原 著 〔東女医大誌 第56巻 第1号頁 21∼27 昭和61年1月〕
ラット視床下部からのCRF分泌に及ぼす
サイフ.ロヘフ.タジソの影響
東京女子医.科大学 内科学(第二教室)(主任 ナカ ガミ ユ リ コ中 神 百 合 子
鎮目和夫教授) (受付 昭和60年9月10)Effect of Cyproheptadine on Corticotropin・Releasing Factor
Secretion from the Rat HypothalamusYuriko NAKAGAMI
Departlnent of Medicine(Director:Prof. Kazuo SHIZUME)Institute of Clinical Endocrinology Tokyo Women’s Medical College
The effect of cyproheptadine on corticotropin−releasing factor (CRF)release from the rat
hypothalamus was investigated勿癬箔。 and勿漉。.
動加蜘study using perifusion system of normal rat hypothalami,10−9−10−7M cyproheptadine
inhibited I−CRF basal release in a dose−dependent fashion, and also suppressed serotonir1−and KCI− induced I−CRF release. In additjon, cyproheptadine suppressed basaユand CRFinduced I−ACTH secretion
from the anterior pituitary(AP)田町〃。.
1%勘ostudy of chronic cyproheptadine administration to rats,1−ACTH level was lower in plasma, higher in AP, and I−CRF level was lower in the hypothalamus and Iower in the median eminence in
Cyproheptadine group than in control group, although none of the difference was statistically significant. These results suggest that inhibition of depolarization−dependent calcium entry into cells and nerve endings, as well as and−sero亡onerま。 mechanism are involved in the inhib量亡ory acdon of cyproheptadine.
はじめに
サイプロヘプタジソ(Cyproheptadine,サイプ
ロ)は,抗セロトニン作用を有し,クッシング病1)およびネルソン症候群2)の内科的治療薬としてそ
の有効性が報告された.その作用は中枢神経系を
介して発揮されると推定された3).われわれは先
に,クッシング病下垂体に,サイフ.ロヘフ.タジン が直接作用して,副腎皮質刺激ホルモン(Adreno・ corticotropic hormone, ACTH)およびβ一endor−phin(EP)の分泌を抑制することを明らかにした
が,その視床下部に与える影響は必ずしも明らか
ではない. 最近,corticotropin−releasing factor(CRF) が羊視床下部から単離・同定され4),その後,ラッ ト5),ヒト6)CRFの構造も明らかになった. CRFは 分子量約4,800のポリペフ.タイドであり,下垂体前葉からのACTHおよびEPの合成・分泌を促進
する4)7).われわれはラットCRFのRIA法を確立
し,CRFの微量測定が可能になった.そこで,今
回,サイフ.ロヘプタジンがラット視床下部からのCRF分泌に及ぼす影響について勿 痂70および
加擁θoで検討した. 対象および方法対象
実験は,Wistar系ラット(体重250∼300g)を
用いて行なった.1)正常ラット群(n=4)には薬物投与を行なわ
ず,perifusion studyに用いた.2)処置ラット群を,サイプロヘプタジン群
(n=16)と対照群(n=15)にわけ,前者にはサイ プロヘプタジン0.4mg/kg/dayを,後者には生食をそれぞれ3週間,経口投与した.両群から各4
匹ずつのラットを用いて視床下部(Hy)および下
垂体前葉(Ap)のperifusion studyを行ない,残
りのラットは伽〃勿ostudyに使用した.
