Title
規則磁性体の緩和過程と非平衡相転移に関する動的モンテカル
ロシミュレーション
Author(s)
加藤 友彦
Citation
福岡工業大学研究論集 第40巻第1号 P1-P8
Issue Date
2007-9
URI
http://hdl.handle.net/11478/935
Right
Type
Departmental Bulletin Paper
Textversion
Publisher
福岡工業大学 機関リポジトリ
FITREPO
不規則磁性体の緩和過程と非平衡相転移に関する
動的モンテカルロシミュレーション
北
!
保
(電子情報工学専攻)加
藤
友
彦
(電子情報工学科)久
保
英
範
(電子情報工学科)Dynamical Monte Carlo Simulation on Relaxation Process and
Non-equilibrium Phase Transition in Random Magnetic System
Tamotsu K
ITAZAKI(Graduate School of Information Electronics)Tomohiko K
ATO(Department of Information Electronics)Hidenori K
UBO(Department of Information Electronics)Abstract
The relaxation process of a random magnetic system and its time dependent phase transition are investigated in a time dependent Monte Carlo simulation. It is found in the relaxation process that the present disordered system exhibits the extended exponential decay, and asymptotically approaches to the usual exponential decay with increasing temperature. The time dependent order parameters are cal-culated in the function of the temperature for several concentrations of the magnetic atoms and these results are found to be in good agreement with the results of an recent NMR spin echo experiment on MnxCd1−x(HCOO)2・2(NH2)2CO by Kubo et. al.
Keywords: random magnetic mixture, dynamical Monte Carlo simulation, extended exponential
re-laxation, non-equilibrium phase transition
1.序 論 磁性原子が不規則に配列する磁気混晶の相転移は、 単原子結晶及び規則的配列の化合物の場合と異なり、 秩序変数が明確に消失せず、緩やかな転移を示す。こ の現象は緩和時間が観測時間よりも長くなるための非 平衡現象であると考えられる。この研究では不規則磁 性体の緩和過程の解析と秩序変数の観測時間による変 化をシミュレーションにより計算する。モデルとして、 二次元正方格子に磁性原子と非磁性原子がランダムに 配置された磁気混晶の系を対象として考える。最近接 格子間の相互作用のみ考慮するイジングスピンモデル を設定し、動的モンテカルロシミュレーションの手法 を用いて物理量の計算を行った。この研究は大澤の修 士論文1)の結果をより精密にしたものである。 計算結果を MnxCd1−x(HCOO)2・2(NH2)2CO に対する NMR のスピンエコーの実験2)(図1‐1)と比較する。
福岡工業大学研究論集 Res. Bull. Fukuoka Inst. Tech., Vol.40 No.1(2007)1−8
平成19年4月27日受付
●:x=1.0 ○:x=0.96 ■:x=0.85 □:x=0.72 ▲:x=0.58 △:x=0.51 ◎:x=0.22 ◆:x=0.12 Pc 0.6∼ ∼ 2 1 0 H a lf L in e W id th( k O e ) 0 1 2 T(K) 3 4 :磁性原子 S=1 S=-1 :非磁性原子 図2‐1 イジングモデル 図2‐2 磁性原子スピン 2.対象モデルとモンテカルロシミュレーションの 方法 2.1 混晶系二次元イジングモデル 本研究では、二次元正方格子に磁性原子と非磁性原 子を不規則に配置する系を対象としている。そのモデ ルとして、最近接格子相互作用のみを考慮するイジン グスピンモデル(図2‐1)を想定した。イジングモ デルとは、磁性原子のスピン S が上向き(S=1) と、下向き(S=−1)の2種類の状態(図2‐2) を取るモデルのことである。 モデルハミルトニアン H は H =−J
Σ
