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︒ ﹁ 長 屋 王 家 木 簡 ﹂ の 出 土 で す ︒ こ の 木 簡 群 は

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− 1 −

     

ご  あ  い  さ  つ

  一 九 八 八 年 ︑ 平 城 宮 跡 東 南 部 に 近 い 平 城 京 内 の 発 掘 調 査 で

︑ 貴 族 の 邸 宅 遺 構 と と も に 三 万 五 千 点 に 及 ぶ 木 簡 が 発 見 さ れ ま し た

︒ ﹁ 長 屋 王 家 木 簡 ﹂ の 出 土 で す ︒ こ の 木 簡 群 は

︑ そ の 地 を 長 屋 王 邸 跡 と 確 定 さ せ ︑ こ れ に 続 く 二 条 大 路 木 簡 の 出 土 と あ わ せ て ︑ 日 本 古 代 史 像 を 書 き 換 え る ほ ど の 衝 撃 を 与 え ま し た

︒   今 年 は ︑ そ の 長 屋 王 家 木 簡 が 出 土 し て か ら ち ょ う ど 二

〇 年 と な り ま す ︒ 今 回 は こ れ を 記 念 し て

︑ 実 物 の 長 屋 王 家 木 簡 を ご 覧 い た だ く 展 示 を 企 画 致 し ま し た

︒ 保 存 上 の 観 点 か ら ︑ そ れ ぞ れ 二 週 間 ず つ の 展 示 と な り ま す が ︑ 奈 良 時 代 の 息 吹 を 感 じ て い た だ け れ ば 幸 い で す ︒   終 わ り に

︑ 今 回 の 展 示 の 開 催 に あ た っ て ご 後 援 を い た だ き ま し た 読 売 新 聞 大 阪 本 社 に 対 し

︑ 篤 く お 礼 を 申 し 上 げ ま す

︒    

   

二〇

〇八 年一

〇月

   

         

独立 行政 法人 国立 文化 財機 構

             

奈 良 文 化 財 研 究 所 長

例  展 

調

調

調

田  辺   

征  夫

長屋王邸位置図

長屋王邸

(3)

− 2 −

長 屋 王 家 木 簡

  今回 展示 する のは

︑平 城京 跡左 京三 条二 坊一

・二

・ 七・ 八坪 の発 掘調 査で 見つ かっ た長 屋王 邸跡 から 出 土し た木 簡群 であ る︒ この うち 特に

︑八 坪東 南隅 で 検出 した 全長 二七

・三 mの 南北 溝状 土坑 SD 四七 五

〇︵ いわ ゆる 木簡 溝︶ から 出土 した 約三 万五 千点 の 木簡 群を

﹁長 屋王 家木 簡﹂ と呼 称し てい る︒ また

︑ 関連 する 木簡 は邸 内の 井戸 SE 四七 七〇 や七 坪内 か ら六 坪へ と流 れる 蛇行 溝S D一 五二 五・ SD 四一 五

〇な どか ら計 約三 百点 以上 出土 して おり

︑こ れら も あわ せて 展示 する

︒   木簡 には 邸宅 内に いた 人々 に日 々の 米飯 を支 給し た伝 票が 多く

︑そ の支 給の 宛先 とし て︑ 長屋 王の 家 族や 彼ら に仕 えた 人々 が現 れて いる

︒ま た長 屋王 家 の所 領か ら食 料な どを 進上 する 際の 木簡 もあ る︒ そ こか らは 長屋 王家 の食 卓の 様子 を垣 間見 るこ とが で きる

︒さ らに

︑長 屋王 家木 簡が 画期 的で あっ たの は 歴史 分野 にお いて のみ にと どま らな い︒ 古代 の日 本 語の 実態 が読 み取 れる もの もあ り︑ 国語 学・ 国文 学 にも 大き な影 響を 与え てい る︒   また

︑木 簡の 点数 のう ちの 大多 数を 占め る削 屑も 長屋 王家 木簡 の特 徴を 示す には なく ては なら ない も ので

︑あ わせ て展 示す る︒

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− 3 −

﹁長 屋親 王宮

﹂に 送ら れた 鮑 の荷 札︒ この 木簡 の出 土が

︑調 査地 が長 屋王 邸で ある と判 断す る根 拠の 一つ とな った

︒長 屋王 は天 武天 皇の 孫で

︑高 市皇 子の 子︵ 後掲 の系 図参 照︶

︒令 の規 定 では 親王 と王 は区 別さ れて いる が︑ ここ では 親王 と記 され てい る︒ ある いは 鮑を 進上 した 人々 が︑ 長屋 王に 対し て敬 意を あら わし たの であ ろう か︒ 4・ 5・   長屋 王の 家族 に米 を支 給す る際 の伝 票木 簡︒ の 内親 王は 吉備 内親 王の こと で長 屋王 の正 妻︒ 草壁 皇子 と元 明天 皇の 間の 子で

