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労働移動と土地所有の関係に関する一考察 : パキスタン・パンジャーブ州農村の事例より

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労働移動と土地所有の関係に関する一考察

― パキスタン・パンジャーブ州農村の事例より ―

小 田 尚 也

Ⅰ.はじめに Ⅱ.労働移動の決定要因としての土地所有 Ⅲ.データおよび労働移動に関する定義 Ⅳ.労働移動の状況 Ⅴ.土地所有と労働移動の関係 Ⅵ.おわりに

Ⅰ.はじめに

就業機会の限られる途上国の農村部において、出稼ぎ労働は重要な所得獲得手段である。出 稼ぎ労働者から送られる送金は送り出し世帯の日々の消費や子供の教育などの資金源となり、 農村の家計(特に貧困世帯)に大きく貢献している。既存研究では、このような労働移動によ る送金の役割に研究の主眼が置かれる一方で、農村調査から明らかになるのは、労働移動の機 会は全ての世帯に均等に与えられたものではなく、出稼ぎ労働者を出せる世帯と出せない世帯 が存在するという現状である。そこで本論文では、どのような要因によって、労働移動の選択 がなされるのかを、農村における最も重要な資産である「土地(農地)」に注目し分析を行う。 分析の対象として、パキスタンのパンジャーブ州の農村部を取り上げる。 1990 年代まで、多くの研究では、Harris‐Todaro(HT)モデルに基づき、労働移動の決定プ ロセスにおいて個人の特徴(例えば、個人の年齢、教育水準、技能等)が重要視された。しかし、 Stark and Bloom(1985)や Stark(1991)による NELM(New Economics of Labor Migration)以降、 労働移動は世帯が直面する様々な問題や制約を乗り越える上での 戦略 の一つであるという考 え方が広がり、労働移動の決定要因として、従来の個人の特徴に加え、世帯の特徴が注目され ている。NELM は、国内、海外への出稼ぎ労働移動を世帯の所得獲得手段として利用してきた パキスタンのコンテキストにおいて、有効な考え方であり、本研究の分析も NELM が指摘する 世帯の特徴を労働移動の要因とする考えに立脚する。土地所有という世帯の特徴と労働移動選 択の関係を分析し、既存研究への新たな知見を提供することを目的とする。

論 文

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Ⅱ.労働移動の決定要因としての土地所有

土地は農村社会において最も重要な所得源であり、土地が持つ経済的資産としての重要性は、 労働移動を含む様々な家計の判断に大いに影響すると考えられる。経済的資産として土地所有 が労働移動の選択に与える影響として大きく 2 つの見方がある。まず土地と農業所得の関係で ある(Nabi 1984, Van Wey 2005)。土地なし農家や農地サイズが小さい零細農家・小農にとっては、 農業からの所得では日々の生活を支えるには十分でなく、家族の誰かを出稼ぎに出すインセン ティブは高い。一方、農地サイズが増加するにつれ、農業所得が増加し、出稼ぎ労働の魅力は徐々 に低下し、大規模農家にとって、労働移動は決して魅力ある所得源とは言えない。また大規模 農家は所有する農地の耕作や管理に人手を要するため、家族の誰かが出稼ぎに出ることはそれ に必要な人手を失うことであり、経済的に決してメリットがある選択ではない。

