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フィヒテ哲学の展開

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Academic year: 2021

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(1)フィヒテ哲学の展開. 阿部典子. DieEntwicklungi nF i c h t e sP h i l o s o p h i e. NorikoABE. 1.はじめに ドイツ観念論は「カントからヘーゲルまで J という一連の流れにおいて理解 されることが多い。この流れは、カントの批判哲学に始まり、フィヒテの主観 的観念論、シェリングの客観的観念論を経て、ヘーゲルの絶対的観念論で完成 に至る、というものである。このような解釈は、フィヒテやシェリングの立場 を超えたヘーゲル哲学の優位性を示すものとして、ヘーゲル自身によっても行 なわれている。この解釈において、フィヒテはカントからヘーゲルに至る発展 的展開の中間に位置づけられ、したがって、フィヒテの哲学には、カントから 引き継ぎあるいは発展させた内容、及び、シェリングやヘーゲルに引き継がれ あるいは克服された内容が含まれることになる。 他方で、 ドイツ観念論の哲学者はそれぞれに一つのまとまった体系を形成し ている、とみる解釈もある。特にフィヒテ、シェリング、ヘーゲルの三人の哲 学者はテーマを同じくし、しかしその解決方法は各自が独自の立場から展開し ていると解釈されるのである。筆者は、このような立場からドイツ観念論及び フィヒテ哲学を捉えている。これら三人の哲学者たちはほぼ同時代に活躍し、 最初は互いにもっとも深く理解しあっていると信じて親密な交際を重ねていた。 しかしながら、意見のやりとりあるいはいくつかの事件を経ることによって、 近畿大学工学部生物化学工学科. Departmento fBiotechnologyandChemistry , Schoolo fEngineering,KinkiUniversity.

(2) 2. 阿部典子. 互いの相違点が次第に明らかになり、ついにはまったく交際を絶ってしまって いる。お互いの出版物に目を通すこともなくなっていたようである。このよう な事情からも、フィヒテをドイツ観念論の発展的流れのなかの一項として捉え るのは、おそらく、一面的理解にとどまると思われる。実際、フィヒテの哲学 から、シェリングやヘーゲルの哲学には組み込まれえない独自の観点を読み取 ることは難しくはない。 本論では、そのフィヒテ独自の立場を、人間の意識がフィヒテ哲学全体の要 を形成している、という観点から確認し、要としての人間の意識のあり方を明 らかにしてみたい。 2. W 知識学』の課題と前提. フィヒテはフィヒテ自身が通俗的書物と位置づけている著作も含めて、生涯 にわたり多くの哲学書を著している。そのなかでフィヒテが本来的哲学と位置 づけるものは『知識学』というタイトルをもち、同じタイトルで何度か出版が 為されている。本論では、この『知識学』というタイトルを持ついくつかの著 作を検討する。 794年、イエナ大学で講義をしながら、その講義内容として『全 フィヒテは 1 知識学の基礎』と名づけられた印刷物を出版していった。しかしながらその内 容があまりにも難解であるとの声がフィヒテの耳に届くと、フィヒテはまず哲 学の現状を明らかにし、その上で、哲学がなすべき仕事を哲学の課題として明 らかにすることによって『知識学』の目的を確認する書物を著したのである。 それによれば、「知識学の課題」は「必然性の感情に伴われた表象の体系の根拠 J すなわち「あらゆる経験の根拠を示す j(1) ことにある。 経験の根拠を問うという課題から、経験という言葉でどのようなことが理解 されているのかが確認できる。私たちの日常的な多くの経験は、することもで きればしないこともできるようなものである。この意味で自由であるといえる だろう。しかし、哲学の課題として根拠が問われるのは、自由に選択できる一 つ一つの具体的個別的な経験内容のことではない。むしろ日常的にはあたりま えのこと、したがってそれ以外には可能性を思いつきもしないようなこと、つ まり意識するにせよ無意識のうちにせよ、必然的だと思わざるを得ないような ものとしての経験のあり方が問題に挙げられ、その根拠が問われるのである。 この問いに答えるため、フィヒテは経験の基本的構造を確認し、経験の可能 性の根拠として挙げられるものを探していく。そして、最終的に根拠と思われ る何かに到達したと考えられるところで、次にはその根拠から経験の構造が導 き出されるかどうかの検証を試みるのである。フィヒテの哲学全体の展開は、.

