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史跡・天然記念物 旧相模川橋脚の保存整備

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Academic year: 2021

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1.はじめに

史跡旧相模川橋脚は、大正15年(1926)に史蹟名 勝紀念物保存法によって指定された史跡であるが、

指定後87年経た平成25年には新たに天然記念物とし て指定された。これは一つの文化財が異なる種類で 各々指定を受ける重複指定の事例となる。ここでは 価値の多様性を示す重複指定を受けた旧相模川橋脚 について、その保存整備の経過や旧相模川橋脚の評 価、重複指定後の動きについてみてみたい。

旧相模川橋脚が位置する茅ヶ崎市は、首都圏に位 置する神奈川県のほぼ中央南に位置しており、南は 相模湾に面し、西では南流する相模川に接している。

地形的には北部の台地地形と南部の低地に分けら れ、さらに低地は砂丘地帯と相模川によって形成さ れた自然堤防地形に分けられる(図1)。市域の面 積は、35.76㎢を測る。茅ヶ崎市は昭和22年(1947)

に人口約4万人で神奈川県において8番目の市制を 施行したが、東京より50㎞の位置にあたることから 首都圏に通う人口は多く、ベットタウンとして高度 成長時期より都市化が進んできた。また海や台地・

丘陵などを中心とした自然が残り「湘南」のブラン ドとともに人口は241,946人(2019.11.1現在)と増 加している。市の財政規模は、平成31年度で一般会 計約713億円、特別会計約230億円の合計約943億円 である。一般会計のうち文化財関係予算は約1億5 千万円で、平成27年に史跡指定を受けた下寺尾官衙 遺跡群に関する保存整備費が約1億円と多くを占め る。

茅ヶ崎市における文化財のうち現在指定されてい る文化財は43件で、内訳は国4件、県9件、市30件 である。また登録文化財は、国の4件がある。埋蔵 文化財については周知の遺跡が216 ヶ所を数え、時 代は旧石器時代から縄文、弥生、古墳、古代、中世、

近世、近現代に亘る。

明治15年  の流路

旧海岸線 00 11

km km

旧相模川橋脚 旧相模川橋脚

相模川の流路変化

図1 旧相模川橋脚の位置

史跡・天然記念物 旧相模川橋脚の保存整備

-価値の多様性を示す重複指定を受けた旧相模川橋脚-

大村 浩司 

(茅ヶ崎市教育委員会)

(2)

2.旧相模川橋脚の概要

(1)出現と保存

旧相模川橋脚は、大正12年(1923)9月1日の関 東大震災と翌年1月15日の余震によって現在の茅ヶ 崎市下町屋1-551-2に位置する水田に出現した もので(図2・3)、知らせを受けて現地の調査を おこなった歴史学者沼田頼輔によって、源頼朝の家 臣稲毛重成が 建久9年(1198)に当時の相模川に 架けた橋と考証された。遺跡が地震で出現するとい う現象は、全国的にも稀有な事例だと思われるが、

加えて出現した遺跡内容も鎌倉時代の橋遺構という 数少ないものである。大正15年(1926)10月20日に 国史跡に指定されるが、これは神奈川県内において は7番目の指定であり、令和2年で指定から94年を 迎えている。なお、指定面積は1879.53㎡である。

(2)位置と立地

旧相模川橋脚は茅ヶ崎市の南西部にあたり、現在 の相模川より西約1.5㎞に位置している。前述した とおり茅ヶ崎市の地形は北部の台地・丘陵地形、南 部の砂丘や自然堤防地形を中心とする低地に分けら れるが、旧相模川橋脚は低地の自然堤防や旧河道部 分に該当する。明治15年(1882)の地図に示された 流路をみると河口部は大きく東に曲がり、枝分かれ しており、周辺には中島や柳島という地名もあるこ とからかつての地形を表わしている(図1下段)。