次に、土地と労働移動の費用の関係である(Bilsborrow et al. 1987, Winters et al. 2001)。土地 なし農家や零細農家・小農にとって、労働移動の費用負担は容易ではない。国内の労働移動で さえ、旅費や出稼ぎ先で職が見つかるまでの当面の資金などの費用負担がある。さらに海外へ の出稼ぎ労働となるとその費用は膨大な額となり、土地なし農家や零細農家・小農にとって、 それらを工面することは極めて困難である。この点に関しては、土地所有サイズが大きくなる につれて、費用負担が容易となる。これは上で述べた土地所有サイズが増加するにつれて、労 働移動を選択する可能性が低減するのとは逆方向の影響を及ぼすこととなる。 さらに土地がこのような所得を生む経済的資産であると同時に、土地は所有の有無が農村社 会における地位を決定するという社会的な意味合いを持つ資産でもある。パキスタンでは、大 土地所有者はザミンダール(Zamindars)と呼ばれ、農村における権力者であり、農村社会で 高い地位にある。これに対して、土地なしの非農家はカンミー(Kammees)と呼ばれ、伝統的 な農村では、ザミンダールを主、カンミーを従とする関係が存在する。このように高い地位を 楽しむザミンダールにとって、出稼ぎに働きに出ることは、農村で享受するステータスを失う ことであり、また出稼ぎ労働自体が恥ずべき行為と考えられ、ザミンダール世帯は労働移動に 消極的である可能性が考えられる1) 。 このように土地が持つ経済的、社会的資産としての重要性は、見方により、労働移動にプラ スとマイナスの影響を与えており、土地所有と労働移動選択の間には、単線的な関係ではなく、 非線形の関係が存在する。例えば、Van Wey(2005)は土地所有サイズと労働移動発生率との 間に U 字型の関係を見つけている。つまり、土地所有の規模が小さい場合、出稼ぎ労働を選択 する可能性が高いが、それは規模が増加するに従い低下する。しかし、さらに土地のサイズが 増加するとまた可能性が高くなることを示している。一方、Bilsborrow et al.(1987)や Winters et al.(2001)は逆の可能性、つまり逆 U 字の関係が存在することを指摘している。パキスタン に関する研究では、例えば、Nabi(1981, 1984)は国内の出稼ぎ労働の場合、土地所有サイズと 労働移動の発生の負の関係を見つけている。また Oda(2007)は労働移動を国内、海外に分け、 多項ロジット推定を使い、海外労働移動に関して、土地所有サイズと家計の労働選択との間に

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逆 U 字の関係を見つけ、一方、国内労働移動に関しては、有意な関係が存在しないことを報告 している。

Ⅲ.データおよび労働移動に関する定義

本研究で使用するデータは、2005 年 2 月から 3 月にかけて、パキスタン・パンジャーブ州サ ルゴダ県の 3 つの村で、アジア経済研究所とパンジャーブ州政府の Punjab Economic Research Institute(PERI)が合同で実施した農村調査で収集した家計データの一部を使用している。サ ルゴダ県の農村部では、灌漑設備が充実し、小麦などの主要作物に加え、kinu(日本のミカン に相当する)と呼ばれる果樹などの栽培が盛んである。一般に灌漑農業地域は、農業収入の機 会が限定的である天水農業地区と比較すると、出稼ぎ労働の比率が低いと想定されるが、事前 の全戸調査の結果、分析には十分な出稼ぎ労働移動が確認された2) 。 調査村の選択は、無作為に抽出した同県内の 6 村に対して全戸調査を実施し、各世帯の農村 土地所有の状況(所有の有無と所有サイズ)、世帯の大きさ、国内、海外出稼ぎ労働者の数、主 たる職業を確認の上、3 村に絞り込むという作業を行った。調査対象世帯は、農村土地所有と労 働移動の関係を調査するという目的から、農家世帯のみを選択し、全農家世帯を土地所有サイズ、 出稼ぎ労働者の有無をもとに分類し、標本が村の特徴を十分に反映できるよう各分類から調査 対象世帯を無作為に抽出した。その結果、A 村、B 村、C 村から、それぞれ 27 戸、38 戸、29 戸 の計 94 戸を対象にインタビュー調査を実施した。調査対象となった村に関する基本情報は表 1 が示す通りである。 本研究では、労働移動者(出稼ぎ労働者)は、調査時点において労働の為に村を一年以上離 れている者と定義する。もし 1 年未満の場合は、1 年以内に村に戻る予定のないものを労働移動 者に含めることとする。従って、季節労働などの短期出稼ぎ労働移動は本調査では労働移動者 として含んでいない3) 。また労働移動者は送金などを通じて、送り出し世帯と何らかのコンタク トを継続的に行い、関係を保っている者とする。調査対象世帯を、出稼ぎ労働者の有無に応じて、 4 種類に分類し、調査時点において少なくとも一名の出稼ぎ労働者がいる世帯を労働移動世帯と 定義し、出稼ぎ先が国内である場合、国内労働移動世帯、海外である場合、海外労働移動世帯、 そして国内、海外出稼ぎ労働の両者がいる場合を複合労働移動世帯と定義する。 調査時点において労働移動者がいない世帯でも、過去に労働移動者がおり、その移動者がす でに村に戻っている場合がある。このような帰還労働移動者の有無は家計調査に大きく影響す る。例えば、帰還労働移動者を持つ非労働移動世帯と持たない非労働移動世帯では、所有する 資産に大きな違いが生じる可能性は否定できない。特に出稼ぎ労働者からの送金を使って、送 金受け取り世帯が農地の購入を行っている場合、本研究の調査目的である土地所有と労働移動 の決定の分析に影響することが考えられるため、本研究では帰還労働移動者がいる世帯は調査 対象から外すこととする。