(3) フィヒテ哲学の展開. 3. このような経験の根拠を求める方向と、その根拠から経験を導き出す方向との 二つに分けて理解することができる。 経験を構成する要素としてフィヒテが挙げるのは、「知性」と「物」の二つで ある。そして経験の根拠に到達するため、二つの要素の一方を捨て、残る一方 を手掛かりとして根拠に向かうという方法をとる。フィヒテがここで探求の手 掛かりとして残すのは「知性 Jである。フィヒテが知性を手掛かりとする理由 は以下である。私たちは、私たちの意識なくして存在する物というものを思惟 することができる。そして、そういう物についてあれこれとその特性を述べる ことができる。しかし、その時同時に私たちの意識もそこに働いていることは 疑いがない。意識なくして存在する物が可能であるにしても、それを何らかの 形で捉える限り、意識は捨象されないのである。この点を前提とするのは多く の哲学に共通であると思われるが、フィヒテは特にこの点を重要視する。これ に対して、私たちが自分自身を見るという場合には事情が異なる。その時、私 は私自身を見るという活動として私自身を見出すのみであって、そこには直接 的な物はない。物は捨象することができるのである。 この考察によってフィヒテは経験の根拠を探求する際に知性を手掛かりとす る正当性を示すのである。そしてまずこの知性のあり方が明らかにされる。そ れゆえ、知性が経験の根拠を求める知識学の直接的客観である。経験の根拠を 示すという課題は、さしあたり、知性の構造を明らかにするという具体的課題 となるのである。しかし、フィヒテが叙述したいくつかの『知識学』のなかで は、実際に知性という表現が用いられることは決して多くはない。むしろ、自 我、意識、知、概念などと表現されている場合がほとんどであり、これらの諸 概念は多少力点の置き方に相違はあるものの同じ内容をさしていると考えてよ い。前掲の『全知識学の基礎』では、自我の構造が明らかにされていくが、知 性が自我と表現されているのである。 「知識学 J という言葉が始めて用いられるのはこの『全知識学の基礎』にお いてである。また、フィヒテ自身は自分の哲学の基本姿勢は生涯変わっていな いと確信しており、数多く著された『知識学』では、それぞれの叙述形式にお いて様々な試みを行なうことによって、より正確で明確な叙述を目指したので ある。それゆえ、一見すると『知識学』の叙述形式は多様であるが、その課題 や論理を導く基本姿勢は変わっていない。そこで、その基本姿勢を『全知識学 の基礎』の用語を用いて、「知識学」の前提として確認しておく。 『全知識学の基礎』において自我という表現で理解されているのは意識であ る。意識はそれ自身が生きて働くものと捉えられる、それゆえ自我は「生命の 原理と意識の原理を自己自身の内に持つ」と言われる。この著作の中心概念で ある自我がこのように定義されていることは、重要な前提となる。そして、そ.

(4) 4. 阿部典子. のような自我の構造を明らかにする試みとして『知識学』の叙述を展開する際 に、自我つまり意識のあり方としていわば当然のこととみなされている点がい くつかある。上述のように自我は生命の原理と意識の原意を持つ、ということ に加えて、自我の意識の特性は、それが自覚的活動を為しうる点にあるとされ ていることは特に重要である。そもそもフィヒテの哲学が成立する可能性の制 約は、自我意識のこの自覚という特性にあると言える。自我の自己意識が現実 に働いていることは誰しもが認めることであるが、適切な注意を喚起すればよ り明確に活動し始めることをフィヒテは確信し、そしてその実践の成果が『知 識学』となったのである。さらに、自我意識の活動は一つの統一あるいは連続 を保っており、どんな場合においても意識を捨て去ることはできない、とされ る。先に物と知性と二者択一において、物は捨象できるが、知性を捨象してし まうと経験ということが原理上成立しないと考えられた主張と同じである。ま た、同じ意識が向かう焦点つまり意識される対象は同時にひとつであると考え られていることも、叙述を導く際の重要な前提である。このことは同一点に複 数の物質が存在することはできないという考えと同様に理解できると思われる。 以上のような意識の特性から外れることなく『知識学』の叙述は進められて いく。そして、そこで明らかになる意識の形式が、また、経験的存在の形式そ のものとしても理解される。この主張もまた、最初に物と知性との二者択一が 行なわれた場面と同様に理解できる点である。つまり、経験とは意識の網の目 に捉えられた姿としてのみ可能なものであって、意識によって捉えられないも のに関しては語ることはできない。そもそもあるともないとも言い得ないので ある。したがって、意識の形式が、意識されたものの形式を決定し、それゆえ 経験的存在の形式を決定することになるのである。 このような意識の特性は、客観的論証の結果明らかになった事柄ではなく、 むしろ、意識つまり自分自身の意識の働きに直面した時の確信と言うべきもの に思われる。しかし、フィヒテはこのような確信が最も直接的かつ明白であり、 したがって確実であると考えたのである。. 3 . 人間的意識その 1 1794年の『基礎』は、官頭に掲げられる三つの原則を軸として展開される。 それは、自我の絶対的な自己定立を表す第一原則、自我に対する非我の反立を 表す第二原則、そして、これら二つの原則はまったく相反するがゆえに、制限 という概念を媒介することによって初めて成立する有限な自我と非我とのあり 方を表す第三原則である。第一原則のみの状態、つまり自我のみの状態は現実 的なあり方を表現したものではなく、むしろ理念と位置づけられる。それに反.

