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<論説>政策のパラダイムシフトと官僚制─森林行政を事例に─

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政策のパラダイムシフトと官僚制. 81. 政策のパラダイムシフトと官僚制 ──森林行政を事例に──. 小池 治. � . 要旨:地球規模で進む森林破壊に対し、国際社会は 1992 年のリオ地球サミッ. トにおいて「森林原則声明」を採択した。森林原則声明は、森林生態系の保全. と森林の多面的機能の持続的な管理を世界に求め、ここからエコシステムアプ. ローチに立つ「持続可能な森林管理」という新たなパラダイムが形成された。. このグローバルアジェンダに対し、日本政府は 2001 年に森林・林業基本法を. 制定して、従来の木材生産主体の林業政策から、森林の多面的機能の持続的な. 発揮を図る政策に転換した。しかしながら、国内の森林の危機的な状況は一向. に改善されていない。生態系を保全しながら森林の多面的機能を発揮させる. 「持続可能な森林管理」を実現するためには、森林行政のガバナンスを、集権. 的官僚統制型モデルから分権的参加型モデルに移行させる必要がある。. � . Keywords: ウェルビーイング、ガバナンス、持続可能な森林管理、生物文化. 多様性、ディシプリン. 論 ��説. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 82. 「我々が、この限られた島国でさらに明日にむかって健全に生きのび、知性的、 感性的にも豊かな文化生活を営むためには、まず日本人の伝統的な郷土の森と の共存思想を見直し、基本にする。この様な日本の生活態度に新しい生態学や 高い林業技術を調和させながら次の世代のための郷土の森づくりを行わなけれ ばならない」(宮脇�1979:37). 1. はじめに. (1)本研究の目的. 地球の森林面積は全陸地面積の 3 割にすぎない。この限られた森林から人間. はさまざまなサービスを得て生命をつないでいる。だが、世界の森林は、森林. 伐採や劣化(degradation)によって危機な状況にある 1)。国連食糧農業機関. (FAO)の Global�Forest�Resources�Assessment(FRA)2020 によれば、1990. 年からの 30 年間に 4.2 億 ha の森林が地球上から消失した。これは地球上の森. 林面積 40 億 ha の 1 割にあたる。とくに深刻な地域は、南米、サブサハラア. フリカ、東南アジアなどの熱帯雨林である。これらの地域では、森林のプラン. テーションへの転用や燃料用樹木の過剰採取によって、現在も森林の消失や劣. 化が続いている。そこで、国際社会は 1992 年のリオ地球サミットにおいて「森. 林原則声明」を採択し、「持続可能な森林管理」の方針を打ち出した。これは. エコシステムアプローチにたち、森林生態系を保全しつつ森林資源を持続的に. 利用する考え方である。現在、国連では「国連森林戦略計画 2017─2030」を策. 定して、世界各国に「持続可能な森林管理」への取組を要請している。. 一方、日本は国土の 66%を森林が占める緑の豊かな国である。戦時・戦後. の過伐や乱伐で多くの森林が失われたが、復興造林や拡大造林によって 1000. 万 ha の人工林が造成された。これは日本の森林面積の 40%に当たる。この人. �. 1)�FAO は、森林劣化を「森林が財やサービスを提供する能力の減少」と定義している。. 政策のパラダイムシフトと官僚制. 83. 工林が成長し、いま日本は歴史上かつてないほど豊かな緑に覆われているとさ. れる(太田�2012)。しかし、日本の森林は危機に瀕している。木材価格の低迷. から多くの林家(森林所有者)が経営を放棄した結果、手入れがなされず荒廃. した森林が全国各地で増えている。その一方で、都市近郊の里山林は開発によっ. て減少し、残された森や林も荒廃が進んでいる。世界経済との関係では、日本. は木材需要の 7 割を外国から輸入し、それ以外にもパーム油、大豆、肉など、. 森林減少の要因とされる農産物を大量に輸入している。したがって、日本は貿. 易をつうじて間接的に世界の森林減少に関わっているといえる。日本国内の森. 林危機は世界の森林危機とは位相が異なるが、巨視的にみるならば、日本がグ. ローバルアジェンダの「持続可能な森林管理」に真剣に取り組まなければなら. ないことは火を見るより明らかである。. 2001 年に日本政府は森林・林業基本法を制定し、それまでの林業生産中心. の政策から森林の多面的機能の持続的発揮を図る政策に転換した。しかし、そ. れから 20 年がたつが、森林をめぐる状況はますます悪化している。国の政策. が行き詰まるなか、地方では独自に森林環境税を導入し、針葉樹人工林を手の. かからない針広混交林や天然林に誘導する動きが現れている。この経済林を環. 境林に転換する動きは、2019 年 4 月に施行された森林経営管理法及び森林環. 境譲与税法のもとでさらに加速化しているようにみえる。また、市町村や住民. による森林再生の活動も広がりつつある。しかし、森林の持続可能な管理を推. 進するためには、森林行政を集権的官僚統制型のガバナンスから分権的参加型. のガバナンスに転換する必要がある。. (2)分析枠組. 1980 年代以降、先進諸国 で は、財政危機 か ら New�Public�Management. (NPM)と呼ばれる新自由主義的な行政改革が進められ、中央政府の公共サー. ビスの多くが地方政府や民間セクターに移された 2)。ここから「ガバメント. からガバナンスへ」というフレーズが広まったが、「ガバナンス」は統治活動. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 84. (governing)における政府を含む多様なアクターの相互依存関係を指す概念で. ある(Rhodes�1997,�2007)。したがって、国や地方のガバナンスは多様な形態. をとりうるし、政策分野ごとに多様な中央地方関係のガバナンスが存在する。. そして、それぞれのガバナンスにおけるアクターのネットワーク関係も、時代. 状況のなかでダイナミックに変化する。. 図 1 は、ガバナンスの特徴を類型化するための座標軸である 3)。図の横軸は、. ガバナンスにおける権力の所在(locus)に関わるもので、中央政府に権限が. 集中するほど集権性が強く、地方政府の権限が大きくなるほど分権性が強く. なる。一方、図の縦軸は、ガバナンスの階統制(hierarchy)に関わるもので、. 官僚制組織による計画的統制がもっとも階統制が強く、民間委託や PPP(官. 民連携)など市場志向が強まるほど階統制は弱くなる 4)。. これを日本の森林行政に当てはめると、私有林の施業内容にまで官僚制組織. による計画的統制が浸透していることから、「Ⅰ」の象限にプロットすること. ができる。しかも、この集権的官僚統制型ガバナンスは、地方分権改革、中央. 省庁改革、独立行政法人制度など、国・地方のガバナンスに関わる大きな改革. が行われたにも関わらず、ほとんど変化していない。安定したガバナンス自体. は特段批判されるべきものではないが、それが新しい政策パラダイムと整合的. でない場合、政策目的の達成は難しくなる。. �. 2)�NPM 型行政改革の代表例とされる英国では、サッチャー保守党政権が公共サービスの市 場化を行い、公共部門の縮小と効率性向上を図ったが、結果的に公共サービスの「断片 化(fragmentation)」が進み、多くのアクターを包摂した新しい政策ネットワークが形成 された。. 3)��この図は、小池(2005)が組織間管理の座標軸として作成したものを一部改変したもの である。. 4)��市場化されたガバナンスにおいては,政府と民間アクターの関係は、相互信頼のネット ワークから契約関係に移行する。R.A.W.�Rhodesは、「協働の基本は信頼であり、信頼がネッ トワーク関係の基礎となる」と指摘する(Rhodes�2007:�1246)。. 政策のパラダイムシフトと官僚制. 85. 「パラダイムシフト」の概念を世に広めた T.�Kuhn は、パラダイムを「普遍. 的に認知された科学的業績で、一定期間、問題及び解決方法のモデルを専門家. コミュニティに提供するもの」と定義する(Kuhn�1970:�viii)。それは、社会学. 的には、科学的ディシプリン(scientific�discipline)を共有する科学者コミュ. ニティの成員が共有する「信念、価値、技術などの全体的構成」(Ibid.:�175). とされる。