Sociological Theory and Methods Vol.35 No.1 2020 Japanese Association for Mathematical Sociology
論文
合理的選択による進学格差の変動モデル:
進学率と階層間格差のマイクロ・マクロリンク
濱本 真一(立教大学) [要約] 本研究は,合理的選択理論の枠組みから,教育機会の階層間格差の変動をとらえる数理 モデルを導くことを目的とする.Breen and Goldthorpe が提示した教育選択モデルは,そ の後毛塚和宏によって社会全体の進学定員との関係で定式化された.マクロな制度要因で ある定員によって個人の教育選択が規定されているのであれば,定員の変動によって格差 の様態も変化することが予想される.本論では,社会全体の進学率の増加に伴って階層間 の進学選択率がどのように変化するのかを数理モデルによって分析し,リスクを伴う教育 選択モデルの下で,格差が上昇から下降に転じるポイントを導いた.モデルから,格差構 造は最大格差維持仮説(Raftery and Hout)が予測するような挙動を描くものの,上位階級 の進学選択率が飽和する以前に,下位階級の進学率伸張によって格差が縮まることが示さ れる.教育選択が何らかのリスクを伴う状況での合理的選択によって行われていれば,格 差の発現および最大格差維持パターンの導出に必ずしも「相対リスク回避」のメカニズム が必要ではないことも示される. [キーワード] 教育機会不平等,相対リスク回避,最大格差維持仮説,合理的選択理論,マイクロ・マク ロリンク [審査記録] 受稿 2019 年 8 月 9 日/掲載決定 2019 年 12 月 1 日1
本論の目的
1. 1
合理的選択理論と教育機会不平等
本論の目的は,合理的選択による教育達成の階層間格差生成理論を応用し,教育制度, より具体的には社会全体における進学の定員と教育格差の関連をとらえることである.進 学機会に階層差が存在することはおよそどの国,時代でも明らかにされており(Shavit and Blossfeld 1993; Shavit 2007; Pfeffer 2008 など),様々な観点からその構造解明が進んで いる.教育達成格差が存在することを示すだけでなく,その発生原理を説明する理論の一 つに Breen and Goldthorpe(1997)の試みがある.彼らの理論は,個人の教育選択を合理 的選択の結果としてとらえ,階級ごとに進学が合理的な選択肢となる条件が異なることが 格差の原因であるとした.さらに,個人の合理的選択の基準として「自分の親(出身)のる」という「相対リスク回避」という心理メカニズムを仮定したことが特に注目されてい る.また,彼らが想定した樹形型の進学モデルは,進学の後に誰もが成功できるわけでは なく,社会全体で配分される教育達成に上限があることを暗に想定している.そうである ならば,この枠組みの中で,その上限の変化によって教育達成格差がどのように変化する のか,その予測値を理論的に算出することが可能なはずである. 社会全体の進学機会が個人の選択原理に作用し,教育格差を変動させるというロジック
は,「マイクロ・マクロリンク」が想定するものである(佐藤 2016). Raftery and Hout(1993)
は経験的なデータから,進学率の増大に伴って教育達成格差は維持または一時的に増加し, そののちに減少するという「最大格差維持仮説」(maximally maintained inequality: MMI) を唱えたことで知られている.彼らも同論文の中で,機会の拡大と格差の変化というマク ロな変動のメカニズムを,個人の合理的選択というマイクロの要因に求めている.ただし, MMI ではこれらのメカニズムがモデルとして明示的に説明されたわけではない.Breen and Goldthorpe(1997)を発展させた毛塚(2013)により,全体の進学率を定員という形 で組み込んだモデルが提案された.これによりマクロな要因と個人の意思決定,および階 級ごとの進学率などが明確になった.そこでもなお定員の変化3 3 による格差の変化は中心的 な検討課題になっていないものの,これを検討する数理モデルの要素はすべてそろってい る.本論では,Breen and Goldthorpe(1997)の枠組みを基本とし,それらの発展形として 示された数理モデル群をさらに展開し,進学率の増加が格差を増加,または縮小させるの かを検討する.これは同時に,Breen and Goldthorpe(1997)の枠組みの中で MMI が生じ うるのかを理論的に検討することと同じである.これにより MMI がどのような条件の下 で生じうるのか,また,格差の変動が教育を取り巻く個人,社会の要素のいずれに影響を 受けるのかを理論的に解明することができる.
