Author(s)
萩尾, 俊章
Citation
沖縄史料編集紀要 = BULLETIN OF THE
HISTORIOGRAPHICAL INSTITUTE(40): 1-4
Issue Date
2017-03
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/22066
真栄平房敬氏の「尚家の宝物」に関する証言記録について
萩尾 俊章 故真栄平房敬氏の「尚家の宝物」に関する証言記録は、以下の経緯により作成されたも のである。 2000 年に沖縄サミットが開催されるにあたり、米国側から沖縄県教育委員会に対して、 在沖米国総領事館を通じて、沖縄の流出文化財について貢献できることはないかという依 頼があった。この発案の背景には琉米歴史研究会(NPO 法人)による地道な返還活動が大 きく寄与していたことは指摘しておくべきであろう。 この依頼を受けて、沖縄県教育委員会では、真栄平房敬氏(那覇市文化財調査審議会委 員)、名嘉政修(文化課補佐)、萩尾俊章(文化課文化財係長)の3名(役職はいずれも当 時の役職)を沖縄関連流出文化財の調査研修プログラムに派遣することになった。プログ ラム期間は 2000 年(平成 12)10 月 13 日から 10 月 28 日までの 16 日間であった。 本プログラムにより米国において訪問した機関・施設等は表1のとおりである。当該国 から不法に持ち出された流出文化財に関する法的解釈や手続き、返還のための方策等に関 するアドバイスを受けること、また博物館等に関しては沖縄関連文化財の調査などを目的 としていた。このうち米国海兵隊博物館では、戦時中に沖縄から持ち出された厨子甕(上HAGIO Toshiaki: Prospects of the Record of Mr. Maehira Bōkei’s Testimony on “The Missing Treasures of the Shō Royal Family” 表1 米国における訪問機関・施設等 訪問都市 訪問機関・施設等 ワシントン 国務省日本デスク、FBI、司法省インターポール、米国関税局、国防総省(ペン タゴン)、文化財アドバイザー委員会、全米博物館協会、国立公文書館文書管理部、 トランス・アートインターナショナル、スミソニアン博物館、米国海兵隊博物館、 アンドリュー&カース法律事務所等 ボルチモア ウォルターズ・ギャラリー ニューヨーク 米国関税局調査部、司法省アトルネイ事務所、美術品流出レジスター、メトロポ リタン美術館等 ボストン ボストン美術館、ハーバード大学フォッグ美術館、ボストングローブ社(新聞社) アルバカーキー ATADA( アンティーク民族美術品取引協会 )* アルバカーキー州立博物館 *ニューメキシコ州における先住民(ネイティブ・アメリカン/アメリカ・インディアンの文化財返還に関する 取り組み機関
焼ツノ型厨子甕)の蓋を確認することができた。本資料は 2001 年(平成 13)2月2日に 稲嶺惠一知事あてに返還のセレモニーが執り行われ、現在は沖縄県立博物館・美術館に収 蔵されている。 以上、22 の機関や団体、公文書館・美術館などを訪問し、流出文化財に関する説明と協 議、ならびに調査を行った。ワシントン滞在中、在米国日本大使館に赴き、今回の訪米趣 旨を説明した。とくに沖縄からの流出文化財については真栄平房敬氏の証言が重要な鍵と なるもので、現地の各機関において説得力のある証言が行われた。これについてはそれま で一部、ご本人による聞き取り記事はあるものの、きちんと証言記録をまとめたものがな かった(1)。ご本人の証言を現地で何回となく聴くうちに、きちんと記録しておく必要性を 改めて痛感した。 帰国後、米国への調査プログラム派遣に関する成果は、平成 12 年 12 月 5 日に名嘉、真栄平、 萩尾の3名が米国総領事館へ赴き、ティモシー・A・ベッツ総領事に内容を報告した。 本プログラムをふまえての取り組みとしては、米国国務省による沖縄流出文化財調査プ ログラムで各機関を訪問した結果、流出文化財を捜索する方策としてFBI などの国家的盗 難美術品ファイルを紹介された。流出文化財に関する正式なリスト及び写真・絵図資料を 作成し、FBI の「国家盗難美術品ファイル」、インターポールの「美術盗難作品」への登 録手続きを進める。その後、主要なリストを作成し 2001(平成 13)年3月末日に在沖米 国総領事館及び在日米国大使館あてに登録依頼を行い、同年6月 28 日付でFBI やインター ポールなどへ「盗難美術品」として尚家関係文化財 13 点(玉冠・御後絵等)の登録が行 なわれた。 将来的な方策としては、関係者の証言や写真をもとに流出文化財のカタログ等を印刷物 にして、米国の関係機関や博物館・美術館、ディーラー等に配布し、情報提供をよびかける。 リストや写真などはインターネットにのせて情報の発信を行い、沖縄の流出文化財につい て常時情報の収集を行うことが想定された。 その一方で、真栄平房敬氏の証言記録をまとめておく必要性があることから、ご本人に よる手記として情報提供をお願いすることにした。手書きの原稿であったことから文字 データの入力を行い、それを再度ご本人に校正をして頂いた。また、いずれ何らかの形で 多くの形に読んで頂くには英語への翻訳も不可欠であり、在外文化財調査にも通訳として 協力して頂いた松本ひろみさんに翻訳を依頼し、基本的な翻訳までは終了している。ネイ (1) 沖縄県立博物館では筆者が担当した『沖縄県立博物館 50 年史』(沖縄県立博物館、1996 年、57 ~ 58 頁) において、流出文化財の返還に関連して、真栄平房敬氏の中城御殿の宝物避難経緯と流出に関する聞 き取り記録を簡潔に掲載した。また、「失われた琉球文化財調査・返還シンポに向けて」『琉球新報』(1998 年 10 月2日~ 10 月 13 日掲載)の5回にわたる連載記事の中では、第4回目には真栄平房敬氏へのイ ンタビュー「中城御殿文化財の行方」として流出経緯が記されている。
ティブチェックがまだのため、それを終えてからの公開としたい。ただ、その後、本記録 を公にする機会がないまま、年月を重ねてしまった。今回、久々に本課に戻った際に、流 出文化財に関する議会質問があったことを機会に、有形文化財(美術工芸品)担当の平川 信幸さんに本記録を託すことになり、まずは『沖縄史料編集紀要』に掲載することになっ た次第である。 今後、英文翻訳と合わせて、証言記録の普及・活用を期待したい。
米国インターポールにて(2000 年 10 月 17 日。 左から 4 人目が真栄平房敬氏。 左端は筆者 )