腐‡経済臍党 籍九奄竺輩 ︵弼謳藍︶
∴本籍 の 目的 二、商染人口の堺状 商染人口せ他の座薬人口との比較 商業人口の推移 商津的商量人口 大阪市の近状 酎給纏封としての小党商配給藤鮎ミLての小東商
1若干の統計的離説ゾニチ張−−
内 .容大 泉
′行 雄
三、食酢企葉に於ける商韮 命証の替黄別比較−政教及賓本金 倉赦企単による商発の規模 四、小繋南開舷概観 小葦商免機の脱園 小吏定点策 五、小菅∵簡の数 鹿京市に於ける例 ︵γ〇九︶ 一二
この小篇は、超するに﹁配給終鮎としての小安商﹂となされて居るが、その初めの部分では、靡く一般商柴に
巌ても、㌻二の鮎を考察した。仙篇の中心は固より小繋商であり、之に関する若手の数字的解詮と私見の議
とを併せ述べんとするのであるが、その前奏としての一般親祭なのである。
この蒜仰の目的は、商柴殊に普通小安商柴問題に勤して、何等か小貫的な理論の展開を、正面の標的とするも
のではな一い。私の商葉観二般疲、粗宋なが.らも、拙著﹁商業原珊舐議﹂で披脛したから、閏びそれを前にはしない。この忘椚は、右の著書に勤して、二偶の補充的役目をもつものとも云ひ得る。
かくして、この〓硫は、次の三鮎にその重心を竃かれて、構成せらる∼ことゝなる。 1、我が団小栗商抄現状を理解するために、能ふ映り故新の数字を蒐集せる鮎。鼓近、目にふれた斬らしき統 第九春 希二 鋭 大阪市に於ける例 小工窃との比較 ︵大阪市︶ 六、小安商を魔辿するもの 首 鼠 店 建築組今の現状 大阪直に於ける商品券 ︵−叫○︶ 二 七、配給絡鮎としての小更商 小璧商有線忙開する諷 配 給 絡 鮎 劇般消費経済鹿沼と小安商 交通費の劇考察 入、む す びOLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
計を借りて、従来の論著に盛られてゐる古き数字に修補を加へ、研究者の一助たらんとしたことである。 2、二堅閻葉の若干面を考察することによつて、間接に小哲商を埋解せんと企てた鮎。−般商業に親られる特 質が、叉小安商に就ても、間接の理解に役立つと私は思ふからである。︵例へば叫般に商業が経営規模小な る鮎の如き︶ 3、今日小安商が、内的、外的原因によつて、危地に立ちつゝも庸、存続する寄蜜について、私見を加へた鮎。 それ故に、この剛篇は、商柴殊に小繋商に関する、数字的解謝と科してもよい。読者は、筆者より何等かの結 論的晋葉を聞かんとするよりも、寧ろその資料より自らの判断と昇給に到達せらる1ことを、期待されるのであ 、 る0 〓 大正九年の固勢調査に依れぼ、職業別人口は左の通りである。︵日本帝閲統計年鑑、昭和七年︶ 衷′ 1 水 商 工 農 産 業 共 栄 染 配給絶鮎としての小輩商 二七、鮒三入、000人 ︵四八%︶ 一〇、永二二八、00〇 七、ニ二≡、000 山、四五〇、000 二九%︶ 二三%︶ O﹁∵こ▼ ′三
九二大、000 染 鍼 こ、五四九、00〇 交 通 共 話 1、其の他に公務自由染、無職業、家事使用人等がある。 2、ホの数学は組数で、本染着、径庭者の組計である。 之を、明治五年の状態に比較すれぼ、約寧せ紀の間に、次の如き攣化の跡を認め得る。 ︵猪間跳仙、日本経済闘表︶ 表 皿
細
農
線
上 商
第九巻 第二渋 交 通 染 公務自由業 其 他 有 蓋 家審使用人 赦 共 産 薬 米 菓 斐 繋 教 劇九、山七九、000人 一四、七人七、n0〇 四、00〇 七鵬九、000 て三二九、00〇. 九七、00〇 二大〇三、00〇 四四〇、000 明 冶 五 年 割 合 劇00 ヒ七・“ ○●○ ≡●七 六●九 〇●五 九屯四 二●三 欝 敬 二七、二六血、000人 一四、山二八、000 鼠五八、00〇 四二四、00〇 五、三〇〇、C0〇 三、仙人八、000 て〇三七、000 ∴掴四二、00〇 五二七、00〇 六ポカ、000 大 正 九一 年 ︵劇 〓こ 四! 割 合
