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<活動記録> <教育事業> 2021年度先端社会研究所リ サーチコンペ

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(1)

<活動記録> <教育事業> 2021年度先端社会研究所リ サーチコンペ

著者 池埜 聡, 範 麗娟, 岡村 こず恵, 山下 茉莉花, 中 村 健太

雑誌名 関西学院大学先端社会研究所紀要

号 19

ページ 99‑115

発行年 2022‑03‑31

URL http://hdl.handle.net/10236/00030186

(2)

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" 活動記録 "

◆ 教育事業 ◆

2021 年度先端社会研究所リサーチコンペ

【募 集 期 間】:2021年

4

28

日(水)〜5月

24

日(月)

【リサーチコンペウィーク】:2021年

6

14

日(月)〜6月

19

日(土)

【プレゼンテーション審査会】:2021年

6

19

日(土)オンライン(Zoom)開催

◆開催の趣旨/リサーチコンペを振り返って

池埜 聡(先端社会研究所副所長)

先端社会研究所が主催するリサーチコンペは、本研究所の設立趣旨「文化的多様性を尊重する社 会の構築をめざした、社会調査を基軸とする先端的な研究」に資する優れた研究計画を募集し、審 査を経た後、グラントの提供によって研究推進を下支えする制度である。学内の大学院生あるいは 研究員であることが応募資格となり、本研究所の「大学院教育支援事業」の中核的なプログラムと なる。

審査は

3

つの項目、すなわち

1)先端性(研究計画の内容が「先端的」であるかどうか)、2)親

和性(研究計画が「文化的多様性を尊重する社会の構築」という本研究所の趣旨に親和的であるか どうか)、そして

3)計画性(研究計画の適切さ、実現可能性など)を設定し、計画書の書類選考

を経てプレゼンテーション審査を受けてもらい、採択の可否が決定される。今年度の応募総数は

6

件(すべて社会学研究科の大学院生)で、6件すべて計画書の選考基準を満たしていたためプレゼ ンテーション審査に進んでもらった。プレゼンテーション審査を慎重に行った結果、最終的に

5

件 の計画を採択するに至った。以下、それぞれの申請時における概要と講評を掲載する。

範麗娟氏(社会学研究科博士課程後期課程

1

年)は、「村落アイデンティティの構築:陳氏の太 極拳発症地の陳家溝を対象として」というテーマの研究計画を提示された。太極拳流派で最も古い とされる陳氏太極拳発祥の地、中国・陳家溝の村落をフィールドとし、村落が聖地化、観光化され ていくなかで形成される村落アイデンティティの変容過程を浮き彫りにすることを目的としてい る。資料・文献の分析に加え、現地調査と

Zoom

などを駆使して地元住民を中心にライフヒスト リーインタビューを行い、陳家溝の村落文化の成立と村落文化アイデンティティを明確にしようと いう試みである。テーマとフィールドの新奇性は確保され、現地とのネットワーク形成、十分なコ ミュニケーション力にもとづく計画の実現性は高く、採択と判断した。

岡村こず恵氏(社会学研究科博士課程後期課程

3

年)は、「ボランティアの社会化を促すものは 何か?:当事者との相互作用に着目して」というテーマで研究計画を提示された。本研究は、ボラ ンティア従事者と社会的困難を抱える当事者を「行為者」と位置づけ、行為者の相互作用を読み解 くことで双方の多次元における変容過程を描き出そうとしている。理論的枠組みとして「シンボリ Annual Review of the Institute for Advanced Social Research vol.19

(3)

ック相互作用論」を位置づけ、ボランティア従事者・当事者に内在していく「意味世界」の変容と 影響要因について抽出することを目的としている。岡村氏自身がボランティア協会の職員あるいは マネジャーとして従事した経験をもち、調査者の立場を明確にしている点において質的研究を推進 する上での評価は高い。すでにボランティア活動の参与観察をもとにした調査活動、またボランテ ィア当事者を対象にした予備調査も完了おり、調査遂行能力は十分に担保されている。今年度、ボ ランティア従事者のみならず、社会的困難を抱える当事者を対象にインタビュー調査を計画してお り、十分なフィールドとの信頼関係から実現可能性が高いと評価された。

山下茉莉花氏(社会学研究科博士課程前期課程

2

年)は、「オンラインにおける民俗学的方法論 の一考察:『反出生主義』をめぐるネットワーク研究を事例に」というテーマで発表された。D.

Benatar

らによる反出生主義、すなわち「すべての有感生物は新たに生まれるべきではない」とす

る思想に着目し、日本国内における本思想の展開過程を読み解くことを目的としている。反出生主 義思想は、匿名性の高いオンラインによるネットワークの中で言説化されつつある。このユニーク な思想の社会化、言説化の展開に対して、民俗学的な調査デザインを設定し、ネットワークのあり 方を分析しようとする点において、そのテーマ設定、対象、そして方法における新奇性が担保され ている。山下氏の調査におけるポジショニングと倫理的配慮については十分に指導教授と連携しな がら進めてもらえるようアドバイスし、採択が決定された1)

中村健太氏(社会学研究科博士課程後期課程

2

年)は、「新型コロナウイルス対策の比較社会 学:ミッシェル・フーコーの安全システム論を用いて」というテーマであった。新型コロナウイル ス(COVID-19)の収束が見えない中、パンデミックによって監視、統治のあり方が各分野から問 われるようになった。本研究は、現代社会における

COVID-19

に影響された統治メカニズムにつ いて、フーコーの安全システム論を基軸に読み解こうとしている。資料分析を中心に据え、各国の

COVID-19

対策の整理、比較分析、そしてフーコーを中心に安全システムによる統治メカニズムの

理論的な解明を果たそうとする計画の全体像を示し、今年度は日本に焦点を絞ってコロナ対策を通 じた安全概念のあり方を明確にしようとする。COVID-19下において十分なフィールドワークがで きない中、資料分析をもとにホットなテーマである

