 第二 文の

﹁密 男ま うけ

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ 新羅 国后 考

七〇

(5)

てけ り﹂ だけ は︑ 敬語 を用 いて いな い︒ ここ にい う﹁ 密男 を儲 く﹂ とい う表 現は

︑后 の行 動を 表す にし ては

︑い かに も卑 俗な もの 言い であ る︒ この 表現 は︑ 近世 的な 語法 かと も感 じら れる が︑ 早い 時代 の用 例と して は︑

﹃後 撰和 歌集

﹄︵ 雑四

︑一 三〇

〇番

︶に

︑ 神無 月の つい たち 頃︑ 妻の みそ か男 した りけ るを

︑ 見つ けて

︑言 ひな どし て︑ つと めて

︑よ み人 知ら ず 今は とて 秋は てら れし 身な れど もき りた ち人 をえ やは 忘る ゝ

とい う事 例が ある

︒高 群逸 枝氏 は︑

﹁み そか 男︑ みそ かび と︑ みそ かご と﹂ につ いて

﹁語 義か らい えば 姦夫 ひ︱ いて 姦通 を意 味す るが

︑ ただ

︑こ こに は︑ 家夫 長権 や夫 権か らの 処刑 の意 がと もな わな いこ とを 特徴 とす る﹂ とい う︒ そし て︑ 妻と いつ ても 娶嫁 婚下 の依 存的 な妻 では なく

︑妻 問の 女︑ 恋 愛関 係の 女で あり

︑夫 の側 には

︑家 夫長 権も ない ので

︑そ の妻 がみ した こと は︑ 本夫 に飽 きた から とみ るほ かは ない

︒ しば しば 他の 女を 妻問 う以 上︑ 互 とも され るわ けで あ ろう

︒︵ 傍点

︑廣 田︶ とい う︒ 興味 深い こと は︑ 妻が

﹁み そか 男﹂ した のは

︑妻 の不 貞で はな く︑ 男が 妻に

﹁飽 きは てら れし

﹂ゆ えだ と理 解さ れて いる こと であ る︒ ここ には

︑古 代に おけ る婚 姻の 倫理 観が うか がえ る︒ 一方

︑﹃ 宇治

﹄に おけ る事 例は

︑他 に二 例あ るが

︑い ずれ も第 二

九話 の中 に︑ 昔︑ 博士 にて

︑大 学頭 明衡 とい ふ人 あり き︒ 若か りけ る時

︑ さる べき 所に 宮仕 ける 女房 を語 らひ て︑ その 所に 入臥 さん 事︑ 便な かり けれ ば︑ その かた はら にあ りけ る下 種︵ げす

︶の 家を 借て

︑﹁ 女房 語ら ひ出 して

︑臥 さん

﹂と いひ けれ ば︑ 男あ るじ はな くて

︑妻 斗︵ ばか り︶ あり ける が︑

﹁い と︑ やす き事

﹂と て︑ をの れが 臥す 所よ りほ かに

︑臥 べき 所の なか りけ れば

︑我 臥し 所を さり て︑ 女房 の局 の畳 をと りよ せて

︑寝 にけ り︒ 家あ るじ の男

︑我 妻の みそ か男 する と聞 きて

︑﹁ その みそ か男

︑こ よひ なん 逢ん とか まふ る﹂ と告 ぐる 人あ りけ れば

︑来 んを かま へて 殺さ んと 思て

︑妻 には

﹁遠 く物 へ行 て︑ 今︑ 四五 日︑ 帰ま じき

﹂と いひ て︑ 空行 きを して

︑う かゞ ふ

︒ とあ る︒ この 事例 は︑ 博士 とは いえ 大学 頭と いう 身分 の男 が︑ まだ 若か った 時の こと とす る︒

﹁宮 仕け る女 房﹂ に求 愛す るに あた って

﹁下 種の 家﹂ を借 りる

︒と ころ が家 主は

︑自 分の 妻が 浮気 をし てい ると 誤解 する

︒つ まり

︑﹃ 宇治

﹄第 一七 九話 にお いて

︑新 羅国 の后 の過 ちが

︑大 学頭 の借 りた 家の 主の 妻の あや まち とが

︑同

﹁み そか 男﹂ と表 現さ れて いる ので ある

︒ ちな みに

︑こ れと 同話 とさ れる

﹃今 昔﹄ 巻第 二六

﹁藤 原明 衡朝 臣︑ 若時 行女 許語 第四

﹂に は︑

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ 新羅 国后 考

七一

(6)

