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ることはないか」と強く思った。特に、大学1年で スティーブ・ビコという人物を知ったのは、私のそ の後の人生にとってとても大きなことだった。彼が 主導した「黒人意識運動」は、人種差別のみならず、
他のあらゆる差別を考える上でも非常に重要とな る論理を私たちに与えてくれる。もし彼を知らなけ れば、『俺は書きたいことを書く――黒人意識運動 の思想』(ビコ、峯ほか訳、現代企画室、1997年)
をぜひ読んでもらいたい。
ラグビーについては、家庭内で様々なスポーツ のテレビ中継を見るのが日常で、おそらく幼稚園児 の頃から試合を見ていた。その頃は試合中にタッ クルなどで倒れる選手が出ると、やかんに入った 水を持って行って、倒れている選手に飲ませたり 上からかけたりしていた。そうすると大きな選手が むっくり起き上がるのを見て、「あれは不思議な水 だ!」と思ったものだった。
でも、何と言っても私がラグビー好きになった最 大のきっかけは、故平尾誠二氏のプレーを見たこと であった。極めて個人的なことを書くとすれば、小 学校高学年から私が唯一ファンだと公言する存在 である。私自身は高校3年まで陸上競技の走幅跳
今回の「フィールド」
最初に断っておくが、私は南アフリカ共和国(以 下、南ア)を専門に研究しているわけでもないし、
選手やマネージャーとしてラグビーに関わってもい ない。一言で言えば、ただの「ラグビー好き」であ る。全く学術的でない話だとしても、南アの専門家、
ラグビーの専門家の方々には目をつぶってもらい たい。また、私はアフリカ地域研究者の端くれで はあるが、これまでに一度も南アの地を踏んだこ とがない。だから、「フィールドで見つけました」と は言っても、あくまでも「ラグビーをやっているグ ラウンド」が今回のフィールドだと理解していただ きたい。
南アとラグビーと私
スワヒリ語とアフリカ地域研究を学ぶために大 学に入学した1980年代、南アではアパルトヘイト で黒人たちが非人道的な差別を受けて苦しんでい た。非常事態宣言が出ているのに国際社会、特に アメリカ合衆国がアパルトヘイト政策を終わらせる ための努力を怠っていた。アフリカ地域研究を学 び始めたばかりではあったが、「自分にも何かでき
と短距離の選手だった。球技もそれなりに得意だっ たし、どのスポーツも観戦するのは好きだったが、
自分が陸上競技以外のスポーツで理屈抜きに興奮 することはなかった。ただ、ラグビーを除いては。
なぜラグビーに魅かれたのか
ラグビーは15人で行う競技であるが、これほど ポジションの役割が明確なスポーツはないだろう。
ラグビー経験者である我が夫に言わせれば、スク ラムを組む際に第一列の両端に位置する「プロッ プ」として一流のプレーができるようになるには相 当の時間を要し、いわゆる「職人芸」の域に達しな いと各国代表にはなれないらしい。
また、この競技は非常にクレバーでなければで きない。向かってくる相手チームの動きもさるこ とながら、自チームの他選手との連携、特にパス 回しをどのようにしてどの方向に攻めていくのかと いうことを、一瞬で考えて動かなければならない。
前半27分くらいのプレー。カナダはディフェンスライン がきれいにできていますが、南アはそのラインを軽々 と突破してしまいました。前半は45-0で折り返し。ス タジアムの雰囲気は、「なんとかカナダに一矢報いて欲 しい」という感じになりました。
観戦用に購入したワールドカップのトートバッグとマフラータオル。
南ア対カナダ戦当日は、家族4人でマフラータオルを巻いて応援 しました!
