1.は じ め に
本論文では,シリコンのようなやわらかい素材のダイ ナミクスを情報処理デバイス・計算資源として活用する 手法について紹介する.この手法は,物理リザバー計算 (Physical Reservoir Computing)と呼ばれるものであ るが,その考え方を理解するには,はじめに二つの概念 を理解する必要がある.ロボティクスにおける“身体性 (Embodiment)”という概念と,リカレントニューラル ネットワークの学習フレームワークの一種である“リザ バー計算(Reservoir Computing)”である.以下の章よ り,それらの概念を簡単に見ていく(ページ数の関係上, 特に,「なぜそのようなことを考えるに至ったか?」が わかるようにできる限りシンプルに議論を進める.詳細 が知りたい人のために,参考文献を多めに付したので見 ていただければと思う).
2.身体性ロボティクス
生物あるいはロボットの行動制御は,脳(制御機)だ けではなく,環境,身体,そして脳(制御機)の動的な 相互作用により生成される [Pfeifer 06, Pfeifer 07].例 えば,ブライテンベルクビークルの例を見ると,非常に シンプルな制御機しかもたずともセンサモータカップリ ングを通して,環境と相互作用することで非常に複雑で 多様な認知的行動様態を実現できることが示されている [Braitenberg 84, Pfeifer 01].また,有名な受動歩行ロ ボットではもはや制御機をいっさいもたずともロボット の身体と環境の相互作用により非常に滑らかな行動制御 が実現されている(例えば,[McGeer 90]).つまり,通常, 制御機により担われる機能・情報処理が,身体と環境の 相互作用にまさにアウトソースされているといえる.こ れらの概念の総体は,“身体性”という言葉で表される. 自然界の多くの生き物はやわらかい身体をもち,環境 の変化に対して適応的に行動制御を行っている.その極 端な例として,タコは体にいっさいの堅い部分をもたず とも,その身体の多様な形態・動性を活用して,非常に しなやかな動きを実現している [Hochner 12](図 1(a)). タコは極めて知的な生物であることが知られているが, その行動制御の機構は特に興味深い.タコは,水中にお いて獲物など何かを取ろうとする際に,特徴的なリーチ ングスタイルをとる.このスタイルは,“屈曲伝搬(Bend propagation)”といわれ,腕を折り曲げて屈曲をつくり, 対象めがけてその屈曲を伝搬することで,腕を伸ばすと いう特殊な筋制御を要する.これは水中という環境にお いて水の抵抗をできる限り抑えた,エネルギー効率の良 いリーチングスタイルだといえる.イスラエルのエルサ レム・ヘブライ大学の Benny Hohner 教授らの報告によ ると,実は,これら屈曲伝搬の複雑な筋制御は,タコのやわらかい身体のダイナミクスに
計算をアウトソースする
Exploiting the Dynamics of Soft Materials as Information Processing
Device
中嶋 浩平
東京大学大学院情報理工学系研究科先端人工知能学教育寄附講座Kohei Nakajima Chair for Frontier AI Education, Graduate School of Information Science and Technology, The University of Tokyo. [email protected], https://www.kohei-nakajima.com/
Keywords:
soft robotics, reservoir computing, physical reservoir computing, morphological computation, embodiment. 「自然界に見いだす数物構造を利用した知的情報処理」 図 1 (a)タコは骨格をもたないにもかかわらず,極めて しなやかかつ精密な筋制御を実現する.写真は,タ コの生物学者 Michael Kuba 博士に提供いただいた もの.彼とも OCTOPUS プロジェクトでソフトロ ボットの制御に関して多くの議論を交わしてきた. (b)実験に活用したソフトロボティックアーム.写 真は,2013 年,チューリッヒ大学 AI Lab の居室に て実験をする著者腕とそのローカルな末梢神経系に埋め込まれていること がわかっている [Sumbre 01].つまり,タコにおいては, 人間とは異なり,脳が逐一の身体の筋制御は行っていな いということである. 我々が現在手にしている制御技術は,このようにやわ らかい身体を自在に操るほどにはいまだ至っていない. にもかかわらず,タコは極めて自然にそれを実現してい る.タコはいまだ我々の知らない制御理論を使っている に違いない.そして,それは,やわらかい身体をもった ロボットのための新たな制御理論となる可能性をもつ. その信念のもと,EU 全体を巻き込んだ巨大なプロジェ クトがスタートした.EU プロジェクト“OCTOPUS” である [Octopus 09].
