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グスタフ・ラートブルフ:法哲学入門(1948年)(上)

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グスタフ・ラートブルフ:法哲学入門(1948年)(上)

著者 ラートブルフ グスタフ, 上田 健二

雑誌名 同志社法學

巻 60

号 4

ページ 1‑69

発行年 2008‑09‑30

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011469

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グスタフ・ラートブルフ:法哲学入門(1948年) (上)

上 田 健 二 (訳)

訳者まえがき

  こ の 訳 文 は、Gustav-Radbruch-Gesamtausgabe, Band 3, herausgegeben von Arthur Kaufmann, Rechtsphilosophie III, bearbeitet von Winfried Hassemer, Heidelberg 1990, S. 121 229に搭載されている、1948年に刊行され た グ ス タ フ・ ラ ー ト ブ ル フ の 最 後 の ま と ま っ た 法 哲 学 上 の 著 作 で あ る Vorschule der Rechtsphilosophie を、ラートブルフ全集のこの巻の校訂 者であるヴィンフリート・ハッセマーのきわめて詳細かつ懇切な注解をも含 めて全訳したものである。このカウフマン全集がいつの日にか日本語にも翻 訳されて日本の読者にもラートブルフの著作物に接近することができるよう になることは、すでに2001年 4 月11日に逝去されているこの全集の総編集者 であるアルトウール・カウフマンの存命中に表明されていた強い願いであっ たことから、たとえ部分的にせよ、私によって訳出されることについては、

亡夫の遺志を受け継いでいるドローテア・カウフマン夫人によって包括的な 勧奨と承認を受けていることについては本誌前号 1 頁に記されている。

 この著作には、すでに周知のように本書の第 2 版を対象とした訳文である 野田良之・阿南成一訳「法哲学入門」(ラートブルフ著作集第 4 巻『実定法 と自然法』(1961年、東京大学出版会)所収23頁以下)がある。しかしそれ は原典の第 2 版から訳出されたものであるうえに、訳文それ自体がきわめて 難解であり、原典の語句に適切に相応していない訳語が随所に見られる。こ れは原著者であるラートブルフが用いている言葉や語句の意味が十分に理解 されていないことによるように思われるのであって、それもそれが訳された 1960年初期の時点ではラートブルフ研究がドイツでも現在におけるほどの進 展していなかったことからして無理からぬことと言ってよい。とはいえ、ド

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イツではこの間ラートブルフ研究は大いに進展しており、関連文献もほとん ど無数といってよいほどに刊行されている(本誌前号78頁以下の文献一覧を 見よ)。そのうえにこの翻訳の対象となっているは、第 2 版までに随所に見 られたラートブルフの講義の聴講生の筆記から生じてきたのであろう

誤字、誤植のほか不明瞭かつ曖昧な語句がアルトウール・カウフマンの 念入りな校訂を通してほぼ一掃されている、ラートブルフの死後に刊行され た第 3 版である。いずれにせよ、あの前訳はもうとうに時代遅れになってい るのである。それゆえにこの訳文は、これにとらわれていない全くの新訳で あると見られてよい。

 ところで、この『入門』の翻訳者である私が、グスタフ・ラートブルフの 法哲学上の主要な、とくにナチス体制を挟んだ前後期の作品を、グスタフ・

ラートブルフ全集の編集者によって詳細な校訂の手が加えられて完全なもの になっている原典に基いて改めて正確な日本語に移し変える義務を負ってい るとかねて強く感じてきたのには、いわゆる「壁の射手訴訟」を契機にして わが国においても再燃したいわゆる「ラートブルフ公式」の根本的な意義を めぐる論議のなかでわが国のほとんどすべての論者が、「ダマスカスの回心」

という「伝説」を、すなわちラートブルフはナチス体制前では法実証主義者 であったが「ナチス体験」を経た後では自然法論者になったということから 出発しており、そしてこのことがそのような「伝説」を自明のこととして念 頭に置いた前期ラートブルフ著作集の訳者たちの「誤解」に基いた明白な誤 訳に起因していることを、私が発見していたからである(これについて詳し くは、上田健二「ラートブルフ公式と法治国家原理」同『生命の刑法学』(2002 年、ミネルヴァ書房) 1 頁以下、とくに30頁以下を見よ)。しかし実際に「存 在したのはひとつの力点の移行であり、そしてそのようにラートブルフ自身 もまた理解している」(本誌326号383/ 8 頁)ことを、グスタフ・ラートブ ルフ全集の総編集者であるアルトウール・カウフマンが確認しており、この

『入門』が搭載された巻の校訂者であるヴィンフリート・ハッセマーも「ラ ートブルフはその法哲学を取り替えたのではなく、力点を別の所に置いたに すぎないこと」(同327号45頁)を説得的に論証している。

 これとともにラートブルフはその法哲学の出発点であった当為と存在と の、価値と現実との方法二元論を、その法学的思考形式としての「事物の本 性」を認容することによって窮極的に克服したのかという、激しく論争され た問題もまた答えられている。ラートブルフの後期法哲学では「理念の素材 被規定性」の思想の強調を通して法存在論への限りなき接近というものが確

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かに見られるのであるが、しかし方法二元論そのものを克服するにいたって いないことは、彼自身がこの『入門』のなかで「事物の本性は価値と現実と の、当為と存在との間の厳しい二元論をいくらかは和らげるが、しかしそれ を止揚することができない」(本誌次号)と述べていることから明らかであ る。いずれにせよ、アルトゥール・カウフマンによれば、「ラートブルフは、

その作品の個々の部分が取り出され、独自化されるのでなく、すべてをすべ てのなかに受け止められるならば、実証主義者でも自然法論者でもなく、実0 証主義と自然法論のかなた0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0に立っている」(本誌326号82頁)ことが明らかに なるのであり、そしてこれこそまさにアルトウール・カウフマンが継承し、

そしてそこからさらに法哲学上の、そしてまた刑法上の豊穣な諸成果を産み 出してゆくことになる基盤にほかならないのである(「第三の道」、「最小限 の自然法」、「消極的自然法」とも呼ばれるこの立場について詳しくはシュテ ファン・クローテ(上田健二訳『「第 3 の道」を求めて:アルトウール・カ ウフマンの法哲学』本誌321号 1 頁以下、322号 1 頁以下、323号 1 頁以下、

とくに22頁以下参照。ラートブルフからこの「第 3 の道」を引き継いでこれ をさらに先へと切り拓いたカウフマン自身による展開について詳しくは、ア ルトウール・カウフマン(上田健二訳)『法哲学 第 2 版』(ミネルヴァ書房、

