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乳児期における前言語的コミュニケーションの発達(I)

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乳児期 における前言語的

コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 発 達 ( I )

Development of pre-verbal communication in infancy (I)

Yasushi Ohyabu

人間の生 きている世界 とい うものを大 き く分け てみ ます と、一つは 「もの」の世界 あ ります。 「もの」 と人間 とのかかわ りとい うことが当然 あ るわけです。それか ら、 この 「もの」の世界 と対 照的な世界があ ります。それは、 「ひ と」の世界 ですね。「もの」の世界 と 「ひ と」の世界 とい う 大 きな二つの世界、その中で人間は生 きていると い うことが言えるように思います。それか ら、 も う一つ、今度は人間の心のほ うの ことを考えてみ ます と、知的 な世界があ ります。そ して、 もう一 方に、情的な世界があると思います。 言葉 とい うのは、 これ ら 「もの」 と 「ひ と」、 「知」 と 「惜」 とい う4つの条件が うま く絡み合 って機能 した ときに、スムーズな形で出現 して く るのではないか。そんなふ うに考えるわけです。 「もの」の世界だけに行 って しまうとい うのは、 非常に困るわけです。た とえは、 この 「もの」の 世界に埋没 している障害児、それが 自閉症の子 ど もたち といえます。 この子たちは、 もうほんと う に 「もの」の世界に と らわ れ て しまってい る。 「ひ と」 との世界が非常に乏 しい子 どもたちです。 そ して、知的に も情的に も遅れています。 逆 に、 「ひ と」 との関係に非常に とらわれて し ま っているタイプの子 どもたちがいます。それが 情緒的 な障害でことばの発達が阻害 された子 ども たちです。 「ひ と」 とのネガテ ィヴな関係に由来 す る、心の不安定 さが言葉 の出現を抑制す ること があ るのです。 また、 「ひ と」 との密接な関係が奪い去 られた 環境の中で生活 した結果、言葉が非常に遅れ る子 どもたちもいます。た とえば、養育環境が劣悪な 施設 で育て られた子 ども、ホスピタ リズムの子 ど もたちがそ うですo最近では、一般の家庭 で育て られた子 どもたちの中に も、そ うした症状 を とる 子 どもたちがいて、家庭 内ホスピタ リズムと呼ば れ ることがあ ります。 さらに、生 まれつ き知的に も情的に も遅れた子 どもたちがいます。いわゆ る、精神薄弱の子 ども たちです。 この子たちの場合 も、言葉 の発達は当 然遅れることにな ります。 こんなふ うに考 えてきます と、 「ひ と」 と 「も の」、 「知」 と 「情」 とい う4つの条件が うま く 結 びつかない と、言葉 とい うものは発生 しに くい とい うことが考え られ るわけですo

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話 し言葉の三角形モデル 話 しことばを使 った コミ ュニケーシ ョンを簡単 に表わ します と、次の ような図で表わす ことがで きます。 (図 1,)。 この図を、ここでは 「話 しこ とばの三角形モデル」 と呼んでみ ようと思います。 図1 話L言葉の三角形モデル (-意味づけられた記号) 済 本稿は、1989年11月11日(二日に長野大学情報システム研究所で開催された 「長野県言語障害児学級担任者会」の研修会での講演を文章化 したものである0

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私たちは音声を使 って、お互いに理解 しあって いる。 ある人がある音声に意味づけをす る。そ し て、他の人が、その意味づけ られた音声 を理解す る。 こ うした意味づけ られた音声を、相互に発 し、 理解 しあ うO これが、話 しことばを使った コ ミュ ニケーションの基本的な姿であろ うと思います。 そ して、同時 に、人 と人 との間に成 り立つ コ ミュ ニケーシ ョンには、 「情動的交流」 とい うものが 存在す るのが特徴です。それは、同 じ感動の中に 溶け合 う、響 き合 う、共鳴 し合 う、あるいは響存 す るといった表現がで きる状況です。そ うい う関 係が 「ひ と」 と 「ひ と」 との関係であって、 この 関係は、 「ひ と」 と 「もの」 との関係にはあ りま せ んO こ うした関係を、 「話 しことばの三角形モ デル」 と名づけてみたわけです。 次に、 コ ミュニケーシ ョンとは一体何か とい う ことを考えた場合、それは、お互いの間に共通 し た もの、共通 した世界を作 り出すはた らきだ とい うことができます。共通 した ものを見 ようとす る、 共通 した ものを聞 こ うとす る、お互いが同 じ世界 を理解 しあ お うとす る、それが コ ミュニケーシ ョ ンの最 も基本的なことだ と思います。 ですか ら、 そ うした ことが可能になるためには、それぞれの パ ー トナーが、お互いに共通 した ものを持ちあ う、 共有 しあ うような能力があることが必要になるわ けです。 そ うした能力の最 も低次な もの、それが、 お互 いにあ る共通の対象に注意す る、つ ま り 「共 同注意」の能力ではないか と思います。 そ して、 「情動的交流」あるいは 「共同注意」 を しなが ら、 「役割交替」を しあ う。相手に、一 方的に情報を流すのではな く、お互いに情報の発 信や受信を交替す る。 これ も、 コ ミュニケーシ ョ ンには欠かせない条件であろ うと思います。 つ ま り、 コ ミュニケーシ ョンの基盤 として 「情 動的交流」、 「共同注意」、 「役割交替」の3条 件は最低限必要になるのではないか、その ように 考 えられ ます。 ところで、言葉に遅れのあ る子 どもたち、特に 自閉症 といわれ る子 どもたちの場合には、 「ひ と」 との関係づ くりが非常に難 しい。 なぜ な ら、その 子 たち との間では、 「情動的交流」 も 「共同注意