1.2
相対リスク回避モデルの骨子
まず,Breen and Goldthorpe(1997)が示したモデル(以下 BG)の主要な部分を整理する. BG では,個人が図 1 のような決定木の下で進学に関する意思決定を行う.進学する(Stay) か進学せずに労働市場に参入する(Leave)の意思決定は 1 回行われ,Stay を選択した場 合に確率的に成功 Success か失敗 Failure の一方に割り振られる.社会には 3 つの順序付け 可能な階級(S,W,U)が存在し,{ Success, Failure, Leave }の各ノードから異なる分布 の確率で到達階級を割り振られる.その確率がα,β,γ で示され,これらの値には以下 の 4 つの仮定がある1). (1) α1> β1, α1> γ1 (2) β1+ β2< γ1+ γ2 (3) γ2 γ1 > β2 β1 (4) α1> 0.5 Success と Failure への配分は確率的に行われるが,個人 i はそれが能力による配分である ことを知って(または信じて)おり,自分の能力でどの程度 Success に割り振られるかと いう主観的な成功確率 πiを計算できる.
以上の仮定から,Stay および Leave における期待利得を求める.その際に用いられるの が相対リスク回避メカニズムで,個人は自分の出身階級と同等かそれ以上の階級に到達す る確率を最大化する.裏を返せば,自分の出身よりも低い地位に到達する確率(相対リス ク)を最小化しようとする.いま,Stay にかかるコストが無いものとし,階級 S の Stay,
Leave に対して期待される相対リスク回避確率を ES (Stay),ES (Leave) とすると
ES (Stay)= πi α1+( 1-πi ) β1,ES (Leave)= γ1
となる.階級 W についても同様に
EW (Stay)= πi (α1+α2 )+( 1-πi )( β1+ β2 ),EW (Leave)= γ1+ γ2
であり,E. (Stay)> E. (Leave)が成り立てば進学,そうでなければ非進学となる. 進学が 2 段階のモデルも立てられているが,簡単のためここでは 1 段階進学のケース のみを考える.BG を受けての研究は主に 3 つの方向性から展開した.1 つに相対リスク 回避なる心理メカニズムが存在するのかを経験的に示そうとしたもの(太郎丸 2007; 藤 原 2011, 2012; Stocké 2007 など),2 つ目は BG に対抗する進学格差生成モデルの作成を試 みたもの(Lucas 2001; 吉川 2006; Turic 2017 など),3 つ目に BG の数学的な特徴を発展さ せて一般化可能な命題を導こうとしたもの(Breen and Yaish 2006; 浜田 2009; 瀧川 2011 な ど)である.これらの要素を合わせた研究として毛塚(2013)などがある.いずれの研究 も「相対リスク回避」と呼ばれる心理メカニズムに主要な関心が集まっている.しかしそ れ以前の前提として,教育(Stay)という選択を失敗による下降移動というリスクを伴う 選択肢として定義し,個人の主観的な成功確率から合理的に選択するというモデルを提示 したことが BG の大きなポイントである.これは Boudon(1973 = 1983)の IEO モデルや Rosenbaum(1979)のトーナメント移動モデルにはなかった特徴である.BG そのものは 教育格差が生じる理由を直接的には明示していないが,浜田(2009)や毛塚(2013)の数 理モデルによって相対リスク回避説という仮定の下で進学選択に階層差が出る条件が示さ れている.特に毛塚(2013)は,主観的成功確率を社会全体の進学定員と自分の能力との 関係で定式化し,個人の合理的選択がマクロな社会状態に影響を受けるモデルの可能性を 示した.本論ではこの流れに従い,相対リスク回避という心理メカニズムが存在するのか という問いからいったん距離を置き,それらが存在するという仮定の下で,全体の進学率 は階級の合理的選択にどのように影響し,その結果として階級ごとの進学機会格差が減少 するのかを検討する. 図 1 教育選択の決定木
2
相対リスク回避による進学選択格差
