股関節肢位の変化に対して大内転筋が発揮する
股関節伸展トルクの特徴からみた役割
Role of the Adductor Magnus Viewed from Its Hip Extension Torque Characteristics
in Different Hip Joint Postures
滝澤 恵美
1)鈴木 雄太
2)小林 育斗
3)Megumi TAKIZAWA, RPT, PhD1), Yuta SUZUKI, PhD2), Yasuto KOBAYASHI, PhD3)
1) Department of Physical Therapy, Ibaraki Prefectural University of Health Sciences, 4669-2 Ami, Ami-machi, Inashiki-gun,
Ibaraki 300-0394, Japan TEL+81 29-888-4000 E-mail: [email protected]
2) Research Center for Urban Health and Sports, Osaka City University
3) Department of Sport Management, Faculty of Business and Public Administration, Sakushin Gakuin University
Rigakuryoho Kagaku 33(1): 127–132, 2018. Submitted Aug. 1, 2017. Accepted Sep. 29, 2017.
ABSTRACT: [Purpose] To examine the role of the adductor magnus in terms of extension torque characteristics during squats with the hip joint in different positions. [Subjects and Methods] One healthy man performed a normal squat (NS), with the hips in the mid-position for both abduction and rotation, and a sumo squat (SS), with the hips abducted and externally rotated. Extension torques generated by the adductor magnus and hip extensors were compared between the two hip configurations through estimates made using a musculoskeletal model. [Results] The adductor magnus, gluteus maximus, and long head of the biceps femoris produced greater torques than the semimembranosus and semitendinosus during both NS and SS. [Conclusion] Regardless of hip position in the frontal and horizontal planes, the adductor magnus appears to have the role of an antigravity muscle for movements made in a crouching posture.
Key words: adductor magnus, extension torque, antigravity movement
要旨:〔目的〕異なる股関節肢位でスクワットを行い,大内転筋が発揮する伸展トルクの特徴から役割を検討した. 〔対象と方法〕健常男性1名が股関節内外転,回旋中間位(NS)と外転,外旋位(SS)でスクワットを行い,大内転 筋と股関節伸展筋が発揮する伸展トルクを筋骨格モデルを用いて推定し,比較した.〔結果〕NSとSSともに,大内 転筋や大殿筋,大腿二頭筋長頭が発揮する伸展トルクは半膜様筋や半腱様筋よりも大きかった.〔結語〕大内転筋は, 前額面や水平面の股関節肢位に関わらず,中腰姿勢を伴う動作に対して抗重力筋の役割を有すると推察された. キーワード:大内転筋,伸展トルク,抗重力動作 1) 茨城県立医療大学 保健医療学部 理学療法学科:茨城県稲敷郡阿見町阿見 4669-2(〒 300-0394)TEL 029-888-4000 2) 大阪市立大学 都市健康・スポーツ研究センター 3) 作新学院大学 経営学部 スポーツマネジメント学科 受付日 2017 年 8 月 1 日 受理日 2017 年 9 月 29 日
I.はじめに
