天水稲作国タイにおける水資源利用と
稲作の発展
亀山 宏
The Development ofWaterResour・Ce Use
and Rice Production
inRainfed Country,Thailand
HiroshiKAMEYAMA
InThai1and,theexportValueof aLgて1Cultureis approximately40%of the total,thus agrlCultural
devisionishigh1ycontributional.AitertheworldwarⅡ,thediversぴicationfromriceproductiontoup−
1andfieldcropsisperceivedanditcametobelessimportant,butasunitcropsitisstillholding thetop
exportvalue.InriceproductionofThailand,inonlythesma11partoftheirrigatedarea,direct scatter− 1ngCultureinmodernStyleisperceved,butintherestareaof80%,rainfed or flood area,lowyieldand high1yextensivetechniquewithnofertili2;erandnopesticideisadopted.Inmonopolisticcompetitionof todaywiththeUnitedStates,insomepartitisthefundamentalreasonofstrengthofThailand,inother
partitmakestheworldricetrademarketthickandunstable.
Inthispaper,basedonthefieldsurveylnChieireglOnOf rice production,Centralplain,nOrth and
northeastThai1and,itisexaminedthathowthewaterresourceuseisgolngOnthehydr01icenvirOnment
andhowthericeproductionareaindryseasonisallocated.Andfromthi$POintofviewthecharacter− isticofricesupplybyrainfedcountry,Thailand,isdescribed. タイでは農林水産物の輸出が全輸出額の約4割で,農業部門の経済発展への貢献度が高い.戦後,米から畑作物 への多角化が進展し重要性が薄れてきてはいるものの,単一・品目では1位の輸出額を保持している.国内の稲作で は,一・部の潅漑地区で近代的直播栽培がなされているものの,あとの8割の天水稲作と洪水稲作において,一般的 に伝統的品種を用いた低収畳・超粗放技術(無肥料・無農薬)が適応されている.現在,世界の米貿易市場にあっ て,後発国アメリカとの寡占的な競争を激化しているなかで,低賃金とともに,このことがタイ米の鼓さの板木理 由となっているが,他面では世界の米貿易市場を薄く不安定なものにしている. 本稿では,タイ国わ主要稲作産地である中央平原,北部タイ,東北部タイでの現地調査をもとに,水利用を規定 する水文環境の特性,かんばつ年における乾期作の作付面横の割当などの実態についてふれ,天水稲作国タイの米 供給の特性を水資源利用の観点から検討する(削) (注1)本研究の内容は1988年度文部省海外学術研究費交付による研究成果の−・部である.1け は じめに タイでは全国土で稲作がなさ れているが,自然条件,地形条 件,土壌条件,潅漑施設の整備 条件が地域によって著しく異な る.このため,栽培方式(移植, 直播),米の種類(もら米,う るち米),生産性などが異なる. 本稿の課題は,こうした特徴 点を次のような観点から整理し, 水資源利用の側面から稲作の発 展をめぐる条件を検討すること にある(江2).そのために, 第1に,水文データから,日本 と比較して寡雨,時期別変動の 特徴をみる.第2に,天水田, 潅漑地域の定義と,浮稲や直播 にみられる栽培方式の地域的立 地原因を水文環境から触れる. 第3に,潅漑事業の展開を概観 し,その効果についての費用便 益の結果を絡介する.第4に, 主要水系ごとに,水資源利用の 実態と運営上の問題点を述べる. 第5に,こうした天水稲作国に あって,稲作農民の対応からタ イ稲作の長短所を述べる. まず,第1の自然的条件につ いて水資源の利用の観点に限定 して整理しよう.タイは降雨, 土壌,温度(3月∼4月が高く, 11月・∼1月に低め),湿度,地 形からみて水資源はいくぶん少 ないが,雨期における稲作には 適している.高地は西部を南北 出典:国際農林業協力協会,タイの農業,1988年. 図1 タイの地形 表1 降雨と流出 項 目 タイ① 日本② 比較①/②囲 降雨(mm) 1,450 1,820 (80) 年 間