3.ソフトロボティクス
著者は,2009 年より EU プロジェクト“OCTOPUS” にポスドク研究員として参加した.このプロジェクトは, Scuola Superiore Sant’ Anna の Cecilia Laschi 教授代 表のもと,ワイツマン科学研究所(イスラエル),エル サレム・ヘブライ大学(イスラエル),チューリッヒ大 学(スイス),Italian Institute of Technology(イタリア), レディング大学(イギリス),Foundation for Research and Technologies (ギリシャ)が集結し,タコの生物学者, ロボット工学者・制御理論家,流体力学の専門家,材料 科学の専門家など,分野を横断するチームで構成されて いた.生物のタコに学びながら,やわらかいロボットの 開発・制御理論の構築を目指すといった極めてチャレン ジングなプロジェクトである.著者は,チューリッヒ大 学 Rolf Pfeifer 教授のもと,タコにヒントを得た制御理 論の開発に従事した(図 1(b)).シリコンなどやわら かい材質でできたロボットはソフトロボットと呼ばれ, 広く開発が進められている [Guanjun 18, Laschi 16, Rus 15].例えば,その身体のやわらかさのため,対象にダメー ジを与えないことから,もろくて壊れやすい物体のもち 運びや,人体を傷付けないことから手術用ロボット・介 護用ロボットそしてヒューマンロボットインタラクショ ンでの応用が期待されている [Kim 13, Trivedi 08].ま た,やわらかい身体は伸び縮みできるので,整備されて いない環境でも身体を収縮させて駆動できるため,レス キュー用ロボット・探索用ロボット [Kim 13],そして 物体に合わせて形状を変え対象を効率良くもち上げるグ リッパ [Brown 10, Galloway 16, Manti 15, Shintake 18] などに応用が進められている(この点は,極めてクリティ カルで,堅いロボットは特別な設計なしには,我々のよ うに自由にコップをもつことすらできない.我々自身, 手の弾性・摩擦・やわらかさを日常的に積極的に活用し ているということがわかる明快な例である).また,実 用的な面でも非常に安価であるため,マテリアルサイエ ンスや化学における技術が近年,多く参入してきている (例えば,[Wehner 16]). 本論文ではソフトロボットがもつさまざまな性質のな かでも,特に,アクチュエートされたときに示す多様な ダイナミクスに着目する.これらのダイナミクスは高次 元で非線形性を伴うため,制御するのが非常に難しいこ とが知られている.我々は,実は後に,このソフトロボッ トがもつ制御の難点は,翻って,積極的に計算資源とし て活用できる利点となることを見ることになる.それに はまず第二の概念であるリザバー計算を理解する必要が ある.4.リザバー計算
リザバー計算とはリカレントニューラルネットワー クの学習法の一種として提案された情報処理技術のフ レームワークである [Lukoševiˇcius 09, Lukoševiˇcius 12, Verstraeten 07].2000 年代初頭,別々に提案された Herbert Jaegerによるエコステートネットワーク(echo state network)[Jaeger 04],Wolfgang Maass によるリ キッドステートマシン(liquid state machine)[Maass02]の学習手法は,扱う計算素子やネットワークの構成
は違えど,形式的には同じ一つの傘の下で捉えること ができるということで注目が集まり,リザバー計算が 成立した.以降,特に,Benjamin Schrauwen や Joni
Dambreのチームなどが加わり,精力的に研究が進
められた.通常,リカレントニューラルネットワー クの学習にはバックプロパゲーションスルータイム (Backpropagation through time)が使われている.こ こでは出力のエラーをもとに,すべての結合荷重を 図 2 (a)リザバー計算の典型的なシステム構成. 入力系列が巨大なリカレントニューラルネットワーク に注入され,その応答の線形和を出力とする.学習は, リードアウトの重みのみを学習する. (b)ソフトロボティックアームのダイナミクスを巨 大なリカレントニューラルネットワークと捉えてリザ バー計算を実装する.ここでは,フィードバックルー プを介することで制御を埋め込むことが可能である