方法
1 ’η Vκro Study l PerifusionPerifusion法は既に報告した方法により行なっ
た9).正常ラヅト群,サイプロヘプタジン群,対照群,各4匹ずつを断頭屠殺し,とり出した視床下
部または下垂体前葉(AP)各1個ずつを容量0.2
mlのchamberにいれ,95%02,5%CO2の通気
下に37℃の恒温槽内でperifusionを行なった.一
Perifusion mediumと し て は0.5%BSA,
0.2%glucose,0.05%ascorbic acidを含むpH
7.4のKrebs−Ringer−Bicarbonate bufferを用いた。Perifusion開始後90分で視床下部からのCRF
およびAPからのACTH基礎分泌は安定し,以
後,0.5ml/分の流速で各2mlのfractionを採取し
た.medium中のCRFおよびACTH濃度はRIA
で測定した.Test materialとしては, rat CRF(Bachem
社),Cyproheptadine, Serotonin−creatinine sul− fate(Merck社),8−Bromoadenosine 3ヂ,5z−Cyclic
Monophosphate(sodium salt)(8−Br−cAMP,
SIGMA社), KCIを用いた. 2. Perifusion Study a.正常ラヅト群について,1)APにおけるCRFによるACTH分泌に及
ぼすサイプロヘプタジンの影響
2)視床下部におけるサイプロヘプタジンの用
量変化に伴なうCRF分泌,セロトニγおよび
KCI添加時のCRF分泌に対するサイプロヘプタ
ジンの効果 のそれぞれについて検討した.b.サイプμヘプタジン群,対照生食群のそれ
ぞれについて,1)セロトニンおよびCRF添加によるAPか
らのACTH免疫活性(1−ACTH)分泌
2)セロトニンおよび8Br一¢AMP添加による
視床下部からのCRF免疫活性(1−CRF)分泌
の動態を検討した. II ’ηy1γo Study!.組織ACTH, CRFの抽出
処置ラット群は,サイプロヘプタジン,生食投
与3週間後に断頭屠殺し,採血後,直ちに視床下
部(Hy),正中隆起(ME),下垂体前葉(AP)を
とり出した.各組織は既報の如く8),各種酵素阻害 剤を含む0.1N−HCIにて抽出後,4℃,5,000rpmで30分遠心し,組織抽出忌中のACTH, CRF濃度を
RIAで測定した.
2.」血漿中ACTHの測定
血漿ACTH濃:度の測定は,既に報告した
silicic acid抽出法9>により行なった.III Radioimmunoassay(RIA)
CRFおよびACTHのRIAは,既に報告した
ラットCRF−RIA法10),ヒトACTH−RIA法11)で
行なった.ラットCRFの抗血清は20,000倍希釈で使用し
たが,assay感度は1pg/tubeであった.ヒト
ACTHおよび抗血清はNational Hormone and
Pituitary Programから供給され, assay感度は3pg/tubeであった.両RIAのassay内および
assay間の変動係数は,それぞれ4∼5%,8
∼10%であった.IV %increaseの計算法
Figs.4∼7で用いた%increaseの計算法を下記
に示す.「各試薬滴加温の1−CRFレベルの平均」をrI−
CRF基礎レベルの平均(6 fracs.)」で除し,100 を乗じた.結 果
1正常ラット群についてのperifusion study
1.CRFによるACTH分泌増加に及ぼすサイプ
ロヘプタジンの影響
ACTHの基礎分泌は85±7pg/AP/minであっ
たが,サイプロヘプタジン10−8M(80分間)の単独添加では51±7pg/AP/minと明らかに抑制され
ていた.一方,CRF10−9M(80分間)の添加により
*p<0.001 vs. basa1 100
震150
ξ をb
e
100
量 董 §≡50
9
⊥ p<0.001 O basal CRF Cypro. CRF1σ9M 10噸M 1σ8M +Cyp・。.1。もM Fig.1 Effect of cyproheptadine on CRFinducedLACTH secretion from AP
需 塁 豊
1・・
茎2
O 109 106 107 (M) CyproheptadineFig.3 Dose−related inhibitory effect of cypro− heptadine on I・CRF release
200
1500
葛e
崔 100 宝 50 CyprQhepセadine 1σ8M一
0
10 20 30 40 50 60 Fraction numberFig.2 1nhibitory effect of cyproheptadine on
I−CRF basal release in perifusion system
* * pく0.05
150
霧 婁 .星100
§ 左2
50 0 * *Cypro. Seroto. cypro.1σ8M
ゆ
10’8M 10’6M seroto.10βM
Fig.4 Effect of cyproheptadine on serotonin・
induced LCRF release
ACTHの分泌は146±12pg/AP/minへと70%の
増加を示したが,サイプロヘプタジン10−8Mとの
同時添加により,その分泌は,CRF単独添加時の
40%に抑制された(Fig.1).2.サイプロヘプタジンのCRF分泌に及ぼす
影響
CRFの基礎分泌は平均9pg/Hy/minであった.
