はじめに
本稿は,中華人民共和国成立後,中華民国時期(以下単に「民国時期」とする)における「童子軍
(ボーイスカウト)」史に関する研究の現状と課題を指摘することを目的とする。
長期にわたって,中国において童子軍に関する研究がタブーとされてきた。なぜなら,1949年に 中華人民共和国の成立後,前政権である中華民国国民政府統制下にあった代表的な青少年組織―
ボーイスカウト(中国語では「童子軍」と表記する)が「軍事的・封建的・反動的」なものとされ,
活動を取り締まられるようになったからである。それらに取って代わったのが共産党政権下の青少年 組織―ピオネールであった。そのため,中国大陸にも1910年から1949年まで約40年間にわたる ボーイスカウト運動があったことへの認知度が低いと言えよう。
しかし近年,中華民国童子軍史に関する研究が脚光を浴びるようになってきた。中国においては 1980年代にボーイスカウトに関する研究が徐々に現れ,1990年代に入ると民国時期における童子軍 の研究が増えはじめ,2000年代以降急激に増加し,2013年には初めて民国時期の童子軍に関する学 術著書が出版された。孫玉芹の『民国時期的童子軍研究』(人民出版社,2013年)がそれである。
その背後には,①中国国内における民国史研究のブーム,②学校教育における児童の健全な成長に 対して限界があるという認識,その2点が考えられる。特にアメリカをはじめとする海外と交流する 中でボーイスカウトは,健全なる青少年育成の手段として紹介されてきた(1)。1994年,「中国少年 先鋒隊」(ピオネールの中国語訳)工作学会の副会長の段鎮と上海市少年児童研究中心主任の沈功玲 による「童子軍的経験値得借鑑」(2)(筆者訳:「ボーイスカウトの経験を参考にしよう」)は,正面か らボーイスカウト研究をやることの中国における意味を指摘した。これにより,これまでタブー視さ れてきた童子軍研究が,研究対象にできるようになったと言えよう。
しかしながら,制約から開放へという急激な変化の中で,童子軍についての研究が量的には増加し たものの,全体像の整理,確認,共有作業という面において遅れが見られる。本研究の先行研究とし て,孫玉芹の「民国童子軍研究述評」(『河北工程大学学報(社会科学版)』2010年1号)がある。し かし,同論では先行研究を紹介しているのに留まっており,系統立てた整理がなされておらず,童子 軍史研究の今後あるべき方向についても提示されていない。
そこで本稿は,上記のような研究の現状に鑑み,今回の課題設定をした。具体的には童子軍史に関
中国における「童子軍(ボーイスカウト)」史研究の 現状と課題
孫 佳 茹
する先行研究を整理し,到達点を確認する。その上で,戦後ボーイスカウト運動が継続している地域 や国―香港・台湾・日本のボーイスカウト史研究と比較し,中国における童子軍史研究の課題と可 能性を見いだすとともに,これからの研究のあるべき方向を探る。
そのための手法として,筆者はこれまでに刊行された雑誌論文を中心とする研究成果の分析を試み た。関係文献・論文を把握するために,中国知網(「CNKI」と略称し,中国国内最大な雑誌論文検索 データベース)で得た雑誌論文を検討対象とする。ただし本稿では,童子軍に関する中国国内の修士 論文・博士論文などのように未刊行の研究成果は対象外とする。
また,香港・台湾・日本で刊行された研究成果については,主に博士論文より刊行された著書や現 地のボーイスカウト機関による関連の出版物を比較対象とする(3)。
関連著作・論文収集では,まず形式的な基準として,中華人民共和国成立前のものは含めず,1949 年以後のものとした。次に,内容的な基準としては,単にスカウティングの教育要素を論ずるものは 除外した(4)。
以上の手順と観点から把握し得た論文・著作は合計128点であった。遺漏は免れ得ない所であるが,