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表 1 調査村に関する基本情報 A村 B村 C村 計 標本世帯数 27 38 29 94 標本世帯総構成員数 193 267 188 648 平均世帯サイズ 7.15 7.02 6.48 6.89 (3.49) (3.19) (2.37) (3.17) 男性 16-60 歳人数 57 80 70 207 農地所有世帯数 27 38 26 91 1 世帯あたり平均農地サイズ(ha) 10.09 11.19 8.79 10.15 (8.03) (7.37) (8.19) (7.77) 1ha あたり小麦収量 (maund*) 25.92 25.60 25.70 25.70 (6.37) (6.47) (5.65) (6.12) (注 1)* 1 maund はおよそ 40kg. (注 2)括弧内は標準偏差を表す。 (出所)筆者作成

Ⅳ.労働移動の状況

調査した 3 村の標本に基づく労働移動の状況は、表 2、表 3 が示す通りである。表 2 は、世帯 レベルにおける労働移動の状況である。標本世帯 94 戸(100%)中、国内労働移動世帯は 16 戸 (17.0%)、海外労働移動世帯は 18 戸(19.1%)、複合労働移動世帯は 1 戸(1.1%)であり、全 体のほぼ 4 割近くがいずれかの労働移動者を抱えている。同時期に調査を実施した同じくパン ジャーブ州チャクワル県の天水農業地区の村における世帯レベルの労働移動の発生率が 5 割を 超えていたことと比べると(Oda 2008)、灌漑農業地区であるサルゴダ県農村の発生率は低いも のの、4 割近い世帯が労働移動に従事しており、活発な労働移動の状況を物語っていると言えよ う。 表 2 世帯レベルの労働移動の状況 非 労 働 移動世帯 国内労働 移動世帯 海外労働 移動世帯 複合労働 移動世帯 合 計 A 村 16 5 6 0 27 B 村 26 5 6 1 38 C 村 17 6 6 0 29 合 計(数) 59 16 18 1 94 比 率(%) 62.8 17.0 19.1 1.1 100.0 (出所)筆者作成 表 3 は、個人レベルにおける労働移動の状況を示したものである。標本世帯の総人数 648 人 に対して、労働移動者の数は 45 名(うち国内労働移動者 22 名、海外労働移動者 23 名)であり、 比率では 6.9%である。労働移動者は全員男性であり、その年齢幅は 22 歳から 57 歳である。よっ て男性 16 歳から 60 歳の労働力年齢の人数に対する比率でみた場合、労働移動の比率は 21.7%

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と同年齢の 5 人に 1 人が出稼ぎ労働に従事していることがわかる。上で述べたチャクワル県の 天水農業地区の調査では、男性 16 歳から 60 歳の 4 割近くが出稼ぎに出ており、天水農業地区 の労働移動発生率の高さを物語っているが、5 人に 1 人というサルゴダ県灌漑農業地区の数字も 決して低い数字ではなく、パンジャーブ州農村部における労働移動の活発な様子を裏付けてい ると言えよう4) 。 表 3 個人レベルにおける労働移動の状況 A村 B村 C村 計 調査対象世帯の人数 (1) 193 267 188 648 労働移動者 (2) 13 15 17 45   国内労働移動者 7 7 8 22   海外労働移動者 6 8 9 23 (2)/(1) (%) 6.7 5.6 9.0 6.9 男性 16-60 歳の人数 (3) 57 80 70 207 (2)/(3) (%) 22.8 18.8 24.3 21.7 (出所) 筆者作成 表 4 は出稼ぎ労働者の国内、海外の行き先を示したものである。サルゴダはイスラマバード・ ラワルピンディとラホールというパキスタン北部の 2 大都市圏の中間に位置しているため、国 内出稼ぎ労働者の行き先の半数はそのいずれかである。いずれにもバスで 2-3 時間の距離である。 その他のパンジャーブ州内の都市を含めると大半はパンジャーブ州内での労働移動となってい る。パキスタン最大の都市であるカラチへは 1 名しか働きに出でおらず、近隣に 2 つの大都市 圏があるサルゴダにとって 1000 キロも離れたカラチはあまり魅力的な移動先であるとは言えな い。海外の出稼ぎ労働の行き先に関しては、パキスタンからの主要海外労働移動先である湾岸 石油産出国が計 8 人、そしてスペインも同数の 8 人である。パキスタン全体から見ると、スペ インはマイナーな出稼ぎ先であるが、たまたま調査村出身者がスペインに出稼ぎ労働に行き、 そのまま現地に定住していることから、同国への労働移動のパイプが出来上がっているようで ある。このように労働移動先の決定は、親族や同じ村の誰が先に行っているかどうかに大いに 影響される。パキスタンにおいてその最たる例が英国におけるカシミールのミールプールから の移民であり、ノルウェーにおけるパンジャーブ州グジャラート県ハリアン周辺からの移住者 である5) 。