全体の進学率によって進学格差がどのように変化するのかを求めるために,まず BG モ デルを一般化した浜田(2009)および毛塚(2013)にしたがい,階級ごとの進学率を求める. なお,これ以降は BG モデルの中の S,W クラスを想定し,一般化のため上位階級,下位 階級とそれぞれ読み替える.図 1 では U クラスもあるが,相対リスク回避に従う合理的 選択からは U クラスの進学選択は無差別となり進学率を定義できない.議論を単純化す るため,ここでは U を除いた 2 つの階級の進学率についてのみ考察する. BG モデルによって進学率の階層差が生じうる条件は浜田(2009)によって示されてい る.Π を主観的成功確率を示す連続な確率変数とし,πiをその実現値とする.のちに毛塚 (2013)が一般化した標記に従うと,相対リスク回避メカニズムが存在するとき,階級ご との進学条件はそれぞれ, 上位階級:Π > γ1-β1 α1-β1, 下位階級:Π > β3-γ3 β3-α3 (1) である2)ため,Π の分布が階級によって変わらず(一次効果がなく),その分布関数を FΠ ( · )とすれば,進学率に差が生じる条件は, 1-FΠ⎛⎝ γ1-β1 α1-β1⎞⎠> 1-FΠ⎛⎝ β3 -γ3 β3-α3 ⎞ ⎠ ⇒ γ1-β1 α1-β1 < β3-γ3 β3-α3 である.式を見るとわかるように γ1≤ β1であるとき,上位階級の進学率は常に 1 となる. そのような状態が生じることは当然ありうるが,ここでは簡単のために,特に必要がない 限り式(1)の右辺がそれぞれ 0 から 1 の範囲に収まるという前提で議論を進める.これ を満たすために必要な条件は,BG の仮定群と照らし合わせて, β1< γ1< α1,α3< γ3< β3 (2) である3). 式(1)の右辺は,各階級が進学に必要な主観的成功確率の閾値とみなすことができる. 上位階級について,閾値( γ1-β1 )/(α1-β1 ) はα1について減少である.進学で成功し た場合の S クラスへの到達確率大きいほど閾値は下がり,個人にとって進学が合理的と なる.また β1についても減少である.これは,進学に失敗したときでも上位階級への到 達確率が高い,すなわち進学に対するリスクが小さいときに閾値が下がることを示してい る.閾値の値は,進学に対する相対リスクの小ささと対応付けて理解できる.一方 γ1に 対しては増加であり,進学しなくても上位階級に到達しやすいのであれば,失敗のリスク を抱えてまで進学するのは合理的ではないということである. さらに毛塚(2013)は,階級ごとの進学率をメリトクラティックな選抜による高等教 育の定員との関係で数式化し,主観的成功確率 πiの分布を示した.高等教育の定員比率, すなわち社会全体の中で高等教育に進学できる人の比率(キャパシティと言い換えてもよ い)を P とし,成績がある水準 τ 以上のものが進学できるとする.τ と P には以下の関係 が成り立つ. τ = FX−1( 1-P )⇒ P = 1-FX ( τ ). ここで FX ( · )は正規分布に従う能力 X~N ( μX,σX2 )の分布関数である. さらに個人 i はそれぞれ能力 X の実現値 xiを持つが,試験成績は錯乱要素 ε~N ( 0,σε2 ) によって確率的に変動する.ここまでの仮定を導入することで,個人の主観的成功確率を定義することができる.すなわち,主観的成功確率 Π の実現値 πi,能力 X の実現値 xiに ついて πi= Pr ( xi+ ε > τ )= 1-Fε ( τ-xi ) の関係が成り立つ.イメージは図 2 のようになる(σεの大きさによって πiも変動するが 議論を簡単にするためこれ以降は σε= 5 に統一する).ここで定義される Π が各階級で式 (1)を満たせば進学を選択する.階級ごとの能力が独立同分布に従っているなら,各階級 の進学率は以下のように示せる.まず,上位階級の進学率を PSとすると, PS= Pr ⎛⎝ Π > γ1 -β1 α1-β1⎞⎠ = Pr⎛⎝ 1-Fε ( τ-X )> γ1-β1 α1-β1⎞⎠ = Pr ⎛⎝ X > τ-Fε−1⎛⎝ 1-αγ1-β1 1-β1 ⎞ ⎠⎞⎠ (3) = 1-FX ⎛⎝ τ-Fε−1⎛⎝ 1- γ1-β1 α1-β1⎞⎠⎞⎠ = 1-FX ⎛⎝ FX−1 (1-P )-Fε−1⎛⎝ 1- γ1-β1 α1-β1⎞⎠⎞⎠ である.下位階級の進学率を PWとすると同様に Pr ⎛⎝ Π > β3-γ3 β3-α3 ⎞ ⎠ = 1-FX ⎛⎝ FX−1 ( 1-P )-Fε−1⎛⎝ 1- β3 -γ3 β3-α3 ⎞ ⎠⎞⎠ (4) となる. ここまでに BG によるモデルの提示,浜田(2009)による格差生成条件の特定,さらに 毛塚(2013)による定員を導入した効用関数の特定という流れを経て,BG の仮定の下で の各階級の進学選択率を定式化できた.オリジナルの BG と区別するために,この系を 以下では BG-HK と呼ぶことにする.毛塚(2013)では特に強調されていないが,BG-HK 系では各階級の進学選択確率が教育機関の定員 P によって決まる値として表現されてい る.式(3)(4)をもとに P と進学選択率の関係をグラフ化すると図 3 のようになる.こ 図 2 主観的成功確率の概念図 ともに横軸は能力,縦軸は確率密度.上図は社会の能力分布 X~N ( 50,102 ) の確率分布で,定員 P に対して必要な 能力水準 τ = FX ( 1-P ) が定まる.下図はある実現値 xi= 60,錯乱項 ε~N ( 0,52 ) の下で,τ に対する主観的成功確率を 示している.
