小学校社会科歴史学習
小学校社会科歴史学習
小学校社会科歴史学習
小学校社会科歴史学習における
における
における国際理解
における
国際理解
国際理解の
国際理解
の
の
の視点
視点
視点を
視点
を組
を
を
組
組
組み
み
み
み入
入れた
入
入
れた
れた授業実践
れた
授業実践
授業実践
授業実践
-
-
-
-単元
単元
単元
単元「
「
「
「韓国
韓国
韓国
韓国・
・朝鮮
・
・
朝鮮
朝鮮
朝鮮について
について
について学
について
学
学
学ぼう
ぼう~
ぼう
ぼう
~
~朝鮮侵略
~
朝鮮侵略
朝鮮侵略
朝鮮侵略と
と
と
と朝鮮通信使
朝鮮通信使~」
朝鮮通信使
朝鮮通信使
~」
~」
~」の
の
の開発
の
開発
開発
開発-
-
-
-
吉田
剛・澤井
文彦
1 1 1 1...はじめに.はじめにはじめにはじめに 本稿は,小学校社会科第6学年歴史学習において国際理解の視点を組み入れた単元開発 を行い,その授業実践の成果について報告するものである。本章の社会科教育の背景につ いては吉田が担当し,次章からの単元開発と授業実践については澤井が担当する。 表1より,吉田(2010)による新小学校学習指導要領社会のフレームワークをみると,第 6学年は,主に歴史的・政治的学習で構成され,本稿はその前者を問題にし,単元開発を 行う。新小学校学習指導要領社会においては,中学年でも世界の国々との関係の取り上げ が一部に指示されているが,カリキュラム上,概ね同心円的拡大アプローチをベースにし ているため,第6学年で世界の国々に関わる社会的事象の理解が中心になっている。そこ で本稿のように,社会科歴史学習における国際理解の視点を組み込む方向性としては,例 えば,歴史的事象を現代の国際社会の問題に照らし合わせて考えさせる場面の組み込み, また,歴史上の国際的な社会問題を多様な立場から検討するなどの方法が考えられる。い ずれにしても,歴史的事象あるいはそれに基づく現代的な社会的事象に対する仮想的な価 値判断を求める授業展開が考えられ,授業運営上,高度な授業設計力や運営力を要するも のといえる。ただし,小学校社会科歴史学習の多くは,歴史上の人物を中心に取り上げ, それらを関係する歴史的事象で繋いでいく方法がとられているため,上記のような高度な 授業展開を求めていくためには,授業展開の前半部において,どのようにして客観的な歴 史的事象の理解を効果的・効率的に求め,上手く積み上げられるかがポイントとなる。他 方で,日常的な歴史学習の授業における人物学習の問題点ともいえるが,多くの教科を扱 う小学校現場では教材研究が十分に行えず,取り上げる人物の生きざまから心情に入り, 国語科の授業のように,その心情に対して思いをめぐらせることに時間をかけ,歴史的事 象の理解が希薄になってしまう授業が散見される。確かな社会認識の形成が社会科の目標 の一つであることを考えると,発達段階上の配慮も必要であるが,社会認識における客観 的な歴史的事象の理解を軽視してはならない。その点を踏まえ,本稿では単元開発を行い, また国際理解教育の視点として国際交流・平和を組み入れている点で実践的な意義を持つ ものといえる。ただし,小学校社会科全体を通じて体系的な世界に関わる社会認識の形成 をどのようにしていくべきか,またその中で国際理解教育的な意義やグローバルシティズ ンシップなどをどのように持たせられるか,といった社会科教育カリキュラム上の課題は 残される。そのためには,カリキュラムにおけるスコープの内容および基本概念の整理や 吟味,さらに体系的な単元開発の工夫が必要となる。表
表
表
表1
1 平成
1
1
平成
平成
平成 20 年度版小学校学習指導要領解説社会
年度版小学校学習指導要領解説社会
年度版小学校学習指導要領解説社会の
年度版小学校学習指導要領解説社会
の目標
の
の
目標
目標
目標と
と
と内容
と
内容の
内容
内容
の
の
の系統
系統
系統(
系統
(吉田剛
((
吉田剛
吉田剛
吉田剛,,,, 2010
2010
2010
2010)
))
)
社 会 科 社会生活についての理解を図り,我が国の国土と歴史に対する理解と愛情を育て,国際社会に生きる平和で民主 目 標 的な国家・社会の形成者として必要な公民的資質の基礎を養う。 学 各学年の目標 各学年の内容 年 理解 態度 能力 第 ●地域の産業や消費生活の様子, ▲ 地 域 社 会 の 一 ■地域における社会的事象 ア. 身近な地域や市の地形,土地 3 人々の健康な生活や良好な生活 員としての自覚を を観察,調査するとともに, 利用,公共施設などの様子 及 環境及び安全を守るための諸活動 もつようにする。 地図や各種の具体的資料を イ. 地域の生産や販売に携わって び について理解できるようにする。 ・地域社会に対す 効果的に活用し,地域社会 いる人々の働き 第 ●地域の地理的環境,人々の生 る誇りと愛情を育 の社 会 的事 象 の 特色 や相 ウ. 地域の人々の健康な生活や 4 活の変化や地域の発展に尽くした てるようにする。 互の関連などについて考え 良好な生活環境を守るための諸 学 先人の働きについて理解できるよ る力,調べたことや考えたこ 活動 年 うにする。 とを表現する力を育てるよう エ. 地域の人々の安全を守るため にする。 の諸活動 ☆自分たちが住んでいる地域社会 オ. 地域の古い道具,文化財や (市や県) □地 域 社会 の 社 会的 事象 年中行事,地域の発展に尽くした の特色や相互の関連などに 先人の具体的事例 ついて考える力 カ. 県の地形や産業,県内の特色 ある地域 第 ●我が国の国土の様子,国土の ▲ 環 境 の 保 全 や ■社会的事象を具体的に調 ア. 我が国の国土の様子と国民 5 環境と国民生活との関連について 自 然 災 害 の 防 止 査するとともに,地図や地球 生活との関連 学 理解できるようにする。 の 重 要 性 に つ い 儀,統計などの各種の基礎 イ. 我が国の農業や水産業(食料 年 ●我が国の産業の様子,産業と国 て関心を深め,国 的資料を効果的に活用し, 生産)の様子と国民生活との関連 民生活との関連について理解でき 土 に 対 す る 愛 情 社会的事象の意味について ウ. 我が国の工業の様子と国民 るようにする。 を育てる 考える力,調べたことや考え 生活との関連 ようにする。 たことを表現する力を育てる エ. 我が国の情報産業などの様 ☆国民生活の舞台である国土の ▲ 我 が 国 の 産 業 ようにする。 子と国民生活との関連 地理的環境とそこで営まれている の 発 展 や 社 会 の 産業 情 報 化 の 進 展 に □社会的事象の意味につい 関心をもつように て考える力 する。 第 ●国家・社会の発展に大きな働き ▲ 我 が 国 の 歴 史 ■社会的事象を具体的に調 ア. 我が国の歴史上の主な事象 6 をした先人の業績や優れた文化遺 や 伝 統 を 大 切 に 査するとともに,地図や地球 イ. 我が国の政治の働き,日本国 学 産について興味・関心と理解を深 し,国を愛する心 儀,年表などの各種の基礎 憲法の考え方 年 めるようにする。 情を育てるように 的資料を効果的に活用し, ウ. 我が国とつながりの深い国の ●日常生活における政治の働きと する。 社会的事象の意味をより広 人々の生活の様子,国際社会に 我が国の政治の考え方及び我が ▲平和を願う日本 い視野から考える力,調べ おける我が国の役割 国と関係の深い国の生活や国際 人として世界の国 たことや考えたことを表現す 社会における我が国の役割を理解 々 の 人 々 と 共 に る力を育てるようにする。 できるようにする。 生 き て い く こ と が □社会的事象の意味をより ☆我が国の歴史,政治及び国際理 大切であることを 広い視野から考える力 解 自覚できるように する。 ☆:学習対象 □:社会的な思考力や判断力 【出典】吉田剛(2010):平成 20 年版小学校学習指導要領社会 の背景と特徴. 宮城教育大学社会科教育講座『小学校社会科の授業づくりの基礎』, pp.3-10.2 2 2 2...単元開発.単元開発単元開発単元開発とととと授業実践授業実践授業実践授業実践 ( ( ( (小学校小学校小学校6小学校66学年6学年学年)学年))) 『 『『 『単元単元:単元単元::韓国:韓国韓国・韓国・朝鮮・・朝鮮朝鮮朝鮮についてについてについてについて学学ぼう学学ぼうぼうぼう~~~~朝鮮侵略朝鮮侵略と朝鮮侵略朝鮮侵略ととと朝鮮通信使朝鮮通信使朝鮮通信使朝鮮通信使~』~』~』~』 澤井 文彦 澤井 文彦 澤井 文彦 澤井 文彦 2 2 2 2...1.111 授業構想授業構想授業構想授業構想 これからの国際社会を生きていく子どもたちにとって隣国である韓国・朝鮮との歴史的 なつながりを学んでいくことは大変重要な学習事項である。宮城県全域の小学校で使用さ れている東京書籍の6年社会科教科書では歴史的学習で以下のような項目で韓国・朝鮮と の関係の記述が見られる。 (ア)古墳時代に渡来人が朝鮮半島から日本列島に移り住み,「大陸文化を伝えた」こと (イ)鎌倉時代に元とともに高麗が北九州に2回に渡って攻めてきた「元寇」 (ウ)豊臣秀吉が,2度にわたって朝鮮に攻め込んだ朝鮮侵略「文禄・慶長の役」 (エ)徳川家康によって再開された対馬を通じた朝鮮との貿易及び使節団「朝鮮通信使」 (オ)日本が朝鮮と不平等条約を結び,朝鮮に勢力を伸ばしたことによる清との対立 「日清戦争」 (カ)1910(明治43)年日露戦争後,朝鮮(韓国)を支配しようとして行った 「韓国併合」 (キ)第2次世界大戦時に行われた朝鮮人の強制連行や創氏改名・日本語の強制等 「植民地支配」 (ク)1950年に韓国と北朝鮮の間に起こった「朝鮮戦争」 (ケ)戦後,大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国の2つの国に分かれたこと。