2006年)第四章「自然法と法実証主義のかなた」の48頁以下、とくに53頁以 下を見よ)。

 その生涯にわたって「良心の疚しさ」をもち続けた法律家であり、つねに

「限界領域」において思考し続ける法哲学者であったグスタフ・ラートブル フの哲学的、文化的、宗教学的、政治的な、そしてもちろん法的な思考が凝 縮されたこの『入門』の意義と特質については、ここで詳述することはもち ろんできない。これについては、そしてこれに相前後するラートブルフの後 期に属する法哲学上の全作品を含めて、とりわけこれらが収録されたラート ブルフフ全集第三巻のためのヴィンフリート・ハッセマーによる序文(本誌 60巻 2 号29頁以下)を、読者には参照していただくほかはない。とはいえ、

『入門』のなかでとくに注目する値すると思われるのは、「人間的諸権利の否 認は……絶対的に不法な法である」(本誌次号)ということが時期とか難点 をつけずに強調されていることである。人間的諸権利に矛盾していないとい うということがすべての法の正当化根拠であるという、彼の偉大な始祖であ るパウル・ヨハン・アンゼルム・フォン・フォイエルバッハから継承したこ の立場だけは、ラートブルフの生涯にわたる全作品を一貫しているまさに当 のものである(この「人間的諸権利の哲学」について詳しくは本誌326号82

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頁以下を見よ)。このように何0が不法であるのかという法哲学上の根本問題 については、ラートブルフはきわめて明瞭に指示したのであるのが、しかし それを法からどのようにして0 0 0 0 0 0 0区別することができるのかという方法論的な根 本問題についてはラートブルフは答えないままにその生涯を終えている。こ の意味においては、ラートブルフは偉大な法思想家であっても、しかし同時 に偉大な方法論家ではなかったと言うことができる。そこでラートブルフに よって残されたこの課題を引き受けた人、この人こそアルトゥール・カウフ マンにほかならないのである。「何らかの実定的定立とは無関係に0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0、法とは0 0 0 何か0 0、不法とは何か0 0 0 0 0 0、また両者はどのようにして区別され得るのか0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0」という 問題は、カウフマンの法哲学上の全作品、とりわけ後期の著作物に一貫した 課題であり、これはその「正義の手続き理論」を経て「真理の収斂理論」へ と凝縮されてゆく(これについてはアルトウール・カウフマン(上田健二・

竹下賢・長尾孝雄・西野基継編訳)『法・人格・正義』(昭和堂、1996年)に 登載された諸論文、とくに第 8 章「正義の手続き理論」(同書179頁以下を見 よ)。

 さらにいまひとつ注目されなければならないのは、この『入門』のなかで ラートブルフは法理論的な実証主義の論駁に関連してはっきりと解釈学0 0 0

Hermeneutik)というものを論拠として持ち出している(本誌次号)とい

うことである。このことは、ラートブルフは確かにシュライエルマッハー、

デルタイ、ハイデガー、ガダマー……の意味における解釈学者ではなかった としても、しかし解釈学的思考は彼にとってすでに周知のものであったこと を意味している。そして法発見手続きのこの側面もまたカウフマンによって 受け継がれ、そして彼の後期の諸々の作品のなかでいっそう明瞭に具体化さ れてゆく(上掲訳書『法・人格・正義』に所収の論稿のうちとりわけ第 1 章

「解釈学の光に照らされた法の歴史性」、第 4 章「自然法と法実証主義をつき 抜けて法学的解釈学へ」、第 5 章「法学的解釈学の存在論的基礎づけのため の思想」を見よ)。われわれはこのような論究の道がカウフマンの学問的人 生行路のいわば終着駅であると同時に、法実証主義を基盤としたいわゆる

「当てはめモデル」の、したがってまた刑法においては「言葉の可能な意味」

を超える解釈は類推解釈として許されないという、わが国においてはいまだ に「通説」としてあまねく承認されている「俗説」の論駁へと辿り着いてい ることに、もはや目を反らすことが許されていないのである(これについて は、とりわけアルトウール・カウフマン(上田健二訳『法概念と法思考 符・

法発見手続きの合理的分析』(昭和堂、2001年)152頁以下、アルトウール・

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カウフマン(上田健二訳)『法哲学 第 2 版』(ミネルヴァ書房、2006年)第 6 章「法発見過程の合理的分析に関する諸反省」(85頁以下)を見よ)。これ によれば、法解釈(法の発見手続き!)というのはそもそも類比手続き以外 の何ものでもないがゆえに、「類推解釈の禁止」というのは学問的に見て何 の裏づけも有していない単なる「ドグマ」にすぎないのである!

 それはともかくとして、アルトウール・カウフマンがこのグスタフ・ラー トブルフ全集全20巻のための序文である「グスタフ・ラートブルフ生涯 と作品」の最後に述べているように、「ラートブルフの思想の変化が話題と されるならば、それはとくに理論的理性から実践的理性への方向変えであ る。それは叡智の完成された形式へと向けての熟成である」(本誌326号86頁)

と理解されなければならないのである。

 カウフマンはこれに続けて「法学と法哲学の将来的展開が可能な限りラー トブルフを乗り越えることがあっても、しかしどのような場合であっても一 歩たりとも彼の背後に立ち戻るがないということのために寄与すること、こ れこそその[グスタフ・ラートブルフ全集=GRGAの]究極的な意味である」

(同上)と述べてこの序文を締め括っている。全くこの意味においてこの『入 門』はラートブルフの法思考の完結編であるばかりでなく、われわれが将来 へ向けて法思考を開始するに当たっての出発点、すなわち「入り口」という 意味における「入門の書」でもあり、そしてとりわけこのような意義を有し ているのである。

 ところで、グスタフ・ラートブルフが一個の偉大な人格であったことにつ いては、数多くの文献のなかで称揚されている(ラートブルフに関するドイ ツ語文献については、本誌327号78頁以下を見よ)。では、この偉大さはいっ たいどこにあり、また何ゆえにそうであったのか。これについてアルトウー ル・カウフマンは次のように見ている。「ラートブルフについての偉大さは、

その生涯とその理論とがひとつの分ち難い統一をなしているということにあ った。作品はつねに同時に人間を表わしているのであり、人間はすでにつね に作品であった。それゆえに、ラートブルフという人格まで浸透していない 者は彼の理論をもまた十分に理解することができないのである」(本誌236号 15頁)と。また別のところでは、次のようにも述べられている。「このグス タフ・ラートブルフとは誰か。その唯一無類の人格性は何か。その悟性とそ の理性の力ゆえに重要である人々が存在している。その心情とその魂の力に よって重要である人々が存在している。この両方の力ゆえに抜きん出ている