(6)

表 4 労働移動の行き先(国内・海外) 国  内 海  外 行き先 人数 行き先 人数 イスラマバード 5 湾岸石油産出国 8 ラホール 4   アブダビ   (4) ラワルピンディ 2   サウジアラビア   (3) シアルコート 2   オマーン   (1) カラチ 1 スペイン 8 その他パンジャブ州内 5 米国 3 その他 3 その他 4       計 22       計 23 (出所) 筆者作成

Ⅴ.土地所有と労働移動の関係

労働移動先が国内であるか海外であるか、もしくは出稼ぎ労働を行わないという選択と土地 所有の関係を検討する。分析を容易なものとするために、国内および海外労働移動者を持つ複 合労働移動世帯は分析対象から除外することとする。すでに第 2 節で述べたように、土地(農地) は農村におけるもっとも重要な社会的、経済的資産である。その所有の有無はザミンダールと カンミーという社会的な階級の違いを決定し、さらに経済力を示すものである。労働移動とい う機会が均等に与えられた場合、この土地所有と所有する土地の大きさは労働移動の決定にど のような影響を及ぼすのであろうか。この分析は、望ましくは多項ロジット推計などの手法 を使い計量的に土地所有サイズと労働移動の決定の関係を分析することであるが(例えば Oda 2007)、限られた標本サイズにより、ここでは非労働移動世帯、国内労働移動世帯、そして海外 労働移動世帯の農地所有サイズの平均値に違いがあるかどうかを検定し、それぞれの労働移動 は異なる土地所有サイズを持つ集団によって特徴づけられるか否かを検討することとする。分 析の手法としては、分散分析(ANOVA)を用いる。 表 5 は非労働移動世帯、国内労働移動世帯、そして海外労働移動世帯の 3 つの集団の土地所 有サイズの平均値と標準偏差を示し、表 6 は分散分析表である。表 6 からは、3 つの集団の土地 所有サイズの平均値は等しいという帰無仮説は棄却され、少なくとも一つの組み合わせにおい て平均値が異なることを示している( F(2, 90)=5.87, p=0.004)。 表 5 労働移動タイプ別土地所有サイズの記述統計 非労働移動世帯 国内労働移動世帯 海外労働移動世帯 平均値(ha) 7.47 8.62 14.29 標準偏差(ha) 5.95 6.44 11.53   (出所)筆者作成

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表 6 土地所有サイズに関する分散分析 変動 自由度 分散 分散比 F 値 p-値 グループ間 643.79 2 321.89 5.87 0.004 グループ内 4934.11 90 54.82 計 5577.89 92 60.63 (出所)筆者作成 次に多群間の比較を行い、どの組み合わせにおいて土地所有サイズの平均値に有意な差が認 められるかを確認する。ここでは、Bonferroni 補正法を用いて多重比較を行う6) 。結果は、表 7 が示すように、非労働移動世帯と国内労働移動世帯の間には土地所有サイズの有意な差は確認 されず、一方、非労働移動世帯と海外労働移動世帯および国内労働移動世帯と海外労働移動世 帯の土地所有サイズが等しいという帰無仮説は棄却され、それぞれ両者の間には有意な差が存 在することが確認できた。非労働移動世帯をベンチマークとした場合、海外労働移動世帯との 土地所有サイズの平均値の差は 6.82ha と海外労働移動世帯の所有サイズが大きく、また国内労 働移動世帯と海外労働移動世帯のその差は 5.67ha で同じく海外労働移動世帯の土地所有サイズ の平均値は大きい。これらから判断すると、3 つの集団の土地所有サイズの平均値の間には、非 労働移動家計=国内労働移動家計<海外労働移動家計という関係が成立している。本分析はあ くまでも労働移動選択と土地所有に限定した記述的な分析ではあるが、労働移動に関する選択 と土地所有サイズの間の関係を示すものである。 表 7 Bonferroni 補正法による多重比較検定 非労働移動世帯 国内労働移動世帯 国内労働移動世帯 1.149 (1.00) n.a. 海外労働移動世帯 6.818 (0.003) 5.669 (0.085) (注)数値は、行列間の平均土地所有規模の差で単位は ha。括弧内は p− 値 (出所)筆者作成

