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横溝正史「鬼火」に窺われるもの ―谷崎潤一郎とエラリー・クイーンと―

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横溝正史﹁鬼火﹂に窺われるもの

注意

本論老では、横溝正史﹁鬼火﹂、同﹁真珠郎﹂、同﹁蝶々殺人事件﹂の内容やトリツクに触れているところがあります0 横溝正史における海外のミステリー作品の影響としては、従来から、 J ・ D ・カーの乍品との関系が旨商されてきた0 それ 単に作風における類似だけではなく、横溝自身が、たとえぱ次のように回想していることに因っているからである0 、 この随筆のはじめに書いた作家の隣組が編成されて、わたしが井上英三君にめぐりあい、井上君から力1を僻したの はちょうどそのころのことだった。 わたしはたちまち力1の魅力のとりことなった。(略)ヴァン・ダインやエラリー・クィーンの初期の作風では、ど、つ しても趣味として抵触するところがあるのはやむをえない。令片隅の楽園﹂﹃ヒッチコツク・マガジン﹄昭誕. 8S鈎

はじめに

倉西

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クイーンとー

は . '1:、

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用は、横溝正史﹃探偵小説五十年﹄昭4 ・ 9 ・ 15酸畝社刊、の復刻版である昭52 ・ 8 ・ 29鰈聯刊、に拠る) 0 1 しかし、ここで横溝の語っている力1の作品呈響は、太平洋戦争後の作品において結実したものであり、それ以前の横溝 の探偵小N、カ︼呈響を受けていない。それについては、再び、﹁片隅の楽園﹂で、彼は次のよう無っている。 いったい、戦前の日本における力1は、まことに気の毒な作家であった。翻、際二冊刊行されていたがお世辞にもよい 翻訳とはいぇなかった。璽同年﹄に掲載された井上君公居西注・井上苦)の翻訳にしても、原作の半分以下に省略し 9二 てあるのだから、これまたお義理にも面白かったとはいいにくかった。 横溝は戦前に力1というミステリ︼作家の存在は知っており、その翻訳は読んでぃた。しかし、井上蓼一と知り合っまで、 その作品を原書で読むことはなく、まミ肌むことにょって﹁たちまち力1の魅力のとりこ﹂になったとしても、それか太平洋 戦争下のこともあって、即座に、自己の作品に取り込むという形をとることはできなかったのである。では、それまでの彼の 作品は、誰からどのような斯晋を受けていたと老yえられるのか。私は以前、 L ・ J ・ビーストンと岡本箪呈それに宇野浩二 の彰響を指摘したが、ここでは、アメリカのミステリー作{永であるエラリー・クィーンの町弊を、その一つとして取り上げた 0 カーとクィーンとい、つと、前者はアメリカ生まれながら、酋寸らイギリスで活躍した作家であり、後者は一一貝してアメリカで 活躍し、作風も全く違う。前者が、いかにも金田一耕助の登場する伝説や因習に彩られた地における事件に合うとすれば、後 者は、特に前期作品群の﹁国名シリーズ﹂などでは、純粋な論理にょって、日常の中での犯罪の解決を描き、横溝正史の作風 とはどぅにも△口わないよ、つに感じられる。 しかし、横溝はクィーンを初めて日本に紹介するのに大きな役割を果たし、その後﹁力1の魅力のとりこに﹂なるまで、こ の作家の方法を自らに取り入れて、西洋的な本格探偵小説を書くべく試行舗ぞ繰り返していたのである。本稿で取り上げる ﹁鬼火﹂令新青年﹄昭W ・ 2、 3)もその過程のひとつとして捉えることができる。だか、筆を急ぐ前に、まずは焦点をこの﹁鬼 し、

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火﹂に当てることにしたい。 神戸から上京して博文館に勤めていた横満正史が、昭和七年に、そ倫文館を辞めたのは、漸く筆一本での生活を始める決 心がつぃたからだが、それまでの無理な生活が巣って峪血し、最終的には、昭和九年七月に信州の上諏訪に転地し、療養生活 に入ることになる。その療養生活の中で最初に書いた小説がこの﹁鬼火﹂であったのだが、その事情について横溝自身は、﹁秋 風が立ちはじめると同時に、じぶんでじぶんを訓練しはじめた。/(<居西注・改行。以下同じ)一日に半時問ときめて机にむ かい筆をとる。その半時間のあいだに書くことは、あらかじめ文章の隅から隅まできめておく。むつかし淡字なども机にむ かうまえに字引きで引いておく。こういう方法で一日に四百字詰め原稿紙で二枚くらいず尋きためていった。﹂(﹁続・途切 れ途切れの記﹂の﹁2 上諏訪時代のこと/付・乾君の世にも部な手紙のこと﹂、鰈献社版﹁定本人形佐七捕物帳全集月報﹂ ・ 2。。引用は、雅古溝if史^物旦偵小説西1十年﹄,にー々!!る、一"と回想している。 以上のような苦労の上に﹁鬼火一 1き上げられたのだが、それではこの作品の内容はどのようなものであろうか。実はこ の作品は、﹃新青年﹄昭和十年二月号が発売された時一で検閲当局の忌諒に触れて、部分削除の禍を被り、その後の単行本収 録の際には、削除部分を書き直したものが一希していた。改稿以前の原稿は作者の手から失われていたのだが、偶然、中井英 夫姦削除の初出誌を入手し、今では、﹃新版横溝正史全集2 白繋久化﹄(昭弱・ 6 ・論談社刊)に収録された版で、発 表当初の作品の完全版を読むことができる。流布版と初出版との間には、ストーリーの上で大きな洪はないのであるが、本 稿では、この﹃新版横溝正史全集2 白蝋変化﹄擬の本文に拠りたいと思う。 この六鬼火﹂という作品の主題を端的に言い表せば、それは、従兄弟どうしの画家の、子供時代に遡る﹁謬一綿々たる憎念 1

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と、嫉妬と、好策の物語﹂(﹁鬼火﹂の﹁一ご章)である。この同年生まれの二人は、子供の頃から、お互いを出し抜き、罵に 俄め、自らが相手の優位に立つことならば、敢えて卑劣な行為も辞さない。作品本文の先ほどの引用の少し後には、﹁二人は まるで、互いに仇敵となり、憎み合い、岨いあい、陥れ合うためにのみ、この世に生れて来たようでした。﹂(﹁二﹂章)と、 語り手にょって説明されている。この二人が長じて画家となった後、お銀というモデル女を争ったことで、最終的な破局が訪 れることになる。 (5)フーダ一一ソト 通常では﹁本格ものL一としての誰が犯人かの観点からは、この作品を捉えることは出来ない。確かに、末尾での人物の入れ 替えの場面は、探偵小説ではおなじみの﹁顔のない死体﹂のトリックに基づくものではあるが、その過程は、この作品の語り 乎にょって時系列的に、物語外経者に知らされていくのである。唯一、作中の﹁十﹂章から登場する﹁地述が作中でその トリツクを見抜く役割を与えられているのであるが、それはこの作品に、翻叩としての吐架をつけるべく配置された役割だと 考えることもできる。つまり作者の横溝は、この作品では﹁本格もの﹂の要素も部分的に取り入れながら、この件儿弟どうし の確執を描こうとしたのだと言えるのである。その意味では、戦剪探偵小説界では﹁変格もの﹂の書き手として知られてい たこの作者の作品世界の延長上にある作品として、﹁鬼火﹂を捉えることができよう。 それとともに、この作品を読んで田込仔かべることができるのは、まずハ高潤一郎の作品の膨響であろう。このことについ ては、既に江戸川乱歩が﹁日本の探偵小説/(﹁Π本探偵小説傑作集﹂序文)﹂(﹃日木探偵小説傑作集﹄昭W ・ 9 ・器春秋社刊、 所収。引用は、﹃江戸川乱歩全集第部巻鬼の一呈﹄平W ・ 2 ・幼光文社︹光文社文庫︺刊、に拠る)で、﹁彼谷西注・横 、' J 溝正史)は谷崎潤一郎の作品を愛することが深く、音識してか佃盆織にかその着想を借り来ることが屡々であるが、例えば﹁鬼 ママ 火﹂と﹁金と銀﹂(略)には、一部ではあるがその明かな類似を見るのである。﹂と語っており、この乱歩の説に対して、後年 幾人か倫者が賛同の意やマイナー・チエンジ的異論を呈している。 マイナー・チエンジ的翌<論としては、たとえば、中島河太郎は﹁乱歩も若き日に谷崎文学を耽読したことがあるから、これ