1965年 に韓国と条約を結び国交を回復したこと,2002年のサッカー・ワールドカップの 共同開催。北朝鮮とは国交がないが,2002年に初の首脳会談が行われたこと・こ れからの課題である。 公民的学習では「日本と関係の深い国々」の4つの国の中の1つとして「近い国,韓国」 として,韓国との距離・産業・1988年ソウルオリンピック,生活・学校についての記 述がある。 このように小学校の歴史に取り上げられている部分だけ見ていくと,最も近い国である 朝鮮半島の国々と日本が良好な関係を結んでいるのは,古墳時代(小学校では学習しない が,白村江の戦いなど戦争の歴史はある。)と江戸時代,そして現代ということになる。 江戸時代まで東アジアの国々は,一般に冊封関係と呼ばれる外交関係で,周辺の国が中 国に使節を送り,貢ぎ物をささげると中国はその国の王室の権威を認め,お返しの品を贈 るという関係であった。朝鮮と日本も中国を主としながらも,どちらの国や民族の権威が 上なのかで争い,それが民族差別につながる原因の一つと考えられる。 国交のない北朝鮮との外交関係には課題は多いが,韓国とは教科書の記述にあるように
2002年ワールドカップ共同開催や最近の韓流ブームなどの文化的な交流で,現在良好 な状態である。 小学校の歴史学習においては,現在につながる近代の日清戦争~韓国併合~植民地支配 までの歴史的な事実をしっかりと学習することは朝鮮半島の国の人々と過去を乗り越え, 未来志向の関係を築いていく上には,不可欠な学習事項である。その学習と同時に大事な のは,「朝鮮通信使」の学習であると考える。それは,その時代の日本・朝鮮の両国の様 々な思惑はあるにしろ,中国を中心とした冊封関係や豊臣秀吉による朝鮮侵略という厳し い時代背景の中,基本的に交隣関係(日本と朝鮮が対等の関係)であり,「通信」(お互 いが信〔よしみ〕を通わしあうという意味)という名称をもって,江戸時代に12回にも わたって行われたのが「朝鮮通信使」だからである。近世における朝鮮侵略から朝鮮通信 使に至るまでの学習は,戦後に国交を回復し,対等な関係で国同士が関係を築いてきたと いう点において,現代に通じる大事な歴史的な事実であると考える。 朝鮮通信使は,滞在先で,日本の学者,文人,僧侶,医者,画家等の訪問を受け,詩文 の応酬や筆談等,活発な文化交流を展開し,その進展に大きな影響を及ぼした。現在でも 各地に唐子踊り,唐人踊り,土人形等がある。朝鮮通信使が日本人に求められて記した書 や絵馬等も残されている。時代の変遷により,差異はあったが,約200年にわたり朝鮮 との平和的で対等な関係が続いた。 朝鮮通信使は,その内容から4つの時代に分けることができる。(仲尾(2007)より)。 第1期:「国交回復期」1回目(1607),第2回(1617),第3回(1624) 【朝鮮側】「回答兼刷還使」日本の徳川政権の権力基盤と対外姿勢の確認,被虜人の早期 送還の実現 【日本側】家康・秀忠・家光の幕府草創期,徳川政権の対外的認知を国内の政権基盤強化 策に連動させる意図,壬辰倭乱の戦後処理の終了,大名に通信士を迎える任務を役とし て強要,対馬藩は独自の判断で朝鮮に使節派遣を求めることもあった 第2期:「通交体制確立期」第4回(1636),第5回(1643),第6回(1655), 第7回(1682),第8回(1711)の70余年に渡る時期 【朝鮮側】新通交体制の確認,明滅亡・非漢民族国家清朝の冊封体制への編入,対日外交 自主権確保のため「通信使」号(室町時代に使用)の復活,南方安全継続政策 【日本側】家光執政,家綱,綱吉,家宣,家継までの徳川政権が最も安定した時期 幕府による対朝鮮外交の一元化,対馬は中央政権指令下にある対外事務官僚となるなど 新通交体制の確立の時期,国書における「大君」号,日本年号使用,日本型「華夷」体 制の確立時期,2期から3期にかけて対馬藩儒学者雨森芳洲が活躍,中国語・朝鮮語を 話し,明治期まで使用された日本初の朝鮮語の学習書『交隣須知』の編纂を行う,「誠 信ノ交」(文化相対主義=多文化共生,相手を正しく認識して接する)を唱える。 第3期:相対的安定期「旧慣墨守期」第9回(1719),第10回(1748), 第11回(1764)の3回