而ル ニ︑ 其ノ 家ノ 男ハ

︑﹁ 我ガ 妻ノ 女︑ 他ノ 男ニ 竊ニ 娶グ 也﹂ ト聞 ケル ニ︑

﹁其 ノ蜜 男︵ マヲ トコ

︶︑ 今夜 ナム 構ヘ テ合 ハム ト 為ル

﹂ト 告ル 人有 ケレ バ︑

﹁構 テ其 ヲ伺 テ殺 ム﹂ ト思 テ︑ 妻ニ ハ︑ 遠キ 所ニ 行テ

︑今 四五 日ハ 不来 由ヲ 云ヒ 令知 テ︑ 虚行 ヲシ テ伺 フ所 ニテ ゾ有 ケル

︒︵ 略︶

﹁我 ガ妻 ノ女 ノ許 ニ︑ 此様 ノ指 貫 着タ ル人 ハ蜜 男︵ マヲ トコ

︶ト テ不 来者 ヲ

︒ とあ る︒ この

﹁密 男﹂ につ いて

︑旧 大系 は﹁ よみ は︑ 古本 説話 集

﹁密 夫﹂ の普 通の 訓及 び 一一 の﹁ 間男

﹂に よる

︒宇 治の

﹁み そか 男﹂ は︑ 宇津 保物 語・ 後撰 集に 見え る同 語と 共に

︑か な文 学系 の用 語︒

﹁蜜

﹂は

︑﹁ 密﹂ の通 字﹂ と注 して いる

︵頭 注七

︶︒ そう であ れ ば︑ 旧大 系が 与え た﹁ マヲ トコ

﹂と いう 訓み は︑

﹁ミ ソカ ヲト コ﹂ と訓 むこ とも 不可 能で はな い

︶﹃ 今昔 物語 集﹄ の﹁ 咎﹂ 比較 表の に つい て︑

﹃今 昔﹄ は︑ 処罰 され た后 が︑ 今自 らの 置 かれ てい る状 況を

﹁我 レ︑ 此ク 難堪 キ咎 ヲ蒙 ル﹂ と理 解す る︒ これ に対 して

︑﹃ 宇治

﹄は

︑﹁ かゝ るか なし き目 を見

﹂る こと と理 解す る︒ この 表現 の違 いは 何を 意味 する ので あろ うか

︒ ここ で︑

﹃今 昔﹄ にお ける

﹁咎

﹂の 用例 を瞥 見し てお きた い︒ 漢 字表 記か らす ると

﹃今 昔﹄ は︑

﹁咎

﹂﹁ 過﹂

﹁失

﹂﹁ 非﹂ とい う四 種類

の漢 字に 対し て︑ いず れも トガ とい う訓 みが 与え られ てい る︒ 紙幅 の関 係か ら︑

﹃今 昔﹄ にお ける

﹁咎

﹂﹁ 過﹂ に限 って

︑天 竺部

・震 旦 部を 中心 に用 法の 明確 な典 型的 事例 を見 てみ よう

︒ まず

﹁咎

﹂か ら︒

① 王此 ノ事 ヲ聞 給テ 思ス 様︑

﹁太 子ト 憂陀 夷ト ノミ 此レ ヲ見 テ︑ 余ノ 人皆 此レ ヲ不 見ザ リケ リ︒ 定メ テ此 レ天 ノ現 ゼル 也︒ 諸ノ 臣 ノ咎 ニ非 ズ︒ 阿私 陀ノ 云シ ニ違 フ事 無﹂ ト思 シテ

︑大 ニ嘆 キ悲 ビ 給テ

︑日 々ニ 人ヲ 奉リ テ太 子ヲ 誘テ 宣ハ ク︑ (巻 第一

﹁悉 達太 子在 城受 楽語 第三

﹂) 死人 のあ った こと を﹁ 定メ テ此 レ天 ノ現 ゼル 也﹂ と認 識す るの は︑ 天の 示す 凶兆 とし ての 咎徴 と捉 える から であ る︒ だか ら﹁ 諸ノ 臣ノ 咎ニ 非ズ

﹂と 言え るの であ る︒ この 事例 は︑

﹁咎

﹂の 用字 法に ふさ わし い︒

② 今昔

︑天 竺ノ 舎衛 国ニ 五百 ノ群 賊有 リ︒ 重キ 咎有 テ︑ 波斯 匿王 此ノ 群賊 ヲ皆 捕ヘ テ︑ 各目 捿︵ クジ

︶リ 手足 ヲ切 テ︑ 高禅 山ト 云 フ山 ノ扶

︵フ モト

︶ニ 追ヒ 棄タ リ︒ (巻 第一

﹁舎 衛国 五百 群賊 語第 三八

﹂) この 事例 は︑ 処罰 の対 象と して の﹁ 咎﹂ であ り︑ 法的 な文 脈に おけ る用 例と 見做 せる

③ 国王

︑﹁ 我レ 愚ニ シテ 孝子 ヲ殺 ムト 思ヒ ケリ

﹂願 クハ 十方 ノ仏

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ 新羅 国后 考

七二

(7)

