1 .はじめに -発光現象について-
有機 EL1)とは,可視光領域に光ルミネッセンス(PL)を有 する有機半導体や導電性高分子に電流を流すことで発光する デバイスである。発光そのものは,外部刺激(熱,光,電気, 化学反応など)を原子もしくは分子に与えることによって, 励起状態(不安定)を作り出し,それが基底状態(安定)に戻る 際にエネルギーを電磁波(以下では可視光を想定)として放出 することで生じる。励起状態と基底状態のエネルギー差が もっとも短波長の光となるが,条件によっては発光せず熱を 放出して基底状態に戻ること(無輻射遷移)がある。図 1 のよ うに有機材料の場合には,励起状態にはスピン多重度の違い により一重項励起準位(スピンは打ち消し合う)と三重項励起 準位(スピンが揃う)がある。一般的に三重項励起準位は一重 項励起準位よりエネルギー的に低い。エネルギー的に下位に あれば,その方が安定なので,励起状態は三重項準位に移ろ うとするのだが,スピンを反転しなければ一重項から三重項 には遷移できない。スピンを反転することは禁制である。一 方,基底状態は一重項状態なので,励起三重項準位から基底 状態に失活することも禁制となる。励起一重項準位からの発 光がけい光,励起三重項準位からの発光がりん光である。通 常のイメージだと,光をあてて長くボォーと光っているもの がりん光で,すぐに消えてしまうものがけい光であろうか。 スピンの反転は禁制なので,励起三重項状態のままである時 間が長くなる。これを励起寿命が長いという。発光過程は輻 射遷移(発光が見える)と無輻射遷移(発光が見えない,熱に なる)の競争過程であるので,寿命が長いとその分無輻射遷 移する割合が高くなり,結果的に発光が観察されなくなる。 一般的に常温ではりん光は観察されにくく,試料を低温に冷 やすとりん光は見えやすい。励起状態中は酸素や水などと反 応性が高くなるので,励起状態の雰囲気は重要である。 電界発光(EL)はデバイスに通電することにより生じさせ る。電子-正孔の再結合で実現する EL を注入型 EL と呼ぶ。 よく似たものに無機 EL がある。こちらはキャリアを電極か ら注入せず,絶縁層で挟み込んだ半導体材料中に存在する電 子を高電界により加速して金属イオンのような発光中心に衝 突させることによってエネルギーを与える。エネルギーを得 た発光中心は励起状態となり,失活する際に発光する。無機 EL では直流電圧を印加するだけでは最終的にすべての電子 が正側に偏ってしまうために発光が持続しない。それゆえ, 交流を利用して,電子を何度も反転させて発光を持続させる。 高エネルギーの電子の運動エネルギーを利用した電界発光を 真性 EL と呼ぶ。有機 EL は有機 LED,英語で略して OLED とも呼ばれるが,半導体の pn 接合を利用したものが LED(発 光ダイオード)である。LED はキャリアを注入させて発光さ せるので,有機 EL と同様な注入型 EL である。表 1 に有機 EL,無機 EL,LED の特徴をまとめる。2 .有機 EL 素子の実際
有機 EL の説明は第 1 章に示したとおりであるが,もう少 し詳しく見ていくと,多くの場合には,多層構造を有してい る。多層構造を実現しやすいのは真空蒸着法を利用する低分 子(量)材料である。図 2 に示すように低分子材料を利用した有機 EL 素子の材料設計と長寿命化技術
森 竜 雄
a a 名古屋大学 大学院工学研究科(〒 464︲8603 愛知県名古屋市千種区不老町)Material Design and Long-Operating Technology for Organic Light-Emitting Diodes
Tatsuo MORI
aa Graduate School of Engineering, Nagoya University(Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya-shi, Aichi 464-8603)
Keywords : Organic Light-Emitting Diode, Features, Thin-Film Encapsulation
小特集:ドライプロセスによるバリア膜形成の原理とその応用