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が人々は、もちろんわずかしか存在していない。ラートブルフはこの最後の 種類の一人であった」と。同様にグスタフ・ラートブルフの弟子であり、彼 を敬愛し続けたギュンター・シュペンデルは、彼が校訂したラートブルフ全 集第 4 巻か刊行されたときにはすでの故人となっていたこの総編集者を偲ぶ 特別の言葉をその巻末で述べたのである(これについてはアルトウール・カ ウフマン(上田健二訳)『法哲学 第 2 版』(ミネルヴァ書房、2006年)428 頁参照)が、そこでシュペンデルは「……このようにしてアルトウール・カ ウフマンは自身の思考のあらゆる独自性にもかかわらずその敬愛する師とそ の模範に対しては、つねに好意を保ち続けた」としたうえで、グリルパルツ アーの次のような見事な言葉をもってその故人を偲ぶ言葉を結んである。「他 人の偉大さを感じる人は幸せである/そしてそれは愛を通して彼自身のもの となる。」この『入門』の訳者である私がグスタフ・ラートブルフの主要な 作品を改めて翻訳する義務を負っていると考えたのも、これを通して同時に 私のドイツにおける生涯の師であるアルトウール・カウフマンその人の人格 と作品との類まれな一致を十分に感得すること、これ以外の何ものでもな い。

 (なお、この訳文では、原典の頁番号は[]のなかに、GRGAにおけるそ れは【】のなかに表示される。)

序 文

 私の法哲学の講義の二人の聴講生〔ハロルド・シューベルト(Harold Schubert)、

ヨアヒム・ショトルツェンブルク(Joahim Stoltzenburukg)〕が私に、この講義の筆 記録を複写する権限を与えてほしいと依頼してきた。私は彼らに印刷に付することを 許可した。

 私はテクストに訂正を加えたが、しかしこれに講義の筆記録という性格を維持し た。現に私は個々の章の様々に異なる詳細を、思考過程のある種の弛緩、諸々の繰り 返しや逸脱を、引用された文献のいくらかは偶然による選択を、テーマについて私自 身が別の仕方で述べたのものへの指示を厭わなかった。

 この小著はその入門的な課題と並んで、どのような仕方で私が私の『法哲学』(第 3 版、1932年)の継続形成を考えているのかをも示唆することが求められる。ここで 見出されるでもあろう見かけのうえでの諸々の矛盾はそこでそれらの解決を見出すで あろうそこへ至るまでは、この小著の読者にとってはひとつの思考訓練を意味し てもいよう。私は(すでにエムゲ教授がこれに類する著書のためにそうしたように)

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ジャン・パウルの『美学入門(Vorschule der Ästhetik)』という模範に従って『法哲 学入門』という表題を選んだ。

 「法学の諸時期」という節に私は私の友人である故ヘルマン・カントロヴィッツの、

同じ表題を付した論文を受け継いだ。それだから本書もまた、すでに彼に捧げた『法 哲学』と同様に、われわれの友情の記念碑であり、豊かで決定的な学問上の刺戟に対 する感謝のひとつの表現である。

ハイデルベルクにて、1947年 8 月、

グスタフ・ラートブルフ

第 2 版への序文

 1949年11月23日にグスタフ・ラートブルフは逝去した。彼はその71歳をようやく終 えたばかりであり、最後の日に至るまで活動的であったと言ってよい。1932年を最後 に第 3 版として刊行されていた『法哲学』を新しい版として刊行しようとしていた彼 の意図を、しかしながら死が水泡に帰せしめた。それだから1932年と1949年との間で はこの『法哲学入門』は、グスタフ・ラートブルフがその法哲学上の思想を【132】

総括的に叙述した唯一の刊行物であり続けた。これとともにこの『入門』は、これに はもともとこの程度にまでは考えられていなかったような意義を獲得した。先行する 諸々の作品を回顧しつつ後続するであろうそれを展望しつつラートブルフによって作 り出されたことから、それは彼の法哲学上の展開を理解するための架け橋になったの である。

 この『入門』は今日の読者を1946年の聴講生をと同様に、意味のある法哲 学上の諸々の問いに確定している解答を与えることがその目的ではなく、これらの問 いへと導こうとしている。それは読者の好奇心をそそって『法哲学』(これはラート ブルフの死後にエリック・ヴォルフによって第 4 版として、1956年には第 5 版として 編集刊行された)へと差し向け、それとともに読者に継続思考のための手段を手がか りとして与えようとする。それは同時に、グスタフ・ラートブルフがどのようにして 彼が哲学することの継続形成を考えたのかを示唆しようとしている。

 彼は、このような示唆が彼によって1932年までに刊行されていたその法哲学の根本 思想との矛盾として理解されかねないことを予見していた。「思考訓練」として彼は 読者に、このような見かけ上の諸矛盾を何よりも先ず自ら探り当てることを薦めたの である。

 実際のところこのような「思考訓練」は今日に至るまで継続している。それは間も なくその終結を見出すこともないであろう。それというのもこのように突き詰めて、

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そしてともに考えることの核心問題は、ラートブルフが哲学していることそれ自体に のみかかわっていないからである。問題となっているのはむしろ、どのような法哲学 上の思念にとっても提起される問い、すなわち、制定法に「法律を超える法」として 先行している実質的な法的諸原理を、科学的―批判的な思考から根拠づけることが果 たして可能であるのか、またこの「自然法」がどのような仕方で実定法にとって拘束 的であるのか,ということである。

 ラートブルフがこのような問いに対して『入門』のなかで与えている答えは、彼が これによってその思考の二つの原理から、すなわちカント的な方法二元論からも、そ こから展開された(認識)理論上の価値 相対主義からも離れたのではないかという 反問を呼び起こす。この両立場を、しかしながら彼は最後まで保持したのである。

 それというのも彼の法哲学上の相対主義に前もって与えられている、価値と現実と の、当為と存在との二元論という出発点は『入門』のなかに新たに導入されたのであ るが、しかし端緒においてすでに1924年に彼には現存していた「事物の本性」という 要素を通して放棄されていないからである。この構築分枝はラートブルフにとって法 存在論という体系における第一礎石といったものではなく、アーチを支える、価値理 念と価値現実との相対立する諸々の緊張の推力を自らのなかに受け止める支柱であっ た。それは、どのような当為規範も、それらが義務づけようとするならば、それが規 制しようとする存在へ向けて規制されているのであり、それゆえに事物の本性ととも に人間の本性に存在適合的でなければならない【124】一方で、存在はそれ自体から ではなく、かくあるべし(ein Seinsollen)を顧慮してのみ評価され、整序され得る という事実の概念的な表現である。それだからこの新しい要素は、当為と存在が根本 的に異なっているのではなく、確かに互いに対置されてはいるが、しかし同時に互い に求め合いつつひとつの弁証法的な緊張関係において対立しているのである。

 同様にラートブルフは、少なくとも科学的な思考の伝承された方法をもってしては 論駁することができないその相対主義を放棄することを余儀なくされているとは全く 見なかった。この相対主義は、価値もしくは当為の諸判断が不可欠であるとともに、