流出(MCM) 137,200 5犯000 (26)
降雨(CM) 14,000 6,600 (212) 1人当たり 流出(CM) 2,600 4,300 (60) 83,000 220,000 (38) 水田の単位 降雨(CM/ha) 面積当たり 流出(CM/ha) 12,500 170,000 (7) 出典:RID資料 (注2)タイ国の潅漑排水については,文献(1い3)を中心に参考にした.に,またタイ湾の東部の海岸部に在がり,その内側には沖償平野からなる中央平原,東北部は起伏した台地からな っている(図1).南部を除いて北部,中部,東北地域ほ南西モソス1−・ソにおおわれ,4月後半から6月に湿度の 高い暖かい空気がもたらされる.しかし,次のような水資源の利用・管理面からみると天水稲作国といってよい. 水文の基礎データを日本と比較する(表1)(2).年間降雨量ほ地域によって900∼4,500mmの変動があり,年間 平均降雨量1,450mmで国士面積51万3,000kdとすると年間降雨量7,500億ぜとなりその90%が雨期に降る.うち蒸 発散などのロスを除いた河川流出晶ほ1,300億㌦で約20%にすぎない(日本の場合は1,820mmで38万崩として約 7,000億㌦となり,この70%が流出する).1985年の雨期米作付面積は950万ha(5,943万rai)で(荘3),水田 の耕作を1,000万haとして,年間流出量は1,300億㌦で水田単位廟積当たり1,300i㌔/haであり,日本ならば取水量 べ・−・スで100日潅漑を1回できるという程度のスケ・−ルである.このうち現在,農業地域や工業,舟運など他の目 的のために利用できる水源開発率は総流出量のせいぜい10%にすぎないJ今後ひきつづき開発しようとしても開発 コストが急上月する適地が多くなるなど経済的に限界に直面しており,短期間に濯漑面積はそれほど伸びるとほ期 待できない.このようにタイは水不足であり,年間降雨量は北部で1,240mm,東北部で1,200mm,中部で1,340 mmとほぼ85%が5月∼10月という極端に偏った降雨分布をとる.雨期の降雨は稲の生育には充分だが,ドライス ペル(雨期の末期の雨のない時期)が長期化すると収量が激減する.さらに,これに続く降雨の少ない乾期にほ潅 漑なしでは乾期作米で収量をあげるのはひじょうに困難である.米作に被害を与える降雨量の不足の時期は次の3 つの時期である.①雨期の開始が遅いと,播種期の水不足の原因となる.②雨期前半の線状降雨と後半の広域降雨 への移行期に,雨期中断現象がしばしばある.この時期の水不足は田植えに支障をもたらす.時には田植え直後の かんばつにより,移植直後の稲商の枯死を招く.⑨雨量が最も多い,かつ安定しているはずの雨期後半の本格的降 雨が例年より早く終わると,登熟期の水不足現象による不作を招く. 2.天水田の類型区分 天水田を類型区分すると,表2にみるように潅漑によらない米作田を天水田とするならば,作付面積の70%以上 が天水田である.その内訳 ほ(D陸稲,②深水田による 米作も広い意味で天水田で あり,その割合は面積で各 々,1%,12%である.①, (参以外の天水依存の水田が ⑨狭義の天水田で,更にそ の水深によって区分される. 東北部の90%以上が天水田 であり,タイの天水田の64 %が東北部にある.こうし た圃場条件の違いのために ライ当たり生産性に.地域間 表2 タイにおける水田とその生産性(1970年代) (単位:100万ha) 北部 東北 中央 南部 合計(%) 平均生産性 (ton/ha) 1・93(22・9)詔…∴亘 009(11) 10 1,04(12.4) 20 534(63け6) 14 360(429) 1り2 潅漑田 陸稲 田 深水 田 (50−360cm) 天 水 田 浅水位 (5−15cm) 中水位 (15−50cm) 討 5 002 055〇一 ∩> 0 0 ∩︶ 〇
0一8654一
l⊥ 0 0 8 2 8 0 0 2 0 0 3 0 0 0 0 3 3 0 5 5 0 0 6 0 0 0 6 0 0 0 1 ハU 0り40 0.80 054 054 1‖74(20‖7) 1.6 1.7 3..68 2.40 062 8.40(100) 1.7 る 104 78115 77 100 出典:Department of Land Development(全国農業協同組合中央会,タイの米事情,1987年)より再録.