かなりの程度を把握できたのではないかと思われる。さらに関連度の高いものを選出し,得た51本 を本稿の分析対象とする。以下これらの研究成果の分析を通じて,1949年以降の中国における民国 時期童子軍史研究の展開をたどることとする。
本稿は4つの部分より構成される。第1に,研究成果の分布状況及び分類を概観する。第2に,内 容分析よる系統立てた整理である。第3に,香港・台湾・日本の研究と比較し,中国の研究にはない 特徴を指摘する。その上で,最後に,可能性・課題・進むべき研究方向を提示したい。
一,研究成果の分布状況及
1,年代ごと
政治的に大きな混乱をもたらした文化大革命が終わり,改革開放路線となった1980年代以降,中 国で民国時期に関する研究の自由度が高まっていく中,民国時期の童子軍を取り扱う論文数は全体的 に増加してきている。
表1は発行年別論文の数を5年ごとにまとめたものである。1990年代前半にわずかに増加が見ら れるものの,その後少しずつ増えていく。そして,2000年代以降に急増し始めていることが分かる。
その背景には,上記で指摘した研究自由度の高まりのほか,一次史料へのアクセスの利便性や論文 データベースの普及が考えられるだろう。
表 1 発行年別論文数(5年ごと統計) 単位:上は年代,下は本数
1985–1990 1991–1995 1996–2000 2001–2005 2006–2010 2011–2013
1 5 1 11 20 13
2,内容による分類
内容的分析を行うために,表2のように項目を設け,分類した。51本のうち,ケーススタディー 的な性格の研究が最も多く,26本で,全体の50.9%を占める。次に多いのは概論的なもの13本で,
25.4%である。一方で数が一番少ないのは一次史料についての検討を内容としたもの2本で,全体
の3.9%にすぎない。
表1と表2を通じて,大まかな研究分布状況を把握することができよう。つまり,2000年代以降 になると,童子軍史研究の論文数がそれ以前より6倍にも増加した。内容としてはマクロレベル的な 着眼とケーススダディー的な着眼両方からの研究も行われている。
しかし,上記の統計の仕方では,研究の分布状況を把握するには有益と言えようが,研究の深さの 説明とはならない。実際のところ,雑誌論文のほとんどが4頁以下のもので,検討できる内容に限界 が見られるものも多い。
二,内容分析
以下では,民国時期の「童子軍(ボーイスカウト)」史に関してこれまでどのような研究があり,
どのように研究されてきたのか,その中身についてこれまでの論文の系譜を整理する(5)。
1,概論的研究
概論的な研究は13本である。1990年代前半の2本を除き,残りは2005年以後の研究である。1910 年から1949年までを対象とし,童子軍史を通史的に論じるものが5本で,半数以上を占めている。
1926年の国民党による童子軍に対する「党化」を境に,時期的に大まかに前期と後期に分けられ,そ れぞれ3本と2本ずつある。また,写真の形式で,民国時期の童子軍史を簡単に紹介しているものは 3本である。
はじめて民国時期における童子軍の展開について記述したものとして,主なものは蒋暁星,孟国祥 の「中国童子軍問題研究」(『学海』1993年4号,81~85頁)がある。両氏は童子軍の性格について,
表 2 内容別論文数
内 容 本数(%) 内 容 本数(%)
1,概論 13(25.4%) 2,ケーススタディー 26(50.9%)
・マクロレベル
・1926年以前
・1926年以後
・写真形式
5( 9.8%)
3( 5.8%)
2( 3.9%)
3( 5.8%)
A)地域・機関に焦点
・上海(5)・武昌(4)
・江蘇(2)・広東(2)
・北京(2)・天津(1)
・浙江(1)・四川(2)
・福建(1)
21(41.1%)
3,一次史料の検討 2( 3.9%)
4,方法論 7(13.7%)