それらが知識にではなく、(それがどのような類のものであれ)信念に根拠を置いて いるがゆえに科学的には証明することが可能でないという事実から諸々の帰結を引き 出す。このようにして彼はいっさいの価値 判断の前 判断の方法的な批判を、そして これとともに「同時に自己の態度表明における決然さと他人のそれに対する公正さ」

を教える。それを法哲学に適用するなかで、ラートブルフにとってまさに、彼がすで にリヨンでのある講演のなかで論じたように、「相対主義それ自体から絶対的な諸帰 結が、つまりは古典的な自然法の伝承された諸要求」が明らかになるのである。「そ れらは、そこからひとは遠ざかることはできるが、しかしつねにそこへと立ち帰らな

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ければならない不壊の基盤である」(Radbruch, Der Menschen im Recht, 1957, Kleine Vanhoeck Reihe, S. 80)。

 『法哲学』の編集者には、実り豊かな問いについて、ラートブルフの法哲学上の思 考をめぐってあれほどに豊富な対話に関して自らの判断を形成することができるため に、『入門』を附録として再録して欲しいという多くの読者からの懇請(第 5 版への 序文、16頁)があった。けれどもこの懇請を、経済的な利益において学生である読者 に相応させることがきなかった。それだけにいっそう、入門をラートブルフの全作品 の部分としていまや新たに刊行することができるのは歓迎すべきことであり、とくに それは日本語、韓国語、イタリア語に翻訳されているのである。

 おそらく本書は読者として法律家を、諸法律を知りかつ学ぶことのなかに法を探し 求める若い法律家とともに、諸法律を適用するか、もしくは法を言い渡さなければな らない経験を積んだ法律家を望んでいるのであろう。しかしそれは同様に、その注意 をわれわれの共同生活の法的秩序の根本問題に向け、それが問題とするにふさわしい ものであることのより深い知識を獲得しようと努める者であれば誰にも読者として望 まれているのである。

 シュトウットガルトにて、1954年 7 月

ヨアヒム・シュトルツエンベルク

第 3 版への序文

 この第 3 版はザールブリュッケン大学のアルトウール・カウフマン教授とレオナル ド・バックマン助手によって誤植といくらかの些細な実質上の見過ごしが精査され、

修正された。これに対して私は私の心からの謝辞を申し上げたい。しかし他では本文 が変更されることはなかった。『入門』は、グスタフ・ラートブルフの法哲学の最後 の総括的な叙述である。それを新たな校訂を通して研究の状態に適合させることは、

それゆえに得策ではないように思われた。けれども読者に現在の法哲学との連結を可 能にするために、文献指示が附録として(本書の巻末に)補充された。そのさい最近 の法哲学上の文献の充満にかんがみてもちろん比較的少ない選択しかドイツ語の 公刊物に限定して下すことができなかった。

 ハイデルベルクにて、1965年 6 月

リデイア・ラートブルフ

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内 容 第一章0 0 0 法についての諸科学

        本誌本号 10  第一節 より狭い意味における法学

10

 第二節 法史と比較法 12  第三節 法社会学 13  第四節 法心理学 15  第五節  ルドルフ・イエーリング

(1818 1892年)

17  第六節 法哲学の諸々の課題 18

第二章0 0 0 法の理念 23

 第七節 正義 23

 第八節 合目的性 26  第九節 法的安定性 28  第十節 価値諸理念の順位 30

第三章0 0 0 実定法 30  第十一節 法の概念 30  第十二節 法の妥当 33

第四章0 0 0 法と他の諸々の文化形式 35  第十三節 法と道徳 35  第十四節 法と習俗 37  第十五節 法と宗教 39

第五章0 0 0 偉大な諸々の法文化 42  第十六節 ローマ法 42  第十七節 英米法 44  第十八節 市民法典(Der Code civil)

47

 第十九節 ドイツ民法典(

Das BGH)

48

 第二十節  カノン法典

(Der Codex Juris Canonich)

50 第六章0 0 0 法の諸様式 52  第二十一節 主観的法と客観的法 52  第二十二節 公法と私法 55  第二十三節 実体法と手続法 57

第七章0 0 0  法学における諸方向  第二十四節 法学の諸時期  第二十五節 法学的実証主義  第二十六節 自由法運動

第八章0 0 0 法の歴史哲学  第二十七節 歴史の法哲学  第二十八節 法史の法哲学

第九章0 0 0 法の美学

 第二十九節 法の諸々の表現形式  第三十節 絵画における法哲学  第三十一章 法と文芸作品

第一〇章0 0 0 0 法哲学の時事問題  第三十二節 法概念としての人間性  第三十三節 社会法

 第三十四節 民主政の思想  第三十五節 世界法  第三十六節 法律を超える法

第一章 法についての科学

第一節 より狭い意味における0 0 0 0 0 0 0 0 0 000

 Ⅰ.より狭い意味における法学、解釈論的法学、体系的法学は実定法の客観的な意

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味についての法学である。

 実定的な0 0 0 0法について:これは、法の価値と手段を扱い、この価値の実現のために奉 仕する法哲学と法政策に区別される。実定法の客観的な意味0 0について:これは法の現 存在と法生活の諸事実をその対象として有している法史と比較法、法社会学と法心理 学とに区別される。客観的な0 0 0 0意味については後の第十一章第一節参照。

 Ⅱ.実定法の法学上の処理は、解釈、構成、体系という三つに分類される。

  1 .法学的解釈0 0は、実定法の客観的な意味に、法命題それ自体に具現化されている 意見に向けられているのであって、成立に関与した人々に向けられているのではな い。

 これを通して法学的解釈と文献学的解釈とは区別される。文献学的解釈は思考され たもの追思考(アウグスト・ベック(August Böckh)によれば「認識されたものの 認識」である)であり、これに対して法学的解釈は思考されたものの究極的な思考で ある。それというのも法律学はひとつの実践的な科学であり、それはどのような法的 問題にも即時に解答を与え、法律の諸々の缺欠、矛盾もしくは不明瞭を援用して判定 を拒絶することができないからである。したがってそれは、その成立に協働して作用 している人々が法律を理解しているよりもうまく、あの人々によって意識的に差し込 まれているものよりも多く理解しなければならないのである。

  2 .法学的構成0 0は、数学、技術、文法上の構成と、歴史的構成と同じ方法論上の種 類のものである。すなわち、前もって思考的に分離化されたその諸部分からのひとつ の完全な構築、先行する諸分析からの総合である。それはある法的諸命題のある一定 の[ 9 ]法制度にとっての無矛盾性と完全性への試みである。それだからたとえば刑 法典の諸構成要件は、その保護のためにある一定の刑罰法規が発せられる法益を顧慮 して発せられるのである。たとえば背任罪([ドイツ]刑法第266条)は法的な処分権 の濫用もしくは【以上129頁……この表示の仕方は以下において同じ】信頼関係とい うもの侵害するものとして構成される。法学的構成は、たいていの場合において特定 された法を目的の視点のもとに行なわれる(法学的構成)。しかしまた、非 目的論的 構成、たとえば段階的に進展する法律関係としてのプロセスも存在しているのであ る。