ケ︑ 此ノ 咎ヲ 免シ 給へ

﹂ト 申シ 給テ

︑女 ニ宣 ハク

︑﹁ 我ガ 太子 ノ 物ヲ 云フ 事ハ 汝ガ 徳也

﹂ト 宣テ

︑ (巻 第四

﹁天 竺貧 女書 写法 花経 語第 四〇

﹂) この 事例 は︑ 孝子 を殺 害し よう とし たこ とを いう

⑤而 ルニ

︑亦

︑師 弁ガ 年来 ノ妻 有テ

︑強 ニ肉 食ヲ 勧ム ルニ 依テ

︑ 亦食 シツ

︒其 ノ度 ハ久 ク其 ノ咎 無シ ト云 ヘド モ︑ 遂ニ 其ノ 後五 六 年ヲ 過テ

︑師 弁ガ 鼻ニ 大キ ナル 瘡出 ヌ︒ 日来 ヲ経 ルニ

︑大 ニ乱 レ テ︑ 死ヌ ルニ 及ブ マデ 癒ル 事無 シ︒ 此レ

︑偏 ニ戒 ヲ破 レル 咎也 ト 知テ

︵巻 第七

﹁震 旦邵 師弁 活持 戒語 第四 七﹂ ) 新大 系は

﹃冥 報記

﹄が

﹁無

﹂で ある と注 する

︒す なわ ち﹁ 咎無 シ﹂ は﹃ 今昔

﹄の 独自 の表 現と いえ る︒ また 新大 系は

︑﹁ 此レ

﹂以 下が

﹁恐 怖ノ 情︑ 本集 の強 調﹂ であ ると し︑

﹃冥 報記

﹄が

﹁或 恐以

破戒

之 故也

﹂と する と注 する

︒こ の④

⑤の 事例 が︑

﹃冥 報記

﹄と は異 なる

﹃今 昔﹄ 独自 の表 現で ある

︒す なわ ち⑤ の事 例は

︑鼻 の瘡 が戒 律を 破っ たこ との 徴と して 現れ たも ので ある こと を示 す︒ ここ では

﹁咎

﹂は 徴の 義で ある

⑥ 慶植

︑此 レヲ 聞テ

︑泣 キ悲 ムデ

︑歎 キ迷

︵マ ド︶ ヒケ ル程 ニ︑ 日来 ヲ経 テ病 ニ成 テ死 ニケ レバ

︑行 ムト 為ル 所へ モ不 行ズ 成リ ニ ケリ

︒此 レヲ 以テ 思フ ニ︑ 飲食 ニ依 テノ 咎也

︒ (巻 第九

﹁震 旦隋 代人 得母 成馬 泣悲 語第 一七

﹂)

この 事例 は︑

﹁飲 食ニ 依テ ノ咎 也﹂ とあ るか ら︑ 結果 をい うも のと 見做 せる

︒徴 候の 義と いえ る︒

⑦ 此レ

︑偏 へニ 年来 ノ殺 生ノ 咎ニ 依テ 現報 ヲ致 セル 故ニ

︑鷹 ノ嘴

︵ハ シ︶ ヲ具 セル 男子 ヲ令 生メ タル 也ト ナム 人語 リ伝 ヘタ ルト ヤ︒ (巻 第九

﹁震 旦睳 仁叉 願知 冥道 事語 第三 六﹂ ) この 事例 は︑ 妻が 異貌 を備 えた 子を 産ん だこ とに つい て︑ それ は

﹁年 来ノ 殺生 ノ咎 ニ依 テ﹂ 現じ たこ とだ と捉 えて いる

︒こ の事 例は 罪と いう 義に 近い 用法 であ る︒ それ では

︑次 に﹁ 過﹂ の用 法に つい て見 よう

① 其ノ 家ニ 一人 ノ婢 有リ

︒少 ノ過 有テ

︑長 者此 レヲ 打チ 縛バ テ︑ 倉ニ 籠テ 衣ヲ 不令 着ズ

︑食 ヲ不 与ズ シテ

︑僅 ニ少 ノ水 許ヲ 与ヘ テ 置タ リ︒

(巻 第一

﹁婢 依迦 旃延 教化 生天 報恩 語第 七﹂ ) 婢は 長者 から

﹁少 ノ過

﹂に よっ て︑ 打た れた り縛 られ たり とい った 処罰 を受 けて いる

︒す なわ ちこ の﹁ 過﹂ は︑ 処罰 の対 象と なる 事柄 を示 すも ので ある

﹁前 世ノ 殺生 ノ罪 ニ依 テ地 獄ニ 堕ヌ

︒現 在ニ 呪誓 ノ過 ニ依 テ悪 報ヲ 受ク

﹂︒ 微妙 自ラ

︑﹁ 昔ノ 本ノ 妻ハ

︑今 我ガ 身此 レ也

︒羅 漢果 ヲ得 タリ ト云 へド モ︑ 常ニ 熱鉄 ノ針

︑頂 ノ上 ヨリ 入テ 足ノ 下ニ 出 ヌ︒ 昼夜 ニ此 苦患 難堪 シ﹂ ト語 ケリ ( ︒ 巻第 二﹁ 微妙 比丘 尼第 三一

﹂)