5,異なる政権下の児童組織 3( 5.8%) B)人物・事件に焦点 5( 9.8%)
4つの時期に分けて検討を進めた。①民間組織から国民党童子軍へ,②国民党の統治の道具へ,③日 中戦争で大きな役割を果たす重要力量として,④日中戦争終了後の動き,である。5頁という短い論 文であるため,細部についての検討はなされていないが,民国時期における童子軍の展開の大枠を浮 き彫りにしたところを評価すべきだろう。蒋らは,童子軍の中国における展開,とくにその性格と意 義について,一言で結論づけるのではなく,時期ごとに置かれた時代背景のなかで検討すべきだと指 摘している(6)。
概論的な研究がピークを迎えたのは2005年以後である。そしてこの時期には,童子軍の展開を前 期,後期と分けて検討が進められているものが見られた。1990年代前半のものと比較し,以下の点 で変化が見られた。
まず,後期に関する研究が進んだ。張暁輝と栄子菡の「民国時期童子軍的中国化及其影響」(『広西 社会科学』2005年2号,123~125頁)で,両氏は童子軍の中国化をキーワードに,童子軍の民国時 期の略歴を整理し,欧米と比較した童子軍の中国的な特徴,及び童子軍の中国における影響を3点ず つ指摘した。しかし,その特徴は国民党統制下の童子軍を考察対象として得た結論であるので,民国 時期全体を通した童子軍の特徴とするのは適切ではない。つまり,戦時下のものを欧米の平時と比較 しているところには問題があろう。
徐娟の「試評1927–1937年南京国民政府的童子軍教育」(『教育史研究』2006年3号,63~67頁)
では,実証的に,客観的に国民党政府の童子軍教育を評価したものであり,客観的にこの時期のこと を扱っていると感じた。
次に,2007年以降では,前期について考察する論文が見られた。楊立英の「童子軍中国化的契机」
(『華章』2007年8号,34~40頁)では,初めて正面からボーイスカウトを中国に導入するにあたっ て教会学校の存在の重要性を指摘した。王晋麗,樊茂蘭の「抗戦前童子軍在中国的発展」(『山西大同 大学学報(社会科学版)』2008年5号,31~32頁)は,国民党政権の統制下に置かれた1926年まで,
民間によって展開された童子軍運動では,連絡機関がいくつかの主要都市に設置されていたことに着 目したところが評価できる。一方,羅敏の「早期中国童子軍組織的創建(1912–1926)」(『黒竜江史誌』
2009年10号,53~54頁)は(江蘇を中心に)前期童子軍の特徴を指摘している。童子軍の社会奉 仕活動やジャンボリーの定期開催,また国際交流活動について着目しているところが注目できる。
以上の3本の論文は,童子軍運動の担い手である「民間主導」の性格以外の側面を提供している。
第3に,写真をメインに掲載するものが見られるようになった。1949年以後,童子軍活動が取り 締まられた中で,ボーイスカウトが人々の生活の中から消えていった。そのため,写真による童子軍 のことを紹介する論文は,当時の活動を目に見える形で理解する手助けとなっている(7)。ただ,そ れぞれの写真の関連性が薄いため,表面的な理解にしかつながらない。
2,ケーススタディーへの取り組み
民国時期における童子軍の初歩的な状況確認が行われたものの,童子軍史研究は新たな課題に直面
した。それは,童子軍活動の具体像が描かれていないことである。ただし2000年前後から具体的な 地域・機関や人物・出来事に焦点を当てたケーススタディー的な研究が見られるようになった。筆者 はそれらの論文を地域・機関(学校を含む)と人物・出来事に分けて検討する。
A)地域や機関に焦点を当てたもの
一番多く取り扱われた地域は上海で,計5本ある。そのうち1937年以降の日中戦争下での上海童 子軍による銃後活動,特に上海商会の組織した「戦地服務団」の活動に焦点が当てられたものが4本 である。鄭成林の「“九・一八”事変後上海市商会的民主抗日動向―兼談商会与国民政府之関係」