こで,両階級の進学率の差をみると,定員比率が少ない場合には差が増大し,あるポイン トから差が減少している.各階級の進学率はパラメータに依存し,パラメータの値を変え ればこの曲線の形も変化する.式(2)を満たす範囲でパラメータの値をいくつか変えて 進学率を図示してみると,いずれのケースにおいても両階級とも定員 P に対して増加関 数になっていることがわかる ).さらに進学率の差は一時的に上昇し,ある段階から減少 に転じる.これは,Raftery and Hout(1993)が提唱する「最大格差維持仮説」(MMI)に 沿う挙動といえる.すなわち,社会全体の進学率(定員比率)の増加に伴い,まずはその 影響は上位階級の進学意欲に強く働くことによって格差は維持ないしは増大する.上位階 級の進学意欲がある程度飽和した後に格差が減少に至るというものである. 進学率の差を格差ととらえれば,共通して格差が拡大から縮小に転じる定員規模 P*が 存在している.それぞれのグラフを見ると,P*の位置が異なるのに加えて,P = P*にお ける進学率の差(最大格差)の大きさも異なる.それでは,図 3 に示したように進学率 の階級差が増加から減少に転じるポイントはパラメータの値を変化させても存在するのか. 存在するとしたら,それはどのようなポイントなのか.次節では式(3)(4)を用いて格 差が減少に転じる定員比率 P*の位置と最大格差を解析的に導いていく.
3
定員変化による格差の変動
最大格差維持仮説は,社会全体の進学率の上昇は,まず上位階級の進学率を中心に生 じると主張している.BG-HK 系からは,MMI に沿うような進学選択率が予測され得るこ とが分かった.次に求めるのは,この進学選択率の差が増加から減少に転じるポイント はどこにあるか,そしてそれは必ず存在するのか,ということである.浜田(2009)は, MMI の十分条件として β1> γ1を示した.これは式(2)を満たしていない.この場合,上 位階級の進学で失敗しても Leave を選択するよりも上位階級に到達する確率が大きくなり, 常に進学をすることが合理的になる.この条件では,確かに全体の進学率に関わらず進学 図 3 階級ごとの進学率選択の格差は常に生じているが,定員増加によってその格差が開いているか縮まっている3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 か3 に関しては何の情報もない.MMI は教育機会の拡大による格差の変化に注目している ことから,合理的選択の枠組みで格差がどのように変化するのかを予測することが必要に なる.ここでは,階級の進学率の変化に注目し,定員の変化によって格差が増大,または 縮小する条件を明らかにする.ここまでのモデル化によって,階級ごとの進学率と定員比 率との関係を記述した.この関係が成り立つならば,そこから定員比率の増加による階級 ごとの進学率変動が計算でき,さらにその差を見ることも可能である. 定員比率の増加(=成功水準 τ の減少)によって,進学選択率がどのように変化するか は,微分によって確かめられる.式(3)(4)のうちパラメータに関する部分を Fε−1⎛⎝ 1- γ1 -β1 α1-β1⎞⎠= Ts,Fε−1 ⎛⎝ 1- β3 -γ3 β3-α3 ⎞ ⎠= TW とまとめ,両階級の進学率の差 PS,PWを定員 P で微分すると, ∂ ∂P ( PS-PW )= ∂P∂ ⎛⎝ Pr⎛⎝ Π > γ1 -β1 α1-β1 ⎞ ⎠-Pr⎛⎝ Π > ββ33--αγ33 ⎞ ⎠⎞⎠ = ∂P (F∂ X ( FX−1 ( 1-P )-TW )-FX ( FX−1 ( 1-P )-TS )) = fX ( τ−Ts ) fX ( τ ) - fX ( τ−TW) fX ( τ ) であり(2 行目から 3 行目にかけては逆関数の微分を用いた),この変化率が上位階級に おいて大きい領域があるとすれば, fX ( τ - Ts )- fX ( τ - TW )> 0 を満たす.