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ 新羅 国后 考

七三

(8)

新大 系は

﹁仏 神を あざ むい て無 実を 言い 立て た罪

﹂と 注す る︒

③ 若シ 尊者

︑閻 浮ニ 返リ 給ハ ム時 キ︑ 我ガ 形ヲ 以テ 諸ノ 比丘 ニ告 テ︑ 善ク 口ノ 過ヲ 助ケ テ妄 語ヲ 出ス 事無 カレ

︵巻 第二

﹁満 足尊 者至 餓鬼 界第 三七

﹂) 新大 系は

﹁口 ノ過

﹂に つい て﹁ 口が 犯す 罪過 で︑ 妄語

・両 舌︵ 二枚 舌︶

・悪 口・ 綺語

︵卑 猥語

︶の 四つ とさ れる

﹂と 注す る︒

⑤今 昔︑ 天竺 ニ一 人ノ 人有 リ︒ 国王 ノ為 ニ犯 ヲ成 シテ

︑其 ノ過 ヲ負 ヘリ

︒国 王此 ノ人 ヲ捕 ヘテ

︑頸 ヲ切 ラム ト為 ル程 ニ︑

︵略

︶ 其ノ 時ニ

︑国 王此 ノ人 ノ過 ヲ免 シテ

︑三 宝ニ 帰依 シ奉 ル事 無限 シ︒

︵巻 第四

﹁為 国王 負過 人供 養三 宝免 害語 第二 二﹂ ) 新大 系は

﹁国 王に 対し て罪 を犯 して

﹂と 訳出 し﹁ 在家 信者 だっ た厨 士は

︑国 王か ら命 じら れた が︑ 殺生 戒を 守っ て王 命を 拒ん だ罪 とい う﹂ と注 して いる

︒過 は罪 であ るが

︑仏 教に おけ る戒 律違 反の 罪の 義で ある

⑦正 法蔵 ニ問 テ云 ク︑

﹁汝 ガ病 ハ︑ 過去 ニ汝 ヂ国 王ト 有リ シ時

︑ 多ノ 人民 ヲ悩 セリ シニ 依テ

︑今

︑其 ノ法 ヲ感 ゼル 也︒ 速ニ 昔ノ 過 ヲ観 ジテ 懺悔 ヲ至 サバ

︑其 ノ罪 ヲ除 テム

﹂ト

︒我 レ︑ 其ノ 言ヲ 聞 キ畢 テ︑ 礼拝 シテ 過ヲ 悔フ

︒ (巻 第六

﹁玄 奘三 蔵渡 天竺 伝法 帰来 語第 六﹂ )