格差があり,東北タイの雨期作米の生産性は中央の約60%,中央では乾期作もかなり広くなされ,乾期作を含めた 水田1ライ当たりの生産性を比較すると,東北は中央の約40%となるほどの差となる. 王室潅漑局(RoyalIrrigation工)epartment,以下RIDと略称)での定義によると「潅漑地域(irTigatedarea)」 とは,大規模,中規模水利事業を実施して各種のポルダー(輪中堤)を築き,輪中のなかの水位を一定に保って移 植栽培ができるように工夫しているものである.したがって,湛水した状態の深水田も天水田となる.後にみるよ うにチャオプラヤ川などでは流域全体としては水不足であるのだが,こうした深水田の地域は広域的な流域管理の 目的で/くンコクへの洪水調節機能をもたされており遊水かつ保水地域(conservationarea)として位暦づけられて いるために用水には不足していないが,水位を人工的にコントロ・−ルできない(3三日本のような閉場の近くまでに 幹線水路からひかれた支線水路が設置されているというものではなく水路密度はかなり低い.ただし,これは耕地 1haあたりの水路の長さを意味し,水管理などの集約度を表示し,東南アジアの稲作地でiまほぼ50m/haを現に この値以上でよい水管理が可儲とされる. こうした水資源の既存状況のもとでさらに,土地生産性のみならず労働生産性に影響するのが圃場の整備水準で ある.中規模,大規模潅漑事業による濯漑地域も,整備水準も多様であり,RIDでは四つのタイプ分けをしている. ①タイプ1・‥末端の圃場の整備まで完了し,水管理が完全に行える水田.②タイプ2‥・基幹,支線の水路は整 備されているが,排水路,農道区画整理などは不備の水田.③タイプ3‥・幹線,支線用水路だけが整備されてい る水乱④タイプ4‥・幹線用水路だけが整備されている水田. 1984年度末までに小規模港漑事業ほ年間平均500地区,合計約3,415地区で実施し,63万haを整備した.中規模, 大規模事案は各々521地区,63地区∵を完了し,受益面審は302万baに.達する.このうち圃場整備がなされているの が14万ha,129万haが支線まで整備されている.残り159万ha(全港漑地域の53%)がタイプ3あるいは4であ る.耕作面横でみると,表3のとおり,滞漑水田の5割弱が幹線あるいは支線まで整備されている(タイプ1ある いは2)だけで,圃場用水 路等ほ整備されていない. しかし,末端の圃場整備ま で完了している水田(タイ プ1)は全港漑水田の6% と増加してきた(4ミ 1984/85でみると潅漑地 域における乾期作米の作付 両横は全体の5.6%だが雨 期作米の1.5倍の高収盈品 種であるために,総生産急 に対する乾期作米はほ.3%, さらに天水田では2.0%で, 潅漑条件が揃わなければ乾 期作米はほとんど無理であ る(表4). 表3 潅漑地域および非潅漑地域での米生産の構成19糾/,85穀物年度 潅 潅 地 域 項 目 合計 2 3 地域
耕作両横(万ha) 14 102 78 38 232 765 997 割 合(%) (6.03) (43.9) (33.6) (16.4) (1bo) (76.7) (100)
収穫面横(万ha)14 102 78 38 231 732 963
単 収(mTノha) 3,59 3.36 2‖85 2.66 3.09 1.75 2け07生産量(万mT) 50 343 222
98 713 1,281 1,994 割 合(%) (7.0) (48.1) (31.1) (13.7) (100) (64.2) (100) 出典:文献(射. 表4 濯漑,非潅漑別にみた作付面前と生産量の内訳(19朗/鱒〉 単位:% 項 目 作付面着 生度量 潅 漑 23.9 297 雨 期 作 非滞漑 69‖1 56 9 潅 漑 5.6 11 3 乾 期 作 非潅漑 1“4 2い0 資料:文献(2はり作成.3..潅漑事業の展開とその費用便益 タイでの潅漑は農民自身が主催となってきた.北部では700年以上も前から始まり,各部落ごとに水路に井堰を 設け取水するという小規模なものであった.