【朝鮮側】朝鮮朝廷周辺で官僚間の党派闘争深刻化,伝統的な朱子学徒に同様実学派台頭, 伝統的な「倭奴」観を保留してありのままの日本を観察する視点で対日観に微妙な変化 【日本側】吉宗,家重,家治の「襲職」祝賀の来聘,各地手工業発達に促された商品生産 の拡大に伴う物価高,米価安による幕府・藩財政の悪化,農民の窮乏が進行 第4期:第12回(1811)対馬での国書交換儀礼~幕府終焉の時期 【朝鮮側】大規模な飢民の発生,官僚の綱紀弛緩,物産供給の減少 →国家財政に大きな負担になっていた日本への通信使派遣は客観的にみても「旧慣」通 りに執行する余裕がない 【日本側】天明の大飢饉,農村・都市の騒擾事件頻発,密貿易発覚,「省幣(簡素)第一」 で対馬での儀式挙行に転換,家斉の「襲職」祝賀は24年後に,直接使節に会えず →その後,徳川将軍の代替わりごとに通信使来聘が計画されるが,実施まで至らず さて,朝鮮通信使が始まる前に行われた朝鮮侵略~文禄・慶長の役(壬辰倭乱・丁酉再 乱)とは,豊臣秀吉が九州の諸大名を帰属させた1587年から準備が始まった。対馬の 領主宗義智に「朝鮮は秀吉に帰属し,明征服の先導をする」よう指示した。この要求はとよし とも うてい聞き入れられないと判断した宗氏は,「豊臣秀吉が新しく日本国王になったので, 親善の通信使を派遣してほしい」という内容に切り替えたが,朝鮮に断られた。さらに秀 吉は,強行に使者を派遣するように催促したので,宗氏は1589年朝鮮を訪れ,派遣を 強く求めた。朝鮮は1590年秀吉の全国統一をお祝いする目的で通信使を派遣したが, 秀吉はこれを自分への帰属を伝える使節と思い込み,「征明嚮導(明征服の先導軍をつときようどう めること)を要求する国書を提出した。この要求では,朝鮮と戦争を避けられないと考え た宗義智と義父の小西行長はこれを「仮途入明」(明に入りたいので,朝鮮の道を貸して ほしい)という要求にすり替えて話し合いをしたが,朝鮮はこの要求も拒んだ。秀吉は, この間も朝鮮侵略の準備を着々と進め,1591年九州の農民を総動員してわずか3ヶ月 あまりで名護屋城(現在の佐賀県唐津市鎮西町)を作らせ,ここを朝鮮侵略の拠点とした。 1592年16万人の日本軍が朝鮮の侵略を開始した(文禄の役・壬辰倭乱)。不意を 突かれた朝鮮は,侵略を食い止めることができず,小西行長軍は釜山に上陸してから,わ ずか20日もたたずに漢城に入城,さらには平壌まで占領した。加藤清正軍は,咸鏡道まハムギョンド で北上した。しかし,海戦では李舜臣らが亀甲船の軍船や大砲などを利用し,閑山島沖のハ ン サ ン ド 海戦などをはじめとして日本軍を次々と破り,制海権を掌握し,日本軍の食料・武器弾薬 の補給活動を困難にした。さらに,各地で義兵が立ち上がり,明の軍隊も朝鮮軍と合流し, 次第に形勢が逆転した。1593年講和に反対だった朝鮮を除外し,日本と明とで交渉が はじまった。日本軍はその前提として釜山まで撤退し,倭城を南部沿岸地帯に築いた。講 和交渉が長く続く中,日本軍には厭戦の気持ちが広がり,朝鮮側に投降する沙也可ら「降 倭」の兵も出るようになった。その人数は一万人を超えるともいわれている。1596年 交渉がまとまり,明の使いが大坂に来たが,秀吉が要求していた「日本と明の貿易の再開,
朝鮮の南部4道(慶尚道,全羅道,忠清道,京畿道)の割譲」について何もその国書には 触れておらず,交渉は決裂。朝鮮南部の4道を武力で奪うことを目的に再び軍を編成し, 14万の大軍で朝鮮侵略を再開した(慶長の役・丁酉再乱)。日本軍は,全羅道を中心に 放火,略奪,虐殺を行い,戦功を証明するために朝鮮人の鼻を削いで日本に送り,多くの 朝鮮人を奴隷にした。しかし,軍備を整えていた朝鮮軍・明軍にはばまれ,日本軍は南部 地方を占領したものの都まで行くことができなかった。蔚山城の戦いでは,両軍に2千名ウルサンソン 以上の死者を出す激しい戦いが行われた。1598年豊臣秀吉が死去し,徳川家康などの 五大老は朝鮮にいる日本軍を直ちに撤退させることにした。 この戦争で朝鮮は,日本軍により略奪が行われ,村落共同体が崩壊した。労働力不足か ら飢饉が起こった。多くの文化財も破壊と略奪を受け,多くの朝鮮人が日本に連行され, 奴隷として酷使された。その人数は2~3万人といわれている。この戦争は「人さらい戦 争」や「焼き物戦争」とも呼ばれ,多くの文化人や工人が日本に連れて来られ,書家や儒 学者として,また,現在でも九州で盛んに行われている様々な焼き物(磁器)の創始者と して活躍した人々もいる。逆に朝鮮は,陶磁器の生産が激減し,戦争前の生産に戻るには 30年かかったといわれている。日本は豊臣政権が急速に弱体化し,徳川政権が誕生。朝 鮮を救援した明も国力が衰え,女真族(後に清を建国)に滅ぼされることになった。 この学習は,多少時代的には前後するが,江戸時代の学習の中で朝鮮侵略と朝鮮通信使 と2時間セットの授業を組んで行っていきたい。 まず,1時間目は豊臣秀吉の文禄・慶長の役(壬辰倭乱・丁酉再乱)について学ぶ。朝 鮮侵略の実態を学び,それが朝鮮の人々にどのような被害をもたらしたのかの事実を知る。 2時間目は,朝鮮通信使について学ぶ。