これを解くことによって格差が減少に転じるポイントがわかる.毛塚(2013) では能力 X の分布は正規分布を仮定している.これに従うと,fX (·)は平均 μXの正規分 布の確率密度関数であるので,値の大小関係は分布の中心からの距離と対応できる.すな わち,τ−T. が分布の中心 μXに近いほど,fX (·)は高い値となる.これを表すと次のよう になる. │ τ−TS−μX│ < │ τ−TW−μX│ ⇒( τ−TS−μX )2<( τ−TW−μX )2 ⇒ 2( τ−μX )( TS−TW )>( TS+ TW )( TS−TW ) 仮定より( TS−TW )> 0 である5)から,2 ( τ−μX )> TS+ TW であるので,τ について整理 すれば, τ > τ*= TS+ TW 2 + μX. (5) ここで,τ = FX−1 ( 1-P )より,τ*= FX−1 ( 1-P*)⇔ P*= 1-FX ( τ*)とすれば,定員 P が 満たすべき条件は P < P*= 1-F X⎛⎝TS+ T2 W + μX⎞⎠ (6) となる.定員 P がこの式を満たしているうちは,定員の増加によって起こる上位階級の 進学選択の増加率が下位階級のそれを上回る.定員の拡大が進んで P が P*を上回り,式 (6)を満たさなくなってから,進学選択の差は縮まり始める.右辺は TS,TWに関して単調 増加する.つまり階級ごとの進学選択に必要な主観的合格率の閾値が低いときには,この
式を満たす P の範囲は広くなる.FX (·)は分布関数であるため,右辺の値は必ず 0 から 1 の間に存在する.パラメータによって P*の値は変化するが,それらが BG-HK 系の仮定 群を満たすときには,進学定員の増加によって一時的に格差は拡大するが,必ず格差の減 少ポイントが存在し,MMI は必ず生じうるといえる. 式(3)(4)に τ*または P*を代入し,その差をとると, PS-PW= FX ( τ*-TW )-FX ( τ*-TS ) = FX⎛⎝μX+ TS −TW 2 ⎞⎠-FX ⎛⎝μX-TS −TW 2 ⎞⎠ = 1-2 FX ⎛⎝μX-TS−TW 2 ⎞⎠ である.これが,式(6)の格差減少ポイントで生じる最大の格差である.格差の減少ポ イントと最大格差がパラメータとどのような関係にあるのかを図 4 で確認する.式(1) で示した上位階級の進学に必要な主観的合格率の閾値( γ1-β1 ) / (α1-β1 )を横軸に,下 位階級の閾値( β3-γ3 ) / ( β3-α3 )を縦軸にとったときの,P*とその際の最大格差の等 高線を示すと図 4 のようになる.実線が格差減少ポイントの P*を,グレーの点線が最大 の格差の等高線をそれぞれ示している.各軸大きさはそれぞれの階級に対して進学後の 失敗による損失の大きさと対応できる.階級ごとに下降のリスク(上位階級に対しては β2+ β3,下位階級に対しては β3 )が大きくなれば,進学に必要な主観的成功確率の閾値も 上がることと対応している.格差減少ポイント P*(実線)は右上ほど両階級にとって「失 敗」による下降確率が大きい場合に大きくなり,格差は教育機会が飽和するまで拡大する ことになる.対して最大格差(点線)は左上領域に行くほど大きな値をとる. MMI のうち,「進学選択の格差が一時上昇し,下降に転じる」という命題を BG-HK の 枠組みから導いた.ただし本モデルでは,上位階級の進学率の「飽和によって」格差が縮 まるということを示したものではない.実際に図 3 を見ると,上位階級の進学選択率がま だ 40~60% 程度の段階から格差は減少に転じている.図 4 からは,両階級にとって進学失 敗の損失が小さい制度の下(グラフの左下)では,定員が非常に低い段階から格差が減少 図 4 格差減少ポイントと最大格差の等高線