(5) フイヒテ哲学の展開. 5. 立される非我のみの状態は、非我という表現がすでに自我を前提しているもの であり、しかしながら第一原則の自我がある限り第二原則の非我は成立しえず、 しかも第一原則も理念であるがゆえにそのままで成立しているものではない、 という位置に立つ。それゆえ、第二原則はもっとも基本的な形式における矛盾 の表明であり、このことが同時に、具体的な自我へ必然的な展開の可能性を示 すことになるのである。 経験界は自我と自我ならざるものとしての非我とが相互に関係しあって成立 している。フィヒテは、両者の関係の仕方から、非我が能動的に働き、自我が 受動的となる領域を理論的領域、反対に、自我が能動的に働き、非我が受動的 となる領域を実践的領域とした。理論的領域における自我と非我との関係は以 下である。自我にとっては未知の何かとして非我はすでにそこにある。この非 我の様々なありょうを受動的にいわばそのまま受け取ることによって、自我は 非我を知ることになる。知ることによって未知なるものは自我の領域のなかに 取り入れられることになる。知るということは非我の自我化であると表現する こともできるだろう。 しかし、そこにはまた常に、自我にとっての未知の何かが非我として現れて いる。そこで次にはこの非我を自我は知っていくのである。この活動の繰り返 しが理論的領域を形成する。一つの非我、あるいは非我の一つの側面を知るこ とでよし、とはならないのである。常に知るという活動の状態にあり続けるの が自我である。フィヒテが、自我は生命の原理を持つと表現していることは、 自我は活動であるということであって、ひとところに停滞し続けることない、 ということを意味している。未知の非我と自我化されていく非我との両者に対 して、自我は常に交互に意識の焦点を合わせ、理論的な活動を継続しているの である。 実践的領域においても同様に理解される。自我と非我とは、自我による非我 の自我化という方向に常に前進していく。その方向の到達点は冒頭の第一原則 であって、自我の活動の到達目標として理念的地位に置かれる意味がここにあ る。現実の自我は前述のように、絶えざる非我との交互関係において、未知な る部分あるいは異質的なあり方を自我化する活動にある。フィヒテは自我のこ のような活動を「動揺 (Schweben)J と名づけている。 「動揺」とは、対立する二項の聞を、あらかこれかという選択を行ないなが ら、交互に行き来する動きである。『知識学』で叙述される自我が行なう選択は、 経験の根拠を明らかにするという課題を解決するために行なわれていくのであ るが、この目的のためにあれかこれかの選択を決定する際の前提となっている のが、前述の意識の特性なのである。それゆえ、経験の根拠を明らかにするた めに、意識の活動を妨げずかっ統一を破棄しない方向の選択が行われ、叙述が.