大内転筋は恥骨下枝と坐骨枝および坐骨結節から起こ り,殿筋粗線内側から粗線内側唇,および内転筋結節に 停止する単関節筋である1).股関節内転筋群に属するこ の筋は伸展作用も有する2).屍体を用いて下肢筋のモー メントアームを調べた報告では,大内転筋が発揮する伸 展トルクは,股関節屈曲位から身体を持ち上げる際等に 利用される抗重力筋だろうと推察している3,4).しかし, 実際の動作で大内転筋が発揮する伸展トルクを調べ,そ の役割を検討した報告は見当たらない. ヒトの下肢では抗重力筋として,伸展作用を有する単 関節筋が発達している5,6).股関節まわりの抗重力筋は 大殿筋である.大殿筋と同様に大内転筋も伸展作用を有 する単関節筋であるが,関節軸に対する両筋の配置や走 行は明らかに異なる.筋が発揮した張力は,関節軸との 関係(モーメントアーム)に修飾されて回転力(トルク) を生む.そのため,張力とモーメントアームの組み合わ せが最適になる関節角度でトルクは最大となり,その角 度は筋ごとに異なる.したがって,自由度の高い股関節 に対して大内転筋が発揮する伸展トルクの役割を検討す るためには,股関節の肢位を変えて抗重力動作を行い, 大殿筋や他の股関節伸展筋との関係性の中で発揮される トルクの特徴を調べる必要があるだろう. 立ち上がり等の日常動作に類似する左右対称性の抗重 力動作の一つとしてスクワット動作がある.そこで本研 究は,異なる股関節肢位でスクワットを行い,大内転筋 と大殿筋,およびハムストリングス(大腿二頭筋長頭, 半膜様筋,半腱様筋)が発揮する股関節伸展トルクを比 較し,その特徴から大内転筋が発揮する伸展トルクの役 割を検討することを目的とした.なお,本研究では骨格 および筋のデータがコンピューター上でモデル化された 筋骨格モデルを用い,このモデルに実際の運動データを 入力し動作時に各筋が発揮するトルクを推定した.II.対象と方法
1.対象 腰部や下肢関節に長期固定を要する傷害を負ったこと がなく,測定時に関節痛がない男性1名(21歳,身長 1.65 m,体重55 kg)に研究内容を十分に説明し,参加 の同意を得たうえでスクワットを行ってもらい,得られ た運動データを分析に用いた.なお,本研究は茨城県立 医療大学倫理委員会の承認(第599号)を得て十分な 配慮のもと実施した. 2.方法 スクワットは,股関節内外転・回旋中間位の一般的ス クワット(NS)と外転・外旋位の相撲スクワット(SS) を行った.動作速度はメトロノームの音に合わせて,下 降2秒,一時停止,上昇2秒とした.スクワット高(床 と殿部の距離)は50 cmとした.スクワット中の体幹 傾斜を直立位に維持するために,対象者は背面・肩甲骨 上縁の位置で,長さ80 cmの棒を両上肢で把持し,把 持した棒を前後左右に移動することなく真っ直ぐに下降 と上昇を行った.いずれのスクワットも踵接地,前方注 視を条件とした.十分な練習を行った後に各肢位のスク ワットを3回試行し,運動データがほぼ同様であること を確認したうえで3試行目を分析した.3次元動作解析装置(VICON-MX T10 system,Vicon
Motion Systems社製)を用いて,身体分析点47点に貼
付した赤外線反射マーカーの3次元座標値を100 Hzで 計測した.同時にフォースプレート(Kistler Instrumente
AG,Switzerland, 9287A)を用いて,床反力を500 Hz
で測定した.得られた身体分析点の3次元座標値と床反
力をButterworth digital filterを用いて,10 Hzで平滑化 した.骨盤と下肢の身体分析点を用いて骨盤,大腿,下 腿に部分座標系を構成し,各座標系の相対関係をもとに 股関節屈曲伸展,内外転,内外旋角度,膝関節屈曲伸展 角度,足関節底背屈角度を求めた.身体部分慣性係数を 用いて各身体部分の質量,質量中心位置,慣性モーメン トを算出した7).さらに,身体分析点の3次元座標値と 床反力から逆力学演算により股関節,膝関節,足関節ト ルクを算出した. 筋骨格モデリングソフトSIMM(MusculoGraphics社 製)を用いて8),3関節5自由度(股関節屈曲伸展,股 関節内外転,股関節内外旋,膝関節屈曲伸展,足関節底 背屈),34の筋腱複合体からなる片側下肢の筋骨格モデ ルをコンピューター上で構築した9).34筋中19筋が股 関節筋だった.なお,本研究で実施するスクワットの関 節可動範囲を事前に確認し,その範囲内でモデル内の筋 パスが連続的に変化していること,モーメントアームの 変化が妥当であることを確かめた.筋モデルには張力- 長さ関係および張力-速度関係が考慮されたHill-type モデルを使用した10).本研究で用いる筋モデルは収縮 要素(筋線維),並列弾性要素,直列弾性要素(腱)に よって構成される筋腱複合体であり,羽状角を考慮し た.関係式は,自然長で規格化した直列弾性要素の応力 -歪み関係式,至適長で規格化した収縮要素の張力-長 さ関係式および張力-速さ関係式,至適長で規格化した 並列弾性要素の力-長さ関係式を用い,この関係式は全 筋で共通とした9,10). 本研究で用いる筋骨格モデルは,下肢関節の自由度に 対して筋が冗長的に存在するため,最適化計算を用いて トルクを推定した11).最適化計算では算出された関節 トルクと関節周囲筋のトルクの総和が等しくなる制約条 件を設けた(式1,式2).
JTi=
∑
34m=1 MTi,m (式1) MTi,m=MAi,m・MFm (式2) ここで,JTiは関節 i の関節トルク,MTi,mは筋 m の 関節 i におけるトルク,MAi,mは筋 m の関節 i における モーメントアーム,MFmは筋 m の張力である.また, 筋活動はなるべく疲労が起きないように決定されるとい う観点に基づき,「関節トルクを満たす全関節まわりの 筋の興奮度q(0≤q≤1)の3乗和の最小化」を最適化計算 の 目 的 関 数 と し た9,12). 最 適 化 計 算 に はMATLABR2014b(MathWorks社製)のOptimization Toolboxを 用いた. スクワットの開始と終了は頭頂高の変化によって決定 した.スクワット中に各筋が発揮する伸展トルク,伸展 成分のモーメントアーム,筋腱複合体長を算出した.足 部を肩幅に開いた立位の各関節角度をゼロポジションと し,筋腱複合体長はゼロポジション時の長さをもとに正 規化した.