朝鮮通信使は「探賊使」といって,日本に再侵 略の意志があるのか,講和を望む気持ちはあるのかを確かめる目的で使節を派遣すること からはじまったこと。「朝鮮通信使」は家康の国書に対する回答と朝鮮侵略で連行された 人々を帰国させるという意味の「回答兼刷還使」から次第に文化交流,将軍の代替わりご とに使節を送る平和的なものになっていったこと。「朝鮮通信使」が12回にも渡って続 いた意味とその交流の様子を学び,国と国とが平和的に対等につきあうことの意味を歴史 から学ばせていきたい。 本小単元は,社会科(歴史学習)として授業を行うが,同時に「国際理解教育」の視点 である「未来への選択」もからめ,日本の歴史の中に朝鮮との平和的なつながりを見いだ す歴史認識を子どもたちの中に構築させていくことをねらいの一つに加えていきたい。 2 2 2 2...2.222 学習指導計画案学習指導計画案学習指導計画案学習指導計画案 ( ( ( (1111))))単元目標単元目標単元目標単元目標 ○ 豊臣秀吉によって行われた文禄・慶長の役(壬辰倭乱・丁酉再乱)について知り,そて い ゆ う の後,江戸時代の朝鮮通信使がどのような目的で再開され,人々にどのように受け入れ
られたのかを理解する。 ○ 国際理解教育の「未来への選択」の視点を加味し,アジア(主に朝鮮)とのかかわり において歴史をとらえようとする見方を養う。 ( ( ( (22)22))) 評価評価の評価評価のの観点の観点観点(観点(小単元((小単元小単元小単元をををを通通通通してしてしてして)))) ○ ○ ○ ○関心関心関心関心・・・意欲・意欲意欲・意欲・・態度・態度態度態度 江戸幕府の政治に関心をもち,江戸時代の政治や社会について進 んで調べようとしている。 ○ ○ ○ ○思考思考思考思考・・・判断・判断判断判断 江戸幕府が支配体制を強めていったことを,大名統制や身分制度 の確立,鎖国等から考えることができる。 ○ ○ ○ ○技能技能技能技能・・・表現・表現表現表現 絵画資料や年表,地図,写真,文章資料等の各種資料を適切に活 用し,大名統制や身分制度の確立,鎖国等について調べ,まとめ ることができる。 ○ ○ ○ ○知識知識知識知識・・・理解・理解理解理解 江戸時代に身分制度が確立し,大名統制や鎖国が行われ,武士に よる政治が安定したことが分かる。 ( ( ( (3333)))) 小単元指導計画小単元指導計画(小単元指導計画小単元指導計画(6((666時間扱時間扱時間扱時間扱いいいい)))) 時 主な学習活動と子どもの反応(・) 指導上の留意点(○)と主な評価(☆) 1 家光家光家光家光ががが大名が大名大名をしたがえる大名をしたがえるをしたがえるをしたがえる 本時のねらい:武家諸法度や大名配置図,年表等の資料から,家光が大名を従え ていった様子をとらえる。 2 人人人人々々々のくらしと々のくらしとのくらしと身分のくらしと身分身分身分 本時のねらい:絵図資料や地図,グラフ,文章資料等から,江戸時代の人々が多 様な身分に編成されていたことをとらえる。 3 江戸時代江戸時代江戸時代江戸時代ののの交通の交通交通交通 本時のねらい:沖縄や北海道が江戸時代にどのような状況を知り,また商品流通 の発展と共に水上交通が発展して,日本国中を結んでいたことをとらえる。 4 キリストキリストキリストキリスト教教教を教をを禁止を禁止禁止禁止するするするする 本時のねらい:幕府の対外政策の変化を調べ,キリスト教の禁止や鎖国の影響と, いわゆる江戸時代の外交の「四つの口」についてとらえる。 5 豊臣秀吉豊臣秀吉豊臣秀吉豊臣秀吉ととと朝鮮侵略と朝鮮侵略朝鮮侵略朝鮮侵略 本時のねらい:豊臣秀吉による文永・慶長の役について, 絵図資料や地図等から とらえる。 1 九州の焼き物について知る。 ○地図帳の九州のページを見て焼き物の ・唐津焼 絵がかいてあるところに印をつけ,発 ・有田焼(伊万里焼,鍋島氏=佐賀県) 表させる。 ・波佐見焼(大村氏=長崎県) ○どうして,九州で焼き物が盛んなのか ・薩摩焼(島津氏=鹿児島県) を予想させ,それが朝鮮から連れてこ ・萩焼(毛利氏=山口県) られた人々が始めたことを知る。 ☆地図帳から,九州の焼き物の位置を探 2 本時の課題について知る。 すことができたか。【技能技能技能技能・・・・表現表現表現表現】 豊臣秀吉 豊臣秀吉豊臣秀吉 豊臣秀吉がが行がが行行行ったったったった朝鮮侵略朝鮮侵略(朝鮮侵略朝鮮侵略((文禄(文禄文禄文禄・・・慶長・慶長の慶長慶長のの役の役役)役))について)について知についてについて知知知ろうろうろうろう。。。。 3 朝鮮侵略のきっかけについて知る。 ○豊臣秀吉の海外への領土的な野心から ・名護屋城は,たった3ヶ月で作られた この戦争が始まったことを教科書コラ んだ。 ム記述から読み取る。 ○朝鮮侵略の拠点として,名護屋城が作 られたことを知り,地図でその位置を 確認する。 4 文禄の役(壬辰倭乱)の様子について ○朝鮮の地図を見ながら,日本軍がどの 知る。 ように侵略していったのかを知り,陸
