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アーティクル (John)Alan Robinson 氏を悼んで

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Academic year: 2021

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754 人 工 知 能  31 巻 6 号(2016 年 11 月)

J. A. Robinson教授のご逝去を心から悼み,以下に Alan Bundy氏および Randy Goebel 氏から“The Association for Automated Reasoning”学会誌に寄せられた追悼文 の翻訳を掲載します.その序文として,日本における Robinson教授の貢献・活動を振り返り,筆者の哀悼文 に代えさせていただきます.

Robinson教授は,Resolution Principle(導出原理,融 合原理)の開発者として有名です.Resolution Principle は,定理証明の効率向上に著しく貢献しましたが,それ と同時に,第五世代コンピュータプロジェクトの基本 理念である論理プログラミング言語 Prolog の制御構造 を与えています.Robinson 教授は ICOT の招聘に応じ て下さり,プロジェクト中に,最初と最後の 2 回,日 本に滞在され,多くの講演活動や,若手研究者との活 発な議論を行っています.特に,同プロジェクト主催の 国際会議 FGCS 1992 において,“The Role of Logic in Computer Science and Artificial Intelligence” の タ イ トルで招待講演を行い,同会議に大きく貢献しました. その前後に東京大学および慶應義塾大学での招聘に応 じて,1 年ずつ滞在され,学生の教育に尽力されていま す.Robinson 教授の興味は幅広く,論理型言語と関数 型言語の融合に力を尽くし,LogLisp という言語を開発 しています.彼は第五世代コンピュータプロジェクトに 対して深い理解を示され,2012 年の IJCAR(自動推論 に関する合同国際会議)にて,ゲストスピーカーとして “Davis, Putnam, UNIVAC, LGP-30, and other miracles ─ How I got involved with computational logic and what happened next”と題する講演を行い,その中で 第五世代コンピュータプロジェクトの果たした世界レベ ルでの役割・貢献について論じています. さらに,ピアノの名手としての経験から,同氏はスキ ルサイエンスにも深い関心を寄せられ,ご自身のピアノ 演奏技術の向上に役立てられています.2013 年のメー ルの私信で,彼はカナダの論理プログラミング研究者 M. H. van Emdenのピアノスキルの向上に助言をし,議論 をしたことに言及しています.その議論の中で,「問題 は手指ではなく,脳であり,脳が演奏パターンを習得し て,指が無意識的に動かせるようになったときに,意識 は,別のより上位レベルの問題に対する制御に使える」 と論じています.これは,まさにスキルサイエンスの真 髄に迫る見解であると思われます.また,同じメールで, 彼のピアノ演奏に対する意欲を示す内容として,彼が当 時取り組んでいて,スキルの向上が認められたいくつか の楽曲が紹介されています.それらは,ショパンの「エ チュード」,ラフマニノフの「絵画的エチュード」,ラベ ルの「高雅で感傷的なワルツ」など,どれをとっても至 難な曲ばかりですが,それらを達成したのが 83 歳のと きです.彼は,Jacques Cohen と筆者とともに数回の論 理プログラミング国際会議でピアノトリオを演奏しまし たが,同時に,我々の提唱しているスキルサイエンスに 常に強力な支援をしていただきました.「スキルサイエ ンス」という名前の提案に賛意を示されたのも彼です. 序文の最後に,Robinson 教授から今年の 5 月にいた だいたメールに記された病状について,一言触れます. その時点で,彼は,ご自身で膵臓がんに罹ったことを我々 に報告しています.ただし,その報告によれば,早期発 見なので,手術も心配はいらない,と医者に言われたそ うです.残念ながら,その予想は外れてしまいました. ラフマニノフの「チェロソナタ」の第 2 楽章をそのうち 一緒に弾く約束をしていたので,まさに痛恨の極みです.

以下に,Alan Bundy 氏と Randy Goebel 氏による AAR に寄せられた追悼文の翻訳を掲載します.その前に,両 氏の略歴を紹介します.

Alan Bundy氏はLeicester大学でMathematical Logic の博士号を授与され,その後 Edinburgh 大学で教職に就 かれ,1990 年に同校の教授に昇進し,現在に至っていま す.自動推論の第一人者として活躍され,2007 年に IJCAI Award for Research Excellenceを受賞しています.

一 方,Randy Goebel 氏 は British Columbia 大 学 で Computer Scienceの博士号を授与され,その後,東京大学, Waterloo大 学 を 経 て, 現 在 Alberta 大 学 の Computer Science学科の教授をされています.同氏は,研究者と しての活動はもとより,研究管理者として,世界を股に 掛けて活躍されています.同氏は機械学習などの人工知 能の理論と応用,特に可視化および推論技術の応用に興 味をもたれています.