COVID-19・安全・統治の織りなす言説を捉え

ようとする意欲的な社会学的研究である。分析対象とする文献は明確であり、十全な準備体制が伺 える。中村氏の継続的な研究追求姿勢から実現可能性は高いと判断した。

辻涼香氏(社会学研究科博士課程前期課程

2

年)のテーマは、「近世随筆を活用した民俗学方法 論の構築:『夕顔観音』『おまん稲荷』『老犬神社』の事例を通して」であった。フィールドワーク 中心の民俗学研究の潮流から、文献・資料研究とフィールドワークを組み合わせる方法論的可能性 を探るべく、近世随筆を用いた民俗学研究を試みようとしている。近世随筆とフィールドワークの 統合という積極的な試みは、新たな民俗学の展開につながるかどうか、その独創性を見極める価値 は高いと評価された。フィールドワークワークは東京と秋田となる予定で、しっかりとした計画が 示されていた。近世随筆とフィールドワーク、その社会学的、民俗学的な化学反応がどのように出 現するか、期待は大きい2)

──────────────

1)後日本人よりテーマ変更の申請があり、選考委員会(選考委員長)によって承認された。

2)辻涼香氏の中間報告は都合により今号には掲載しておりません。

(4)

以上、2021年度のリサーチコンペで採択された研究計画の概要と講評を示した。今年度は

COVID-19

による影響を受け、調査活動が制限される中、不可視化された社会的事象に光を当てる

意欲的な研究計画が示された。各応募者の研究成果報告を期待したい。

以下は、採択課題の研究計画要旨および中間報告である。

◆採択された研究計画書要旨/中間報告

◎村落アイデンティティの構築

−陳氏の太極拳発祥地の陳家溝を対象として−

範 麗娟(社会学研究科)

1.研究計画要旨

本研究の対象は中国河南省温県に位置する村落陳家溝である。1980年代に、海外メディアの現 地取材により、陳家溝の父系リネージに基づく陳氏宗族が

360

年にわたり太極拳を継承し続けてい ることが再発見された。その後、陳家溝は「太極拳発祥地」として聖地化と観光化という

2

つの方 向性に集約され、発展してきた。こうした開発プロセスを通し、現在に至るまで地域の伝統や文化 は大幅に変容した。たとえば、地形や家屋、村民の生計手段などが変化した。本研究では、1980 年代から

2020

年代までの

40

年間、国内外からの太極拳に対する興味深い訪問者との相互交流、相 互影響により、陳家溝の伝統や文化が変容したという問題意識に基づいて進めていきたい。

2.中間報告 2.1

調査の概要

2.1.1

調査方法

筆者は

2021

7

29

日から

9

9

月にかけて、およそ

1

か月半にわたり当該助成金を用いて研 究を行った。

2020

2

月から新型コロナウイルスの影響により、渡航制限がなされ、中国での現地調査は難 しくなった。そのため、今回の調査は現地でのフィールドワークではなく、オンラインで行うこと にした。調査方法は、現地の調査協力者を介して調査対象者を選定したうえで、事前に用意した質 問項目に沿いつつも、自由に語ってもらう半構造化インタビューを行った。こちらで用意した質問 項目は、調査対象に応じて異なっている。例えば、「体育大学の学生」に対しては、太極拳の経歴、

将来の道などを質問した。「太極拳伝承者」に対しては、師父が誰か、太極拳のどの種類の技を学 んだか、現在の仕事状況などを質問した。「地元村民」に対しては、現在の仕事、家庭と仕事両立 状況などを質問した。さらに、陳家溝出身の調査対象に対しては、幼い頃の陳家溝と比べてどんな 変化があるか、観光化された陳家溝に対する考えなどを質問した。

調査対象は中国温県陳家溝の一般村民

9

人、陳家溝の太極拳伝承者(拳師1)、家族理事会成員2)、 村落委員3)が含まれる)21人、太極拳のマスメディアにかかわる従事者

1

人、周辺地域の太極拳伝

(5)

承者(拳師、体育大学学生4)、政府人員など)8人、周辺地域の住民

1

人で、総計

40

人である。

インタビューは対象者ごとにおよそ

1

時間から

2.5

時間をかけて実施し、その後調査の内容を文 字化した。現在はインタビューによって収集された膨大なデータを整理している途上であるため、

一部のデータから得られた情報に基づき中間報告として提出する。

2.1.2

陳家溝の基本状況

まず、陳家溝の基本状況を簡単に紹介しておく。陳家溝は河南省焦作市温県城から

5

キロ離れた 場所にある。図

1

を見ると、陳家溝は青峰嶺という地勢が高い所にある。黄河が青峰嶺の南のほう にあり、地勢が低い。古代には、山の方で洪水がよく起こると言われ、洪水が地勢の高い青峰嶺か ら地勢の低い黄河のほうへ流れ込んだ。長い時間をかけて、青峰嶺では数多くの大きな溝が形成さ れた。この辺の住民が溝に沿い、集落を作った。そのため、多くの集落が「〜溝」という名付け方 となっている(張雷

2006)。例えば、徐溝、衛溝、楊溝、段溝、朱溝など、すべて集落住民の多数

を占める姓にもとづく名づけである。陳家溝も同様の名付け方によっている。

以前は、陳氏宗族が陳家溝の村総人口を占める割合は

90%〜95% にも達したが、現在、その割

合は徐々に低下し、75%〜80% 弱になっている。陳氏以外の姓は

20

以上である。これら外来人口 は

19

世紀末から

20

世紀初めにかけて、戦争や飢餓、洪水などが原因で陳家溝へ移住してきた。そ

──────────────

1)太極拳を教える教師である。技のレベルによって異なる認定資格がある。

2)陳氏家族の祖先祭祀や、太極拳の弟子入り活動の時、陳氏の宗族代表者として出席する人である。

3)村長、村の書記、会計などの役を担当する人である。

4)スポーツ選抜入試を通して体育専門の大学に入学した若い太極拳練習者である。

5)高徳地図(アリババグループが提供する地図サービス)をもとに、筆者作成。

15) 陳家溝の地形図

(6)