・小西行長軍は漢城,平壌まで,加藤清ハンソン ピヨンヤン 上戦ではどうしてこのように勝ち進ん 正軍は咸鏡道まで攻めたんだ。ハムギョンド だのかを考える。 ・海戦では,李舜臣らが活躍して閑山島 ○海戦では,朝鮮の亀甲船や李舜臣の活ハ ン サ ン ド 沖の海戦等で負けたんだ。 躍で日本船団を撃破し,制海権を握っ ・初めは勝ち進んでいたけれど,だんだ たため日本軍の食料・武器弾薬の補給 ん負けるようになったんだ。 活動を困難にしたことを知る。 ○各地で義兵が立ち上がり,明軍が参戦 して,日本軍が次第に劣勢になったこ とを知る。 5 明との交渉が決裂し,慶長の役(丁酉 ○4年もかけて明と講和を結んだが,秀 再乱)が再び勃発したことを知る。 吉の思惑と違って,再び戦いになった ・鼻切りや蔚山城の悲惨な戦いについてウルサンソン ことを知る。 知る。 ○今度の戦いは,朝鮮・明軍が準備をし ていたので文禄の役のようにはいかな かったことを知る。 6 豊臣秀吉の死によって,朝鮮から日本 ○秀吉の死によって,徳川家康ら五大老 軍が撤退したことを知る。 が日本軍をすぐに引き上げたことを知 ・朝鮮が壊滅的な打撃を受けた。 る。朝鮮の惨状とこの戦争によって明 ・明がその後,清に滅ぼされた。 も日本も衰退したことを知る。 ・豊臣政権が急速に衰え,徳川政権に変 ○京都にある耳塚の写真を見て何が埋め わった。 られているのか想像する。 7 本時の感想を書く。 ☆文禄・慶長の役はどんな戦いだったの かを理解する。【知識・理解】 6 鎖国鎖国鎖国の鎖国のの中の中中で中でで交流で交流する交流交流するするする((((本時本時本時本時)))) 本時のねらい:朝鮮通信使がどのようにして始まったのかを知り,江戸幕府や人 々とどのような交流があったのかをとらえる。 1 前時の学習を振り返る。 ○秀吉の死により,日本軍が引き上げた だけで戦争は終結していないことを確 2 朝鮮通信使の行列の写真を見て気づい 認する。 たことを発表する。 ○朝鮮通信使が大がかりなものであった ことを知る。 3 本時の課題について知る。 なぜ なぜなぜ なぜ,,,「,「「朝鮮通信使「朝鮮通信使」朝鮮通信使朝鮮通信使」」」というというというという大大大大がかりながかりな交流がかりながかりな交流交流をしたのか交流をしたのかをしたのか,をしたのか,,,日本側日本側と日本側日本側ととと朝鮮側朝鮮側朝鮮側朝鮮側からからからから 考 考考 考えようえようえよう。えよう。。。 4 朝鮮通信使の始まりや交流の様子,当 ○朝鮮側は,「探賊使」「回答兼刷還使」 時の民衆に与えた影響について考えよう という名称から考えさせ,日本側は, 徳川政権の体制の安定,戦争の終結, 大名への負担等から考えさせる。 5 朝鮮通信使が12回来た表を見せ,基 ○将軍の代替わりごとに朝鮮通信使が来 本的に将軍の代替わりごとに来ているこ ていることをつかませる。現在でも各 とに気づかせ,その変遷を知る。 地に残っている人形から,当時の人々 の関心の深さやその影響力を知り,平 6 朝鮮通信使のエピソードについて触 和的な交流が行われていたことを理解 れ,文化的な交流であったことを知る。 する。 ☆朝鮮通信使開始の経緯,交流の様子等 7 交流の理由を両国からまとめる。 を理解することができたか。 8 本時の感想を書く。 【知識・理解】
2 2 2 2...3.333 授業実践授業実践授業実践授業実践 実践当時4学年の担任であるため,6年生の学級を借り,2時間だけの飛び込み授業を 行う形式で授業実践を行った。 ( ( ( (11)11)))豊臣秀吉豊臣秀吉豊臣秀吉と豊臣秀吉とと朝鮮侵略と朝鮮侵略朝鮮侵略朝鮮侵略((5((555////6666時間時間時間時間))2010))20102010(2010(((平成平成平成22平成222222))))年年9年年999月月月月2222日実施日実施日実施日実施 まず,九州地方の地図を見るところから始まった。九州地方には焼き物が多いことに気 づかせ(『小学校の地図帳』(帝国書院)には絵記号が入っている),なぜ焼き物が九州に 多いのか,謎を解くという導入から始まった。それは豊臣秀吉の朝鮮侵略が大きく関係し ているので2回にわたる朝鮮への出兵について知ろうという学習のめあてを提示した。肥 前名護屋城という城を建て,そこを本拠地にしていたことを確認したあと,まず文禄の役 について学習した。小西行長と加藤清正の2人が破竹の勢いで朝鮮を攻め,小西行長軍は 漢城,平壌まで攻め込み,加藤清正は咸鏡道まで攻め込んだことを地図や自作プレゼンテハムギョンド ーションで学んだ。しかし,李舜臣らの水軍の活躍や義兵,明の加勢などで次第に日本軍 は劣勢となり,講和に持ち込んだことを説明した。