も 「役割交替」 も希薄にな るか らです。 こ うした - 36-3つの条件に欠け る場合には、お互いの意図が伝 わ らない もどか しさをほん と うに強 く感 じること にな ります。 ですか ら、ことば とい う象徴的 な記号が誕生す るためには、こ うした条件が基盤 にあるのではな いか と思 うのです。記号には、信号 とか標識 とい われ るもの と、象徴的記号 といわれ るものまであ ります。言葉 は、象徴的記号ですが、 これは、意 味す るもの (能記) と意味 され る もの (所記) と が、非常に分化 しています。たとえは、 ここにマ イ クがあ りますが、 このマイ クとい う物理的性質 と用途を もつ物体 と、 「マイ ク」 とい う音声 とは 本来 ま った く無関係 な性質を も った ものであ った はずです。つま り、マイ クそれ 自体 と 「マイ ク」 とい う音声 とは、非常に異なる性質をも っている のです。そ こで、マイ クを現実の世界にあるもの とすれば、 「マイ ク」 とい う言葉 は、仮の世界、 虚構の世界の もの とい うことがで きるか もしれ ま せん。 こ うい う意味で、私たちは、現実の世界 と 虚構の世界 とい う二重の世界に生 きているとい う ことがで きるのです。 それでは、 こうした虚構の世界、言葉の世界は どの ようなプロセスをた ど って獲得 され るので し ょうか

O

「話 しことばの三角形モデル」は、 どの よ うに完成 されて くるので L lうか。 こうした こ とを考 え る手始めに、言葉を話 し始め る前の乳児 期に、 コ ミュニケーシ ョンの基盤 としてあげた、 「情動的交流

「共同注意

「役割交替」が どの よ うな形態を取 って現われて くるのか とい うこと を見ておきたい と思います。その際、 「人指向性」 とい うことと 「伴起性」 とい うことが大切にな っ て きますので、今あげた3つのことを、 この 「人 指向性」 と 「伴起性」 とい う観点か ら考えてい く ことにいた します。 2.

人指向性ということ

赤 ちゃん とい うのは、あ る特定 の感覚パターン に注意を向け ようとす る、生 まれつ きの強い性質 を も って誕生 して きますOそ うい うように仕組.ま れて生 まれて くるわけです。 そこで、次に、視覚 と聴 覚 に つ い て 、 「人 指 向性 」 を示 す と考 え られ る特徴を紹介 してみたい と思います。