れに加え、陳氏の女性が外来人口に嫁ぐことがよくあるため、現在の陳家溝では複雑な婚姻関係が 存在する(張雷

2006)。

2.1.3

陳家溝が太極拳発祥地と見なされた経緯の説明

次に、陳家溝が太極拳発祥地と見なされるようになった経緯を簡単に説明する。明の初期、陳家 溝の陳氏第

1

世代の陳卜は武術ができた。彼は村落の自衛のため、そして健康増進のため、「武学 社」という家庭型の組織を作り出した。その後、陳氏宗族の人々は武術を学び始めた。明の末期、

陳氏第

9

世代の陳王廷(1600〜1680)が生まれた。陳王廷の前半生には王朝が交代して戦乱があっ たが、晩年の時、故郷で隠居生活を送り、民間武術の収集や研究に没頭していた。彼はこれらの武 術をベースにして新型の拳法──太極拳を生み出したのである。太極拳が創出された後、ずっと陳 氏宗族の中で秘密に受け継がれていた。清の末期に入り、第

14

世代の陳長興(1811〜1853)が初 めて楊露禅という外来姓の人に太極拳を教えた。これにより、陳氏太極拳は村外に伝わり、数多く の太極拳流派が生まれた。現在、陳氏太極拳のほか、楊氏太極拳、武氏太極拳、和氏太極拳、呉氏 太極拳、孫氏太極拳、王其和太極拳、李氏太極拳などが現代の代表的な太極拳流派である(屈国峰

2007)。続いて、陳家溝における観光化による文化の変容を考察する。

2.2

観光化による文化の変容

2.2.1

陳家溝の街並みの変化

1980

年代、海外メディアによって再発見されたことにより、太極拳発祥地としての陳家溝が注 目され始めた。40年間にわたる観光化・聖地化の中で、陳家溝の様子が大きく変わった。

陳家溝には本来

3

つの溝があり、それぞれ、東溝、西溝と中溝と呼ばれる。しかし現時点では、

東溝だけが残された。その原因が、今度の調査で分かった。「だいたい

15

年前から、陳家溝の発展

──────────────

6)陳家溝の出身者が運営する陳家溝太極拳に関するブログ「陳溝水」からの引用(2021年2月4日取得, https : //mp.weixin.qq.com/s/gC_ZyDgI8hF-B7qTnj6Tig)。

7)調査対象者からの提供。

26) 1980年代陳家溝の様子 図37) 2021年陳家溝の様子

(7)

により、毎回、村内で道路を修理する時、村内にある溝がどんどん埋められて消えてしまった。現 在、残されたのはただ東溝だけである」という調査対象者の話がある。

さらに、図

2

のような昔ぼろぼろの土壁の家屋がなくなり、図

3

のような

3

階、4階建ての家屋 が立派に建てられた。そして、「太極拳発祥地」という名に合わせるために、村では明の時代や清 の時代の建築物の模様を模倣したレトロな雰囲気があふれている。

2.2.2

観光用の建築物の増加

現在、陳家溝の

3.5

平方公里8)(総計

350

万平方メートル)の中心地域では観光化・聖地化に関 係する建築物がたくさん作り出された。

4

のように、陳家溝では現在、外来企業9)からの投資により、観光用の建築物がたくさん作ら れている。ここで、建築物の落成年度と用途を表

1

で簡単に説明する。

──────────────

8)1平方公里=1500亩、1亩=666平方メートル。

9)陳家溝外国語学校、王廷ホテル、太極文化小鎮が陳家溝太極拳発展株式会社(経営者が陳家溝以外の出 身)により開発された。太極小町は温県政府と中原豫資株式の合作により開発された。

10)グーグルマップをもとに、筆者作成。

410) 陳家溝の概略図

(8)

以上のように、観光用の建築物のほとんどは

2006

年以降作られたものである。その理由は、

2006

年に、陳家溝が中国国家レベルの無形文化財に登録されたためであると思われる。

2.2.3

家庭型武術練習場所の変化

今度の調査により、陳家溝では家庭型の練習場所の変化が明らかになった。

──────────────

11)ブログ「陳溝水」からの引用(2022年2月4日取得, https : //mp.weixin.qq.com/s/Nr-BTdAiu8UKZdRxckgVIg)。

12)DVD『Taijiquan(太極拳)』からのキャプチャ。

1 外来企業の投資による建築物の落成年度と用途

建築物 落成年度 用途 開発者 注

陳家溝太極拳学校(元の陳 家溝アマチュア体育学校)

1982年 武術学校 陳家溝住民 2003年に民営化され、陳家溝太極拳学校 と名付けられた

太極拳霊廟(元の陳氏一族 の祖祠(霊廟))

1995年 祖先崇拝

など

陳家溝住民 2002年に地元政府に借り上げられ、太極 拳霊廟と名付けられた

中国太極拳博物館 2009年 観光用 温県政府 世界初の太極拳をテーマとした博物館であ る

太極拳文化国 際 交 流 セ ン ター

2011年 試合用 陳家溝太極拳 発展株式会社

外来企業の投資のため、地元住民が利用す る際も利用料を支払わねばならない 陳家溝外国語学校 2013年 学校 陳家溝太極拳

発展株式会社

小学校部と中学校部を含める私立学校であ る

王廷ホテル 2014年 宿泊用 陳家溝太極拳 発展株式会社

温県のトップレベルの宿泊地である

中華太極館 2017年 観光用 不明 太極拳文化の体験、古い村落の展示、陳家溝 の建築計画の展示などを中心とした展覧館 太極小町 2020年 観光用 温県政府と中

原豫資株式

プロジェクトが確立されただけで、22億 元(374億円)が投資される見込みである

「印象・太極拳」演出所 2021年 観光用 不明 太極拳を舞台芸術として演出するための劇 場である

511) 1980年代の家屋 図612) 1997年の家屋

(9)