﹁速 ニ昔 ノ過 ヲ観 ジテ

﹂に つい て︑ 新大 系は

﹁﹃ 咎﹄ に同 じ﹂ と注 す

る︒ この 文脈 では

︑﹁ 過ヲ 観ジ

﹂る べき もの であ り﹁ 礼拝 シテ 過ヲ 悔フ

﹂べ きも ので ある

︒先 に用 例を 検討 した こと から すれ ば︑ 過は むし ろ罪 に近 い意 であ る︒

﹃今 昔﹄ は︑

﹁咎

﹂か ら﹁ 祈禱

﹂︑ そし て

﹁救 済﹂ へと 儀礼 性が 貫か れて いる

⑧ 而ル ニ︑ 冥途 ニ至 テ︑ 罪ヲ 勘ヘ テ︑ 牛ノ 身ニ 成ラ ムト ス︒ 其ノ 時ニ

︑侯 均訴 テ云 ク︑

﹁我 レ︑ 昔︑ 師ノ 所ニ シテ 戒ヲ 受ケ キ︒ 亦︑ 薬師 経ヲ 受持 シキ

︒亦

︑薬 師ノ 形像 ヲ造 リ奉 レリ

︒我 レ︑ 何ゾ 過 無ク シテ

︑牛 ノ身 ト成 テ苦 ヲ受 ケン

﹂ト

︒ (巻 第六

﹁震 旦夏 ノ侯 均造 薬師 像得 活語 第二 四﹂ ) この 事例 は︑ 堕地 獄の 因と なる 罪の 義で ある

﹁貞 観十 一年 ニ︑ 法義 ガ父 ノ使

︑禾 ヲ苅 ル︒ 法義

︑即 チ目 ヲ見 張テ 私︵ ヒソ カ︶ ニ罵 テ︑ 不孝 也︒ 過︑ 杖八 十ナ ルベ シ﹂

︵巻 七﹁ 震旦 華洲 張法 義依 懺悔 活語 第四 八﹂ ) この 事例 は︑

﹁杖 八十

﹂の 体罰 を必 要と する 罪過 の義 であ る︒

⑩ 而ル 間︑ 此ノ 女子

︑一 月余

︑更 ニ不 飲食 ズシ テ遂 ニ死 ヌ︒ 父母 悲ミ 難ク ト云 ヘド モ︑ 力不 及ズ

︒此 レ偏 ニ年 来ノ 殺生 ノ過 也ト 思 テ︑ 其ノ 後ハ 年来 ノ殺 生ノ 罪ヲ 悔ヒ 悲テ

︑永 ク殺 生ヲ 止メ テ︑ 家 挙テ 戒ヲ 持シ 善ヲ 行ジ ケリ

︒ (巻 第九

﹁震 旦韓 伯瑜 負母 杖泣 悲語 第一 一﹂ ) この 事例 も︑ 戒律 違反 の罪 の義 であ る︒

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ 新羅 国后 考

七四

(9)

すな わち

﹃今 昔﹄ にお ける

﹁咎

﹂は

︑吉 兆と して の休 徴に 対し て 凶兆 であ る咎 徴の 義を 原 とす るの に対 して

︑﹁ 過﹂ は法 的処 罰や 宗教 的な 罪過 を意 味す る︒ 派生 的な 用法 にお いて

︑﹁ 咎﹂ と﹁ 過﹂ との 意味 する とこ ろの 交差 する 事例 もあ るが

︑仏 教説 話集 であ る

﹃今 昔﹄ の用 語に は︑ 原 使い 分け があ ると いえ る︒ その こと から すれ ば︑

﹃宇 治﹄ にお いて は︑ 后は わが 行動 につ い て反 省す るこ とは な

︑た だ﹁ かな しき 目﹂ と感 じて いる にす ぎな い︒ 心情 的な もの が救 いの 契機 とな ると ころ に﹃ 宇治

﹄の 特質 があ る︒ ただ

︑見 方を 変え れば

﹁か なし き目 を見

﹂る とい う表 現は

︑平 安時 代の 物 だと もい える

︒﹃ 今昔

﹄の

﹁国 王﹂ に対 して

﹃宇 治﹄ は﹁ 御門

﹂と 和文 化さ れて いる こと とも 対応 して いる だろ う︒

︶﹃ 宇治 拾遺 物語

﹄と

﹃今 昔物 語集

﹄と の間 にお ける 他の 異同

﹃今 昔﹄ は︑

﹁忍 人ニ 通ジ

﹂た 后を

︑観 音が 許す

︒な ぜな ら﹁ 菩薩 ノ慈 悲ハ

︑深 キ事 大海 ヨリ モ深 ク︑ 広キ 事世 界ヨ リモ 広 シ﹂ だか らで ある とい う︒ これ に対 して

﹃宇 治﹄ も︑

﹁密 男を まう け﹂ た后 を観 音が 許す

︒な ぜな ら﹁ 菩薩 の御 慈悲

︑此 国ま で聞 えて

︑ はか りな し﹂ だか らで ある とい う︒ 45

﹃今 昔﹄ は︑

﹁然 レバ

︑后

︑﹁ 此レ

︑我 ガ念 ジ奉 レル ニ依 テ︑ 観

音ノ 助ケ 給フ 也﹂ と観 音の 霊験 が強 調さ れて いる

︒と ころ が﹃ 宇 治﹄ には この 条が ない

︒ま た︑ は と 同様 で︑

﹃今 昔﹄ は︑

﹁后

﹁偏 ニ︑ 此レ

︑長 谷ノ 観音 ノ助 ゾ﹂ ト知 テ﹂ 観音 の霊 験が 強調 され てい る︒ とこ ろが

﹃宇 治﹄ には この 条も ない

︒ 観音 の顕 現と 救済 につ いて

︑后 は宝 物を 長谷 寺に 奉納 する

﹃今 昔﹄ は﹁ 日本 ニ送 テ長 谷ノ 観音 ニ奉 ル﹂ とい う︒

﹃宇 治﹄ は︑

﹁長 谷寺 に奉 り給

﹂と いう

︒ これ は

・ と同 様︑

﹃今 昔﹄ は︑

﹁実 ニ長 谷ノ 観音 ノ霊 験不 思 議也

﹂と

︑観 音の 霊験 が繰 り返 し強 調さ れて いる

︒ま た﹃ 宇治

﹄に はこ の条 はな い︒

﹃今 昔﹄

﹃宇 治﹄ とも に長 谷寺 観音 が﹁ 他国 の人 も﹂ 霊験 があ る こと をい うが

︑﹁ 他国 の人

﹂に 新羅 国后 も含 まれ てい る︒

﹃今 昔﹄ は︑ 独自 に﹁ 人専 ニ歩 ヲ運 ビ︑ 首ヲ 傾テ 礼拝 シ可 奉シ トナ ム語 リ伝 ヘタ ルト ヤ﹂ とい う話 末評 語を もつ

︒広 く貴 賤道 俗の 信仰 を集 めて いる こと をい う︒ 以上 のよ うに

︑﹃ 宇治

﹄は

﹁后 おは しけ り﹂ と敬 語を 用い てい な がら

︑﹁ 密男 をま うけ てけ り﹂ と︑ ここ には 敬語 がな い︒ 物語 自身 が︑ 后の 密男 を非 難し てい ると いえ る︒ にも かか わら ず︑ 后は 長谷 観音 によ って 許さ れる