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らの作品を思い起したのであろうが、そういう古い作品に今更刺激されるまでもなく、関西移住後の谷崎の新境地開拓を眺め たほうがてっとり早いご(中島河太郎﹃日本推理小説史﹄第三巻平8 即東京創元社刊、の﹁第二十七章横溝正史の 1 転身﹂)として、﹁鬼火﹂の構成・手法について、禄的に谷崎の﹁奪今抄﹂令中央公論﹄昭8 ・ 6)呈響を指摘している。 一方、横溝自身が、﹁鬼火﹂に、誰のどのような影梁あるのかについて書いた文章は未見であるが、しかし彼が谷崎潤一 郎のW翫を年少の時分から受けていたことは、小林信彦との昭和五十年八打二十五日の対談﹁横溝正史の秘密第一部﹁新 青年﹂編集長時代から峪血まで﹂(﹃野性時代﹄昭5 引用は、小林信彦・編﹃翻正史読本﹄平幼・ 9 ・部角川書店︹角 10 1 川文庫︺改版初版に拠る)で、はっきりと認めている。 大正文学から呈響についての小林の質問について、横江、﹁谷崎さん呈袿、ぼくは子供のときから受けてましたね。﹂ と答え、兄が泌簸入していた﹃中央八需﹄を読んでおり、そこに掲載され馨崎の、血みど之巻の如き時代劇鼠曲﹁恐 怖時代﹂(﹃中央倫﹄大5・ 3)を﹁小学祭中寝時代﹂に読み、その後﹁金と銀﹂(原題﹁二人の拡璽お琶﹃黒潮﹄大 フ. 5、﹃中央需﹄定期増刊﹁秘密と開放﹂号、大7 ・フ。引用は、﹃ハ高潤一郎全集﹄第五巻、昭騎・ 9 ・部中央需社刊、 に拠る)、﹁友田と松永の話﹂(﹃主,友﹄大15 ・ 1S5)、﹁1﹂(﹃改造﹄大9 ・ 1)、 7日昼鬼語﹂(﹃大阪毎日新聞﹂﹃東京 日日新聞﹄大7 ・ 5S7)などを愛読したことを語っているのである。この雪同を考えると、少なくとも作品の始発点として の登場人物の配置については、仮に横溝肉身は無土織であったとしても、乱歩の指摘するように﹁金と銀﹂の影騨の下にある ことは、疑いを得ないと思われる。覗辻点としては、﹁金と銀﹂の青野と大川が、同じ美術学校を同期で卒業した画家どうし であって、表面的には﹁親友﹂としてつきあっていたこと今まり、二人は従兄弟どうしでないばかりか、同郷の者どうしで もないこと)、大川が裕福で温厚な性格の人物として拙かれているのに対し、青野が八姦上の不義理などが理由となって先輩 や同輩などの間で﹁人格のゼロである事﹂が知れ渡っていて、才能はあるのにその作品は黙殺されてしまい、画家としての正 当な評価を与えられていないことなどが光手げられる。そしてこの二人の関係について、次のように説明されていく。

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青野と同じロマンティツクの世界に憧れ、同じ境地に美の幻影を求めて居るらしい大川が、人一倍青野の天分を嫉視し たり、その逆境に痛快を感じたりするのは、極めて自然な事であつた。彼に対して、表面は誰よりも親切を装ひ、寛大に 振る涯つて居る大川の胸中に、蔽ふべからざる嫉妬倫徐え狂って居ることは、他人は知らず、青野にはハツキリと看 取することが出来た。大川が自分を過度に庇一設してくれるのは、自分に対して温情のある結果ではなく、その嫉妬を自ら 欺かんが為であるとさへ、邪推し得る場合もあつた。我が儷な性質の一面に、恐ろしく袖経過敏な道徳を持つて居る彼は、 なまじひに嫉妬に悩まされて居る為めに、猶更相手の貧窮を救はずには居られなくなつて居るらしかつた。卑怯であると L やう は気が付いて居ながら、青野は仕様ことなしに其の弱点に斬り込んで、かけられるだけの迷惑をかけた。(﹁金と銀﹂第一 章、なお旧漢字は新漢字に変更した) 最終的に青野を白痴に追いやる大川の殺意の源についても、自己の藝術が青野と同じ傾向を持ちながらも、青野が天才であ るにも関わらず、自己にはそのような才能はない、つまり天才としての﹁金﹂に対して自己は、青野の存在する限り﹁銀﹂と しかなりえないという強烈な嫉妬心にある、とされるのである。 以上のように、作品の内実から言えば、この﹁金と銀﹂と﹁鬼火﹂との間には、大きな相違点があると言わなけれぱならな いが、画家どうしの間での確執と、それに拍車をかける役割を演じる(すなわち、両者の絵のモデルとなる)モデル女(﹁金 と銀﹂では栄子、﹁鬼火﹂ではお銀)という人物配置は、ほほ同じであると老えられる。しかし繰り返しになるが、それは作 品の始発点としての彫響関係であって、その意味では、先述の中島河太郎の﹁春琴抄﹂の影郷音という指摘も看過することはで きない。中島は先に引用した文章で、﹁諏訪で病を養った作家が、散歩の途次、岬の突端にあるアトリエに踏みこんで、奇怪 な画題のカンヴァスに惹かれる。それからその画にまつわる話を、俳諧の宗匠に開かせて貰うという構成は、いかにも見聞談 らしい現{驫を具えているが、ハ品の﹁春琴抄﹂の手法を想起させる。﹂と竺ており、たしかに、物語世界における第一次 の語り手である﹁私﹂が、物再に入れ子構造化された(物語内の)物語である世界(﹁春琴抄﹂であるならば、春琴と佐助 あ二が