構造物はどこでも虔民が調達できる資材を用い,維持管理をしながら 半永久的に利用できるものである.政府に.よる直接の関与は1902年の水路局に始まり,低地での水路を整備し低平 地の洪水を調節するために組織するという画期的な時期であった.更に1911∼13年に厳しいかんばつを被るなかで, 1912年(ラ・−・マ六世)にDiversionDepartmentに,1927年に王室潅漑局(RID)と名称が変更され,排水,農地 開発,水力発電について強力な権限を持つに至る.1930年代∼1960年代にRIDはバソコクの北部のチャオプラヤ 川流域の開発に力な注いだ.また,この時期に,大戦後の世界的な食糧不足をいかに乗り切るかを■検討していたF AOがこのデ′レタに白羽の矢を立て,国際機関が大幅に関与する大規模再開発として大チャオプラヤ・プロジェク トが発足する. 乾期作米の中心的な地域である中央平原は,本河川下流域に発達した面積約130万haという広大な患粘土質の デルタで河口より直線距離で約200km上流のチャイナ・−トを頂部とし,タイ湾に面した約100kmを底辺とするほ ぼ鋭角な三角形をなす(図3).アユタヤ周辺では100kmで2mの海抜の差しかなく極端に勾配が小さい.この ため南部流域ことに河口部では,過剰水を抱え頻繁に洪水の危険にみまわれ深刻であった.1950年代には上流域に 雨期の末期に収穫のじゃまにならないように排水を促すポンプア・タブ施設などもみられ,引き続く乾期の利水のた めに貯留する保水水路(conservationcanal)を建設する.今日みられる深水稲はこうした水文環境に適応した品 種を栽培したことによる.
1950年以降はほぼ3段階に分けられる.1950・一一1960年代はRIDはかんはつで稲作への影響が多いチャオプラヤ
田流域の北部にその開発を転じている. 第1段階:上流に超大型ダムを建設して,本流域での流盈調節をするために,1957年にはチャイナート分水ダム (1951′、・ノ57)が建設される.ここで分水された水が自然河川および1952∼糾年・に整備された幹線,支線水路のネッ トワー・クに沿って配水できるようになり,稲作のための潅漑水路が拡充され,第2段階から通水される.従来,中 央河川に集中していた水量を東西に分散させ,中央地域での洪水調節とともに,三角形の斜辺部分にあたる緩傾斜 の段丘など,雨期に.おいても用水不足していた地域に安定的に配水できるようになる. 第2段階:1964年にはその上流による支流のピソ川に巨大なプミボンダム,更に1972年には本流域上流の別の支 流ナー・ソ川にシリキットダムが完成した.これらの=つの貯水ダムは,乾期にほぼ45億㌦の用水を放流するように 設計され,乾期にいおける水利用可能畳は飛躍的に増大した.なお,両ダムの合計貯水容量は流域全体のそれの約95 %に相当する.これに与り,北部タイでは二期作が急速に拡大し,本流城南部では雨期作に栽培される伝統的品種 から乾期に栽培される早生品種が導入されるようになった.1960∼1970年初めには他の水系にもひろがり,中央平 原の西部に位置するメクロン川の流域に,12万haの重力潅漑地域,3万haの排水路.東北では七つの貯水池と主 たる幹線水路を建設.多くの中規模,小規模事業が北部タイ,東北部タイ,南部タイで実施され,1960年代にチャ オプラヤ川流域でとられた粗方的な重力濯漑方式が他地域でも適用されるようになった. 第3段階:1969年以降に末端の圃場整備に取り組みはじめ,圃場レべ′レでのきめ細かな水管理ができるようにな り,改良品種の導入が促進されるように・なる. こうした事業について費用便益比率と内部収益率による経済評価の例として次のものを掲げておこう(…).第1 段階 0.6,6.4%.第2段階 肥料投入が少ない場合(21kgN/ha)では,1.3,13.8%.これに対して肥料投入が多 い(40kgN/ha)場合では,2.1,16.6%.第3段階において基幹的な部分の圃場整備の場合では,1・3,16・−2%・末端まで整備された圃場整備の場合でほ,1,.6,18ル4%とな っている.