(『華中師範大学学報』(人文社会科学版)1999年4号,88~93頁),蘇智良,江文君の「上海与抗日 戦争」(『上海師範大学学報』(哲学社会科学版)2005年4号,1~7頁),孫玉芹,張露紅の「上海童 子軍与“一・二八”抗戦」(『蘭台世界』2010年7号,43~44頁),孫玉芹,陳海英「上海市商会社 会童子軍団研究」(『武漢理工大学学報(社会科学版)』2012年2号,280~285頁)がある。
残りの1本は上海南洋大学(上海南洋公学)に関する谷玉梅の「行新式之教育揚中華之精神―沈 心工与南洋童子軍」(『人民音楽』2009年6号,29~31頁)で,上海で活躍した南洋大学の童子軍に ついて書かれている。
上海に次いで焦点が当てられたのは武昌の文華大学(文華書院)である。なぜ同校が注目されたの かと言えば,文華大学が最初に中国人童子軍を組織したためと考えられ,計4本ある。主に,陳忠の
「文華書院―清末民初西方文化伝入武漢的窓口」(『武漢文史資料』2004年4号,41~45頁),王晋 麗の「中国最早的童子軍―文華童子軍」(『武漢文史資料』2005年11号,27~31頁),袁少運の「武 昌文華書院軼事」(『湖北档案.』2006年12号,34~38頁)がある。
民国初期において童子軍事業が最も発達した地域は上海を含めた江蘇と広東だった。江蘇に関する 論文は,蘇永華の「中国童子軍的建立及在江蘇的発展」(『档案与建設』2001年3号,26~28頁)と 孫玉芹の「江蘇童子軍研究:1915–1926」(『南京政治学院学報』2011年1号,76~81頁)である。また,
広東については,栄子菡の「論民国時期広東童子軍的発展」(『晋陽学刊』2004年6号,83~84頁)
と栄子菡の「広東童子軍史文献述略」(『黒竜江科技信息』2007年9号,107頁)の2本がある。
2005年に入ると,北京・天津を中心とした華北地域の童子軍,及びその他これまで注目されてい なかった地域に関する論文が見られるようになった。前者には,史料紹介的性格の孫剛「民国時期北 京開展童子軍教育史料」(『北京档案史料』2006年3号122~195頁),清華学校に焦点を当てた田耕 の「藤影荷香中的営帳―清華童子軍鈎沈(1915–1928年)」(『晋陽学刊』2011年6号,99~103頁),
天津青年会の動きに注目した侯亜偉の「天津青年会塑造未来国民的理念和行動―以《益世報》為中 心」(『金陵神学誌』2011年2号,12~22頁)がある。後者には,浙江省湖州については,葉美芬 の「湖州教育早期現代化探析―以南潯中学史料為箇案的実態研究(1925–1937年)」(『湖州職業技 術学院学報』2008年3号,45~49頁),四川・重慶については,胡剣の「遠去的童子軍」(『四川档 案』2010年4号,20~22頁),李晶,左小朶の「重慶童子軍不起眼的“国家利刃”」(『環球人文地理』
2013年20号,92~97頁),福建については,許恵敏の「中国童子軍教育」(『福建史誌』2005年6号,
59頁,30頁)がある。
B)代表的な人物・出来事
個人レベルの経験に焦点を当てたこの分類では,口述史・伝記・有名なエピソードといった形式の ものがある。
まず,自身のボーイスカウト経験を語ったものとして,河南省開封で童子軍指導者をした経験のあ る涂心园による「童子軍団長話当年」(『縦横』2001年10号,52~54頁)がある。また東呉大学の 童子軍としての活動記録を記した殷恭毅の「一次楽極生悲的郊遊」(『蘇州雑志』2008年3号,71~ 73頁)や,武昌文華大学の童子軍をしていた楊孔鑫の「従文華中学走出来的“中国童子軍代表”」(楊 鋳昭(整理)『武漢文史資料』2009年11号,26~29頁)がある。
次に,民国時期の人物についての伝記の中で,その人物の童子軍経験が記述されているものがある。