SiSj となる。J は交換相互作用であり和は最近接サイト間 の対についてとるものとする。 MnxCd1−x(HCOO)2・2(NH2)2CO は反強磁性であるが、イ ジングモデルでは本質的に強磁性と同じであるので簡 単のため J を正とした。 2.2 動的モンテカルロ法 通常のモンテカルロシミュレーションは、実時間に 対応していないが、動的モンテカルロ法は遷移確率を 利用することにより実時間に対応させることができる。 ・遷移時間 まず時間 t=0で、系がある状態 i であり、系の性 質から状態 i は状態 f1,f2,…fnのいずれかに遷移す ることが可能であるとする。その遷移確率(単位時間 当たりの遷移数)を、Wi,fjとする。いずれかの遷移が 起こる遷移確率 W は、 ! !! "!! # !$" %" で与えられる。 次に確率論的に考えるため、同等の系を N 個考え る。N 個のうち、時間 t で状態 i にとどまっている系 の数を n(t)とする。n(t)は次式を満たす。 dn(t) dt = −W ×n(t) 一般には W は系の状態を通して t に依存するが(例: 電気伝導の問題における散乱確率)、スピン系の場合 には時間に依らない。上式を積分すると次のようにな る。 n(t) = N ×e−Wt ここで、遷移時間 tcと一様乱数 r との対応関係を考 える。まず、時間 t まで遷移せず、t で始めて遷移す る確率 P(t) は P (t) =n(t) N W = e −Wt×W で与えられる。 一つの系が時刻 tcで消滅する確率は、 &"'#!" $ ' ("'!#)'!!" $ ' !#*$!'!)'!!!$*$!' で与えられ、図2‐3ように r に[0,1]一様乱数を 対応させることができる。 r =1−e−Wtc tc= 1 Wlog 1 1−r (0<r<1) 上式を用いて乱数 r により遷移時間 tcを決めること ができる。本シミュレーションでは1−r を r と置き 換えた。 図1‐1 希釈系 MnxCd1−x(HCOO)2・2(NH2)2CO の18MHz でのプロトンの磁場中ス ペクトルの観測結果 不規則磁性体の緩和過程と非平衡相転移に関する動的モンテカルロシミュレーション(北!・加藤・久保) ― 2 ―r (t) t 図2‐3 乱数と遷移時間の関係 S→-S -S→S Eb b f f E +E −E Ei i i E f E E
(a)Ei>Ef (b)Ei<Ef
Ei:始状態のエネルギー Ef:終状態のエネルギー 図2‐4 遷移における障壁 遷移確率 スピンが S から−S に変わる遷移確率 W は次のよう に求めた。
まず、Ei>Efの場合(図2‐4(a))では
! !"!"#"#$ %&' ! " で与えられると仮定した。ここで Ebは一般に遷移の 過程における障壁エネルギー、f は遷移過程の1秒当 たりの頻度を表す。但し、スピン系においては中間状 態は考えられないので、 Eb=0 とした。 Ei<Efの場合(図2−4(b))については、詳細釣 り合いの原理を満足するという要請から、 ! !"!"#"#$##%""#( &' ! " のように与えられる。 頻度 f は格子振動の平均エネルギーに対応すると仮 定した。対象とする温度 T がデバイ温度 ΘDより高い 温度領域では hf $3kBT h:プランク定数 ΘDより十分低い温度領域では、 hf =3π 4 5 kBT ! " # T ΘD $ " % 3 の式から f を算出する。今回のシミュレーションの対 象とした物質 MnxCd1−x(HCOO)2・(NH2)2CO のデバイ温 度は ΘD=128K である。 3.計算結果 3.1 磁気モーメントの緩和過程の解析 磁化 M(t) と t との間には、下記のような引き伸ば された指数緩和と呼ばれる関係が知られており、これ を利用して結果を整理する。 M (t) = exp{−(t / τ)β} (3‐1) なお、β が1の場合は、通常の指数緩和となる。 上式を変形すると、
log {− log (M (t) / M0)}= β log t − β log τ
Y = log {− log (M (t) / M0)}
X = logt C =−β log τ
Y = βX + C (3‐2)
となり、直線の傾きから β を求めることができる。
β が分かればさらに、
exp (1/ β)[log {− log (M (t) / M0)}]=t / τ
Y ′= exp (1/ β)[log {− log (M (t) / M0)}]
Y ′=(1/ τ) t (3‐3) となり、直線の傾きから τ を求めることができる。 図3‐1は磁性原子濃度60%,T=2.00[K]での動的モ ンテカルロシミュレーションの結果である。まずこれ について通常の指数緩和 log M (t) / M0=−(1/τ)t に対応するプロットをしたものが図3‐2である。こ の図からわかるように、全く直線に乗っていない。次 にこれを式(3‐2)の変数でプロットしたものが図 3‐3である。この場合はよく直線に乗っているので 引き伸ばされた指数緩和であると結論される。ここで β=0.43,τ=1.5×10−5と決定された。 不規則磁性体の緩和過程と非平衡相転移に関する動的モンテカルロシミュレーション(北&・加藤・久保) ― 3 ―