チューニングしてネットワーク全体を所望の関数に近づ けていくわけだが,初期値鋭敏性をもっていたり,最適 解を得るのに時間がかかるといった不安定性をもってい た.これに対し,リザバー計算では,ランダムな結合荷 重をもった巨大なリカレントニューラルネットワークを 用意し(これをリザバーと呼ぶ),その結合は不変のまま, 学習は出力をつなぐリードアウトの部分のみをチューニ ングするという構成をとる(図 2(a)).こうすることで, 学習は線形回帰・リッジ回帰などを用いて,極めて素早 くかつ安定になされる.一方,このシステム構成より直 ちに気付くことは,システム全体の計算能力は,あらか じめ用意されたリザバーの記憶容量,そして非線形処理 の能力に大きく寄っているということである.リザバー の重みを不変にし,ある関数にチューニングしてしまう のではなく,多様性を最大限維持しておくことで,こち らが学習したい関数に応じて,必要な要素をリザバーか らリードアウトで引っ張ってくるというイメージであ る. この特殊なシステム構成の可能性を熟知するには,機 械学習に加え,非線形力学系の理解を必要とする.つま り,リザバーとしてどのような力学系を用意すれば,ど のような情報処理が実装できるのか? 本論文ではこの テーマには踏み込まないが,この問いの周りにも,極め て興味深い課題が複数横たわっている.実際,最近で は,非線形力学系の研究者も多く研究に従事し始めてお り [Pathak 18],脳におけるカオスの役割を探求するよ うな研究 [Laje 13, Sussillo 09] もこのフレームワークの もと,盛んに行われ始めている.工学的応用としては, 通常のリカレントニューラルネットワーク同様,例えば, 音声認識や信号処理分野一般,ならびに株価時系列の 予測,ロボットの行動制御 [Kuwabara 12, Li 12, Li 13, Salmen 05]などさまざまな局面で使われ始めている.
5.物理リザバー計算
リザバー計算のフレームワークは汎用性が高く,任意 の力学系を計算資源として活用してみることができるこ とから,さまざまな方向性への発展を可能としてきた(そ の際,当然ながら,計算能力がいつでも高いわけではな いことに注意せよ).その一つとしてあげられるのが,物 理系のダイナミクスをリザバーとして活用する物理リザ バー計算という概念である.例えば,バケツに入った水 を用いてパターン認識を行う研究 [Fernando 03] に始ま り,ランダムに結合した質点ばね系 [Hauser 11] やテン セグリティーシステム [Caluwaerts 14, Urbain 17],レー ザのダイナミクス [Appeltant 11] あるいはナノマテリ アル [Stieg 12] をリザバーとして活用する研究など,近 年続々と開発が進められている.著者も流体を縦方向に 加振した際に生成されるファラデー波をリザバーとして 活用する流体計算機を開発中であり [Nakajima 15a],共 同研究者とともに量子多体系のダイナミクスをリザバー として活用する研究も進行中である [Fujii 17, Nakajima 18a, Negoro 18].これらのアプローチは物理系のダイ ナミクスを直に計算資源として活用できることから,エ ネルギー効率の向上ならびに計算労力の削減が期待でき る.さらに各物理系に応じて用途や最適な情報処理タス クは異なることが予測され,これまで踏み込むことが難 しかった多様な局面において,その物性を最大限に生か した情報処理技術の実装機会を切り開く可能性をもつと 期待される.特に,ロボティクスにおいて,この技術が 応用される際,ロボットの身体には幾重もの機能が付加 されることになる.次章では,ソフトロボットに対する 応用例を見てみよう.6.物理リザバー計算のソフトロボットへの応用