たとえば,張帆の「愛国企業家倪家璽」(『中国工商』1989年4号,14~15頁),彼は1949年以降に 中国では著名な企業家となったが,かつて上海滬江大学の童子軍として日本の少年団に訪問したこと がある。
それから,ある有名な童子軍のエピソードを記したものがある。たとえば上海事変中に,銃後活動 で活躍した女童子軍(ガールスカウト)の楊慧敏について記したものとして,常家樹の「国旗在戦火 中飄揚―記上海童子軍英雄楊恵敏」(『党史縦横』1995年6号,12~14頁)がある(8)。
3,基礎研究の深まり A)一次史料の再検討
研究成果の量的増加に伴い内容の重複が見られるようになったことに対し,2010年代に入るとそ れまで行われた研究の根拠となっていた一次史料を徹底的に検証する研究が現れた。中心となったの は孫玉芹である。
孫玉芹は「民国童子軍研究述評」(『河北工程大学学報(社会科学版)』2010年1号,114~117頁)
で童子軍の中国における起源について問題提起をし,その後「民国童子軍研究中存在的両個問題」
(『安慶師範学院学報(社会科学版)』2011年1号,61~65頁)で,文華大学の発行した学校史を用 いた検証を行っている。孫が厳密な史料批判により史実に対する再確認を行い,中国ボーイスカウト 運動が開始された年について,従来の説の信憑性を考察した上で修正を行ったことは大きな研究成果 であるといえよう。
B)理論研究の進展
理論研究の論文としては,「軍事教育」として論じた季鵬の「論抗戦時期国統区地方軍事教育」(『社 会科学研究』 2004年1号,125~129頁),宋艶麗,趙朝峰「抗戦前国民政府的学校軍事教育政策」(『歴
史档案』2004年4号,110~128頁),「体育」の視点から論じた劉秀雲の「我国童子軍体育考論」(『体 育文化導刊』2010年12号,127~131頁)がある。2013年に入ると「児童史」の視点の提起や童子 軍に現代的な意味を持たせようとする「児童組織比較国際学」の視点からのものが見られるように なった。前者には,蘇全有の「没有児童的児童史(上)―対近代中国児童史研究的回顧与反思」(『河 南理工大学学報(社会科学版)2013年2号,158~199頁)と「没有児童的児童史(下)―対近代 中国児童史研究的回顧与反思」(『河南理工大学学報(社会科学版)』2013年3号,254~302頁)があり,
後者には,林頻の「児童組織国際比較学研究概述」(『上海少先隊研究』2013年2号,41~46頁)と 林頻の「児童組織国際比較学研究之野外活動篇」(『上海少先隊研究』2013年3号,33~39頁)がある。
C)民国時期国民党政権以外の政権下にある青少年組織への注目
近年,これまでに論述してきた以外の青少年組織として,満洲国の童子団組織,汪兆銘政権下の童 子軍組織,さらには共産主義的な性格の児童組織や,国民党童子軍と同時期に存続していたその他の 青少年組織が着目されつつある。劉晶輝の「略論偽満洲国対青少年的奴化教育」(『牡丹江師範学院学 報:哲学社会科学版』2005年3号,43~46頁),周競風の「略述汪偽対淪陥区青少年的組織化控制」
(『貴州社会科学』2006年6号,147~149頁),黄洋「中国最早的紅色児童団―安源児童団研究」(『萍 郷高等専科学校学報』2013年2号,5~9頁)がある。
上記で確認してきたように,中国における童子軍史についての研究は,民国時期の童子軍運動の大 まかな流れを把握した上で,マクロレベルとミクロレベルの双方から童子軍運動の歴史的展開へアプ ローチしていく研究スタンスが読み取れる。童子軍の研究をさらに深めようと方法論への検討も見ら れる。このように全体的には一定の深まりを見せつつある。