ബ৻㊀㗄⁁ᘒ ബਃ㊀㗄⁁ᘒ ၮᐩ⁁ᘒ 䉨䊞䊥䉝ౣ⚿ว 1 3 ឵Ꮕ ユ ㆫ ⒖ ή ユ ㆫ ⒖ 䉴䊏䊮䈏⋧Ვ 䈔䈇శ 䉍䉖శ ᾲ ᾲ 図 1 有機分子の励起・失活過程有機 EL 素子の材料設計と長寿命化技術 場合では,陽極側から正孔注入層,正孔輸送層,発光層,電 子輸送層,電子注入層のように多層構造を有している。図 3 に本稿で取り扱う代表的な有機材料の化学構造を示す。導電 性高分子は真空蒸着法によって成膜すると,熱分解してしま うために利用できない。そのため,高分子材料の場合には, アルキル基やメトキシアルキル基などの可溶性部位を導入し て,有機溶媒に溶けるように分子設計する。そのため「低分 子」は真空蒸着,「高分子」はキャスト法と言われる。しか しながら,低分子材料にも可溶性部位を導入すれば可溶性は 高まるので,キャスト法で利用することは可能である。しか しながら,溶媒を利用したキャスト法では,溶媒中に含まれ る不純物や溶媒が膜形成後に含まれることになり,せっかく 高純度化された材料の品質を損なうことになる。高分子 EL の構造も積層構造を嗜好しており,溶媒選択の困難があるが 正孔注入層,バッファ層が導入されている。一般に正孔注入 材料として用いられるチオフェン系誘導体 PEDOT:PSS は水 性,発光材料として用いられる高分子材料は有機溶媒であり, キシレンやトルエンが利用される。ただし,クロロホルムや ジクロロエタンなどが良溶媒になる材料も少なくない。ここ ではただ「溶ける」だけではなく成膜した膜質も重要な問題 である。 有機 EL の効率は,一般的に外部量子効率ηextにより表さ れる。素子内部での注入された電子から光子への変換効率を 内部量子効率ηintと呼び,これに外部への光取出効率 a を乗 じたものが外部量子効率である。 ηext=a×ηint
そのため,外部光取出効率が低ければ,それで外部量子効率 が決まってしまう。単なる積層構造だけでは,外部光取出効 率は 20 % 程度しか取り出せない。前方に光が取り出せるよ うに種々の工夫を行うと 30-40 % 程度まで取り出すことがで きる2)。 内部量子効率ηintは,キャリアバランスγ,励起子生成効率 φexciton,PL 量子効率φPLの積で表すことができる。 ηint=γ×φexciton×φPL キャリアバランスとは,電流連続の法則により陽極から入る 電流と,陰極から流れ出る電流(実際には素子面積が違うこ とが多いので電流密度[A/m2]を扱った方が普遍性がある) は同じである。注入型 EL では,陽極から注入される正孔電 流と陰極から注入される電子電流の大きさが同じであること が理想である。このときキャリアバランスが 1 となる。キャ リアバランスが 1 でないということは,正孔電流もしくは電 子電流の一部が対向電極に流れ出しているということが示唆 される。ただし,正孔輸送層と電子輸送層をもつ多層構造を 利用した有機 EL においては,正孔輸送側には電子が,電子 輸送層側には正孔が漏れ出すことは考えにくいので,キャリ アバランスはほぼ 1 を達成できていると考えられる。励起子 生成効率は第 1 章で述べたように一重項励起状態と三重項励 起状態は 1:3 の割合で生成するので,けい光材料であれば ITO㓁ᭂ : ㊄ዻ㒶ᭂ ㊄ዻ㒶ᭂ ITO㓁ᭂ ૐಽሶᯏEL䈱ᯏ⢻ಽ㔌䈘䉏䈢ⶄ㔀䈭ᄙጀ᭴ㅧ 䉲䊮䊒䊦䈭㜞ಽሶEL䈱᭴ㅧ ᱜሹᵈጀ䋺 ᱜሹャㅍጀ䈫 HOMO䈱㑐ଥ䉕ᡷༀ ᱜሹャㅍጀ ᱜሹ䉕ല₸䉋䈒 ⊒శጀ䉁䈪ャㅍ 㔚ሶᵈጀ䋺 㒶ᭂ䈎䉌䈱㔚ሶ ᵈ䉕ଦㅴ ⊒శጀ䋺 ㊂ሶല₸䈏㜞 䈒䇮ౣ⚿ว 㔚ሶャㅍጀ䋺 㔚ሶ䉕ല₸䉋䈒⊒శጀ䉁 䈪ャㅍ ITO䈫䈱 PL 図 2 有機 EL の構造 有機 EL 無機 EL LED 発光原理 注入型 EL 真性 EL 注入型 EL 発光形状 面発光 面発光 点発光 駆動電源 直流 ~10 V 交流 数 100 V, 数 kHz 直流 <10 V 蛍光体(母材) 有機色素・顔料,導電性高分子 無機蛍光体(半導体) 半導体結晶 作製手法 真空蒸着[+塗布] 塗布(分散型) 単結晶成長 特 徴 多色化容易,高輝度 多色化困難,低輝度 多色化容易,高輝度,高電流駆動可能 表 1 電界発光素子の種類と特徴 N O Al N O N O N N N Ir N N O t-Bu O N H3C N CH3 SO3- SO3H n O O S O O S + n N N N N N N C H2 C H2 n Cl TPD 䉥䉨䉰䉳䉝䉹䊷䊦⺃ዉ Alq3 䊎䊏䊥䉳䊮⺃ዉ 䊔䊮䉹䊐䉢䊉䊮 Ir(ppy)3 PEDOT:PSS PCPX 図 3 本文中で取り上げる主な有機材料の化学構造