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の物語の世界、﹁鬼火﹂であるならぱ、万造と代助の物語の世界)を語りだす、あるいは開き手となるにあたって、その物語 内物語(第一次の語り手のいる世界より、時問的に以前に実在したとされる世界)に所縁の地を訪れ(﹁春琴抄﹂では春琴の も司'や L0んき人 墓所、﹁鬼火﹂では万造のアトリエ)、かつ、物再物曹ついては他者の言に基づくものとする(﹁春琴抄﹂では﹁賜屋春琴伝﹂、 (6) ちく一つ ﹁鬼火﹂では﹁俳需の竹雨宗匠﹂)点は類似した存在だと言える。 横溝は単に子供雰から谷崎の作品を勢でいただけではなく、後年の随竺谷崎先生と日本俗金﹂(﹁谷崎潤一郎系﹂ 附露、﹃谷崎潤一郎全集﹄第十巻、昭誕・ 5 ・ W中央倫社刊。引用は、黛正史﹃探偵小説五十年﹄に拠る)で、﹁現在探 偵作家と呼ぱれているひとびとのうち、戦前派に属する作・家たちの大部分が、いろいろな北傑でハ4先生の文学の縣音を、ひ じょうに大きくうけていることは否定できないようだが、とりわけわたしはそれがひどいようである。﹂として、︽口崎の作品 の魅力として﹁およそ非現実的なケースを、巧妙に現実化して揣出される、その儒師ともいうべき手腕と玉至を挙げ、そ の具体例として﹁本巻に収められている九篇のほとんど(略)﹂、それにプラスして﹁金と銀﹂と﹁秘密﹂を取り上げ、﹁じつ さい﹁金と銀﹂﹁途上﹂﹁秘密﹂﹁白昼鬼語﹂などが日本の橋小説誓あたえた影郷は大きい。﹂と語る。そのような横残、﹁関 西移住後の谷崎の新籍開拓を眺めたほうがてっとり早い。﹂と論じる中島河太郎のように、展刈﹂(﹃改造﹄昭7 1、 1 1 ﹁春琴抄﹂などの作品を、同時代の文学作品として読んでいたと考えることはおかしくない。 ただ話を﹁鬼火﹂に戻すと、たしかにこの作品には、人物配置の面では﹁金と墾作品としての構成・手法の面では﹁春

琴抄﹂呈郷契横満自身登誓どうであれ、存在していたのだとしても、探偵小Nおける内実、すなわち滂設定と

し う面ではどうなのか。私は、そこにアメリカのミステリー作家であるエラリー・クィーンの彰郷を指摘したいと思うのである。 、、_゛.J

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霜は拙稿﹁横溝正史・エラリー・クィーンの作品との出会い﹂令日本語日本文需叢﹄第五号、平訟・ 3)を姦いただ クィーン きたいが、浜田知明﹁エラリー・クィーン誤史女王を映してきた鏡﹂(飯城勇Ξ﹃エラリー・クィーンバーフエクト ガイド﹄(平Ⅱ 2。ぶんか社文庫刊、所収)にょると、日本に初めてクィーンの作品を持ち込んだのは御訳家の伴大矩で、 1 彼は博文館の"ル﹃探偵小説﹄倫集長であった横満に、クィーンの三作目の長編小説﹁オランダ靴の秘密﹂(一九三一年) の原書を渡して、その訳載を取り付けたとのことである。伴大矩が横溝に﹁オランダ靴の秘密﹂の原沓を渡したのは、ちょう ど、横溝が﹃探偵小説﹄の編集長に転じた頃であったと思われる 0 横溝は﹁片隅の楽園﹂で、次のように述ベている。 だが、そうはいうものの、公居西注 ﹃探偵小説﹄の編集長を)引き熊だ以上、わたしはその讐元を少しでもよ t ,1才、^ けいに売れるようにしたかったし、また海外のよい作家のよい探偵小説を紹介したかった。そういうやさきにわたしのと ころヘ持ち込まれてきたのが、エラリー・クィーンの﹁オランダ靴の秘密﹂であった。 (略) 伴大矩氏昇ち込んできたものはもちろん原沓であった。その目次をひらいてみて、各章の見出し鼠文字のつづりが ([﹂) ザ・ダッチ・シユーズ・ミステリーとなっていたり、また作者がエラリー・クィーンで、しかも、三人称で書かれている (8︺ 主人ハムが同名だったり、さらにまた、読者にたいするチャレンジがあったり、どうやら大凝りに凝っているらしいところ (司) が、趣向好きのわたしの好みに大いに合致したのである。 これらの回讐ル(﹁エラリー・クィーン氏、雛岫﹁探偵小説Y廃刊を三力打おくらせること﹂(﹃エラリー・クィーン作品集﹄ 、月報5号、昭32 ・ 12東京創元社刊、一所収、も含む)を読む限り横満は、クィーンという、後に﹁アメリカの探偵小説その 2

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もの﹂と評されることになるミステリー作家の素質を、﹁オランダ靴の秘密﹂一作だけを読み、かつ第一作の﹁口ーマ帽子の 秘密﹂(一九二九年)第二作の﹁フランス白粉の秘密﹂(一九三0年)の本国での世評のみで男たように受け取れるが、欝 はそれほど単純なことではなく、この﹁和蘭陀靴の秘{當﹂の連載と同時期の随筆﹁クロスワ︼ド式探偵小説﹂(﹃探偵クラブ﹄ 第三号、昭7 ・ 6。引用は、﹃横溝正史探偵小喪1 ︹論創ミステリ叢嘉︺﹄平部・ 8 ・釦論創社刊、に拠る)で彼は、﹁ク ロスワードパズル式﹂の探偵小説、つまり、﹁探偵小説は絶対的に知識の遊戯でなけれぱならぬ。﹂という老えのもとに、延々 と容疑者ヘの訊問森き、﹁読者はその問を、実に退屈な訊問と、思わせぶりな探偵の、のろのろとした捜索倫まされなけ れぱならない﹂ように描かれ、﹁情緒﹂﹁亦窒芒﹁冒険﹂の要素が否定されるタイプの探偵小説を取り挙げ、﹁だが、だが、これ でいいのか。ーと私は思、つのだ。﹂と述ベる。 回想記﹁片隅の楽園﹂で彼は、ヴァン・ダインの第一作から第三作までについて、﹁しかし、わたしの持っている探偵作家 だましいからいぇぱ、以上の三作はあまり面白いとはいぇなかった。もっとも好評をはくしたという﹁グリーン{永殺人事件﹂ は、連続殺人の興味でまだしも読ませるとしても、﹁ベンスン殺人事件﹂と﹁カナリャ殺人事件﹂にいたっては、探偵小説の 興味としてではなく、作者のペダントリーに幻惑された契刀のほうが夕夕いのではないかと、当時のわたしは邪推したくらいで 介) あった。﹂と否定的に語っており、たしかに﹁クロスワード式探偵小説﹂における直接の批判の対象はヴァン・ダインの作品 (1) とヴァン・ダインの﹁探偵小説作法二0則﹂であろうが、しかしクィーンの作品についても﹁なるほど、ブン・ダインの一二 ママ の作口叩、そして彼を一層厳格にしたエレリー・クィーンの小説の一つくらいまでは辛抱することが出来る。しかし、それ以上 になると、ああ、またかと思わせられる。﹂と批判の対象としているのである。 この文章の﹁解題﹂(引用は、﹃横溝正史探偵小説選1 ︹論創ミステリ誰晶︺﹄に拠る)として業凹彬の横井司氏は﹁ヴァ ン・ダインの登場にょって、英米にその追随作が多く現われた事情を伝えるエッセイ。エラリー・クィーン(略)は当時まだ 新進作家であった時代である。﹂と述ベているが、おそらく横満は、俳ル﹃探偵小説﹄倫集長としては、クィーンの作品は (。)