一方,中華人民共和国成立後における運動自体の解散による事実の確認に研究の中心が移ったた め,論の展開においてそれ以上の深みが見られない。とくに,既存の説に依拠する傾向が高く,一次 史料の発掘と確認作業が遅れている。現在ボーイスカウト活動との接触がない状況の中で,民国時期 の童子軍史研究は世界ボーイスカウト運動史からも,中国の教育史研究からも孤立している。
三,香港,台湾,日本のボーイスカウト史研究との比較
これまで中国における童子軍史の到達点を確認してきたが,民国時期の童子軍と関わりのある地 域・国では,童子軍(ボーイスカウト)史研究がどう深められたのか。ここでは,香港・台湾・日本 との比較を行う。
1,香港との比較
上海とほぼ同時期に,香港では1910年に現地に駐在していたイギリス人によってボーイスカウト 活動が始まり,現在でもスカウト活動が続いている。そのため,中国大陸と比較し,ボーイスカウト
は人々になじみのある存在である。
A)早期の外国人児童ボーイスカウト隊との関わりに―英語の一次史料の利用
2011年に香港でスカウターをしていたPaul Kuaの博士論文が刊行された。『Scouting in Hong Kong, 1910-2010』(Scout Association of Hong Kong, 2011)である(9)。この本では,著者は1910年代,
外国人牧師や外国人児童によって行われたボーイスカウト運動,及びそれがどのように中国人児童に 普及したのか,イギリスボーイスカウトとの関わりについて,現地の英字新聞を利用して分析を行っ ている。
従来の中国の童子軍研究では初期の童子軍活動の設立における外国人の果たした役割を中心的に考 察した研究はなく,この点で同書は大きな意義がある(10)。
B)戦前・戦時中・戦後にわたる個人レベルでの童子軍経験―専門家による聞き取り調査
同じく2011年に香港史の専門家により,長年ボーイスカウト経験のある香港スカウターへのオー ラルヒストリーが出版された。『My Story in Scouting: Tse Ping Fui』(中国語名『(不老童軍中港心:
謝炳奎傳奇)』,筆録整理:關禮雄,香港:快楽書房,2011年)である。同書は戦前・戦時中・戦後 にボーイスカウト当事者の経験が詳細に記されている。個人レベルからボーイスカウト史を理解する だけではなく,地域史や戦争史を知る上でも貴重な研究となっている。
一方中国の従来の研究では,日中戦争時における童子軍の銃後活動に注目しているものの,個人レ ベルでの詳細なオーラルヒストリーの手法で解明した研究はまだ見られない。
2,日本との比較
A)少年団を対象とした著作
田中治彦の『少年団運動の成立と展開―英国ボーイスカウトから学校少年団まで―』(九州大学出 版社,1999年)と,上平泰博,田中治彦,中島純共著の『少年団の歴史 : 戦前のボーイスカウト・学 校少年団』(萌文社,1996年)は,少年団の戦前の歴史を取り上げた専門書である。
この2冊の著作の中で,著者たちはボーイスカウトの日本への導入と日本の従来の青少年組織との 兼ね合い,戦時下の軍部の圧力により国策に服従していくプロセスについて,実証的に論証している。
一方でこれまでの中国における研究では,ほぼ同じ時期に中国に導入されたボーイスカウトについ て,何ら抵抗もなく導入され国民党の党化を受けるようになった,というイメージでしか描かれてい ない。国策と童子軍との矛盾という視点は,民国童子軍史にとって非常に重要な視点であると筆者は 考える。
B)女子補導団(ガールガイド)を対象とした著作
矢口徹也の『女子補導団―日本のガールスカウト前史―』(成文堂,2008年)がある。矢口がこの
著作で女子補導団を取り上げたテーマ設定は,中国の童子軍史にとって示唆的である。さらに矢口は 各地の団体について,資料に基づき詳細な記述をしており,この点がガールガイドの女子教育へ果た した役割を実証的に検証する上で有意義である。
中国側の従来の研究では,女童子軍の姿が男子の童子軍の影に隠れており,見えてこない。そして,
