マラヤにおけるザカート制度の現状
その他のタイトル The "Zakat" System in Malaya
著者 藤本 勝次
雑誌名 関西大学東西学術研究所紀要
巻 1
ページ A25‑A43
発行年 1968‑03‑30
URL http://hdl.handle.net/10112/16140
マラヤにおけるザカート制度の現壮:
藤 本 勝 次
1 ま え が き
ザカート ( z a k a t ) という言菜は, もともとアラム語から借用したアラビア語で, コーラン では礼拝とともに,ムスリムの宗教的な義務としての「自発的な群捨」を意味する用語である。
コーラ ンには同じ「自発的な喜捨」を意味するサダカ
(~adaqa)という用語:がみえるが, こ の言葉とザカ ートと はなんら区別なしに使用されている。ところが,イスラム の教祖マホメッ
トがメッカを征服したあとで,マホメットと盟約を結んでイスラムに帰依したアラプ遊牧部族 に対し,神および神の使徒の保護を保証する代りに,宗教的義務のひとつとしてサダカが課せ られた。このサダカという言葉はマホメッ ト の外交文害の用語で,イスラムに帰依したアラプ 遊牧部族が生産するナツメヤシの実の贔,または彼らの飼育する家畜の一定割合を支払うこと が要求される,事実上租税の意味で用 いられている。これは, コーラン にでてくるサダヵとは 本質的に異なるもので,その用途が主としてムスリムの貧者救済に限 られているところから,
一般に「救貧税」と訳されるものである。その後ィスラム法が整備されるにつれて,ザカート が「救貧税」を意味し ,サ ダカが 「 自発的な喜捨」を意味する法律用語となり,両語が区別し て用いられるようになった。
イスラム法の規定によれば,ザカートの課税対象物として農作物,果物とくにナツメヤシの 実,家畜,金・銀,商品などの品物があげられ,それぞれの品目について一定の免税基準量 すなわちニサープ (ni~ab) がきまっていて,それ以上のものを保有する場合·, 農作物や果物,
とくにナツメヤシの実では全収穫量の
10劣が,また金・銀などでは
2.5劣 が ザ カ ー ト と し て 徴 収されるのである。家畜にいたっては,酪詑
5頭に対して山羊
1頭とか,酪舵25 頭に達すれば
1
オの牝の賂舵
1頭など,さ らに詳しい規定が設けられている。①
これらのザカートは政府の徴税人アーミル
Cami/)によって徴収されるが, とくに農作物
とナツメヤシの実と家畜の
3品目は, 「はっきり見えるもの」(そ
ahir)と呼ばれ, アーミルが
そのザカートを徴収することになっている。 一方,金・銀や商品は「かくれたもの」
(batin)と呼ばれ,アーミルの管轄下になくて,そのザカートの拠出は納税者個人の良心にまかされて いる。つまり,徴税人にかくしておけばそれでもよいはずである。農作物などは収穫時にはっ きりその総鼠がわかるし,家畜にいたっては,やたらにかくせるはずがないので,アーミルも 徴収しやすいわけである。そして,このようにして徴収されたザカートは,イスラム法の規定 に従って,
(1)徴税人,
(2)乞食,
(3)困窮者,
(4)心を協調させた者・改宗者,
(5)旅人,
(6)神の道,
(7)
奴 隷
(8)負債で困っている者の 8項目にそれぞれ分配・支給されることになっている。
以上がイスラム法による救貧税ザカートの規定の概要である。しかし, これはあくまでも法 的規定であり,ムスリム諸国において, どこまで実際にこの規定が遵守されてきたかはいささ か疑わしい。ザカート制度の歴史的な検討については後日にゆずるとして,すくなくとも現在 のムスリム諸国において,パキスタンのようにザカート制度の復活を試みた例を除き,政府が 直接ザカ ートを徴収するよう規制している国はほとんどない。しかし, マラヤは第
2次世界大 戦後に独立して以来,イスラムを国教とするとともに,イスラムの諸制度を整備し,ザカート 制度についてみても,政府によってザカートを徴収するよう規制した
。したがって,マラヤは ムスリム諸国のなかでもザカート制度を公式に採用した数少ない国家となっている。
本稲は,筆者が
1965年に京大東南アジア研究センタ
ーの依据をうけ,ケダ州で現地調査をした資料にもとづき,マラヤのザカート制度の現状を報告するとともに,ザカート制度に関連す
る諸問題を検討するものである。
なお,文中( )内のローマ字綴りはマレー語を示し,イタリック体のローマ字綴りはア ラビア語を示している。
2 マ ラ ャ の ザ カ ー ト 規 定
マラヤにイスラムが急速に広まった
14‑15世紀のはじめから,ザカ
ートの制度がどのような 形で存続してきたかは,残念ながら具体的な資料がないので明確に論述することはできない。
しかし,ある報告者によれば,マラヤでは最近までザカートの拠出は個人の自由裁巌にまかさ
れ,自分が与えようと思う人にザカ
ートを与えていたらしい。とくに農村カンポン
(kampong)では,コーランの読み方を教えてくれる宗教教師
(guru),メッカヘの巡礼を終えた人
(haji;屈 j j ) , あるいは伝統的な医術者
(bomor,pawang)といった,マラヤ農村のあらゆる儀式や
祭式に重要な役割を果し,農民の精神生活の中心となって,農民から慈敬されている人々にザ
カートが贈与されていたといわれている。② またマラヤの北部では,ザカ
ートの名のもとに小
作料の約1
0劣が強制的に地主によって徴収されることも慣習化していたらしい。③
マラヤにおけるザカ ート 制笈の現状(藤本)
27ところが,2 0 1 せ紀に入ると,マラヤ ・ ムスリムの間でザカ ー ト本来の目的にそって,政府の 手でそれを徴収し,またイスラム法の規定に従って分配しようとする動きがあらわれてきた。
周知のように,マラヤ・ムスリム社会では,各州のスルタンがそれぞれ各州のムスリム行政の 最高責任者であり ,イギリス の統治時代でも,イギリス政府がイ スラムについて直接に 干渉す る ことはなく,各州のスルタンがイスラムについて は完全にまかされていた。そこで ,政府が
ザカ ート の徴収 ・ 分配を開始した時期も各州によってまちまちであったようである。信頼すべ き文献的資料をもち合わせないので証明することはできないが,ザカ ート の徴収 ・分配を政府 の統制のも と に行なった最初の州がトレンガヌ州 Trengganu で, これに続いて 1 9 1 5 年には クランタン州 K e l a n t a n , 1 9