劇0〇 五一●八 二・〇 叫〇六 劇九。四 〓。七 肌∼●八OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
右翼H′によつて、二〓明瞭なことは、鼻糞人口の着るしい減少とエ柴及び蹄柴人口の激増である。表Ⅰ及び衣 mによつて、エ業人口そ商業人口とを比較するに、組数、本業者、いづれの場合にもエ繋が問業に優位なること を知る︶けれども、私・はこの鮎で、叫つの露天なる︰慧息を読者に喚起しておかねばならない。それは、大正九年 の商柴人口組数七、三二三〇〇〇八の内諾に就てゞある。即ち 之だけが統封表に所謂商業人口であるb然し、周知の如く商法に於ける商人は意養甚だ廣く右以外の多くのも のも含められる。例へば、 哀 m ︵同 前︶ 衷 Ⅳ ︵日本帝国統計年鑑、昭和七年︶
物 品 販 質 実
媒 介 周 旋 米
金 融 保 険 染
物品賃貸業預り発 旋宿飲食店裕審等共 催 の 南 米
誰 右表は本巣者K放ての統計なれば、前表︵衆Ⅰ︶とほ一致せず。 配給終鮎としての小蟹商 一 五、○ニ〓ハ、入七二人 六〇七、三二四 三七五、六九〇 四七、四四〇 て二こ六、四六こ 一入、入〇五 七、三一二、五九三 ︵叫 〓ニ︶ 五このA扇は、凹、七六五、三二孟人となり、之を表旺の合計に加へれば、一二、〇七七、九二八人の多きに上るの である。若し商法上の観鮎よりすれぼこの仙千二百常人が商業人口となり、エ柴人口を凌駕すること1なる。固 より、商法上の商業人口と、純珊上の商業人口とは異るであらうから、前者を常に釈察上安督なものとは、云 − ひ得ないけれども、法律が日常生活に緊密なる関係をもつことにより、こ鱒法律的親祭も無税することは出来な い。 次に、商工郡市として我が問の代表者たる大阪市に就て、最近の数字を二、三掲げやう。 ︵大阪市統計讃、昭和七年︶ 表 Ⅴ 大阪市︵昭和七、劇○、こ 第九琴 第 二 既 製版印 刷 製 本 米 式斯電気及天然力利用に関する染
土 木 建 築 策
劇 世帯数平均人口 五七﹁、脚00 こ、五入六、三〇〇人 四・五人 叫八三、八西七人 二二三、六二二 ﹁八〇八、三九四 こ二七、五二ニ 〓、ニ〓二、九五九 ︵仙 血四︶ 六OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
以上、人口に於ける南条の地位を概観することによつて、前菜人口が甚だ多いことを看取し得る。このことは 商共に於ける問題が、問民の大なる部分に、直ちに、影響し、盈大化L易いことを立讃するものである。 三 昭和六年の合計金柴を、その営業別に分類すれぼ、次の如くなる。 配給絶鮎としての小変商 無 其 家 公 交 商 1:鏡 水 農 他 務 産業別人口 ︵昭和五、山○、こ の 自 通 産 由 薬 事 染 染 ヽ 業 黄 葉 兼 染 染 血五、四lニ七人 八六六 て五七八 四四∴五九〇 四仙四、川五銅 六九、五入五 九〇、四〟三 五二、四二〇 七、六六六 一、≡五九、五六四 〇一五︶ 七
犠 今忘芸肌賞り、平均資本金を示せば、先の通り。 許 商業の中忙は物品販貸、倉庫−金融、保除等の諮策を含む。 之を資本金に就て見れば、 衆 Ⅶ 商 工 遅 媒 農 水 第九巻 第 こ娩 衷 Ⅵ ︵商工大臣官房統計課、食紅統計表、昭利∴年し 替 商 工 選 炭 鋸 ︵同 前︶ 兼 業 雑 業 楽 典 薬 菓 米 業 兼 業 八、二九二、入相五、六七九圃 七、六七二﹁市二八、六九五 こ、ニ二六、六四五、二二躇 九六⊥、八六八、八八三 血七九、四叫九、五六七 〓ニ七、二四五、五六洞 三C、七九川
畑九、九六九
囲、七人劇
∴
絶額二劉スル割合 四二・囲% 三九。二% 血 ;九% 四●九%. つ●九% 0〇七% ベ叫 叫六︶ 爽 割 合 五四%. ≡五%. 八% 三%.OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