(6) 6. 阿部典子. 進められていく。そこで示される自我の意識のあり方が、「動揺」と特徴付けら れ、同時に、経験界における自我意識の本質的あり方を示すものとなる。. 4. 絶対性との関係 意識の構造が明らかになるのは、意識の働きによる。この自覚的な知る構造 にフィヒテは注目し、次には、知の構造確認へと進んでいく。 日常的な知の働きは、経験界の多様な対象に向けられて、経験界の様々なあ りょうを明らかにしていく。しかしフィヒテの課題は、経験界の根拠を示すこ とであった。それゆえ、知ることにおいて明らかにされる経験界の内容ではな く、経験界を明らかにしていく知そのものの構造に考察が向けられていく。こ の知自身の構造を明らかにする知、つまり自覚的知は「絶対知 J と呼ばれる。 知が働く限り、何かを知る活動が行なわれているのであるが、それは必ずし も知自身を知る活動である必要はない。したがって、知が何を知っ τいくかと いうことは知の「自由」による。この自由な選択において、『知識学』では知の 対象として知が選ばれるのである。そこで確認される知の構成要素は、知の「自 由」と知の「存在 J である。知が何かを知るということは、知の自由による。 しかし、知が知自身を知ろうして知の活動を知的に捉えていく時、そこにすで に存在しているつまり知が働く以前からそこにある「端的に在るもの」に直面 するとフィヒテは言う。知が自己自身のあり方を明らかにしようとするならば、 そこに知の働きに先立つている存在が知に対して現れると言うのである。この 存在に出会うことで知の働きは知に先立つものに直面し、知に先立っているが ゆえにそこで知の働きは否定されることになる。つまり、知は知自身のあり方 を解明する作業において、自己否定に直面する。 フィヒテのこの論述は、外的対象としての存在とその外的対象に向かう知の あり方の関係とは、はっきり区別されなければならない。哲学の課題を明らか にする際にフィヒテが示したように、外的対象としての物は、自我にとって捨 象可能である。自我意識は外的対象を抽象することができる。それゆえ、外的 対象に向かう知にとって、外的対象の存在は絶対的なものと位置づけられるこ とはない。他方、知自身の存在を知は捨象することはできない。知自身の存在 は知にとっては、あることもないこともできるようなものではなく、知自身の 絶対的な根源なのである。この知の存在に対して、知はその存在の「何 J を知 的に明らかにすることができないということが示されるのである。 フィヒテは知の絶対的なあり方つまり絶対知の本質をこの点に指摘する。 「これをもって絶対知の本来的焦点と中心点は見出された Jとして、「絶対知は 自己の存在と非存在との中間を動揺する」と述べている。この知の非存在は、.

(7) フイヒテ哲学の展開. 7. 知の働きを拒否する、知自身の根源の存在であり、知の働きが無効になるとこ ろとして、フィヒテは絶対的存在と捉える。このような絶対知は、知の自覚態 であるのみならず、根拠を知っていく働きであるがゆえに、その最後には、絶 対的な存在に導かれると考えられているのである。それゆえ、絶対知は、知と その根源の絶対的存在との結びつきが明らかになる場にもなるのである。絶対 知は自覚的存在として、「自己の絶対的根源を知りつつ自己のなかに担ってい る」と言われている。. それゆえ、知として経験界にあり有限であると同時に、. その根源において、知の否定という形式においてではあるが、絶対的存在に触 れるのである。そしてこの絶対知のあり方にも、最初の知識学の自我の構造で 示された「動揺 J という表現が用いられる。 フィヒテの叙述は絶対的存在を明らかにしようとする方向に進んでいく。絶 対知の自覚の最後に出会われる、知の否定としての絶対的なものは、知という 立場に立つ限りでの絶対性の媒介的叙述であり、絶対性を直接に表現したもの. 804年に書かれた『知識学』ではさらに一歩が進めら ではない。したがって、 1 れる。ここでは、絶対知の自覚における自己否定そのものが、新たに「絶対的 統一 J と名づけられる。この場面が、経験の根拠を求める最後の段階を形成す る。先に、知の否定として叙述された事柄は、それが叙述の次元における事柄 である限り、知のレベルにあり続けていることが指摘される。ここでは「概念」 と表現されるのであるが、絶対的なものが概念の根源において姿を現し、そこ では、概念はみずからの働きの有限性を知りながら、なおかつ概念として働い ている。フィヒテはこのあり方を、絶対性を客観化つまり相対化しながら、し かし絶対的根源を指し示す概念の働きと説明するのである。先の知の否定の場 面と同様、この働きは「概念の滅却 J と名づけられる。ここで、「知の否定」や 「概念の滅却 J ということで示されている事柄を確認しておく。否定されるの は知や概念であるが、それは、概念や知の作用が絶対的なものに直面して力を 失うという意味である。絶対的なものに対する概念や知の有効性を放棄するこ ということであり、概念や知の働きそのものが絶対的なものには及ばないとい うことの認識であり、概念や知の存在そのものを捨て去ってしまうことではな い。概念や知の働きを否定するという次元が、概念や知の働く次元よりも、絶 対的な次元に近いということである。 経験の根拠を明らかにするという課題解決の手掛かりを探す際に、フィヒテ は物と知性との二者択一において知性を選択した。しかし、知性はあくまでも 根拠に至るための手掛かりであって、根拠そのものではない。知性がそのこと を自覚するところで絶対性の領域が聞かれるとフィヒテは見るのである。ここ でのフィヒテの意図は、概念の相対性を明らかにしながら、なおかつ概念の有 効性を基礎付けようするものである。否定されるのは、知に対して全面的な絶.

