日本認知・行動療法学会 第44回大会 一般演題 P2-61 418
-日本のCBTトレーニングにおける基本構成要素と教育方法に関する実態調査
○伊藤 大輔1)、小関 俊祐2)、小野 はるか3)、木下 奈緒子4)、小川 祐子5)、柳井 優子6)、鈴木 伸一5) 1 )兵庫教育大学大学院学校教育研究科、 2 )桜美林大学心理・教育学系、 3 )早稲田大学大学院人間科学研究科、 4 )イー ストアングリア大学医学・健康科学部、 5 )早稲田大学人間科学学術院、 6 )国立がん研究センター中央病院精神腫瘍科 【問題と目的】 公認心理師養成のためのシラバス案(日本心理学 会, 2017)では,臨床心理学の代表的な理論として, 行動療法,応用行動分析,認知療法,論理情動療法, 第 3 世代の認知行動療法(CBT)などが挙げられてい るように,CBTはわが国の精神保健を支える中核的な 心理療法となりつつある。しかし,その一方で,わが 国では臨床家の力量にばらつきがみられ,CBTの質保 証が大きな問題とされている(清水, 2011)。そのた め,効果的なCBTを実践する上で必要なコンピテンス を明確にすることやそれらを十分に体現できる臨床家 を育成するための系統的なトレーニング・ガイドライ ンの整備が喫緊の課題となっている。 このような問題を解決するために,小関ら(2018) は,CBTの教育制度が整備されている英国の認知行動 療 法 学 会 の ト レ ー ニ ン グ・ ガ イ ド ラ イ ン(BABCP, 2008)を参照し,CBTの教育内容の整理が行い,全62 項目から構成されるCBTの教育内容のリストを開発し た。さらに,鈴木ら(印刷中)は,教育内容リスト(小 関ら, 2018)を用いて,BABCP(2016)のレベル 2 の認 証を受けたCBTトレーニングコースを対象に実態調査 を行い,英国では概ねガイドラインに沿った包括的な CBTの教育がなされていることを明らかにしている。 このように,トレーニング・ガイドラインを整備す ることが教育の質保証に繋がることが示唆されてお り,教育内容リスト(小関ら, 2018)はわが国のCBT のトレーニングのあり方を検討する際に活用されるこ とが期待される。しかしながら,日本では,英国で実 施されたような実態調査(鈴木ら, 印刷中)は行われ ておらず,日本におけるCBT教育の現状は明らかにさ れていない。また,日本のCBTの教育指導者が教育内 容として重要であると考える内容を取り入れることが できれば,日本の実態や現状に沿ったCBTのトレーニ ング・ガイドラインの作成が可能になると考えられ る。 そこで本研究では,CBTの実践家養成を行っている 教育機関におけるトレーニングに関する実態を調査 し,日本のCBT教育の特徴を明らかにすることを目的 とする。 【方法】 1 .対象者 臨床心理士養成大学院にて,CBTに関連する講義・ 実習等を担当している大学専任教員。 2 .調査材料 1 )フェイスシート 臨床心理学教育に携わっている年数 現在の大学での在職年数 臨床実践年数 これまで指導した臨床心理学コースなどの修士の大 学院生数 主たる臨床実践や臨床研究の活動領域 主たる臨床実践や臨床研究の対象 大学院臨床心理コースにおけるCBTの位置づけ 大学院臨床心理コースにおけるCBTの授業科目の位 置づけ 2 )認知行動療法の教育内容と実施方法について 小関ら(2018)によって作成されたCBTトレーニン グに関する教育内容の項目リストに基づいた調査用紙 を使用した。項目リストは,「認知行動療法の基礎」 の21の大項目と42の小項目,「うつ病に対する認知行 動療法」の21の大項目と21の小項目,「不安症に対す る認知行動療法」の20の大項目と23の小項目から構成 される。まず,対象者の所属する大学院における講義 や演習,実習あるいは研究室単位でのスーパービジョ ン等の教育・指導の際に,教育内容リスト(小関ら, 2018)の各大項目について,どの程度扱っているかを 4 件法( 0 :全く扱っていない〜 3 :十分に扱ってい る)で回答を求めた。さらに,各小項目については, 教育内容として扱っている場合はチェックボックスに 印をつけるように依頼した。次に,各大項目を教育・ 訓練する際に,どのような方法を用いているかについ て,1.講義:座学を中心とした講義等,2.演習:実践 スキルや技能の演習,3.実習およびスーパービジョン のそれぞれについてのパーセンテージについて回答を 求めた。 