未Ⅵ、Ⅶ、によつて、協業に関する密計がその敢数に於ても、資本金に於ても、放縦とLては簸大を示して居 るが、表Ⅷに依る叫祀潜りを見れば、それとは反封に、農業に次いで鼓少なることを示して居るのは、甚だ興味 あることゝ云はねぼならぬ。このことは二般的に云って、合祀企莞による商業が、その数多きにも不杓、その規 模の小なることをホすものである。このことは更に次の寄賛を知れば叫愴興味を覚える。 昭和六年に於て食酢胎教申、合資愈敢は、二七、八方粛で全鰭の川割九分を占め、故俊位を示して居るが、叫 たび資太金に至れぼ、僅かに仝鰭の四分八厘を占めるに過ぎぬ。劇赦笛りは、≡ニ、七五九園で、他称の禽敢に 比し∵最も少額である。叉、合資食酢申、資本金五番園未満のものが、蜜に九割を占めて居る。つまり、合資禽 敢は、規模最も小さく、数段も多いといはれる。 今、商業を見れば、その合計金豊中、合資命配が剛五、八六七、樺式倉配が八、九八四、合名合歓が五、九〓ニ 義 Ⅷ ′ ̄、ヽ 同 前 \J 配給終鮎と、しての小磯裔 遅 滞 丁二 鱗 水 亀 発 光 兼 業 葉 菜 仙七八、五二七圃 相手〓、入〇八 二、五劇 叫、四〇七 ≡八四、二七二 二六九、三〇叫 四八四、五五〓 〓二七︶、九
で、約五割二分が合資愈敢なのである。之によつても、商業が、多数の小規模なる組織によつて行ほれることは 疑ない事賓である。 かくして前節の商業人口の多数といふ事賓と併せて、一般敢南経済の総括的観鮎から、その盈資性が認められ 思ふ。.それと共に、後に詮く小安商の多数といふことも、本来商業のもつ小規模性 といふこと∼、閲聯して ると 考へられるのである。 四 小安商の問題叫般に就ては、私は之を拙著﹁商業原坪講訴﹂の中でご鱒取扱った。私の行諭は、先づ、普通小繋 商が今日、何故に危地にふ且つに至つたかの原因に始り、之を一般的原因と特殊的原因とに求める。前者は∵般経 済界の不況、或は所謂世界恐慌が小安商にも及ぼす波動であり、後者は、更に内的、外的の二種に分けられる。 内的原因としては、普通小安商白鷺に内在するもので、その耗借方淡の不適切と、小安商の数の過剰とがあげら れ、外的原因としては、外部より普通小安商を脅かす諸組織の磯達で、膏貨店、チェーンストーア等の大規模小 安商及び産業組合等があげられる。 之等の諸問題について、概観を試みた後、私は小繋商更生の開祖に立ち奉る。之を二つに分けて、應魚策と永 久策とにする。前者は、硯資、刻下の緊急なる問題に勤して、閑家や地方自治国照等の力を借りて、苦海の打開 第九春 希 二 兢 ○⊥八︶ 二U
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を周らんとするもので、例へば商品券に判する制限又は課税とか、金融疎通とか、出張敗軍・ノ溌嚢等忙射する制 限取締りとか、その他の救臍的性質を帝ぶるもの之である。永久第は、之に反して、寧ろ小安商白身が白魔する ことによつて、自らの更生を企てるもので、嘲つd合珊化であり、叉統制化に外ならぬのである。それには、停 統的な普通小東商の慣習、組織、取引力法等に改善を加へて、例へぼ共同的締結︵最近云はれる自由連鎖店の如 き︶になすとか、姉妹高庇の専門化を行ふとかの途を講ぜねぼならぬのである。 以上が、私の小安商論の大要である。之を質するに、私見にょれば、赤来のま1の小繋商が、その教と組粒と を欒することなく、そのま1で、倉白の危地を脱却することは、全く不可能だと云ふに在る。更生の途は、どう しても、その根基に向つて方策が施されねぼならぬ。然し乍ら、私のこの結論は、小資商が将来重く存在を失ふ といふことを意味しない。拙著の中でも明言した通り、普通小賛商は向後も永く必要であり、存在を保つに相違 はないが、あるがま1の数と組織とを以てしては不可能だといふのである。普通小安商が、今日倫、ある力強き 存在珂由をもつことについては、この叫篇の経りで、私見をのべるであらう。 諌 小額南開題の 仙般に関する詳細は、拙著﹁商柴原理講話﹂第十≡議を参照きれたし。 五 小薯商の急迫せる現状を説くに懲り、その数の過剰を指摘することは、内外の識者共に同様である。私も前節 配給終鮎としての小繋商 ︵i 脚九︶ 鵬 劇