︒し かも

︑懺 悔も 悔過 もな く︑ ただ

﹁心 のう ちに 思給 ける

﹂こ とだ けで

﹁頼 みを かけ 奉ら ば︑ など てか は助 給は

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ 新羅 国后 考

七五

(10)

ざら ん﹂ と思 って

﹁目 をひ さぎ て︑ 念じ 入給

﹂う ただ けで ある

︒こ こに は言 挙げ もな く︑ 誓約

︵う けひ

︶も なく

︑念 仏も ない

︒ 要す るに

︑﹃ 宇治

﹄は

︑﹁ 困っ たと きの 神頼 み﹂ とも いう べき

︑何 でも 許す とい う観 音の 心の 広さ を顕 彰し てい る︒ これ は﹃ 今昔

﹄の 考え るよ うな 厳密 な意 味で はな いが

︑世 俗に おけ る信 仰の 形と いう こと がで きる

︒ もう ひと つ﹃ 宇治

﹄の 要点 は︑

﹁他 国の 人も しる し蒙 らず とい ふ 事な し﹂ であ る︒

﹁吉 備真 備﹂ の伝 説に もあ るよ うに

︑長 谷観 音の 霊験 は異 国に あっ ても 変わ らな いと いう 信仰 であ る

︒ 三 類似 説話

﹃長 谷寺 霊験 記﹄ との 比較 一方

︑類 似説 話と され る﹃ 霊験 記﹄ 上巻 第一 二の 内容 は次 のよ う であ る︒ 紙幅 の都 合上

︑概 要を 記す

「村 上天 皇御 宇﹂

﹁新 羅ノ 国﹂ に﹁ 照明 王﹂ がい た︒ 帝王 は﹁ 容 顔﹂ の優 れた 第一 の后 を寵 愛し た︒ 時に

﹁近 臣﹂ に﹁ 義顕

﹂が いた

︒ 折し も﹁ 隣国

﹂か ら﹁ 新羅 国﹂ が攻 撃を 受け た︒

﹁帝 王﹂ は義 顕を

﹁后 ノ御 宮仕

﹂と して 残し

︑戦 さに 出掛 けた

︒つ いに 義顕 は﹁ 忍テ 后ヲ 犯奉 ル﹂ こと にな る︒

﹁御 門﹂ は﹁ 逆鱗

﹂し て﹁ 后ノ ミヅ ラ﹂ を括 り︑ 地上

﹁四

︑五 尺許

﹂の 高さ に吊 り下 げた

︒后 は﹁ 今ハ 人ノ 力︑ 及ベ キニ 非ズ

﹂だ から

﹁仏 神ニ 祈申 バヤ

﹂と 考え て﹁ 深ク 帰依

シ給 ヘル 僧﹂ に相 談し た︒ 僧は

﹁是 ヨリ 東遥 ニ去 日本 ト云 国﹂ に

﹁長 谷﹂ とい う﹁ 観音 利生 ノ霊 場﹂ があ る︒ 早く 日本 に向 かい

﹁一 心ニ 祈 シ給 ヘ﹂ と進 言し た︒ そこ で︑ 后は

︑﹁ 深ク 信ヲ 取テ

︑目 ヲヒ シギ 掌ヲ 合テ 祈 シテ 云ク

①﹁ 菩薩 ノ悲 願ハ 大海 ヨリ モ深 ク︑ 虚空 ヨリ モ広 シ︒ 中ニ モ長 谷ノ 観音 ハ威 験ヨ ニ勝 レ大 悲普 ク施 ス︒ 他国 トテ 捨給 事ナ ク︑ 我苦 ヲ除 給ヘ