1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 0 0.0001 0.0002 M(t) t 図3‐1 濃度60%,T=2.00[K]における磁化の変化 縦軸は磁化率 M(t)、横軸は実時間 t[s]である。 0 -0.5 -1 -1.5 -2 -2.5 0.00002 0.00004 0.00006 0.00008 0.0001 0.00012 log(M(t)/M0) t 図3‐2 図3‐1の log (M (t) /M0) - t によるプロット -13 -12 -11 -10 -9 -13 -12 -11 -10 -9 2 1 0 -1 -2 -3 log t β log{−log(M(t)/M0)} 図3‐3 図3‐1の式(3‐2)によるプロット 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 M(t) t 0 0.000005 0.00001 図3‐4 濃度60%,T=2.5[K]における磁化の変化 2 1 0 -1 -2 -3 -4 -17 -16 -15 -14 -13 -17 -16 -15 -14 -13 log{−log(M(t)/M0)} log t 図3‐5 図3‐4の式(3‐2)によるプロット M(t) t 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0
0 2E-09 4E-09 6E-09 8E-09 1E-08
図3‐6 濃度100%,T=7.0[K]における磁化の変化 図3‐4、3‐5は濃度60%,T=2.5[K]での結果であ る。β=0.59、τ=1.0×10−6 である。同濃度での T= 2.0[K]の場合に比べ、β は大きく、τ は小さくなって いる。 同様のことを濃度50%、60%、70%、80%、90%、 100%について行ったがいずれも引き伸ばされた指数 緩和のプロットでよく直線に乗った。この中で特に濃 度100%、T=7.0[K]の場合の結果を図3‐6と図3‐7 に示す。この場合の β=1.03、τ=2.3×10−9となった。 β がほぼ1となるので、この場合は通常の指数緩和と なっていることが分かる。 不規則磁性体の緩和過程と非平衡相転移に関する動的モンテカルロシミュレーション(北!・加藤・久保) ― 4 ―
2 1 0 -1 -2 -3 -4 -23 -22 -21 -20 -19 -23 -22 -21 -20 -19 log t log{−log(M(t)/M0)} 図3‐7 図3‐6の式(3‐2)によるプロット 1.2 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 β 0.5 2.5 4.5 6.5 T 50% 60% 70% 80% 90% 100% 図3‐8 各濃度における β の温度変化 3.00E+06 2.50E+06 2.00E+06 1.50E+06 1.00E+06 5.00E+05 0.00E+00 1/τ T 0.5 1.5 2.5 3.5 4.5 50% 60% 70% 80% 90% 100% 図3‐9 各濃度における1/τ の温度変化 図3‐8は各濃度における β の時間変化を表したもの である。高温になるにつれて通常の指数緩和に近付い ている。また、濃度が高くなるにつれて、β が大きく なり始める温度が高くなり、β が推移する温度の幅が 小さくなる。 図3‐9は各濃度における1/τ を表したものである。 1/τ が漸近的に0に近付く結果となっているが、こ れはシャープな相転移が存在しないことと対応してい る。 3.2 有限の観測時間における磁化 MnxCd1−x(HCOO)2・2(NH2)2・CO に対する NMR のスピ ンエコーの実験2)(図1‐1)に対応する計算を行っ た。各スピンの時間 t 内の平均<Si>tを各温度におい て、NMR の実験条件に対応すると考えられる色々な 観測時間について計算した。これを度数分布に表し、 この分布から2乗平均の平方根 !" ! "#! ! "" # #! を求めた。この量がスピンエコーで測定されるオー ダーパラメータに対応すると考えられる。 図3‐10は濃度60%、温度 T=2.00[K]における<Si>t である。観測時間が短い時は±1付近が目立っている が、観測時間が長くなるにつれて0付近を示すものが 増える。図3‐11でも同じ傾向が見られるが、その変 化はより顕著である。 不規則磁性体の緩和過程と非平衡相転移に関する動的モンテカルロシミュレーション(北!・加藤・久保) ― 5 ―
5.00E-06 2.00E-05 1.00E-04 個数 -1 -0.5 0 0.5 1 〈Si〉 300 250 200 150 100 50 0 300 250 200 150 100 50 0 図3‐10 濃度60%、温度 T=2.00[K]における<Si>t 横軸は<Si>、縦軸はその状態を示したも のの個数 横軸は2000分割している。 各グラフは各観測時間[s]に対応している。 5.00E-07 5.00E-06 5.00E-05 -1 -0.5 0 0.5 1 〈Si〉 800 700 600 500 400 300 200 100 0 800 700 600 500 400 300 200 100 0 個数 図3‐11 濃度90%、温度 T=3.50[K]における<Si>t 1 0.9 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 0.3 1.3 2.3 3.3 4.3 T[K] S − 5.00E-07 1.00E-06 2.00E-06 5.00E-06 1.00E-05 2.00E-05 5.00E-05 1.00E-04 図3‐12 濃度50%における S の温度変化 横軸は温度 T[K]、縦軸は S 。 