Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College, Available from http://ir.tdc.ac.jp/
Title
施設での訪問歯科診療 : Dental treatment visits in
long-term care health facilities
Author(s)
糟谷, 政治
Journal
歯科学報, 113(6): 573-576
URL
http://hdl.handle.net/10130/3215
Right
はじめに 我が国は世界にも例を見ないスピードで超高齢化 社会となりましたが,歯科界はそれに向けてしっか り対応すべく取り組んできたのでしょうか? 現在私の行っている要介護高齢者の歯科治療の殆 どは義歯治療ですが,口の中に入っている義歯は大 学で習ったような理論通りのものではなく,残念な がら殆どの患者さんには首をかしげるほどの粗製濫 造義歯が装着されています。その結果,患者さんは 歯科医にかかるよりも義歯安定剤に頼るようにな り,その市場は数十億円とも言われるほど活況を帯 びています。それを聞いて歯科界の人たちは何とも 思わないのでしょうか? 介護・看護の現場からは私たち歯科に,「食べる 事は生きる事に繋がります。食べられる(咀嚼でき る)ように,もっと口を診て欲しい。」という声が多 く寄せられます。元気なうちはその義歯を装着して 舌・口唇・頬などを器用に使って食べていたので しょうが,要介護となって口腔の機能が衰えると代 償行為ができず全く使い物にならない義歯となり, 口の中に入っていないのが現状です。20年以上も前 から厚労省や日本歯科医師会では「訪問歯科診療を 充実させよう!」と訴えていますが,平成23年医療 施設(静態・動態)調査(厚生労働省)1) によると,歯 科診療所の中で居宅への訪問診療を実施しているの が13.8%,施設へ実施しているのが12.9%です。こ れは情けない話ではありませんか?長年来院されて いた患者さん本人やご家族からの依頼があったら, 訪問するのは,かかりつけ歯科医師として当たり前 の事と私は思うのですが。 訪問歯科診療は当たり前の事 私は東京歯科大学卒後すぐに横浜の加藤歯科医院 に勤務しました。勤務後しばらくして院長から「診 療終わってから,往診に行くから,付いて来て!」 と言われ,技工用エンジン・レジンなどを大きなカ バンに入れてお供しました。その時は,“診療室に 通院していた患者さんが何らかの理由で来院できな くなったら,訪問もするんだ”と素直に思いまし た。その後浜松で開業して5年ほど経った頃,患者 さんから「この間まで通っていたウチの婆さんが寝 たきりになっちゃって,来られないんです。先生, ウチへ来てくれませんか?」と言われたのがきっか けで訪問を始めて,年に2∼3件の訪問依頼を受け るようになりました。自分の診療室で今まで診てい た患者さんなので信頼関係も構築されており,資料 (カルテやレントゲンなど)が手元に有りますから, 殆ど問題なく治療が可能です。 そうして私の患者さんの訪問治療をしていると,
臨床ノート
施設での訪問歯科診療
Dental treatment visits in long-term care health facilities
糟谷 政治 全国訪問歯科研究会(加藤塾)所属,オーラルケアスタッフ“コスモス”主宰 略歴 1970年3月東京歯科大学卒業,加藤歯科医院(横浜市日吉本町)に勤務, 1976年静岡県浜松市にて開業,現在に至る。 Masaharu Kasuya キーワード:食べる所まで診る,ネットワーク,リハの装具としての義歯 (2013年9月9日受付,2013年10月22日受理,歯科学報 113:573−576,2013.) 573 ― 17 ―
そのお宅に来ている他職種(医 師・看 護 師・保 健 師・ヘルパー)の方から「今関わっている方を診て 戴けませんか」との依頼も増え,診療後や自院の休 診日に訪問するようになりました。治療の殆どが義 歯治療で,即日改造義歯テクニックを応用し,その 日・その場で義歯を治し,テストフードを痛くなく 食べて戴ける事を確認して,その日の治療を終わり ます。(図1・図2) 在宅の中には全身疾患を持った患者さんもいま す。治療に際し「何か有ったらどうするんだ」と慎 重になる歯科医も多いと思いますが,観血処置をし なければならない時でも,往診に来ている医師や看 護・介護に関わっている看護師・保健師・ヘルパー さんなどの他職種と情報を共有してネットワークを 構築すれば殆ど問題は起きません2) 。(図3・図4・ 図5) 平成元年頃,私と同じように訪問歯科診療を行っ ている浜松市歯科医師会会員の有志が10名ほどが集 まって毎月1回勉強会を開催するようになりまし た。その後この勉強会メンバーで訪問歯科治療をす 図1 訪問治療後のテストフード(梨) 図2 治療後の記念撮影 図3 頤部発赤腫脹 図5 撤去後治癒 図4 発赤腫脹疼痛の原因のインプラント除去 574 糟谷:施設での訪問歯科診療 ― 18 ―