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当たるだろうとは思いつつも、探偵小説作家としての彼は、この時点では後年回想記に書くほどには、クィーンを評価してい たのではなかろう。そのために、彼は、﹁和蘭陀靴の秘密﹂の連載に先だって原書を、甲智<Ξ郎、江戸川乱歩、太田黒元雄、 海野十三の各氏倫ませて、﹁和蘭陀靴の秘密﹂の連載第一回の﹃探偵小説﹄昭和七年四月号に、その推薦の,論を﹁和蘭陀 靴の秘密を読んで﹂とい、需題の下に掲載して、この作品に対す飢者の興味を高めようとしている。 ママ その推一鳫文の中で、当時﹁本格派﹂として知られていた探偵作家の甲賀三郎は、﹁エレリー・クィーンの﹃和蘭陀靴の秘{密﹄﹂ (引用は、﹃甲賀三郎探偵小説選︹論創ミステリ叢書3︺﹄平巧 ー。払劉社刊、に拠る)と題して、この作品について﹁開 1 巻第一に気に入ったことは、表題の下に﹁推理織題﹂という割牙入っていたことであった。探偵小説が推理の文学であり、 読者ヘ緑塑あることは、私が久しい以前から昇四あるが喪題の下に、こ、墨々二凹かれていたのは実に愉侠だった。﹂ としたうえで、﹁いや、ありふれたところが、従来にない先端的推論小説で、フエアプレーである点は、硫かにヴァン・ダイ ン以上である。シャーロック・ホームズや、ファイロ・ヴァンスは、ときどき独り△口点をやるが、エラリー・クィーンは決し て独り△口点をしない。害き遅れたが、エラリー・クィーンは、茗名でもあり、同時に、作中の探偵である。,ノ,ことに敬服する あ のは、病院内で起こった事件だけに関係者が非ータタい。その二十名からの関係者を、一人々々四て、倦きもせず、ま左肌 者を倦かしめもしない手腕である。﹂と称<している。 甲賀のこの一文には、先に要約した横泌﹁クロスワード式探偵小説﹂を全く裏返し空畢がならぶ。特に﹁その二十名か あ らの関係者を、一人々々調ベて、倦きもせず、また読者を倦かしめもしない手腕であるごの部分がそうである。つまり、﹁オ ランダ靴の秘密﹂の原書を読んだ横満は、甲賀四言う﹁二十名からの関係者を一人々々調ベ﹂るような部分について、﹁この マ マ 五人を交る交る訊問してゅくのである。ただ、それだけー、そうだ、実にただそれだけなのである。そこには何等の飛躍も、 何等の場面的変化も許されないのだ。﹂(﹁クロスワード式探偵小説﹂)と批判しているのである。もちろん横溝は、﹁オランダ 靴の秘密﹂という書名を明らかにしているわけでもなく、この文章も前後の文脈からはヴァン・ダイン批判と読みとられる部

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分に在るのではあるが、しかし当然のことながら、この甲賀の推薦文ナ憙識してのものだったと思われる。自ら編集長として、 それまでにない連曾形で訳載している﹁和蘭陀靴の秘密﹂尋名を出して批判することは、出来ないことであったのは問違 いない。また、それとともに、甲賀のような﹁本格派﹂に対して﹁変格派﹂と、周りからも自己自身でも釖織している以上、﹁ク ロスワード式探偵小説﹂では、ヴァン・ダイン批判という煙幕の下で、クィーンなどの純粋に論理で謎を解明する作品を、探 偵小説作家として全面的に認めることに跡跨があったとも考えられる。 ではそのような横溝が、いつ頃からそのような﹁クロスワード式探偵小説﹂についての一織を変えることとなったのか。横 溝自身は、﹁片隅の楽園﹂で、﹁それはさておき、そういういきさつのエラリー・クィーンだから、当衡たしにとってはひい き作{永であった。博文館を退いてからまもなく、わたしは大峪血をやらかして、マイシンなどという結構な薬のない時代のこ ととて、数年間療養生活をつづけなけれぱならなかったが、その問もエラリー・クィーンの新作が出ると、たいてい露肌して いたものである。﹂と語っている。 ここで問題となるのは、ひとつには、横業、どのような形で﹁霞肌﹂していたのか(原書でなのか、禦でなのか)、と いうことと、ふたつには、﹁クロスワード式探偵小説﹂でかなり極端に書かれている、一見﹁本格﹂嫌いの言と、この回想記 とがどのよ、つに吸糸がるのか、とい、つことである。 まずひとつめであるが、横満の回想記﹁私の推理小説鷲ど(﹃現代推理小説大系4 横溝正史﹄昭仰・ 6 ・驫談社刊、所 収。引用は、﹃探偵小説五十年﹄に拠る)で、彼は、﹁その時分私は胸に病をえて、信州上器で療養中であったが、いまやろ くすっぼ読めもしない原書を、{子引きと首っ引きで読む必要はなくなった。いまやいながらにして平易な翻訳で、クリスティー やクロフッ、ヴァン・ダインやエラリー・クィーンなどの名作を、つぎからつぎへと手当たりしだいは大加次裟としても、読む ことができるようになったのである。(略),、、,いずれにしても私はそのころ、英米探偵文躋一ではいまや、百花捺乱として謎と 論理の本格探偵小説が咲き匂っていることを知り、大いに刺戟されざるをえなかった。﹂と語っている。

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ここで、再び、浜田知明﹁エラリー・クィーン邦訳史女王を映してきた鏡﹂を参照するならぱ、横溝が上諏訪ヘ転地療養 (膨 する昭和九年七月頃までに誤されたクィーンの長編作品は、﹁和蘭陀靴の秘密﹂を皮切りとして、﹁ロオマ劇場殺人事件﹂(川 井誤、﹁口ーマ帽子の秘密﹂一九二九年、﹃スタア﹄昭8 ・ 9上旬号S昭9 ・ 5下旬号)、﹁ギリシャ棺の秘密﹂(伴大肌、﹁ギ 4サイレン社刊)、﹁エヂプト リシャ棺の秘密﹂一九三二年、﹃ぷろふいる﹄昭9 ・ 4S8 (中絶)←﹃希臘枢の秘密﹄ 刀口ー 十字架の秘、密﹂(伴大矩訳、﹁エジプト十字架の秘密﹂一九三二年、昭9 ・ 7日本公論社刊)であり、この誤の勢いは転地療 養後にも続く。﹁暹暹兄弟の秘痔﹂(延原票、﹁シャム双生児の秘密﹂一九三三年、璽円年﹄昭9 ・ 4S1。)、﹁支那オレンジ の秘密﹂(大門一男訳、﹁チャイナ・オレンジの秘密﹂一九三四年、﹃スタア﹄昭9 ・ 7上句号SW下旬号)、﹁西班牙岬の秘密﹂ (大門一男訳、﹁スペイン岬の秘密﹂一九Ξ五年、昭W ・松黒白書房刊)、﹁飾窓の秘密﹂粂田場重次訳、﹁フランス白粉の秘密﹂ 一九三0年、﹃ぷろふいる﹄昭U ・ 1S6)、﹁変装の家﹂(井上英戻、又諦の家﹂一九三六年、