  3 .最後に、法学的体系0 0は法秩序のより大きな部分を、もしくは全体を保証するの であり、これは個々の法制度を保障する。すなわち、個々の法命題のすべての進展は あるただひとつの理念に由来する法秩序全体か、もしくはその部分である、というこ とである。

 Ⅲ.これに対応して三種の法的諸概念が存在している。

  1 .法的に重要な諸概念0 0 0 0 0 0 0 0 0。すなわち法律上の諸構成要件がそれらから構築されてい

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る諸概念であり、たとえば窃盗罪(刑法第242条)の場合における「奪取」、「他人の、

動産」、「領得意思」である。このような諸概念は法学によって新たに創り出されるの ではなく、他の諸々の知識領域もしくは生活から受け継がれるのであるけれども決し て不変ではなく、法的な視点のもとではより明確に、より狭くもしくはより広く把握 されるたとえば生活と法における「所持」という概念を考えてみよ(民法第857 条)。

  2 .本来的な0 0 0 0、真正な法的諸概念0 0 0 0 0 0 0 0、すなわちそれらを介して法的諸命題の内容があ る概念形成の対象にされる諸概念である。これには個別的な主観的法[権利]、法的 諸義務、法的諸関係、法的諸制度が属する。これらの諸概念は(たとえば売買または 抵当権の概念というような)実定法から読み取れるか、もしくはそれらは実定法のど のような科学上の認識にも先行しており、実定法を科学的に理解するために適用され なければならない道具であり、それゆえにどのような個別的な実定法には属しておら ず、むしろ考え得るいっさいの法にとって妥当する。しかしそれらは内容的に規定さ れておらず、どのような自然法諸命題でもなく、純形式的な諸概念であり、法の実践 的な諸問題への普遍妥当的な諸解答ではなく、それが法としてそもそも認識するため にはいっさいの法に対して提示することが根拠づけられている問いにすぎない。この ような「先験的な0 0 0 0」法的諸概念0 0 0 0 0、法のこのような認識諸カテゴリーは主観的法[権利]

と法的義務、適法性と違法性、公法と司法というような一般的な[10]諸概念である。

このような先験的な法の最も一般的であるような諸概念が、「法の一般理論0 0 0 0 0 0」 の対象である(とくにアドルフ・メルケル(Adolf Melkel←。『法学百科事典(Juristische Enzyklopädie)』、初版1885年)。実証主義の時代には、法の一般理論が法哲学にとっ ての代替物と、「実定法の哲学」とみなされた。(法的諸概念の種類【130】については、

Radbruch, Handlungsbegriff, 1904, S. 29 ff. [GRGA Bd. 7, S, 75 – 167, 289 – 301])。

文献: Radbruch, Arten der Interpretation, im Recuiel d'études sur les sources du droit en l'honneur de Fr. Gēny, Tome 2; Klassen und Ordnungsbegriffe, Ztscr. f.

Theorie des Recht, Jahrg. 12, 1938.

第二節 法史と比較法0 0 0 0 0 0

 Ⅰ.法史0 0は法の存在、生成および作用をその対象としてもつ。それは法の内在的な 展開に自らを制限するが、しかしそれは法の他の文化的諸現象との相互関係をも究明 するか、もしくはある時代の法を精神史的にこの時代の文化の全体から解釈的に理解 する。

 Ⅱ.法史が法的諸状態の時間的な並行関係を対象としているとすれば、比較法0 0 0

(14)

様々に異なっている諸民族の法秩序の並行関係を描出する。文化的諸民族の諸法が比 較される限りで、このことは法政策な意図のもとで行なわれる(一五巻からなる記念 的な作品『ドイツ刑法と外国刑法との比較的描出、ドイツ刑法改正のための予備的作 業(Vergleichende Darstellung des deutschen und ausländischen Strafrechts, Vorarbeiten zur deutschen Strafrechtsreform)』参照)。これに対して比較法が「民俗 学的法律学」として原始的な諸民俗の法を究明する限り、それは同時に、このような 原始的諸状態から文化的諸民族の法的発展の前史を構築することを追求しているので ある。すなわち、法史は、その場合では普遍的な法史に流れ込むのである(モンテス キュー(Montesquieu)の『法の精神(Esprit des Droit)』、1748年;フォイエルバッ ハ(Feuerbach)1775 1883年; ヘ ン リ ー・ サ マ ー・ メ イ イ ン(Henry Summer Maine)←; ヨゼフ・コーラー(Josef Kohler)←1849 1919年;Radbruch, Schweiz, f. Strafr., Bd. 54, 1940, S. 22 ff., 参照)。

 Ⅲ.普遍的な法史は普遍史的な諸経過の特定された諸類型を固定することができる と考えているのであり、それらから次の点が強調されよう。

  1 .原始共産主義から私的財産へ。

  2 .母権から家父長家族へ、[11]同族結婚から異族結婚(略奪婚と売買婚)へ一 夫多妻制から一夫一妻性へ(J・J・バッハオーフェン(J. J. Bachofen)、Fr. エンゲ ルス(Fr. Engels)、A・ベーベル(A. Bebel)。

  3 .身分から契約へ←(ヘンリー・サマー・メイイン(Henry Summer Maine)。

すなわち身分に根拠づけられた法秩序から自由契約、すなわち法成員に固有の意思に 根拠づけられた法秩序へ。

  4 .「共同社会(Gemeinschaft)」から「利益社会(Gesellschaft)」←へ(フェルデ イナント・テンニース(Ferdinand Tönnies)←すなわち共同生活の全体的な、有 機的な諸形式から原子的な、個人主義的な諸形式へ。【131】

  5 . 氏 族 復 讐 か ら 公 刑 罰 へ の 刑 法 の 発 展( テ オ ド ー ル・ モ ム ゼ ン(Theodor Mommsen)ほか、『文化的諸民族の最古の刑法について(Zum älersten Strafrecht der Kulturvölker)』、1905年。 ラ ー ト ブ ル フ(Radbruch)、『 刑 法 雅 論(Elegantiae juris criminalis)』、1938年、 1 頁以下[GRGA Bd. 4, 10, 11])。

 普遍的法史もまた法哲学として把握された(コーラー(Kohler)の『新 ヘーゲル 主義(Neu Hegelismus)』参照)。

第三節 法社会学0 0 0 0

 Ⅰ.個別的な諸々の法秩序と法的状態および一回きりの法的展開を扱う法史と比較

(15)