る事が決まり,浜松市の保健師(当時は保健婦)さん の訪問先からの依頼を引き受けるようになりまし た。 そして平成5年頃になると,厚労省からの補助金 で浜松市と浜松市歯科医師会で訪問歯科治療に取り 組む事となり,私がその実行委員長となって事業が 始まりました。1回目の訪問は行政からの補助金が 出て「訪問歯科診査」という名目になり,その後の 訪問は保険診療適用になります。行政が市民から訪 問歯科の依頼を受け,歯科医師会は,かかりつけの 歯科医師に情報を郵送し,歯科医師は訪問日時を患 家とに連絡調整し訪問しています。このやり方は市 民からおおむね良好な評価を得て,現在もこの事業 は継続されています。 この事業で在宅への訪問は軌道にのってきました が,さて施設での歯科治療はどのようになっている のだろうかと気になり,仲の良い保健師さんに相談 してみたところ「糟谷先生に合った施設がちょうど できたばかりだから紹介します」と言われ,平成7 年4月にオープンした老人保健施設を訪ねました。 そこの施設の副理事長が1年前に私の講演を聞いて おり,「先生に訪問していただけると助かります。」 と好感触だったのですが,同じ施設でも相談員の方 は「私は歯医者は嫌いだ。先生が訪問するのは構い ませんが,ウチの施設からお金は出ませんよ。」と けんもほろろの応対でした。それでも9月の日曜日 に4回ほどボランティア訪問し,いつものように即 日改造義歯で義歯を治しました。すると,10月初め の日曜日に訪問した時にその相談員が待っていて, 「先生,私は間違っていました。今まで利用者から 食べられないと言われたときには,食形態を変更す ればいいと考えるだけだったのですが,そうじゃな くて義歯を治せば食べられるようになるということ がわかりました。これから,ず∼っとウチに来て戴 けませんか?」と施設利用者の方の保険証コピーを 渡されました。これで突破口ができ,嬉しくなった 勢いで「これからも訪問して治療を続けさせて戴き ますが,歯科治療だけでなく,口腔ケアにも取り 組みたいのです。」とお願いしてみました。すると 「もう,先生の好きなようにやって下さい」と言っ てくれました。 口腔ケアにはスタッフが必要です。そこで自院の スタッフだけなく周囲にむけて,「高齢者施設に 行ってみないか?」と声かけしたら,歯科医師(私 を含め3名)・歯科技工士(2名)・歯科衛生士(12名) が集まりましたので,オーラルケアスタッフ“コス モス”という集団を立ち上げました。以来10年間ほ ど,この仲間で訪問歯科治療・訪問口腔ケアを行っ てきましたが,数年前よりメンバーの歯科衛生士が この施設で常勤となりました。現在,私と息子が月 に2回訪問していますが,初期のころと同様,殆ど が義歯治療で,毎回のように即日改造義歯を行って いるのが現状です3) 。 症例報告 Sさん(89歳・女性,脳血管障害)上下無歯顎で転 院サマリーでは嚥下障害と診断されていた。上下顎 総義歯不適合。上顎総義歯は施設常勤の歯科衛生士 に義歯安定剤(ライオデント)にて辺縁封鎖を図るよ うに指示し,上顎総義歯のみの装着をさせた。(図 6)下顎総義歯はレトロモラーパッドまで覆われて おらず,即時重合レジンにて増床。次に下顎舌側の 床縁は顎舌骨筋線を3ミリ程度越える所まで伸ば し,床の長さだけでなく厚みも3∼5ミリ程度確保 すると接触面積も多くなり辺縁封鎖が可能となる。 この下顎舌側の床の拡大をするときは,床を1層削 除し,接着剤を塗布乾燥後,リベース剤が柔らかい と舌や粘膜に押し戻されてしまうので,標準の P/ W よりも液を少なめにして,垂れない,手で成形 出来るくらいの硬さで盛り上げ使用する。(図7・ 図8)咬合高径が低いのでバイトアップを行う。咬 合平面は下顎を基準とし,レトロモラーパッドの2 図6 歯科衛生士による義歯安定剤での辺縁封鎖 歯科学報 Vol.113,No.6(2013) 575 ― 19 ―
分の1の高さとする。臼歯部は4歯連結の人工歯を 下顎義歯床の真ん中に来るよう排列し,対合となる 上顎の臼歯部は即時重合レジンを使用して,口腔内 で中心咬合位と思われる場所で軽く(そ∼っと)噛ま せたまま硬化させ,その後咬合調整を行い,上下顎 義歯のリライニングを行いその日の治療を終了とし た4) 。(図9) 2週間後,リマウントして上下顎人工歯の置換を した。(図10) 嚥下障害と診断されていたこの患者さんは,確り したバーティカルストップが出来,その後歯科衛生 士による口腔ケア・リハビリの成果があがり,うが いも普通にすることができ,普通食が食べられるよ うになった。 これまで訪問を続けてきて,理論通りの義歯に遭 遇することは極めて少なく,情けない現状となって います。リハビリの装具となるような義歯治療がで きるようになるためには,東歯大卒後も勉強して, まずは診療室で上顎義歯は落ちない,下顎義歯は浮 かない,痛くなく噛める義歯治療が出来るように なってから,訪問に出かけてください。 文 献 1)平成23年医療施設調査(静態調査・動態調査)病院報告 (全国版).上巻:68,2013. 2)加藤武彦,林田英靖(地域医療勉強会編):出かける訪問 診療 在宅歯科診療アトラス.クインテッセンス出版,東 京,1997. 3)加藤武彦:治療用義歯を応用した総義歯の臨床.医歯薬 出版,東京,2002. 4)加藤武彦,三木逸郎,田中五郎:総義歯難症例への対応 その理論と実践.デンタルダイヤモンド社,東京,2009. 別刷請求先:〒432‐8023 静岡県浜松市中区鴨江2−50−108 糟谷政治 図7 旧義歯 図8 義歯床拡大後 図9 即日改造義歯咬合面観 図10 改造義歯上下人工歯置換後 576 糟谷:施設での訪問歯科診療 ― 20 ―