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(1) 視覚 について 視覚 の場合、注意 を向けやす い対象には、い く つかの特徴があ ることが知 られてい ます。 最初 に、 コン トラス トがあげ られ ます。 明暗の コン トラス トがは っき りしてい るもの と、は っき りしていない もの とを、赤 ち ゃんが よ く見え る距 離 、ち ょうど30セ ンチ程 の所 に同時 に見せ ます。 す ると、赤 ち ゃんは コン トラス トが明瞭な ものの ほ うを、長 い時間見つめ ます。 それか ら、色 と図柄 とを比較 します と、赤 ちゃ んは図柄 のほ うを好んで、長 い時間見つめ ます。 色 の中では、赤や青 は比較的長 く注視す るのです が、 こ うした色 よ りは、 白黒 で も図柄、パ ターン のあ る模様 のほ うを好むのです。 それでは、図柄 の中では、 ど うい うパ ター ンを 好む ので しょうか。一番特徴的な ことは、直線 で で きてい るもの と,曲線 でで きてい るもの とを比 較 す ると、 これは圧倒的に曲線 でで きてい るもの のほ うを長 く見 ます。 それか ら、赤 ち ゃんが未熟 であればあ るほ ど、情報処理能力は未熟ですか ら、 あ ま り複雑 で紐かな ものは見 ませ んね。 ですか ら、 その赤 ち ゃんにふ さわ しい情報 を も っている もの、 複雑 な ものを見 るとい う特徴 もあ るわけです。そ して、 も う一つあ りますのは、図柄が少 しずつ変 化す るものです。 いつ も同 じパ ターンではな くて、 変化す る もののほ うを長い間注 目す るわけです。 やは り、赤 ち ゃんで も、同 じままで変化が なけれ ば、す ぐに飽 きて しま うことになるので し ょう。 赤 ち ゃんの この よ うな視覚特徴を見て きます と、 こ うい う条件 に ピッタ リ合致す るもので、常に赤 ち ゃんの身近にある もの、それ は人間の顔 であ る ことに気がつ きます∩人間の顔 は、 こ うい う条件 に非常 に合致す る刺激パ ター ンを持 ってお ります。 た とえば、一番最初に、 コソ トラス トとい うこ とをお話 し致 しましたが、新生児期の赤 ち ゃんが 人間 の顔 の どこを注 目す るか と申 します と、顔の 輪 郭 の部分です。髪の毛の生 え際だ とか顎のあた りの、 コソ トラス トがは っき りした部分です。や がて、生後2カ月頃にな ります と、赤 ち ゃんの視 線が お母 さんの顔の周辺部か ら中心部に移 って き ますが、 この とき赤 ち ゃんが一番視線 を向けやす いのが お母 さんの 目です。 目は、顔の中では最 も コン トラス トがは っき りした部分です。 次に、赤 ち ゃんは直線 よ り曲線 のほ うが好 きだ と申 しま した。 これ も、人間の顔 は直線 よ りも曲 線 でで きてい るとい って よいで し ょう。今 も申 し ま した よ うに、赤 ち ヵんは 目を非常に よ く見 ます が、 これは典型的な曲線 です。鼻 も口も耳 も顔 の 輪 郭 も、全体 としてみ ると曲線 でで きているとい って よいで しょう。 そ して、おそ ら く人間の顔 は、赤 ち ゃんの情報 処理 の能力にふ さわ しい複雑 さを もって い るので あ り、同時、適度な変化 も常 に伴われてい ると考 え られ るのです。 ですか ら、赤 ち ゃんが生 まれつ き持 ってい るこ うした視覚特徴は、 「ひ と」 との関係を作 ってい くうえで大切 な特徴だ といえ るわけですO も し、 こ うい う視覚特徴を赤 ち ゃんが持 ってお りませ ん と、 これは も う大変 な ことにな って しまいますO 「ひ と」 よ りも 「もの」 のほ うが好 きだ とい う赤 ち ゃん、 これは困 ります。い くらお母 さんが世話 を して も、近 くにある障子が好 きだ とか、 タンス のほ うに魅力を感 じる赤 ち Je,んでは困 るわけです。 で も、 こ うした 「もの」のほ うに注意が 引かれや す い とい う赤 ち Ibんが、全 くいない とはいえ ませ ん。 そ して、そ うした赤 ち -?んの場合には、おそ ら く人間的 な交流が非常に困難にな ると考え られ ます。

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聴覚について エ ン トレイ ンメン ト(entrainmenい とい う現象 を ご存知 ですか。 日本語 で言います と、 同期行動 と訳 されてい ます。 これは、 目覚めてい る新生児 に言葉 かけをす ると、その言葉かけに対 応 して、 新 生児の四肢が同期的 に動 く現象の ことをいい ま すO こ うい う同期的な行動は、人間の話 しかけ以 外 の音、た とえは、 コンピ ューターで合成 した雑 音 、拍手、周囲の物音 な どに対 しては生 じて こな いのです。 これは、一番最初に申 しま した 「ひ と」 と 「ひ と」 との響 き合い、共鳴 とい った現象が 、新生児 期 とい う時期にす でに出現す ることを示 してい ま す。 「ひ と」か ら言葉 が聞 こえて きます と、それ が、赤 ち -んの身体の動 きと して現われ て くるの だ と考 え られ ます。 実は、 こ うしたエ ン トレイ ンメン トの現象は、

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私たち大人同士 の会 話 に も顕著に 見られ る現象な のです。お互いに話 しを します と、聞き手のほ うが うなず く動作をす る こ とに気がつ きますO この聞 き手 の うなず きの動作 と、話 し手 の音声 との同閤 行動 は,新生児期の エ ン トレイ ンメン トと非常に 類似 してい るのです。 た とえは、精神分裂病 の患 者 さん と会話す ると気がつ きますが、非常 に話 し に くいです ね。その一 つの原因は普通 の人間同士 の問に見 られ る同期 的 な行動が乏 しいか らと考 え られ ます。会話の内容 以前に 。こ うした コ ミュニ ケーシ ョンの リズムの不調が原因 としてあるわけ です。 ですか ら、成 人 の コミュニケーシ ョン形態 の本質的な特徴が、す でに新生児期に存在す るこ とが示唆 され るとい え るのです。 次に、赤 ち わんは言語音をいつ頃か ら、私たち と同 じよ うに聞 き分 け るようにな るのだろ うか と い う問題があ ります。 た とえは、 [a]とい う音 や [ i]とい う音が あ りますが、赤 ちJbんは、初 めか らこれ らの音 を私 たちが聞いてい るように聞 き分けてい るのか。 それ とも、最初は、話たちの よ うに分類はで きないで、段 々に私たち と同 じよ うな音 の分類能力を獲 得 してい くのだ ろ うか とい う問 題です。 これは、話 しことばの獲得に とって 非常 に重要 な問題です。 Lb]音 とEp コ音 とい う物理的特徴が非常に よ く摂似 した音 を考 えてみ ま しェう。私たちは、 音 の周波数分析 に よ り、 ここか らここまでの音 は [b]音、そこか ら先 は [p]音 とい うよ うに、 あ る点 で この両音を聞 き分けてい ることが知 られ てい ます, この聞 き分 け る点が、人に よって異な っていれば、困 るこ とにな ります。 あ る人は、そ れを [ba]と聞 き、別の人は [