ソフトロボットは前述したように多くの利点を携えて いる.一方で,重大な難点を抱えている.それは,制御 が極めて難しいということである.ソフトロボットは一 般に劣駆動系(underactuated system)であり,自由度 の数に対して,アクチュエータの数が少ない.また,ア クチュエートされた際に,極めて多様なダイナミクスを 生み出す.それらは,多くの場合,高次元であり,非線形, また過去の履歴に応じた動きを示す.これらの性質は, 通常の制御手法の適用を(無理ではないにしろ)極めて 難しくする.我々は,これらの難点を前に,むしろ,こ の多様なダイナミクスを情報処理のための計算資源とし て活用できないか,と発想した.つまり,やわらかい身 体のダイナミクスをリザバーとして活用するということ である(図 2(b)).このアイディアのもと,著者らが行っ てきた三つのケーススタディーを以下に説明する.ここ では,ソフトロボットの複雑なダイナミクスは制御する のが難しい一方,リザバーとして活用されれば,極めて 高い計算能力を発揮することが示される.そして,特に, フィードバックループを導入することで“自らの動き” を計算資源として活用し,“次の自らの動き”を制御す ることが可能となることを見る(図 2(b)右図).つまり, ソフトロボットの制御における難点は,物理リザバー計 算技術を通して,そのまま制御における長所として捉え 直すことができることになる. 6・1 筋肉包骨格コンピュータ タコの腕は,筋肉包骨格(muscular-hydrostat)と呼 ばれる筋組織でできていることが知られている [Trivedi 08].(象の鼻や我々の舌も筋肉包骨格コンピュータであ る)この筋組織は体積を一定に保つという性質があるた め,片側を圧縮するともう片側が伸長する.このような 特徴的な結合関係をうまく活用して,タコはその筋組織 のダイナミックな硬直弛緩のもと,身体のしなやかな制 御を実現している.この特殊な筋組織はどのような情報処理機能をもっているのであろうか? ここでは,質点 ばね系を使って,筋肉包骨格のモデルを構築し,それを リザバーとして活用することで,筋肉包骨格の計算論的 な特徴をあぶり出すことを考えた [Nakajima 13a].質 点ばね系を使ったリザバーは [Hauser 11] においても考 案されている.そこではばねをランダムに結合したモデ ルを提案しているが,本研究では現実のタコ腕の筋肉配 置や密度などを採用しており,より生物学上の条件を 付与したモデルとなっている [Kang 12, Yekutieli 05a, Yekutieli 05b].図 3(a)に示すように,横筋(transverse muscle)と縦走筋(longitudinal muscle)に対応したば ねの配置を採用し,円錐台の体積は一定に維持されるよ うになっている.入力としては,各ばねにある重み付け された力が加わるようになっており,その応答をばねの 長さをシステムの状態としてリードアウトし,その重み を学習することで情報処理を行う.ここでは,この筋肉 包骨格の基本的な構成がすでにある種の力学系をエミュ レートできることが示され,特に入出力と系のタイムス ケールを変えてやることで非常に特徴的に記憶容量が変 化することが解析された. 次に,タコの腕全体はリザバーとして使えないか? 先に構築した筋肉包骨格を縦に結合し,実際のタコ の腕の長さと同程度になるよう調整し,流体力学の見地 から動く際にかかる水の抵抗を考慮に入れたモデルを構 築した [Nakajima 13b].ばね定数など,実際の生物の 筋組織から得られた値を用いているが,このパラメータ を変えるとソフトロボティックアームのシミュレータと しても活用できることが示されている [Kang 12].ここ では,入力を腕の根元の角度の調整とし,全ばねの長さ のダイナミクスをリザバーとして活用した(図 3(b)). 結果として,通常のリカレントニューラルネットワーク のベンチマークタスクを難なくこなし,かつ出力を再度 入力にフィードバックすることで,自らの腕の根元の動 きを自らの受動的なやわらかい身体のダイナミクスで制 御することが可能であることが示された.埋め込んだ制 御コマンドとしては,ロボットのロコモーションを誘導 する中枢パターン発生器(central pattern generator) としてよく使われるリミットサイクルである.また,面 白いことにタスクの種類によって身体の使われる部位が 異なることが解析されており,身体の形状などにより, 計算の向き不向きが存在することが示唆された.ここま では,リカレントニューラルネットワークの性能評価の ためのベンチマークタスクを実装してきたが,次は,タ コが実際に行っているような行動制御がこの方式で埋め 込めるかどうかが重要となる.この点に関しては,先に も述べたタコの特徴的なリーチングスタイルである屈曲 伝搬が実際に腕のダイナミクスのみで埋め込めるかどう かを見るのは生物学的にも有益であろう.この線の実装 スキームの考案は,[Nakajima 17] でなされている(図 3(c)). 