︑兄 弟に は文 武天 皇や 元正 天皇 がい た︒ この 木簡 が記 載さ れた 頃︑ 彼女 は長 屋王 に匹 敵す る国 家か らの 給付 を得 てお り︑ 所生 の男 女は

︵長 屋王 自身 が皇 孫で ある にも 関わ らず

︶皇 孫と 同じ 扱い にす ると

   

長 屋 王 と そ の 家 族

  長屋 王家 木簡 には 長屋 王本 人の 名前 をは じめ

︑彼 の 複数 の妻 や子 ども など 様々 な家 族が 現れ る︒ 一つ の邸 宅内 に住 んで いた

︑奈 良時 代の 皇族 の姿 を彷 彿と させ る木 簡を 展示 する

︒ 1

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− 4 −

いう 命令 が出 るほ どで あっ た︒ の 竹野 王子 は後 に後 宮で 活躍 した 竹野 女王 のこ とで ある

︒長 屋王 の姉 妹で あっ た可 能性 が高 い︒ の 安倍 大刀 自は 長屋 王の 側室 の一 人︒ 長屋 王と の間 の子 であ る賀 茂女 王の 歌は 万葉 集に 収録 され てい る︒

長屋 王の 側室 の一 人で ある 12 石川 夫人 に糯 米︵ もち 米︶ や粟 を進 上す るよ うに との 命令 を記 した 木簡

︒勅 旨と は令 の用 語で 天皇 の命 令を 指す が︑ ここ では 単に 主人 に対 して の尊 敬語 とし て使 われ てい たと 考え られ る︒ 主人 は長 屋王 その 人で あろ う︒   長屋 王や その 妻た ちに 米な ど が支 給さ れて いる こと は︑ 当時 彼ら がこ の長 屋王 邸に 居住 して いた こと を示 す︒ 当時 の婚 姻形 態・ 家族 形態 を考 える 上で 貴重 な資 料と なっ てい る︒

12 5

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− 5 −

・ 

人差 し指 の末 端と 各関 節の 位置 に黒 16 23 い点 を打 って 本人 の識 別に 用い た木 簡︵ 画指 木簡

︶︒ この タイ プの 木簡 は長 屋王 邸で 初め て明 らか にな った

︒姓 がな く︑ 間隔 が狭 いの で︑ 子ど もの 奴婢 かも しれ ない

婢の 嶋女 の年 齢や 続柄 を記 した 木簡

︒素 29 性が 分か らな い人 々は 邸宅 内で 働か せて もら えな かっ たの であ ろう か︒

・ 

・ 

邸宅 内で 働く 人々 への 伝票 木簡

13 32 22 は長 屋王 邸に 詰め る子 ども たち 十四 人に 飯 13 米を 支給 した 木簡

は邸 宅の 垣を 造る 人三 32 人に

は土 師器 をつ くる 女性 やナ ベを つく 22 る人 に︑ それ ぞれ 米を 支給 した 木簡

︒長 屋王 邸に 勤め る人 のバ ラエ ティ をま ざま ざと 見せ つけ る木 簡た ちで ある

勤務 評定 に使 われ た木 簡︒

﹁二 田造 美知

21 は長 屋王 家に 仕え た下 級官 人︒ 長屋 王邸 は長 屋王 らに 仕え る役 人の 勤務 評定 を行 う場 でも あっ た︒ 下の 写真 を見 ると

︑木 簡の 側面 から 横に 孔を あけ てい るこ とが 分か る︒ 紐を 通し てカ ード のよ うに して 使用 され たと 考え られ てい る︒ 紙で は代 替で きな い機 能を 持つ

   

長 屋 王 家 を 支 え る 人 々

  長屋 王家 には 王家 を支 える ため の家 政機 関が 国家 か ら与 えら れて いた

︒長 屋王 家木 簡は その 家政 機関 によ って 記さ れた 木簡 群で ある

︒そ の家 政機 関に は王 家に 仕え た帳 内と 呼ば れる 下級 官人

︑技 術者

︑奴 婢な どさ まざ まな 人々 が勤 めて いた

︒こ こで 展示 する 木簡 から は︑ 王家 を支 える 多彩 な人 々の 姿が よみ がえ って くる

︒ 23 16

29

13

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− 6 − 21

22

32

21の側面にあけられた孔の様子

(8)

  長屋王年表 676(天武5)

694(持統8)

704(慶雲元)

707(慶雲4)

709(和銅2)

710(和銅3)

710(和銅3)〜717 715(霊亀元)

716(霊亀2)

718(養老2)

721(養老5)