8日枩論井)﹁ハ

J1 ー トの4﹂(新館籟訳、﹁ハートの4﹂一九三八年、﹃スタア﹄ 刀口3 Ⅱ増刊号)までが、戦前に側訳されたクィーン名義の長 (Ⅱ) 編作品であり、短編作品は、第一短編集の﹃エラリー・クィーンの冒険﹄(一九三四年)の全十一編と第二短編集の﹃エラリー クィーンの新冒険﹄(一九四0年)の内の四編が戦前に剤訳されているとのことである。 これらの作品のうち、彼が原書で(も\ノ読んだのがたしかだと思われるのは、﹁オランダ靴の秘密﹂は当然として、﹁和蘭陀 靴の秘密﹂の第Ξ回が掲載されている﹃播小説﹄昭和七年六剣号の﹁器後記﹂で、その入手について言及し﹁彼(倉西注 エラリー・クィーン)の第一作﹁口ーマン・ハツト・ミステリー﹂は第Ξ作公眉西注・﹁オランダ靴の秘密﹂)より確かに傑作 である。﹂と語っている﹁口ーマ帽子の秘邑それから、闇接的な証拠であって、どこまで信用がおけるのかは分からないが、 可能性があるということで挙げることが出来るのは、﹃逝同年﹄昭和九年四何号の﹁編輯だより﹂に、 J ・ M 公居西注・水谷 ママ 準であると思われる)の署名で﹁もう一つはE ・クヰーンの﹁器兄弟の秘密。﹂﹁僕はこんな面白い作品を最近読んだ事がな い。﹂とは病床にある横溝正史裂の礼券"。﹂とある﹁シャム双生児の秘密﹂。及び、﹁私の推理金雛どや小林信彦との クィーン

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対談﹁謡正史の秘密第一部璽呈﹂編集長時代から熔血まで﹂で、﹁真珠郎﹂(﹃新青年﹄昭Ⅱ・ 10S昭松・ 3 の﹁ヒ ント﹂(﹁私の釜小説雑竺あるいは﹁トリック﹂(﹁横溝正史の秘密第一部﹁新青年而集長時代から峪血まで﹂)とし て挙げている﹁エジプト十字架の秘密﹂。この作品は昭和九年七月に伴大矩醒刊行されているが、この人物の翻訳については、 横溝自身、﹁片隅の楽園﹂で﹁これ(<居西注・﹁オランダ靴の秘密﹂)を持ち込んできた伴大矩氏というひとこそ探偵小説の誹 はあまり高く買っていなかった。/ノノ、略)、ほんとをいうともっと招1偵小ijtのセ主質に通暁した御氏司{家に1衣束 したかったのだが、それでは伴大矩氏に礼を失すると思ったので、不満足な研訳でがまんしなければならなかった。^と語っ ており、﹃新青年﹄に力を入れて連載した﹁真珠郎﹂の椴にあたって、伴大矩の野けで済まさずに原書を参照したことは 十分に考えられる。 クィーンの長編作品で、横溝が祭号統んだのが硫実な作品と可能性のある作品は以上である。他の作品については、おそ らく票で勢だのだろうと考えられる。というのは、﹁いまやいながらにして平易な誤で﹂(﹁私の推理小説雑感﹂)という 回祭だけでなく、﹁アメリカ銃の秘密﹂(一九三三年)の問祭、ここに関わるからである。 本稿の﹁はじめに﹂で、﹁片隅の楽園﹂を基に、横溝高訳家の井上英三と知り合って力1の作品の原書を借りて読み、そ の﹁魅力のとりこになった﹂と述ベていることを紹介したが、横溝が井上から借りた原書の内の一冊は、﹁御存じ力1好み﹂、﹁片 隅の楽園﹂、﹁百貫並田一耕助﹂の﹁ディクソン・カーⅡ﹂では、クィーンの﹁アメリカ誘秘密﹂であったことを語っている {玲) クィーン のである。ここで、先ほどの浜田知明﹁エラリー・クィーン邦訳史女王を映してきた鏡﹂を再び参照していただきたいのだ が、戦前に、抄訳とはいぇ翻訳されたクィーン名義の長編作品は、第一作の﹁口ーマ帽子の秘密﹂から第十三作の﹁ハートの 4﹂までの作品であるが、そのうち未邦野ったのは、第六作の﹁アメリカ銃の秘密﹂、第十一作﹁間の扉﹂(邦訳のタイトル では﹁日本庭園の秘密﹂など)(一九三七年)、第十二作﹁器の報酬﹂(一九Ξ八年)、の三作である。第十一作と第十二作と については、昭和十二年七月七日の日中戦争の勃発と八月二十四日の国民精神総曾美施要綱の決定など、日本国内が急速に

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国策化に突き進んで行く時期であるので、翻訳が成されなかったのも当然と言えようが(そう考えると、第十三作の﹁ハート の4﹂が翻訳されたのは奇跡的とも言える)、第六作である﹁アメリカ銃の秘密﹂が翻訳されなかったのは不田寒野ったと言 える。そしてその作品を、横溝は井上から借りて来磊んでいるのである。いずれにせよ、横溝は﹁片隅の楽園﹂で﹁数年問 療養生活をつづけなければならなかったが、その問もエラリー・クィーンの新作が出ると、たいてい讐肌していたものであ る。﹂と語っているが、その間に原書磊んだのが確実な長編作品は一作もなく、可能性のある作品が第七作の﹁シャム双生 児の秘密﹂と第五作の﹁エジプト十字架の秘・密﹂の二作のみであり、他の長編作品は、すべて翻雫読んだのだと老えられる のである。 ふたつめの﹁クロスワード式探偵小説﹂でかなり極端釜臼かれている、一見﹁本格﹂嫌い四言と、この回科ルとがどのよう ママ に繋がるのか、であるが、横溝は後年、﹁私の推理小説鷲どでも、袖戸時代に勢だミルン﹁赤い家の秘密﹂公唱西注・ A A ・ミルン︹赤い館の秘密﹂一九二二年、のこと)について、﹁そのいっぷう変わったスタイルに、いっぽうでは、一種異様 な魅力をかんじると同時に、いっぽうでは、大きな戸惑いをかんじずにはいられなかった。﹂と述ベており、その戸惑いの理 由として﹁すべてにおいてまだ幼かった私は、長篇探偵小説といぇば、山あり谷あり、恋あり冒険ありというていのものばか りだと思っていたものだから、これはまあ、なんという退屈な、それでいて、なんという異様な魅力にみちた探偵小説なのだ ろうと、一種奇異な思いにうたれずにはいられなかった。,、,その小説では一言半句も読みおとすことはできなかった。すべて の登場人物の挙動に、目を光らせていなければならなかった。ほんのちょつとした言動にも、ゴマ化されてはならなかった。 すべて鳶末絵解きにつながっていくのだから。﹂と説明して、もしそれ稲訳されたとしても、当時の璽門年﹄での連 9) 載力式や三百枚程度にダイジエストした一括掲載方式では上手くいかなかっただろうと思う、と述ベている。 ワーグニット つまり、後年の回想記や対談での雲口を信じるならば、誰が犯人か形式の探偵小説は、、﹁退屈﹂さを感じさせても﹁異様な 魅力にみちた﹂ものだったのであり、必ずしも忌避すべきものではなかったのである。であるから、小林信彦との対談(﹁横