30 年には プル リス州 P e r l i s , 1 9 3 4 年にはジョ ホール州 J o h o r e , 1 9 3 6 年にはケダ州
Kedahが,それぞれこの制度を取り入れたといわれている。④ そして,す
くなくとも現在までには,それらの州も他の州 もすべてザカ ート 規定を成文化するようになっ た 。
筆者が集めることのできたザカ ート 規定を整理してみると次の
2種類に大別できる。
(I)
スランゴル州
Selangor,クランタン州, トレンガヌ州,パハン州 P a b a n g , ヌグリ・
スム ビラ ン州 NegriSemb
il a n
,マラッカ州
Malacca,ペナン州 P e n a n g , これらの各州で は.「ムスリム 法施行法令」
Ad m i n i s t r a t i o no f Muslim Law Enactments(Undang Undang P e r t a d b i r a n Hukum Shara
')の類が制定され,⑥ そのなかにザカー ト 規定が含まれている。
このザカート規定では,各州のイスラム宗教局
Departmento f R e l i g i o u s A f f a i r s
(P e j a b a t U
gamaI s l a m
)か , あるいはイス ラム宗教議会
Councilo f
MuslimR e l i g i o n
(Ma j l i s Ugama I s l a m
)が,各州のスルタンに代ってザカ ー トやフィトラ
(fitrah; f ifr)を徴収し.
それを処理する権限をもち,またそのための細則をきめることができる ,と い っ た原則だけが 定められている。 したがって,ザカ ート の課税対象となる物品名やザカ ート の税率,徴収方法 などの細 目はわ からない。また,それに関する細則が別 に設けられているかどうかも,残念な がらこれら諸州の細則を入手することができなかったので,筆者にはわからない。ただし, ト
レンガヌ州の「ム ス リム法施行法令」 には後述するようにザカートに関する細則を記載してい る 。
なお,フ ィトラ というのは, ラマダーンの断食明けにさしだす一種の宗教税で,イスラム法
の用語では 「 断食明けのザカー ト 」
(zak a ta l ・ f i t
r)と呼ばれる。 マラヤではムスリム 1 人に
つき
3カティ
(kati)12 タヒル
(t a h i l ) の米 ( b e r a s ) か,またはそれに相当す る現金となっ
ていて,一般にはムスリム各人
1M$(=邦貨
120円)が毎年断食明けに徴収されている。
(2)
プルリス州, ケダ州, ペラ州 Perak
,ジョホール州で は, 別個 に 「ザカート条令」
Zakat Enactment ( Undang Undang
Zakat)の類が制定されていて, ザカ ート に関してか なり詳細に知ることができる。⑥
これら諸州のザカ ート 条令を制定の年代順に列記すると , P e r l i s
Perak Kedah J o h o r e
Zakat and F i t r a h Enactment ( 1 9 4 9
).B a i t ‑ u l ‑ M a l ,
Zakat and Fi t r a h Enactment (
1955
). Zakat Enactment ( 1 9 5 5 ) .
Zakat and
Fitrah~Enactment (1 9 5 7
).
となるが, このなかで注意しなければならな いのは,ケダ州だけ がフ ィ ト ラ に関する規定がな いことである 。現地での調査によ れば,ケダ州ではフィトラは政府によって徴収さ れず,各人 1 ガ ンタン
(gantang=
2升
5合 ) 写 真
lの籾米か,ある いは
1MSの現金を,
断食明け の日に自分が贈ろ うと思 う 人,器村ではと く に宗教教師に贈与
して いる。丁度わが国 のお歳森のよ うな感じがする 。 しかし,他の諸州 ではフィトラも政府が徴収し,その 領収書を各人に発行している (写真
1.)。
さて,ザカート の課税品目と税率 について,ジョホール州とトレンガ ヌ州の例を比較して表示してみる
( 表
1)。
(I) は農作物に対するザカ ート である。イスラ ム法では小麦,大麦,米,豆類, ナツメヤシ の実, プドウといった各種農作物が課税品目にあげられているが,マラヤではもっばら籾米
(p a d i
)に限定しているのが特色である 。 ジョホ ール州ではトウモロ コシや豆類のザカートを 規定しているけれども実地調査によれば,マレー人ムスリム朕民は一般に野菜類を栽培しな いから ,野菜類のザカ ー トの規定は空文に等しい。なお 1 ガンタンは
2升 5 合にあたる 。
(lf), (U[)
の家畜類では,イスラム法は もっばら酪詑をザカ ート の対象としているが, マラ
ヤでは賂詑が生棲していないから,牛, とくに水牛をザカートの対象にと り あげて いる。 牛 ,
マラヤに おけるザ カー ト制度の現状 (藤本)
29表
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30
増す毎に
1オ子牛
1······1···~·~
塵 ! . . 虻. . . I ●● ●?豆生 ~. .... ..
山羊 ・
羊 40追加
·•·········
山羊 ・ 羊
1
オ羊
1又は 40 1201 オ羊 1 又は
2オ山羊 1 2
オ山羊
11オ羊 2
又は
121 200 1オ羊
2又は
2
オ山羊
2 2オ山羊
21
オ羊
3又は
201 399 . 羊又は山羊 3 2オ山羊
3 400I 羊又は山羊
4 400 1オ羊
4又は2
オ山
羊 4 401以上
100
咽す毎に 羊又は山羊
401以上
100
増す毎に 1 オ羊
1又は
1 オ山羊 1 追加
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
···············•···•··········.. ··•:···.. ・・・・・・....