し始めることがありうることを示している.何をもって「飽和」とみなすかは定義次第だが, 少なくとも上位階級の進学選択率が 100% に近いといえる水準になっていなくても,格差 が減少し始める点が存在することが確かめられる.それでは,格差の変動はどのようなパ ターンがありうるのか,図 4 の等高線を大まかに左上,右上,左下の 3 つの領域に分けて それぞれの領域が示す社会像を簡単に確認していく. 図 4 のうち左上の領域は,上位階級の進学によるリスクが小さく,下位階級のそれが大 きい.これはちょうど図 3 の左上のグラフに相当し,上位階級にとっては非進学によって 下降の確率が大いに高まるが下位階級にとっては非進学でもさらに下降する可能性が低い ため,上位階級を中心に進学率が伸びる.進学をしなくてもある程度中間階級への到達が 約束されているような社会における格差パターンといえる. 図 4 の右上の領域は,図 3 の右上のように,両階級にとって失敗によるリスクが非進学 に対して大きいため,進学が「相対リスク回避」の確率を十分に高めない.それによって 多くの層が(安全策として)非進学を選択し,社会全体の進学率も低く格差の減少も遅い 社会である.進学と非進学による地位達成の分布(α,γ )が似ているときに生じうる変 動である.左下の領域(図 3 の左下に相当)では反対に,「失敗」による下降のリスクが 十分に低く,両階級ともに進学率が一気に上昇し,早い段階で格差の縮小がはじまる.失 敗による地位達成の分布( β )が,非進学の際の分布( γ )とほとんど変わらないような 社会で予測される変動パターンである.
4
議論
4. 1
モデルの特徴まとめ
本論では,Breen and Goldthorpe(1997)に端を発する合理的選択による教育選択モデル を用いて教育機会格差の変動を社会の進学率との関係で示した.BG のモデルを前提に定 員と合理的選択の関係をダイナミックに捉え,進学機会格差が社会全体の進学率に影響を 受ける様子を数理的に示した.数理モデルからは,定員の増加により格差が増加から減少 に転じるポイントが確かに存在し,それは BG-HK 系の仮定の中から導けることが分かっ た.BG で用いられたパラメータは,その値によって格差が減少に転じるのに必要な定員 比率や,生じうる最大の格差に影響を与えることも示された.最後に本論で得られた数理 モデルに関して,その特徴を考察し,課題と展望を述べる. 本論では合理的選択の下で定員比率と格差の関係を示した.合理的選択による教育選択 では進学するために必要な主観的成功確率の閾値が存在することが重要な仮定となる.本 論では BG に沿い,相対リスク回避メカニズムの下でその閾値を決定したが,式(3)~(6) に用いた主観的成功確率の閾値は,TS> TWという条件さえ満たせば相対リスク回避から 求められる閾値でなくてもよい.たとえば,浜田(2008)のモデルのように,進学選択の 利得をコストとベネフィットで定義し,階級 S に関して{ Success, Failure, Leave }におけ
るそれぞれの利得を B-CS,-CS,0 とそれぞれ与えれば,進学するための主観的成功確
率 πiSの条件は
( B-CS ) πiS+(-CS )( 1-πiS )> 0 ⇔ πiS> CBS
となる.階級 W に関しても S と W を入れ替えれば主観的成功確率 πiWの条件は
-CS/B ),TW= Fε−1 ( 1-CW/B )とすればよい)6).リスクを伴う教育選択モデルと合理的 選択の仮定があれば,その条件式は必ずしも相対リスク回避を必要とせず,様々な理論へ の応用が可能である.