代表的な機関を取り上げる論文はあるものの,その機関の行っている童子軍活動を詳細に明らかにす る研究はまだ少ない。これは資料の制約によるとも考えられるが,中国の研究は概論的に大きな潮流 を論じるに留まっている点は指摘しておきたい。
C)海洋少年団を対象とした著作
圓入智仁の『海洋少年団の組織と活動―戦前の社会教育実践史―』(九州大学出版社,2011年)が ある。圓入の著作は海洋少年団を通じた海洋教育,そして,児童の社会教育史という枠組みから,ボー イスカウトを行った担い手についての分析を行ったところが中国の童子軍史の研究にとって非常に参 考となるだろう。
圓入論文と照らし合わせると,中国の童子軍研究では,担い手の具体的な人物像が見えてこないと ころが大きな問題であろう。
3,台湾との比較
A)民国時期の童子軍史を扱った修士論文
台湾師範大学では,ボーイスカウトを対象とした専門学科が設置されており,童子軍に関する研究 が盛んである。全体的には現代的な課題を扱うものが多く,民国時期の童子軍史を扱う修士論文は2 本ある。一つは秦穗齡の『童子軍與現代中国的青少年訓練(1911~1949)』(2004年度修士論文)で,
もう一つは連建華の『中華民國童軍服務員訓練歷史之研究』(2011年度修士論文)である。
秦論文では,国民党側の一次史料を使用し,丁寧に国民党の青少年政策について検討している。中 国側の研究と比べ,国民党と共産党との矛盾の中での童子軍活動も取り上げられ,従来の童子軍イ コール国民党の少年兵といったステレオタイプな理解に対して新たな一面をもたらした。
連論文では,指導者研修にフォーカスし,その変遷を戦前と戦後にわたり描いている。このような
「指導者研修」,「制服と徽章」,「ちかい」と「おきて」など,ボーイスカウトを考察する必須の要素 の歴史的変遷に着目した視点が,これからの中国側の研究にも必要ではないかと筆者は考える。
B)戦後,台湾におけるボーイスカウト運動への注目が見られる。
2011年から2013年までの台湾ボーイスカウト総会の機関誌『童軍月刊』に,郭廷銘が執筆した戦 後台湾におけるボーイスカウト運動の再建をテーマとしたシリーズの文章が連載された(『童軍月刊』
2011年48巻11号から2013年50巻10号まで)。
また,2013年に中華民国童子軍百周年記念として台湾の中華民国童軍総会によって刊行されたシ
リーズ『中華民国童軍―百年厳書』(計12冊)が刊行され,そのうち,第3巻は国民党時期に童子 軍の経験をして,戦後台湾で続けてボーイスカウト活動に参加した謝又華を対象とした口述史『一世 童軍:謝又華先生童軍工作紀實』(インタビュアー:林錦盛,謝政諭,呂建政,張文鑫,中華民国童 軍総会編集印刷,2013年2月)であり,第6巻では,数名の戦後台湾における童子軍運動の再建をテー マとした口述史『童軍運動的台湾足跡―資深童軍訪談録』も刊行された。
中国側の童子軍史にとって,従来の研究では1949年でボーイスカウトが終了したとされているの だが,実際には1951年になっても童子軍に関する本などが出版・販売されているところもある(11)。 このことから民国時期の童子軍が中華人民共和国成立後にどの点で連続し,何が断絶したのかという 視点からも,童子軍史の研究の射程を広げる可能性もあろう。
香港・日本・台湾におけるボーイスカウト研究が中国側の研究にとって示唆的な点として,以下の 点が挙げられる。まず,イギリスの青少年運動との関連性を意識する視点である。次に,童子軍運動 が中国近代史において果たした役割を重視する研究スタンスである。このようなスタンスがあっては じめて,当事者のオーラルヒストリーや,童子軍の歴史を近代史や近代教育史の一部として捉えなお す作業が可能となるであろう。
四,評価と展望;結びに代えて
以上の考察から浮かび上がる幾つかの問題点を要約し,今後の研究の可能性を指摘して,本稿を結 ぶこととする。