法とは異なって、法社会学は法と社会的な世界における法生活の一般的な法則もしく は、さなきだに類型的な諸発展を究明する。(前項で指摘された普遍史的な展開系列 は、これを法社会学にも組み込むことができる。)

 Ⅱ.最も重要な社会学的な法理論は、カール・マルクス(Karl Marx, 1818 1883年)

とフリードリッヒ・エンゲルス(Friedrich Engels. 1820 1895年)によって基礎づけ られた史的唯物論である。カール・マルクスによれば、利益社会の経済的な構造をな しているは、「そのうえに法および政治上の上部構造が聳え立っており、それに特定 された共同社会の意識諸形式が相応している実在的な基盤である。実質的な生活の生 産様式が法政策および精神的な生活過程一般を条件づけるのである」。経済的基盤の 変動とともに「巨大な全上部構造は徐々に、もしくは急速に転倒する」←。(諸理念は、

それらがこのような仕方で条件づけられている限りで、イデオロギーと呼ばれる。)

 史的唯物論 テーゼは、いっさいの展開を精神の発展に還元するヘーゲルの見解の 逆転である。彼の見解によれば、存在は意識に依存しているのであり、これとともに 彼は(マルクスによれば)「諸物を頭の上に置いている」のである。マルクスは、彼 が意識を存在から説明するというようにして、「それを再び足の上に立たせた」←。

けれどもマルクスは、「理念的なものを人間の頭のなかに置き換えられ、移し変えら れた物質として」←特徴づけ、これとともに理念的なもの、たとえば法は、ともかく も物質的なものとはいくらかは別のものでる。すなわち単なる仮象では決してなく、

物質的なもののひとつの新しい形式への、ある一定の文化形式への、たとえば法的な ものの形式への置き換え、移行[12]であることを示唆している。フリードリッヒ・

エンゲルスは後にマルクスと彼が「内容的な諸側面に対して形式的なそれらを無視し ていた」←ことを承認した。彼はこれとともに法に経済へのあらゆる依存性にもかか わらずある程度の自己法則性を認容し、さらには「歴史的な契機というものは、それ がいったん他の、最終的には経済的な【132】諸事実を通して世界に置かれるや否や、

いまやこれに反応もし、その環境およびそれに固有の諸原因に逆作用を及ぼすことが できる」←ことを承認した。それゆえに法の自己法則性とともに法的諸事実と経済的 なそれらとの間の相互作用というものの可能性が生ずる。「最後の審判」←としての みエンゲルスは、諸理念、たとえば法学的思考形式を経済的な諸原因に還元しようと する。唯物史観がひとつのアプリオリなドグマの要求を高めることができず、むしろ 特別な稔り豊かさの方法もしくは仮説にすぎないということが付け加えられるなら ば、これとともにこのような理論はその真なる意義へと還元される。

 経済的な諸原因の法の自己法則性との協働にとってのひとつの具象的な例は、同盟 の自由の展開である。上昇しつつあるブルジョアジーはそれ自体の経済的利益におい て団体の自由を戦い取る。しかし彼らは法的なものの形式において、言い換えれば、

(16)

万人にとってひとつの等しい自由として、一般性という形式において団体の自由を要 求し、そして達成したのである。このように法形式を纏うことは、同盟の自由がブル ジョアジーの経済的利益を超えてプロレタリアートにとっても利益になり、労働組合 の同盟の自由という形態において、団体の自由がその利益において貫徹していたまさ にこのブルジョアジーに対するひとつの闘争手段にさえなったということをともにも たらした。このようにして法形式の自己法則性は、これに役立つことを求める経済へ のひとつの逆作用に導いたのである(Radbruch, Klassenrecht und Rechtsidee i. d.

Zschr. f. soz. Recht, 1929.[GRGA Bd. 2, 477 484])。

 法についての最も価値のある作品はカール・レンナー(Karl Renner)の本『私法 の法的諸制度とその社会的機能(Die Rechtsinstitute des Privatrechts in ihren sozian Funktion)』(一九二九年)である。唯物史観に対して批判しているのは、とりわけル ドルフ・シュタムラー(Rudolf Stammler)←である。法の形式なしにはどのような 経済秩序も考えることができないことから、法はもっぱら経済の一産物ではあり得な い、というのである。理念的なものの経済的なものへの逆作用にとっての一例を、マ ックス・ヴェーバー←(1864 1920年)がその有名な論文『プロテスタントの倫理と 資本主義の精神(Die protestantische Ethik und der Geist des Kapitarisumus)』←のな かで扱っている。

 Ⅲ.法社会学もまた実証主義の時代において法哲学として通用するという要求を高 め た( パ ウ ル・ バ ル ト(Paul Barth) ←,『 社 会 学 と し て の 歴 史 の 哲 学(Die Philosophie der Geschichte als Soziologie)』←。[13]

第四節 法心理学0 0 0 0

 社会学的な諸原因は個々人の心理を通した方法のうえでのみ有効になり得る。不法 の心理学、とくに【133】犯罪心理学は、われわれがここでもっぱらかかわっている 法の心理学としてより豊かに形成される。主観的な法[権利]の、客観的な法の心理 学と裁判官による判決の心理学とが区別されなければならない。

 Ⅰ.法的に保護された諸利益としての主観的な法0 0 0 0 0[権利0 0]が定義づけらなければな らないことから、そのなかで二つの最も強力な、すなわち自己の諸利益と法的および 倫理的な是認それどころか、倫理的義務の意識という、他では互いに敵対し 合っている勢力とが互いに結び合っているのであって、それというのもイエーリング

Ihering)←によれば、自己の権利を求める闘争は倫理的な自己主張のひとつの義務

←であり、法感情と良心とはひとつの神学的な対立に置かれているのであり、良心は 拘束し、法感情は私利私欲を解放するからである。そこから両者は本質において異な

(17)

っている性格に具現化されているのである。すなわち支配的な良心を伴なう人格性と 支配的な法感情を伴なうそれとが、柔和さと怒りっぽさとが、神聖なものと英雄的な ものとが、卑屈な奴と喧嘩好きな奴とが、善人と悪人とが明瞭に区別されるのである。

両 者 は「 心 配 類 型 」 に、 後 者 は「 憤 怒 類 型 」 ← に 具 現 さ れ る(Kornfeld in der Zeitschrift für Rechtsphilosophie, Bd. 1, S. 135 ff.)。法感情は特別な程度において偽 善もしくは自己欺瞞にさらされている。すなわち利己心、羨望と妬み、独善、闘争癖 と権力欲、復讐欲と他人の不幸を喜ぶ気持ちも法感情に変装しているのである。法感 情は病理学的な過大化に、苦情狂に傾いてもいるのである。さらにそれは個別的な事 例に付着しているのであり、たいていの場合では法にとって個別事例の一般化をなし ていない。とりわけそれはつねに現実的であるとは限らない想像上の法を対象として 有している。最後に法を求める闘争のための無制約的な義務についてのイエーリング の理論は、「良き法」ばかりでなく、「愛する平和」もまたひとつの価値を有している と い う こ と を 対 置 し て い る。(Riezler, Das Rechtsgefühl, 1928; Hoche, Das Rechtsgefühl, 1932; Radbruch in der Zeitschrift Die Tat, Juli 1914 参照。)