(8) 阿部典子. 8. 対性を認めることである。知を捨てること可能ではなくまた捨てる必要もない のであるが、同時に絶対的なものとしての知は捨てられなければならない、と いうことを教えるものである。 フィヒテはこの絶対性と有限性との接点の場面を何度も叙述した。経験の根 拠を明らかにする作業はこの点に集約されていると言っても過言ではない。つ まり、この接点の部分が知性としての働きに到達可能なもっとも深い領域であ るとフィヒテは考えていた。そして、知の立場すなわち有限性の立場に立ちな がら、そこから絶対性にアプローチするということは、困難というよりも原理 上不可能であると言わざるを得ない。それゆえ、その点の叙述は何度も繰り返 され、術語としては「否定」や「滅却 J という表現が選ばれることになったの である。 一方で、絶対性を理解する場合に最も積極的に表現された術語としてフィヒ テが用いるのは rVonJ である。絶対的存在の純粋に自己からある活動を表現 しようとしたものであるが、表現である限り、知の次元とならざるを得ない。 それゆえ、前置詞をそのまま用いて、絶対性の純粋性や統一性などを表そうと したと思われるが、むしろ、難解さを強めた点は否めない。概念的に表現でき ない絶対性を何とか表現しようとした試みであり、フィヒテに特徴的な言葉の 用い方である。. 5 . 人間的意識その 2 「知識学 Jの後半は、前半で見出された経験の根拠から経験の構造を導き出 し、そのことによって、見出された根拠の妥当性を確認する作業にあてられる。 実際の著作に即して言えば、 1804年の『知識学』の後半から、それ以降の著作 が当てはまる。根拠をいわば生み出していく前半の手法にかわり、根拠からの 経験の成立を「見る」という立場への変換がみられる。根源としての絶対的存 在が、経験の相対的次元へと変容していく過程を後追いすることになる。それ ゆえ、前半部分が構成であるとするならば、後半部分は追構成となるのである。 フィヒテにとって絶対的存在と名づけられるものは、それ自身生きて活動し ている生命である。死せる物質ではなく生きて働き、その活動は、動きながら もそれ自身の統一性と絶対性を保っているような活動である。しかし、それを 捉える私たちの意識は、活動を変化として表現する以外にはおそらく適切な方 法を持たない。この点をフィヒテは次のように説明する。 絶対的存在は「自己から、自己において、自己によって J ある活動である e この統一的活動をフィヒテは rVonJ と表現し、活動にあって動きながらしか し統ーであり続ける、と説明する。しかし同時に、この自己からの活動はもっ.