こうしたことから鎌倉時代の相模川の流れを考える と現在より東側を流れていたことが推測でき、枝分 かれした中の1本が本地点を流れていた可能性が高 いと思われる。

3.保存整備の経緯と経過

(1)経緯

大正15年(1926)に国の史跡指定を受けた相模川 橋脚は、多くの方の努力によって保存されてきたが、

出現から80有余年が過ぎた段階で露出部分での腐朽 が進行していることが明らかになった(図4)。茅ヶ 崎市教育委員会では、これに対し当面劣化を止める

応急処置をおこなう目的で、平成10年度と平成11年 度に神奈川県教育委員会との話し合いを進め、平成 12年度に文化庁との協議を行った結果、旧相模川橋 脚はこれまで考古学的調査が行われていないことか ら、まず指定地内における橋脚の残存状態や下部構 造について発掘調査を実施し、あわせて関連分野の

図2 出現時の旧相模川橋脚1

図4 整備前の旧相模川橋脚 図3 出現後の旧相模川橋脚2

(3)

調査も行い、それらの結果を踏まえて橋脚の腐朽対 策のみでなく史跡全体の保存整備を進めることと なった。茅ヶ崎市ではこの内容を受け、平成13年度 から文化庁および神奈川県の協力を得ながら本格的 な保存整備事業を開始し平成19年度に完了した。

(2)旧相模川橋脚の発掘調査

発掘調査は、茅ヶ崎市教育委員会が担当し、平成 13年、16年、17年に実施した。調査実施にあたって は、保存池の水抜き、池底調査などを進めるととも に、低地における調査を円滑に行うために地下水を 常時汲み上げながら行った(図5)。調査の結果、

橋脚に関する知見や関連する土留め遺構を新たに発 見するなど、橋遺構としての詳細が明らかになった ほか、調査区における土層観察から、地震による液 状化現象の痕跡を把握することができた。また出現 後保存のために整備された遺構も確認でき、旧相模 川橋脚の保存にかかる歩みを知ることもできた。さ らに中世の土壙墓が発見されこの地が一時墓域で あったこと、出土した古代の土器・瓦類などの様子 から上流に古代遺跡が存在することなど多くの成果 を得ることができた。

(3)その後の経過

保存整備を進めるにあたっては、当初個別の整備 委員会等を設けず基本的に茅ヶ崎市文化財保護審議 会に諮りながら進め、必要に応じて有識者の指導助 言を受ける形とした。そして保存科学部門について は早い段階からの指導・助言を得ながら進めていた が、第2次確認調査において橋脚に関係する遺構が 新たに発見されたことから「国史跡旧相模川橋脚調 査検討委員会」を設置し、調査方法、調査内容の検 討、遺構の性格・時期・取扱いなどに加え、保存整 備に関する助言・指導を得て実施した。通常、史跡 の保存整備にあたっては保存管理計画等を作成し取 り組む事例が多いが、旧相模川橋脚については腐朽 が進行していることから、その対策を入れ込んだ整 備を急ぐという背景があり、平成13年度の第1次確 認調査の結果を基に平成14年度に基本方針を作成 し、併せて基本構想・基本計画も策定した。また平

成15・平成16年度の2ヶ年で橋脚(橋杭)保存整備 実施設計と史跡環境整備実施設計を策定した。そし て翌平成17年には、第3次確認調査の結果を踏まえ、

一部実施設計の変更を行い3ヶ年の予定で整備工事 に着手した。

整備工事中の平成18年度には、第2・3次確認調 査によって新たな遺構が確認され、調査検討委員会 で旧相模川橋脚に係わる遺構として評価されたこと から、史跡範囲等の追加指定の手続きを行うととも に、これまで定められていなかった史跡管理団体指 定の手続きも行った。また平成18年は史跡指定80年 を迎える節目の年であったことから、記念事業とし てシンポジウム「旧相模川橋脚を考える」を開催し た。さらに文化庁主催の「発掘された日本列島 2006」にも出展し公開普及に努めた。整備工事は平 成19年度に完了し、平成20年3月29日(土)正午よ り一般公開を開始した。併行して保存整備に伴う報 告(確認調査報告編、保存整備報告編、資料編)を 作成するとともにパンフレットとリーフレットの配 布も開始した。