4. 2
能力の分布と格差の指標
本モデルでは,正規分布すると仮定した(真の)能力を参照してモデルを立てた.能力 の分布が正規分布である必要は必ずしもないが,式(5)(6)への展開は,能力分布が階 級によって変わらず,平均を中心に左右対称であることが条件になっている.階級ごと に能力の分布が異なることは Boudon(1973=1983)の「一次効果」として仮定されており, 経験的にも検証されている.これらのメカニズムを組み込み,分布の形に依存しない一般 的な格差の変動モデルを作成することが本モデルの課題である7). また本論では格差の指標として「進学率の差分」を採用した.定員の変化によって進学 率の差分が縮小に転じる点を示すことに成功したが,採用する指標を変えた時に必ずしも 結果は一致しない.例えば,階級ごとの進学率をプロビット変換して差をとると,定員の 大きさに関わらず常に一定になるという性質がある.具体的には FX−1 ( 1-FX ( τ-TS ))-FX−1 ( 1-FX ( τ-TW ))= TS-TW である.仮に学力分布がロジスティック分布に従うと仮定すれば,進学率の対数オッズ比 (= ロジスティック分布関数の逆関数)は定員の大きさに寄らず一定の値をとる.MMI で 想定されていたような,教育機会の拡大期においても格差が「維持される」という結論は, 能力 X がロジスティック分布に近似でき,さらに格差をとらえる尺度としてオッズ比を 採用したときに成り立つといえる(この場合,本論で示したような格差の減少ポイントは P ∈(0,1)の範囲では存在しない).プロビットやオッズ比が必ずしも格差を示すのに 最も適した指標であるということではない(近藤 2001)ので,本論で用いた比率の差に よる分析が不適切だということではないが,広く用いられている指標と整合性が取れない ことは本論の分析の一般化・応用可能性にかかわる問題である.近藤(2001)が示すよう に,確率が 0 や 1 に極端に近い場合は,たとえ比率の差が縮んでいてもオッズ比は増加す るという直感に合わないケースが生じうる.とりうる指標と結論の整合性について詳細に 検討する必要がある.4. 3
より説明力の高い格差生成モデルに向けた課題
本論では BG の決定木のうち,個人の「Stay」の選択率に着目して,その時点の格差を 分析の対象とした.BG のモデルでは選択の後に Success と Failure に割り振られることが 想定されている.特に地位達成に影響するのはこれらどちらのノードに到達するかである ため,階層再生産のメカニズムを説明するためには,{ Success, Failure, Leave }への到達 確率に対する階層差を検討することも重要になる. そのような関心に立つとき,これまで半ば無視してきた「Failure が何を指しているのか」 を明確にする必要がある.BG では途中退学を Failure としてとらえているが,このモデル を日本の文脈に直すとき,高校にせよ高等教育にせよ退学率は非常に小さく,また退学に よって Leave よりも下の階級に到達しやすいという仮定は直ちに受け入れられるものでは ない8).さらに BG では,Leave の中に職業訓練校に進むことも含意しているが,非進学 者と職業訓練校進学者(日本においては専修学校等卒業者が対応する)の地位達成確率を 同じものとして論じるのはやはり無理があろう.本論では BG の決定木を採用して MMIの存在を示したが,この決定木自体が見直される必要があるといえる.たとえば Turic (2017)が第 3 の選択肢として ”Hedge” を導入し,BG では説明しきれない進学行動のモデ ル化を試みたように,合理的選択理論の枠組みの中で,日本の実情に沿った進学機会モデ ルを構築していく必要がある. 以上のような課題を含みつつではあるが,本論では BG および BG-HK 系のモデルで不 明瞭なままであった定員の増加による格差の変動を,個人の合理的選択の枠組みから定式 化し,BG で用いられていたパラメータによってどのような格差変動がありうるのかが明 確になった.これにより,BG と MMI を一つの枠組みの中で体系化することに成功した といえる.また先に示したように本論のモデルは必ずしも相対リスク回避のメカニズムを 必須の要素とせず,個人の合理的選択と社会全体の教育規模に関する一般性を持ったマイ クロ・マクロリンクを示しており,さらなるモデルの発展が期待できる. 例えば,MMI の対抗理論として,教育機関の質的差異に注目した EMI(Lucas 2001)も 提唱され,高等教育の収容力が飽和している日本においてもこちらの理論が注目されてい る(中澤 2018 など).質的差異を考慮するには,決定木の選択肢を増やしてもよいし,進 学選択の後の分岐に異なるヴァリエーションを持たせることでも表現できる.そのように 展開したとしても,同じように合理的選択によって制度と個人の選択のマイクロ・マクロ リンクを定式化することが可能である.