p

a

コと聞 くよ うで あれば困 るわけです。 さて、赤 ちゃんに はサ ッキ ングとい う行動が生 まれつ き偏 ってい ます。乳首 を くわえ させ ると、 赤 ち tbんは 自動的に それを吸い始め ますO そ して、 そ の時 、 司時 に音 を聞 かせ ます と、 サ ッキ ング 率が増加す ることが 知 られていますo Lか し、同 じ音 を聞かせ続け ます と、その昔 に慣れ、やがて サ ッキ ング率が下が り始めるのです。 そ こで、サ ッキ ング中の乳児に [bコ音を聞か せ ます。す ると、サ ッキ ングの率 は増加 します。 - 38 -ピー クを過 ぎた時点で、 [p]音 に変 えるとサ ッ キ ソグ率は どうな るか。 もし、亡b]音 と [p ] 音 とが同 じ音だ と赤 ち ゃんが判断す れば、サ ッキ ソグ率 は低下 し続け るはず です。逆 に、違 う音だ と判断すれば、新 しい音が聞 こえ ろわけですか ら、 サ ッキ ング率は再 び増加 し始め ることにな りま1. で、 どち らであ ったか といい ます と、生後1カ月 の赤 ち ゃんです ら後者 であ ったわ け です。つ ま り、 サ ッキ ングは増加 したのです。 そ して、 この両者 を聞 き分 け る点 は、私たち と同 じ点であ ることも 確認 されてい るのです。 ですか ら、乳児 は生来的 に言語音 に対 して、非常 にす ぐれ た聞 き分け能 力 を もってい るとい うことが いえ るわ けです。 最後に、聴覚刺激 と赤 ちゃんの微 笑行動につい て取 り上 げてお きたい と思い ます。赤 ち ゃんの微 笑行動には、 3種類の ものが あ ります。一つは、 眠 ってい るときに 自然に生 じる ものです。 この微 笑 を 自発的微笑 といい ます。 この微 笑 は、睡眠中 で もREM睡 眠 といわれ る時期に 出現す る もので す。それか ら、誘発微笑があ ります。 この微笑 は、 やは りREM睡 眠期 と、睡眠 と覚 醒 のち ょうど中 間にあ る 「まどろみ」の時期、それ も覚醒 か ら睡 眠に移行す る 「まどろみ」の ときに、音刺激に反 応 して出現す る微笑です。そ して、 この誘発微笑 の出現 か ら2遇 ほ ど遅れ、生後2週 ほ どになると、 社会的微笑が 出現 し始 め ます。 この微笑は、覚醒 時に人間の刺激に反応 して出て くる微笑 です。誘 発微笑 も社会的微笑 も外界か らの刺激に よって生 じるところが共通 してい ますが、 も う一つの共通 点 は、いずれ も人間の音声に よって最 もよ く出現 す るとい うことです。 人間の微笑 には、発達につれて、喜び、侮蔑、 怒 り、恐れな ど、非常に多 くの意味 が付与 され る よ うにな りますが、一番最初 の微笑が もつ感情 は、 やは り 「快」 ではないか と思い ますO快い とい う 感情が、表出行動 として表現 され るとき、微笑 と い う行動形態 を取 るよ うに仕組 まれ てい るのでは ないか、そ う考 え るわけですO もし、そ うい うふ うに仮定 します と、赤 ち ゃんに微笑 を もた らす話 し言葉 とい うものは、赤 ちゃんに とって最初か ら 非常に快 い特徴 を持つ ものだ ろ うと推測で きるわ けです。

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これ まで、赤 ち ゃんが持つ視覚 と聴覚の特散を い くつか紹介 して きま した。 こ うした特徴 を集約 します と、赤 ち ゃんは人間が持 ってい る刺激 に対 して敏感 に反応 し、その後 の rひ と」 との関係を よ りスムーズに進展 させやすい形 で機能 している とい うことがで きまし ょう。 その意味 で、人間の 赤 ち ゃんは非常 に強 い 「人指 向性」を生来的に有 してい るとい うことがで きるのです。そ して、人 間の赤 ちゃん と 「ひ と」 との関係は、最初か ら、 響 き合 う関係 とで も表現 で きるよ うな場 といえ る よ うな ものであ り、それ は 「もの」 との関係 と大 き く異 なる関係 であ るといえるのではないか と思 うのです。

3.