....... ..
・・ ・
・・,. . . . .
..
....
... . . . . .
..... . . . . .
.... . . . .
..
金 金
125 mayam 9 saga
以上
2.5劣
20 mithqal以上
銀 銀 I
183 mayam
以上
2.5劣
200 drahm以上
2.5劣
.
............ ...................................... .
・ ・ ・ ・ ・ ・・ ・ ・・ ・
・・・・・・ ・
・・・ ・ ・・ ・
・・・・・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・・ ・・ ・ ・
・・・ ・ ・・
・・・・・
・・ ··•······y
I 商品
M$ 25.73以上
2.5劣商品
M.$..2..5...7.3....以上
.. . .
. ・・・・・・・・・・・・・・2・ ・ ・・
.・・
5・
%・ ・ ・ ・ . . ・ ‑ ‑
..........................................................._............................. . . . . . . . . .
硬貨,脊~$
25.73以上
2.5%-ご---~ ロ--- ~I
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夏
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ガ ス 州
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子 子 子 子 子 オ オ オ オ オ 1 2 1 1
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頭
加 1 1 2
迫
1 1
2.5%
加
1追
山羊 , 羊 の ザ カ ート の 税 率 に つ い て い え ば,
しか し , マ ラ ヤ 農 民 で
30頭以上の水牛や,
イ ス ラ ム 法 の 規 定 に 概 ね 準 拠 し て い るようである。
40
頭 以 上 の 山 羊
・羊 を 飼 育 し ている 者 は い な い か ら , した が っ て こ れ も実質的には空文に等しい。
(N),
( V ) , ( V l ' の各品目は, マ ラ ヤ で 公 認 し て いる シャ
ーフィイ ー旅イスラム 法 によれば,
前述したように 「 かくれたもの」に属し,政府の徴税人の手で徴収されない。したがって,敬 虔なイスラムの教義に忠実な人が自らこれらのザカ ート をさし出す場合は別として ,一般には ザカ ート の対象とならないわけである。事実マレー人ムスリムのなかでも官吏など俸給取り の人々に質問しても ,ザカート を拠出しないし,また拠出する必要もないと答えていた。
ということは,ジョホール州やトレンガヌ州において,ザカートの課税対象品目や税率が細 目にわたって規定されているけれども実際には籾米 ( p a d i ) だけがザカートの対象と なるよ うである。そこでケダ州はじめその他の諸州で見られるように,はじめから籾米だけにザカ ー
ト を課すよう規定している方がむしろ実質的であるといえる。
3 ザ カ ー ト の 徴 収
ケダ州におけるザカ ート の徴収方法については,
1955年発布の「ザカー ト 条令」
ZakatEn‑actment を改定した「ザカート規定」 ZakatRules (
1962)にその細目がきめられている。ま ずザカートを徴収する権限のある唯一の機関として 「 ケ ダ州ザカ ー ト委員会」
(Jawatan‑ kuasaZakat Kedah) が構成される。 この委員会の構成員に関する規定は見当らないが,
1962
年度の 「ザカート委員会報告書」では, この委員会は委員長 ( p e n g u r u s ) および書記官
(~etia ‑usaha),会計官 ( b e n d a h a r i ) をふくめて総数
16名の委員によって構成されている。
その委員名を検討すると,ケダ州政府政務長官
(Setia‑usaha Kerajaan Kedah)がザカート 委員会の委員長を兼担し , 4 人の郡長 (PegawaiDaerah
), 4人の郡のイスラム法官
(Kadzi Daerah),ケダ州議会隊員 ( A h l iM a j l i s Meshuarat N e g r i Kedah) 1 名 , イスラム宗教識 会議員
(AhliMajlis Ugama Islam) 1名,その他の人々
5名となっている。
「ザカ ート 規定,
1962」によれば, この委員会は州のスルタンに代ってザカートの徴収・分 配の業務を行なう最高決議機関であるが,実際のザカ ート 業務には,その委員会によって任命 される「ケダ州ザカ ート実行委員会」
(Jawatan‑kuasaKe r j a Zakat Kedah) があたること になる。⑦この実行委員会は,「ザカ ート 委員会」の委員長,書記官,会計官のほかに,「ザカ ート 委員会」の構成員から選ばれた若干名の者によって構成されている。実行委員会の主たる 業務は, 州内の各地区で実際にザカートを徴収する徴税人アミル ( a m i l: ' a m i l ) を任命し,
彼らを監督することである。
アミルは割り当てられた地域内のザカートを実際に徴収するよう任命された者で,一般にい
って村の有力者がアミルになる場合が多い。ケダ州では, 1 0 の行政区すなわち郡ダエラ ( d a e ‑
r a h ) に分けられ,各郡がいくつかの地区ムキム (mukim) に区劃され,各地区にはいくつか
マラヤにおけるザカート制度の現状(藤本)
31の村カンポン
(kampong)がふくまれている。 あとで説明する「ザカート徴収結果控え」
(Chatatan Kema1uan Zakat)
を参照してもわかるように,各ムキムの長がアミル長
(ketua amil)となるのが普通で,そのムキム内に幾人かのアミ ルが任命されていて,アミルは各カン ポンの有力者である。
アミルの職務については「ザカート規定,
1962」に細目が規定されている。⑧
(1)
アミルは,自分の分担している地域内に居住する納税者が耕作している湿田
(bendang)にせよ乾田
Chuma)にせよ,それから産出する籾米
(padi)の予想収穫盆を調査し, そのザ
カートを算定する。アミルの調査したデーターは,ザカート委員会で印刷• 発行している所定 の様式の調査表に記入され,籾米が収穫される前に,その写しを委員会の書記官に捉出しなけ ればならない。さきに触れたように, ジョホール州やトレンガヌ州では,イスラム法の伝統に 従って農作物や家畜,その他金銀・商品などに対するザカートの税率が規定されていたが,ヶ ダ州では籾米のみがザカートの対象とされている。これは,ケダ州がマラヤ第
1の米作地域で あることにもよるが,前述したようにマラヤにおいてザカートを徴収する場合,実質的には籾 米しか対象とならないからである。 ザカートには免税基準量ニサブ