4.旧相模川橋脚の評価

旧相模川橋脚は、史跡指定から87年を経た平成25 年に新たに天然記念物指定を受けることになり重複 指定を受ける事例となった。このように橋脚は史跡 として指定を受け保存されてきたが、その後天然記 念物としての評価を受けるなどその価値は一様では

図5 第1次確認調査風景

(4)

なく多様であることが窺える。

そこで旧相模川橋脚が持つ価値についてみてみた い。なお、前述したとおり保存活用計画は策定され ておらず、本質的価値として明確に記述されている ものは無いが、調査検討委員会などで評価や整備活 用を進める中で得られた内容を中心に以下にまとめ た。

(1)史跡としての評価(遺跡が持つ価値)

1)鎌倉時代の橋遺跡

橋脚(橋杭)は調査で10本確認され、東西方向の 3本が一対となり、南北方向に4組が並ぶ規則的な 配置が確認された(図6)。使用木材はヒノキで直 径48 ~ 69㎝、長さは残存が3m65㎝で、下部は細 くなり手斧痕が確認されたほか、上部には四角い加 工痕がみられるものも確認された(図7・8)。橋 の方向は橋杭の配置から北東から南西方向に架けら れていたと考えられ、川は北西から南東に流れてい

たと推測される。橋の規模は橋幅が約9m、長さは 40m以上あったと推測される。また新に発見された 土留め遺構は、厚板2枚と角柱6本、それに礫で構 築されているもので、東西方向に約13m以上の長さ を有しており、その形態から川岸の土留め(護岸)

のために造られた可能性が強く、橋を架けた時と同 じ か 少 し 新 し い 時 期 の も の と 推 測 さ れ る( 図 9・10)。また使用された材料は再利用されたもの と思われ、元々は船材であったと考えられる。なお 厚板と礫の間からは初鋳年が10世紀中~ 12世紀初 めの古銭(開元通寶・元豊通寶・元祐通寶・大観通 寶)が出土しており、土留めを構築する際に埋納さ れた可能性が高い。

旧相模川橋脚は、交通遺跡として道を考える上で 重要であるほか、橋遺構や護岸遺構などは当時の土 木技術を考えるのに欠かせない資料である。また架

図7 橋脚の下部状況

図8 橋脚の加工状況

0 10

m

  小   出

  川   堤

  防

橋杭10 大正期護岸遺構

土留め遺構

橋杭9

橋杭4 橋杭2

橋杭5 橋杭6

橋杭7 橋杭8

橋杭3 橋杭1

大正期護遺構

護岸遺構

調査範囲と発見遺構

図6 調査区と遺構配置概念図

(5)

橋についても、技術力や資材の調達などの背景を考 えていくことで、当時の有力者のかかわりを推測す ることができ、この地に架けられた橋は、政治の中 心であった鎌倉から西に約15㎞の位置にあたり、当

時の西に向かう重要な道であった京往還であったと 思われ、鎌倉幕府と密接な関係を持つ橋だと考えら れる。

2)重層する遺跡

調査では、旧相模川橋脚の遺構が埋まっている地 層よりも上層で土坑墓が10基発見された。土坑墓か らは、人骨のほか副葬品と思われる古銭や土器が出 土しており、こうした資料から16世紀代に葬られた ものであることがわかり、この時期には当地が墓域 であったことを明らかにした(図11)。また下層か らは、古代遺物である土師器、須恵器、瓦などが出 土したが、これらの遺物は角が擦れて、丸みを帯び ていることから上流から流されてきたと思われ、上 流に古代遺跡が存在していることを想定させる。

このように旧相模川橋脚が架橋された場所には、

時代の異なる遺跡が重層していることが明らかにな り、土地に刻まれた歴史を明らかにした。

(2)天然記念物としての評価(地震痕跡が示す価値)