5

のように、1980年代初頭は多数の人が小さな庭の中で練習していた。この写真は陳氏の

1

つの大家族が庭の中で太極拳を練習していた様子である。実はこの大家族は

1984

年に、日本のあ るテレビ局が陳家溝へ取材に行った時、特別取材されたことがある。今度の調査では、ちょうどこ の大家族の長孫の陳

JJ

さん(中央の男性)にインタビューした。彼の話によると、図

5

の中にあ る家屋は、正面の家屋が母屋で、祖母が住んでいた。両側の家屋にそれぞれ自分の家族と、伯父の 家族が住んでいる。両家庭を合わせて

10

人の大家族が一緒に住んでいた。その当時は、練習でき る空間は村の穀物干しの広場と自分の家屋の小さい庭だけであった。

6

のように、1990年代に入ると、多数の人が開放型の庭の中で練習するようになった。これ は

1997

年、ドイツのテレビ局が撮影した映像である。この映像の主人公の

1

人は相変わらず陳

JJ

さんである。彼は当時

31

歳で、すでに結婚していた。そして、兄弟分家により、自分の家屋を持 つようになった。その映像の中に外来の学生が開放型の庭で練習している場面がある。当時すで に、陳家溝の一部の人が太極拳の先生として、生計を立てていた。

7

のように、2010年には、立派で現代型の家屋が落成した。図

7

は調査対象の陳

EW

さんか ら提供の写真で、彼の祖父の家である。祖父の家は

3

階建ての建物で、閉鎖型の大きな庭がついて あり、庭の地面には八卦の図も書いてある。閉鎖型の庭は、学生が練習するためのものである。2 階と

3

階には

2

人を泊める部屋がいくつか作られた。学生が

20

人ぐらい宿泊できるようになって いるが、シャワーとトイレは各部屋に備え付けにはなっておらず、共同のものが外に設置されてい る。

8

のように、2019年新築の家屋には庭をなくしてすべて部屋を作った。これも調査対象の陳

EW

さんから提供の写真で、彼の実家である。学生たちの練習空間は庭ではなく、建物の

4

階に作 られた専用の大部屋である。この家屋には

20

人ぐらいの外来の学生を泊める宿泊機能もついてあ

──────────────

13)図7と図8はどちらも調査対象者からの提供。

7 2010年落成の家屋 図813) 2019年落成の家屋

(10)

り、シャワーとトイレも各部屋に備え付けである。太極拳の学生がいない場合は、家庭民宿として 一般の宿泊客も泊めている。

3.今後の課題

以上が現在までにまとめたデータからわかる内容の一部である。ただし、のべ

40

名で、1人当 たり

1〜2

時間のインタビューから得られた録音データは膨大であるため、いまだ整理できていな いデータが残っている。今後は、これらのデータを整理する予定である。それを踏まえて、聖地 化・観光化された後の陳家溝では、昔はぼろぼろだった家屋が、現在は立派な家屋に建て直された などの明瞭な変容を指摘するのみならず、観光開発やイベントの創出による地域の伝統や文化の変 容、それに対する地域住民のアンビバレントな想いも明らかにしたい。

参考文献

屈国峰,2007,「養生武術の形成過程に関する研究──民間武術から太極拳への変遷を中心に」筑波大学大学 院人間総合研究科平成19年度博士学位論文。

張雷,2006,「一种惯习的传承、自救与消解──以陈家沟陈氏宗族为例」『中国乡村研究』4 : 194-269。

周健,2020,「被投资泡沫重重“污染”的“太极拳圣地”」,键指财经,2020年7月1日,(2021年11月10日 取得,https : //mp.weixin.qq.com/s/YD78zEP1B8W4qdWM1bUtcg)

映像資料

Pfanz, Ludger, 1997, Taijiquan : Vollendete Kampfkunst in China, World Chen Taiji Association Germany

(WCTAG).

◎ボランティアの社会化を促すものは何か?

−当事者との相互作用に着目して−

岡村 こず恵(社会学研究科)

1.研究要旨

本研究の目的は、現代日本における

NPO(民間非営利団体)でのフォーマルなボランティア活

動において、主としてボランティアスタッフ、および社会的困難を抱える当事者(以下、当事者と 記す)、そして彼らを支える職員など実務者等の相互作用を探求することで、社会的に困難な立場 やボランティア活動に対する意味づけがどのようなものかを明らかにすることである。さらに、そ の意味世界に変化を引き起こす要素を検討する。

市民社会の担い手としてその活躍が期待されるボランティアだが、1990年以前より現在にかけ て、ボランティア活動に携わっている人の割合はほとんど増減がみられない(桜井

2017 : 117)。

ボランティアがまったくいない特定非営利活動法人(以下、NPO法人とする)(認定

NPO

法人除

く)は

25.8% と 2

割を超えており(内閣府

2020 : 8)、NPO

がボランティアの受け入れに消極的

との指摘もある(田中

2011)。しかし、特定非営利活動促進法(以下、NPO

法とする)や公益法 人関連法の公益法人に関しては、公益を目的とした事業に取り組む法人格について定めた法律であ

(11)

り、特に

NPO

法は、一人ひとりの市民が公益を担う器としての法人格を理念として整備された法 律である。NPOが活動する空間は、市民が社会課題にかかわる「参加の回路」(関

2008)となり

得るものであり、市民と

NPO

との関係の隔たりは看過すべきでない。そこで本研究では、市民社 会の担い手としてのボランティアを育むことを標榜する

NPO

において、ボランティア活動の意味 を再帰的に問い直し、ボランティアの社会化(socialization)を促すものには、どのような要素が あるのかを明らかにする。

2.先行研究

人々はボランティア活動を通じて、様々な社会問題に遭遇する。行政や企業等が提供する財・

サービスでは人々のニーズが満たされなかったり、社会的に不公正な環境をより公正なものに変え ようとしたりする場面で、ボランティア活動は発生しやすいためである。さらに、自己や他者との 相互作用を通じて、社会的に困難を抱える他者の立場を知ったり、社会問題の連鎖や自己との関係 を把握したりしながら、社会問題の背景の理解を深めていく。こうした一連の過程は、「ボランテ ィアの社会化」ととらえることができる。