724(神亀元)

729(天平元)

誕生。684(天武13)年に誕生の説もある

(この年、藤原京に遷都)

無位から正四位上に叙せられる

(この年、元明天皇即位)

従三位に叙せられ、宮内卿に任じられる 式部卿に任じられる

(この年、平城京に遷都)

(霊亀3) このころが長屋王家木簡の時代 正妻の吉備内親王所生の男女を皇孫扱いとする 勅が出る

(この年、元正天皇即位)

正三位に叙せられる 大納言に任じられる

従二位に叙せられ、右大臣に任じられる

(この年、聖武天皇即位)

正二位に叙せられ、左大臣(太政官の首班)に 任じられる

吉備内親王が三品から二品に叙せられる    長屋王らは藤原宮子の尊号についての勅が公式 令と矛盾すると上奏し、聖武天皇はその勅を撤 回する

長屋王の変。長屋王自尽、吉備内親王は自経 夫妻は生馬山に葬られる

平群の里に眠る長屋王夫妻の墓

(左:吉備内親王、中央:長屋王)

(昭和25〜30年頃 中村一作氏撮影)

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  長屋王年表 676(天武5) 694(持統8) 704(慶雲元) 707(慶雲4) 709(和銅2) 710(和銅3)

710(和銅3)〜717 715(霊亀元)

716(霊亀2) 718(養老2) 721(養老5) 724(神亀元)

729(天平元)

誕生。684(天武13)年に誕生の説もある

(この年、藤原京に遷都) 無位から正四位上に叙せられる

(この年、元明天皇即位)

従三位に叙せられ、宮内卿に任じられる 式部卿に任じられる

(この年、平城京に遷都)

(霊亀3) このころが長屋王家木簡の時代 正妻の吉備内親王所生の男女を皇孫扱いとする 勅が出る

(この年、元正天皇即位) 正三位に叙せられる 大納言に任じられる

従二位に叙せられ、右大臣に任じられる

(この年、聖武天皇即位)

正二位に叙せられ、左大臣(太政官の首班)に 任じられる

吉備内親王が三品から二品に叙せられる    長屋王らは藤原宮子の尊号についての勅が公式 令と矛盾すると上奏し、聖武天皇はその勅を撤 回する

長屋王の変。長屋王自尽、吉備内親王は自経 夫妻は生馬山に葬られる

平群の里に眠る長屋王夫妻の墓

(左:吉備内親王、中央:長屋王)

(昭和25〜30年頃 中村一作氏撮影)

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隠伎 国︵ 現在 の隠 岐島

︶か らの わか めの 37 荷札

周防 国大 嶋郡

︵現 在の 山口 県周 防大 島町

46 から 届け られ た塩 の荷 札木 簡︒ 通常 の約 二倍 の幅 を持 つ︒ これ だけ 幅広 の荷 札も 珍し い︒

茄子 や冬 瓜な どの 漬け 物の 進上 状︒ その 44 他に もさ まざ まな 野菜 が長 屋王 邸に 送ら れて いた

︒旧 暦九 月の 日付 で季 節感 にも あふ れて いる

大根 や交 菜︵ 数種 の蔬 菜を 混ぜ 合わ せた 43 もの

︶を 進上 した 際の 木簡

︒山 背薗 司︵ 現在 の大 阪府 河南 町︶ から 届け られ た︒ 十二 月四 日の 日付 で進 上さ れて いる

牛乳 を邸 宅に 持っ てき た人 に米 を支 給し 39 た時 の伝 票木 簡︒ 牛乳 はそ の後 邸宅 内で 乳製 品に 加工 され

︑長 屋王 邸の 食卓 をに ぎわ した ので あろ う︒

大庭 御薗

︵現 在の 大阪 府守 口市

︶か らカ 38 ブラ を進 上し た際 の木 簡︒ 馬二 匹に 運ば せた こと が分 かる

︒   全体 とし て野 菜や 海産 物が 多く

︑肉 類が あ まり 見え ない のが 長屋 王家 の食 卓の 特徴 であ ろう

   

長 屋 王 と 食 卓

  長屋 王邸 には 様々 な場 所か ら米

・野 菜・ 牛乳 など 様々 な食 料が 木簡 とと もに 送り 届け られ た︒ ここ では その 食料 が送 られ てき た際 に使 用さ れた 送り 状や 荷札 を中 心に 展示 する

