特集にあたって (特集 途上国とコイン)
著者
佐藤 創
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
215
ページ
2-3
発行年
2013-08
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00003640
海外、とりわけ開発途上国を旅 した折に、お金そのものやお金の 取り扱い方に多少の異文化を経験 したことのある読者も少なくない のではないだろうか。たとえば、 紙幣に書き込みがあってこれは使 えるのかと戸惑ったり、お釣りの 小銭がなくて待たされたりするな ど、思い当たることがあるかもし れない。 本特集は、お金のあり方や扱わ れ方を通じて垣間見ることのでき る開発途上国の諸相があるのでは ないかというアイデアに基づいて 企画された。金属であるコインに 光を当て、それぞれの国の社会科 学 や 人 文 学 を 専 門 と す る 研 究 者 に、実際にその国に暮らし、ある いは何度も赴いた経験のなかで、 コインがどのような存在であった かに思いを馳せ、あるいはコイン にまつわる興味深い話を掘り出し てもらうなど、コインからみえる 開発途上国のお国事情について執 筆してもらっている。
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カイバル峠のアフガン
紙幣より
貨幣論を専門とするわけでもな く、 コ イ ン 収 集 家 で も な い 筆 者 が、このような特集を編んでみよ うという蛮勇と呼ぶほかない想念 を持つにいたった端緒は、二〇〇 一年の春に遡る。その昔アレキサ ンダー大王がはるばるギリシアか ら攻め込んだことでも名高いカイ バル峠を、パキスタン側から旅し てアフガニスタンとの国境近くの 見晴らし台にたどり着いたときの こと。地元の子供たちが近寄って きて、アフガニスタンの紙幣セッ トを売りたいという。いくらだと 聞 い て み た と こ ろ 一 〇 〇 ル ピ ー ( パ キ ス タ ン 通 貨 ) と の 話 で、 為 替レートもわからず、またお世辞 にも紙質が良いとはいえず、これ では記念品としても買う人がいる のだろうか、などと思いながら、 コインはないのかと何の気なしに 聞いてみたところ、ないという。 そのときはさして深く考えもせず に、コインは持ってこなかったの だろうと思ってそのまま忘れてし まった。当地は、同年に起こった 9. 11テ ロ 後 に 風 雲 急 を つ げ て、 カイバル峠ツアーも実施不可能に なったようで、たまたま目にした ニュース番組で、ツアーの目玉で あ る S L 列 車 の 車 掌 が「 商 売 あ がったりだ」と嘆いていた。 その後、開発途上国を訪問する 経験を重ねるうちに、お金が日本 で生活してきた筆者の感覚と随分 と違う扱われ方をしているケース にたびたび遭遇した。たとえば、 筆者がニューデリーに駐在してい たときには、小額通貨を持ってい ないと落ち着かなかったものだ。 なにか買い物をしようとすると、 最新のモールに入っているお店に お い て さ え、 細 か い お 金 は な い か、と、毎度のように聞かれるか らである。自然に、財布にはいつ も小額紙幣がそれなりに入ってい るように心がけるようになった。 ただ、紙幣がどことなく香辛料 の香りがして、財布自体もしだい に移り香が薫るようになる。コイ ンもあるものの、紙幣に比べると 手にする機会が少ないうえに、イ ンフレ率が高いせいか、路上の大 八車の売り子から野菜を買う際に も五ルピー(およそ一〇円)未満 の小額コインの出番は減っている 実感があった。実際インフレは深 刻な問題で、インド大蔵省で主席 経済顧問を務めていたカウシク・ バスー(現在は世銀チーフエコノ ミスト)が、インフレを抑えるに は小売業への外資の参入を認めて 流通を簡素化する改革を進めれば よいという論陣を張るなど、毎日 のようにインフレ問題が有力紙の 紙面を賑わせていた。 そうした記事のなかに、二五パ イサ以下(約〇・五円)のコイン特 集
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アジ研ワールド・トレンド No.215 (2013. 8)はもはや役に立たず、違法につぶ して金属として転売する業者が受 け取るだけなので、政府はこれを 廃止することに決めたことを報じ ながら、さらに五〇パイサ・コイ ンや一ルピー・コインもいつ廃止 になることやらと、政府のインフ レ対策の無策ぶりを揶揄しながら 論じている記事があった。なるほ どインフレ率が高いとコインの運 命は貨幣としては風前の灯となり 金 属 と し て 扱 わ れ る の か と 思 う と、ふと記憶がよみがえり、カイ バル峠で出会ったあの少年は、コ インを持ってないと言いたかった のではなく、コインそのものがア フ ガ ニ ス タ ン に は な い と 言 い た か っ た の か も し れ な い、 と 思 い 至った。 調べてみるとアフガニスタンに はやはりコインはないようで、他 にもコインがない国や、あっても コインの生産を外国に委託してい る国もあるではないか。経済学者 の端くれとして自らの無知蒙昧ぶ りに反省しきりでいる折から、昨 年暮れにはバングラデシュが自国 で 使 う コ イ ン の 鋳 造 を 入 札 に か け、日本の財務省・造幣局が受注 に成功したことが話題になってい た。