Ⅵ.おわりに

本稿では、家計の労働移動(出稼ぎ労働)の選択と土地所有の関係を分析した。パキスタン のパンジャーブ州サルゴダ県における農村調査データから、農家世帯を労働移動の有無、出稼 ぎ先により、非労働移動世帯、国内労働移動世帯、海外労働移動世帯に分類し、それぞれの集 団に属する世帯が所有する農地サイズの平均値を比較した。その結果、平均値には統計的有意 な差異が確認された。多重比較分析の結果、非労働移動世帯と国内労働移動世帯の土地所有サ イズには差異は確認されなかったが、非労働移動世帯もしくは国内労働移動世帯と海外労働移 動世帯の間には、有意な差が存在し、海外労働移動世帯の値が前者の値を大幅に上回っている

(8)

ことが認められた。この結果から、海外労働移動と国内労働移動、もしくは労働移動を行わな いという非労働移動という選択を行う集団の間には、土地所有サイズでみた場合、世帯間の差 が存在すると言える。 これは農村社会において経済的、社会的に最も重要な資産である土地所有とその規模が労働 移動選択に影響を及ぼしていることを示唆し、労働移動の機会、特に海外出稼ぎ労働の機会が 均等に与えられていない可能性を示している。一般的に海外出稼ぎ労働で稼ぐことのできる金 額は、国内出稼ぎより大きい7) 。よって土地所有サイズ以外の条件が同じである場合、貧困世帯 は国内出稼ぎ労働より、海外出稼ぎ労働を選好するであろう。しかし、すべての世帯が海外出 稼ぎ労働に従事していない背景には、それにかかかる費用の大きさが一因であると考えられる。 通常、海外出稼ぎ労働は、エージェントと呼ばれる仲介業者に通じて行われる。エージェント は航空運賃、出稼ぎ先での仕事の手配、査証などをアレンジし、目的地により費用は変わるが、 2005 年の調査時点では、中東石油産出国へのそれはおおよそ 20 万ルピー前後(当時の為替レー トで約 40 万円)であった8) 。そのような高い費用を負担するには、ある程度の経済力が必要と なる。土地所有サイズの小さい零細・小農家にはその負担は困難であると考えられ、海外出稼 ぎ労働は土地所有サイズの大きな農家に優先的に与えられた機会であると言える。これはそも そも土地所有サイズの違いにより存在する海外労働移動世帯とその他の世帯の経済的格差が、 海外出稼ぎ労働を通じて、一層拡大する可能性を示唆するものである。 1)さらに土地が持つ心理的な効果も労働移動に影響する可能性がある。それは土地への愛着である。生ま れ育った土地を離れたくないという感情は誰しもが持つものであり、よって労働移動を選好しないという 見方も否定できない。しかし、これは土地を恒久的に離れる場合の話であり、本論文で扱うケースは、家 族を農村に残しながら、家計から誰かが出稼ぎに行く場合であり、土地への愛着という要因が大きく影響 するとは考えにくい。 2)同時期に筆者は、同州の天水農業地区であるチャクワル県でも労働移動調査を実施した。調査対象世帯 のうち、調査時点において、農家世帯では約 5 割以上において国内、海外もしくは両者の出稼ぎ労働者が 確認された。詳細は、Oda(2008)を参照。 3)季節労働移動者などの短期出稼ぎ労働移動者が多い地域においては、短期と長期の労働移動に分類し、 調査を行う事が望ましいが、本研究の調査地においては短期労働移動はほとんど確認されなかった。 4)労働移動に関して州間で差異が認められる。例えば、シンド州農村部の労働移動の発生率は低く、また ハイバル・パシュトゥーンフワ州(旧北西辺境州)農村部の労働移動が活発であることを黒崎・小田(2002) は指摘している。 5)英国におけるカシミールからの移民は、多くの文献で取り上げられている。Ballard(1987,1994)を参照。 6)Bonferroni 補正法に加え、Sidak 法や Scheffe 法による多重比較検定でも結果に違いはなかった。 7)Oda(2008)では、海外出稼ぎ労働者からの送金額は、国内出稼ぎ労働者の 2 倍以上であると報告して