﹂ト 泣々 申サ セ給 ヘバ

︑ 忽然 とし て﹁ 童子

﹂が 現れ

︑﹁ 金榻

﹂を 出し て后 の足 に踏 ませ た︒ この 童子 は食 物を 用意 し﹁ 菩薩 ノ助

﹂も あっ て后 は元 気を 戻し た︒

﹁帝 王﹂ が様 子を 見に 行く と︑ 后と 出会 った ころ を思 い出 し︑ 后を 赦し た︒ 后か ら事 情を 聞い た王 は︑

﹁長 谷寺 ノ御 利生

﹂と

﹁深 ク帰 依﹂ した

︒王 は使 者を 遣し て﹁ 天暦 六年

︵壬 子︶ 歳︑ 春三 月ノ 比﹂ に﹁ 三十 三ノ 宝物

﹂を 贈っ た︒

②其 状云

︑﹁ 大極 皇后 献ズ 宝財 ヲ于 粟支 神国 摩阿 舎那 山長 谷寺 之 寺ニ 上︒ 跪讃

/嚢 風テ 霊徳 ヲ

︑親 拠

苦身 ヲ

︑竊 冀

天命 ヲ

︑果 施ス

威 神ヲ

︑ 生仏 雖モ

尊 ト︑ 無縁 ヲバ 不

救︑ 貴哉 誡哉

︑秘 石ノ 尊容

︑霊 威通 哲︑ 遠ク 来ル

疎 国ニ

︑ 答ル ニ

之ヲ 無シ

由 シ︑ 只伝 テ

風気 ヲ

︑聊 カ送 ル

宝財 ヲ

︑数 成ス

本 誓ヲ

︑ 迥述 ブニ 其志 ヲ

︑薩 埵納 受シ 玉ヘ

︑幸 中六 年二 月日 とい う︒ その

﹁三 十三 ノ宝 物﹂ とい うの は︑

③花 瓶・ 火舎

・閼 伽・ 錫杖

・大 鈴・ 大磐

・大 鏡・ 栴檀 香・ 沈水

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ 新羅 国后 考

七六

(11)

香・ 蘇合 香・ 麝香

・金 簾・ 銀花

・瑠 璃灯 爐・ 瑪瑙 鉢・ 車渠 盥・ 馬瑙 鉢・ 水玉

・火 玉・ 真珠 瓔珞

・豹 皮・ 虎皮

・象 牙・ 犀角

・螺 貝・ 龍 鬚・ 師子 頭・ 孔雀 尾・ 羊毛 莚・ 三枝 丈・ 七穴 石・ 二寸 丁子

・一 寸 米・ 土用 桶︹ 土用 桶ト ハ何 哉︒ フシ ン〕

④此 等ノ 物︑ 度々 廻禄 ニ焼 ト雖 猶︑ 金簾

・銀 花・ 馬瑙 鉢・ 龍鬚 ナム ドハ 今ニ 残レ リ︒ とい う︒ 観音 を﹁ 実︵ マコ ト︶ ヲ至 シテ 念ジ 奉ル 人﹂ は﹁ 異国 他国

﹂ まで 及ぶ

︒以 上は

﹁此 山ノ 流記

﹂に 見え る︑ 云々

とい う内 容で ある

︒ 周知 のよ うに

﹃霊 験記

﹄の 正確 な成 立年 代︑ 成立 過程 は未 詳で あ る︒ 鎌倉 初期 の成 立と すれ ば︑

﹃宇 治﹄

﹃今 昔﹄ とは

︑成 立時 代の 近 いテ キス トと して 比較 にふ さわ しい

︒分 析の 手続 き上

︑ま ず表 現に 即し て事 項群 を取 り出 し︑ さら に基 本的 な事 項群 を取 り出 すこ とが 丁寧 な手 順で あろ う︒

﹃霊 験記

﹄と

﹃宇 治﹄ を基 本的 事項 群に おい て簡 潔に 比較 して みよ う︒

使

事項 から する と︑

﹃霊 験記

﹄の 特徴 は︑

①か ら④ の詳 細な 記事 に 集約 され てい る︒ すな わち

①后 の祈 念が

︑祈 その もの をも って 記録 され てい るこ と︒ また

︑② 后の 布施 が︑ 仏前 に跪 いて 行な う讃 その もの をも って 記録 され てい るこ とに ある

︒し かも

︑③

④ 施入 され た三 がど のよ うな もの か︑ 具 列挙 され てい るこ と にあ る︒ 一方

︑表 現か らみ ると

︑﹃ 霊験 記﹄ は﹁ 忍テ 后ヲ 犯シ 奉ル

﹂と 表

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ 新羅 国后 考

七七

(12)