6・2 タコ型ソフトロボティックアーム ロボットへの応用を考える際,数値計算に基づいた シミュレーションによる実験のみでは十分ではない.簡 単な実機を構成し,ここでの概念が本当に実装可能であ るかを検証する必要がある.ここでは,シリコン製のタ コ腕型ソフトロボティックアームを作成し,実験を行っ た [Nakajima 14](図 4(a)).中には 10 個のベンドセ ンサが埋め込まれており,実時間で腕の局所的な折曲 がりを検出できる.また,シリコンの密度は生物のタ コのものと同じになるようにつくられている.腕は水 槽に吊るされており,根元に付いているアクチュエー タに駆動され,やわらかい身体のダイナミクスが生成 される(図 4(b)).ここでは,入力の系列をアクチュ エータのコマンドにマップし,生成されたダイナミクス に応じて得られるベンドセンサの系列をリザバーとして 活用した.まずは,どの程度の情報処理能力があるかを 見るために,過去の入力の記憶をどの程度保持する能力 があるか [Nakajima 14, Nakajima 18b],またパリティ チェッカ [Nakajima 14] や非線形自己回帰移動平均モデ 図 3 考案された筋肉包骨格コンピュータのバリエーション. (a)筋肉包骨格系を質点ばね系に体積を一定に保つ拘束条件を入れ,実際のタコの腕の筋肉の配置や実際 の生物の筋組織のパラメータに調整して構築されたシステム.このシステムをちょうどニューラルネット ワークのように活用する. (b)(a)のシステムをロッド状に組み合わせて構築したタコ足型のシステム.根元が駆動するようになっ ており,水中を想定し流体力学により見積もった抵抗がかかるようになっている. (c)タコ足型システムを用いて,屈曲伝搬と呼ばれる根元から先端までの腕の屈曲の進行波を,腕それ自 体のダイナミクスのみで実装することが考案されている.詳しくは本文参照のこと
ルのエミュレーション [Nakajima 15b] などが可能かを 検証した(図 4(c)).すると,入力の入れ方や強度に も依存するが,タスクによっては,同じ数の計算素子を もったエコステートネットワークと同等かあるいはそれ 以上の計算能力が引き出せることがわかった.また最近 の研究では,同じプラットフォームを使って,入出力関 係とリザバーの間にタイムスケールの違いを導入し,時 間多重化法という手法で計算素子を増設し,計算能力を 向上させる試みがなされている.結果として,タスクに よっては,エコステートネットワークの計算素子 200 個 分を超える計算能力が引き出せることが報告されている [Nakajima 18c].ここで重要なことは,通常のエコス テートネットワークがあらゆるタスクを高い精度でこな すことができる一方で,タコ腕の場合は,万能ではなく, タスクに対する得意不得意が著しいことである.この性 質は,タコ腕の形状や実装環境が水中であること,また アクチュエーションの影響がどのように身体を伝わるか [Nakajima 11, Nakajima 12, Nakajima 15c]など特殊な 条件により形成されていると考えられ,実際の生物の身 体の形状の役割を考察するうえでも示唆的である.また, この実験では,出力を次の時刻のアクチュエータへの入 力にフィードバックしてやることで,矩形波様の繰返し 運動を埋め込むことができることを示した [Nakajima 14].この結果は,制御に必要な非線形性や記憶を外か らはいっさい付与せずとも,身体を計算資源とすること で,非線形な力学系を実装できていることを示している. 6・3 やわらかい背骨をもつ四足ロボット この制御のフレームワークは何もタコ腕のようなプ ラットフォームに限る話ではない.ここでは四つ足ロ ボットへの応用も見ておこう.当時,チューリッヒ大学 の博士課程学生だった Qian Zhao は四つ足ロボットの ロコモーションの制御を研究していた.地上を走る動物 の中で最も速く走る動物はチータである.一方,馬も速 く走るがチータほどではない.何が違うのか? 彼女は, その違いが背骨の動きにあると考え,研究を進めてい た(この考え方はバイオメカニクスの分野では「スパイ ナルエンジン仮説」と呼ばれている [Gracovetsky 89]). 馬の背骨は真っすぐで,走行中も変わらず,もっぱら肩 の筋肉で地面を蹴っているように見える.一方,チータ 図 5 (a)ネコ型ロボット“Kitty”.