1)関東大震災の痕跡

大正12年(1923)9月1日午前11時58分、相模湾 を震源とする大地震が発生、マグニチュード7以上 の地震が5分間で4回も起き、関東各地に甚大な被 害を及ぼした。茅ヶ崎市でも民家だけでなく、駅や 学校なども含めた大部分の建物が全半壊の被害を受 けたと伝えられている。この地震によって水田に太 い木(橋脚)が何本も突き出てきたが、これは地震 で発生した液状化現象によって浮かび上がったもの

0 5m

礫積み

礫積み

礫積み

(礫積み:裏込め)

かすがい

角柱1 角柱2 角柱3

角柱4 角柱5 角柱6

厚板東側 厚板西側

橋杭10 橋杭9 橋杭1 角柱1 角柱2 角柱3

角柱4

角柱5 角柱6

厚板東側 厚板西側

A

A'

A A'

0.00 -2.00

図9 土留め遺構平面・立面図

図11 重層する中世土坑墓群 図10 中世土留め遺構

(6)

で、関東大震災の様子を示す痕跡である(図12)。

各地に甚大な被害をもたらした関東大震災だが、橋 脚を出現させたこの現象だけは、これまで存在すら わからなかった遺跡を明らかにするという有益な働 きをした事例と考えることもできる。

2)液状化現象の状況と保存

出現した橋脚は、液状化現象の状況を如実に表わ しており、発掘調査では、噴砂の痕跡や変形した地 層が各所で確認され、液状化を起こした膨大なエネ ルギーの様子を示していると言える(図13)。現地 を踏査した沼田頼輔は、歴史遺産として橋脚の位置 や出現状況を実測し記録を作成すると同時に、地震 によってせり上がった橋脚の状況についても記録を 残している。具体的には9月1日の地震と翌年1月 の余震における橋脚の上がり具合について、橋脚に 残されていた汀線の痕跡を基に記録を作成している

(図14)。

関東大震災の痕跡を残すものは、 段々少なくなっ てきているが、旧相模川橋脚はこうした地震によっ

て生じた液状化のすごさが生々しく伝わる状況を残 しており、特徴のある地質現象を示す天然記念物と して評価される。

(3)文化財保護の歩みを知る資料としての評価 1)初期の保存整備と活用

前述したとおり、出現後現地を訪れ調査を行った のは歴史学者の沼田頼輔で、沼田は出現したこれら の木柱(橋脚)を歴史的遺産として捉え『吾妻鏡』『保 暦間記』などの文献史料から、相模川に架けられた 相模橋の橋脚であると考証するとともに、この遺跡 の保存にも尽力した。またこの沼田の動きを受けて、

内務省地理課文化財調査委員であった柴田常恵も現 地の調査を実施し、保存に向けての動きを行った。

こうした状況を受け、本遺跡は、まず大正13年(1924)

4月25日に神奈川県によって仮指定され、2年後の 図14 沼田頼輔が作成した図面

図13 液状化で橋脚の周りに噴出した砂

図12 出現後の橋脚の様子3

(7)

大正15年10月20日に国史跡に指定されることとな る。出現後7カ月で仮指定を行うなど、保存に対す る取り組みは、震災後の混乱時期にありながら素早 い動きであったと思われる。

史跡指定された旧相模川橋脚は、指定後に保存の ための整備(初期保存整備)が進められたが、計画 内容は橋脚の周辺に周堤を築き保存池を設け橋脚を 水漬にして保存するものであった(図15・16)。神 奈川県に保管されていた当時の設計書では周堤に加 え覆屋が計画されていたが、何かの都合で実現され なかった。当時の整備状況の様子を示す写真も残っ ていたが、発掘調査ではこの初期保存池の周堤や護 岸のための杭列を発見し、水田だったこの場所に保 存池が造られていたことを確認することができた

(図17)。

初期保存整備後には広く公開普及にも努めてお り、昭和7年(1932)に作成された「神奈川県鳥瞰 図」には橋脚が記されており、その存在を広く知ら しめていた。このほか絵はがきにはたびたび紹介さ れ、茅ヶ崎の観光名所として定着していたようで、