解 説 25 %,りん光材料であれば 75 % となる。りん光材料の中に はベンゾフェノンのように一重項励起状態をほとんど生成せ ずに三重項状態の発光のみが観測される材料がある。これは 一重項励起状態と三重項励起状態がエネルギー的に接近して おり,両者が混合した状態を形成していることに起因してい る。しかしながら,ベンゾフェノンのりん光は室温では全く 観察されない3)。ところが金属錯体の中で,中心金属をプラ チナやイリジウムとした材料は重原子効果によりスピン-軌 道相互作用が強くなり,一重項状態が三重項状態に交換交差 するとともに,無輻射遷移が小さくなり,室温でも輻射遷移 が支配的となる。その結果,励起子生成効率が 100 % で PL 量子効率が 100 % となる材料が実現された4)。PL 量子効率 は励起状態にある分子が基底状態に戻る際に無放射遷移をと らずにすべて放射遷移となるとき,100 % となる。分子単独 状態(例えば希薄溶液中)では,PL 量子効率が 100 % となる 材料は少なくないが,分子が凝集した薄膜状態では PL 量子 効率が低下する濃度消光を示す材料が多い。上記で示唆した PL 量子効率をりん光材料の一つはイリジウム錯体 Ir(ppy)3 で あるが,単独材料のみでは濃度消光で PL 量子効率は低くな るので,必ずホスト材料にドープされた状態で利用される。 以上より,内部量子効率 100 % は適切な材料を組み合わ せて素子構成を行えば,実現できる状態まできている。外部 光取出効率も改善が進められているので,今後ηext >50 % も 実現可能となるであろう。 なお,照明の世界では,エネルギー効率も重要となるので, 電力効率 lm/W の大きなデバイスが期待される。外部量子効 率では,エレクトロン数,すなわち通過電流量が重要であっ たが,電圧の項が含まれていない。電力効率では,電圧と電 流の積であるので,一定電流を流すのに必要な印加電圧が小 さなデバイスの開発が重要である。印加電圧を低下させるた めには,本質的に絶縁体である有機材料のキャリア移動度の 向上が重要となる。印加電圧 V,電流 I,素子の抵抗 R とす れば, I=V / R となる。ここで素子の膜厚 d,面積を S としたとき,平均電 界 E = V / R,電流密度 J = I / S,導電率σを用いて R = d /(σS) とすれば, J=σE として表すことができる。導電率は電荷,キャリア数,移動 度の積で表されるので,キャリア数=電極からのキャリア注 入と見なせば移動度が大きい方が一定電流密度を得る場合に は,印加電界を小さくできる。素子全体の膜厚自体も薄くし た方が,印加電圧は小さくなり,投入電力が小さくなるので, 電力効率は向上する。電子移動度は,LUMO(最低空分子軌道) を介した電子輸送であることから,酸素の影響を受けやすい ので,封止の影響が大きい。 正孔輸送材料としては,伝統的にトリフェニルアミン(フェ ニル基が別の芳香環となったものも含む)を骨格としている。 Tang ら が 初 め て 用 い た 材 料 は di-[4-(N,N-ditolyl-amino) -phenyl]cyclihexane(TAPC) 5)であったが,その後九州大学が 提案した,ゼロックスの感光体に利用されている N,N'-bis (3-methylphenyl)-N,N'-bis(phenyl)-benzidine(TPD) 6),7),ガラス 転移点を改善した Tang らが報告した N,N'-bis(naphthalene-1-yl)-N,N'-bis(phenyl)-benzidine(α-NPD, NPB とも呼ばれる) 8)が 知られている。ただし,これらの材料はガラス転移点が低く, 結晶化しやすいという短所があるので,オリゴマー化したト リフェニルアミン誘導体が開発された9),10)。 電子輸送材料として,発光層として利用されているアルミキ ノリノール錯体(Alq3)5)の膜質が安定なこともあり,よく利用 されていた。