III.結 果
筋骨格モデルには膝関節と足関節周囲筋も加えて計算 を行ったが,本結果では大内転筋と大殿筋,およびハム ストリングス(大腿二頭筋長頭,半膜様筋,半腱様筋) について述べる.また,スクワット中の関節角度,股関 節トルクや各筋のトルクはベルカーブを示したため(図 1,2),代表値として平均値を用いた. 頭長高が最下点時の股関節屈曲,外転,外旋角度は, NSで81°,0°,7°,SSで80°,22°,29° だった.膝関 節屈曲角度は,NSで64°,SSで63° だった.足関節背 屈角度は,NSで20°,SSで13° だった.股関節と膝関 節の屈曲角度は,NSとSSで同程度,股関節外転と外 旋角度はNSとSSで約20° の差異があった(図1). スクワット開始直後と終了直前を除き,股関節まわり では伸展,内転,外旋方向に関節トルクが発揮された (図2).これらの平均値はそれぞれ,NSで29.7 Nm, 11.4 Nm,10.9 Nm,SSで34.1 Nm,19.4 Nm,7.5 Nm であり,いずれのスクワットも伸展トルクが最も大き かった.大内転筋はNSとSSともに股関節伸展,内転, 外旋トルクを発揮し,伸展と内転のトルクが同程度だっ た(図2).各筋の伸展平均トルクはNSとSSがそれぞれ, 大内転筋では12.2 Nmと12.5 Nm,大殿筋では8.1 Nm と3.0 Nm,大腿二頭筋長頭では7.0 Nmと4.7 Nm,半 膜様筋では1.5 Nmと2.2 Nm,半腱様筋では0.3 Nmと 0.5 Nmだった(図3a).いずれのスクワットも,大内 転筋や大殿筋,大腿二頭筋長頭の伸展平均トルクが半膜 様筋や半腱様筋よりも大きかった.(図3a). スクワット中に発揮される伸展トルクがより大きかっ た大内転筋,大殿筋,大腿二頭筋長頭のモーメントアー ムと筋腱複合体長を確認した.伸展成分のモーメント アームはNSとSSともに,大内転筋では股関節屈曲開 始直後に増大し,その後は一定の値を示した(図4a). 大殿筋と大腿二頭筋長頭では股関節の屈曲に伴い減少し た(図4a).筋腱複合体長は,大内転筋と大殿筋では股 関節屈曲に伴い増大した(図4b).その変化量は,大内 転筋ではNSとSSの間に顕著な差はみられず,大殿筋 ではSSはNSほどの増大はみられなかった.大腿二頭 筋長頭ではほぼ一定だった(図4b).IV.考 察
大内転筋が発揮する伸展トルクの役割を検討するため に,股関節肢位を変えてスクワット動作を行い,大殿筋 や他の股関節伸展筋が発揮する伸展トルクと比較した. その結果,スクワットのような左右対称性の抗重力動作 では,NSとSSともに,大内転筋の伸展トルクは大殿筋, 大腿二頭筋長頭と同様に,半膜様筋や半腱様筋よりも大 きかった. 各筋が発揮するトルクは,筋腱複合体が発揮する張力 とモーメントアームの積で求まる.筋腱複合体としての 筋は,力-長さ関係や腱の応力-歪み関係から伸長位で より大きな張力を発揮しやすい10).スクワット中,股 角度 (度 ) 40 60 80 100 120 140 160 180 -20 0 20 40 60 80 100 120 0 20 40 60 80 100 頭 頂 高 (c m) 角度 (度 ) SS NS 時間(%) 40 60 80 100 120 140 160 180 -20 0 20 40 60 80 100 120 0 20 40 60 80 100 頭 頂 高 (c m) 時間(%) 膝関節屈曲 股関節屈曲 股関節外旋 足関節背屈 頭頂高 股関節外転 図1 スクワット中の関節角度全段
図1 スクワット中の関節角度関節屈曲角度の増大に伴い,筋腱複合体長は大内転筋と 大殿筋では増大し,大腿二頭筋長頭ではほとんど変化し なかった.モーメントアームは筋腱複合体の張力が関節 まわりに作用する際の“てこ長”であり,張力が同じな らばモーメントアームが長いほどトルクは大きくなる. スクワット中,股関節屈曲角度の増加に伴い,伸展成分 のモーメントアームは大内転筋では増大し,大殿筋と大 腿二頭筋長頭では減少した.これより,大内転筋は股関 節屈曲角度の増大に対して筋腱複合体長とモーメント アームの両方が増大し,大きな伸展トルクを発揮しやす いことが確認された.この様な特徴は大殿筋や大腿二頭 筋長頭では確認されなかった. NSとSSともに股関節まわりに内転の関節トルクが 発揮された.したがって,スクワット時に大内転筋が発 揮した大きな伸展トルクは,内転トルク発揮に伴う二次 的効果の可能性がある.ペダリング時の筋活動を調べた 図3 スクワット中に大内転筋と股関節伸展筋が発揮した平均トルク a b c