 Ⅱ.客観的な法0 0 0 0 0に対する服従は多様な動機に、刑罰を前にした畏怖、強制の予見、

よく理解された自己利益、秩序および公共の感覚、国家権力に対する忠誠、模倣、習 慣そして最後にまた法感情に基いているということがあり得る。さらに服従は法の全 面的に民族に固有の知見にではなく、むしろ国家意志に(神学上の「盲目的信仰(fides implicita)」←という類に従って)白地承認というものが分ち与えられるというとい うことに基いている。

 しかしどのような法秩序も、国民のなかで法を知っており、それ自体のために義務 づけているものとして承認しているひとつの0 0 0 0核心的な[14]集団、すなわち法曹階級 を用いることができない場合には、成り立つことができない。(Franz Klein, Die psychologischen Quellen des Rechtsgehorsams, 1912 参照。)【134】

 Ⅲ.国民の法服従とは異なって裁判官による判決0 0 0 0 0 0 0 0は、通例として法の知見と法の服 従に基づいている。しかし裁判官の心理学にも統制が可能ではない、因果的な諸動機 が混入することがあり得るということを、階級司法という非難が考えている。この非 難が意味しているのは意識的な法の捻じ曲げではなく、裁判官がブルジョアジーに、

そして教養層に属していることから生じ得る諸々の欲動による無意識的な影響が、あ の諸々の欲動の意識化を通して、たとえば、労働裁判所において職業裁判官が等しい 数において被雇傭者と雇傭者に付き添われ、彼らの意見表明のなかで階級対立が明瞭 に表明されることを通して最もうまく克服される。「実用主義運動」はアメリカ法学 の内部において科学的手段をもって裁判官の判決の諸動機を、とりわけ因果的な諸動 機の作用をも確認することに努めている。それは有名な上級の裁判官O・W・ホーム

(18)

ズ(O, W. Holmes)←の、裁判所が個別事例において何をなすのであろうかについて の予言より他の何ものでもないという要求のうえに根拠づけられる←。Angela Auburtin, Ztschr. f. öffl. Recht, Bd. Ⅲ. 1932, S. 529 ff., 参照。

 Ⅳ.法心理学もまた、真っ当な法哲学として承認されるという要求を高めたのであ る。Petrazycki, Über die Motive der Handelns, 1904参照。

第五節 ルドルフ0 0 0 0・イエーリング0 0 0 0 0 0(1818 1892年)

 ルドルフ・フォン・イエーリング(Rudolf v. Jhering)は、その諸作品のなかに 十九世紀の法学のすべての動因が統合されており、またそれ自体を超えて新しい法哲 学というものの将来的発展を指し示していることから、ここで格別に扱われなければ ならない。

 「ローマ法の精神0 0 0 0 0 0 0Geist des römisches Rechts)」のなかでイエーリングは、法を「国 民精神」に還元するという歴史学派の課題を実行した。しかしローマの国民精神は、

彼によって全く非ロマン主義的に規律化された利己主義と決然とした実行力として描 出される。

 その講演『権利のための0 0 0 0 0 0闘争0 0Der Kampf ums Recht)』(1878年)とその作品『法0 における目的0 0 0 0 0 0Der Zweck im Recht)』(1877年)は、すでに次のような動機によっ て特徴づけられる。すなわち「闘争において汝は汝の権利を見出すべきである」と「目 的は全法の創造者である」ということである。内的な諸々の闘争と矛盾のなかに生き るイエーリングの本性[15]にとって特徴的なのは、彼が長きにわたって、彼自身が 全法をひとつの意識的な目的創造であると言明するより前に、このような理論に対し て明確な批判を加えるとともに、すでにその限界線を引いていたということである。

著者の死後に彼によって編集されていた【135】『ファルクス(Falcks)法学百科事典』

(1851年)の288頁に、彼は次のように述べていた。「道徳的世界においてはもっぱら 合目的性という原理が支配しているのではなく、その現存がこの原理に負っている 諸々の法命題や法制度とならんで、いささかも目的としているのはなく、諸々の結果、

倫理的もしくは法的な根本的見方の諸発露であり、そこからあの尺度では全く測るこ とができない、これとは別のものも存在している。前(19)世紀では、このような過 誤がしばしば犯され、そしてこれを通して最も高貴で深遠なものが悪しざまに言われ ることがまれではなかった。」

 『諧謔と真摯0 0 0 0 0(Scherz und Ernst)』(1885年、だがこの本の核心はすでに1861年に 見られる)のなかでイエーリングは、『ローマ法の精神』のなかで彼自身によって提 唱された「概念法律学」を目的法律学という意味において批判した。概念法律学から

(19)

目的論的な法発見への回心のその契機と時期は、今日でもなお確認することができる

(H. Kantowicz, Deutsche Richterzeitung, 15. Januar 1914, 参照)。ローマの法律家パ ウルス(Paulus)によって学説集成(Digesten)18、 4 、21のなかである判定が伝 えられているのであるが、それによれば、売主は彼によって二回にわたって売られた 後に偶然によって紛失した財物について、二人の買主に売買価格を要求することがで きる←。イエーリングはこのような判定に賛同していた。人生の後期になって彼は実 際にこれと同じ事例の前に立たされた。当時では後に沈没した一隻の船の二重に売却 された負担分が問題となった。第一審はイエーリングの賛同を拠り所にしてあの学説 集成の箇所の意味において判定したのであるが、しかし第二審は控訴を棄却した。い まやゲッチンゲンの法学部が書類送付という方法でこの判定と取り組むことになっ た。「私の生涯のなかで」と、イエーリングは告白している、「この法律事件ほどに

当惑とまではほとんど言えない心情刺戟にさらされたものはない。理論的な 諸々の混乱がそもそもひとつの刑罰に値するならば、これが私には当時では十分な範 囲において分ち与えられていたのである。実際のところ、諸結果と判断には無頓着に、

そこに諸源泉を読み取るか、それとも帰結から引き出すことができると信じられるよ うな法命題を生活のなかに打ち立て、純理論的にそれと折り合うか、もしくはしかし それを適用にまで持ち来たらすかということは、別々のことである。イエーリングは 実際のところ、以前に表明されたその法的な見方とは反対の方向に判定している。こ の体験は他でも、[16]空想もしくは想起によって担われた法的諸事例のうえにのみ 支持することができる制定法とは違って、法律家をある実際的な個別事例についてそ の法的な見方の直接的な実在化を強いる事例 法の諸々の長所を明らかにするのに適 している。【136】

 イエーリングからは、比較法と法社会学への、自由法運動と利益法学への、リスト の近代的刑法学派と大学の講義における諸々の演習への稔り豊かな諸々の刺戟が発し ている。彼は、ヘーゲルの体系の崩壊の後の、哲学なき時代において、自らはいまだ 実証主義に捕らわれていたものの、それが次いでルドルフ・シュタムラー(Rudolf Stammler)(『正しい法の理論(Lehre vom richtigen Recht)』1902年)←を通して成 し遂げられているように、法哲学の革新というものの前触れの使者になっていたので ある。

文献:Wieacker, R. v. Jhering, 1942.