ここでは Kuhn のパラダイム概念に基づき、政策パラダイムを「科. 学的ディシプリンによって根拠づけられた公共政策の基本理念」と定義してお. きたい。. 民主政治において、官僚制組織は政策の合理性や正当性を議会や国民に説明. しなければならない。そこで、官僚制組織は政策の根拠となる理論や学説を学. 者や学会から調達する。そして、「科学的ディシプリン」という合理性規範を. まとうことで、官僚制組織は権力と自律性を獲得する 5)。このディシプリンを. 媒介に形成される官僚制組織、学者や学会、業界団体、政治家の相互依存関. �. 5)�藤田由紀子は、技官集団の自律性には、組織を構成する下位集団としての「組織内にお ける自律」と、政治家や業界など官僚制組織外のアクターとの関係における自律性を問 う「組織外からの自律」という 2 つの側面があると指摘する(藤田�2008:20─21)。. 図1 ガバナンスの類型. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 86. 係を行政学では「政策コミュニティ」と呼んでいる(Campbell�1989)。官僚制. 組織は、政策や施策を作成してディシプリンの ‘ 制度化 ’(institutionalization). を行い、政党組織やさまざまな民間団体と政策ネットワークを構築し、組織の. 影響力の拡大を図る(小池�2015a)。また、官僚制組織の内部ではディシプリ. ンが世代を超えて継承され、行政の組織文化が形成される 6)。. 政策のパラダイムシフトが、この政策ネットワークに不利益をもたらすもの. であれば、官僚制組織は政策ネットワークの資源を動員して抵抗するであろう。. だが、痛みを伴う改革を回避し、弥縫策で乗り切ろうとすれば、状況はさらに. 悪化する。このとき、官僚制組織の合理性規範は、ドグマティズムに転化する。. L.�Lynn(2006)は、「新しい葡萄酒は新しい革袋に入れよ(New�Wine�in�New�. Bottles)」の故事を引用して NPM と伝統的な官僚制モデルの関係を論じてい. るが、この故事は本研究が対象とする森林行政にも通じるものがある。. (3)先行研究と本研究の意義. 日本の行政学や政治学におけるガバナンスの研究は 1990 年代からの NPM. 型行政改革を機に興隆した(大山�2010;�堀�2017)。現在では、エネルギー(大. 山�2002)、科学技術(城山編�2007)、教育(大桃�2004)、地域包括ケア(細野・. 小池�2012)など、さまざまな行政分野のガバナンスに関する研究も増えてい. る。しかし、森林行政のガバナンスに関しては、林業経済学者による研究(志. 賀 2016;柿澤�2010,�2018)があるものの、行政学による研究は少ない(西尾編�. 2008)。ここには、森林行政が林業経営の実務や技術と密接に関わっており、. 社会科学者にとってきわめてハードルが高いこと、森林政策に関する法改正や. �. 6)��行政組織の文化的多様性は、技術系職員の専門規範と大きく関わっている。このことは 公務員の研修にも反映されており、農林水産省では入省 2 年目の職員を全国各地の農家・ 漁家の元に 30 日間派遣し、農林水産業の実情を経験する「農村研修」がある。また、林 野庁では総合職新採用職員が高尾山の国有林で人工林施業を学ぶ研修が組まれている。. 政策のパラダイムシフトと官僚制. 87. 施策の変更が毎年のように行われ、専門家以外はキャッチアップすら大変であ. ることなどが要因と考えられる。しかし、ミクロレベルの森林行政の分析は難. しくとも、森林行政のガバナンスというメゾレベルに焦点を当てて森林行政の. 制度的特徴を考察することは可能であるし、そうした研究こそ今の森林行政に. 求められていると考える。筆者は森林管理や林業経営に関する専門知識を持ち. 合わせてはいないが、これまで ESD(持続可能な開発のための教育)や神奈. 川県の里地里山保全に関わってきた経験から、森林行政の将来に強い危機感を. 抱いている。これまでのささやかな経験から言えることは、森林行政は森と人々. の関わりに立ち帰って再構成されなければならないということである。そのた. めには、森林行政のガバナンスを人間のウェルビーイング 7)の観点から再検証. する必要がある。本研究は、その一つの試論である。. 2. 森林管理のパラダイムシフト. (1)森林原則声明と「エコシステムアプローチ」. 地球上の森林危機については、1972 年のストックホルム会議以降、さまざ. まな場で議論が行われてきた。そして 1987 年のブルントラント委員会による. 「持続可能な開発(sustainable�development)」の提起を受け、1992 年にリオデ. ジャネイロで開催された「環境と開発に関する国連会議(UNCED、通称「リ. オ地球サミット」)において、気候変動枠組条約や生物多様性条約とともに、「森. 林原則声明(Forest�Principles)」8)が採択された。条約ではなく「原則」にと. � 7)��ウェルビーイング(well-being)は「福利」と訳されるが、意味としては「良い状態であること」. をいう。この概念を提起した国連ミレニアム生態系評価によれば、生態系は人間のウェ ルビーイングにとって不可欠のものであり、人間のウェルビーイングは生態系との持続 可能な相互作用をつうじて向上させることができる(World�Resource�Institute�2005)。ウェ ルビーイングの概念については、Gasper(2004)も参照。. 8)�正式名称は「全ての種類の森林の管理、保全及び持続可能な開発に関する世界的合意の ための法的拘束力のない権威ある原則声明」である。. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 88. どまったのは、法的規制に反対する国々が条約化に反対したためである。もっ. とも、森林原則声明は法的拘束力をもたないとはいえ、加盟国に「原則」の実. 行を求める国際規範となっている。. 森林原則声明は、「全ての種類の森林は、人類の必要を充足させる資源及び. 環境的価値を供給する現在及び将来の潜在的な能力の基礎となる複雑で固有の. 生態学的プロセス」を有しているとする 9)。そして原則 2(b)において、「森. 林資源及び森林地は、現在及び将来の世代の人々の社会的、経済的、生態学的、. 文化的、精神的(spiritual)な人類の必要(needs)を満たすため持続可能な. 形で管理されるべきである」と述べ、ここから「持続可能な森林管理(Sustainable�. forest�management)」の概念が生み出された 10)。. 「持続可能な森林管理」の原則は、リオ地球サミット後に設置された「森林. に関する政府間パネル(IPF)」などの国際組織や多くの国々における議論の. なかで形成されたが、並行的に進められた生物多様性条約の「エコシステムア. プローチ(Ecosystem�Approach)」が大きな影響を与えたとされる(Nitschke,�. et�al.�2017)11)。エコシステムアプローチは「保全と持続可能な利用の両立を. 促進しながら、土地資源、水資源、生物資源を統合的に管理する戦略」(FAO�. 2003)であり、2000 年の第 5 回生物多様性条約締結国会議(COP5)におい. �. 9)��森林原則声明の当該箇所の訳文は、地球環境法研究会編『地球環境条約集(第 4 版)』か ら引用し、適宜原文を追加した。. 10)��森林原則声明では、多様なニーズの具体例として、木材、水、食糧、飼料、医薬品、住宅、 燃料、雇用、レクリエーション、野生生物の生息、景観の多様性(landscape�diversity)、 炭素の吸収と貯蔵、その他の林産物を示している。. 11)��この過程では、アメリカの国有林におけるエコシステムマネジメントがとくに参考にさ れた。これはオレゴン州の国有林において環境保護団体がマダラフクロウの生態保全を 求めて政府を訴えたことを受け、政府が国有林の大面積皆伐を見直したものである(大 田�2000)。また、COP では UNESCO の「人間と生物圏(MAB)」なども参考にされた(FAO� 2003)。. 政策のパラダイムシフトと官僚制. 89. て承認されたものである 12)。エコシステムアプローチと「持続可能な森林管. 理」は、生態系保全と持続可能な資源利用の両立を掲げる点において大きな違. いはない。そこで、エコシステムアプローチを森林管理に適用することとし、. エコシステムアプローチと「持続可能な森林管理」の統合が図られた(FAO�. 2003)。このアプローチによれば、森林生態系も他の生態系とともに地球の生. 態系を構成する。