そもそも BG オリジナル,また Raftery and Hout(1993)では,合理的選択による格差 の変動について,教育に関するコストとベネフィットの関係を強調し,全体の進学率が増 加することによって,進学にかかるコストも減じていくとしている.この説に沿うならば, 定員の増加は個人の主観的成功確率(式(1)の左辺)を引き上げるだけでなく,閾値(右 辺)を下げる作用も持っていることになる.本論では閾値は社会構造によって固定化され た値をとり,進学定員のみが変動するモデルを考えた.一方でこれらが相互に依存してい る可能性は大いに考えられる.利得(コスト)と進学率の内生的な関係をモデル化できれ ば,社会構造による進学定員の変動や,学歴による地位達成構造の認知(中村 2000)な ども含んだ総合的な進学機会構造を一つのモデルで説明することが可能になる. [付記] 本論の執筆にあたり,2 名の査読者および毛塚和宏先生(東京工業大学)より貴重なコメントを賜りま した.ここに記して感謝いたします.また,本研究は JSPS 科研費(18K13096)の助成を受けた研究成果 の一部です. [注] 1) オリジナルの BG ではα3= 0 という仮定を置きα1= α,α2= 1-α としているが,一般化のため,本 論ではα3≠ 0 の可能性も考慮して議論を進める.
2) オリジナルの BG(1997: 284)においては,ES (stay)/(ES (stay)+ EW (leave))= piS と定義し,piS> 0.5
が進学の条件とされているが,数式上は式(1)と同義である。 3) 式(2)からは β1> γ1> α1,α3> γ3> β3も導けるが,BG の仮定の 1 と 2 を満たさないため,ここで は条件式に含まない. 4) 式(3)(4)からも明らかである. 5) 具体的には( γ1-β1 )/(α1-β1 )<( β3-γ3 )/( β3-α3 ) ⇒ 1-( γ1-β1 )/(α1-β1 )> 1-( β3-γ3 )/( β3-α3 )⇒ TS> TW である. 6) さらに言えば相対リスク回避では進学行動を説明できない BG の U クラスにおいてもモデル化が可能 になる. 7) 階級ごとに分布の平均のみが異なる場合であればモデル化は比較的容易である.社会全体の学力分布
具体的には,社会における各階級の構成比率を ψS,ψW,下位階級の学力の分布を FX (·),上位階級と 下位階級の学力分布の平均の差を Δ とすれば,格差減少ポイント P*は P* = 1-ψ S FX⎛⎝Ts+ TW -Δ 2 + μ ⎞⎠-ψW FX⎝⎛Ts+ T2W+ Δ+ μ ⎞⎠ となる. 8)高等教育からの中退者に地位達成を扱った数少ない研究として菅澤(2018)では,大学中退者の初職 地位を大卒者,高卒者と比較している.大学中退による専門職や大企業ホワイトカラー職への到達確 率は閉ざされるものの,中小企業ホワイトカラー職がその受け皿となっており,戦後一貫して高卒者(= 非進学者)に比べてブルーカラーへの到達確率は低い.BG で想定されている「失敗」としてのドロッ プアウトが高卒者よりも低い地位に陥る確率を高めるという仮定が経験的にも成り立たない. [文献]
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Explaining Change in Educational Differentials by
Rational Choice:
Micro-Macro Linkage between Enrollment Rate and Inequality
Shinichi Hamamoto(Rikkyo University)
Abstract
This paper aims to show change in educational differentials using Rational Action Theory. The models of educational selection presented by Breen and Goldthorpe has generalized by Kezuka (2013) to connect the rational action theory with school enrollment rate of whole society. In this paper, we regard the rational choice as the function of school enrollment rate and analyze how the enrollment rate affect the educational inequality between classes. We can see the inequality behavior that is claimed by Maximally Maintained Inequality (MMI) hypothesis (Raftery and Hout 1993), that is, the inequality is strengthened by educational expansion at once, and by particular point, the “Stay” selection is equalized. We can identify the turning point by mathematical modeling. Moreover, as long as educational selection is taken by rational choice in situation with some risk, we do not necessarily need the relative risk aversion hypothesis to explain the change of the educational differentials.
Keywords
educational inequality, relative risk aversion, maximally maintained inequality, rational choice, micro-macro linkage
Review History
Received August 9, 2019/Accepted December 1, 2019
濱本 真一(はまもと しんいち).立教大学社会情報教育研究センター 助教.〒 171-8501 東京都豊島区西池袋 3-34-1. [email protected].研究関心:教育機会格差,社会階層,政策シミュレーション.