(John)Alan Robinson 氏を悼んで

Alan Bundy

(Edinburgh University)

Randy Goebel

(Alberta University) (訳)

古川 康一

(慶應義塾大学名誉教授)

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755 人 工 知 能  31 巻 6 号(2016 年 11 月) 深い悲しみに包まれながら,2016 年 8 月 5 日に Alan Robinson 氏がご逝去されたことをここにご報告 します.彼の死去は,自動定理証明学会にとって,大 きな損失です.Alan は定理証明の効率の劇的な向上 をもたらした Resolution 推論規則の開発者としてよ く知られています.彼はその貢献により,1985 年に AMS Milestone 賞を受賞され,1996 年には CADE Herbrand 賞を含む多くの賞を受賞されました.さら に,彼は Lueven 大学,Uppsala 大学,Madrid 大学 より名誉博士号を授与されました.

Alan は英国ヨークシャーに生まれ,ケンブリッジ 大学で古典を学んでいます.その後,1952 年に渡米 し,オレゴンとプリンストンで哲学を学び,Ph. D を 取得しています.博士論文は,Carl Hempel が指導教 授で,Hilary Putnam の助言を得ています.Hempel 教授はベルリン,ウィーンでの論理経験主義の会派 で業績を上げ,科学および数学の形式化に没頭しま した.Putnam は,Martin Davis と共同で,世界初 の自動定理証明システムを開発しました.Alan の友 人である著名な物理学者の Murray Gell-Mann は, 1996 年に回想録で Alan の軌跡を,「彼はケンブリッ ジで(Margaret のように)古典を学び,引き続い てギリシャ哲学,数理論理学に進み,最後に計算機科 学に至っています.興味深い進行で,おそらく Tony Leggett のみが比肩できます.」と振り返っていま す.Margaret は,Gell-Mann の妻で,Alan の妻の Gwen の最高の友人であり,結婚式での付添人でした.

Alan は,形式数学の応用研究を,DuPont および シカゴの Argonne National Labs で実施しました. Argonne に滞在中に,彼は自動推論に興味をもち, Resolution を開発しました.Resolution Principle (導出原理,融合原理)は,日本における第五世代コ ンピュータプロジェクトの指導原理の一つです. 彼は 1967 年に Syracuse 大学に移り,1993 年 に名誉教授の称号を授与されています.彼は,世界中 の人工知能および自動推論の研究所に招聘され,最先 端の研究成果を次々と伝達しています.Alan は,自 由に,丁寧に彼のもつ深い知識を広め,学生ならびに 研究者を鼓舞する,遊歴科学者の典型スタイルを確 立しました.彼は,誰とでも親しく接し,常にどん な話題についても語り合う丁寧な討論者でした.Bob Boyer は,世界を飛び回る彼の生活スタイルを“AI における Henry Kissinger”と評しました.彼は限り ないユーモアのセンスをもち,きらめく会話者で,新 しいアイディアとひらめきの元でした.彼の講義は自 然発生的で,面白く,しかも完璧な明晰さを保ってお り,誰もが楽しめるものでした. Resolution の論理プログラミングへの応用は彼を 虜にし,Journal of Logic Programming の初代の 編集者となりました.彼は論理プログラミングに対す る重要な貢献を果たすとともに,“良いプログラミン グ”に対して積極的に賛同する意見の持ち主でもあり ました.彼の著書“Logic Form and Function”で, Hilbert と Russell による記法を“プログラミングの メカニズム”として提示し,それらのプログラミング での役割を明確にしました.彼は,論理とプログラミ ングの関係性を学び,理解することに情熱を注ぎまし た.後年,彼のレクチャーツアーでは,論理プログラ ミングの一般的なパラダイムにおける Goedel の定理 群の役割を説明することに努めました.

Maarten van Emden によって刊行されたインタ ビューで,Alan のプログラミングへの情熱と Lisp と の出会いが,次のように述べられています.「1965 年の夏に私が Menlo Park に引っ越してきた 2 日目 に John McCarthy がドアベルを鳴らしたときが,私 の Lisp との最初の出会いでした.私は Resolution 論 文 を 2 〜 3 か 月 前 に 発 表 し た ば か り で し た が, McCarthy はその証明手続きの Lisp プログラムを, 彼が言うには,ほとんどデバッグなしに(たった 2 時 間で!)書き上げ,走らせました.これは,最初アセ ンブリー言語で,ついで Fortran で何年にもわたっ て苦戦した私にとっては,まさにミラクルでした.無 愛想な McCarthy は,この頃すでに著名人で,やは り驚くべき何かをもった人でしたが,このことは別 の話題とします.私は Lisp 1.5 のマニュアルを購入 し,それがとても素晴らしいものであることを発見 しました.しかし,それは同時に,奇妙にぎこちな い,MIT 流の大胆で天真爛漫なヘマを犯しているも のでした(QUOTE やオブジェクトとしての関数,お よび FUNARGS などですが,これらはすべて後に SCHEME では直っていますが,Common Lisp では そのままです).」 後年,彼は人間数学者の推論についてのケーススタ ディを通して,非形式的推論についての研究を行いま した. Alan は,同時に熟練のピアニストでした.彼は音 楽について語り,友人達と,家族と室内楽を演奏しま した.後になって,Jacques Cohen(ヴァイオリン) および Koichi Furukawa(チェロ)とともに,いくつ かの Logic Programming 国際会議で演奏しました.

彼は,妻の Gwen,息子の Alan と Hugh,娘の Gwen, Owen に囲まれて,幸せな生活を送りました.

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