しかし,徹底抗戦を主張する朝鮮軍と 朝鮮南部の4道を割譲することを求める日本との講和は決裂し,慶長の役が再び始まった ことも説明した。京都に現在でも残る耳塚の写真を提示し,ここに何が埋められているの かを想像させた。朝鮮の人々の鼻を兵士だけでなく老若男女問わずにそぎおとしたことや 加藤清正が立てこもった蔚山城の悲惨な戦いの様子等を学び,最後に秀吉が死んだことにウルサンソン よってこの悲惨な戦いが終わったことを説明した。そして,この戦いの中,捕虜となって 連れてこられた朝鮮人の陶工が九州地方の大名によってかくまわれ,次第に陶器の名産地 になっていったことを有田焼の開祖である李参平(イサンピョン)を例にして学んだ。こ の授業を受けた子どもたちの感想は以下の通りである。 ○ 焼き物がさかんになった理由が,ぼくの予想よりはるかにちがっていて,びっくり しました。それとこの続きが早くやりたいとも思いました。 ○ 焼き物が戦いから有名になったのがびっくりした。とてもおもしろい授業だった。 ○ 日本と朝鮮半島は,昔から戦争もしていますが,この戦争によって,焼き物の文化 も発達したんだと思いました。 ○ 豊臣秀吉は,全国統一した後も色々な事をしていたんだと思った。 ○ この争いで,大勢の人数の人が亡くなっていたのを初めて知った。 初めての学級での飛び込み授業であったが,子どもたちもよく考え,集中して授業に取 り組んでいる様子が見られた。授業の組み立てでいえば,「九州で焼き物が盛んになった 理由」と朝鮮侵略の結びつきを考えるという学習課題もよかったと思う。 ( ( ( (22)22)))鎖国鎖国鎖国鎖国のの中のの中中中でででで交流交流す交流交流すすす ----朝鮮通信使朝鮮通信使-(朝鮮通信使朝鮮通信使-(-(6-(666//6//666時間時間時間)時間)2010))201020102010((((平成平成平成22平成22)2222)年))年年年999月9月3月月33日実施3日実施日実施日実施 朝鮮侵略の授業を受けて,翌日にこの授業を行った。前日の復習をしたのちに,朝鮮の 人々はその当時日本人をどう思っていると思うかというところから授業をはじめた。「き らいだと思う」「にくいと思う」「ひどい人たちだと思う」という答えが子どもたちから 返ってきた。江戸時代になり,徳川家康が天下を治めるようになると,朝鮮との関係が変
わってくるという導入を行った。 中心資料を提示した東京書籍の教科書にも掲載されている東京国立博物館蔵の『浮絵朝 鮮人』という「江戸の祭りにあらわれた朝鮮通信使の行列」の図である。これは,実際の 朝鮮通信使の行列ではなく,日本人が朝鮮通信使の行列をまねた様子を描いたものではな いかという説も現在有力であるが,朝鮮通信使の行列の様子をよく表しているものであり, 朝鮮通信使の行列を描いた図ということで授業を展開した。「この絵を見て気づいたこと」 を数分考えさせたのちに発表させた。 子どもたちは,「太鼓を持っている」「日本人が見ている」「馬に乗って旗を掲げている 人がいる」「かごに乗っているえらい人がいる」「洋服のようなものを着ている」など様 々答えた。 その後,プレゼンテーションで子どもたちが気づかなかったことを説明したあと,学習 課題「なぜ朝鮮通信使というおおがかりな交流をしたのか日本側と朝鮮側から考えよう」 を提示した。朝鮮通信使が訪れた12回の訪問の一覧表を資料にして見ながら考えさせた。 「徳川家康の子孫のため」「朝鮮と日本が仲良くするため」「修好のため」「日本側は朝鮮 の文化を訪ねて,朝鮮側は日本側の文化を知る」等の意見が出た。 朝鮮側は,朝鮮にはじめに日本から国書を出すことと朝鮮国王のお墓を荒らした犯人を 差し出すことを要求し,あいだに入った宗氏が偽物の国書や犯人を仕立て上げ,それに気 づいていた朝鮮側も気づかぬふりをして国交が再開されたこと。朝鮮側の目的として,戦 争の際に日本に連れ去られた人を取り戻したり,日本側がまた戦争を再開するのか探ると いう偵察も目的だったことをプレゼンテーションを使って説明した。さらに,4回目の家 光の時代の頃からの朝鮮通信使から軌道にのってきたことも説明した。 続いて,朝鮮通信使がどのようなルートを通って日本に来たのかルート図を示し,通信 使船や朝鮮人街道等を示して説明した。また,その際に朝鮮側が持参した貢ぎ物や日本側 の贈り物。朝鮮通信使が通る際には,現地で様々なおもてなしをされたことを「安芸蒲刈 のご馳走一番」の再現した写真や,朝鮮通信使に書を書いてもらうことを求める日本の人 々の当時の絵などを提示して説明した。そして,日本側の目的が,徳川政権の安定,戦争 を終結して文化的交流に力を入れる姿勢を示すこと,接待でお金を使わせることで諸大名 の力をそぐ目的もあったことをおさえた。また,この交流のなかで雨森芳州等の人物が出 たことや,現在でも人形や唐子踊りなど朝鮮通信使の影響が残っていることを説明した。 最後に,日本側が朝鮮に行ったのかどうかという発問を子どもたちに投げかけた。朝鮮 側は日本が再び攻めてくることを恐れ,朝鮮国土を通さないように釜山に倭館という建物 を造り,そこから先は行かせないようにしたことを説明し,本時の授業を終了した。本時 の感想は以下の通りである。 ○ 今日の学習を楽しみにしていて良かったと思います。あの後どうなったかがよく分 かって,なぜ大がかりな交流をするか,たくさんの理由も分かってよかったです。 ○ 日本と朝鮮は,2度戦争したのに,徳川になってから仲良くしようとしたのはびっ