現さ れて いて

︑義 顕の 方に 后を あや まつ 責を 求め る︒ 主語 は男 にあ る︒ さら に︑ 帝王 が后 を許 す経 過は

︑﹁ 武ク ハゲ シキ 御心 ニモ

︑昔 ノ情 ヲ思 出テ

﹂出 御し

︑﹁ ナツ カシ ウヲ ボシ メサ ルレ バ﹂

﹁情 無フ 罪 シツ ル事 ヲ悔 テ我 御過 ニ成 シテ

﹂許 すこ とに なる

︒さ らに

﹁帝 モ深 ク帰 依シ 給ケ リ﹂ とあ り︑

﹃霊 験記

﹄は 帝の 信仰 と布 施を 描く

︒い わば 帝の 発心 譚と して 描く とこ ろに 特徴 があ る︒ そう であ れば

︑﹃ 宇治

﹄に

︑祈 請文 にも

︑讃 の言 葉に も︑ 施入 の 品物 にも 興味 のな いこ とが 明ら かに なる

︒ まと めに かえ て

﹃霊 験記

﹄が

﹃今 昔﹄ や﹃ 宇治

﹄と どの よう な関 係に 立つ のか は 不明 であ る

︒つ まり

︑今 指摘 でき るこ とは

︑三 者の 間に 共有 され て いる 枠組 みと

︑表 現及 び構 成の 異同 であ る︒ その 中で

︑こ の説 話の 場合

︑特 に大 きな 問題 は︑ 誰が 中心 人物 か が異 なる こと であ る︒ 例え ば︑

﹃霊 験記

﹄は 帝を 主語 とし て叙 述す るが

︑﹃ 宇治

﹄は 后を 主語 とし て叙 述す る︒

﹃霊 験記

﹄は 僧が 后に 長谷 寺観 音の 利益 を説 き︑ 祈念 する こと を勧 める が︑

﹃宇 治﹄ は后 が︑ なぜ かす でに 長谷 寺観 音の 霊験 を信 じて おり

︑教 えら れる こと もな くみ ずか ら祈 念し てい る︒

しか も︑ 末尾 は﹃ 霊験 記﹄ は︑ 后の みな らず 帝の 信仰 を顕 彰す る が︑

﹃今 昔﹄ は貴 賤道 俗の 信仰 を広 く集 めた こと をい う︒ その よう に考 えて くる と︑ 帝を 主語 とす る﹃ 今昔

﹄や

﹃霊 験記

﹄ に比 べて

︑﹃ 宇治

﹄は 女性 の后 を主 語と して 叙述 する こと によ って

﹁新 たな

﹂説 話を 生み 出し てい ると いえ る︒ すな わち

︑﹃ 宇治

﹄と

﹃今 昔﹄ とが 双方 とも

︑共 通の 祖と 想定 され てい る﹃ 宇治 大納 言物 語﹄ から 分岐 した テキ スト であ ると すれ ば︑ 誰を 中心 人物 とす るか

︑ 焦点 を当 てる 人物 を変 えて 語り 直す こと によ って 説話 は新 たに 生成 され ると いえ る︒ 注

三木 紀人

・浅 見和 彦校 注﹃ 新日 本古 典文 学大 系 宇治 拾遺 物語

﹄岩 波 書店

︑一 九九

〇年

︑三 五五

~六 頁︒ 本文 は新 大系 の本 文校 訂に 従い

︑表 記の まま とし た︒

中島 悦次

﹃宇 治拾 遺物 語全 註解

﹄有 精堂

︑一 九七

〇年

︑五 二七 頁︒

に 同じ

︑五 三二 頁︒

小林 保治

・増 古和 子校 注・ 訳﹃ 新編 日本 古典 文学 全集

宇治 拾遺 物 語﹄ 小学 館︑ 一九 六〇 年︑ 四三 九頁

︒ち なみ に︑ 池上 洵一 氏が

﹃霊 験 記﹄ 一九 話中 五話 が﹁ 対外 霊験 譚﹂ であ るこ とに 注目 し︑

﹁長 谷寺 にお ける 対外 霊験 の強 調﹂ が﹃ 霊験 記﹄ だけ の特 徴で はな く︑

﹃三 宝絵

﹄の 時代 から 建保

・弘 安の 時代 に至 る﹁ 寺の 基本 戦略

﹂で あっ たと され る︒ 特に 馬頭 夫人 の説 話を 重視 され てい る︵

﹁長 谷寺 対外 霊験 譚の 構造

﹂﹃ 国 文論 叢﹄ 第三 六号

︑二

〇〇 六年 七月

︶︒ なぜ 主人 公が 后な のか

︑后 をめ

﹃宇 治拾 遺物 語﹄ 新羅 国后 考

七八

表 現 の 次 元 で 作 成 す る と ︑ 次 の よ う で あ る ︒ こ の と き ︑ 表 現 上 の 異同から︑それぞれのテキストの特質が顕著にみてとれる事項を︑太字で表示してみる︒﹃宇治拾遺物語﹄第一一九話﹃今昔物語集﹄巻第一六第一九これも今は昔︑新羅国に后おはしけり︒今ハ昔︑新羅ノ国ニ国王ノ后有ケリ︒ઃその后︑忍て密男をまうけてけり︒其ノ后キ︑忍テ竊ニ人ニ通ジニケリ︒御門︑この由を聞き給て︑后をとらへて国王︑此ノ事ヲ聞テ︑大ニ嗔テ︑髪に縄を付けて︑上へつりつけて︑足を后ヲ捕ヘテ髪ニ縄ヲ付テ

参照

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