したがって、「持続可能な森林管理」は地球全体のエコシス. テムマネジメントのなかに位置づけられることになる。. 図 2 は、国連ミレニアム生態系評価(MA)が作成した生態系サービスと人. 間のウェルビーイングとの関係性(インターリンケージ)を示したものであ. る。「供給サービス」は、食料、燃料、木材、繊維、薬草、淡水など生態系か. ら提供されるサービスで、人間生活に重要な資源を供給する。「規制サービス」. は、気候の緩和や洪水防止など環境を制御する機能をいう。そして、精神的充. 足、美的な楽しみ、宗教や社会制度の基盤、レクリエーションの機会等が「文. 化サービス」である。これらのサービスを支えるのが「基盤サービス(supporting�. service)」であり、植物の光合成による炭素隔離、土壌形成、栄養塩循環、水. 循環等が含まれる。そして、地球上の生物多様性が、生態系サービス全体を支. えている。. 人間は、この生態系サービスからさまざまなウェルビーイングを得ることが. できる。木材で家を作り、森林が提供する清浄な空気や水によって健康を維持. �. 12)��エコシステムアプローチは、12 の原則(①資源管理における社会的選択、②管理の分権化、 ③他の生態系への影響の考慮、④経済的観点、⑤生態系の構造と機能の保全、⑥生態系 の機能の範囲内での管理、⑦適切な時間的空間的規模における管理、⑧長期的目標、⑨ 変化することの認識、⑩生物多様性の保全と利用の適切なバランスと統合、⑪科学的な 知識、先住民族や地域の知識、工夫、慣行などの考慮、⑫関連社会分野や科学的分野の すべての関与)を掲げている。エコシステムアプローチの全文は、生物多様性条約(CBD) 事務局のウェッブサイトから入手できる。なお、エコシステムアプローチは 2002 年に 改定された日本の「新・生物多様性国家戦略」の基本枠組としても採用されている。. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 90. し、森林から美的(aesthetic)な価値や精神的(spiritual)な価値を創造して. 良好な社会関係を形成する。だが、人間の経済活動によって生態系が変化する. と、生態系サービスも変化し、人間のウェルビーイングも影響を受けることに. 図2 国連のミレニアム評価(MA)の枠組み. ※矢印の太さは、生態系サービスと人間のウェルビーイングのつながりの強さを表している。 出所:World�Resource�Institute(2005),�p.vi より作成. 政策のパラダイムシフトと官僚制. 91. なる。したがって、生物多様性の保全は、生態系管理において最も基礎的で重. 要なものと位置づけられる。森林が、生態系サービスにおいて最も重要な領域. を占めていることは言うまでもないだろう。森林は世界の陸地面積の約 3 割を. 占め、陸上の生物種の約 8 割が森林に生息・生育を依存している。また、「豊. かな森が豊かな海を育む」といわれるように、森林の土壌の栄養分が河川をつ. うじて海に流れ込むことで、豊かな海洋生態系が維持されている。. (2)森林管理の国際的枠組の形成. 1992 年の「リオ宣言」を実行に移すため、国連は行動計画として「アジェ. ンダ 21」を策定した。森林管理に関する行動計画は、第 11 章「森林減少との. たたかい(Combating�deforestation)」に規定され、全ての種類の森林の多機. 能性の維持、森林再生を通じた森林の保護及び持続可能な管理と保全、森林資. 源の有効活用、森林の計画、評価、体系的なモニタリングのための能力の構. 築と強化に関する行動目標と実施方針等が盛り込まれた。そして、アジェンダ. の達成を監視する国際的な枠組として 1995 年に「森林に関する政府間パネル. (IPF)」が設立された。IPF は、法的拘束力を持つ森林条約の締結に取り組ん. だが、設置期間内には合意が得られず、その活動は「森林に関する政府間フォー. ラム」(IFF)に引き継がれた。現在は、2000 年に国連経済社会理事会の機能. 委員会として設立された「国連森林フォーラム(UNFF)」が、世界における. 森林管理を監視している。. また、「アジェンダ 21」に森林管理の状況を定量的にモニタリングするため. の基準とガイドラインの作成が定められたことから、世界各地で持続可能な森. 林管理の基準と指標の作成が進められた。欧州では、1993 年からのヘルシン. キプロセスで基準と指標がつくられ、現在は 2015 年のマドリッド会議で採択. された 6 の基準と 45 の指標に基づいて、加盟 41 カ国が森林のモニタリングを. 行っている。また、日本を含む温帯林・亜熱帯林の 12 カ国はモントリオール. プロセスを形成し、7 の基準と 54 の指標を設定して定期的にモニタリング評. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 92. 価報告書を公表している 13)。. こうした経緯を経て、現在では「森林に関する国際的な枠組(International�. Arrangement�on�Forests)」が重層的に形成されている。グローバルレベルで. は、UNFF が森林管理に関する国際的な行動目標を設定し、目標の達成状況. を監視する。その根拠となっている文書が、2007 年の国連総会で採択された. 「全ての種類の森林に関する法的拘束力を伴わない文書(Non‒Legally�Binding�. Instrument�on�All�Types�of�Forests)」である。この文書は、①森林劣化の防止、. ②森林に依存する人々の持続可能な生計の促進、③保護された森林や持続可能. な管理が行われている森林の増加、④政府開発援助の増加及び森林のための追. 加資金の動員という 4 つの目標を定めていたが、2015 年における国連 2030 年. 開発アジェンダ「持続可能な開発目標(SDGs)」の採択を受けて、「国連森林. 文書(United�Nations�Forest�Instrument)」に変更された。そして、SDGs と. 歩調を合わせるため、UNFF によって「国連森林戦略計画 2017─2030」が作成. され、国連森林文書の 4 つの目標に新たに 2 つの目標(持続可能な森林管理を. 実施するためのガバナンス枠組の促進及びあらゆるレベルの森林に関連するイ. シューの連携・調整・一貫性及びシナジーの増進)が加えられた。各国には、. 国連森林戦略計画の目標達成に向けて努力する義務が課されており、進捗状況. 報告書を作成して国連に提出する。また、各国はそれぞれのリージョナルプロ. セスに参加し、情報共有と相互学習を通じて「持続可能な森林管理」に取り組. まなければならない。国際森林文書は法的拘束力を持つものではないが、これ. �. 13)�なお、ヘルシンキプロセスの第 2 回欧州森林保護関係閣僚会議において決議された「欧 州における森林の持続可能な管理のための一般ガイドライン」では、「持続可能な森林 管理」を「地方、国及び地球レベルで、森林の生物多様性、生産性、再生能力、生命力、 現在および将来において関連する環境的経済的社会的機能的を満たす潜在的可能性を維 持し、かつ他の生態系にいかなる損害を生じることのないように、適切な方法と速度で 森林や森林地を管理(stewardship)し利用すること」と定義した。この定義は現在も広 く用いられている。. 政策のパラダイムシフトと官僚制. 93. に誠実に対応しないと各国は国際的信用力を失うことになる。. (3)持続可能な森林管理のグローバルガバナンス. 「国連森林戦略計画 2017─2030」の策定の経緯が示すように、「持続可能な森. 林管理」は、SDGs や気候変動枠組条約(パリ協定)とも不可分の関係にある。. SDGs の目標 15 は、「陸上生態系の保護、回復および持続可能な利用の推進、. 森林の持続可能な管理、砂漠化への対処、土地劣化の阻止および逆転、ならび. に生物多様性損失の阻止」を掲げ、ターゲットとして、「2020 年までに森林・. 湿地・山地及び乾燥地等の陸地生態系の保全、回復、持続可能な利用を国際的. 合意による義務に沿って履行すること」や「2020 年までに全世界の全ての種. 類の森林の持続可能な管理の実行を促進し、森林破壊を停止させ、劣化した森. 林を回復させ、植林や再生により森林面積を実質的に増やすこと」等が定めら. れた。また、「森林の持続可能な管理」は、SDGs の他の目標(貧困削減、健康・. 福祉、ジェンダー平等、水、エネルギー、持続可能な生産消費、気候変動、海. 洋資源など)とも深く関わっている。これは、「森林の持続可能な管理」がグロー. バルのレベルにおいても主権国家のレベルにおいても、他の政策領域と密接に. 