︒こ れら の木 簡か らは 長屋 王家 の食 卓に 思い を巡 らせ るこ とが でき る︒ 37

46

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− 10 − 38

39 43

44

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片岡

︵現 在の 奈良 県王 寺町

・香 芝 50 市︶ から 蓮の 葉を 進上 した 際の 木簡

︒ 片岡 にあ った 薗で 働い てい た人 々の 給 料を 請求 して おり

︑一 三〇

〇年 前の 雇 用関 係を 垣間 見る こと がで きる

木上

︵現 在の 奈良 県橿 原市 付近

53 から 糯米

︵も ち米

︶を 進上 した 際の 木簡

山口 御田

︵場 所は 不明

︶で 働く 人々 49 への 米や 塩の 支給 に関 する 木簡

長屋 王邸 に 馬を 管理 する 部 署が 58 あっ たこ とを 示す 木簡

︒信 濃・ 甲斐

・ 上野 出身 の人 々に 米を 支給 した 伝票 木 簡︒ これ らの 国は 古代 から 名馬 の産 地︒ 馬を 制す るも のは 国家 も制 する か︒

摂津

︵現 在の 大阪 府の 一部

︶に い 56 た︑ 税を 扱う 役人 が長 屋王 邸に 手紙 を 進上 した 際の 木簡

︒日 本で 最も 物資 が 集ま る港 があ る摂 津と 長屋 王家 との 密 接な 関係 をう かが わせ る︒ 一枚 の板 材 を二 枚に 割り

︑そ の間 に紙 の文 書を 挟 んで 機密 性を 高め てい る︒ この よう な 木簡 を封 緘木 簡と 呼ん でい る︒

﹁封

﹂ の字 の左 上が 一部 横に 白く 抜け てい る のは

︑木 簡に 紐が 結ば れ︑ その 上か ら 墨書 した こと を示 して いる

   

長 屋 王 家 の 経 済 基 盤

  長屋 王家 は畿 内近 国に あっ た所 領を はじ めと して

︑ 様々 な経 済基 盤を 持っ てい た︒ そこ から 食料 にと どま らず

︑様 々な 物品 が届 けら れた

︒こ こで 展示 する 木簡 から は長 屋王 家の 豊か で多 様な 経済 基盤 を読 み取 るこ とが でき る︒ 50

53

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− 12 −

49

58

56

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長屋 王の 移動 に付 き従 った 帳内

︵国 家 67 から 与え られ た従 者︶ らに 米を 支給 した 時 の伝 票木 簡︒ 通常 天皇 につ いて 用い る﹁ 幸﹂

︵み ゆき

︶の 文字 を用 い︑ しか も﹁ 行幸

﹂ では なく

﹁幸 行﹂ と記 す︒

﹁み ゆき

﹂と いう 訓を 意識 した 表記 であ ろう

︒ま た︑ 帳内 は 律令 では 親王 や内 親王 の従 者の こと をい い︑ 長屋 王の 従者 は該 当し ない はず だが

︑こ の 木簡 群で はほ ぼ帳 内と 記さ れて いる

︒ど れ も﹁ とね り﹂ と呼 ばれ てい たの であ ろう

︵親 王の 表記 につ いて は の木 簡も 参照

和風 漢文 で書 かれ た文 書木 簡︒ 長屋 王 61 家の 所領 の現 地責 任者 から の手 紙︒ 裏面 最 後の 文 字﹁ 宜﹂ は︑ 文末 にあ る こと か ら

﹁よ ろし く〜 べし

﹂と は読 まず

︑単 に﹁

〜 べし

﹂と 読む べき こと がわ かる

和風 漢文 で書 かれ た命 令︒ 主人 の口 頭 63 命令 が文 章化 され てい る︒

﹁価 を計 りて

﹂は 漢文 なら

﹁計 価﹂ と書 かれ るが

︑こ こで は

﹁価 計﹂ と日 本語 の語 順で 記さ れて いる

︒ 朱沙 は顔 料に 使わ れた と考 えら れる

   

長 屋 王 家 木 簡 と 日 本 語

  長屋 王家 木簡 には 漢文 体で はな く和 文体 で書 かれ た もの が多 く存 在し

︑日 本語 の歴 史を 考え る上 でも 貴重 な材 料と なっ てい る︒ これ らの 木簡 から 一三

〇〇 年前 の日 本語 の息 吹を 感じ るこ とが でき る︒ 67

61 63

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塩殿 にあ る米 の進 上に つ 65 いて 記し た文 書木 簡︒ 裏面 の 二行 書き

﹁又 申﹂ 以下 は現 在 でい う追 伸の よう なも の︒ そ こで は雇 って いる 人々 の食 料 を請 求し てい る︒

医師 の許 母を 急い で呼 び 60 出す よう に命 令し たも の︒ 漢 文で は文 末の 助字 とし て使 わ れる

﹁矣

﹂も この 木簡 では

﹁を

﹂ とし て使 われ てい る︒

﹁許 母﹂ は後 に﹃ 続日 本紀

﹄に も現 れ る有 名な 医師 であ る︒

65

60

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参照

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