同様に表5では雨期作よりも乾期作で肥料を 多投した場合に効果が大きく,タイプ3の雨期作でほ便 益費用比率が著しく低く,施肥の効果は水管理が良好な 中央平原に集中している. 1970年代には大規模潅漑事業により主たる基幹的な潅 漑投資がなされ米生産の増大の基礎となっているが(7ゝ 現在,耕地面瘡1,620万haのうち雨期に潅漑されるのは 15%に限られる.今後は,幹期作の補給水をうるための 投資が主たるものとなり,とくにチャオビヤ流域ではと くに重要で,中央平原西部のメクロ:/川からチャオビヤ 川への流域変更による分水,チャオ・ビヤ川流域での貯留 他の建設,地下水の利用などが必要とされ,乾期作の潅 漑面積の拡大のための補給水の開発が期待されている. 潅漑されている地域では90%が雨期に稲作がなされる など稲作生産が圧倒的に優勢であり,うち30%の濯漑さ れている水田地帯では年間の米の55%を生産し,1970年 代以来,実質的に単収がほぼ倍増している(図2).残 りの70%のうち洪水調節の機能をもつ地域ではそ・の改善 が困難で,費用がかかるために依然として,深水稲や浮 き稲のまま将来ともに潅漑されるまでには長期間を要し ている.また,乾期に.水を得ている地域は雨期の潅漑地 域の4分の1だけで,その3分の2がチャオプラヤ川流 域である.乾期には水なしでは農民は二期作はできない が,あれば雨期作のものよりも潜在的にほより高い収量 表5 費用便益比率による施肥の効果 確 守既 地 域 2 3 4 4 4 3 5 5 3 9 0 1 2 3 6 4 6 2 5 6 0 1 3 ウ仙 4 4ハO a b a b 巴巴巴巴 月−‖月 MHH日 月 施施施施 期 期 雨 乾 3 7 4 6一 〇 〇 注1)a施肥16−20−0単位(N=$.96/kg) b施肥 46−0−0単位(N=$.64/kg) 2)品種は高収畳品種.単位は$.10/kg(1978年) 出典:SamH.JohnsonⅡⅠ,AgTicullzLralIntensi− ノぬα鎚0乃£几乃α孟gαdJ・(わJrpZeJγ柁几ねrッ属0ね q/坤・α引けM油〝eαrd4ぎrね混血rα∼Pogiqγ, inCharlesW.Howeed.,IrrlgaもionInvest− ment,Technology andManagementStra・・ tegleSforDevelopment,Westview Press, pp.123,1986. ︵−ソ/ヘクタール︶ ︵百万ヘクタール︶ 図2 水田面積と収盈 が得られる.単収の増加は,短期的には,乾期用水の増加,水管理技術の向上,世界価格での窒素肥料の供給が貢 献し,更に高収量品種(HYVs:Highyieldvarieties)の広がりにより実現されるはずであるが,今なおその面積 は13%にすぎない.肥料については,近年,政府はより多くの尿素を利用できるようにするため輸入政策を改めた が,その効果はあくまで潅漑した後の水管理のいかんによるのである. 4..チャオプラヤJll流域の稲作水事情 かんばつによる乾期作米の作付面積割当計画 チャオプラヤ川の流路延長は約980km,その流域面積は約162,600kぜ(タイ国土面積の32%)で,いわゆる中 央平原から北部タイまでの広範囲にわたる.流域には約530万haの農地が広がり,そのうち雨期潅漑面積は約182 万ha,乾期潅漑面積は約92万haである.流域人口は約1,920万人で,全人口の約37%に相当する.同水系は北部 タイに本川のほか,ビン,ワン,ユム,ナ・−・ソ川の四大支流及び南西部に′ミサック川を包含する.全国生産に占め る割合を1985/86年でみると,雨期作米48%,乾期作米84%,マングピーン,ソルガム,大豆−まそれぞれ9割を生