背骨にあたる部分がシリコンでできており,シリコンに大量の圧 力センサが入っている.シリコンの部分にケーブルが仕込まれており,ケーブルを押し引きする ことで背骨の状態を変化させロコモーションを実現する.ここでは通常の四つ足ロボットのよう に各腕にモータが付いているわけではない. (b)シリコンでできた背骨のダイナミクスをリザバーとして活用する. (c)と(d)は背骨のダイナミクスに埋め込まれた中枢パターン発生器により駆動する Kitty の 写真.多数の中枢パターン発生器を埋め込むことに成功している.詳細は [Zhao 13] を参照 図 4 (a)シリコンでできたソフトロボティックアーム. 中に 10 個のベンドセンサが埋め込まれている. (b)根元の部分を左右に動かすことで腕の受動的な ダイナミクスを生成する. (c)ランダムな 2 値入力をシステムに注入し(上段), 受動的なダイナミクスを生成し,そのセンサの時系 列をリザバーとして活用することで,情報処理を実 装する(中段).ここでは,非線形自己回帰移動平 均モデルをエミュレートしている例を示す(下段)
は,背骨が激しく動いており,その動きを基軸とし,全 身運動が付随する.ここでは,肩の筋肉より背骨の動 きのほうがロコモーションにより大きく寄与しているに 違いない.この仮説を実証するために,彼女は“Kitty” と呼ばれる四つ足ロボットを作成した [Zhao 12, Zhao 13](図 5(a)). このロボットは,よくある四つ足ロボットとは異なり, 肩の部分にアクチュエータをもたない.むしろ,このロ ボットの背骨の部分はシリコンでできており,中に通っ たケーブルをアクチュエータで制御し,シリコンを変形 させることで背骨の形状変化を誘導する.この背骨の動 きのみでロコモーション制御を実装しようということで ある.すると,背骨を外的な制御コマンドでアクチュエー トするだけで複数のゲートが実装できることがわかっ た.では,この制御を外的な制御ではなく,まさに背骨 のダイナミクスを計算資源として実装できないか? こ こで,背骨に圧力センサを大量に埋め込み,そのダイナ ミクスをセンサで検出し得られる系列をリザバーとして 活用することを考えた(図 5(b)).センサ値の線形和 で計算された出力はフィードバックループを介して次の 時刻のモータへの入力となる.結果として,さまざまな ゲートが一つのやわらかい背骨のダイナミクスを計算資 源として埋め込めることが示された [Zhao 13](図 5(c)). これはロボットの制御のみならず,生物のロコモーショ ン制御に関しても重要な示唆を与えていると考える.
7.ま と め
本論文では,いくつかの実装例を通して,物理リザバー 計算の手法を概観した.この情報処理技術の面白い点は, 外部からのチューニングを最低限に抑えていることか ら,逆にリザバー部つまり物理系の計算能力を問うこと ができる点にある.この点に着目すれば,とりわけ生物 の身体がなぜそのような形なのか,あるいはある行動制 御を実現したいとき,ロボットの身体をどのような形に 設計すべきかの設計論を与える可能性をもつ. 現在,やわらかい素材を扱うための工学的な方法論 が数多く提案され始めている.例えば,やわらかい素 材を燃料としてエネルギー的に自律制御されるロボッ ト [Wehner 16],やわらかい素材のための 3D プリンタ [Truby 16],そして,やわらかい素材のためのやわらか いセンサ・電池・電子機器 [Someya 16] などである.本 論文で提案した情報処理手法は,これらの技術と融合 することで,応用の幅が各段に広がることが期待され る.特に,フレキシブルセンサの導入は,やわらかいマ テリアルのダイナミクスをベースにした本情報処理手法 にあって,その多様性を粗視化・損壊させることなくモ ニタする機能をもっており,即座に本質的なブレークス ルーを引き起こす可能性がある.また,やわらかい素材 は,現在ロボットのみならず,数々のデバイスに応用さ れ始めており,本研究は将来的にそういったやわらかい デバイスで実装される情報処理の一手法として広く使わ れるものと期待される. 謝 辞 本論文は KAKEN(課題番号:15K16076,16KT0019) な ら び に JST さ き が け( 課 題 番 号:JPMJPR15E7) の支援を受けたものである.◇ 参 考 文 献 ◇
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