社会化とは一般的に、他者との相互作用を通して個人が社会の規範や役割を習得し、その役割を 遂行しながら社会的な存在になる過程をいう。しかし、ブルーマーはシンボリック相互作用論

(1969)において、人間が主体的に解釈を加えることで、事象の意味が変化し続け、それにもとづ いた行為によって社会が成立するとした。この視点で社会化をとらえると、人間は、一方的かつ受 動的に社会の規範や役割を学習するだけでなく、主体的に事象を意味づけ、他者との社会的行為の 相互作用によって共同の意味づけを行いながら、組織や社会をつくり続ける過程をも意味するとい える(稲場

2011 : 163-4)。こうした視点でボランティアの社会化をとらえると、人々はボランテ

ィア活動に取り組みながら、社会から求められる規範や役割に受動的に答えようとするだけでな く、一方で、ボランティア活動にともなう様々な行為を能動的に意味づけ、それにもとづいた行為 をすることで組織や社会における共同の意味づけが形成されるという双方向の社会化の姿がみえて くる。

当事者のアイデンティティ管理および自立の実践と、アドボケイトの支援活動との相互作用に着 目した研究に佐藤(2010)がある。佐藤は、阪神淡路大震災で被災した障害者のアイデンティティ に対する抑圧は、相互行為場面でしばしば現象することに着目し、改めて相互行為レベルでテーマ 化している。レイべリング論をもとに、レイべリングを受ける行為者(被レイべリング者)が自己 定義するアイデンティティを承認してくれるような支援行為をアドボカシーととらえ、そうした支 援を行う重要な他者であるボランティアや

NPO

をアドボケイトと把握する。本研究は、アイデン ティティの変容に介在する被災障害者のアドボケイトとしてのボランティア/NPOの特徴を、社 会的被害の与え手(社会的強者)・受け手(社会的弱者)・アドボケイトの三者関係に照準して考察 している点で示唆に富む。さらに、ボランティア自身が自己のあり方を再帰的に見直していくこと が、組織としてのあり方の再帰的見直しにつながっていくとの指摘は重要である(佐藤

2010 :

67)。しかし、NPO

が活動する空間において、ボランティアの社会化が促進される要因は何か、ボ

ランティアと職員をはじめとする実務者とでどのような違いがあるのかについては、十分に検討さ

(12)

れていない。

3.研究方法と今後の予定

本研究では、NPOの中でも、NPO法人、公益法人、公益目的事業に取り組む一般法人や任意団 体を主な対象とした。また、ボランティアについては、有償無償を問わず、主に

NPO

を拠点とし て活動している人とした。調査先は、活動分野は問わないが、何らかの対人援助をともなう活動に 取り組んでおり、かつ、ボランティアが中心メンバーとして活動している、あるいは、ボランティ アと有給職員が積極的に協働して事業運営している団体を対象とした。団体の選定には、調査の趣 旨を説明し、団体の日常の活動実態を直接把握している中間支援組織や

NPO

関係者に推薦を受け た。

調査対象は、団体で活動するボランティアや、当事者、ボランティアコーディネーター、経営ト ップなど実務者を対象に、主に団体の事務所や活動場所にて、インタビュー調査を実施する。3団 体程度で

18

名程度、対面またはオンラインで

60

分程度の半構造化インタビュー形式とした。ま た、経営トップの実務者には、インタビュー調査とともに法人概要についての質問紙調査を実施し た。インタビュー時に、可能な範囲で活動に参加したり見学したりして、補足的に情報を得た。ウ ェブサイト、事業報告書、ボランティア研修の資料等も分析対象とした。

インタビュー調査の項目は、まず、①.ボランティアを対象に、ボランティア活動のきっかけや 動機などの概要、当事者との出会いやかかわりについて、自分が変わったと思うことなどを聞き取 りした。次に、②.団体に何らかのサポートを求めてサービス利用者としてかかわっている当事者 には、ボランティアとの活動の概要、ボランティアのとらえ方について、自分が変わったと思うこ とを話してもらった。最後に、③.ボランティアと当事者との協働を推進するボランティアコーデ ィネーターや経営トップなど実務者には、団体のボランティア参加についての方針、支援過程にお ける関わり方等について語ってもらった。また、経営トップを対象とした質問紙調査では、活動分 野や職員およびボランティアスタッフ等の人数、収益規模などについて回答を得た。

今後は、相互作用論にもとづくボランティア活動の意味づけについての研究レビューとともに、

3

団体のインタビュー調査を進める予定である。

[文献]

Blumer, Herbert George, 1969, Symbolic Interactionism : Perspective and Method, Englewood Cliffs, New Jersey :

Prentice-Hall, Inc.(後藤将之訳,1991,『シンボリック相互作用論──パースペクティヴと方法』勁草書

房.)

稲場圭信,2011,『利他主義と宗教』弘文堂.

内閣府,2020,『令和2年度 特定非営利活動法人に関する実態調査報告書』.

桜井政成,2017,「ボランティアと寄付──市民社会を支える資源」坂本治也編『市民社会論──理論と実証 の最前線』法律文化社,110-24.

佐藤恵,2013,『自立と支援の社会学──阪神大震災とボランティア』晃洋書房.

関嘉寛,2008,『ボランティアからひろがる公共空間』梓出版社.

田中弥生,2011,『市民社会政策論──3・11後の政府・NPO・ボランティアを考えるために』明石書店.