伴起性 とい うこと 私たちは、 「ひ と」 と 「もの」に取 り巻 かれて 生活を しています。 その中で ど うい うことが大切 か と言い ます と、そ うい う世界 に生 きてい ること が楽 しいんだ とい うこと、 これがあ りませ ん と生 きる意欲 、いろいろな能力 とい うものが うま く育 っていかない。 それでは、赤 ち ゃんに とって楽 し い環境 とは一体 ど うい う特徴を持 った環境 なのだ ろ うか。楽 しい とい う感情 自体が、 まだ未分化 な ものなので しょうが、赤 ち ゃんに とって どんな環 境が快 い魅力的な環境なのか とい うことです。 ど うい うものに対 して赤 ち ゃんの注意が引 きつ け られやす いか といい ます と、それは 「伴起的」 に動 くものです。伴起 とは ど うい うことか とし、い ます と、 自分の行動が原 因にな って、す ぐさまそ こに環境 の変化が生 じることを指 してい ます。伴 起す る、つ ま り自分 の行動に伴 って生起 する、外 界 に変化が起 こる、そ うい うものに赤 ち ゃんは気 がつ きやす いのです。 た とえば、新生児にテ レビの画面を見せ ます。 そ して乳首 を特定のサ ッキ ング率 で吸 うと、画面 が- ッキ リ見え るよ うに してお きます。それ以外 のサ ッキ ング率 の場合には、画面が ボケて くる。 そ うい う装置を作 ってや ります と、赤 ち ゃんはす ぐに- ッキ リ見えるときのサ ッキ ング率 を覚 えて しまい ます。そ して、- ッキ リ見 える画面 を見 る よ うにな るのです。 あ るいは、頭 を右側に回す と、 ライ トがつ く、 とい う場面設定 を します と、 これ も赤 ちゃんはす ぐに覚 えて、頭 を右側 に回 して ライ トをつけ るよ うに な ります。その段階 で、今度は、左側 に回 さ なければつかない よ うに します と、 またす ぐ左側 を見 るよ うに な ります。左側 を見てか ら、右側 を 見 ない といけ ない よ うにす ると、 これ もやがて覚 えて しまいます。 つ ま り、赤 ちゃんは、 自分の行動に伴起 して変 化す る環境に非常 に敏感 で あることがわか ります。 あるいは、そ うい う自分 と環境 との伴起的な対応 関係 を常 に探索 してい るとい うことがいえ るので す。 そ して、 ライ トがつ くと、赤 ち ゃんが ニ ッコ リ笑 うとし、うこともあ るのです。逆 に、 自分 の行 動 と全 く無関係に動 く環境には気づ きに くく、そ うした環境 は赤 ち ゃんに と って面 白味 のない、そ して感動 させ られ ることのない、無味乾燥 した世 界だ といえ るで しょう。 それでは、向 じ 「伴超的関係」で も、 「ひ と」 との伴起的関係 と 「もの」 との伴起的関係 とでは 違 いがあ るので し ょうか。 その ことを、次に考 え てお きたし、と思い ます。 (1) 伴起的変化を引き起 こす手段の豊か さ 最 初に、伴起的 な変化 を引 き起 こす手段 とい う ものを考 えた場合、 「ひ と」に対す る手段 は多 く あ るのに、 「もの」に対す る手段 は非常 に限定 さ れて い ることに気がつ きます。 先 ず、身の回 りにある 「もの」 との関係を考 え てみ ます。す ると、伴起的 な関係を引 き起 こす の に有 効 な手段 は、赤 ち ゃんの手に限 られ て しまい ます 。手 でそれに触 らない限 り、 「もの」 は動 き ませ ん。最近、音に反応 して、身 を くね らす花 の 玩具 が売 られてい ますが、手 で動かす とい うこと が 「もの」 との関係の原則 ですO ですか ら、 「も の」 との関係を作 ろ うとします と、 こち らが 「も の」 の ところ まで出かけていかなければ な りませ ん。手 を伸 ば さなければ な らないのです。 ところが、 「ひ と」を相 手 にす る場 合 、 手 で 「ひ と」に触れば 「ひ と」は もちろん反 応 します が、 それ以外に、赤 ちゃんの表情や身振 り、そ し て声 や視線 に対 して も 「ひ と」は伴起的 に応答す るわ けです。赤 ち ゃんが、わ ざわ ざ 「ひ と」の と ころ まで出かけて行 く必要 はあ りませ ん。赤 ち ゃ

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ん と 「ひ と」 とが共在 し響 き合 う空間が、伴起的 な関係を生 じさせ る場を用意 してい るとい うこと がで きるのです。そ うい う意味 では、 「ひ と」 と 「もの」 との間にあ る対立的な関係が、 「ひ と」 と 「ひ と」 との間には非常に希薄 にな るのですO そ うであ るがゆ えに、赤 ち ゃんが 出 してい るシ グナル に敏 感 なお母 さん と鈍 感 なお母 さん、あ るいはそ うい うシグナルに全 く応答 しないお母 さ ん とを比較す ると、大 きな違いが 出て くることに な るわけ です。 ところが、伴起的に応答す る玩具 が身近 にない場合は論外に して、そ うい う玩具の 場合には、それが身近 にあ りさえすれば、赤 ち ゃ んか らのはた らきかけに対 して常 に決 ま った パ ター ソで応答 で きるのです。いやむ しろ、決 ま っ た′くター ンで しか応答できないとい ったほ うが良い ので し ょう。 (2)伴起的応答の豊か さ 今度 は、伴起的に応答す る側 のほ うの ことを考 えてみ ま しょう。つま り,「ひと」 と 「もの」のほ う のことです。 これ も、 「ひ と」 と 「もの」 とを較 べてみ ると、応答は 「ひと」のほ うが非常に豊かで す