(9) フイヒテ哲学の展開. 9. とも基本的な形式における分裂の萌芽に他ならない。つまり、自己からの活動 にある自己と、この活動によって生じたとみることができる自己との分裂であ る。これを同ーとみる限り絶対的存在は統ーであり続けるが、これを分裂と見 る限り、概念の次元にあるというべきである。これは単に、ある一つの事柄を 別の側面から見ているということではない。「知識学」の前半部分で述べられた ように、否定されるかされないか、滅却されるかされないか、というそれ自身 の存在の存亡をかけた相違である。概念としての活動がまったく消えたところ に、統一が生きる。そして、同時にその統一の生命活動は分裂の端緒つまり概 念となり、その時統一は概念の手から逃げるのである。 絶対者の統一的活動を分裂の端緒とみると、そこに根源的概念が位置づけら れる。絶対的存在を自己からの活動として捉えた時、絶対的存在は客観化され、 概念の次元にいわば落ちる。絶対的存在の生命は概念という形式において人間 的意識に捉えられ、活動そのものは活動として写し取られ、絶対的存在の活動 は概念的に理解されうる静止的な像において表現される。根源の絶対的存在は、 概念において捉えられると、形式となり、写された像となり、概念的現われと なるのである。フィヒテの術語によれば、絶対的存在の生命が理解されて、「形 式」、「現存在」、「像」、「図式」などと表現されることになるのである。概念と はこの働きを行なうものを言う。 その概念の働きをフィヒテは rDurchJ と呼ぶ。或るものを通じて他のもの を知る、その概念の働きの本質を「通じて」という前置詞で表現している。絶 対的存在に向かう最後の一歩のところで確認されたように、概念把握はその最 終段階においては、否定的形式おいてではあるが、絶対的存在の把握に至った。 絶対的存在は活動のそのものであり、それを理解するためにその活動を捉えよ うとするならば、その結果活動が映像になってしまうところに概念が生まれる。 概念は、絶対的存在の活動がそれ自身の活動を「通じて J 捉えられるところに 生じるのである。それゆえ、概念の生命そのものは絶対的存在なのであるが、 概念の活動は「通じて」であると言われるのである。 この rDurchJ としての概念のあり方が人間の理解作用であり、意識のあり 方であるとフィヒテは見る。絶対的存在との関係においては、絶対的存在は概 念を「通じて」概念のレベルつまり形式や像のあり方において理解され、概念 は絶対的存在を「通じて」自己の本質を知る。但しこの知り方は前述のように、 知の自己否定においてのみ可能であった。より日常的な段階では、物は概念つ まり意識を「通じて」理解され、概念つまり意識は物を「通じて」自らのあり 方を確認する。更には、或るひとつの物はそれ以外の物を「通じて」理解され、 この物は別の物を「通じて」理解されていくのである。したがって、或る物の 理解は他のものの理解と同時であると言わなければならない。そして、意識の.

(10) 阿部典子. 1 0. 形式が経験の形式である隈り、ある物の経験的存在は他の物の経験的存在を通 じて可能となると言えるだろう。この相互依存関係は因果関係に立つものにつ いてあてはまるのみではなく、共時的関係に立つものについても当てはまる。 絶対的存在つまり経験の根拠に到達した後の意識は、この相互依存関係の中に あるのであり、 このような相互依存関係を経験的存在の本質として理解するこ l. とになるのである。. 6. 意識の変化と経験の変化 「知識学 J全体は、その内容に応じて前半と後半の二つに分けて考えること ができた。そしてこの二つの部分では、意識のあり方とそれに対応する経験の あり方が異なる。前半は、経験の根拠を求める方向をとり、意識は、対立する こ項の聞を動揺することによって両者の間に限界を引き、二項の一方を手掛か りとしながら両者を総合するより高次の立場に向かっていく。より高次のそし て根拠に近づく立場を作り上げていくのである。フィヒテはこの働きを「構想. 力( E i n b i l d u n g s k r a f t ) J という言葉を用いて説明している。いまだ根源に到達 していない意識にとっては、経験的事物は対立する諸項として捉えられ、した がってまず最初は、相互に反立するものとして理解されるのである。 経験の根拠としての絶対的存在に到達した後は、意識は根拠からの経験の成 立を見る立場に立つ。フィヒテ自身はこのあり方を「見照 ( S e h e n ) J と表現す る。ここに至って、意識は経験そのものの有限性と経験的事物や事象の依存関 係を知ることになる。意識自身も絶対的なものではなく、その意識に捉えられ る経験的事物は個々に独立しているものではなく、それぞれが相互依存関係の なかにあるものとして理解されるのである。絶対的存在の次元を経ることによ って、意識の自己理解は変化し、それに伴って、経験的事物のあり方も変化す る。その叙述が「知識学」なのであり、それゆえフィヒテは「知識学」を「人 間精神の実際的歴史」と呼ぶのである。 意識のあり方に応じて経験界の見え方が変わり、経験界のありょうが変化す るという捉え方は、倫理的あるいは実践的な方向に直結する。フィヒテは、み ずからが通俗的と位置づける多くの著作の中で、意識をレベル分けし、それぞ れのレベルに対応する経験の理解の仕方を明らかにしたうえで、よりよい段階 へと向かっていく必要性を強調し、更には、現実に生きる人間の「使命 J をこ こに指摘するのである。 注. (1)J . G . F i c h t eGesamtausgabe derBayerischenAkademiederWissen-.

(11) フィヒテ哲学の展開. s c h a f t e n からの引用。訳出は『フィヒテ全集』を参考にした。. 1 1.

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