まず,民国時期の童子軍史研究は,時期よって研究成果数に偏りが大きかった。とくに,初期(1912 年から1926年まで)に関するものについて,概略をまとめるに止まっており,一次史料を用いた深 い考察を行った研究は少ない。今後は英語による一次史料の利用が期待される。
次に,ケーススタディーはある程度行われたが,長期に亘って学校や人物などを個別具体的に追っ ていく研究が少ない。史料を発掘することで,ある機関や人物の童子軍活動が時代とともにどのよう に変わっていったのか,詳細な研究が増えることが望まれる。この種の研究に関して,研究手法にお いては,オーラルヒストリーの活用及び地域史の果たす役割が期待される。
第3に,研究の対象・範囲(時間と空間)を拡大すべきである。ガールスカウト史やその他同時代 にあった青少年団体,もしくは他国のボーイスカウト団体との交流などにも焦点を当てるべきであ る。また,童子軍史を民国時期の中に留めることなく,1949年以降に中国で拡大しつつあったピオ ネール運動との比較,ないし今現在も行われているボーイスカウト活動との関連を考察も視野に入れ るべきであろう。
最後に,中国童子軍史を再考するためには,結論に史料を落とし込んでいくのではなく,実証的に 論証してはじめて,中国童子軍史のダイナミックな一面が見られるのでないだろうか。今後、研究を 積み上げていきたいと考える。
注⑴ 管見の限りでは,アメリカのボーイスカウト運動を紹介する形で取り上げた論文の数が
13
本ある。そのう ち,12本はアメリカで見学したボーイスカウトの制度・活動についての紹介レベルに留まっている。⑵ 段鎮,沈功玲「童子軍的経験値得借鑑」『外国中小学教育』1994年
12
月,1~4
頁。⑶ 台湾側の先行研究の入手ルートとして,①台湾図書館論文検索データベース,②台湾師範大学図書館論文 検索データベース(台湾ボーイスカウト研究の拠点),③台湾ボーイスカウト総会の百年記念図書シリーズ,
④台湾ボーイスカウト総会の機関誌である。
⑷ 現在でも中国内地(香港・マカオ以外の大陸地区)においてボーイスカウト組織の設立が許可されていな い。そのため,スカウティングについて実体験から論じたものは見られない。先行研究や関連書籍の引用紹 介に留まる論文が多い。
⑸ 童子軍史についての論文には内容に重複が見られるものが一定数存在する。その場合,時期的に早く発表 されたもの,または重要度の高い論文をレビューする。その他については注で提示する形をとる。
⑹ その他,袁成亮の「民国時期的童子軍」(『民国春秋』1994年
5
号,29–31頁),伍小涛の「中国童子軍運動 始末」(『文史月刊』2007年9
号,49–51頁)。段宝堆,王治友の「民国時期童子軍簡述」(『科教導刊』2009 年23
号,174頁),陳宝霖「新中国建立前童子軍的発展及活動」(『少年児童研究』2010年12
号,10–14頁)がある。
⑺ 写真がメインの論文は
3
本ある。吉珂德「中國童子軍」(『時代教育(先鋒國家歷史)』2008
年7
号,88–89
頁),陳蓉「“智仁勇兼備
,
臻世界於大同”―近代青少年組織中國童子軍照片擷珍」(『上海檔案』2012年1
号,ペー ジ数未記載),姚勝祥「民國時期的童子軍」(『文史天地』2012年12
号,90–93頁)である。⑻ 楊慧敏のエピソードは童子軍の銃後活動として当時新聞に報道され,戦後,台湾で彼女のことが映画化ま でされた。
⑼ Paul Kua(漢字名:柯保羅)のこの著作の中国語版が
2012
年に『香港童軍百年圖史』として香港童軍總會 によって出版された。⑽ 筆者は一次史料『North-China Daily News』に基づき「上海におけるボーイスカウト運動の生成と展開」(ア ジア教育学会,2014年
4
月19
日)と題した学会報告を行っている。⑾ 「読者来信」『人民日報』1951年