(13)

◎オンライン上の投稿動画をめぐるデジタル・フォークロアの可能性

−オリンピック・パラリンピックの選手村を事例として−

山下 茉莉花(社会学研究科)

本研究の概要・目的

現代社会において、オンラインという場は我々の日常生活に深く関係している。ひとつの生活の 場としてのオンライン上で見られる民俗を、ここでは「デジタル・フォークロア」(Blank 2014)

とする。また、アメリカ民俗学では、2000年代から本格的に、デジタル・フォークロアについて の研究が蓄積されてきた(Blank ed. 2009, Howard 2011, McNeil 2013)。

本研究では、人々が主体的に情報を発信することが出来るインターネット社会において生まれた デジタル・フォークロアと、従来のメディア(新聞、テレビ、ラジオなど)に対抗する形でのイン タラクティブ・メディア(主に

SNS)の可能性を提示する。開村期間内での取材が一切禁止され

ているという状況から、従来のメディアによる選手村の報道は厚みを欠いた。そして、SNSに投 稿された動画は、選手自らが生活の様子をただ撮影して伝えるという目的だけでなく、選手村に関 するいくつかの報道を修正するという目的によって投稿された場合もあった。こうした、ヴァナキ ュラー(対覇権的)なメディアのあり方とその権威性を示すことが、本研究における大きな意義の

1

つと考えている。

今回の調査で収集した資料は、東京

2020

オリンピック/パラリンピック期間中(7月

13

日〜8 月

11

日、8月

17

日〜9月

8

日)に撮影・投稿された

184

個の動画/画像である。これらの資料は、

いくつかのトピックに分けられるが、その多くは選手村でのありのままの日常風景を伝えることに 終始した。この脱イデオロギー的な表象は、組織委員会が出した公式のガイドラインにおいて、

「アスリートたちの意見を表現する場面」に選手村を除外するという取り決めが大きく影響してい る。これにより、選手村は単なるマス・メディアの権威性への対抗として機能するのではなく、マ ス・メディアとインタラクティブ・メディアの相互間でやりとりされることで、より多層的な権威 性を構築していくと思われる。

中間報告

1.はじめに

東京

2020

オリンピックでは、従来のセキュリティ対策に新型コロナウィルス感染防止対策を加 えた、「バブル方式」と呼ばれる隔離政策が採られた。これにより、東京都中央区晴海選手村(以 下選手村とする)に滞在する人々は、選手村と競技会場以外の個人的な外出を禁じられ、それまで の選手村とは全く違う状況に置かれることとなった。しかし、オリンピックの開催期間中、

YouTuber

である

yanapo

氏という人物がボランティアスタッフでありながら選手であると偽って侵

入し、村内の撮影をしていたことが発覚し、選手村内部のセキュリティの甘さが指摘された。ま た、こうした問題が実際に起こったこともあり、選手村に原則立ち入って取材することが出来なか ったマス・メディアの報道は、その多くが反オリンピックの風潮をあおるようなネガティブな内容 にとどまった。例えば、ウェブニュースでは、「夜な夜なマスク無しで野外パーティをする選手た

(14)

1)」や、「こっそり選手村を抜け出す人々2)」あるいは、それに派生した「マッチングアプリで現 地の日本人とつながろうとする選手たち3)」というややスキャンダラスな選手たちの姿が好まれて 報道された。

しかし、そうした反オリンピック的な報道のいくつかは、受け手側である大衆や報道内容の当事 者たちによって、反論や修正をもって批判された。具体例のひとつとして、東京

2020

オリンピッ クが開催中の

2021

8

3

日、文春オンラインで掲載された記事4)を挙げる。この記事は、フラ ンス人記者のフローラン・ダバディ氏が、オリンピックのプレスセンター5)で提供された食事が高 くてまずく、またコロナ禍における交通手段や移動の制限などにも不満を覚えたという内容であっ た。この記事に関する反響は、必ずしも肯定する意見だけではなかったが、当初はダバディ氏の言 葉を受けて、組織委員会の選手と記者団への対応の差を非難する声が上がった。しかし、後日この 記事に関して、ダバディ氏は

Twitter

で「(組織運営に関して)建設的な批判とともに、できるだ け良い点を述べたのに、オリンピック批判のために自分の発言が使われていてがっかりした」とい う旨の反論をツイートした6)。これにより、この記事は歪曲された報道、あるいはオリンピックに 対するネガティブキャンペーンの一種ではないかという批判を浴びることとなった7)

こうしたなかで指摘されるのは、ソーシャル・メディアに投稿された動画が、今回の選手村の様 子を外部から見られる唯一の方法であるということである。ここにおいて、選手たち自身の投稿 は、従来マス・メディアが持っていた情報の権威性に対抗する「ヴァナキュラー(反覇権)」的メ ディアとして機能しているといえる。本研究では、そうしたソーシャル・メディア内での選手村に 関する投稿を観察し、どのような表象がされているのか、またそうした「日常」を切り取るような 投稿が、どのように権威性を持つのかを分析する。

2.調査状況

今回の調査では、TikTok、Twitter、Instagram、YouTubeに投稿された

184

の動画/画像を収集し た。その内訳は、最も多く投稿されていた

TikTok

から

126

個、YouTubeから

32

個、Instagramか ら

14

個、Twitterから

9

個、その他プラットフォーム元が不明だったものが

3

個であった。

また、収集した資料の中でオリンピック期間中(7月

13

日〜8月

11

日)に撮影/投稿された動 画は

116

個で、パラリンピック期間中(8月

17

日〜9月

8

日)のものは

50

個、その他のタイミン

──────────────

1)デイリー新潮(2021/08/03)「五輪選手村で連日 野外パーティ の乱痴気騒ぎ動画 組織委も警察も制御 不能のあきれた実態」(https : //www.dailyshincho.jp/article/2021/08030601/?all=1, 2021/10/12最終閲覧)

2)フライデーデジタル(2021/08/05)「東京五輪「選手村を抜け出して」コンビニに行く外国人が続出中」

(https : //friday.kodansha.co.jp/article/197674, 2021/10/12最終閲覧)

3)原田イチボ(2021/07/31)「「マッチングアプリで来日中の五輪選手と出会える」という噂は本当 か」、

NEWSポストセブン(https : //www.news-postseven.com/archives/20210731_1679618.html/2, 2021/10/12最終閲 覧)

4)「文春オンライン」編集部(2021/08/03)「「食事は高い上においしくない」「バスは待たされる」…東京五 輪取材中、ダバディ氏が率直に語った問題点 仕事をする上でプレスセンターの運営は素晴らしいが…」

(https : //bunshun.jp/articles/-/47636, 2021/10/10最終閲覧)