いる。

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参考文献

日本語文献

黒崎卓・小田尚也(2002)「パキスタン労働市場の研究」、『大原社会問題研究所雑誌』No. 529, pp.11-27.

英語文献

Ballard, Roger (1987) The Political Economy of Migration: Pakistan, Britain, and the Middle East in Migrants,

Workers and the Social Order, ASA monographs; 26.

_____________ (1994) Introduction: The Emergence of Desh Pardesh in Roger Ballard ed. Desh Pardesh :

The South Asian Presence in Britain, Hurst & Co. London.

Bilsborrow, R. E., McDevitt, T., Kossoudji, S. A. & Fuller, R. (1987) The Impact of Origin Community Characteristics on Rural-Urban Migration in Developing Countries, Demography, vol. 24, pp. 191–210. Nabi, Ijaz (1981) An Empirical Analysis of Rural-Urban Migration in Less Developed Economies, Economic

Letters, Vol. 8, pp.193-199.

_____________ (1984) Village-End Considerations in Rural-Urban Migration, Journal of Development

Economics, Vol. 14, pp. 129-145.

Oda, Hisaya (2007) Dynamics of Internal and International Migration in Rural Pakistan: Evidence of Development and Underdevelopment, Asian Population Studies, Vol. 3 (2) , pp. 169-79.

______________ (2008) The Impact of Labor Migration on Household Well-being: Evidence from Villages in the Punjab, Pakistan, in Hiroshi Sato and Mayumi Murayama eds. Globalization, Employment and Mobility:

the South Asian Experience, Palgrave-Macmillan, UK.

Stark, O. (1991) The Migration of Labour, Basil Blackwell, Oxford and Cambridge, MA.

Stark, O & Bloom, D. E. (1985) The New Economics of Labor Migration , The American Economic Review, vol. 75 (2) , pp. 173–178.

Van Wey, L. K. (2005) Land Ownership as a Determinant of International and Internal Migration in Mexico and Internal Migration in Thailand, International Migration Review, vol. 39 (1) , pp. 141–172.

Winters, P., De Janvry, A. & Sadoulet, E. (2001) Family and Community Networks in Mexico-U.S. Migration,

表 1 調査村に関する基本情報 A 村 B 村 C 村 計 標本世帯数 27 38 29 94 標本世帯総構成員数 193 267 188 648 平均世帯サイズ 7.15 7.02 6.48 6.89 (3.49) (3.19) (2.37) (3.17) 男性 16-60 歳人数 57 80 70 207 農地所有世帯数 27 38 26 91 1 世帯あたり平均農地サイズ(ha) 10.09 11.19 8.79 10.15 (8.03) (7.37) (8.19) (7.77) 1ha あたり小麦収
表 4 労働移動の行き先(国内・海外) 国  内 海  外 行き先 人数 行き先 人数 イスラマバード 5 湾岸石油産出国 8 ラホール 4   アブダビ   (4) ラワルピンディ 2   サウジアラビア   (3) シアルコート 2   オマーン   (1) カラチ 1 スペイン 8 その他パンジャブ州内 5 米国 3 その他 3 その他 4       計 22       計 23 (出所) 筆者作成 Ⅴ.土地所有と労働移動の関係 労働移動先が国内であるか海外であるか、もしくは出稼ぎ労働を行わないと
表 6 土地所有サイズに関する分散分析 変動 自由度 分散 分散比 F 値 p-値 グループ間 643.79 2 321.89 5.87 0.004 グループ内 4934.11 90 54.82 計 5577.89 92 60.63 (出所)筆者作成 次に多群間の比較を行い、どの組み合わせにおいて土地所有サイズの平均値に有意な差が認 められるかを確認する。ここでは、Bonferroni 補正法を用いて多重比較を行う 6) 。結果は、表 7 が示すように、非労働移動世帯と国内労働移動世帯の間には土地所有サイズ

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