(nisab :ni~ab) が決め られていることはすでに述べた。各州によって籾米のニサブはすこし違っているけれども,ヶ ダ州では収穫された総籾米蓋が
2クンチャ
(kuncha) 2ナレ
(naleh) 6ガンタン
1チュパ
(chupak) 2クプル
(kepul)以下であれば, ザカートは徴収されないことになっている。R
1クンチャ
=10ナレ
=160ガンタンで,
1チュパ=十ガンタン,
1クプル=+チュパであるから,
ニサブの総墓は
358fガンタンになり,
16ガンタンは
4斗に相当するから, ニサプは約
9石 の籾米になる。
そこで, このニサブ以下の収穫であればザカートを拠出する義務はないが,それ以上の収穫 のあるムスリムにはザカートが課せられる。ケダ州の「ザカート規定,
1962」にはその税率が 明記されていないけ れども, 他の州の税率から推定すれば,ニサプ以上の総収穫墓の 1 0 劣がザ
カートの税率と考えられる。農民に質問しても,一応そのように答える。
(2)
アミルはこの税率に従って籾米の収穫時にザカートを徴収し,ザカート委員会発行の所 定の受領証書に署名して納税者に渡す。そして,徴収された籾米は,アミルが一定の場所に保 管し,ザカート委員会の書記官の指令によって,定められた籾米の値段でそれを売却して現金 に換え,その現金をザカート委員会に納入する。
(3)
徴収されたザカート基金は後述するように,ムスリ人だけの公益事業に支出される。
とくに貧困者などにも分配されるが, アミルは毎年, 自分の担当地域内に居住するザカート分
配金受益者の名簿を作製 し ,
10月
30日 までにザカ ート 委員会の書記官に所定の様式で送付しな ければならないことになっている。
以上がケダ州の「ザカート規定,
1962」に見られるザカート徴収の原則である。ザカート徴 収額の実数を過去数年にまでさかのぽって調べることは困難である。しかし,
1962年度のザカ ート 委員会の報告によれば, ケダ州全地区のザカート徴収総額が
620,080M$になっている。この金額は,
1962年度ケダ州政府の一般支出予算のなかで一ーこれはマレー系ムスリムのみな らず中国系やイン ド系その他の住民のためにも支出されるものである 一ー農業局の
791,790M$,社会福祉局の
281,210M $などに比較してもかなりの額になることがわかる。 しかも,
1963
年度のザカ ート 委員会の報告によれば,ザカ ート の総額が
1,742,652.31 M$となり,前 年度の
2倍以上もの増収となっている
。ケダ州宗教局の話では, 1964年度には
3,000,OOOM$にまで増加するであろうとのことであった。
ところが1
962年度から以後のザカー ト 徴収額の急激な増加にいささか疑問をもたざるをえな い。ザカートを納めるマレー系ムスリム農民の人口がケダ州で急増したとは考えられないし,
また僅か
1ケ年の間に農業技術の改革によって米の収穫量が急激に増加するはずもない。とす れば,ザカート の徴収方法に変化が起ったと考えざるをえない。
前述したように,州政府がザカ ート の徴収 ・ 分配を規制するようになる以前には,マラヤで は一般にザカ ート は農民の自由裁量にまかされていた。ケダ州でザカ ート を規制しはじめたの が
1936年といわれているが,はっきりとザカ ート 規定を成文化 したのが
1955年であることは,「ザカ ート 条令」
ZakatEnactmentの制定年代をみても間違いない。 州政府がザカ ート を 規制するようになったのは,従来のようにザカ ート が主として宗教教師やハッジなど農村で比 較的裕福な人たちに与えられていた領向を改善して,州政府が規定に従って徴収 し,ザカート 本来の目的に合うように,また州政府のムスリム行政にその金を使えるようにするためである。
いわばムスリム行政の中央集権化をはかるためであったと考えられる。おそらくそこで政府の
意図に対する農村の有力者の抵抗があったに違いない。
1957年の調査報告によれば,⑩ ヶダ州
やクランタン州では,イスラム法によって籾米の 全収穫醤の10% がザカ ートとして徴収される
べきところ,その
5%だけが州政府のザカ ート委員会に支払われ,残りの
5 %は農民 自身によ
って分配されているとのことである。つまり , もともとザカ ート は自分の取り分だと思ってい
た農村の有力者の抵抗を排除して,
5%だけは州政府に納入させうるまでになって きた と 想像
することができる。 したがって,
1956年のケダ州のザカート徴収額が 500,OOOM$で,⑪ 前
述のように
1962年度が 620,080M$であるから,その間漸次ザカートの徴収率加増加し,
マラヤにおけるザカ
ート制度の現状(藤本)
33 1963年度で,
l,742, 652. 31 M$と一挙に
2倍以上の増収となるのは,
1963年度に規定通り
10?るの線にもってきたと考え ざ るをえな い 。 ケダ州宗教局の話でも,古い伝統の根強く残ってい る殿村に政府の指尊 ・ 監督の手を伸 ば して きているのは事実である。 しかし,まだ若干の問題 が残っている。
筆者がケダ州ザカ
ート局に行った時たまたま「
1964年度ザカー
ト徴収結果控え」
(Cha‑ tatan Kemajuan Zakat, 1964)を見ることができた。この控え帳はケダ州の各ムキムごとに わけて作製されて いて,アミル長の名前や各カンボンのアミルの名前, アミルが徴収した籾米 の届などが具体的に記入 さ九ている。箪者が閲院した時にはまだ全ムキムの記入が終
っていな かったが,そのなかで記入が完成していたものの
1例を表示すると,次のようになる(写真
2,表
2)。
写真
2まず表の上段余白に「地区」
(mukim))名,「 郡」
(daerah)名 , 「 アミル長」
(ketuaamil)名「アミル長の報醐額」
(hadiahk~tua amil)などが記入されている。つぎに表の内容を説 明すると
,最初に「アミルの名前」 (namaamil)が書かれている。 この
ムキムでは
11人の ア
ミルがいることになるが,次に各アミルの「身元証明番号」
(nomborkad pengenalan)が 記入され,そのアミ)レの「住所」
('alamat),つまりそのアミルが徴税業務を担当しているカン ポン名が次にくる。その左に,各カンポンにある
「湿田の面積」
(luasbendang)が記入され ていて
,耕地面積の単位はルロン (relong)で,1 ) レロンはケダ州北部で
0.711エーカーに相 当する。⑫ 次に各カンポンの「人口」
(banyak orang)が記入され, 「籾米予想収稜砿」
(anggaran padi)
とその籾米に対する「ザ
カートの徴収予想額」
(zakatyang di‑anggarkan)が明示されている。籾米のザカ ート は数字からも明らかなように収稜された籾米の
10%である。
ザ カ ー ト 徴 収 結 果 控 え
(1964)‑ ‑ ・ ‑
・ ‑ ・
一·---~-‑ ・ ‑
ー "・‑・‑ ‑ ‑ 一 ・ ・.