各グラフは各観測時間[s]に対応している。 0.7 1.2 1.7 2.2 2.7 3.3 3.7 4.2 1 0.9 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 S − T[K] 5.00E-07 1.00E-06 2.00E-06 5.00E-06 1.00E-05 2.00E-05 5.00E-05 1.00E-04 図3‐13 濃度60%における S の温度変化 S − T[K] 5.00E-07 1.00E-06 2.00E-06 5.00E-06 1.00E-05 2.00E-05 5.00E-05 1.00E-04 1 0.9 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 図3‐14 濃度70%における S の温度変化 以下は各濃度における S の温度変化である。観測時 間が短いほど緩やかな相転移を示す。また、100%に 近付くにつれて、急な変化を示すようになる。 不規則磁性体の緩和過程と非平衡相転移に関する動的モンテカルロシミュレーション(北!・加藤・久保) ― 6 ―
1 0.9 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 S − 2 2.5 3 3.5 4 T[K] 5.00E-07 1.00E-06 2.00E-06 5.00E-06 1.00E-05 2.00E-05 5.00E-05 1.00E-04 図3‐15 濃度80%における S の温度変化 1 0.9 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 S − T[K] 2.7 2.9 3.1 3.3 3.5 3.7 3.9 5.00E-07 1.00E-06 2.00E-06 5.00E-06 1.00E-05 2.00E-05 5.00E-05 1.00E-04 図3‐16 濃度90%における S の温度変化 T[K] 5.00E-07 1.00E-06 2.00E-06 5.00E-06 1.00E-05 2.00E-05 5.00E-05 1.00E-04 1 0.9 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 S − 3.4 3.6 3.8 4 4.2 4.4 図3‐17 濃度100%における S の温度変化 2000 1500 1000 500 0 Line Width[Oe] 1 2 3 4 T[K] 磁性原子濃度100% 40[μs] 90[μs] 磁性原子濃度89% 40[μs] 120[μs] 図3‐18 NMR のスピンエコーの実験3) S − 1 0.9 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 2.5 3 3.5 4 T[K] 89% 40[μs] 89% 120[μs] 100% 40[μs] 100% 90[μs] 図3‐19 実験条件に対応させた S の温度変化 図3‐18は観測時間を変えた場合の NMR のスピンエ コーの実験結果3)である。濃度100%の時は観測時間 (40µs と90µs)によって結果はほとんど変わらないが、 89%のときは観測時間(40µs と90µs)の違いによって わずかに差が見られる。図3‐19はこの実現条件に対 応させたシミュレーションの結果である。NMR の実 験の傾向をよく再現している。 不規則磁性体の緩和過程と非平衡相転移に関する動的モンテカルロシミュレーション(北!・加藤・久保) ― 7 ―
4.結 論 動的モンテカルロシミュレーションにより以下のこ とが明らかになった。 ! 緩和過程 ・各濃度、各温度の全般に渡って引き伸ばされた指数 緩和になっている。 ・β は低温では1より小さく、高温では1に近付き通 常の指数緩和になる。 ・1/τ は低温に向かって漸近的に0に近付く。これ はシャープな相転移が存在しないことを示している。 " 有限の観測時間における磁化 臨界濃度(≒60%)近傍で緩やかな相転移が顕著に なる。 観測時間によって相転移の緩やかさが変わる。 この結果は NMR の半定量的に一致している。 この論文の内容の一部は既に文献4)に発表した。 参 考 文 献 1)大澤嘉範 磁気混晶のグリフィス相における相転 移の研究 福岡工業大学修士論文 2004年2月12日
2)K. Zenmyo, H. Kubo, M. Tokita K. Takeda and K.Yam-agata, J. Magn. Magn. Mater. 277(2004)281.
3)H. Kubo, K. Zemmyo, T. Kato andYamagata, J. Magn. Magn. Mater. 310(2007) e528-e530.
4)T. Kato,Y. Ohsawa, H. Kubo and K. Zenmyo, J. Magn. Magn. Mater. 310(2007) e531-e533.
不規則磁性体の緩和過程と非平衡相転移に関する動的モンテカルロシミュレーション(北#・加藤・久保)