「もの」の場合には、機械的 な応答 しか返 っ て きません。 こちらか らのはた らきかけに対 して、 同 じ反応 しか返 って こないのが 「もの」です。 そ の反応 の強弱や方向に違 いがあ ったに して も、ほ ぼ同一 の反応が生 じます。た とえば、手 で触 って も足で触 って も、起 き上が りこぼ しの反応は同 じで す。 その場で揺れて、決 まった音 しか出て きませ んO ところが、 「ひ と」の応答は非常 に多 様なわけ です。 言葉 に よる応答、表情に よる応答、場合に よっては抱 き上げてあや しかけ る。そ して、その 言葉 かけ一つを取 り上 げてみて も、その時 その時 で違 い ます。 そ うした 「ひ と」の応答性の豊か さを、わか り やす く示す例 として、 イナィ、 イナィ、バ ーを取 り上 げてみ ま し ょう。両手を広げ、 「イナィ、 イ ナィ、'1-」 と一回だけ顔をのぞかせてお しまい、 とい うことはほ とん どあ りませ んo何回 も繰 り返 され るはずですOそ して、 「イナィ、イナィ、/I -」 と言 うとき、その言い方が少 しずつ変化す る のです。 た とえは、最後 の 「/ミ-」の音程が、高 一 40 -くな った り、低 -くな った り、 「パ ッ」 と短 く言 っ た り、 「,i- J と長 く言 ってみた りしてい ます。 また、手か ら顔が現われ る場所 を変 化 させ るか も しれ ませ ん し、 「イナィ、 イナィ、 バ ー」 と言 っ て も預を見せずに、 しば ら くしてか ら 「,1ッ」 と 顔を見せた りもで きます。 こ うした 「繰 り返 し」 と 「変化」 は、赤ち ゃん の関心を よ く引 き寄せ る効果 を もっていますが、 -それ はなぜ なので し ょうか。繰 り返 され る体験か らは、赤 ち ゃんの心に期待感が 出現 します

「き っとまた出て来 るぞ」 とい う気拝です。 この期待 を裏切 られ ない体験が、快 の気分、喜 びの感情 と 笑顔 とを、赤 ち ゃんに もた らす のだ と思います。 しか し、いつ も同 じパ ター ンでは、赤 ち ゃん もそ れに慣れ、やがて飽 きて しまい ます。 そこで、赤 ち ゃんの関心を引 き続 け るため には、 そのパ ター ンを少 しずつ変化 させてい くことが必要にな るの です。赤 ち ゃんに してみれば、 自分 の期待 してい た もの との このズ レが、そこに驚 きを生み、 それ に伴 う喜 びの感情が一層高め られ ることにな ると 考 え られ ます。 ここで、赤 ち ゃんが こ うした 「ひ と」の応答の 変化を喜ぶ事実について、 も う少 し考 えてお きた い と思い ます。 応答の変化を喜ぶためには、赤 ち ゃんの側 で ど の ような条件が必要 にな るので し ょうか。 それを 喜ぶためには、赤 ち ゃんにその変化 を処理す る能 力が必要にな ると考 え られ ます。一 回 ごとに変化 す る ものを理解す る能 力、今処理 した もの とは違 うものを即座 に処理す る能力、 ピア ジェ流 に表現 すれば、 シ ェマを柔軟 に調整す る能 力が必要にな るのです。言い換 えます と、赤 ち ゃんには、そ う い う変化に適応す る柔軟性 あ るいは可塑性が必要 なのです。 ですか ら、 こ うい う能力がない赤 ちゃんにと って は、 「ひ と」か らの刺激が大変わず らわしい ものに なるのではないか とい う気がするのですo自分 が処理 しきれない情報をた くさん与える 「ひと」を、そ う した赤 ちゃんが拒否 しようとして も不思議 ではあ りませ んO そ うい う赤 ち ゃんに とっては、いつ も と同 じ応答 しか返 って こない 「もの」のほ うが安 心 で きるのですOですか ら、 「ひ と」の世界を回 避 し、 「もの」の世界に こだわ る傾 向が強 く現わ

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れ ることになるのです。 自閉症 の子 どもたちは、 そ うした特徴 を持 ってい るよ うに思 います。 一方、健康 な子 どもたちの場合 には、 「ひ と」 との豊 か なそ して変化に富む交流 を と うして、 さ きほ ど申 しました よ うな可塑的 な能 力が ます ます 育 って行 くことにな るのです。 ( 3) 伴起的応答の能動性 と意図性 応容 の能動性とい うことを考 えてみ まして も、 「ひ と」 と 「もの」 とは非常に異 な ります