第九巻 第二琉
〓二〇︶ 三 に於て、それを毒した。それと共に、多くの論者ほ、小繋魔の数と〓噂苫りの人口、世帯数の割合を廃すこせ につとめる。今、東京市商工課の調査による、昭和六年十叫月の小薯商敬、一店覚りの世帯数及び人口を示さ ちノ0 衷 Ⅸ 東京市二於ケル小鸞替染席数︵個人健染着し東京市商工課調、昭和六年十〓月十五日 魚 介 藻 類鳥 獣 肉 梅
酒類調味料、清涼飲料緑 茶
英 子 麺 飽 類 其他 ノ 飲食料品 豆 式 数 米 発 見 物 頬 囲 頬 類 粉 染 態 料 紙 数 七〇、〇六九 三、五二血 二、八〓仙 て○仙人 こ、五二六 ∴こ七〇 三、入≡入 ︼○、≡八九 五七二 七、〇六五も 二六ニ ー一 小更級数 六﹁〓ハ入 三、ニー三 二、七四三 八五六 二、三二ハ 九五九 三、こ大入 九、四tこハ 四人三 六、七二田 〓ハ五 七 却小勇組数 八、七〇一 三〇八 六九 二ハエ \ l二〇 三t一 瓦七〇 九六三 入九 ≡週〓 劇0〇 二腎琴節度世背教 五。丸 山 仙五・八 劇四六●五 四〇六●四 二ハニ盲二 三二五●五 血〇七●仙 三八●九 七二四●〇 五七●七 て五四≡●九 ≡七、六九九・九 こ野菜肝恩人H 二九・六 五八八●二 七≡六。五 こ、〇三相・三 八一九・八 ﹁六三〇。七 五三九●六 山九九●三 ニ﹁六二〇。五 二九亭二 七、八州四●○ 一入入、〓六四●八OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
建具、家具、指物頬 盈、愚衆、逓.荒物頬 陶磁器、漆器、碑子品粗 金観相酎、金属許具 皮革、擬革、其ノ製品 織 物、 被 服 粗 綿糸、編物、組物類 紙、紙製品、文房具 玩具、運動用具、遊戯品 小 間 物、洋 品 類 圏 物、 雨 具 類 薬品、染料、顔料、北枕品数 虔魔衡、利拳的機械、寒 冷、時計、賞金感 電嵐、がス、機械漁具 機械、車輌、農具、船凰軸 配給絡鮎としての小密商 二、五二山八 燃料及工業用油脂 入山九
木 材 竹 材
石材、煉瓦、瓦、土管、セメンー、土石規 二道三 一、言二二 二、〇四八 て、二ニー 二、0〇三 三三五 三、○入− ∴〇八六 こ、〇三八 八〇三 二、○入六 四、五三九 二、四七五 ﹁大五五 一、一入温 ニ、三九六 二、ニー一 四八〇 こ四七 山、〇五三 ﹁七四五 入九九 州、四九七 二劇○ 二、入0〇 九三四 則、六〇三 六三四 て九〇八 四、劇七二 二、〇六九 ∴三八七 九七躇 二、〇二五 三二七 三三九 劇〇六 二六九 三〇ニ酬 二三二 五︹︺六 一二五 二八仙 一五二 四二⋮五 一七人 三六七 四〇六 二六八 ニー ≡七二 ︼六二●四 五〇六●○ て、T七二了八 〓血二●七 二〇二●芥 ニ〓ハ五●七 二〇六●○ ∴二三六●九 二ニニ号六 ≡八〇・九 二〇二・五 五山五●嵐 山九七〇八 九〇〇四 一六六ヱハ ニ四九●六 三相九。O T七二ヱ ︵二二︶ 山三 八−六●○ 二、五二八●六 嵐、入六六・六 一、五六六・五 ﹁O﹁;こ て八≡山・〇 山、○ニ芸丁九 六、血八て入 六七二・こ て0〇六●九 山、〇二ハ○血 二、五七九●〇 九九二〇八 四五六●二 八≡六・七 叫、ニ五;三 て七四七●六 八六四、三今、二、三の商品につき、昭和三年と同正年との、 1、昭和五年の数尊は、商店数が周年七月末日現在、世背教は同年十月劃日の国勢調安佐よる紙数によって、仙店富 り平均を放出せり。伺替菜収益額及び府税替染税を納むる販要梢のみなり。 2、昭和三年の数字は、東京市統計課の調査による、同年七月末のものなり。へ倉繁義信、大東京物語象増︶
表Ⅹ