全段
図3 スクワット中に大内転筋と股関節伸展筋が発揮した平均トルク -20 0 20 40 60 80 0 20 40 60 80 100 -20 0 20 40 60 80 0 20 40 60 80 100 -20 0 20 40 60 80 0 20 40 60 80 屈曲←ト ル ク (N m) →伸展 -20 0 20 40 60 80 0 20 40 60 80 100 -20 0 20 40 60 80 0 20 40 60 80 100NS
股関節トルク 100 大内転筋 大殿筋 大腿二頭筋長頭 a b c 外転←ト ル ク (N m) →内転 内旋←ト ル ク (N m) →外旋 -20 0 20 40 60 80 0 20 40 60 80 100SS
時間(%) 時間(%)図
2 スクワット中に各筋が発揮したトルクと股関節トルク
NSのb)内転トルク)において大内転筋の値が関節トルクの値よりも高値を示すのは,
ここには記載されていない拮抗筋)外転トルク)が影響しているためである.
全段
図2 スクワット中に各筋が発揮したトルクと股関節トルク NSのb)内転トルクにおいて大内転筋の値が関節トルクの値よりも高値を示すのは,ここには記載さ れていない拮抗筋(外転トルク)が影響しているためである. 大内転筋 大殿筋 大腿二頭筋長頭 半膜様筋 半腱様筋 伸展トルク(Nm) 内転トルク(Nm) 外旋トルク(Nm)報告によると,ペダルを踏み込む際に大腿四頭筋やハム ストリングスと協調して大内転筋は活動する13).ペダ リングのような股関節内転運動を伴わない場合でも,下 肢を力強く伸展する際に大内転筋が活動することから, スクワット時にこの筋が発揮する伸展トルクは,内転ト ルク発揮に伴う二次的な効果ではなく,股関節伸展の要 求に対しても一次的に関与すると推察される.これを裏 付けるように,主に下肢伸展筋に広く分布する坐骨神経 が大内転筋を支配する範囲は従来認識されていた範囲よ りも広いことが報告されている14). 股関節の自由度の高さは,ヒトの特徴である多様な姿 勢を可能にする身体的基盤である.そのため,股関節伸 展筋では多様な姿勢に対応するために役割分担が図られ ているだろう.大殿筋や大腿二頭筋長頭は,股関節屈曲 位では伸展成分のモーメントアームが減少するため,大 きなトルクを発揮し難い特徴があった.一方,大内転筋 は,前額面や水平面の股関節肢位にかかわらず股関節屈 曲位に対して筋腱複合体長と伸展成分のモーメントアー ムが増大し,大きな伸展トルクを発揮しやすい特徴が あった.大内転筋は,大殿筋やハムストリングスが対応 し難いニッチを補間し,特に中腰姿勢での動作や活動に 対する抗重力筋として重要な役割を担うだろう.これよ り,立ち上がり動作等の中腰姿勢を経る動作障害では, この筋の機能障害を検討する必要があると考える. 本研究は大内転筋が発揮する伸展トルクの役割を大殿 筋や他の股関節伸展筋との関係性の中で探索するために, 筋骨格モデルを用いて対象者1名の運動データを解析し た.今後は運動のばらつきや代償動作を考慮するために データ数を増やす必要がある. 謝辞 本研究は,JSPS科研費(15K01422)の助成を受 けて実施した. 引用文献
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graphics-大内転筋 大殿筋 大腿二頭筋長頭 股関節屈曲 60 80 100 120 140 160 0 20 40 60 80 100 60 80 100 120 140 160 0 20 40 60 80 100 長 さ (%) 時間(%) -20 0 20 40 60 80 100 0 20 40 60 80 100 長 さ (mm), 角 度 (度 ) a b -20 0 20 40 60 80 100 0 20 40 60 80 100
NS
SS
大内転筋 大殿筋 大腿二頭筋長頭 時間(%)図
4 スクワット中の各筋の伸展成分のモーメントアーム (a)と筋腱複合体長 (b)
全段
図4 スクワット中の各筋の伸展成分のモーメントアーム(a)と筋腱複合体長(b)based model of the lower extremity to study orthopaedic surgical procedures. IEEE Trans Biomed Eng, 1990, 37: 757-767.
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