しかしながら,電子移動度は 10−6 cm2 V−1 s−1と 低いので11),オキサジアゾール誘導体12),13) (オキサジアゾー ル基 N N O ),トリアゾール誘導体 14) (トリアゾール基 NNN),シ ロール誘導体15) (シロール基 Si )などが提案された。近年, 従来材料よりも電子移動度が 10−3 cm2 V−1 s−1と 1 桁以上も 向上したビピリジン誘導体が開発された16),17)。 発光材料では,最新の材料については,特許にしてしまう と構造が明らかになってしまうので,化学構造は全く不明で あることが多い。大学から発信される論文で見られる材料の 中には疑わしい性能を示すものがあり,注意が必要である。 PL 量子効率が 100 % でない発光材料は損失がすべて熱にか わるし,けい光材料では励起子生成効率が 25 % しかないの で,残りは損失となり,やはり熱となる。せっかく光変換し ても外部に取り出すことができない光もすべて熱となる。 発光材料の多くはキャリア輸送材料に比べてガラス転移点 が高い材料が多い。発熱による温度上昇は多くの場合には, PL 量子効率の低下を招く。一方,キャリア注入やキャリア 輸送において温度上昇はプラス要素として働く。そのため, 温度上昇とともに外部量子効率が極大を示すこともあるが, 過度な温度上昇は好ましくない。そのため,安定な連続駆動 には素子の放熱が重要である。
3 .有機 EL 素子の長寿命化に対する封止技術
有機 EL を直接構成しているのは,透明電極,有機エレク トロニクス材料,陰極金属などである。周辺材料としては, 乾燥剤,封止材,接着剤などが必要となる。特に酸素や水の 存在は,活性な陰極金属の酸化や励起状態にある有機分子の 消光や変質を招く。 「真空」といえども気圧が低いだけで,内部に何もないわ けではない。残留ガス濃度 N[m−3]は圧力 P[Pa],温度 T[K] の関数であり, N=7.24×1022 P/T として表すことができる。P=10−4 Pa,T = 300 K では,2.41 × 1017 [m−3]の分子が存在する。大気圧 101325 Pa に比べれ ば,108分の 1 であるが,まだ相当な数の気体分子が存在す ることが理解される。 酸素分子(分子量 M)を考えると,圧力 P, 温度 T のとき単 位時間,単位面積当たりに入射するガス分子数 F[m−2 s−1] は F=4.69×1028P[Pa]/√MT として得ることができる18)。例えば,P=10−4 Pa,T=300 K では,F は 4.79 × 1022 m−2 s−1となる。基板の大きさが 10 cm 程度であれば,1019個以上の酸素分子がこの基板上に毎秒衝 突している。一方,蒸着源からの基板への蒸着分子束は 0. 数 nm/s の蒸着速度程度では,1017~ 1018 m−2 s−1になるので,有機 EL 素子の材料設計と長寿命化技術 有機分子が堆積して薄膜となる際には,多くのガス分子が取 り込まれることが予想される。実際に北陸先端科学技術大学 の村田らのグループは,図 4 に示すように超高真空状態 (~ 2×10−6 Pa)で成膜した有機薄膜を利用した有機 EL デバ イスの駆動寿命が高真空状態(~ 4×10−5 Pa)で作製したデバ イスに比べて向上することを示した19)。 これまで実用化されている有機 EL デバイスはガラスもし くは金属缶封止である。ガラスや金属は酸素透過性や透湿性 は極めて低いので,封止材として一般的に用いられている。 有機 EL を初めとする有機デバイスでどの程度の透湿性以下 であれば封止材として利用できるかというと,透湿度 10−5 gm−2day−1atm−1以下という量である。ここには封止材とし ての膜厚の影響は考慮されていない絶対的な量を表している。 実際には,透湿度は膜厚に反比例して増加する。薄膜デバイ スにおいて,薄膜封止は理想的であるが,実現が容易でない ことは理解される。透湿性やガスの透過性を支配しているの は,利用する封止材の緻密さである。パッキングが悪い材料 では,封止はできない。すなわち,フレキシブル性を考慮す るとプラスチックフィルムが非常に理想的ではあるが,通常 のプラスチックフィルムは表 2 に示すように,上記レベルか ら見ればほとんどざる状態である。