第九容 第二 演 台 物 新聞、問番、雑誌其他ノ出版物 其 他 ノ 物 品 ︵拙著、囲米原毯講話二五入− 二五九京。東京商工合議術統計年報、昭和五年︶ 九九五 て〇八三 二、八劇 血 一商店常り平均華常数を比較して見やう。 八七五 九四六 二、三三九 へ鵬二二︶ 仙四 囲二五●八 ≡八●九 二四五●五 二、〇八;三 酬、九州二●こ 七三六●七OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
︵以下 略︶ 物品版賛柴が、他の如何なるものにも優つて多数を占めて居ることは、注目に催するじ固より、この物品販資 菜の級数がすべて小安商とは速断することが的来す、賛際の小繋商は、恐らく之より小数ではあらうが、然し、 その大なる部分が小菅商であるとの推断は、ノ大過ないものと云ってよく、従って、小栗商の数が、如何なる他の 螢柴も追随を許されぬ魔の、多きに在ることば容易に理解されるのである。 今暫く、同じ統計書によつて、之を小工場と比較して見やう。昭和六年に於ける、大阪市の小工場︵職工五人 未満︶は、左の通り。 通りである。 表 封 物 品 交 金 城 3、右の数字と、裏Ⅸとを夏に此観せられたし。 大阪市統計書︵昭和七年︶によれば、昭和五年十月劇日に於ける、聴帯食の産葉別普通世帯数及び人口は、左の 接 紡 織 配給胎齢とLての小餞商 土木建築二調ス ル菜 販 栄 華 池 兼 工 染 染 工 共 世 背 教 叫〓八、山九〇 三六、七二柑 二八、四劇七 二三、二八七 二ニ、四七九 ニ○、tニ八〇 ︹剛 二三︶ 山五 六二ニ﹁七五〇人 一五二、七三九 一二六、九六九 州〇四、五七五 二二て〇四四 九五、〇八六 ロ
同年工婁生産級数六七∵凶九二、些二六風に、右小工嚇の生産融を比較すれば、僅か竺ハ・七%に過ぎぬ。山 王場嘗り生産額は㌻グ年、小工場は右衷に見る如く∵八〇〇園にすぎないが、椒工五人以上のエ場の平均は、 ︼一六、000園飴となつて居る。荷、同年の小工場以外のもの、即ち常時臓H正人以上、及び九人以上を使用 する設備あるものは、五、八重ハ︵昭和ヒ年十二月は六、五二九︶である。之によつて、小工場は、その数に於て甚 だ多大であるが、その生庶に於ては、之に反して甚だ微力であることを知る。即ち工業生産は、谷膿的に見て大 規模なるものが全然優放であることを知る。このことは、後段の私見に対して蚤大なる関係をもつ。而して其の 数に於て、多数なる小工場も、之を物品販蛍光に比較すれば碕造かに小なることを知り、都市に於ける小安商問 題が殊に、世人の耳目に歴々訴へられる所以を認め得る。 大 前段第四節で、小求商問題の概論を摘記した際、ノ普通小栗商の存在を、外部より脅す勢力とLて、大規模小感 希九巻 第 二 斬 l
義 軍
へ劇 二閤︶ 劃六OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
︵倉放統計表、昭和六年︶ 産業組合封小繋商の問題も、罪大なる小安商問題の=鱒であるが、殊忙最近は、産華組合反封運動︵桝謂、灰 塵運動︶として、せ人の注目を惹きつゝある。産業組合に射する反射運動の主張は、その要求として、例へぼ購 買組合などの享ける特殊供欒課戯上の特横の如き︶を、撤靡すべきことを繰案する。そして、。の運動の中心勢
力を親祭すれば、それは主として中、小南工業者の自衛的勅撰に促ざれて居ることを、認め得るのである。
産業組合中の購貫糾合︵消費組合は之に入る︶が、蓼達すれば、普通小安商にとつて、有力なる脅威となるの の衰をか1げるにとゞめやう。周到軌切恵る研究を披脛せられ、統計的資料も、豊富に盛られてあるが故に、私空切をそれを譲り、佳かに次
として論ぜられるのである。習慣店に関しては、車にも、松田慣二氏の好著﹁デパートメントストア﹂があつて、
於て、大規模小安組織中、小翼商の正面的勤哲−なつてゐるのは、百貨店であつて、崖言貸店封小繋商の封立栄辱がありー漬菜組合としては、殊に購買組合、鹿賀組合、及び各節組今の混合形態が注意せられる。我が国に