第六節 法哲学の0 0 0 0諸々0 0課題0 0

 Ⅰ.哲学の歴史は同時に様々に異なっているその諸々の課題の歴史である。これら

(20)

の課題にとっては、それらが、人々がそのつどの時代に応じて最も真摯な、最も深遠 な、そして究極的な諸々の問いに取り組んできたものとかかわっている。自然科学の 支配の時代、実証主義の時代では、それゆえに哲学には、経験的な諸科学の究極的な 諸認識をひとつの矛盾のない体系に結合するという課題が割り当てられた。法の一般 理論、普遍史および法社会学が、それゆえに哲学の代替物として、それどころか哲学 としてさえ論じられたのである。われわれの価値体系に同様に直面して、今日ではこ れに対して、哲学を諸価値についての学問として、当為についての学問として把握さ れた。そのようなものとしての哲学はわれわれに論理学において正しい思考を、倫理 学において正しい行為を、美学において正しい感情を教える。これに対応して法哲学 は「正しい法についての理論0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0Naturrecht mit wechselnden Inhalt)」←(ルドルフ・

シュタムラー)である。したがってこの理論は法の諸々の価値と目標を、法の理念と 理想的な法を扱うのであり、理想的な法を実現する諸々の可能性をその対象として有 している法政策にその継続を見出すのである。

 Ⅱ.経験的諸科学は存在と、存在していたものと、生成と関係しなければならない。

これに対して哲学は諸価値と、当為とにかかわる。経験的な諸科学は、必然的に生起 しているものを確定する自然諸法則を探究するのであり、法哲学は、それが残念なこ とにこれと同様に必ず生起するとは限らない場合であっても生起すべきであるものを 固定する諸規範を探究する。カントは、諸価値を現実から導き出すこと、当為を存在 的諸事実のうえに根拠づけること、自然諸法則を諸規範に改鋳することが可能でない ことを教えた。ある態度が正しいことを帰納的に経験的な諸事実のうえに【137】根 拠づけることはできないのであり、演繹的により高い、最終的には最高かつ究極的な 諸価値から導き出すことしかできないのである。諸価値の王国と諸事実の世界とは、

自らにおいて完結しているのであり、相互に重なり合うことなく並存しているのであ る。価値と現実との、当為と存在とのこのような関係は方法二元論0 0 0 0 0と呼ばれる。

 Ⅲ.正しい法についての理論は、数世紀を通して自然法0 0 0という名称を担ってきた。

古代ではこのような思想は自然と定立との対置のうえに(アリストテレス)、中世で は神の法から世俗的な法への対置のうえに(トマス・アクイナス)、近世では理性と 必然的な秩序のうえに(ヒューゴ・グロチウスからルソーまで)根拠づけられた。近 代はその理論を「社会契約0 0 0 0」説のうえに根拠づけた。社会契約は存在事実としてでは なく、むしろひとつの擬制的な尺度として見られなければならない。それはひとつの 現実的に締結された契約としてではなく、むしろ、国家および法秩序の正当性がそれ で測られるひとつの概念構成であるとしてみなされなければならない。すなわち当の0 0 国家と当の0 0法秩序は、それらが個々人のすべての任意な合意を通して成り立っていた と考えられるならば、よくかつ正しい、ということである。社会契約は個人主義的な

(21)

法思考のひとつの形式である。すなわち、それらが個々人すべての個人的な利益に相 応している場合にのみ、国家と法秩序は個々人間の契約というものを通して成り立っ ているものとして考えることができるのである。社会契約の個人主義的な思想はひと つの革命的な思想であった。この形式において個人主義的な法および国家の理念はフ ランス革命において勝利に達したのである。復古時代の後退とともに自然法の支配も 終わりを遂げ、それは歴史学派の支配によって解消された。

 自然法はその三つの時期において次のような共通の特色を有していた。

1 .自然法は自然のように、神のように、理性のように不変的であり、普遍妥当的で あって、すべての時代と民族に共通している。

2 .自然法は理性を通して一義的に認識することができる。

3 .自然法は、実定法をそれで測ることができる尺度であるばかりでなく、実定法が それと対立している場合には、それに代わって登場することが求められている。

 直ちに明らかにされる(次のIVを見よ)諸理由から自然法は普遍妥当的かつ不変 的であるとしてではなく、むしろ「変化する内容をもつ自然法0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0Naturrecht mit

wechselunden Inhal)」←(シュタムラー)としてのみみなされるのである。このよ

うな自然法がどの程度まで認識可能であり、それゆえに[18]これに逸脱する実定法 に取って代わることが適しているのかは、まさにこれに続くところ(第十、十二節)、

で論定されるであろう。【138】

 Ⅳ.法秩序は部分的に「人間の本性0 0 0 0 0」のうえに、部分的に法の理念のうえに、部分 的に法の素材のうえに根拠づけられる。人間の本性は法哲学の恒常的な要素であり、

事物の本性は可変的な要素である。

  1 .人間の本性0 0 0 0 0に法の理念は基いている。人間の本質は理性である。理性のうえに 根拠づけられた法の理念は、あのようにそれ自体として普遍妥当的であるが、しかし

(カントによれば)純形式的であり、それゆえに、このことを自然法が試みたように、

それだけから全法秩序を展開することができない。

  2 .概念としてはすでに古代に成り立っていた事物の本性0 0 0 0 0は、モンテスキュー

Montesquieu)によって関心の中心点に押し出された。その本『法の精神(Esprit

de lois)』は、「諸法律は事物の本性から導き出される必然的な諸関連である」という 言葉をもって始まる。(事物の本性については、ラートブルフのラウン(Laun)の ための記念論集のなかの、1947年に発刊が予定されている論文を;Rechtsidee und Rechtsstoff in Kant Festschft, Archiv für Rechts und Wirtschaftsphilosophie 1924,参 照)。

 a) 「事物の本性」という言い方における「事物0 0」←が意味しているのは法の素材、

材料であり、「立法の諸々の実体」(Eugen Huber, Ztschr. f. Rechtsphilosophie, Bd.

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