関わっていることを示している。. 図 3 は、Kickbusch�and�Szabo(2014)の枠組を参考に、森林のグローバル. ガバナンスの全体像を描画したものである 14)。「グローバルな森林ガバナン. ス」は、「森林の持続可能な管理」を実現するための国際的なレジームであり、. UNFF、FAO、ITTO(国際熱帯木材機関)、モントリオールプロセスなどの. リージョナルなプロセス、国際 NGO などを主要なアクターとする。一方、「主. 権国家の森林ガバナンス」では、各国の中央・地方政府、森林組合、民間企業、. 住民組織、NPO などが「森林の持続可能な管理」に関与する。そして、森林. �. 14)�Ilona�Kickbusch�はグローバルヘルスを専門とする政治学者で、WHO 勤務時代にヘルス プロモーションの「オタワ憲章」の策定を担当したことで知られる。. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 94. の多面的機能と関わるものが「森林のグローバルガバナンス」である。ここに. は生物多様性、教育・文化、保健など、森林の多面的機能と関連ある分野の国. 際機関や専門家組織、NGO などが関わっている。. 例えば、生物多様性条約(CBD)事務局と UNESCO は、2010 年に愛知県名. 古屋市で開催された COP10(生物多様性条約締結国第 10 回会議)15)において. 「生物多様性と文化多様性に関する共同プログラム」の実施を決議した。そこ. では、農業や林業における伝統技術や信仰体系などの文化多様性と生物多様性. との結びつきに着目し、「生物文化多様性(biocultural�diversity)」の概念が提. 図3 森林のグローバルガバナンス. (注)��本図は、Kickbusch�and�Szabo(2014)のグローバルヘルスのガバナンスの概念図を参 考に筆者が作成したものである。. 政策のパラダイムシフトと官僚制. 95. 起された 16)。ここには人間の社会経済活動によって形成された二次的自然景. 観(農山村のランドスケープ)も含まれる 17)。したがって、この観点にたてば、. 生物多様性と結びついた文化多様性の保全も「持続可能な森林管理」に含まれ. ることになる(Agnoletti�and�Santoro�2015)。日本においても、2004 年の文化. 財保護法の一部改正によって「重要文化的景観」のカテゴリーがつくられ、「智. 頭の林業景観」や「阿蘇の森林景観」などが選定されたが、これらは日本にお. ける森林の生物文化多様性を象徴するものといえる。. また、森林と人間の健康の関係については、これまで主に熱帯雨林を対象に. 林産物の栄養性や薬用植物などに関する調査が行われてきたが(Colfer,�et�al.�. 2006)、最近は先進諸国においても森林の保健機能が注目されるようになった。. WHO は「都市部の健康な生活を支える緑地の重要性に対する関心が近年復活. している」と述べ、都市の緑地と人間の健康やウェルビーイングの関係に関. する研究成果をレビューした報告書をとりまとめている(WHO�2016)。また、. FAO の森林と健康に関するウェッブサイトでは、日本の「森林浴」が紹介さ. れている 18)。. �. 15)��愛知目標の目標7には「2020 年までに、農業、養殖業、林業が行われる地域が、生物 多様性の保全を確保するよう持続的に管理される」ことが定められた。また、里地里山 などの二次的自然環境も生物多様性保全に重要な役割を果たしているとして、日本から. 「SATOYAMA イニシアティブ」が提唱され、「SATOYAMA イニシアティブ国際パー トナーシップ」が発足した。そこでは日本の事例として、神奈川県秦野市の里山利用や 兵庫県加西市のクヌギ林の保全などが紹介されている。. 16)��2014 年にイタリアのフィレンツェで開催された生物文化多様性共同プログラム第1回欧 州会合では、欧州における生物多様性と文化多様性のつながりに関する「フィレンツェ 宣言」が採択された。. 17)��欧州では、2000 年に採択された「欧州ランドスケープ条約」により、各国の地方自治体 を中心に農山村風景を保全する動きが活発化している。. 18)�FAOは、森林と健康に関するウェッブサイトで、欧州の在宅介護サービスの「グリーン ルーム」、行動障害をもつ児童のための「フォレストスクール」、日本や韓国の「森林浴」 をとりあげている(http://www.fao.org/sustainable-forest-management/toolbox/modules/ health-benefits-from-forests/basic-knowledge/en/)2020年 11月 3日アクセス。. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 96. こうした「持続可能な森林管理」に対するグローバルな動きに対し、日本政. 府は 2001 年に森林・林業基本法を制定して、従来の木材生産中心の森林政策. から、森林の多面的機能の持続的な発揮を主とする政策への転換を宣言した。. だが、それから 20 年がたつが、森林行政の基本構造は変わっておらず、「森林. の持続可能な管理」が進展しているようにもみえない。論理的に考えれば、森. 林の多面的な機能の発揮のためには、集権的官僚統制型のガバナンスよりも、. さまざまなステイクホルダーが森林管理に参画する分権的参加型のガバナンス. が適している(Maryudi,�et�al.�2018)。. しかし、日本では、森林政策のパラダイムは転換されたものの、森林行政の. ガバナンスはほとんど変化していない。本研究は、その要因を森林行政の根底. にある「ディシプリン」に求めるものである。ディシプリンは歴史的文脈のな. かで形成され、行政活動のなかに制度として埋め込まれている。政策のパラダ. イムシフトは、ディシプリンの合理性を検証する機会となるはずである。. 次節以下では、日本の森林行政の基本構造をディシプリンの観点から考察し、. 政策転換における官僚制組織の行動を検証する。. 3.森林行政のガバナンスとディシプリン. (1)森林行政の基本構造. 日本政府は、リオ地球サミットの翌年 12 月に「『アジェンダ 21』行動計画」. を決定し、国連に提出した。これは、国連の「アジェンダ 21」の項目に沿っ. て政府の行動計画をとりまとめたものである。森林については「第 11 章森林. 減少対策」に記載されている。そこでは、我が国の林業・木材産業の厳しい状. 況を踏まえ、今後の林政の展開の基本的な課題として、「緑と水」の源泉であ. る多様な森林の整備と森林資源の経済的価値を実現するための林業生産、加. 工・流通における条件整備を挙げ、「森林の流域管理システム」19)の確立を基. 本として総合的に推進するとともに、熱帯林を含む世界の森林の保全と持続. 政策のパラダイムシフトと官僚制. 97. 可能な経営に資する活動を推進するとした(環境庁編�1993:42)。そして、「す. べてのタイプの森林、林地及び立木地の多様な役割と機能の維持」に関して. は、森林・林業の実践活動に最も近い行政組織である地方公共団体、特に市町. 村における当該分野の行政能力を強化するとともに、森林計画制度、保安林制. 度、林地開発許可制度の適正な運用を図るとした。また、森林生態系に関して. は、自然環境保全法や自然公園法の適切な運用により、良好な生態系を有す. る原生的な自然や優れた自然景観地を適正に保全していくとした(環境庁編�. 1993:43)20)。. この行動計画にはとくに目新しいものは含まれていないが、日本の森林行政. の基本構造と基本理念が凝縮されている。森林計画制度は、民有林 21)の計画. 的な造林の推進を図る観点から、1951 年の第 3 次森林法で導入されたもので. ある。図 4 に示したように、国が全国森林計画を策定し、それに即して都道府. 県知事が「流域」を単位とする森林計画区(全 158 計画区)別に地域森林計画. �. 19)��林政審議会は、1990 年に、森林の諸機能が確保されるべき地域である「流域」を基本的 単位として、民有林・国有林を通じて、適切かつ合理的な森林施業を着実に実施する必 要を提起し、1992 年の林野庁長官通達「森林の流域管理システムの推進について」によっ て、流域管理システムがつくられた。同通達では、「下流側を含む幅広い関係者の森林 整備への参加・協力を求め、上下流の協力による森林整備を推進していくことが一層必 要となっている」と述べ、下流域の自治体の協力を求めた。. 20)��なお、「アジェンダ 21」行動計画では、都市近郊林や里山林について、生活環境保全、 保健休養機能の向上のため景観の保全、森林とのふれあいや休暇拠点の広域的な整備、 花粉飛散量の抑制などを含む森林の整備を推進するとした。