組織や産英和今等な示した。大規模小繋糾鍛としては、去ふまでもなく、軍貨店、チェーンストーア、通信販雇
義、加、デパーーメン‡−アー︵昭和六年︶︵勧工場等を倉皇ず︶ 数 社 配給終鮎としての小置商 株 式 骨 社 合 名 倉 証 出螢額叉ハ公稀資本金 八〇〇、000厩 劇〇九、九五〇、000 ︵二ノ劇五︶ 蜘七︵吋こ六︶ 〟入 霹九令 弟 二、鍍 は、寧はれない。然し問題は、箪に小賛商の立場より■のみゃ論じっくし得ない翫に存する。小安簡の経済的地位 と利益とを擁鼓する立坂からは、反封運動にも、叫應の印由は認め得ぬのではない。月つ叉前段縄遷した如く、 国民中の多数を占める小安商が危横に瀕して、敢愈的に雷大問題を形成しっ,ある時、か1る蚤膵を癖除して、 国民終演の安定を固り帽遣につかしめる意味に於て、中、小工発寒の反封運動を和解することは出来るのでぬ る0 けれども、観鮎を攣へて、国民全牒の消費生活に於ける合坪化過程として眺め、或は叉、配給組披の醇化とし て考ふる時、猫り企柴利益のみよりする提言が、常に安雷だとは云ひ得ぬ場合がある。且つ叉、一渉を進めて、 借りに菰柴組合反封運動を骨定するとしても、山般滑費者の自覚による配給組織の改革が、か1る内助的組織の 要求となつて規はれるに至れば、反封運動は、その効果を期待し得ること、頗る困難となるであらう。結局、私 が免に指摘した、小繋商臼鰻の改都を企附する永久策に、立ち到らねば止み得ぬこと1瓜ふのである。 表 ︵日本帝国統計咋鑑、昭和七年︶ 産染組合 ノ数 ︵昭和五年︺ 購 販 倍 塊 罠 受 用 芦阻 組 組. 敬 合 合 食 一四、〇八二 二、四四九 二二二八 三二≡ 利 用 組 合 放 資 購 買 組 合 販 資 利 用 組 合 販梵婿罠利用組合 二九五 二八四 二八七 ≡五九
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百貨店の商品券が、小安商歴惑の布力なる武器と宕られて、盛んに反封せられて居ることは、周知の通りであ る。之に就ては、前掲松田氏の著書、拙著﹁商業原理講話﹂︵二九二頁以下、及び三〇三貫︶及び拙著﹁仙人蔑見 と配合我見﹂中の﹁商品券はなぜ我が圃に貼着か﹂等を参順せられたい。こゝでは、それ等を補充する意味で、 次の統計をか1げる。 表 ︵大阪市統計欝、昭和七年︺ 表 椚 ︵同前︶ 信 用 利 用 組 合 信 用 購署 組 合 借 用 販 更 組 令 組合員数及ビ成績 大阪市二於ケル商品券鐘行高 配紛終鮎とL七の小変商 二二≡ 二、○ニ四 ∵四九 ︵昭和四年寄集年度末︶ ︵昭和七年︶ 借用 信用販乳剤用組合 信州利用販資購貿組合 ︵二サ七︶一九 三、〇七五 五九 三、七五山
「
H∵
二∴
右表別及びmによつて、大都市に於ける百貨店の商品券が、他の商店のそれに比し、超然として優位に在ることを知ると共に、額而金額拾凰乃玄武拾園のものが、中心的勢力をなすものといふ興味ある革質を、蔑見するの
︵同 前︶ 商品券金離別及ピ替*別螢行高 ︵大阪市、昭和七準︶OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
である。
七
今日現存のまゝの数と紐放とを以ては、普通小繋商は到底その地位を擁護し得ないごとはヽ眈に之を指摘し
溌。そして、この事資が即ち、今日の小安商問題の中核を成すものに外ならない。劇般諭とLて、在るがま1の小安商を、その卓㌻、に救済し更正せしめんとすることには、識者の金部が否定的見解をもつと見て、私は過言で
はないと思ふ。▼恵も亦、拙著の中で、小安商がその懲態を改めざる限り、自ら滅亡して行くの外はないと云った
︵歯糞鹿理講話、≡〇五頁︶。勿論、かくの如き親祭は、叫つの仙般論であり、その金牌的傾向についての洞察に外ならぬ。小安商の放べてが、近い滞米に於て全く血毒され、例へぼ百貨店の如きものに、叫つ残らす脛倒せら