...一 ~,~.一
50941
ルロ ン
1964湿 田 面禎 郡 名
157. 55 ;.
勺 ァミ)レ長の報酬
•
一
表 2
ムキム名 アミル長の名
1 2 3 4 5 6 7 8 9 1 0 1 1
‑︐
ア ミ ル の 名
前 一
A B C D E F G H I J K
? ‑ ?
住 所
︵ カ ン ボ ン 名
︶ ︳
a b c de f g
h i j k湿田面栢 ︵ 屑 噂 ン
︶︳2 1 9 7
3 4
叩
4 4 4
知
8 0 3
向 悶
5 0 6 1
4 2
2 3 1 5 4 9 0 5 9 0 4 9 8 3
15
03
71
36
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1 1 1 1
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次の
4行 は 各 カ ン 求 ン の 住 民 の ザ カ
ート拠出状況を示す数字で, ザカートとしての籾米を
「準備し,完納
した者」
(yangtunai sapenoh),「完納しなかった者」
(tidaksapenoh),「準 備しなかった者」
(tidaktunai),収稜した籾米が「ニサブに達しない者」
(ta'sampainisab)の
4つに分類されている。
「完納しなかった者」というのはなんらかの理由で完納できなか った者か,それを認められた者であろう。また「準備しなかった者」とは,ザカート徴収時に 収極がおくれているかなにかで,拠出の準備ができていなかった者であろう。 「
ザカート規定」
によれば,サ`カートの拠出を拒否したり
,完納しなかった者は100M$以下の罰金か,または
6ヶ月以内の投獄の刑に処せられるこ
とにな
っている。⑲ 事実,1962年度のザカート委員会の
報告書ではケダ州全域で
22人の違犯者がでてい る 良 しかし,この違犯 者数と比較すると
, 1ムキム内での未完納者の数があまりにも多すぎる。次の行の
「籾米の収穫醤」 (pendapatan padi yang sa・benar)から
「拠出されたザカ ート」
(zakatyang di・beri)の 劣 を 計 算 す ると
,No. 1のカン栄ンの
7.4劣を除いて各カンポンともに
2‑4%のザカート拠出率と な
っている。収稜醤がニサブ以下で合法的な免税者が 若干 いるから
,カンボン全体のザカート額は
法定
10,るの率
よりも下まわることは当然であるが,
2‑41るの低率はやはり未完納者の多いこと
マ ラ ヤ に お け る ザ カーI・
制
Jltの祝状
(藤本)
35が原因である。この 「 ザカ ート徴収結呆控え」が中間発表のものであり,未納者の分もいずれ' は完全に徴収 されると 割り切って し まえばそれまでであるが,尖際にはザカ ート徴収の困難 さ をよく示していると考えられる。カンボンでの実地調森で股民に質尚しても ,ザ カー ト は収稜 籾米の1
0劣であると一応答えるものの ,なかなかその実状はつかめず ,巌民 の間で政府に よる ザカート徴収にはかなり の不満をも っているようであ る 。 アミ ルは一般にカンボンの有力者で あるが,政府から直接派辿された徴税人ではなく,あくまでもカンボンの共同体貝であるとこ ろに ,政府が現在考えているようなザカ ー ト制の中央集権化 にはまだまだ根強い抵 抗 があると みるべきである。
最後に ザ カー ト として拠出された籾米を現金にかえてザカ ート 委は会に「納人された金粕」
(banyak wang yang di‑serah)
が記載されているが,換窮半は
1ナ レ (=
4斗 ) が 約
8M$となっている。 その金額に対 し て,約
11劣がザカ ート を徴収し た「ア ミルの報酬額」
(hadiah amil)であ る 。 このことについては,ザカ ー トの分配を説明する箇所 で閥題としてとりあげる。
4 ザ カ
ート の 分 配
ムスリ ムから徴収 されたザ カート は,イスラム法に準拠して次の 8 禎 1 」 に分配
・支給される ことになっている。⑮
(I)
ザカートの徴収人アミル イス ラム法学派によって解釈の札迫もあるが , マラヤでは シャーフィイー 派の意見にもとづき ,徴税業務の報珊としてアミル:こザカ
ート の一部を分 配 ・ 支給することが合法と考えられている。
(2)
乞食
(fakir: fakir)これは生活手段も財産もない乞我か、あるいは最低生活毀の 半分さえも用意できない者を意味している。
(3)
困 窮 者
(miskin: miskin)これは,生社を維持す るなにがしかの財涯 か, あるい は生活手 段をも っているけれども ,最低生活費の半分よりすこし余分しか月
j邸できない者 であ
る 。
(4)
心を協調させた者
(mualaf:mu'allafa)つまり ,始めからの ムスリム でなく , ご く最近イ スラムに心 を協謁させ改宗してムスリムになっ た者で,彼らには一種の慰撫政策 とし てザカ ート の一部を与えるのが慣習である。
(5)
旅 人
(ibnisabil: ibn al‑sabJ)イスラムの教えでは ,た とえ故郷で裕福な生活を
送っている人であっても ,旅先で病気にかか ったり して困って おれば,彼に ザカート を与えて
助けねばならないことになっている。