また、国際協力については、 数百年に及ぶ森林経営技術の蓄積、数十年に及ぶ国立公園等の管理に関する技術や経験 等を活かしつつ、熱帯雨林等の森林問題に対処するための国際的な枠組みづくりを促進 するとした。. 21)��森林法は、森林を国有林とそれ以外の民有林に区分している。民有林は、個人、会社、 社寺等が所有する「私有林」と、都道府県、市町村、財産区等が所有する「公有林」に 区分される。面積でみると、全森林面積の 7 割が民有林であり、その内訳は私有林が 58%、公有林が 12%である。. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 98. を策定する。そして、市町村が地域森林計画を指針に市町村森林整備計画を策. 定するというトップダウン型の計画制度が構築されている。当初、市町村は計. 画に入っていなかったが、地域に密接な市町村の主導の下に人工林の間伐や保. 育等を推進するという方針のもとに、1983 年の森林法改正により、市町村を. 森林計画制度に組み込んだものである(森林・林業基本政策研究会編�2017)。. 当初は、人工林率が高い市町村が対象であったが、1998 年の法改正で地域森. 林計画の対象となる民有林が存在する全ての市町村が市町村森林整備計画を策. 定することとされ、伐採の届出や森林所有者が作成する森林施業計画(後に森. 林経営計画に改称)の認定等の権限が知事から市町村長に委譲された。. 保安林制度は、水源の涵養、土砂災害の防備等の目的を達成するために必要. な森林を農林水産大臣又は都道府県知事が指定するもので、保安林の指定を受. けると立木の伐採などが制限される。保安林は 1897 年の森林法で創設された. 長い歴史をもつ制度で、保安林面積は 1953 年の 252 万 ha から、2012 年には. 1200 万 ha に拡大し、日本の森林面積の約半分を占めている。これは、1954 年. に制定した保安林整備臨時措置法のもとで、保安林整備に取り組んだ結果で. ある。保安林の約 6 割は国有林で、国有林はその 90%が保安林になっている。. 保安林には、水源涵養、土砂流出防備、土砂崩壊防備、飛砂防備、風害や水害. 防備、魚付き、保健、風致など 17 の種類があるが、水源涵養保安林と土砂流. 出防備保安林の 2 つで全体の 9 割を占めている。保健保安林は 70.4 万 ha で、. 森林面積に占める割合は 5.4% である 22)。風致保安林は 2.8 万 ha で森林面積に. �. 22)��政府は、1951 年の森林法制定の際に公衆衛生保安林を保健保安林に改称したが、これは 国民の保健休養に資することを目的に含めたことによる。しかし、その後も保健保安林 の指定は一向に進まず、1970 年代に入っても、北海道、静岡、岐阜、鹿児島の一道三県 に合計 625ha しかなかった。そこで政府は、第 3 期保安林整備計画に約 50 万 ha の保健 保安林を指定するという目標を掲げ、保健保安林の増加を図った。ただし、新たに指定 され保健保安林の多くは、水源涵養保安林等との兼種(重複指定)であり、2018 年現在、 兼種指定を除いた保健保安林の実面積は 9.3 万 ha にすぎない。. 政策のパラダイムシフトと官僚制. 99. 占める割合はわずか 0.2%である。. そして、林地開発許可制度は、1ha 以上の林地の開発について都道府県知事. の許可を必要とするとしたもので、高度成長時代にゴルフ場造成などによって. 都市近郊の森林が無秩序に開発されたことを受けて、1974 年の森林法改正で. 導入されたものである。もっとも、この制度では、一定の残置森林率や災害防. 止工事等の要件を満たせば、知事は開発を許可しなければならない。近年では、. メガソーラー発電所の建設によって、森林が大面積に伐採されるケースが増え. 図4 森林計画制度の体系. 出所:林野庁ホームページの「森林計画制度の体系図」を基に作成. 国 森林・林業基本法第 11 条. し. 全国森林計画(15 年計画). 森林・林業基本計画. 地域森林計画(10 年計画). 森林整備保全事業計画. 地域別の森林計画(10 年計画). 市町村森林整備計画(10 年計画). 森林経営計画(5年計画) 一般の森林所有者に対する措置. 農林水産大臣. 民有林. 国有林. 都道府県知事. 市町村. 森林所有者等. 森林法第5条. 森林法第 10 条の5. 森林法第 11 条. 森林管理局長. 森林法第 7条の 2. 森林法第 4条. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 100. ている。. これらの日本の森林行政の基本的な枠組を定めているのが、森林法である。. 森林法は 1897 年に制定され、1907 年に全面改正されたのち、1951 年に現行の. 森林法が制定されている。森林法第 1 条では、法の目的について、「この法律は、. 森林計画、保安林その他の森林に関する基本的事項を定めて、森林の保続培養. と森林生産力の増進とを図り、もつて国土の保全と国民経済の発展とに資する」. と定めている。ここには、日本の森林行政のディシプリンが埋め込まれている。. 「保続収穫(sustained�yield)」の思想と「予定調和論」である。. 「保続収穫」は、明治時代にドイツ林学から取り入れた林業技術の考え方で. あり、その字面から「持続可能な森林管理」を連想させるが、針葉樹人工林に. おいて収穫(伐採)と造林(植林)のバランスをとることで持続的に生産を行. うものである 23)。その基本が「法正林(normal�forest)」で、植林した樹木の. 成長量を計算して収穫量が最大となるように施業案を作成する。そこでは、成. 長が早い樹種を一斉造林し、収穫時に 1 年分を皆伐する方法が最も合理的とさ. れる 24)。この思想に基づいて、明治後期から大正期に実施された国有林野特�. 別経営事業では、全国各地の国有林野にスギやヒノキが大面積に植林された 25)。�. ただし、昭和に入ると不成績造林地が目立つようになったため、各地の営林局. は、ドイツの「恒続林」をモデルとする天然更新施業を導入した 26)。しかし、. �. 23)��林野庁監修の森林総合監理士(フォレスター)研修テキストでは、「収穫の保続」を 狭義の保続とする一方で、森林のもつ諸機能を永続的・恒常的に維持すること を「持続可能性 の 原則」と し、こ れ を 広義 の 保続 と し て い る(林野庁�2020:25)。. 24)��ドイツではドイツトウヒの一斉造林が行われたが、日本では固有種のスギやヒノキ、寒 冷地ではカラマツ、北海道ではエゾマツやトドマツなどが選ばれた。これらの針葉樹は 成長が早く、主伐後はさまざまな用途に利用できる有用材であった。. 25)��明治後期には、吉野林業に代表される伝統的なスギやヒノキの林業技術が全国に波及 していた。例えば、東京市の奥多摩水源林の経営も吉野林業をモデルにしていた(泉� 2004:63─65)。. 政策のパラダイムシフトと官僚制. 101. 戦争が始まると、造林よりも軍需用材のための増伐一辺倒になり、天然更新は. 忘れ去られていった 27)。. 「保続」思想は戦後の森林行政に継承され、1951 年の森林法では目的規定に. 定められた 28)。そして 1964 年に制定された林業基本法のもとで拡大造林事業. が全国で推し進められた 29)。拡大造林事業は、広葉樹林を針葉樹林に林種転. 換するもので、政府は経済的価値の低い広葉樹林を「低質広葉樹林」、「老齢過. 熟林」などと呼び、森林所有者に対し、広葉樹林を伐採してスギやヒノキの針. 葉樹人工林に転換するよう奨励した 30)。また、国有林では、天然ブナ林を大. �. 26)��同一樹種を一斉に植栽する一斉造林は、豪雪や台風などの自然災害や病虫害のリスクが 高いとされる。東京市の奥多摩水源林でも、林学者の指導に基づいて天然林を伐採し針 葉樹人工林に変えたが、連続寒波によってカラマツ以外のスギ、ヒノキ等の多くが枯死 した。そこで東京市では、カラマツを前殖し、その 10─15 年後にスギやヒノキを下木と して植栽したところ成功したという(山口�2000)。. 27)��四手井綱英は、このときの天然更新論を「日本林業の一大思想転換」であったと回想し ている(四手井�2000:10)。また、西尾隆は「恒続林」をパラダイムの転換としている(西 尾�1988:231)。. 28)��「保続」生産について、1950 年に GHQ の天然資源部が日本政府に提出した「日本におけ る民有針葉樹林の経営」(カーチャー・デクスター勧告)では、ドイツ林業の方式を盲 目的に採用することを止め、日本の固有事情に合致するように改変することを提言した. (カーチャー・デクスター�1951)。