観光資源という考えをいち早く取り入れている事例 と思われる。

2)地域によって守られてきた史跡

昭和40年(1965)には史跡の隣接地を所有した民 間企業が中心となって、保存池の改修(第二期保存 整備)を行われたことが新聞に掲載されており、調 査 で も 関 連 す る 遺 構 を 確 認 す る こ と が で き た

図15 初期保存整備の様子

図17 確認された初期保存池周堤遺構 図16 整備された保存池(下は絵葉書)

図18 第二期保存整備の保存池

(8)

(図18)。この折に保存池周辺に桜が植樹されている。

また地元の青年団が中心となって橋脚に防腐剤を塗 布していたことが伝えられているほか、篤志家に よって沼田頼輔が詠んだ漢詩を刻んだ「湘江古橋行 の碑」も建てられるなど、多くの人達の活動によっ て保存されてきた(図19)。

旧相模川橋脚には、こうした指定後の保存活用に 取り組んできた資料が残されており、文化財保護の 歩みを知ることのできる遺跡としても評価できる。

(4)数少ない重複指定

旧相模川橋脚は、史跡と天然記念物という異なる 視点から評価され、各々の文化財指定を受けている。

このように一つの文化財が、異なる内容で指定を受 ける事例は重複指定として認識されているが、この うち旧相模川橋脚と同様に、史跡と天然記念物の指 定を受けているものは、全国で9件と少なく、この ことも旧相模川橋脚の持つ価値であると言える。

史跡と天然記念物の重複指定を受けている事例を みてみると、双方が同時に指定されているものが5 件、別の時期に指定されたものが4件である。また 指定された時期をみると、戦前が6件、戦後では昭 和2件、平成1件である。このうち平成の1件が旧 相模川橋脚で、当初の史跡指定から87年後に天然記 念物の指定を受けたものである(図20)。

4.保存整備の内容と重複指定後の動き

前述したとおり、保存整備事業は平成13年より開 始されたが、平成14年に作成された保存整備の基本 方針では以下の3項目が掲げられている。(1)国 指定史跡であることを重視し、橋脚および橋脚を支 持する地盤とも現地から動かさず、かつ破損しない 整備を行う。(2)橋脚の保存処理は、腐朽の進行 を止め現状を保存する方法とし科学的処理は行わな い。したがって、今回の方法は、恒久的な保存とな らないことから当面の保存法とし、定期的な観察を 行う。(3)本史跡は、保存池とともに憩いの場と して市民に親しまれており、その景観を大きく変化 させないように配慮する。

この方針を基に行われた整備は、橋脚の保存につ いては、腐朽がこれ以上進まないようにコンクリー ト製のピットで覆い、内部には湿潤状態を保つ充填 剤を満たし密閉を図った。しかし、この方法では実 物の橋脚を見ることができなくなるので、上部に精 巧な模型を製作し位置や傾きを正確に設置し、出現 時の景観を復元することとした(図21・22)。また 史跡周辺環境の整備については、整備前の景観を意 識して池を設けたが、この池の形は発掘調査で明ら かになった初期保存池を意識した。さらに、説明板 や遺跡解説模型、サインモニュメントなどを設置し、

理解を深められる様に配慮した(図23)。

これらの方針や方法は、天然記念物の指定を受け る前に史跡としての旧相模川橋脚を中心に検討作成 されたが、検討過程において旧相模川橋脚が持つ価

図19 建立された「湘江古橋行」の碑

図20 史跡と天然記念物の二本の標柱

(9)

値の中に、前述した橋遺跡としての歴史的評価に加 え、液状化などの地震痕跡、保存の歩みを知ること のできる近現代遺構などの価値についても評価され ていたことから、整備では橋脚自体を抜き出し保存 処理を行うことを避けたほか、液状化による出現状 態を正確に復元するという内容となった。このこと は、新たに指定を受けた天然記念物に関しても十分 にその価値を活かした整備であったと言える。