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溝正史の秘密第一部璽月年﹂編集長時代から峪血まで﹂)で、難ル﹃探偵小説﹄の廃刊が決まり、それを三箇月先延ばし にさせてもらつた時に、﹁矢の家﹂﹁トレント最後の事件﹂﹁赤い館の秘密﹂を掲載し、かつ、江戸川乱歩は横溝との対談﹁﹁探 偵小説﹂対談会﹂(﹃宝石﹄昭鉾・ W。引用は、﹃横溝正史の世界﹄昭乳・ 3 ・ W徳間書店刊、に拠る)で、謡の最初期の作 品(禄的には﹁画室の犯罪﹂と︹丘の三冴小﹂を乱歩呈げている)を﹁ああした形の本格物﹂と位置づけることに対して、 ウーグニット 横溝は否定しないのである。ここで乱歩が竺ている﹁ああした形﹂登味は明瞭ではないが、染犯人かの作品でありな がら、必ずしも論理一辺倒で謎を解くわけではなく、しかしそこには、結末でのどんでん返しも含めて、読者を驚かしたり、 サスペンスを味あわせたりするような作品のことではないかと思われる。 横溝自身が﹃探偵小説﹄に訳載したA ・ A ・ミルン﹁赤い館の秘密﹂については、 ﹁横溝正史・翻訳﹁鍾乳洞殺人事件﹂、 ーー J 1 誤﹁赤尿の秘密﹂論﹂(﹃日本霄本文学塾坐第六号、平器・ 3)を姦していただきたいが、つまり俳の﹁クロスワー ド式探偵小説﹂では、論理のみに特化した﹁本格もの﹂を否定しているのであって、そこに、何らかの趣向が加われば腎る という姿勢のものであったのだと考えられる。その意味で、クィーンの作品でも、論理倫密度は﹂局いが、関係者に対する訊 問が中、心で、作品の謡台もオランダ記念病院内を航れることが小ノなく、ストーリーとしての起伏に乏しい﹁オランダ靴の秘{密﹂ ではなく、少々グロテスクな面があるものの、首無し死第十字架を模した形で次々と礫られていく連吐毅人事件を扱い、最 後には自動車、飛行機のような白取契X通機関にょるロング・アイランドからシカゴへの、アメリカ△口衆国を殆ど横断するよ、つ な追跡劇となる﹁エジプト十字架の秘{當﹂のダイナミックなストーリー性を買っていたのであろうし、また、注(Ⅱ)で引用 したように、殆ど評価をしていないヴァン・ダインの作品でも、﹁僧正殺人事件﹂(一九二九年)については、童製人という 趣向で評価していたのだと考えられる。

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先ほどから幾度も書いているように、横泌﹁真珠郎﹂にクィーンの﹁エジプト十字架の秘密﹂呈冴あることは、横溝 自身も認めていることである。 それでは、上諏訪時代の他の作品についてはどうなのか、ということであるが、横溝白身がそれについて書いている文章は 未見である。 たしかに、第1節で簡単な梗概とともにこの作品をまとめ、そこで﹁そ翌味では'前の探偵小説界では﹁変格もの﹂の 書き手として知られていたこの作者の作品世界の延長上にある作品として、﹁鬼火﹂を捉えることができるのである。﹂と論じ た一一呈を変更する必要は感じないが、この作品の語りの形一き、エラリー・クィーンを下敷きとした面があると考えられるの である。具体的に言うと、物栗入れ子構造となっていて、入れ子の外側である﹁私﹂系一次の語り千)の世界と、入れ子 の内側である﹁私﹂(第二次倫り手である竹雨{一匠の世界が、はっきりと分かれていることである(宗匠の知らない代助 の内面については、﹁十二﹂章で、代助の日記が後に発見され、それを宗匠が今でも持っているという話が披露される。また、 例えぱ﹁八﹂章の冒頭部で宗匠は物勇聞き手である﹁私﹂に対して﹁あなたは﹂と暫かけたり、﹁九﹂章の冒頭部で作品 の終一詠分と呼応させるように、第一次の語り手﹁私﹂の世界倫が戻って、宗匠宅から見える湖水R子と打ち上げられた 花火の様子とが語られたりもする)。そして、第一次物語世界では登場人物の一人であり、第二次物語世界の語り手である竹 雨宗匠が、第二次物語但界で代助の行方を追って最後に万造のアトリエを劼れる敬蔀その人であったこと、それは、エラリー クィーンの作品がエラリー・クィーンという作者名を︹尅して刊行されながら、その物盆叩世界ではエラリー・クィーンという土月 翁) 年が探偵役となることの斯ぞ堂けていると考えられるのではなかろうか。つまり、横溝はクィーンの国名シリーズ全九作に 吾貝して付されている﹁まえがき﹂(クィーンの友人のJ ・ J ・マックの署名のある)を第一次物語但界としてとらえ、第一 3

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次物語世界での語り手﹁私﹂(J ・ J ・マック)の"暴の中に登場するエラリー・クィーンが、探偵役として活躍する物語を 第二次物語世界としてとらえ直すことにょって、この﹁鬼火﹂という作品世界を創造したと言えるであろう。 以上のことは単なる想像だけではなく、﹁鬼火﹂という作品自体が示していることでもある。つまり、この作品を素直に読 む限り、第1節でも述ベたように、作中の﹁努ない死体﹂のトリックは確かに、作中の(第二次物語世界の中の)警部にし か向けられておらず、その袈は、第二次物語世界外器者には時系列的倫られていく(第二次の語り手の竹雨宗匠にょっ て)ものであって、その限りでは﹁本格もの﹂として鐙を成していない。しかし、次のように考えるならばどうなるか。つ まり、第三次の語り手である竹雨宗匠が、この万造と代助の事件の時には何者であったのか。﹁一こ章における第一次の語り 手の呈﹁帰って宿の者にその話公居西注・諏訪湖の岬の術にあるさびれたアトリエと、その中にあった﹁裸体の美女を画 いた﹂不気味な絵の話)をすると、それなら竹雨先生にお伺いするのが一番近道だ。先生ほど詳しくこの話を御存じの方はな かろうと、こういう話なので、﹂や宗匠自身の吾う﹁私ほど詳細にこの話を語り得る者は他に有り得ないのです。﹂から始まり、 宗匠の語る万造と代助との問の確救倫は、詳細をきわめる。どうしてこ倫り手倉匠はここまで牙ことが出来るのか と読者が疑問を抱くタイミングを狙ったように﹁十二、草で代助の日記の話が披露されると同時に、なぜ宗匠がそのような日 記を﹁今でも持って﹂いるのかが、新たな謎を生むと同時に、物湧伏竺なる。そして﹁十三﹂章の末尾近く({示匠の語る 物語の終結部分近く)で語り手は、それまでの﹁警部﹂とい、?客観的な呼称を捨てて、﹁私はーああ。既にお察しのことと 思いますが、そ尋部というのはかくいう私でありました﹂と自らの正体を明かすのである。 つまりこの作品は、普通に読めぱ、それまでの﹁変格派﹂馨き乎として知られていたこの作者の作品世界の延長上にある (2。) 作品となるが、以上のように見ていくならぱ、読者を対象にした﹁本格もの﹂であるということができるのである。そして{夫 際、以上のような、入れ子構造の世界を基に、作品の本筋ではないものの登場人物の正体絵りを効かせた作品として、戦後 は、本格探偵小説として﹁蝶々殺人事件﹂令ロック﹄昭21 ・ 5S昭22 ・ 4)が書かれることになるのである。

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本論考では、一見﹁本格もの﹂とは思えない(どころか、探偵小説とも思えないかもしれない)作品である﹁鬼火﹂におけ る、アメリカのミステリー作家エラリー・クィ]ンの影響を詳細に論じた。やや強引な問題設定に見えるかもしれないが、第 2節第3節ではかなり入<冬袈付けを取ったと、自分では考えている。枇溝自身は﹁私の推理小説雑咸どおよび小林信彦との 対壁横溝正史の秘密﹂の﹁第一部璽月年﹂編集長時代から峪血まで﹂で、クィーンの斯亭受けた作品としては﹁真珠郎﹂ しか米手げてはいないが、﹁真珠郎﹂に行き着く前に、エラリー・クィーンのミステリーの方法を、部分的にでも試していると 考えるのが当然だと思う。 それゆえ今後はまだしばらく、上諏訪で静養していた時期の横溝正史の探偵小Nおける、﹁本格もの﹂の痕跡について考 察していきたいと考えている。