だが、それを日本の行政当局がどのように受け止めた のかはわからない。. 29)��国有林野に対しては、1957 年に天然林を人工林に転換する「国有林生産力増強計画」が 策定され、さらに 1961 年には「木材増産計画」が策定された。これは、これまでの成 長量の範囲内の量を収穫する「厳正保続」の方式を、積極的な人工林化による将来の成 長量を引き当てにした「拡大保続」方式に改めて、さらなる増伐を図る政策であった(渡 邊�2000)。. 30)��林種転換にあたっては、戦後に新設された林業普及指導員が全国各地区を回って林業 指導を行った。林業普及指導事業は GHQ の勧告に基づいて創設されたもので、都道 府県に林業技術普及員と林業経営指導員がおかれた。これはアメリカの AG(forest� extension�agent)と SP(forest�extension�specialist)に倣ったもので、日本でも林業技. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 102. 面積に伐採し、跡地に針葉樹を一斉造林する「増産計画」31)が展開された(谷. 本�2006)。. この時代に登場したのが、「予定調和論」である。確かに、林業をつうじて. 森林が適正に整備されれば、国土保全という公益的機能は発揮される。だが、. 「森林生産力」の増進を目的に掲げる森林法のもとでは、生態系の保全や森林. 文化は、経済的合理性とトレードオフの関係に置かれてしまう 32)。森林法は、. 「全国森林計画は、良好な自然環境の保全及び形成その他森林の有する公益的. 機能の維持増進に適切な考慮が払われたものでなければならない」(第 4 条 3). と定めているが、これは 1974 年の森林法改正で設けられた規定である 33)。「ア. ジェンダ 21」国内行動計画に書かれていたように、国有林の保護林などを除. �. 術普及員を AG、林業経営指導員を SP と呼んだ。現在は「林業普及指導員」に統合され、 2011 年の森林法改正により「森林総合監理士(フォレスター)」の資格が創設された。なお、 アメリカでは AG と SP は大学に籍をおき、AG には修士号、SP には博士号取得者が多 い。. 31)��奥地の天然ブナ林は、技術開発によって「低質」のブナもパルプ用材として利用できる ことになったことから、大規模に伐採された(渡邊�2000)。. 32)��森林法は、鳥獣害の防止や森林病虫害の駆除及び予防に関する規定をおいているが、こ れも「森林の保続培養と森林生産力の増進」と生態系保全がトレードオフ関係にあるこ とを意味している。なお、森林法が定める保安施設事業のなかの「民有林治山事業」の 一つに「共生保安林整備事業」があり、そのなかの「自然環境保全治山事業」では、「自 然環境の優れた地域等において、景観、生態系等に配慮した工法や森林整備等」を行う としている。. 33)��現在の全国森林計画(2018 年)は、森林の有する機能の一つに「生物多様性の保全機能」 を挙げている。そこでは「全ての森林は多様な生物の生育・生息の場として生物多様性 の保全に寄与している」としつつも、「とりわけ、原生的な森林生態系、希少な生物が 生育・生息する森林、陸域・水域にまたがり特有の生物が生育・生息する渓畔林などの 属地的に機能の発揮が求められる森林については、生物多様性保全機能の維持増進を図 る森林として保全することとする」として、生物多様性機能を保全する森林を原生的な 森林生態系等に限定している。. 政策のパラダイムシフトと官僚制. 103. けば、森林生態系の保全は、自然環境保全法、自然公園法、鳥獣保護管理法など、. もっぱら環境省所管の法制度に委ねられている 34)。同様に、森林文化も森林. 法の範疇外とされてきた。林業白書に「森林文化」の概念が初めて登場するのは、. 1994 年である(筒井�2003:61)。この森林法のディシプリンとグローバルアジェ. ンダの「持続可能な森林管理」の理念とのあいだに大きなギャップがあること. は明白であろう。. 1970 年代になると、奥地天然林の大規模伐採やスーパー林道の建設は自然. 保護運動から厳しい批判を浴びたが、それでも「保続」思想と予定調和のディ. シプリンは生き続けた。人々は雄大な自然や貴重な生態系の保全には敏感に反. 応したが、凡庸な人工林や里山林には関心を向けなかった。ただし、自然環境. に対する国民意識の高まりを受けて、政府は森林管理のあり方を見直さざるを. 得なくなった。前述の森林法第 4 条の 3 の規定はまさにそれである。その意味. で、1970 年代の自然保護運動は、後に森林政策をエコシステムアプローチに. 転換する素地を作ったともいえる。. 1980 年代になると、木材の輸入増加や円高の影響で国産材の価格は急落し、. 林業経営は失速した。森林所有者は人工林の管理を放棄し、森林荒廃が全国各. 地で深刻化していった。それでもなお、「保続」思想が森林行政の基本原則で. あり続けているのは、森林行政や森林法が「林業生産」を目的に置いているか. らである。そして、全国の森林の 40%が針葉樹人工林になったことで、人々. は森林に対する関心を失ってしまった。その結果として、「保続」思想の合理. 性規範が生き延びているにすぎない。. グローバルアジェンダの「持続可能な森林管理」は、森と人間の関係を、生. �. 34)��林野庁は 2011 年から「森林生態系多様性基礎調査」を実施しているが、これは、森林 簿を作成するために行われていた全国森林資源調査(森林資源モニタリング調査)を改 称したもので、全国の森林の地況、林分構成、下層植生、鳥獣被害状況などを調査する ものである。この調査データは、FRA やモントリオールプロセスにも活用されている。. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 104. 態系サービスとウェルビーイングの関係から再構築することを求めている。そ. れは、古代から森とともに生きてきた日本人にとって、それほど難しい課題で. はないはずだ。だが、近代化の過程で、日本人は森との共生関係を喪失してし. まった。それが森林行政のパラダイムを転換させるうえでのボトルネックに. なっているのであれば、近代化の過程を再検証する作業が必要になる。. (2)「保続」思想の源流. このプロセスを遡ると、明治維新後の新政府による文化政策にまでたどりつ. く。新政府は「文明開化」の鐘を鳴らし、陋習や旧習の打破と近代的合理主義. への転換を人々に求めた。また、政府は神仏分離令を発布し、廃仏毀釈運動を. 推進して国家神道体制の確立を図ったが、その際には農山村の人々の民俗信仰. や風習も否定した(安丸�1979)。この文化政策は、富国強兵や殖産興業と同時. 並行的に推進され、功利主義的(utilitarian)思考による経済政策の推進が国. 家行政の基調となった。. そして、森林を国家の重要資源と考えた新政府は、旧藩林や社寺林を上地�. (官有化)して国有林を確保するとともに、山林局を設置して国有林の管理に. あたらせ、農民による灌木の採取や火入れ(野焼き)を禁じた。また、林業技. 術者を養成するための山林学校を設立し、学生を欧州に留学させて最先端の林. 学を学ばせた。そして、「保続」思想や「法正林」の技術を修得したエリート. 技術者は、山林局や営林署の幹部に登り詰めていった(西尾�1988)。造林学や. 造園学出身の技術者は民間でも歓迎された。林学を修めたエリートたちは、科. 学的な林業技術の合理性規範によって権力と自律性を手に入れたのである。. また、政府は、国家の重要資源である森林を乱伐から守るため、ドイツ森林. 法をモデルに 1897 年に森林法を制定した。森林法は、公有林や社寺林につい. て、林業経済の保続を損じ、または荒廃のおそれのあるとき、私有林に対して. は荒廃のおそれのあるときにかぎり、主務大臣が営林方法を規定することがで. きるという「営林監督条項」を定めたが、森林法の中心は保安林にあった(仰. 政策のパラダイムシフトと官僚制. 105. 木�1968:33)35)。政府は、国土保安の観点にたって、保安林に指定した森林の. 伐採を制限禁止した。だが、保安林の指定目的には、土砂崩壊流出の防備や水. 源涵養のほかに、公衆の衛生や社寺名所等の風致も含まれていた。これは、当. 時の政府が森林の多面的機能に理解があった証拠のようにも思われているが、. 数字を見るかぎり、戦前期において政府が積極的に森林の多面的機能を考えて. いたようには思えない。保安林面積は、制度創設時の 50 万町歩から大正末に. は約 190 万町歩に拡大したが、それでも森林面積の 1 割にすぎなかった。