5)大会時の報道・放送センターとして、東京ビッグサイトが開放され報道各社の待機所となっている。

6)https : //twitter.com/DabadieTV/status/1422455974158168072?s=20 7)註2と同記事のコメント欄を参照。

(15)

グ、あるいは撮影/投稿日が不明のものは

18

個である。

次の表は、収集した投稿動画/画像の中から、多く取り 上げられていたトピックの一部を表にしたものである。そ の中のいくつかのトピックに関して説明する。

ビレッジツアーは、投稿者が選手村内部の施設などを撮 影したり、実際に利用したりすることで紹介をするもので ある。紹介される施設としては、後述の「食堂」や「メイ ンロード」、そして「ビレッジプラザ8)」が多かった。

また、選手村の中央に位置するメインダイニングホール

(食堂)の様子が多くのアカウントで投稿され、このトピ ックはメディアの報道でも注目を集めた。ここでは各国の 料理をバイキング形式で提供しており、海外の選手が投稿 した動画には、食べ慣れない日本食に挑戦するという場面 がよく見られた。

カーボンベッドは、今回の選手村で話題になった段ボー

ルで組み立てられたベッドのことである。選手たちの宿舎に備え付けられたこのベッドは、米ニ ューヨークポスト紙に、就寝以外の目的で使用することを阻害するように設計された、「反セック スベッド」ではないかと報道された9)

このことを受けて、このトピックに関してはそうしたうわさに言及をするような投稿がほとんど だった。また、実際にはこのカーボンベッドは

200 kg

の重さに耐えうるもので、いくつかの投稿 動画はベッドの上で跳びはねることでその耐久性を証明し、この報道へのファクトチェックを果た した。カーボンベッドをめぐる選手たちの感想とその報道に関しては、さらなる事例がみられるこ とから、追って更なる分析をしていきたい。

また、選手村におけるテクノロジーへの反応も多かった。具体的には、トヨタ社が提供した自動 運転車や、チップが内蔵されたカードをかざすことで無制限に利用できる自動販売機、アシックス 社が提供する靴のサイズを自動で測定する機械などである。その他にも、数は少ないが、選手たち が滞在するアパートの間取りを紹介するものや、選手同士の交流、選手村での洗濯方法を説明する 投稿などもあった。

3.今後の課題

今回の調査結果から、選手たちが投稿した動画の多くは、彼らが過ごす村内での日常風景を切り 取ったものに終始していることが分かった。これは、国際オリンピック委員会(IOC)が取り決め

──────────────

8)晴海選手村は、大きく分けて3つの区画に分けられる。①居住エリア(居住棟、食堂など)、②ビレッジ プラザ(土産店、美容室、ラウンジなどのサービスが受けられる区画)、そして③運営エリアである。

9)David Meyer(2021/07/18)‘Athletes to sleep on ‘anti-sex’ carboard beds at Olympic Games, runner claims’, New York Post, retrieved by(https : //nypost.com/athletes-to-sleep-on-anti-sex-cardboard-beds-at-olympic-games/, 2021/

10/12最終閲覧)

1 収集した資料のトピック別集計

(調査者が収集した資料をもとに作成)

トピック

ビレッジツアー 28

食堂の様子 27

お土産 22

カーボンベッド 10

メインロード 10

テクノロジー 13

ルームツアー 7

交流 4

ランドリー 4

その他 59

合計 184

(16)

た公式ガイドライン10)における、「アスリートたちの意見を表現する場面」に関する規定が大きく 影響していると思われる。オリンピック/パラリンピックに参加する選手たちは、オリンピズムの 根本原則11)に反することでなければ、いかなる意見も表明することが可能だが、それが禁じられて いる場面がある。それは、公式セレモニー中と、競技場内での競技中、そして選手村の内部であ る。ここで分かるのは、選手村はイデオロギーからある種切り離された場であることと、そこから 生み出される選手たちの日常風景が、自ずと脱イデオロギー的なものになるということである。続 く調査では、収集した資料のさらなる分析を進めて、ヴァナキュラー・メディアの可能性をより多 角的にみていきたい。

参考文献

Blank, Trevor J.(2014)Toward a Conceptual Framework for the Study of Folklore and the Internet,Utah State Uni- versity Press

Blank, Trevor J. ed.(2009)Folklore and the Internet : Vernacular Expression in a Digital World, Utah State Univer- sity Press

Howard, Robert G.(2011)Digital Jesus,New York University Press

McNeill, Lynne S.(2013)Folklore Rules : A Fun, Quick, and Useful Introduction to the Field of Academic Folklore Studies,Utah State University Press

◎新型コロナウイルス対策の比較社会学

−ミシェル・フーコーの安全システム論を用いて−

中村 健太(社会学研究科)

1.本研究の概要

本研究は、新型コロナウイルス感染症流行下の社会において、どのような統治が行われているの かを明らかにすることを目的とするものである。その際、理論的研究と実証的研究を並行して行う ことで、複合的観点から現代社会の統治メカニズムに迫る。新型コロナウイルス感染症の対策は、

安全を社会学的概念として彫琢することで、より的確に捉えることが可能になり、世界各国の新型 コロナウイルス感染症対策の分析を通して、現代社会がどのように統治されているのかが明らかに なるからである。

報告者はこれまで、ミシェル・フーコーがコレージュ・ド・フランス講義『安全・領土・人口』

(Foucault Michel 2004=2007)で提示した安全メカニズムが、現代社会を捉える際に有効な視座を 提供するという考えのもと、安全メカニズムの分析を行ってきた。その結果、安全メカニズムが

18

世紀の事例をもとに議論されているにもかかわらず、グローバル化や価値観の多様化、個人化

──────────────

10)IOC(2021/07/02)‘Rule 50.2 Guidelines-Olympic Games Tokyo 2020’(https : //olympics.com/athlete 365/app/

uploads/2021/07/Rule-50.2-Guidelines-Olympic-Games-Tokyo-2020-Final.pdf, 2021/10/13最終閲覧)

11)オリンピック憲章2020年版(https : //www.joc.or.jp/olympism/charter/pdf/olympiccharter 2020.pdf)の11頁目 に掲載