おわりに

注 な回相心を一﹁御有:じ力1好二みL一ι气別]Ⅲ^玉オ[i皿一 4デ.コ、昭24 ・ 4、くブく内1立男,中島河 J太こ郎との男1談一﹁池夕卞イノーー家^加シリーズ 2 ティクスン・カーの魅力﹂(﹃ヒッチコック・マガジン﹄昭釘・ 6)、小林信彦との昭和五十年八月二十六日の註耿﹁横満正史の秘密 第二部自作を語る﹂(﹃松時代﹄昭印, W、小林偏彦・編﹃横満正史一栞﹄平即・ 9 ・部角W店︹角川文庫︺改版初版に拠る)、﹁十具 擧田一耕助﹂(﹃毎日新剛﹄(品版)昭乳・ 9 ・ 5S昭認・ 8 8、 5角川1ーー店︹角川文庫︺刊)などで語っているが、横 .^. 2 満が力1の作品を﹁借覧した﹂のが太平洋戦争下のことであったのは則辻いないとしても、それが具体的に何年のことであるのか、現時 点でははっきりしない。詳細は、耕﹁横洲正史の﹁本格探偵小説﹂(その二) 1J ・ D ・カーとF ・ W ・クロフツ鴛紳から1﹂(﹃日 (二0 三・ハ・三一) [1)J 54

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本語日本文業製﹄第三号、平2。・ 3)を参照していただきたい。 (2)この随筆の他にも、戦前の力1の翻訳について、注(1)にも取り上げた鼎談﹁海外作家,リーズ・ 2 ディクスン・カーの魅力﹂ で彼は、﹁私は﹁夜歩く﹂﹁儒﹂(倉西注・﹁二つの楠﹂のこと)、井上君の﹁絞首台の秘密﹂も陛だんですが、みんなくだらんのだナ。﹂ と語っている。長谷部史親﹃欧米推理小説棚訳史、一(平4 ・ 5 ・ W本の讐岫社刊)に拠ると、カーの作品の皷初の邦訳﹃夜歩く﹄は昭和 五年十河に内山賢治訳での天人社刊行で、﹁内山賢治はシートン動物記などの訳者として知られる英,薹者﹂ではあるが、﹁訳文も律義な がら不慣れなところも散見﹂され、刊行当時に注目されることはなく、次の﹃三つの棺﹄は﹃発棺殺人事件﹄と訳題され、昭和十一年四 月に伴大矩訳でH本、倫社刊行であるが、訳者の伴大矩は﹁拙速、一姦に追われて不慣れな嵳に下訳させたともいわれ、訳文の質に問題 か少なくなかった。﹂のであり、同じく昭和十一年の薪吉年﹄八月夏期増刊号に一挙掲載された井上蓼一訳の﹁絞首台の秘密﹂は﹁原 作の三分の一程度の抄訳﹂であり、﹁これでは原作の傑のどれほどが伝わるか、荏だ心もとない。これもまた不幸な一例ではあった。﹂ とい、つことになる。 (3) L . J .ビーストンと岡籍堂については拙稿﹁神戸在住時代の横聖史1L ・ J ・ビーストンと岡本讐呈祭ら1﹂(﹃武庫川国 文﹄第六十八号、第六十九号、平玲・ー。、平19 ・ 2)を、宇野浩二については拙稲爾河正史・処女作品集﹃広告人形一の戦略1宇野浩 二呈響から1﹂(一国文学研究﹄第百五十三・百五十四合併号、平肋・ 3)を参照された 0 1J (4)ほぽ同牙内容を、横溝は﹁淋しさの極みに立ちて1 ﹁かいやぐら物語﹂の思い出1﹂(一幻影城﹄昭即・ 2、﹁新版枇聖史全松 探偵小琴話﹄昭釦・フ・器談社刊、所収)でも沓き、俳の謬(横満孝美人・長男の横池ルこも﹁座雙谷謡正史の思い出 を語る(じ﹂(横溝正史﹃姿なき怪人﹄昭朋・ー。・部角W店︹角川文庫︺刊、所収)で、夫人単独でも、糧満孝子﹁﹁鬼火﹂のころ﹂(﹁日 本探偵小擧集付録8﹂一日本俗小擧染9 俳正史集﹄ 討束京創元社︹創元釜文庫︺刊、所収)で、また、欝孝子 ゛^闇 夫人/開き手認満竺横整史﹂(原竺鼎の轍帯史﹂﹃オール一広平4・ー、文藝甑編﹃想い出の作家たち一平器・ 5 1 文藝春秋(文春文庫︺刊、所収)では、この断のことを夫人の留から詳細倫っている。 H刀 61

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(5)太平洋撃前の俗小説における﹁本格﹂﹁変格﹂というジャンルの違い及ぴこれら倫の讐窃出については、拙稿﹁祁戸在蒔代 の横満正史(上) 1L ・ J ・ビーストンと岡本研聾の影郷から1﹂(﹃武庫川国文﹄第六十八号、平玲・ W)、拙稿﹁轍溝正史の﹁木係 偵小説﹂(そのご 1J ・ D ・カーとF ・ W ・クロフツの詣から1﹂(﹃武庫川国文﹄第七十号、平扮・ーー)、および州稀﹁横満正史 ﹁錘乳洞殺人亊件﹂、翻訳﹁赤屋敷殺人司〒件﹂論﹂(﹃日本語日本文議則半ど第六1。.く平23 ・ 3)を参照されたい 0 (6)ただし、﹁春琴抄﹂では、第一次の語り手の﹁私﹂が、爾屋春琴伝﹂に依拠しながらも、一貰して物瓢叩内禦側を語るのに刈し、﹁鬼火﹂ での,手は、﹁二﹂章の途中からU.き誘﹁1区,秀勢り近くまで(途中﹁九﹂章の冒翠、一第一次の語り千である﹁私﹂ の世界に戻りはするもの四この竹栗匠に人魯わる点が異なっている。山口直孝﹁探偵作家﹁私﹂から金田一耕助ヘの引き轡1枇 溝正史﹁岡山もの﹂の展開﹂(4惨博・山口直*・浜田知明編↑桜淋正史研究﹄ 3、平詑・ 9 ・ W戎光1版刊、所収)では、戦後す ぐの短編﹁杣楽太夫﹂(﹃週刊河北﹄第一八号、昭訟・ 2 ・器)と﹁蝋の肖﹂(﹃VAN﹄昭幻・ 8)について、、W品1場する第一次の 語り手を﹁犯罪那件に触れえない﹁私辻と定義し、この入れ子内の世界の外側の第一次の物語阻界に登場する探偵小匙永は迫接小佃に 関わることがなく、それは﹁本帥殺人小件﹂(﹃{玉石﹄昭21 ・ 4S12)にも受け継かれている、と論じているか、そのような作品価旭の源 江、この﹁鬼火﹂あたりにあるのではないだろうか。但し、﹁鬼火﹂においては、竹雨宗匠倫を聞く﹁私﹂を含め、第一次の物W 界には、小説家は登場しない。山日氏の璽我する﹁犯罪亊件に触れえない﹁私辻は、それを探伯竹家として構想した塒に、より明磁な 0 探偵小勢力法として枇満竪識に浮かんだと言えるのかもしれない (7)ここで横溝は二重の恩いちがいを語っている。﹁各章の見出しの頭文字のつづり﹂が作品名と同じであるのは、﹁オランダ靴の秘密﹂の 翌年に刊行された﹁ギリシャ棺の秘密﹂(一九三二年)であり、また、﹁オランダ靴の秘・衞﹂の正式な舌名は﹁↓一昂口昇旦︺斧吊 芽m昂q﹂であって、これをカタカナ表記にすれば﹁ザ・ダッチ・シユー・ミステリー﹂となるのが正しい。前名につぃては、﹁オラン ダ靴の秘密﹂の名茅すべて一雫あり、かつその末尾が﹁↓一OZ﹂で統一されていることとの混同と思われる。 (8)エラリー・クィーンの初期の作品である﹁国名シリーズ﹂全九作のうち﹁シャム双生児の秘密﹂(一九三三年)を除く八作と﹁語の宏小﹂