れてしまふといふのではないのである。在るがま1の教、組織、形態を、そのま1維持してゆかうとすれば、結局は小資商自身の共倒れといふ自滅の道を辿るの外はないといふのである。私は、前段第四節の終りで二草した
通り、今月の敢食紅溶射織の存揖する限り小安繭は将来も必要であり、叉存在理由をもつと考へるのである。唯
その場合は、▲新らしき形態と、合理的数とを前提とせねぼならぬ。
小繋商が衰滅の傾向に在ることは、叫般に認められ乍らも、それが完全に清拭するとは、叉劇般にも主張せら
れてゐないと思ふ。これに封して、多くの畢者の諭する期は、大規模小繋商に布衣する種々の困難であり、従つ
配給絡鮎としての小貸商 ︵鵬二九︶ こ∴へ二ニ○︶ こ二 発光∴蟄 薦こ∵朗 てI、その経営の揆大▲に糾する限界の論であを。通常論議せられる諸鮎蜂、人件費、炭営費、配達費等の絆螢費尉 が守るしく膨脹すること、店舗設備に於ける固発費¢増加、大屋商痩を雨樋とする、こと等之である。アメウカで は、人口十常を、我が観では人望二十萬を、苗貸店設立の前提どするともいはれて居る。 大規模小安商に内在する之等の制約は、その後展の限界を考察する上に於て、甚廃寮療であり、その限界の存 在ナる限か、そこに普通小繋商の命脈を保つべき飴地あることを察し得る。 私は今、′多くの論者によって既に詮かれてゐる右の諸鮎を措いて、精々異なる角度から、普通小求商が、そ、の 危機に凍るにも不拘、尚存在理由をもつ所以を訟かうと恩ふ。 私の童張は、結局小聾商の有つ配給樺能の鮎忙存する。即ち商品配給の経鮎とし七の小東商の職能を、珊解す ることから、、その存在理由を求めんとするのである。 商柴は、生産過程を通過して、市場にⅢ現した生産物の、配給過群を司るを以て、その作務とする。そ.の配給 過秘峰、商黄諭に於て、常に詮かれる如く、今日鱒々なる階梯を経て、敢絡の滑費潜忙到達するのである。或る 少数の婁合を除き、今日日常生活に於ける必要品は、殆ど犬盈商品であれ、叉代替性商串であり、か1る商品は 大嵐の単位を預定して生産せられ、或は大恩の単位に於て、商人間に取引せられる。この大里常位が配給の階梯 を順次通過しっ1、次第に取扱箪植を小にし、故後に叫般消費経済に適合し得る拘費可能単位となるのである。 この一般日常消費経済に、直接封立闘聯する最終配給者が、即ち小安商であり、小なる日常消費材能常位を配給
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することが、小安商の撥能に外ならぬ。之が配給終瓢としての小繋商なる意味である。 郡市に於ける、日常経済生活は、その仕居を生活の中心として、之を固揺する小なる範囲に於て行はれるので ある。その住居たる一個の家は、平均五人内外の、小なる人員よゆ成る。︵前段第三甲大阪将に於ける完義孝 均人口凶・五人なることを想起せられよ。豪と世帯とは、必ずしも同二組されぬが、大鰐の棟準と見て差支へ ない︶。従って、仙偶の消費経済軍使たる宏文は世帯が、それ′丹\個別的忙野求する日常必裔晶は、塵めて小なる 畢位なることを必要とせられる.蔓に、配給者側より云へば、かゝる小野他の需要に適合する小単位の配給が必 要となり、こ1に普通小安商が存在理由をもつのである。 酪乍ら、百貨店も小安商である以上、等しくこの蓼求に應する。さればこそ、普通小蛍商を脅かすこと1なる のである。百貨店は、然乍ら、その規模の官大なることによつて、多額の資上を預期せねぼならぬ。然らざれば 存置し得ぬからである。多額費上はヽ人口の相首なる密慶をもつ郡市に於て、多数の顧客を吸牧し得ることを條 件とする。級に、この相雷なる人口密度恕き中、小郡市に在る百貨店は、思らく、存綬が不可能であらう。この 場合には、翠過小東商も、百貨店忙よつて打撃をうけ、桝謂閑々相立たざる結兼となるであらう。かくて、円貨 店の存在のためには、可及的に大なる郡市が、造常することぃなる。 然るに、私は、この甚大なる郡紆に放て百貨店望等首許す軍資が同時に叉、普通小栗商をも変乱せしむる條 件となると観るのである。何となれぼ、ん大郡市で、百貨店の紫発するは、その敬遠せる交通網によつて、多数顧 配給路鮎と﹁での小資商 ︵〓ニこ﹁ こ三