2019年10月8日にノエビアスタジアム神戸で行われた南ア対カナダ 戦を家族4人で観に行きました。その時のチケットと、記念に購入し たキーホルダーです。
スポーツ
竹村景子
たけむらけいこ / 大阪大学、AA研共同研究員*写真はすべて、ラグビーワールドカップ日 本大会の南ア対カナダの試合、およびそれ にかかわるグッズなどを筆者と家族が撮影 したものです。
2019 年のラグビーワールドカップ日本大会は、南アフリカ共和国チームの優勝で幕を閉じた。
2019 年の流行語大賞にもなった「ONE TEAM」が、25 年前、
国そのものを一つにまとめようとしたマンデラを思い出させた。
ONE TEAM を目指して
南アフリカ共和国の挑戦
南 ア フ リ カ
プレトリア
19 FIELDPLUS 2020 07 no.24 上で述べた明確な役割分担とともに、この洞察力
と瞬時の行動力が要求される点に私はすっかり引 き込まれてしまったのである。
『インビクタス』と『遠い夜明け』
南アでラグビーと言えば、映画『インビクタス
――負けざる者たち』(クリント・イーストウッド 監督、2009年)を思い出すかも知れない。この映 画は、1995年のラグビーワールドカップ南ア大会 で開催国である南アが初優勝した時のことを描い た作品である。ラグビー関係者は、この大会での 南アの活躍が忠実に描かれているので、その点を 評価するかも知れないが、アフリカ関係者でこの 映画を観た者は、「やっぱりネルソン・マンデラは 偉大な人だ」と思うに違いない。黒人として南ア 初の大統領となったマンデラが、「なぜこの時に南 アでラグビーワールドカップを開催しようと思っ たか」ということが非常にわかりやすく描かれてお り、「ラグビーを用いて国を一つにまとめたい」と いう彼の強い意志が伝わる。大多数の黒人が「アフ リカーナー(オランダ系白人。かつてはボーア人 とも呼ばれた)を中心とする白人のスポーツ」とし て嫌っていたラグビーの世界大会を敢えて開催し、
しかもこの大会で南アチームが優勝したことは、ま さに、アパルトヘイトを終わらせて「虹の国」を目 指した彼の夢への第一歩だったと言える。
実は『インビクタス』よりも前に映画『遠い夜明 け』(リチャード・アッテンボロー監督、1987年)
でもラグビーは描かれている。私が大学2年の時 に封切られたこの映画は、前評判では「サウンド・
オブ・ミュージックを彷彿とさせる脱出劇」などと 言われていて、主人公の一人であるドナルド・ウッ ズが南アからイギリスに亡命する点が強調されて
いた。でも、私自身はそんな冒険活劇的な感想は 一切抱かなかった。自分が生きている同じ時代に、
こんなことをやっている国がまだあるのか…人を 人とも思わないその行動を、南アの差別主義者た ちは誰も顧みないのか…言葉に表現し難い感情を 抱えて映画館を後にしたことは、一生忘れられない。
その時はあまり気に留めていなかったが、もう一 人の主人公である前述のスティーブ・ビコが仲間 たちとラグビーをやっているシーンが出てくる。ビ コがボールを持っていない敵選手の足を引っ張る という反則プレーをして、見ていたウッズに「汚い プレーだ」と言われたのに対し、ビコが「カトリック の司祭に教わったからだよ」と返す。軽口をたたき 合うただそれだけのシーンではあるが、『インビク タス』で全人種の融和を目指すツールの一つとして ラグビーが用いられたことを思うと、隔世の感があ る。アパルトヘイト政策でがんじがらめになってい た時の南アでは、ビコの口からもこのように白人を 揶揄する言葉が出て当然だったのである。
真の
ONE TEAMとは
そして、2019年の南ア代表チームを見てみると、
さらに隔世の感が強くなる。1995年の代表チーム
の黒人選手は故チェスター・ウィリアム氏ただ一 人だった。だが、今は代表選手の半数を黒人にす ることが決まっており、キャプテンは黒人初のシ ヤ・コリシ選手だった。コリシはポート・エリザベ ス郊外のタウンシップ生まれであり、子どもの頃は とても貧しかったという。その逆境を跳ね返して大 活躍した彼の言動は、ラグビー界だけではなく様々 な人が注目した。代表チームの半数を黒人選手に することに対しての「変革するならタウンシップか らだ」という彼のコメントは、大きな反響を呼んだ。
コリシのキャプテンシーと個々のスキルの高さが 相まって南アチームは優勝した。そのことは本当 に素晴らしい。でも、おそらくマンデラが目指した
「虹の国」に到達するまでにはまだ多くの時間がか かるだろう。コリシが指摘するように、国内には変 革が必要な案件が山積しているからである。そし て、翻って日本のことも考えねばならない。日本代 表チームを「ONE TEAM」と呼んだが、日本自身が 本当の意味で一つではない。人種や性別や出自に よって差別される人が山ほどいるからである。たま たま活躍したラグビーのチームに感動しただけで 終わってはいけないと思う今日この頃である。
試合後のスナップショット。右から娘、息子、筆者です。
家族全員で南アのユニフォームデザインのTシャツを着て応 援しました。帰路、南ア出身で神戸在住のご家族に声を かけられ、「こんな素敵な家族の写真を絶対に撮らせて!」
と言われて一緒に写真を撮るというおまけつきでした。
正式なユニフォームのレ プリカではありませんが、
デ ザイン は ほ ぼ 同じ で す。右袖には、優勝した チームだけこの優勝カッ プマークが入れられるの で す が、 南 ア は1995年 と2007年に優勝し、そし て2019年も優 勝。 な ん と、12年ごとに優勝して います!
前半35分過ぎのプレー。カナダボールでのラインアウ トでしたが、結局この後も南アにトライを許してしまい ました。他にも同様のシーンが多々あり、自陣深くか らでもトライを取りに行けてしまうあたり、力の差を感 じました。
ノーサイド後。2019ワールドカップで話題になった「お辞儀」。この試合後も南アとカナダの選手が入り混じって整列し、
観客に向かって深々と頭を下げてくれていました。とても清々しい光景でした。