保安. 林の種類別面積をみると、水源涵養林と土砂扞止林の 2 つで保安林面積の 9 割. を占め、風致林と公衆衛生林はわずかしかなかった。風致林の大半は維新の際. に上地(国有化)された社寺林であり、公衆衛生保安林は昭和初期の時点でも. 90 町歩しかなかった 36)。これは、当時の国や地方長官(知事)らが森林の環. 境機能や保健文化機能にほとんど関心がなかったことを示している 37)。. だが、経済的合理主義のもとでは、農山村の社会文化は二義的なものとして. 隅に追いやられてしまう。農山村の人々は、山の資源を有効利用するため、定. 期的に火入れ(野焼き)を行い、灌木を伐採し、萱場や秣場を確保していたが、. 政府はそれらを非生産的であるとして否定し、植林を奨励した。その象徴的な. 事業が、「部落有林野統一」である。これは、1889 年の市制・町村制の際の町. 村合併で誕生した新町村(行政村)の財政基盤を強化するため、旧町村の入会. 地を新町村に統合し、植林を奨励したものである(笠原�1998;山下�2011)。ま. た、政府は市町村の学校基本財産とするため「学校林」の造成を奨励するとと. �. 35)��保安林は、1896 年の森林法案では「保存林」とされていたが、1897 年の法案提出時に「保 安林」に変更された(仰木�1968)。. 36)��宍戸(1930:30)による。なお、日本で最初の公衆衛生保安林の指定は、1902 年の北海 道追分町(現在の安平町)とされる。. 37)��また、森林法は森林窃盗罪を定め、主副産物の窃盗や盗伐に対しては罰金または重禁固 に処するとした(農林省�1963)。. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 106. もに 38)、「学校植栽日」を制定して全国の学校に植樹を奨励した 39)。学校植栽. 日には郷土樹種も植えられたが、もっぱらスギやヒノキなどの有用樹種が植林. された(竹本�2009)。. なお、森林行政と直接の関係はないが、郷土の森(里山林)の社会文化機能. に対する政府の姿勢を端的に表しているのが、日露戦争後の 1906 年に始まっ. た神社合祀である。これは、村々の小さな社や祠などの小規模の神社を合併し、. 一町村一神社に再編するもので、神社を合併して社殿を再興し、皇祖に対する. 忠誠心を高めるための政策であった。この神社合祀に強硬に反対したのが、博. 物学者の南方熊楠である。南方は、神社合祀は、①敬神思想を減殺する、②民. の和融を防ぐ、③地方を衰微させる、④国民の慰安を奪い、人情を薄くし、風. 俗を害する、⑤愛国心を損する、⑥土地の治安と利益に大害がある、⑦史蹟と. 古伝を滅却する、⑧天然風景と天然記念物を亡滅すると主張して、神社合祀を. 正面から批判した(南方�1971:530─563)。また、南方は、神社合祀は神林(鎮. 守の森)の貴重な生態系を滅ぼすと述べ、生態学の観点からも社叢の保全を求. めた 40)。神社合祀は 1918 年に終了したが 41)、すでに全国 19 万カ所の神社は. �. 38)��小学校の基本財産を造成するため、農商務省と文部省は連携して不要存置国有林を市町 村に売却した(竹本�2009)。. 39)��学校植栽日は、1895 年に来日したアメリカの教育者 Birdsey�Northrop がアメリカのアー バーディ(Arbor�Day)を文部省次官の牧野伸顕に説明したことをきっかけに 1896 年に 制定された。当初は明治天皇誕生日の 11 月 3 日とされたが、後に 4 月 3 日(神武天皇祭) に改められた。植林の際の樹種について、林学者の本多静六はスギ、ヒノキ、アカマツ、 ケヤキ、カラマツを日本林樹の王として推奨した(岡本�2014)。. 40)��南方熊楠は、「わが国の神林には、その地固有の天然林を千年数百年来残存せるもの多 し…日本の誇りとすべき特異貴重の諸生物を滅し、また本島、九州、四国、琉球等の地 理地質の沿革を研究するに必要なる天然産植物の分布を攪乱雑糅、また秩序あらざらし むるものは、主として神社の合祀なり」と主張した(南方�1971:559─561)。. 41)��1918 年 3 月 2 日、後藤新平内務大臣が出席した貴族院予算委員会分科会において、元内 務省衛生局長の男爵高木寛兼は、青少年の精神衛生の観点から神社合祀に否定的な見解. 政策のパラダイムシフトと官僚制. 107. 11 万 6 千カ所に統合され、多くの神社が社叢とともに村から姿を消した 42)。. 一方、都市部については、明治初期から公園や緑地の整備が図られた。ただ. し、公園や緑地は内務省が所管した。これは公園や緑地を公衆衛生上の施設. とみなしたことによる。当時、欧米では「公園は都市の肺臓(parks�as�lungs�. of�cities)」という公衆衛生思想に基づいて大規模な公園が建設されていた 43)。�. そこで、内務省衛生局長の長与専斎は、1885 年の東京市区改正審査会において、. 公園建設には「衛生に関する巨益」があるとして公園整備を求めた。こうして、. 東京では日比谷公園 44)など 49 の公園が建設されたが、東京以外の都市では財. 政難から公園の整備は進まなかった。内務省が 1919 年の都市計画法制定を受. �. を示し、貴族院の決議となった(貴族院予算委員会第三分科会議事速記録第 9 号)。. 42)��なお、大正期の明治神宮の森の造成事業において、永遠の森として常緑広葉樹の森がつ くられたことは、現代の森林管理にも大きな意義を持っている。今泉(2013)によれば、 国から明治神宮の境内林の造成を依頼された本多静六は、助手の本郷高徳、大学院生の 上原敬二とともに設計にあたった。そのとき、調査のため仁徳天皇陵に入った上原は、 御陵林の荘厳さに理想形を見出し、常緑広葉樹を主体とする永遠の森の設計を発案した とされる(今泉�2013:158)。その後、上原と本郷は、ドイツの森林美学や郷土運動(ハ イマートシュッツ)を紹介し、社寺林や郷土林に関する研究を発表した(上原�1926;本 郷�1928)。. 43)��「都市の肺臓」論は 19 世紀初めにイギリスで主張され、世界に広まった。当時イギリス では、大都市に形成された人口稠密な貧民街では汚物や悪臭によって空気が汚染されて おり、それがコレラなどの伝染病や疾病をもたらすという「瘴気論(miasmas)」が主張 されていた。アメリカでは 19 世紀後半から大規模公園の建設が始まるが、ここにも「都 市の肺臓」論の影響があったとされる(Crompton,�2016)。�なお、アメリカの公園建設 を牽引したのは、シカゴの医師 J.�Rauch と造園家の F.�L.�Olmsted である。. 44)��東京市の公園(遊園)計画は、市内に大遊園と小遊園を配置するもので、大遊園は西欧 の大規模なオープンスペースとしての公園(park)を想定し、小遊園は神田区のよう に人口稠密な下町の空気を清浄にするために設ける空地を指していたようである(野崎 1994)。日本初の洋風近代式公園である日比谷公園を設計したのは本多静六で、ドイツの 公園をモデルに日本庭園の手法を加えた。なお、日比谷公園造園委員会には本郷高徳や 上原敬二も名を連ねている。. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 108. けて全国の公園を調査したところ、全国 631 の公園の大半は旧社寺境内地、旧. 城跡、史蹟名勝地などであったという(丸山 1986:20)。国木田独歩は『武蔵野』. において雑木林の風致を賛美したが、都市住民が保健や風致のため近郊の森林. に親しむ文化(ライフスタイル)は、日本の都市では発達しなかった。前述し. た公衆衛生保安林や風致保安林に対する政府の消極的な態度は、このことを如. 実に反映している。. 他方で、時代が大正に入ると、自然風景や天然記念物に対する国民の関心が. 高まった。政府は 1915 年に国有林に独自に「保護林」を設置し、1916 年には. 最初の保護林として上高地学術参考保護林が設定された 45)。1919 年には史跡. 名勝天然記念物保存法が制定され、1931 年には国立公園法が制定された。だが、. 国立公園の制度設計の過程では、自然保護を重視するか、それとも国民の保健・. レクリエーションを重視するかが争われ、最終的に後者による経済効果が優先. されて決着した 46)。. ただし、自然保護に対する政府や国民の意識が現在と大きく違っていたこと. も理解しておく必要がある。例えば、1895 年に狩猟法(現在の鳥獣保護管理法. の前身)が制定されたが、これは農林業を保護する視点にたち、益鳥を狩猟か. ら保護するために狩猟を免許制にしたものである。ただし、動物についてはシ. カのみ捕獲禁止期間を設けた以外は、何の規制もおかなかった。