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(一九三六年)の合計九作に付された、作者か、鳥者ヘの挑戦状で﹁読者ヘの挑或﹂と訳されることが多い(あえて筈的な形をとった﹁最 後の一撃﹂一九五八年、はここでは省くことにする)。作品の伏型布石などが出揃った時点(解決の場而の前の時点)で乍品こ羊し央 まれるが、処女作﹁口ーマ帽子の秘密﹂(一九二九年)では、﹁まえがき﹂の筆署であり作中の探偵役エラリー・クィーンの友人であるJ マック(この人物は、クィーンが探偵役となるミステリーとしての作品世界には登場しない。他の乍品でも同じである)から、響ヘ、 J 二作目の﹁フランス白粉の秘密﹂(一九三0年)以降は、エラリー・クィーン内身から一響ヘ挑輯する杉をとっている0 (9)ほぼ同じ内容を、横穫﹁エラリー.クィーン氏、雑誌﹁俗小説﹂の廃刊を三力月おくらせること﹂(﹃エラリー・クィーン乍口墜

倉U-^不上干Ⅱ、 j,i佼。 J1ーーは、=﹃羽iⅡ反黄h勺:]ーリー互、央8 川木卜貝1、轟ι丑日 i立9﹄,召0 .フ. 0徒火伏士↓﹂、こ処る、ノで、 0

述ベているか、そちらでは、渠日を﹁一読して私はすっかり嶋こんでしまったのである。文ぢ気品や文学的な底のふかさは、とうて いヴフン.ダインに及ぱぬとしても、トリック構成では、はるかにこのほうがうわてではないかと思った。しかも、これが第三乍で、第 一作、第二作ともアメリカで好勇ったときいて、この作・家はもう闇述いはあるまいと極めをつけたのである。﹂として﹁片隅の楽園﹂ と同じく、クィーンの作品のトリックを称贇し、一探偵小説﹄ではそれまで迎載という形態をとっていなかったのだが、﹁出来うるだけ亮 全な形で切和介してみたい﹂と考えて、大幅な抄訳ではなく、初めて述載という形で﹁和蘭陀靴の秘搭﹂を掲載したことをΞ吾つている(伴 一のタイトルで、^晶巳偵d、診ι﹂一]召七・四S /・ー、.ノ、奴、,、刊占ヨ'フく暁きを^剰i青f毛一召七・,\夏期曽U占ヨ'フこ迎]地.{一C吐和^。 (W)亘四.て C昂曾.N 口9︼哥勺ぢ壁巴(一九五一年)におけるアメリカのミステリー作{系軟処永アントニー、バウチャーのクィーン評余林 編普^世界ミステリ作家亊典^本格派箭ヒぜ平1。・ー・ 2。国"盲刊行会刊、の^クィーン,エラリーオ、ロス,バーナビーiごの頁目に処 る)。 (Ⅱ)﹁片隅の楽園﹂では、ヴァン・ダインの四作目の長邑僧正殺人事件﹂については評価している。この評而こは、童謡殴人という趣向で、 枇曾身も﹁悪男手譜<﹂を昭和三十二年八打号からΞ十四年一月号まで一宝迎に連城したこと奪条にあると思われる0 (12)原題﹁↓乏曾q%三吊一又手三品U円円牙.m8二吊﹂(一九二八年)。ここでの訳題は、ハワード・ヘイクラフト編(仁賀克雄編.訳)﹃ミ

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ステリの美学﹄(平巧・ 3 ・ 5成1房刊、原著の刊行は一九四六年)所収の、最も新しい県と思われる松井百合子訳にょる。なお、 この通称﹁ヴァン・ダインの二0則﹂は、既に﹁俗作家心得二十ケ条﹂という訳學(小河原幸夫訳)、璽邑卯和五年六打号に剤 訳掲載されていた。 (B)当時'<なる祚家とされていたバーナビー・ロス名義の作品は省く。 (H)横残上諏訪から東京の吉祥寺の家に引き揚げたのは、昭和十四年の十二河である。 (15)この点について、横溝の記憶には夕夕小ノ暖昧な点もあるが、まず間違いなく力1の作品の景Uとともに、クィーンの﹁アメリカ銃の秘.密﹂ の原霄を借りて読んだことについては、拙稿﹁横満正史の﹁木格探偵小説﹂(その三) 1J ・ D ・カーとF ・ W ・クロフツ呈糾から1﹂ を会屈されたい。 (玲)璽H年﹄昭和十三年二月新春増刊号での﹁広川一勝調査﹂の﹁邦訳海外長篇探伯小器目録﹂でも、この﹁アメリカ針の秘密﹂の 0 (17)小朴信彦との顎吠﹁横溝正史の秘密第一部﹁新青年﹂細集長時代から峪血まで﹂でも、横澂は、璽専畔代﹂(<易西打.ブ阪烹1寸 門学校在学時代)に、この作品を毓んだことを語っている。 ﹁初戸在住時代の枇溝正史1L ・ J ・ビーストンと岡本綺堂呈糾から1﹂を参照されたい。 ΨH古阿 (玲)詳しくは、 19)第2節で引用したように、﹁片隅の*南﹂で横満は、伴大知が持ち込んだクィーンの﹁オランダ靴の秘密﹂の幣田が凶分の好みと、一致 した理由の一っとして、﹁また作名がエラリー・クィーンで、しかも、三人竺習かれている主人公が同名だったり、(略)どうやら大凝 りに凝っているらしいところが、趣向好きのわたしの好みに大いに△口致したのである。﹂と語っている。 (20)このタイプの作品を狭くとらえれば、現在もっとも有名なのはアガサ・クリスティー﹁アクロイド殺し﹂(一九二六年)となるか、だが、 長谷部史親﹃欧米推理小説翻沓﹄(平4 ・ 5 ・ W本の繋ル社刊)にょれば、その最も早い郡訳は昭和二年九月号から一 0月号にかけて﹃ク 自三十二月に.^j;Lネ上の^1辻界.招1偵弓、 i兇4辻集、一第十ノエ、^﹂に、キ公オ又市^子の司\で、より﹂ケ己司{にー!tい翻

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深刊行されていた。また、クリスティーに先行する形で、やはり同じタイプの作品の﹁スミルノ博士の日記﹂(一九一七年)がスウエ デンの作家S ・ A ・ドゥーセにょっ喜かれており、これは、小泗非不木爲井*求名義)の墾璽、H年﹄大正十二年一月号から四月 号にかけて迎載された。江戸川乱歩の中絶した長編作品再一妾璽、H年﹄昭8 ・ⅡS昭9 ・ー、未完)も、このタイプの作品の予定だっ たという説(新保焚﹁解説お楽しみ乱歩カタログ﹂一江戸川乱歩金第8巻品愽上の不思議な犯罪﹄平W ・ 6 ・却光文社︹光 文社文庫︺刊、所収)もあり、戦前に、既に特に目新しい力法とは言えなかった。 一、くC)にし 本学准教授) さとし

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