また重複指定を受けた後は、パンフレットの改定 を行い、史跡と天然記念物の異なる内容で指定を受 けた文化財として理解できるように努めている。ま た天然記念物指定を記念して「出現90年シンポジウ ム 旧相模川橋脚の意義を考える」を開催したが、

シンポジウムでは旧相模川橋脚が有する多様な価値 について触れながら保存活用を考えていくことを目 的とした。さらに地域における小学校との連携を図 り、旧相模川橋脚を教材とした授業を教員と共同で 実施している。

しかしながら、天然記念物としての旧相模川橋脚 に関する本質的価値および構成要素については、定 まっていないことから今後の保存活用を進めるに は、天然記念物を意識した保存活用計画が必要であ る。加えてその検討の際には、重複指定された文化 財に対する考え方や今後の保存活用についても、触 れていくことが必要だと思われる。

5.多様化する旧相模川橋脚の価値

旧相模川橋脚は、そもそも地震によって出現した という珍しい遺跡であり、それまで存在すら知られ ていなかった遺跡は、その出現によってわれわれに 多くのメッセージを伝えてくれている。

震災後という混乱した状況下にありながら、地元 からの連絡を受け、いち早く歴史的遺産であることを 考証し、保存の道筋をつけた沼田頼輔や柴田常恵、

神奈川県等の活躍によって、今日私たちはその存在 を知ることができ、往時の交通路、土木技術、さらに 政治的背景などを考える資料を得ることができてい る。現状保存の重要性をあらためて感じさせられる。

また出現から89年経った段階で、その原因となっ た地震について焦点が当たり、現状保存されていた 遺跡から地震の痕跡や、発生した液状化のメカニズ

レプリカ

盛土

保護ピット 旧保存池

水面

充填材

橋杭の実物

整備後の地表

図21 橋脚の保存計画図

図22 出現状態に設置された橋脚のレプリカ

図23 遺跡理解のための地形模型と地図

(10)

ムを知る資料が包含されていることに対して、天然 記念物として新たに評価されることとなった。これ は時代や社会の変化にともない旧相模川橋脚に対し て新たな視点が加わったという背景があると思われ る。このことは、一つの文化財が一様な解釈だけで なく多様な解釈で評価される可能性を示している。

したがって、史跡(遺跡)にはこうした多様性があ ることを十分に意識していくことが大切である。ま た遺跡が持つこうした多様性については、現時点に おける多視点の解釈に加え、経過する時間によって も変化が生じる可能性があり、新たに加わる評価に ついては、将来(20 ~ 30年)の可能性を見据えた 取り組みが必要になってくると思われる。

旧相模川橋脚は、現在桜の名所としても知られて おり茅ヶ崎市における「ちがさき景観資源」にもなっ ている。このように旧相模川橋脚は、単に史跡や天 然記念物の指定を受けた文化財というだけではな く、多様な価値を潜在的に秘めており、地域におけ る大切な資源になるものだと思われる。こうした視 点を持ちながら、旧相模川橋脚の保存活用を進め、

後世に継承しつつ未来に向けて多様な価値を育てて いくことが必要だと思われる。

【参考文献】

1) 沼田頼輔 1924「震災に由って出現した相模河橋脚 に就いて」『歴史地理』43-3 日本歴史地理学会 2) 大村浩司ほか 2008『史跡 旧相模川橋脚』茅ヶ崎市

教育委員会

3) 大村浩司 2009「旧相模川橋脚にみる文化財保護の 歩み」『地域と学史の考古学』杉山博久記念論集

図の出典

図2・3・12  『柴田常恵写真資料目録1』より 図-14 『歴史地理第43巻第3号』「震災に由って出現し

たる相模河橋脚に就いて」より転載 図-15 小島保彦氏所蔵

図-16上段 『写真集 緑萌える日々』より転載 その他は、茅ヶ崎市教育委員会

図24 保存整備された旧相模川橋脚

参照

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