(6)
神 の 道
(fisabil‑lillah : Ji sabil Allah)「神の道」という言業を異教徒に対する
「 遠 征」と 解釈するのが初期 イスラム 法学者の伝統的な意見である。しかし,のちにこれが拡 大解釈され,ムスリムのための福祉事業一般の意味に用いられるようになり ,マラ ヤでも主と
してモスクの修理や宗教学校への補助などにあてられて いる。⑯
(7)
奴 隷
(firriqab: fi al ‑riqab)奴隷の身分が解放される前に,主人に一定額の金銭 を支払うことを要求されている奴隷の意味である。現在のマラヤでは奴隷の身分は存在しな い から,後 述するように項目名だけは残 っているが,その分配金は 「神の道」と同じ用途に使わ れている 。
(8)
負伯で困 って いる者
(algharimin: al‑gharim)それでは,ケ ダ州に おいて徴収されたザカ ート がどのような割合で分配・支給されているだ
表 3 ろう か。このことについて,
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ート 委員会決算脅」
(kunchi kira kira)とを比較しなが
ら具体的に表示してみよう
(表3)
。
この表を見ると,
1962年度 では ザカー ト総徴収額のうち,
32~
るがアミルに分配 ・ 支給さ れ,諸項目すなわらアミルを 除いた他の
7項目に
51%,あ
との
173るが支給されずに残さ れている。
1963年度では,ア ミルに
29彩,諸項目に
263るがそれぞれ支給され,
453るが残されている。このパ ーセ ンテー ジを
表 4
1962
年
1963年
M . $ ‑ 1 M . $
620, 080[ 1, 742, 552; 31
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0・ ・
1・ ・
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088 4・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
3 314,324 6ー ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
2 104, 6661 951962
年度のザカ ー ト委員会の 報告益と
1963年度の 「 ザ カ
469,595 95・・・・・・・・・・・・‑・...幽—....
443,947 66
‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑ 829,107: 69
1962
年
I 1963年
‑ ‑ ‑ ‑ ‑
‑一‑‑‑ ・
I 11 1 ザカ ー ト役人の給料 ・ 手当
37, 707 63i
98, 213 584. 8871 43
I s ,
539: 04 103, 335 83 304, 168: 70 14,511i 89、 39,087:55 40翌§瓦 I
19. 588: 09 201. 088 43I
469.‑596: 9621
アミルヘの支出
31アミルの報酬額
41アミル長の報酬額
51 その他ザカート業胎に必要な
諸経費
々 , ,
祐 吾" 一
比較すると,残高を別にすれば,分配すべき 8 項目のうち ,ア ミルヘの分配額が非事に高いこ
とがわかる。支給 ・ 分配されずに残された金額につ いては表に明記されてい ないが ,その使途
はムス リム 行政のために政府の自由にまかされているらしい。しかし,とくに
1963年度の残
高の多いことは問題である。
マラヤにおけるザカ ート制腹の現状 ( 藤本)
37そこで, 「アミル」の項目 として分配 ・ 支給されたザ カート額を表示する と次のよう になる
( 表
4)。 そのなかで,
(5)の諸経費の欄は, ザカート 委員会の事務所,つ まり ザカート 局で使わ れる 「交通費」
(belanjaberjalan)とか, 「電話代」
(belanjatelipon),「 広報質」
(belanja penerangan)など,あらゆる諸経費がふくまれ てい るのを合計 し た額である。
1962年 貶 と 1963年度と を比較すると,ザカ ート の徴収総額の激増にともない,ア ミルの取り分の非常に増
えていることが一見してわか る 。
(1)の「ザカート役人の給料 ・手当」
(gajidan elaun Pega‑ wai Zakat)というの は,ザカ ート 局に勤務する役人であ り ,カンボンで実際にザカートを徴 収するアミルとは別人であ る 。 つまり ,農民から徴収するザカ ート で政府のザカー ト 局の役人 の給料も 諸経費も まかなっている ことがわかる。
次に「諸項目 」として分配 ・ 支給されている ザカート額を表示 して み よう(表
5)。 表
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7 , I '民間ウムミ学校とカンボンの宗 細への補助金
1I ,
2,975: • 曹 30, ‑250j .— : s
I貧困生徒への補助金
7,9251 :8, 838! , I I I 9
民間ニザミ学校への補助金
71,434'50 88,304. : .