サイプロヘプタジソ添加により,CRF基礎分泌は
40%前後に抑制され,サイプロヘプタジソ添加中
止後,一過性のrebound現象がみられたが,その
一例を示す(Fig.2).サイプロヘプタジンによるCRF分泌の抑制は10−9∼10−7Mの間で用量反応
的であった(Fig.3).3.セロトニンによるCRF分泌
CRFの分泌はセロトニン10−6M(20分間)の単
独添加により基礎値の約140%に増加したが,サイ プロヘプタジン10−8M(40分間)の単独添加では基礎値の約60%に抑制された.セロトニンによる
CRF分泌増加作用は,サイプロヘプタジンにより
有意に抑制された(Fig.4).4.KCIによるCRF分泌
KC150mM(8分間)の添加はCRF分泌を増加
させたが,サイプロヘプタジン10}8Mとの同時添
奮… 遷 謹1・・2
o * pく0.05 一■「「一闇一■■一一一一甲㌔ KCI Cypro. Kcl 50mM 50mM 10嚇8M cypro寸10’8MFig.5 Effect of cyproheptadine on K+一induced
LCRF release 加により,その分泌上昇は完全に抑制された(Fig. 5).
II処置ラット群についてのperifusion study
1.ACTH分泌への影響
対照生食群(n=4)では,セロトニソ10−7M,10−6M(各12分間)のいずれの濃度でもACTH分泌は
有意に上昇したが,用量反応性はみられなかった.サイプロヘプタジン群(n=4)では,セロトニソ
10−7M添加によるACTH上昇は生食群に比べ有
意に抑制されたが,10−6Mの添加では抑制されな
かった.またCRF10−10M,10一9M(各8分間)の
添加により,両群のACTH分泌は用量反応性に
上昇したが,両極間に有意差は認められなかった
(Fig.6).2.CRF分泌への影響
セロトニン10−6M添加によるCRF分泌は有意
3
器 200 9 鮭 δ 吉 100 要 ⊥ 0 1α7M 106M 10響雪OM 100MSerotonin CRF
Fig.6 Effects of cypro−pretreatment on seroto− nin・&CRFinduced ACTH secretion
ロCyproheptad 福bontro1
3
鵠 2 皇 蚕 糞 宝 1000500
0 四 Cyproheptadine 口 Control Fig.7 serotonin一&cAMP−induced CRF secretion 1〔戸M 5×1びM5×1(戸M Serotonin 」cAMP」 Effects of cypro−pretretreatment on 囮 Cyproheptadine 口 Controi Zj Cyproheptadine 口 Control200
む ミz
壬 さ 千 100 0 盆 ミ9
≡ さf
1000
500
0 a bFig.8a Effect of cypro−pretreatment on plasma ACTH concentration Fig.8b Effect of cypro・pretreatment on ACTH content in AP
つ
モ 400
匿 と5
⊥ 200 0 Z】 Cyproheptadine 口 ContrQ1 2.0 宙 遷9
ご き 1.0⊥ 0 匿コ Cyproheptadine 口 Control a bFig.9a Effect of cypro−pretreatment on I−CRF content in the hypothalamus
without ME
Fig.9b Effect of cypro−pretreatment on I−CRF content in ME
に上昇したが,対照生食群とサイプロヘプタジン
処置三間で有意差を認めず,8−Br−cAMP添加の
場合,両群とも用量反応性にCRF放出を増加さ
せたが,両二間に有意差はなかった(Fig.7). III処置ラット群1こついての’η卿。 study1.血漿中およびAP内のACTHレベル
血漿中のACTH濃度は,サイプロヘプタジン
群(n=12)で110±18pg/m1であり,対照生食群
(n=11)の156±53pg/mlに比べて,有意ではない が低下傾向がみられた(Fig.8a).一方, AP内のACTH含量は,サイプロヘプタジン群で,平均
856±307ng/APであり,対照生食群の683±262
ng/APに比べて若干高い値を示したが,両群間に
有意差は認められなかった(Fig,8b).2.視床下部とMEにおけるCRF含量
MEを除いた視床下部におけるCRF含量は,
対照生食群の421±105pg/Hyに比べて,サイプロ
ヘプタジソ群では382±85pg/Hyとやや減少する
傾向がみられた(Fig.9a).しかしMEにおいて
は,サイプロヘプタジン群で1.66±0.26ng/ME
であり,対照生食群の1.44±0.38ng/MEをやや
上回る値を示したが(Fig.9b),いずれの場合も有 意差は認められなかった.考 察
サイプロヘプタジン(サイプロ)は,抗セロト
ニン作用,抗ドーパミン作用,抗ヒスタミン作用
など多様な作用を有するが,クッシング病やネル
ソン症候群の患者のACTH分泌を減少させるこ
とから,中枢ないしは下垂体への直接作用が示唆
されてきた.われわれは既に,サイプロヘプタジンがクッシ
ソグ病下垂体に直接作用して,腺腫および非腺腫
組織の1−ACTH分泌を用量反応性に抑制するこ
とを報告したが11),今回,伽〃伽。においてラット下垂体前葉にも直接作用してACTHの基礎分泌
およびCRFによる分泌増加の双方を抑制するこ
とを明らかにした.また,サイプロヘプタジンは,勿 〃伽。において視床下部にも直接作用してL
CRF分泌を用量反応的に抑制することが示され
た.以上の二二70の結果から,サイプロヘプタジ
ンの急性投与は,ラット下垂体前葉のみならず
ラット視床下部にも直接作用して,ACTHおよび
CRFの分泌を抑制することが明らかになった.