3 )自由記述 既存の教育内容リスト(小関ら, 2018)の教育構成 要素以外に,日本におけるCBTのトレーニング・ガイ ドラインに含めるべき教育内容として,どのようなも のがあるかを問い,対象者の専門領域の観点から追加 が必要と思われる項目に関して,できるだけ多く記述 するように求めた。 3 .調査手続き日本認知・行動療法学会 第44回大会 一般演題 P2-61 419 -各臨床心理士養成大学院のホームページやシラバス 等を参照し,対象者を選定した結果,99名が該当した。 研究実施者が研究の主旨および調査概要について説明 を行ったところ,80名から調査協力の内諾が得られた ため,アンケート用紙を郵送し,最終的に74名のデー タが得られた。 4 .倫理的配慮 本研究は,早稲田大学の人を対象とする研究に関す る倫理審査委員会の承認を得て実施された (承認番 号:2017-219)。 【結果と考察】 1 .日本のCBTのトレーニングに関する現状 教育内容リストの大項目と小項目に関する実施の程 度を整理した結果,「認知行動療法の基礎」では 4 項 目,「うつ病に対する認知行動療法」では 1 項目,お よび「不安症に対する認知行動療法」では 1 項目にお いて評定値 2 点(ある程度扱っている)を上回ってい るが,その他の56項目については下回っていることが 示された。日本とは対照的に,英国の実態調査では, 全62項目のうち52項目が評定値 2 点を上回っているこ とから(鈴木ら, 印刷中),日本ではCBTの基本構成要 素の教育は,英国と比較すると,概して十分に実施さ れているとは言えないことが示された。特に,CBTの 理論やアセスメント,基本技法に関する基礎教育は比 較的行われているが,価値観や文化,多様性に対応す ることや再発予防,Stepped Careの役割といった実践 のための教育が不足していることが示唆された。 次に,教育内容リストの大項目の教育方法について 整理した結果,「認知行動療法の基礎」の21項目中14 項目,「うつ病に対する認知行動療法」の21項目中18 項目,「不安症に対する認知行動療法」の20項目中15 項目において,講義の割合が50%以上の値を示してい ることが示された。また,演習の割合が50%以上の値 を示している教育項目はなく,実習およびスーパービ ジョンの割合が50%以上の値を示しているものは,「困 難ケースや併存疾患への対応」や「スーパービジョン の効果的な活用法」といった 4 項目に限られていた。 一方,英国の場合,約半数の教育項目において,演習 や実習およびスーパービジョンの割合が50%以上の値 を示しており,英国におけるCBTの教育は,全体的に 実践的なトレーニングが採用されているのに対して, 日本では座学を中心とした講義による教育が多く,相 対的に演習や実習を通した学習の機会が少ない傾向に あることが示唆された。 また,英国の場合,教育リストの各項目の実施度に 関する標準偏差も比較的小さい値(SD =0.00〜1.08) であり,コース間でのばらつきも比較的少ないことが 示されているが(鈴木ら, 印刷中),日本では各項目 の標準偏差は比較的大きい値(SD =0.60〜1.28)であ ることから,教員間での教育内容の実施度にはばらつ きも大きいことが示唆された。このことから,大学院 でCBTの授業科目を設定するなどのシステムや制度上 の改善を図っていく必要もあるが,英国のようにCBT の教育に関するガイドラインを作成することによっ て,日本でも均一な教育内容を提供するための方法を 検討する必要があることが改めて示唆された。 2 .日本のCBTのトレーニングに関する今後の課題 最後に,日本におけるCBTのトレーニング・ガイド ラインに含めるべき教育内容に関する自由記述につい て,研究者間で協議しながら整理した結果,日本の CBTの教育にあたり複数の教育構成要素が新たに必要 であることが示唆された。そのため,今後は,これら の教育内容に関しても妥当性の検証を行い,実際にど のような教育内容や手続きが訓練者のコンピテンスの 習得に効果的であるかを検証することを通して,教育 内容リストを精緻化させる必要があるだろう。そし て,このような試みを実現させるためには,BABCPと 同様に,日本認知・行動療法学会において関連諸学会 と連携しながら,日本の現状や特徴を踏まえた広くコ ンセンサスの得られたガイドラインを提案していく必 要があると考えられる。