慶している.流域内(とくにピサ ノローク・プロジェクト地域,・デ コンサワソの西部)において各種 開発事業が進展するにつれて,乾 期作付可能面積の増加に伴う潅漑 用水の需要増,他用途の新規水需 要の増大などによる地域内での水 需給の逼迫,上流における森林の 伐採にともなう水資源のかん養能 力の低下による湛水被害の増大, さらには水質悪化,塩害,地盤沈 下などの環境問題等に直面せざる をえない状況にある(図3). 栽培方式別にみると,浮稲ほ, デルタ中央部のアユ・タヤを中心に, 雨期に2∼4mの深さに湛水する 地域に栽培され,1986/87年の作 付面掛ま約2U万haに及ぶ.デル タ地帯では,末端での水管理がで きるところで,近年生産費節減の ために近代的直播方式が増加しつ つあるが,移植方式より多くの潅 漑用水を必要とするため,とくに 乾期における水利用上問題となっ ている. 乾期作米は1970年以降,本格的 にチャオプラヤ平原において栽培 されるようになった.当初の開発 タ イ 湾 出典:国際協力事業団資料 図3 チャオプラヤ水系の潅漑地域 耕地面積は約30万rai(約5万ha)
であったが,急激な人口増加により開発限界を越して1979年には乾期作米としてはぼ極限の10倍の約300万raiに達
している.しかし1980年には深刻なかんばつに見舞われて,上流の主要な貯水池であるプミポソ,シリキッ†両ダ
ムの乾期初めにおける貯留孟は例年の約半分であったので,本平原の乾期作米作付面積は130万raiに絞り込まざる
をえなかった.同様な事態が1987年11月∼1988年6月の作付についても生じてきた(注4)(8)
図4のように,1987年雨期末期時点は例年になく全国的に降雨量がゆなく,特にタイ中央部は例年雨期耕作が始
まる7月頃になっても降雨がなかった.8月末になってようやく本格的な雨期にはいり,雨期耕作においても耕作
(注4)当時,国際協力事業団を通じてコロンボプラソ個別長期派遣専門家として RIDの維持管理部におられた尾崎雄三氏の報告書によってその経過をみた.図4ダム貯水爵の変動(プミボン+・ンリキット) 時期り遅延による被害が発生した.チャオプラヤデルタ及び上流のピサノロ・−クプロジェク†の乾期作に用いられ る両貯水ダムの利用可儲盈は計約60億がで,有効貯水量に対する比率は僅か36%にまで減少し,1979年時(雨期末 期)の状況にほぼ煩似し翌年の88年の乾期耕作に深刻な影響を・及ぼすことが明らかになった.そこで農業協同組合 大臣を議長にRID局長及びDAE(DepartmentofAgriculもuralExtension:農業普及局)局長とで構成されてい るr■乾期作振興評議会議.止(BoardofDrySeasonCropsCultivation&Extension)によって乾期作米の作付計 画を策定した. まず第1に,目標面積算出の基本事項としては,主に次の六項目があげられる.①乾期耕作の期間は1月∼6月 である.②10月末日の両ダムの合計貯留畳を基に,11月,12月の末期雨期作用水その他として,貯水池使用盈を10 億㌦とする.⑨期間中のナコソサワソ地点の河川自流盈及びダム貯留畳は1974∼1987年の平均値を平年として1987 年をか「んばつ年とする・④乾期における水稲の水必要品は20億㌦/rai,これから圃場有効雨量(10億㌦)を控除す 控除する.⑧200方rai,150万rai,100万ー扇の3ケースを検討し,かんばつ年の場合でも発電容最(最小76億m8) を割らないものとする.⑥潜混用水のほか,舟運,バソコク市の生活用水,下流部の除塩用水,養殖池用水及び果 樹園用水が含まれている.これらから有効貯水を割らない100万raiを目標面帯とした. 第2に,面積(100万rai)の配分の基本条件は次の四項目である.①前年雨期に耕作ができなかった地区,②前 年雨期作の収鷹が50%を下回った地区,⑨今期乾期耕作がなされる地区に囲まれる地区に配分し,④例年乾期耕作 が行われる地区は除外する. この結果,RIDが作成した1988年乾期耕作計画に・よれは,アユタヤより上流のチャオプラヤ平原で約90万rai, 更に上流のどサノP・−ク・プロジェクト地区ほ約10万raiとなった.中央平原では平年だと潅漑地域において300 万一aiの乾期作米が作付けられることからすると約3分の1弱に制限されてしまったことになり,RIDの指導にも かかわらず対象外の地区(主に下流部)で耕作がなされたりもするなど(給餌万rai),農民の不満を背景に社会