狩猟法は 1918. �. 45)��保護林は、原生林に準ずる森林、公衆の享楽地、高山植物など学術研究上重要な地域、 学術上保護すべき鳥獣の繁殖上必要な地域など、8 種類に分類されて設置された。. 46)��内務省はアメリカの国立公園にならい、日本にも国立公園を設置することを企図し、本 多静六の弟子の田村剛を嘱託に迎えて全国の候補地を調査させた。ただし、国立公園に ついては、自然保護を強く主張した上原と国民の保健休養のための開発を容認する本多 の対立もあったという(村串�2012)。田村自身は、国立公園には自然保護と国民保養の. 二つの面があるが、日本ではすでに山岳地帯に水力発電所等の産業が設置されており、 学術上貴重な地域は史跡名勝天然記念物法によって保護されるはずであるから、美的施 業によって林業と国立公園事業は両立するという立場をとった(田村�1932)。. 政策のパラダイムシフトと官僚制. 109. 年に改正され、野生鳥獣は一般に保護するとし、狩猟は特に規則で指定する. ものを対象としてのみ行いうるとしたが、野生生物保護の観点は弱かった 47)。�. 当時は功利主義的な考え方が支配的であり、産業上有益な種類は保護するが、. 農林業にとって有害な種類は自由に捕獲できるとしていたのである(林野庁�. 1969)。. 以上、やや長い考察になったが、明治の近代化過程において、政府は西欧的. 合理主義の規範にたち、日本固有の農山村文化を否定した。森林は産業政策に. 組み込まれ、森や林を経済資源とみなす合理主義的思考のもとで、全国各地に. スギやヒノキが植林された。国有林では、ドイツ林学の「保続」思想のもとに. スギやヒノキの人工林が大面積に造林され、林業技術は著しい発達をみた。こ. のディシプリンは戦後に継承され、広葉樹林を針葉樹人工林に林種転換する拡. 大造林によって、1000 万 ha の針葉樹人工林が造成されることになる。この過. 程では、林業の発展によって森林の公益的機能が発揮されるという予定調和論. が唱えられ、拡大造林を後押しした。それは林業の国土保全機能を強調するも. のであったが、経済的合理主義にたつ「保続培養」を正当化する価値規範とし. て機能したのである。. 一方、森林行政のガバナンスをみると、戦前の森林行政は、戦時下の国家統. 制を除けば、民有林に対する規制は保安林以外にはほとんどなく、自由経済に. 委ねられていた。そのなかで、山林官僚と林業系企業の親密な関係も発達して. いった(福本�1955;畠山�1986)。こうした状況を、図 1 のガバナンス類型にプ. ロットすれば、戦前の民有林のガバナンスは「Ⅱ」に該当する。しかし、戦後. �. 47)��鳥獣保護区の設置は 1950 年で、法律の名称が「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律」に改名 されたのが 1963 年である。鳥獣保護行政は 1971 年に農林省林野局から環境庁に移され、 2014 年に「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」に改正された。この 改正では、名称に「管理」が入るとともに、「生物の多様性の確保」が目的規定に加え られた(今里�2020)。. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 110. の森林法は、私有林まで含めた詳細な森林資源計画を中央政府が立案するとい. う、世界にも類をみない中央集権的な森林計画制度を創設した(山本 2020:24. ─25)。これを図 1 にプロットすれば、「Ⅰ」に移行したことになる。自由化と. 民主化の時代状況のなかで、森林行政については「集権的官僚統制型」のガバ. ナンスが構築されたのである。. (3)2001年森林・林業基本法の制定と森林政策の転換. さて、森林政策のパラダイムシフトに戻ろう。日本の森林政策の転換は、. 1996 年と 1997 年の林政審議会(会長:古橋源六郎 48))の答申をきっかけに前. 進した。1996 年 11 月の林政審の答申「森林資源に関する基本計画」は、その. 冒頭で、「森林は、林木、土壌等により形成され、多種多様な生物の生息・生. 育地となっており、これらの構成要素が良好な状態に保持され生態系として健. 全に維持されることにより、森林資源としての林産物の供給のみならず、多様. な財及びサービスを持続的に提供することが可能となるものである」と述べた。. これは、森林原則声明と同じ考え方にたつものである。次に、答申は「森林の. もたらす様々な恩恵を将来にわたって確保し、森林と人間との共生を図ってい. くためには、長期的な視点に立って、森林の状態の変化を的確に把握するとと. もに、森林の持つ多様な生態的特性等を踏まえた適切な森林資源整備を推進し、. 森林の有する多面的機能を総合的かつ高度に発揮させる必要がある」とした。. これも森林原則声明の「持続可能な森林管理」と整合する 49)。. �. 48)��当時、林政審議会会長をつとめた古橋源六郎は、総務事務次官をつとめた元国家公務員 だが、愛知県稲武町の古橋林業で知られる古橋家九代当主である。森林及び森林行政に 対する古橋の考え方は、古橋(1998)で語られている。なお、森林に対する古橋家六代 当主の古橋源六郎義真は、1881 年に「百年計画の植樹法」を定めた。これは共有地に毎 年 100 株の苗木を植え、100 年後から順次1年分ずつ輪伐し、その跡地に再び苗木を植 えるものである。なお、古橋林業は 1970 年代から非皆伐施業複層林に転換している(古 橋・北原�2003)。. 政策のパラダイムシフトと官僚制. 111. そして、答申は、森林の多面的機能を高度に発揮させるため、木材等生産、. 水源涵養、山地災害防止、生活環境保全、保健文化の各機能について望ましい. 森林資源の姿と対象整備面積を示し、森林整備の推進方向として「水土保全」、. 「森と人との共生」、「資源の循環利用」を提示した。そのなかの「森と人との. 共生」ゾーンでは、生物多様性を維持・回復するための森林管理や快適な森林. 環境及び森林景観の保全・創出を行うとし、特に身近な自然である都市近郊・. 里山等の森林や優れた景観を構成する森林の整備を積極的に推進するとした。. そして、新たな森林区分に対応した森林施業として、「育成単層林施業」、「育. 成複層林施業」、「天然生林施業」の区分を設け、施業方法をつうじて望ましい. 森林の姿に誘導することを提言した。. 一方、1997 年 12 月の林政審答申「林政の基本方向と国有林野事業の抜本的. 改革」は、林政の基本方向として、流域管理システムによる森林管理と市町村. の役割強化を打ち出した。また、国有林野事業については、国有林の森林整備. の目標を木材生産機能重視から国土・環境保全等の公益的機能重視に転換する. とし、独立採算制の特別会計制度を見直して、一般会計からの繰り入れを前提. とした特別会計制度への変更を提言した。この答申に基づいて、国は 1998 年. に 10 月に森林法を改正し、民有林を有する全ての市町村に市町村森林整備計. 画の作成を義務付けるとともに、森林所有者が作成する森林経営計画の認定等. の権限を都道府県知事から市町村に移譲した。また、「国有林野事業の改革の. ための特別措置法」及び「国有林野法」を制定し、国有林の管理経営方針を木. 材生産から公益的機能の維持増進を旨とするものに公式に転換した 50)。. �. 49)ただし、同答申では「持続可能な森林経営」という言葉を使用している。. 50)��国有林に先駆けて、経済林から環境林に転換する方針を打ち出したのが東京都の水源林 経営である。注 26)でも指摘したように、東京市は奥多摩源流の水源林の天然林を伐採 してスギやヒノキを造林したが、これは将来の水道事業経営に役立てるためであった(泉� 2004)。また、当時の日本林学会は、水源涵養機能については広葉樹よりも針葉樹のほう. 横浜法学第 29 巻第 2 号(2020 年 12 月). 112. 民有林における森林管理政策の転換は、それから少し遅れ、2000 年の林政. 審答申「新たな林政の展開方向」に明記された。同答申は、「政策の主たる目. 的を木材生産とし、林業を通じて森林の木材生産機能を最大化することが結果. として森林の公益的機能の発揮につながるという考え方を改め、森林に対する. 国民の要請に的確に応えられるよう、政策の目的を森林の多様な機能の持続的. な発揮という考え方へと転換する必要」があると述べ、「予定調和論」を明確. に否定した。この答申に基づいて 2001 年に森林・林�

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