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獄中のム ス
リム用のナツメヤシの実購入費ー ・•一
72 7{ !12
盤 きゅう 車購入 r , 助金
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全 ―~マ —. ラヤ
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‑うム福 祉 協 会 へ の 蜘 金
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1,001, :
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火災罹災者への補助金
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1,940"
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奨学資金への補助金
, ~ 16 火災罹災者の子供への補助金
ー :
500 .'I I 17
貧困生徒への白衣眺入補助金 — :
796118
負似者への喜捨 一 : :
13,110: : 20一 』_ —...一—-‑
・‑ ‑ 一 ‑ ・・ ・ ‑ ・
・—·-一-··-. ‑•一 ・ ‑ ‑ ‑
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''.,314, 324(62 443, 9471 66
合 計
.~・
身1"とa,~し・・'
このなかでもっとも
t;j罹 i に分配されてし、るのが「神の道」である。この項 日の四容 は,1
963年度の収支決箕内で は明示さ
iしてし、ないので不明であるが,1
962年}反の報店ばては,
「モス ク や宗教学校の建設・修理費 J
(bantuan membina dan memperbaiki masjid, madrasah dan sekolah ugama)のために使われ,各郡の支出額を具体的に明示しているから,おそらく1963年度も同じ用途に支出されていると考えられる。
1962年度でザカ ート の 徴 収 総 額 の
27;1る ,
1963年度で約9?;るに相当する。次に高額の分配になるのは(
9)の「民間 ニザミ学校への補助金」
(bantuan sekolah ugama nidzami)
である 。 マラヤでは現在イスラム教育に力を入れ,国 民学校でもィスラム教育を取り入れる一方,民間の宗教学校の育生を図 っているが,民間 の宗 教学校への袖助はもっぽら州のザカ ート 痣金から支出されている 。マラヤのイスラム教育全般 について ,また民 閻のニザミ宗教!学校やウ ムミ宗教学校などについ ては,拙稿 「 マラヤにおけ るイスラム教育制度」 を参照されたい。"~ 「民閻 ニザ ミ学校への補助金」のほかに,
(7)の
「民 間ウムミ学校とカンボンの宗教教師への補助金」
(bantuanguru ugama umumi dan kam・ pong)や ,
(8)の「貧困生徒への柿助金」
(bantuanpenuntut miskin), (15)の「奨学資金への 補助」
(bantuanbiasiswa), (Jりの 「貧困生徒への白衣購入補助金」
(bantuankain puteh kapada penuntut miskin)などを合計すると,イスラム教育関係への支給額は 1962年度で 82,884 M$で,ザカ ー ト徴収総額の約1
3劣,1
963年度では 130,128M$となり,ザカ ート 徴 収総額の約
7;?るとなっていふただし,教育関係への項目は,イスラム法による分配とは別瑣 目であり,ケダ州政府独自の配殿から出たものである。一方,イスラム法による分配項目とし ての(
3)「乞食への喜捨」
(sedekahfaqir)は1962年度で全徴収額の約
4.1ク る ,
1963年度では約
3.8笈
(4)「困窮者への宮捨」
(sedekahmiskin)は
1962年度で全徴収額の約
4.3悠
1963年 度で約
3.8::るとなっている。
以上がケダ州のザカ ート の分配 ・ 支給について,わずか
2年間の資料ではあるが,その領向 を具体的に検討した結果である。
5 ザカ ー ト 制 度 に 対 す る 批 判
ザカ ート はイスラムの教えにもとづく相互扶助の精神から発した制度で,ムスリムの間で拠 出しあった金錢を貧者や負偵者,その他の困っている人々に分配・贈与するものであり,現在
の社会保障制度の起源とも考えられ ,その存在意義は ムスリ ムの等しく認めるところである。
しかし,すでに検討したように,現在マラヤで行なわれているザカートの徴収方法およぴ分配
の仕方については,マラヤの進歩的なムス リ ムの間で批判のまとになっている。
マ ラ ヤに お け る ザ カートH/IJI
虻の裂状(藤本)
39まず第一に,
1957年にマラヤの ザ カート 制を全般的に濶査したアプドウル ・ アジズ氏は ,
'L「マラヤで行なわれているザカー ト 汰は主として低収入のムスリム, , : , 」,と く;こマレー系稲作 農民に対して効力をもつようで,各州法では籾米に対するザカートの徴収について規定して いるけれども ,店所得者)面に法を課す試みがなされていない。稲作蔑民は最も貧しい閉1
1'1で あるから,ザカート法は結局彼らの経済力をさ らに弱くしている
。もしも,ザカ ー ト の目的 が貧者を根絶するためのものであるなら
,現在の法は逆の結果をひきおこ していることにな る。貧者をより悪い状態にするだけである。貧しい稲作座民がザカ ート を拠出しな ければ起 訴されるのに ,座民でなければいかに金持であってもこの法に 問われないという現制度には,
明らかに不平等性 がある」
と述べている。事実 ,ケダ州 においても, シャ ーフィイー派の法学説によ って公認されていは るものの,マ レー人官吏たちはいかに現金をもっていても, 「かく几たもの」としてザカ ー ト の対象にはな らず、蔑民の生涯する籾米のみからザカ ー トが徴収されて いる。ま た,徴収され たザカートが貧しい人々に迎元されるのは,わずかにその
4劣程/虻:こすぎないこと もすでに述 べた。 おそ らく
1人当りにして年 間
5M$から
10M$にすぎないとさえいわれている。しか し , アプ ド ウル・ アジズ氏の調査によれば,州によってはザカート局がザカ
ート 基金から相当 額の諸財産を賭 入している例も あ り,また ザカー ト局がその金で店舗を貿い取って市業をして いる例もあるといわれる。そして彼は結論として,