不安が高まり大きな政治問題となった.しかし,1月初めの両ダムの貯水量が予想を下回ってあまり減らず,この 過剰分への対応が可能であるとの首相声明が出されることで決着した. 現在,政府は穀物多角化政策を・掲げ,市場における米の供給過剰を防ぎ,現在輸入している穀物や輸出品としで 高価格の大豆,マソビ、−・ソ,メイズなどの穀物を増加させることを最大の目標にしている.L・かし,乾期の潅漑の 拡大は水資源の移転,貯留,井戸の利用によって経済的で実行性が高い中央平原に集中している.さらに,土壌適 正や乾期の水を利用できることからも,必然的に米が農民にとって最適な作物になってしまっている.雨期の多角 化が困難な理由は,次の2つがあげられる.①県民は家計への食糧の自給を確実にするための雨期の米作指向が強 い.②はとんどの潅漑地域で排水が困難で,雨期の水は畑作物には過剰である.畑作物は水をさはど必要としない が,それ以上に水管理が大切で現在の潅漑施設では不十分である.そのため,潅漑地域における多角化は潅漑面積 250万haのうち,乾期に水が過剰な60万haに限られ,この地域で乾期の水田に栽培される作物の87%が稲作であ る.こうした稲作の優越性は主に土壌,排水,水管理の欠如などの技術的な要因に加えて経済的要因に規定されて いる面もあり,1984/85年の比較的低位な価格のもとでも,農民は米二期作の方が米+畑作物よりも収益が高いと みなすのである. 5..東北タイの稲作水事情 天水田における土壌とドライスペル 東北タイの虚業生産性は一般に低いといわれ,その原因には雨量が少なく不安定であり,土壌が肥沃でないこと 出典:RID資料 ▼ 注:平均年間降水量190HYETSmm 平均年聞流出量1mmlOOOMrrP/yr 図5 地表水の既存状況
があげられる.表層が砂質土で,地下5′、一6mのところを不透水層が走り,雨が降らない乾期は土壌層から水分が なくなり,雨期にほ逆濫地下水位が簡単に上昇し洪水となり易い.おまけに,土壌の栄養は乏しく,地表からそう 深くないところに岩塩層があり,少し掘れば塩水が吹き出てくるのである(図5). しかし,東北が人口も少なく米作面積が少なかった戦前においては,米作適地(中央平原と同様に雨期に氾濫す る)に限られていたため,生産性は高く米作が適地の限界を越えて延びてきたために低下してきたものであった. 現在,東北の米作面療の90%の天水田で,その90%が浅水田であり,ドライスペル(タイ語で「フアン・ティソ・ シュアソ」:雨期の末期の雨の降らない時期)が長く続くかどうかによって乾期作の生産量が大きく影響されるよ うになった.ことに.,人口の増加しつつある東北の西南部に位置するム、一川の流域では降雨量がいくぶん少なく, 中流域から下流域にかけて相対的に急峻のため流出係数が高い.そこで,河川周辺での貯留能力を向上させて乾期 の潅漑面積の拡大が早急に求められている. 東北タイの稲作は,河川周辺(メコン川,チ・一川,ムー川)の周辺を除き,中央平原などと比べて土地に高低差 が少ないために,潅漑が技術的に困難で水を手当てし難い.そこで稲作は,緩やかな徴地形の底にあって土壌水分 値の高い部分に行われている.潅漑事業としては,ため池などの小規模の水源を建設する小規模水利事業(Small− ScaleIntegratedProject)が盛んになされている.近年ほかえって,各所で建設されるために集水域に競合を生 じており見直しにかかっているほどである. 6..天水田稲作農家のかんばつへの対応 タイにおける稲作は天水田稲作として特徴づけることができるが,アメリカと並ぶ米輸出国であるタイゆえの長 所と短所ほ何であろうか. まず第1に,稲作の生産費の水準からみてみよう.深水田地域では,日本などにおいて一一腰的である高額な濯漑 施設を,わざわざ敷設して工学的な用排水を管理しなくても,少ない土地生産性ながち,上流からの水に含まれる 億万ノく・−ツ 1973/74 1980/81 1987/88 資料:MinistryofAgLr・iculture&Co−Operatives,Agricultural StatisticsoiThailandCropyear1987/88. 注:作付面帯,農家価額は共に雨期と乾期の合計値. 図6 水稲の作付面栢と農家受け取り総額