「も の」 とい うのは、受動的 な応答 しか致 しません。 「ひ と」は、 自分 か ら積極的にかかわろ うとす る 気持を抱 いてい ます。 また、赤 ち ゃんの状態 を考 慮 しなが らかかわ っていけ るのが 「ひ と」であ っ て、 これ は 「もの」にはで きませ ん。 テ レビや ラ ジオ も言葉 を出 しますが、それ は子 どもの状態 と は無関係 です。 また、お母 さんは常 に子 どもの発達を望 んでい ます。赤 ち ゃんの状態が良 くな る よ うなはた らき かけを致 します。 ですか ら、赤 ち ゃんは快適な状 態 に一層 な りやす い。連 な見方を します と、であ るがゆ えに、お母 さんは赤 ち ゃんを不快 な状態に させ る力 も非常に強 い ものがあ る といえるわけで す。 た とえは、 こ うい う実験があ ります。生後半年 ほ どの赤 ち ゃんを、椅子に座 らせ ます。そ して、 お母 さんが 自然 な振舞 いで話 しかけをす るのです。 赤 ちゃん も楽 しそ うに、声 を出 した り、笑 った り してい ます。その とき、急 に、お母 さんが話 しか けを止め、無表情 な顔を してみせ ます。す ると、 赤 ち ゃんはその表情を大変に不快 が ります。お母 さんか らの反応を何 とか引 き出そ うとして、笑 っ てみせた り、声 を増 した り、困 った表情を した り して、涙 ぐましい努力をす るのです。それで もお 母 さんが反応を しないで、 ジ ッと赤 ちゃんを見つ めた ままでいると、泣 き出 して しまいます。非常 に強 く泣 きます。 また、赤 ちゃんをあや している と、赤 ち ゃんが こち らを 見つめ るときと、 目をそ らす ときがあ る ことに気づ きます

「見つめ合 い」 と 「日そ らし」 です。赤 ち ゃんが 日をそ らした ときに、お母 さん が ど うい う対応を した ら、 また見つめ合いの状態 に戻 りやすい と思いますか。 それ は、お母 さんが 赤 ち ゃん-のはた らきかけを手控 え るときです。 視線 を合わせ よ うとして、赤 ち ゃんの顔 を覗 きこ んだ りしないほ うが よい よ うです。それ はなぜか といい ます と、赤 ち ゃんは見つめている ときに取 り入 れた情報 を、 目をそ らした ときに処理 してい ると考 え られ るか らです。 ですか ら、その ときに、 新 たな刺激 を与 えると情報が過剰 にな り、 ます ま す赤 ち ゃんは 目をそ らしやす くなるのです。 ここで大切 な ことは、赤ち ゃん との交流をスム ーズに運 ばせ るために必要 な ことは何か とい うこ とです。 それ は、赤 ちゃんの リズムを優先す ると い うこ とです。赤 ち ゃんの リズ ムに大人は合わせ られ ます。 しか し、赤 ち ゃんは大人の リズ ムには なか なか合わせ られ ませ ん。合わせ ようとす ると、 無理 が生 じますo Lたが って、赤 ちゃん との関係 を うま く作 り出すためには、赤 ちゃんの レベルに まで こち らが下 りてい く、赤 ち ゃんの動 きを尊重 す る ことが大切にな るのです。そ うすれ ば、赤 ち ゃんのほ うで も、その リズムに合わせ られ るよ う にな るのです。そ こで、や り取 りがで きる。交流 が成立 してい く。そ うな うます と、赤 ち ゃんの側 で も、 自分の リズムに合わせて くれ る大 人のほ う に、素直に注 目しようとす る気持が 出て きやす く な ります。赤 ち ゃんが、大人を模倣す るとい う形 が 出現 しやす くな るのです。 た とえば、赤 ち ゃんが 「バ ーバ ーバ ー」 と暗 語 を発 している とします。その とき、お母 さんは何 をす るか といいます と、やは り同 じよ うに 「バ ー バ ーバ ー」 と言 うわけ です。 お母 さんのほ うが、 最初 に模倣す る。す ると、赤 ち ゃん は も と も と 「バ ー/i-バ ー」 と言 ってい るわけです か ら、お 母 さんの後 で 「パー,(-)I-」 と言 うこ とにな り ます O結果的に、赤 ち ゃん もお母 さんの音声を模 倣 した ことにな るわけです。 さきほ どの コ ミュニ ケーシ ョンの基礎の と ころ で 指 適 を しま した 、 「役 割交替」の きっかけを作 るのは、お母 さんで あ る とい うことにな るのです。 さらに、お母 さんの赤 ち ゃんに対す る話 しかけ を時 間分析 します と、興味深 い現象があ ることが 知 られ ています。お母 さんが赤 ちゃんに話 しかけ を して、その次に話 し始め るまでの時間 間隔は、 ず いぶ んゆ っ くりした感 じが します。実 は、その 時 間 間隔は、大人同士が スムーズに会話 してい る