図 5 のようにプラスチッ ク材料では,自由体積(free volume)と呼ばれる空間が多くあ り,高分子鎖の運動にともない,烏合集散している。気体分 子や水分子はこの自由体積を通って拡散できる。ガラス転移 点は分子運動に関した物理量であるが,それ以下では高分子 においては主鎖の運動が凍結されている温度となる。そのた め,ガラス転移点の低い高分子ほど主鎖の運動が激しく,自 由体積の接続が生じやすい。プラスチックフィルムに無機材 料を薄膜コートすると,悪いものでも約 2 桁,よいものでは 4 桁透湿性が改善できる。 図 6 はポリクロロパラキシレン(PCPX,商標名パリレン C, diX-C)を封止材料に利用した有機 EL の劣化進展である。 図 7 のように PCPX を封止したデバイスは発光状態のまま水 中に投じても 1 時間程度は発光が維持できる。しかしながら, 有機 EL の封止材料としては不十分であるため,実用的では ない。大気中において封止膜厚が厚い方が長い半減寿命をも つ。それは透過率が膜厚に反比例するので,当然である。 図 6 を見て興味深いのは,低真空中においても封止効果を示 すことである。ロータリーポンプを利用した低真空であるの で,完全に残留ガスを遮断しているとは言い難い。それでも 膜厚が厚くなると寿命が大きく伸びるのは,放熱の効果であ ると考えている20)。ポリパラキシレン系材料は乾式成膜で あり,耐熱性も高く,有機溶媒に対して不溶であるので,下 記に示す無機層の下地膜として有用な材料であると考えられ る。 薄膜封止に関しては,有機層だけではガスバリアが不十分 であるため,無機層を導入する必要がある。有機デバイスに おける薄膜封止に求められる性能は, 図 4 作製時の真空度と素子半減寿命とガス密度(参照文献の データを再プロットしたもの) 図 5 高分子中の自由体積 材 料 PET PPX PCPX エポキシ シリコーン ポリウレタン 透湿度 13 25 3.3 27-37 68-122 37-135 単位は gm-2day-1atm-1で膜厚は 25 μm 表 2 プラスチックフィルムの透湿度 30 28 26 24 22 20 18 16 14 12 40 36 32 28 24 20 16 12 8 4 0 PCPX [0.6µm]/PPX[0.6µm] PCPX [0.6µm]/PPX[0.6µm] 図 6 PCPX/PPX を保護膜とした有機 EL 素子の駆動特性 (一定電流密度 45 mA/cm2, ITO/TPD/Alq3/Al)
解 説 a. 高いガスバリア性 b. 低温での成膜 c. 低い膜応力 d. 良好なカバレッジ性 が求められる。使用している材料が有機材料であるので,耐 熱性の良い材料といえども 150 ℃未満で作製したい。また, フレキシブル基材として,ポリエチレンテレフタレート PET (ガラス転移点~ 70 ℃)を利用するならば同程度の使用温度 までである。200 ℃まで上昇させて作製するためには,ポリ エチレンナフタレート PEN(ガラス転移点~ 110 ℃)を基材 として使用材料もかなり限定される。無機成膜からみれば 200 ℃は全くの低温であり,通常プロセスでは 400 ℃以上ま で作製時の温度が高くなるのは決して珍しいことではない。 無機材料を低温で成膜するとパッキングが悪い膜ができやす いので,作製条件出しは難しい。膜の応力によって著しいス トレスが有機デバイスと基板に発生すると,フレキシブル基 材であれば反ったりするし,ガラス基板であれば有機層が剥 がれる21)。デバイスは最終的に平坦ではないので,ITO 陽極 や陰極金属のリード部分は段差が生じる。そのため,その交 差部分での適切に無機膜でカバーしないと欠陥となり,水分 などの浸入がしやすくなる。ボトムエミッション方式(基板 側から光を取り出す)ではなく,トップエミッション方式(基 板とは反対方向から光を取り出す)場合には,封止膜には透 明性や屈折率制御性も要求される。 よく利用されるのが,酸化シリコン SiO2膜である。しか しながら,SiO2膜の膜質は緻密とは言い難い。それゆえ窒 化シリコン Si3N4と組み合わせて用いられる。パイオニアは プラズマ化学気相(CVD)法を用いて Si3N4を成膜して封止膜 を,スパッタ法を用いてガスバリア膜(フィルム基材からの ガ ス の 浸 入 を 抑 制 す る )と し て SiO2と Si3N4の 混 合 膜, SiOxNy膜を利用した22)。