肥料分やその除草機能によって二稲作の生産が安定的になされている.−・方,浅水田地域では,5年に2年のかんば つの被害を受けて生産が不安定であり,あえて借金をしてまで農薬,肥料など物財費をかけて投入しようとほしな い.いったんかんはつになると生産物の販売代金が稼得できないだけでなく,投入物財費を回収できなくなるので
ある.こうした適応のメリットを海田氏は「農学的適応」と呼んでいガ9ミさらに,都市へ移動した子供らからの仕
送りや家内工業的な生産物の販売収入(今回の鹿家調査ではアユ・タヤではレンガづくりが家計収入の主たるもので あった)に多くを依存しているため,不安定な稲作所得に依存する必要がないのである.いずれの場合もそれぞれ の水文頻境に適応した低コスト・低土地生産性稲作がなされている. 第2に,もっとも懸念されるかんばつの受けとめかたに関係する(図6).かんばつは七年周期で生じている(1973年,1980年,1987年)(10).かんばつとなってタイの生産量が落ら込むと,米の二大輸出国のひとづであるため,
国際市場における米価格が大幅に上昇し,農家受け取り総額(=農家受け取り価格×生産量)は平年である前後の 年を上回り,国全体での価値額は増加するのである.但し,問題はその分配であり,先にチャオプラヤ川流域でみ たような作付面積の割当が政治問題化する局面がある. 引 用 文 献 (1)海田宏能:かんがい排水の現状と展望,石井米雄 編タイ国−ひとつの稲作社会,252−310,東京, 創文社(1975ト (2)THONGTAWEE N∴Genera11#bT’mati?n On Agrまcu加re,−1机扉er烏e50αr・Ceさα几d〟γなα如几 わThailand,卜13,Bangkok,FAOいCountry Paper(1987). (3)高谷好一・,熱帯デルタの農業発展,131−212,東 京,創文社(1982) (4)KANOKSINGP∴血cゐgro比几d血ノbr▲mα玩0花Orl qperα玩0乃&肋£几ねm和Ce qノ〝・rなα鳥0几昂γ5− teTnin乃aihnd,1−11,Bangkok,RIDRefer− ence(1987). (5)TRtJNGEN.Q.:助or10micα乃α亭γS由q/i汀なα一 高0れdeueわpmerも亡わde比αわregわnβq/A扇α thecaseqfCbntralnailand,inTaylorD。C. andWickhamT。H‖ed8.リIrrlgationPolicyandthe Management OfIrrlgation Systems in
Southeast Asia,155−164,Bangkok,TheAg− ricu王turalDevelopmentCourlCii,hc(1976) (6)河野泰之:天水田における土地改良事業の経済効 果,農業土木学会誌,55(9),8卜朗(1987) (7)THONGTAWEEN.:DeueloplnglrrなatedAgTi− Culturein了取ailand,1−14,Bangkok,RIDRef− erence(1987) (8)尾崎雄三:R工Dにおける乾期耕作(11月・∼6月) の作付計画について,ト27,バンコク,タイ国農 業土木研究会報告資料(1988ト (9)海田宏能:く水文>とく水利一>の生態,稲のアジ ア史1アジア稲作文化の生態基盤一技術とェ・コ ロジ・−・,77−108,東京,小学館(1987)巾 (1(》 辻井 博:世界の米戦争,日米コメ摩擦とコメ自 給,農業と経済別冊一食べ物と農業の未来を考 える−,3卜46,東京,富民協会(1990). (1990年5月31日受理)