「 イスラム法にはザカート法に明記されている
8項目の人々に基金を分配すべきと な ってい る。ザカ
ート の基金は,法に明記されていない項目であれば,いかな るものに も支出
・柑毀 さるべきではない。
・・・・現在ムスリム世界の近代国家では ,法の力で公にザカ ー トを徴収し ている と ころはない。 エジプ ト やインドネシ アでは
,ザカート の拠出はムス リムの自由恋志 であり ,筆者 の意見としては, これら 両国での 慎行が,ザカート 税 の正 し い機能 と連用の手 引として マラ ヤにお いて役立つであろう 。 」
と述べている。
また,マ ラヤ における稲作展民にのみ課せられるザカ ート 制に強く反対し`その矛盾を指摘
して強制的ザカート 制の廃止を訴えるのが,
MalaysianSociological Reserch Instituteの主
幹であるシャ
ー)レ ・ ゴー ドン女史である。⑲ 女史の意見では,ザカ
ートは蓄財にかかる税であ
って,資本の形 にせよ,現金の形 にせよ ,いわ ゆる蓄財階府の人 々から徴収 さるべきものであ
ると す る 。 しか るに マラ ヤでは,籾米の耕作 者にのみザカ ート が課せられ,土地所有者は別で
ある。例えば,小 作人 が
400ガンタンの籾 米を収稜すれば,まず
40ガンタンのザカー トがそ
れから徴収され,その残りから 50'J~ から75% にものぽる小作料を時によっては地主に支払わね ばならない。つまり,農民は地主の代りにザカートを支払ってやっていることになり,地主が 自ら耕作して収穫した籾米にはザカ
ートが課せられるけれども,小作料として入る籾米にはザ カー トがかからない。そ して,地主が小作料を現金に変え ,それを貯蓄していても, この現金 は「かくれたもの」としてザカートの対象とはならない。しかも,徴収されたザカ
ートの大部 分が貧者ではなくて農村の宮裕な有力者であるアミルに分配されている現状である。言いかえ れば,支払うべきでない者がイスラム法の名のもとに支払わされているのであるから,このよ
うなザカート制は当然廃止さるべきものである。以上が女史の意見の概要である。
小作幾民が借地から収穫した籾米のザカートを拠出する 場 合 地 主 に 小作料として支払う籾 米を差し引いた残額の
10劣をザカ
ートとして拠出してよいかどうか, このような問題はすでに ケダ州のイスラム法学者の間でも議論になったことがある。しかし,伝統的なイスラム法の解 釈では,ザカートの支払いは神によって命じられた義務的行為であるので, これは人間に対し て支払う借地料や肥料代などの耕作にともなう諸経費よりも俊先さることになり,小作人でも まず収稜した籾米の
10劣をザカ
ートとして拠出しなければならないという法決定が出されてい る。⑳そこで
,シャー)レ・ゴードン女史がマラヤにおける農民からのザカート徴収方法を矛盾した行為であるときめつけているけれども,実はイスラム法では合法行為であるわけである。
しかし,イスラム法の解釈でいかに正しいものであっても,マラヤの経済的現状から判断して 矛盾があれば,当然それを改めるべきであると考えるのが,女史の意見とみてよかろう。
次にザカ
ート制の存在は認めるが,その分配の仕方を国家の社会的・経済的発展の方行に改 善すべきことを説く人がいる。幾業監督官で,全マラヤ
・ムスリム福祉協会のメンパ
ーであるモハマド
・ビン・ジャミル氏がその人である。R 彼は現在のマラヤのザカート制には,(!)ザ ヵー
トを重要な経済力と認めながら,経済原則にそっての分配が考えられていない,
(2)ザカー トが社会によりもむしろ個人に分配されている, といった欠点があると考え,ザカ
ートの分配 に関して次のような原則を提起している。
(1)ザカートは経済的要素である。
(2)ザカ
ートの分配 は個人にではなく,ムスリム社会の経済的
・社会的発展の方向に向ってなされねばならない。
(3)
ザカ
ートの分配を受ける資格のある人間は,実際には特定の者であるけれども,その唯一の
目的はムスリム社会の成員の生産能力を増大させるためにある。
(4)ムスリムの生産能力は,彼
らの技術と知識と雇用の機会とを改善し.増やすことによってのみ増大する。このような原則
から,ザカ
ートは広い意味の教育と社会事業,つまり農業や商業をはじめ医学にも及ぶ職業訓
錬から病院や学校の建設孤児院,養老院の建設などにも
っばら分配・支給すべきで,伝統的
マラヤにおけるザカート制殷の現状(藤本)
41なイスラ
ム法による項目分配を,それぞれ近代社会に適合した仕方に改めるべきであるとするのである。
6 む す び
マラヤにおけるザカ
ート制度について,各州のデーターをことごとく検討することはできな かったが,その代表的な例としてケダ州をとりあげ
,ザカートの徴収方法と分配の仕方を分析
し,それに対するニ
・三の批判的な意見を紹介してきた。マラヤのように,人口の半分が中国 系住民に占められている国では, しかも国家の租税収入の大半を経済力のある中国系住民に負 担させている現状において
,マレー系ムスリムの利益のためにのみ一般国家予算を支出することは問題である。いかにイスラムを国教と認めてもあまりにも強引にムスリム行政を押し進 めたならば,そこに複雑な宗教的
・民族的衝突が起る危険もはらんでいることは明らかである。
したがって.マレー
系ムスリムの福祉のために,ムスリム行政を政府の力で推進するには,ザ カート のようなムスリムのみが拠出する基金を当てにするのは当然である。事実,ザカ
ート基 金の使用によって
,モスクの建設なり,イスラム教育の普及など,着々とその成果はおさめら れている。しかし,すでに指摘したような徴収方法や分配の仕方に若干の問題のあることも否 定できない。州政府の力でザカ
ート制の中央集権化をはかっても.カンボンの根強い因襲を打 破しないかぎり,政府に差し出すザカ
ートのほかに,村の有力者にもザカ
ートの形で贈与しな ければならないといった
,いたずらに農民の負担を増す結果にとどまるであろう。 1966年
6月 に開かれた
「原住民経済会継」
(KonggeresEkonomi Bumiputra)において,各州の権限に属しているザカ
ート基金を宗教および慈善などの目的に使用したあとで,中央の基金に一本化 して, ムス
リムのための資本投下に使うことの可能性も討議されたようである。@このことはとりもなおさず,ザ カー ト基金がマラヤ経済の発展にとって重要な要素の一つになりうる可能 性が認識されてきたことを示している。も
しもそれが事実なら,伝統的なイスラム法の解釈にとらわれることなく
,マラヤ・ムスリム社会の近代化を図るためにも,新らしい感覚のもとに,徴収の公平化,分配の合理化.各州基金の
一体化など,ザカート制の改善に勇気をもってあたるべきではないかと思われる。
註
①