Si3N4は単独では褐色を呈している ので,封止膜として利用できてもそのままガスバリア膜とし ては利用できない。そこで SiO2と組み合わせることで着色 を抑えることができている。Si3N4を利用して 60 ℃ 95 RH% の条件で 500 時間後にダークスポット(非発光部)の発生が抑 制された。彼らは窒化シリコンターゲットを利用した酸素雰 囲気下の RF マグネトロンスパッタリングにより,ガスバリア 膜を作製している。酸素と窒素との流量を制御して,O/(O + N) で 40 ~ 80 % のときに透過率 90 % 以上のバリア膜に作製に 成功している。 豊田中研グループでは,プラズマ CVD SiNxとプラズマ 重合 CNx:H 膜を積層させたバリア膜を作製し,薄膜封止に 成功している23)。ここでは機能分離させて,CN x:H 膜を応 力緩和層として利用した。実際には単なる二層ではなく,素 子側から SiNx,CNx:H,SiNx,CNx:H という多層構造であり, CNx:H 層の膜厚は SiNx層の膜厚に比べて 3 倍強として十分 膜応力を緩和させている。これらの組み合わせでは,逆テー パ深部まで十分にカバーができており,欠陥は少ないと報告 されている。 低温 SiNxの作製は触媒化学気相法(Cat-CVD)法において も,検討されている。北陸先端科学技術大学院大学の松村ら は上記手法を用いて基板温度 80 ℃という低温で SiNx膜を作 製し,有機 EL 素子の薄膜封止に適用した24)。加速試験によ る Alq3 の輝度半減寿命は 7,000 hrs である。 東北デバイスは有機 EL 用の SiNxベースの薄膜封止を実 現していた。海外メーカーのバリアフィルムとして,Barix がある。Barix は Vitex Systems, Inc. が開発したフィルムであ り,UV 硬化樹脂とアルミナ層の多層構造を有している。透 過率は 5 × 10−6 gm−2 day−1 atm−1を実現したと報告されてい る25),26)。 昨今は曲がる薄膜ガラスも実現されてきたので,これらを うまく利用することにより,より簡便に封止が実現されるか もしれない。そうした場合には,デバイスと封止材との接着 が重要な役割を果たす。ガラスや金属缶の封止においても, 素子寿命が急速に低下する最大の原因は不十分な接着による 接触部分の欠陥からの水分・大気の浸入である。この接着剤 としては,主に UV 硬化樹脂が用いられている。アクリル系, エポキシ系,ポリイミド系が知られている。一般的に構造に 親水基が含まれている場合には吸湿しやすい。最後に乾燥剤 とともに封入すれば,浸入した水分はすべて吸着するので, かなり寿命が延びる。薄膜封止では,簡単に乾燥剤を利用す ることができないので,別の封止フィルムを利用するメリッ トといえる。
4 .おわりに
本稿を執筆中に有機 EL 事業に取り組んできた東北デバイ スが倒産したというニュースが飛び込んできた。上述したよ うに東北デバイスでは白色デバイス・薄膜封止を実現するな と,活発に取り組んできただけに残念なことである。しかし ながら,有機 EL はディスプレイにおいても照明においても 非常に急激に発展してきたデバイスである。液晶や LED な どと比較すると産業としての基盤がまだ脆弱である。平成 22 年 4 月に発表された経済産業省の「資源エネルギー政策 の見直しの基本方針」には高効率照明の普及促進が謳ってあ るが,その対象となっているのが,LED と有機 EL である。 2020 年にはフローベースでの置き換え,2030 年にはストッ クベースでの照明推進となっており,次世代照明への期待の 高さが窺える。ディスプレイにおいても大画面化に時間がか かっているが,ソニーによる 3D-TV の有機 EL やロールディ スプレイの可能性など将来性は十分である。有機 EL の長寿 図 7 水中での PCPX コートした有機 EL 素子の発光有機 EL 素子の材料設計と長寿命化技術 命化は材料開発と封止技術にかかっているが,低コスト化へ の対策も必要である。 (Received August 4, 2010)
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