くりしました。しかも,日本に12回も来て,熱心だと思いました。 ○ 「朝鮮通信使」を行った朝鮮の理由や日本の理由などがくわしく分かったし,朝鮮 が日本にていさつの意味もあって行ったことなどが分かった授業でした。 ○ 朝鮮と争っていたのに,朝鮮の人たちは日本によく来たと思った。朝鮮通信使の行 列は300人も何ヶ月もかけてくるのはすごかった。 ○ 日本と朝鮮が仲良くなると,色々な人やいろんなことが変わったりするんだなぁと 思った。朝鮮も日本もよく知れてよかったです。とてもおもしろかったと思います。 ○ 朝鮮と日本が仲良くしたいという時代が,江戸時代にあったと言うことが分かって, とてもうれしいです。 実践をふり返ってみると,小学校6年生には少し難しすぎた授業だったと反省している。 はじめての学習事項ということもあり,子どもたちに考えさせる部分よりも特に後半は説 明する部分が多くなってしまった。もう少し資料を精選して,子どもたちに考えさせる場 面をもうけるべきだったと反省している。『浮絵朝鮮人』という「江戸の祭りにあらわれ た朝鮮通信使の行列」の図をメイン資料にしたのは間違いではなかったと思うが,今回の 授業で次に重視した資料が12回にわたる朝鮮通信使の一覧表であった。しかし,それよ りも朝鮮から日本までどのようにして朝鮮通信使の人々が来たのかというルート図と移動 手段をメインにして考えさせた方が子どもたちの興味関心をより一層引き,考えさせる場 面を多く持たせることができたのではないかと思う。子どもの感想に「朝鮮通信使のこと では,分からないところもあったけれど,後から分かってよかった。むずかしかったけれ ど,楽しくて良かったです。」「ひとつひとつが大切なことで,そうなんだ!と思うこと ばかりでした。ちょっとむずかしいところもあって考えにくかったけれど,すごく勉強に なりました。」と子どもたちにとっては難しいところはあったが,一生懸命考えてくれた 子どもたちに救われた授業でもあった。 色々課題が見えた実践であったが,この2回の授業を通して,子どもたちが書いた感想 から見るとわたしが学習のねらいとして持っていた「韓国・朝鮮と日本の未来志向の関係 を築いていく」ということがある程度達成できたのではないかと考える。子どもたちの感 想の中に,「日本と朝鮮が仲良くなると,色々な人やいろんなことが変わったりするんだ なぁと思った。」や「朝鮮と日本のかかわりがくわしく分かりました。これからも朝鮮と 日本のかかわりがどうなっていくのか調べてみたいです。」「なぜ,朝鮮人と日本人がま た仲良くなろうとしたのかよく分かりました。これからもほかの歴史を知っていきたいで す。」等があった。過去を知って,現在を知り,未来を展望していく。このことが歴史を 学んでいく大変重要な意味であると思う。この実践が子どもたちにその機会をほんの少し かも知れないが,提供できたのではないかと考えている。 なお,以上の単元開発と授業実践については,平成 22 年度の教職大学院2年次の実践 研究の成果の一部でもある。
授業構想に際し,宮城教育大学社会科教育講座の堀田幸義准教授より,歴史学の様々な ご助言をいただきました。感謝申し上げます。 参考文献 参考文献 参考文献 参考文献 仲尾宏 2007 『朝鮮通信使-江戸日本の誠心外交-』岩波新書 日韓共通歴史教材制作チーム 2005 『朝鮮通信使』明石書店 上垣外憲一 1998 『雨森芳洲』中公新書 鶴田啓 2006 『対馬からみた日朝関係』山川出版社日本史リブレット 西浦弘望 2005 『こうすればできる!授業の技術と実践社会科6年』ルック 谷川彰英 2005 『日韓交流授業と社会科教育』明石書店 歴史教育研究会(日本)歴史教科書研究会(韓国) 2007 『日韓交流の歴史』明石書店 池 亨 2003 『日本の時代史13 天下統一と朝鮮侵略』吉川弘文館 歴史教育者協議会 2002 『歴史の討論授業の進め方』国土社 李 元植 1997 『朝鮮通信使の研究』思文閣出版 藤井譲治 1992 『日本の歴史⑫江戸開幕』集英社 山内弘一 2003 『朝鮮からみた華夷思想』山川出版社世界史リブレット - 宮城教育大学社会科教育講座 准教授 吉田 剛 - - 宮城教育大学大学院教育学研究科 院生 澤井 文彦 -