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ときの、会話 の時間間隔が2回分 と、赤 ちゃんの 平均 発声時 問が ち ょうど埋め こまれ る時間間隔 な のです。 お母 さんが話 し終わ る、大人同士の会話 の時間間隔をお く、そ して赤 ち ゃんの発声時 間を お く、最後 に再び大人同士の会話の時 間間隔をお く、そ うい う時間間隔なのです。 つ ま り、お母 さ んは、話 しかけを しない時間に、赤 ち ゃんが声 を 出 してい ることを想定す るかの ように振舞 ってい るのです。 お母 さんは、多分 、意識 してそ うして い るわけでは ない と思 います。 しか し、そこに赤 ち ゃんのお話 しを 自分 の心 の中に組み込みなが ら 話 しかけを している。 これ も、お母 さんが赤 ち ゃ んの レベルに まで下 りて話 しかけ を している例 と 考 え られ ます。赤 ち ゃんとの 「役割交替」が、お 母 さんの心 の中で生 じてい るわけ です。お母 さん は、赤 ち ゃんが発生で きる余地 を残 しているのだ ともいえます。何 とも、絶妙 な仕組みが隠 されて い ることに感心 させ られ ますO

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「もの」伴起性 を豊かにす るために これ まで、 「ひ と」 と 「もの」 とを比較 しなが ら、 「ひ と」伴起性の豊か さをお話 しして きま し た。 それ では、 「もの」伴起性 を豊 かな ものにす るには どうす れば よいので し ょうか。そのために は、 「もの」 との関係の中に、 「ひ と」がかかわ って くることが必要にな ります

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「もの」を操作 す る楽 しみが持続す るためには、そ こに 「ひ と」 が必要にな るのです。子 どもたちは、普通、 「も の」 との関係を 「ひ と」 とのかかわ りの中で育て てい くのだ ともいえ ます。逆 に、 「ひ と」 との関 係が 「もの」 とのかかわ りの中で育て られ るとい うことは、赤 ちゃんの場合にはあ ま りないのでは ないで し ょうか∩ 自閉症の子 どもたちの大 きな特徴は、 「もの」 との関係の中に、 「ひ と」 とのかかわ りを必要 と しない ことですn 「もの」 との関係の中だけにい ます。 「もの」 を相手 に何時問 も同 じことを繰 り 返 し行 な うのですn 「もの」 とい うのは、前に も指摘 した よ うに、 紋切 り型 の反 応 しか返 って きませ んか ら、普通 の 子 どもには飽 きや す い のです1 しか し、そ こに 「ひ と」の反 応が関与す ると、 「もの」 との交流 が持続す るとい うことがあ るのです。 た とえば、 -42 -ボール転が しの好 きな赤 ち ゃんが いた とします。 ポールを繰 り返 し転がすわけです。 ところが、そ の赤 ち ゃん、積み木 は転が しませ ん。転が して面 白が りませ ん。 ど うしてで し ょうか。 その理 由の一つは、ボールは転がすのに適 した 形 を してい るとい うことです。 ポ ールは転が って 行 きますが、積み木はポールほ ど転 が りませ ん。 転がす とい う動作にな じみやすいのが ボールであ って、な じみに くいのが積み木 であ るか らだ とい う説 明が で きます。 もう一 つの説 明は、 ボールを 転がす と、お母 さんはそのポール転 が しをはめ る とい うこ とです。 その ことを認めて、お母 さん も 一緒にな ってポール転が しを した りす るわけで-ね だか ら赤 ち ゃんは、ボール転が しが ます ます楽 し くな るのです。一方、積み木を転が して も、お母 さんはそ の行動 を認めませ ん。積み木を転が して、 赤 ち ゃん と一緒に遊ぶお母 さんはあ ま りいないの ではないで しょうか。ですか ら、積み木転が しは、 赤 ち ゃんに とって面 白い ものではな くな るのです。 この よ うに、 「もの」 との 関 係 は 、 そ こに 「ひ とが ど うかかわ ってい くかに よって、非常 に大 き く異 な って くると考え られ ます。 そ して、 ここで もうー っ大切 な こ とは、赤 ちゃ んは 「もの」 との関係の中に、 「ひ と」 との関係 を持 ち込 め るとい うことです

「ひ と」 との関係 の中に、 「もの」 との関係を持 ち込む場合 もある で し ょう。 それ は つ ま り、 「ひ と」 との関係 と 「もの」 との関係 とい う二 重の世界 を、同時に、 巧み にあやつれ るとい う能 力が あ るとい うことを 示 しています。言葉 とい うものが、現実の世界 と 言葉 とい う記号の世界の二 重世界 であ ることを考 え るとき、 こ うした能力が もつ意味 は無視 できな い よ うに思われ ます。 以上 の よ うに、 「ひ と」 との関係の中で、赤 ち ゃんは言葉 の発達 に必要な 「情 動的交流」「共 同 注意」「役割交替」を育てて きてい るのです。そ れでは、 こ うした 3つの基態が具体的にいかなる 働 きを演 じることに よ り、 「話 し言葉の三角形モ デル」が発達 してい くので し ょうか。次回は、 こ の ことについて考 えてみたい と思 い ます。 (1990.3.23受理)

参照

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