セロトニンが視床下部に作用してCRF様生物
活性の分泌を促進し,サイプロヘプタジンがその
分泌を抑制することは,Holmsら12), Jonesら13)により示唆されていたが,われわれはCRFに特異
的なRIAを開発し,セロトニンによるCRF分泌
の増加とサイプロヘプタジンによる抑制を直接
勿〃伽。で証明した.サイプロヘプタジンによるCRF分泌抑制の機
序は不明な点が多いが,サイプロヘプタジン添加
により,セロトニンおよびKCIによるCRF分泌
が著明に抑制されたことから,サイプロヘプタジ
ソには,少なくとも抗セロトニン作用に加え,脱
分極依存性にCRF分泌を抑制する作用のあるこ
とが示された.ラット膵のβ一細胞において,サイプロヘプタジンは,セロトニンを介さず,脱分極
依存性に細胞外膜からのCa2+流入を阻害するこ
とによりインスリン分泌を抑制するごと14),またラット下垂体からのプロラクチン放出を抑制する
こと15}が知られているが,CRF分泌抑制にも同様の機序が示唆された.しかしサイプロヘプタジン
には抗ドーパミン作用,抗ヒスタミン作用なども
あり,上記以外の作用機序に基づくCRF分泌抑
制の可能性も否定はできな:い15)∼17).慢性投与の場合,有意ではないが,APのL
ACTH含量は増加傾向を,血漿中のLACTHは
低下傾向を示した.一方,視床における1−CRF含
量は低下傾向を,MEのそれは増加傾向を示した.
以上の勿θ勿。の結果から,以下のような可能
性が示唆された.1)MEおよび視床下部の1−CRF含量の和はサ
イプロ群・対照生食三共にほぼ同じであり,サイ
プロヘプタジンはCRFの合成には影響を与えな
い.2)MEにおけるサイプロヘプタジンによる
CRF分泌抑制ば, ACTH合成に影響を与えない
程度に軽度であるが,APにおけるACTH抑制の
方がやや強いため,サイプロヘプタジソ群の1−
ACTH含量はAP内で増加傾向を,血漿中のそれ
は低下傾向を示したと考えられる.サイプロヘプタジン前投与による各薬剤のL
ACTH, LCRF分泌は対照生食群との間に有意差
をみなかった.8−Br・cAMPによるCRF分泌はサイプロヘプ
タジン群および対照群でも有意差はないが,用量
反応的な増加傾向をみせ,8−Br−cAMPが,下垂体
からのACTH分泌と同様に,視床下部からの
CRF分泌に関与している可能性が示唆された.
今回の実験結果から,サイプロヘプタジンが下
垂体前葉に加え,視床下部にも直接作用して,
CRF分泌を抑制することが明らかになった.
Kriegerは,クッシング病に下垂体性と中枢神経
性の2つの病因があることを想定し,後者にはサ
イプロヘプタジンによる治療が有効であることを
示唆したが3),われわれは,クッシソグ病下垂体腺腫からのACTH分泌が,50%の例で,サイプロヘ
プタジソにより抑制されることをみており11),今回の結果とあわせて,サイプロヘプタジンは,中
枢および下垂体の双方に作用する可能性があると
思われた. 稿を終るにあたり,御助言・御校閲を賜わりました 鎮目和夫教授,ならびに,本研究の実施に終始たずさ わり,懇切丁寧な御指導・御助言を頂きました須田俊 宏講師に心から感謝致します.また本研究をすすめる にあたり,種々の御助力を頂きました矢島史子・牛山 つや子両研究員に厚くお礼申し上げます.References
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