〇三一︶ 二四 東.九金 策二渋 客を吸収し得るからであるが、市術交通の魔法は、仙般滑費紅臍単相に勤して、交通費の著しい負梼となるこ.と は、甜市生餌者の日常経験する桝である。この交通費は1郡市の玉大に比例して、而して又、郊外磯展の進捗に つれて、仙骨消費経済に景趣を加へる。この事資が、或程度まで、百貨店への接近を抑制すると共に、その住居 を中心とする普通小安商の存在′を可能ならしめる。更に叉、屡々閑却され勝ちであるが、百貨店に往復するため の莫大なる時間的損失がある。特殊の有閑階級でない限りへこの損失は無税できない。 兜づ、左の家計調査を劇党せられよ。︵内閣統計局、家計調査報曾、昭和入年刊行︶ この項日中、駁後の﹁其ノ他ノ諸費﹂を吏に純分すれぼ 義一Ⅲ 其ノ他ノ諸政内藤
義 Ⅲ 紛料生活者一世療∴ケ月平均晋染出
質 支 出 姐 叡
飲 任 光 被 其ノ 他 服 熟 居 物 故 内 資 螢 ノ 誇数 入二●甲六 へ故人ノ八九・四血%︶ 円 ニ六●三四 血1i・六〇 ニ;九五 劇○●人六 二五・七州 ︵賓支出ノニ〓。九躇%︶ 劇入〇九ニ%︶ 四〇七九%︺ 二ニ●一七好︶OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
之によれぼ、飲食物費が故大を占め、之は多くの場合、住居を中心とする範域に於て調達せられる。叉交通費 は璧園充拾八錦となり、比較的少額に見えるが、之は、多数中都市のや均であることを注意せねぼならぬ。故に 例へぼ東京市、大阪市の如き大都合のみについて見る時は、交通費は速かに犬であると想像される。之のことは 大都市生活に於ける日常の経験が教へる桝である。若し、交通費が更に大なる割合を占むる時は、他の何等かの 必要費を犠牲にしなければならないこと、常然である。若L又、他の出費を犠牲にすることを欲⊥なけれぼ、交 通費の増大を抑制せねぼなるまい。之が私の云へる、交通の椒度なる敏速が、同時に百貨店行きを抑制するとい 諌 配給給鮎としての小襲商 徳島、八幡、長崎の十都市につき1月収入五十︾至冒随の≠帯二千︵内、給料生晴着七〇〇に︶ついての調査なり0 この統計は昭和六、九、仙より同七、八、ニ二に渡り、札幌、仙窒、蒐京市及其の附近、金将、名古屋、大阪、鹿島 記 背 教 淡 交 修 保 変 人 養健 免 育 行 過 般 街 際 不 燕 生 備 費 党 費 蛍 党 費 費 七●因∴ 六・三四 四・六九 ;嵐八 ;〇七 ●九九 叫●六叫 ○●一〇 q. 円 ︵贈答費四・八二チ倉ム︶ 円 ︵圏療費二了七四理容清激発二●六〇︶ ︵仙三三︶ こ五
ふ理論なのノである。 試着の誤解を怖れて、もう叫度附富しておく。私の主張は、現状の小繋商が劇般的に、危地に在ること、それ には、大規模小安の塵迫が重大原因であること、現状のまゝでは、普通小資商は如鹿すべき立場にあることを、 劇般的に骨定するのである。唯、この小筒は、この一般大勢にも不拘命、普通小安商の領域が、増されてあるこ と、従って、習過小蛍商がその合理化を途行した瞭には、将来、ある緯度に存在すべきことを云はんとするもの に外ならぬ。固より、百貨店以外の例へぼ消費組合の如きが、極度に磯達した場合には、叉自ら事情を異にする は云ふまでもない。 八 私は之で小安商共に関する若干の数字的解詑の筆を掴く。読む人は、或は、二貰的な弼諭の展開なきを、憾ま れるかも知れないが、胃頭に断っておいた通り、可及的斬らし計統計数字を解説し乍ら、小繋商に榊する一個の 私見を説くのがこの簡の目的であるが故に、之は止むを得ない。 筆者の、さ1やかなる蒐集、按配の労苦は、讃む人々が、之を何等かの目的に利用され、又は、自家の児索に 援用されるならば、それで充分償はれるわけである。二九三三、二てニ〓︶ 第九啓 発 こ′渋 ︵二二四︶ 二六