(17)

が進行した現代社会をみる際にも適合的であることが明らかになった。この研究成果は日本社会学 会の発行する学会誌『社会学評論』に投稿中である。そこで次なる課題として、安全メカニズムと いう仕組みを社会学の文脈に位置づけることが目指される。なお、採択された本研究の理論的研究 は、この課題に対応するものである。

実証的研究では、新型コロナウイルス感染症下の社会で、何を目的として、いかなる対策がとら れてきたのかを整理し、そこから現代社会の統治を考える際に重要と思われる事項を取り上げ、詳 細を分析するという方法を用いる。新型コロナウイルス感染症は世界各国で猛威を振るっており、

当然のことながら、それぞれの国家がそれぞれの対応をとっている。こうした対応をすべて把握 し、整理することは困難である。そこで本研究では、新型コロナウイルス感染症対策についてまと めた既存の研究や政府などの公的機関による資料等を適宜参照し、現代社会を象徴していると考え られる事象の特徴を明らかにする。

なお現時点では、まだ仮説段階ではあるものの、ある感染者が免疫をもたない集団に対してどれ だけ直接感染させる可能性をもっているのかを示す、再生産数という疫学上の概念に着目して検討 をすすめている。よって今後の実証的研究では、コロナ対策を渉猟、整理するにとどまらず、疫学 などの関連する諸領域の基礎的知識や歴史といったものも参照しながら、研究を進めていく必要が ある。

このように本研究は、理論的側面と実証的側面の

2

側面を併せ持つものであり、これらの成果を 統合することで、本研究の目的に到達することが可能となる。以下では、特に理論的研究に絞って その成果を報告する。なお、最終報告では、実証的研究の成果を報告する予定である。

2.中間報告

社会学ではこれまで、リスクが現代社会の不確実性を分析するための概念として用いられてき た。リスクが現代社会を捉える際に重要な役割を果たしてきたのに対して、安全はあまり重視され ず、例えばニクラス・ルーマンは安全を「空虚な概念」(Luhmann Niklas 1991=2014 : 36)として しか考えなかった。とはいえ、現代社会では安全が存在せず、リスクのみが支配していると考える のは早計である。ルーマンは安全を考える際、未来に対するリスクが一切存在しない「完全な安 全」(ibid.)を想定した。しかしリスクを常に抱え、時に顕在化しながらも、全体的な崩壊には至 らずに秩序を維持しているのが現代社会である、という見方も可能である。このように考えた場 合、安全はルーマンのいうような形ではなく、不完全な形で存在しているのではないか。つまり、

リスク社会といえども、社会が統治され、秩序が維持されている以上、安全が確保されていると考 えることは可能なのである。

採択者は、以上で述べた見解をウルリヒ・ベックによるリスク社会論にも言及しつつ整理し、リ スク社会論では安全が重視されていない点、しかしリスクと安全は並存するものとして考えるべき だとする議論をリサーチノートとして執筆、『KG社会学批評』に投稿した。

さらに採択者は、社会学で安全を取り上げた数少ない論者であるロベール・カステルの安全論 と、本研究が依拠するフーコーの安全メカニズムを比較検討した。

カステルの『社会の安全と不安全』(Castel Robert 2003=2009)では、国家が個人に対して保障

(18)

する安全が、2つの側面から論じられている。すなわち、社会的安全と市民的安全である。カステ ルは賃金労働社会に特徴的な安全の形態として、社会的安全を提示している。社会的安全は、人び との安定した生活を保障する安全であり、『社会問題の変容』(Castel Robert 1995=2012)などで詳 述されている。他方、市民的安全とは人々の生命の安全を保障する、より根源的な安全であり、カ ステルはホッブズやロックといった古典的研究を参照しながら市民的安全の検討をおこなってい る。

カステルは市民的安全をみるに際して、現代社会が個人化の進行した社会であるという認識を重 視する。カステルによると、各人は「かつてなかったほど最も安心できる社会で生きている」

(Castel Robert 2003=2009 : iii)にもかかわらず、「国家が自分を保護してくれるよう国家に対して 要求する」(ibid. : 17)ようになっているという。

本研究はカステルの、現代社会が個人化しているという点には同調しつつ、個人化が進展してい るならば、個人に立脚した形で安全を捉えることは困難であることを明らかにした。さらに、客観 的にみて自由民主主義的体制下の法治国家では、一定の安全が確保されているという前提に立った うえで、現代社会の安全を考える際には、安全が確保されている、いないと感じる個人の主観を排 除する必要があるという議論を展開した。そして個人が安全をどう認識していようが作動する、装 置としての安全、すなわちフーコーの安全メカニズムが有効な視座を提供すると結論付けた。採択 者はこうした知見を、2021年

10

30

日に行われた日仏社会学会大会にて発表、さらに今後は論 文として執筆し、日仏社会学会の発行する学会誌『日仏社会学会年報』に投稿する予定である。

参考文献

Castel, Robert, 1995,Les Métamorphoses de la question sociale, Paris : Libraire Arthème Fayard.(前 川 真 行 訳,

2012,『社会問題の変容−賃金労働の年代記』ナカニシヤ出版.)

────, 2003,L’insécurité sociale : Qu’est­ce qu’ être protégé?, Paris : Éditions du Seuil et La République des

Idées.(庭田茂吉・アンヌ・ゴノン・岩崎陽子訳,2009,『社会の安全と不安全−保護されるとはどういう

ことか』萌書房.)

Foucault, Michel, 2004,Sécurité, Territoire, Population : Cours au Collège de France 1977­1978,Paris : Éditions du

Seuil/Gallimard.(高桑和巳訳,2007,『ミシェル・フーコー講義集成Ⅶ 安全・領土・人口 コレージュ・

ド・フランス講義 一九七七−七八年度』筑摩書房.)

Luhmann, Niklas, 1991,Soziologie des Rislos,Berlin : Walter de Gruyter.(小松丈晃訳,2014,『リスクの社 会 学』

新泉社.)

参照

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